津地鎮祭訴訟
第一審判決

行政処分取消等請求事件
津地方裁判所 昭和40年(行ウ)第2号
昭和42年3月16日 民事部 判決

原告 関口精一

被告 津市長角永清 こと 角永清
   津市教育委員会

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


一、原告の被告角永清に対する地方自治法第242条の2に基づく請求及び慰藉料請求はいずれも棄却する。
一、原告のその余の訴えはこれを却下する。
一、訴訟費用は原告の負担とする。


[1] 原告は
「一、被告らは連帯して津市に対し金7,663円を支払い、市の蒙つた損害を補てんせよ。
二、被告らは原告に対し金50,000円及びこれに対する昭和40年4月9日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。」
との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

[2]、被告らは昭和40年1月14日津市体育館起工式を津市船頭町所在の建設現場において挙行し、原告は津市議会議員として同年1月8日津市長から招待を受け、右起工式に参列した。

[3]、右起工式は被告津市教育委員会がその所属職員をして企画、立案、実施させたもので、先ず同委員会所属職員をして参列者に対し手水の儀(入口から式場に入る途中で市職員が杓子で参列者の手に水をかける儀式)を行なわせ、同委員会社会教育課体育係長伊藤義春を進行係として、宗教法人大市神社宮司宮崎吉脩ら4名をして神式に則り修祓、降神の儀(一同起立、磬折)、献饌、祝詞奏上(一同起立、磬折)、清祓の儀、刈初めの儀、鍬入れの儀、玉串奉奠、撤饌、昇神の儀(一同起立、磬折)の式次第による儀式を行つたものである。なおその際参列者全員は数回に亘り進行係の「一同起立」等の号令により式次第による前記儀式の遂行を余儀なくされた。

[4]、そして右起工式の経費はこれより先昭和39年12月5日津市議会において可決され、ついで同40年3月22日歳出予算第10款教育費第6項保健体育費第2目体育施設費に神職の謝礼金4,000円を新たに報償費に計上し、同額を需要費から減ずる補正予算が可決されたので津市教育長は「津市教育長等の市長の権限に属する事務の一部の補助執行に関する規則」第4条、津市事務専決規程第5条第1項第2号(ケ)に基き神官報償費金4,000円、供物青物代金等金3,663円合計金7,663円の支出を支出官である収入役をしてなさしめたものである。
[5](津市教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第2条第13号により公共団体である津市の合議制の教育行政機関として体育に関する事務を管掌しており、その予算の執行は同法第24条第5号で市長の権限事項ではあるが、地方自治法第180条の2を受けて制定された前記補助執行に関する規則により予定価格が1万円をこえない報償費等の支出につき津市教育委員会の指揮監督を受け教育委員会の権限に属するすべての事務を司る責任を有する津市教育委員会教育長に専決処分をなす権限を教育委員会が委任しているのである。従つて本件起工式の実施はそれが教育委員会の所管事項である体育のための施設である体育館建設の起工式であることからして教育長が前記各法条により専決処分として前記支出を収入役をしてなさしめたわけである。)
[6] もつとも本件起工式の経費予算の支出は津市長が津市議会に提案して議決されたもので且つ起工式の招待も津市長名でなされたものであるから対外的な関係における支出命令権者は市長角永清というべきであるが内部的には教育委員会の委任に基づき教育長が専決処分をしたわけであるから対内的な支出命令権者は津市教育委員会というべきであり、従つて右支出は市長角永清及び教育委員会(委員長は大森四郎)が共同でこれに関与したものというべきである。

[7]、ところで右神官報償費等の支出は次の理由により違法である。
[8](一) 憲法第20条第3項は国及びその機関はいかなる宗教的活動もしてはならない旨規定しているが、これは信教の自由の保障を完全なものにするため国家がすべての宗教に対して中立的立場に立つこと換言すれば政教分離の原則を宣言するものであつて、この原則は当然国家の宗教団体えの援助の禁止を包含するものであり、憲法第89条前段はその旨を財政面から明確にしたのである。しかるに本件起工式は先に述べた式次第からしても神道の宗教的活動に該当することは明白であり、かゝる宗教的儀式に関し、神官報償費等を支出することは憲法の右諸規定に反する違法な支出であることは明らかである。
[9] 附言すれば本件のように神式による起工式が世上往々にして私人間に広く行われていたとしても、その故を以つて公的機関である公共団体が右のような神式による起工式を私人と同じようになしても憲法に違背しないという論は失当と考える。
[10](二) 地方自治法第138条の2は普通地方公共団体の執行機関は普通地方公共団体の条例、予算その他の議会の議決に基く事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務を負う旨規定している。しかるに本件起工式の運営については神式による起工式を禁止した行政実例等があるにも拘らず被告らが敢て前記のとおり神式による起工式を行い、神官報償費等を支出したことは地方自治法の右規定に反する違法な支出であることもまた明らかである。

[11]、従つて被告らは共同して前記のとおり神式による違法な起工式を執り行い、違法に金7,663円の公金を支出して津市に対し右金額相当の損害を与えたのであるから被告らは連帯して津市に対しこれが損害を補てんすべき義務がある。

[12]、原告は市会議員として本件起工式に招待をうけたことによつて何等信仰していない前記のような神式による宗教的儀式に参加を強いられ(市会議員が招待を受けながら格別の理由もなく欠席することは世論の批判を招くことは明白であるから原告としては出席せざるを得なかつた。)そのため精神的苦痛を蒙つた。その慰藉料は金50,000円が相当と考える。
[13] 右慰藉料請求は住民訴訟ではなく原告私人の資格においてする損害賠償請求であり、行政事件訴訟法第43条、第16条により併合しうるものである。

[14]、原告は津市の住民として昭和40年1月22日右公金の違法な支出について、地方自治法第242条第1項に基き監査請求をしたところ同年3月1日津市監査委員より被告らの行つた起工式は適法で前記支出も違法ではない旨の通知をうけた。

[15]、しかしながら原告は監査委員のなした右監査の結果に不服であるから被告らの前記違法支出により津市が蒙つた損害額金7,663円並びに被告らの原告に対する慰藉料金50,000円及びこれに対する昭和40年4月9日から完済に至るまで民法所定年5分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、

(証拠省略)

[16] 被告ら訴訟代理人は
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

[17]、原告主張の請求原因中第一項の事実は認める。
[18] 同第二項の事実は認める。但し参列者に手水の儀を行わせたこと、一同起立の号令を発したとの事実は否認する。
[19] 同第三項の事実中、原告主張のような経緯で予算が成立し、原告主張のとおり金7,663円が支出官たる収入役により支出されたこと、右支出の命令権者は市長であること、市長名で起工式の招待状をだしたこと、原告主張のとおりの補助執行に関する規則等の存することはいずれも認めるが、右金員の支出が「津市教育長等の市長の権限に属する事務の一部の補助執行に関する規則」第4条所定の専決事項であることは否認する。被告教育委員会は右金員の支出行為には関与していない。
[20] 同第四、第五項の主張については後記のとおり争う。
[21] 同第六項の事実中本件起工式に原告を招待したこと及び原告が本件起工式に参加したことは認めるが、参加は強制していない。原告が本件起工式に参加したのは自ら進んでしたものというべきでもとよりそのために原告に侮辱を加えたということもない。
[22] 同第七項の事実は認める。

[23]、元来憲法第20条3項にいう宗教活動とは宗教団体又は個人がその宗教の教義をひろめ、そのために或る儀式を行い、且つ信者を教化育成することを主たる目的としての行動をいうものであるところ、本件起工式は旧来わが国において土木建築等の場合工事の無事安全を願つて慣習として各宗派を超越し、宗派に関係なく起工式或いは鍬入式という名称の下に行なわれる儀式と同じものであつて単なる形式的儀礼にすぎないものであつて宗教的活動ないし宗教的行為というものではない。
[24] 又本件起工式は津市が体育館建設について工事請負人と私法上の請負契約を締結し、その建築着手に際して発注者たる同市が主催して私的行事として行つたものである。

[25]、本件起工式の経費予算は津市教育委員会事務局の社会教育課文化体育係において企画し、昭和39年11月初旬同課から同委員会管理課に提出され、同課から市部局総務課を経て同年11月末の定例市議会に提案され、市長説明の上、同年12月5日の議会において可決されたものである。

(証拠省略)


[1]、先づ原告の損害補てんを求める請求部分について判断するに、本件請求は原告が津市の住民たる資格において地方自治法第242条の2第1項第4号に基く訴であると解せられるところ、この訴訟の被告とすべきものについては同条同号は「当該職員に対する損害賠償の請求」と定めている。同条が右のように規定した所以は当該団体の職員が団体に対し損害を与えた場合はその住民が団体に代位して損害を生じせしめた職員個人の責任を追求し以つて当該団体の損害の回復をはかるためであると解すべきであるから右訴訟の被告は公共団体の機関たる当該職員ではなく個人としての当該職員であると解すべきである。
[2] この見地に立つと本件請求中合議制の行政機関である津市教育委員会を被告とする部分は被告適格を欠き不適法たるを免れないことは明白であろう。この場合に被告を教育委員長大森四郎個人としたものと解することは合議制の行政機関である教育委員会の性質に照らし困難である。
[3] してみると原告の被告津市教育委員会に対する地方自治法第242条の2に基ずき損害補てんを求める請求はその余の点を判断するまでもなく不適法な訴であつて却下を免れない。

[4]二、(一) つぎに本件請求中被告津市長角永清に対する訴について考えるに前述の理由により被告は津市長角永清ではなく個人としての角永清とさるべきである。この見地に立つて考えれば本訴状中被告角永清の氏名の上に表示されている津市長なる記載は単に現職を示したものにすぎないものであつて、個人としての角永清を被告としたものと解するのが相当である。
[5](二) そこで被告角永清に対する原告の損害補てんの請求部分について判断するに、昭和40年1月14日津市体育館起工式が同市船頭町所在の建設現場において挙行されたこと、右起工式は原告主張のとおり宗教法人大市神社宮司宮崎吉脩ら4名が神式に則り原告主張のとおりの式次第(但し手水の儀の部分を除く。)によつて行われたこと、原告は津市議会議員として右起工式に招待を受け出席したこと、右起工式の経費として昭和39年12月5日と昭和40年3月22日に津市議会において議決された予算中から神官報償費4,000円、供物青物代金3,663円、合計7,663円が支出されたこと、原告がその主張のように監査請求をなし、その主張のとおりの結果の通知をうけたことはいずれも当事者間に争いがない。しかして本件支出がたとえ原告主張のように教育長が専決処分として収入役に支出を命じたとしてもそれは地方自治法第180条の2にいう市長の権限に属する事項の補助執行であつて内部的に市長の権限を補助し執行したにすぎず結局教育長が原告主張のような専決処分をしたかどうかにかかわりなく本件支出命令権者は市長であることに帰するわけであつて、原告主張のように教育委員会と市長とが共同してこれが支出命令を発したという関係にあるものではない。
[6](三) 原告は本件起工式は憲法第20条3項にいう宗教的活動に該当するものであり、従つて右起工式のための前記金員の支出は憲法第89条の公の財産は特定の宗教団体の便益維持等のために支出してはならないとの規定に違反し、ひいて地方自治法第138条の2所定の誠実義務に違反する違法な支出である旨縷々主張するので以下右主張の当否について判断する。
[7] 元来我が国においては古来から地鎮祭の名の下に本件と同じ式次第による儀式が土木建築等の着工にあたり広く世上に行なわれる慣行の存することは顕著な事実である。
[8] そして地鎮祭とはその名のとおり建築敷地の土地の神を祭り、工事の無事を祈願する祭であり、従つて右儀式は一見すれば神道特有の宗教的行事にあたるように見えるが、右儀式の実態を考察するとその宗教的色彩は非常に稀薄であり宗教的行事というより寧ろ習俗的行事という方が表現としては適切であると考える。以下にその理由を詳述する。
[9] 我が国においては、近代的宗教(開祖が明確で教義が体系的なものを指す。)が成立する以前においてきわめて素朴な民族宗教つまり原始信仰が存し、なかでも顕著なものとして山水木石などの自然そのものを崇拝の対象とする自然崇拝と雨風雷などの天然現象を惹き起す霊力の存在をみとめそれを畏敬崇拝する精霊信仰とがあり、前者すなわち自然崇拝の中に土地神信仰(いわゆる産土神信仰、屋敷神信仰等)が含まれていた。そしてこれら原始信仰はやがて近代的宗教の成立展開によつて表面上はその影を没したかに見えるけれどもいまだ完全に影を没し切つたわけではなく、習俗化された諸行事の中にその痕跡を発見する事例が屡々存するのであり、地鎮祭はその好い例であると講学上説かれており、(これは地鎮祭を含めて広く我が国に古来から行なわれてきた習俗的行事の発生の由来ないしその実態を専ら研究対象とする学問(民俗学)上通説とされている。)当裁判所も右の見解は正しいものと考える。そして右見解に従つて考えを進めると地鎮祭の発生原因となつたこのような原始信仰は永い年月の間に近代的宗教の成立発展につれて我が国民の意識の底に沈澱し自然崇拝に起因する地鎮祭の行事、儀式だけが永年に亘り続けられるに従い漸次本来の信仰的要素を失い、形式だけが慣行として存続されているうちにいつしか地鎮祭は何らの宗教的意識を伴うことなしにただ建築の着工にはそれをやらなければ形がととのはないと言つた意味での習俗的行事として一般の国民が考えるようになつて来たものと言えよう。
[10] 地鎮祭が右のように我が国民からこのような習俗的行事として受けとられ、且つ行なわれている以上、本件起工式もその例外である筈がなく、これを主宰した被告角永もこれに参列した殆んどの人々も神道の教義の布教宣伝とはかかわりなく、ただ工事の安全を願い従来の慣行に従いこれを実施したにすぎないことは明白である。
[11] 証人宮崎吉脩、同伊藤義春の証言によつても右事実は認められる。
[12] 他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。
[13] 以上説示したとおり本件起工式はそれが外見上は神道の宗教的行事に属することは否定できないけれども、その実態をみれば神道の布教宣伝を目的とする宗教的活動ではもちろんないし、また宗教的行事というより習俗的行事と表現した方が適切であろう。
[14] 従つて本件起工式は憲法第20条第3項に違背するものではなく、本件支出も右のような本件起工式の性質動機及び支出金の額等から考えると特定の宗教団体を援助するための支出とは言えないわけであり、特に神官に支出した4,000円は単に役務に対する報酬の意味を有するにすぎないことになるから本件支出が憲法第89条ないし地方自治法第138条の2にていしよくする違法な支出と目することは困難である。
[15] もとより公共団体の費用の支出は住民の信託を受け住民のために行うのであるから憲法その他の法律の遵守はできるだけ法に忠実に行うべきことは原告主張のとおりであり、そのためには憲法にていしよくする疑を少しでももたらすような支出はつつしむべきであり、その意味からすれば本件のような経費を公共団体の予算から支出することは妥当とは言えないけれども前述の理由によりいまだもつて本件支出が憲法第89条等にていしよくする違法支出と断定することは困難である。
[16] してみると本件支出が違法支出であることを前提とする被告角永に対する原告の地方自治法第242条の2に基ずく請求は失当として棄却さるべきである。

[17]三、(一) つぎに原告の慰藉料請求部分につきその当否を考えるのに、原告の右請求は住民たる資格においてではなく、本件住民訴訟たる原告とは別個に私人関口精一を原告として提起された通常訴訟であり、その主張の要旨は原告が本件起工式に招待を受けたため出席を強要され憲法第20条第3項に違背する神式による宗教的行事に参加することを余儀なくされ、そのため憲法第20条第2項の保障する信教の自由を侵害され、精神的打撃を受けたから、被告らに対しその損害の賠償を求めるということにあることはその主張自体に徴し明らかである。
[18] このような訴訟を住民訴訟と併合して提起できるかどうかについては疑義が存しないわけではないが、当裁判所は行政事件訴訟法第43条第3項、第41条第2項により準用される同法第16条、第13条第1号にいう関連の意味を広く解し住民訴訟との併合を許容すべきものと考える。
[19] ところで本件起工式は先に認定したとおり体育館建築の着工にあたりその工事の無事を祈念するために行なわれたのであり、これは津市の純然たる内部的行事、言い換えれば私的行事に過ぎないことは明らかであるから到底公共団体の行う公行政作用にあたるものとは言えないから本件には国家賠償法の適用の余地はない。従つて津市長主宰にかかる本件起工式に起因する不法行為責任については民法第709条、第44条によることになるから、その賠償責任の帰属主体は公共団体である津市及びその機関である市長個人となることは明らかである。
[20] してみれば本訴につき被告適格を有するものは津市長たる地位にある角永清個人及び津市であつて、津市教育委員会は被告適格を有しないから原告の本件慰藉料請求中教育委員会に対する訴えは不適法として却下を免れない。
[21] そしてこの見地から本訴状の被告津市長角永清とある表示中津市長の部分は単に現職を示すにすぎず、被告は津市長の地位にある角永清個人と解すべきことは住民訴訟において述べたと同様である。
[22](二) よつて進んで被告角永清に対する右請求につき判断するに本件起工式につき原告が津市長名を以つて招待を受けたことは当事者間に争がないが、右起工式は先に述べたとおり津市の内部的な行事(私的行事)でありこれに出席すると否とは被招待者の自由意思に委ねられていることは余りに明白であり、このことは原告が市会議員の地位にあると否とにかかわりないものというべきである。
[23] 従つて原告は別段出席を強要されたわけではないからたとえ原告が右起工式に出席し精神的苦痛を受けたとしても、それは原告の任意の出席に起因するものであるから本件起工式が憲法第20条第2項にていしよくするものとはいえない道理であつて、原告が本件起工式に出席を強要されたことを理由とする被告角永清に対する慰藉料請求はもとより失当として棄却を免れない。

[24]、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。

  裁判官 松本武 杉山忠雄 青山高一

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