加持祈祷事件
控訴審判決

傷害致死被告事件
大阪高等裁判所
昭和35年12月22日 第4刑事部 判決

被告人(控訴人) 甲野覚蓮 こと 甲野花子(仮名)

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。


[1] 本件控訴の趣意は、本判決書末尾に添付の弁護人小林康寛作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。
[2] 論旨は事実誤認をいい、その主張するところは要するに原審は公訴事実につき十分なる審理を尽さず予断、偏見を抱き、濫りに独断、憶測を用いた結果事実を誤認し、また経験則、採証の法則に違反して証拠の取捨ならびに価値判断をした結果事実を誤認したものである、というのである。
[3] しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判示事実は優にこれを認めることができる。すなわち、右証拠によると、原判示のごとき経歴を有する被告人が原判示のごとき経緯により、精神異状の状態にあつた乙山春子(当時18年)に対してその治癒のためいわゆる「線香護摩」を焚いて加持祈祷を行うべく昭和33年10月14日午前0時40分頃(原判決に昭和32年とあるは明らかに昭和33年の誤認と認められる)、原判示乙山秋夫方において原判示のごとき準備をさせて護摩壇をつくり、その正面から約半米離れたところに春子を、同女の左右に同人の父乙山秋夫および従兄の丁原俊夫を侍らせ、さらにその護摩壇の左右に近親者等7名を位置させ、原判示の方法によつて線香を焚きいわゆる「線香護摩」による加持祈祷を始めたところ、線香が焚かれてゆくにつれて春子がその熱気のために身をもがき暴れ出すや、被告人は右乙山秋夫、丁原俊夫等をして春子の体を取り押さえ、あるいは腰紐、タオル等で同女の手足を緊縛させる等して嫌がる同女を無理に燃えさかる護摩壇の近くに引き据えて線香の火に当らせ、かつ狸が咽喉まで出かかつていると称して「ど狸早く出ろ」と怒号しながら同女の咽喉部を線香の火で煙らせ、同時に同女の背中を押さえつけ、手で殴る等し、かくして同日午前4時頃まで約3時間にわたり線香約800束を燃やし尽くしたのであつて、その間被告人および周囲の者は次第に上昇する熱気と線香の煙とに居堪まらず各自その途中で室外に逃れて新鮮な空気に触れ、あるいは休息したのであるが、春子に対してはそのような措置をとらせることなく終始燃えさかる護摩壇のすぐ傍に引き据えたままにしておく等の暴行を加え、よつて同女をして前頸部における長さ約9糎巾約4糎の不整形の熱傷ほか全身多数箇所に熱傷および皮下出血を負わせ、これらの受傷による有害分解産物吸収によるいわゆる二次性シヨツクならびに身体激動による疲労困憊等にもとずく急性心臓麻痺により、同日午前4時30分頃同所において死亡するに至らしめたことが認められる。所論は、いずれも独自の見解に立つて原審のなした適正な証拠の取捨選択とその価値判断とを非難するものであつて採用することができない。又原審の事実認定には何等経験法則に違反する点も認められない。論旨は理由がない。
[4] 論旨は法令の適用の誤りをいい、被告人の行為は憲法が保障する信教の自由にもとずく宗教行為であつて、被告人が過去における数多き経験にもとずき自己の加持祈祷、護摩によつて春子の病気が平癒するものなりとの確信の下に真言密教の加持祈祷、護摩を行つたもので春子の身体に暴行を加えるがごときはありうべきものでなく、いわんや傷害はもちろん暴行の認識は毫末も存在しない、と主張する。
[5] しかし被告人の原判示の行為が一種の宗教行為としてなされたものであることは所論のとおりであるが、その行為によつて他人の生命、身体等に危害を及ぼす場合においても、なおこれを信教の自由に含まれるとして国家の干渉を許さないものとは到底解しえられないのであつて、このことは他人の名誉を毀損する言説が名誉毀損罪、もしくは侮辱罪を構成する場合に憲法の保障する言論の自由を主張してその罪責を免れえないことと同一である。
[6] そして、原判決も説示しているように原判示のごとき被告人の行為が医学上一般に承認された精神異状者に対する治療行為でないことはいうまでもないところであつて、被害者春子に対する違法な有形力の行使であることは到底これを否定することができない。被告人としては右春子が異常な振舞をするのは同女に取り憑いた狸のなせる業であると考え、同女を救おうとの一念からその狸を追い払うべき最後の有効適切な手段として本件所為に出たものであることを認めうるが、このことは被告人が誤つた信念によつて自己の行為が客観的には違法な暴行であることにつき価値判断を誤つたに過ぎないものであつて(被告人の所属する教団においても精神異状者の平癒方法として原判示のごときいわゆる線香護摩によることが認められていないこと、又被告人においても本件以前に精神異状者の平癒方法としてこれを用いたことのないことは被告人の自認するところである《記録795丁ないし796丁》)、被告人には刑法上暴行の犯意ありとするに必要な、行為の外形事実に対する認識においては何等欠くるところがなかつたものといわなければならない。そして、いやしくも暴行の故意がある以上その暴行によつて生じた死傷につき結果的責任を負うべきことは明らかであつて、被告人の本件所為は傷害致死罪をもつて問擬せらるべきものであり、原判決には何等法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。
[7] 論旨は原審が弁護人の暴行の犯意がなかつたとの主張に対して示した判断は審理不尽にもとずく独断憶測であるというのであるが、所論中司法警察職員作成の昭和33年10月25日付検証調書に関する部分は要するに原審のなした適正な証拠の取捨選択とその価値判断とを非難するものであつて採用することはできない。又その他の所論はいずれも独自の見解に立つて原審のなした適正な事実認定を論難するものであつて採用に価しない。論旨は理由がない。
[8] 論旨は、被告人の本件行為は正当業務行為であり、かつこれを傷害致死罪に問擬することは被告人の信教の自由を侵害するものであると主張するのであるが、被告人の原判示所為が正当な業務行為に該当せず、かつこれを傷害致死罪に問擬することが被告人の信教の自由を侵害するものでないことは原判決が弁護人の主張に対する判断の二において詳説するところであつて、当裁判所もこれと見解を同じくするものであるから原判決に述べられたところを引用する。論旨は理由がない。
[9] よつて、刑事訴訟法第396条に従い主文のとおり判決する。

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