性別変更訴訟(生殖腺除去要件)
即時抗告審決定

性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する即時抗告事件
広島高等裁判所岡山支部 平成29年(ラ)第17号
平成30年2月9日 第2部 決定

抗告人(原審申立人) A
手続代理人弁護士   大山知康 坪山元

■ 主 文
■ 理由の要旨

■ 即時抗告状
■ 抗告理由書


1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は,抗告人の負担とする。

[1] 別紙即時抗告状及び抗告理由書(いずれも写し)記載のとおり
[2] 本件は,抗告人が,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)に基づき,性別の取扱いを女から男にすることを求める事案である。
[3] 原審は,抗告人の申立てを却下したところ,抗告人がこれを不服として抗告した。
[4] 事実の調査の結果により認定することができる事実は,原審判2頁4行目の末尾の次に,改行の上,次のとおり加えるほかは,原審判の理由中の「第1 申立ての趣旨及び事実関係」の2(1)から(5)まで(原審判1頁17行目から2頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
「なお,抗告人は,平成26年3月,岡山大学病院ジェンダークリニックでホルモン療法を承認され,同年10月より同病院で身体の男性化を目的として男性ホルモン剤の投与を受けるようになり,生理の停止等男性化はある程度得られたものの,湿疹,頭痛,筋肉のこわばりの副作用が出現し,平成28年4月以降,ホルモン療法を中止している。」
[5](1) 当裁判所は,抗告人の申立ては,特例法3条1項4号(以下,単に「4号」という。)が定める要件を満たさないものであるから,却下するのが相当であると判断する。その理由は,原審判の理由中の「第2 当裁判所の判断」の1の第1段落及び第2段落(原審判2頁12行目から3頁2行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2) 抗告人の主張について
[6] 抗告人は,4号が,憲法上の権利として保障される人格権の一内容である「性別適合手術を強制されない自由」を不当に侵害し,憲法13条に違反する旨を主張する。
[7] 確かに,性別に関する認識は,基本的に,個人の内心の問題であり,自己の認識する性と異なる性での生き方を不当に強制されないという意味で,個人の幸福追求権と密接にかかわる事柄であり,個人の人格権の一内容をなすものということができるが,これを社会的にみれば,性別は,民法の定める身分に関する法制の根幹をなすものであって,これら法制の趣旨と無関係に,自由に自己の認識する性の使用が認められるべきであるとまではいうことができない。すなわち,性同一性に係る上記人格権の内容も,憲法上一義的に捉えられるべきものではなく,憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をまって初めて具体的に捉えられるものであるといわなければならない。
[8] そうすると,身分法全体の法制度を離れて,4号が性別適合手術を性別の取扱いの変更の要件の一つと定めていること自体を捉えて直ちに人格権を侵害し,違憲であるか否かを論ずることは相当ではない。
[9] 特例法は,同法2条所定の「性同一性障害者」であって,同法3条1項各号のいずれにも該当する者について,性別の取扱いの変更を認めるところ,この変更が認められれば,「民法その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別につき他の性別に変わったものとみな」される(同法4条1項)が,「法律に別段の定めがある場合を除き,性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係」等には影響を及ぼさない(同条2項)とされている。そして,性の自認や性的指向等がその者の生物学的な性と完全に一致しない態様やその程度は極めて多様である。そうすると,どのような者について,前記のような法的効果を有する法律上の性別の取扱いの変更を認めるのが相当か,その要件をどのように定めるかについては,これらの者を取り巻く社会環境の状況等を踏まえた判断を要するのであって,基本的に立法府の裁量に委ねられていると解するのが相当である。そして,以下において検討するとおり,性別の取扱いの変更を認める要件の一つとして4号を定めることが,立法府が有する裁量権の範囲を逸脱すると認めることはできない。
[10] よって,この点に係る抗告人の主張は採用することができない。
[11] 抗告人は,4号は特例法に基づき性別の取扱いの変更を求める者に元の性別の生殖能力等が残っているのは相当ではないことから定められたとする立法目的を正当とする点に誤りがあると主張する。
[12] しかしながら,特例法に基づいて性別の取扱いの変更がされた後,元の性別の生殖能力に基づいて子が誕生した場合には,現行の法体系で対応できないところも少なくないから,身分法秩序に混乱を生じさせかねない。
[13] そうすると,このような弊害を避ける観点からは,元の性別の生殖能力等が残っているのは相当ではないから,4号の立法目的は正当である。
[14] よって,この点に係る抗告人の主張は採用することができない。
[15] 抗告人は,性別適合手術を事実上強制する4号は性同一性障害者の自己決定権を奪うもので憲法13条に反すると主張する。
[16] しかしながら,性同一性に係る人格権の内容は上記のとおりであって,特例法は,4号を含めて,立法の裁量の範囲内にあると認められ,4号の規定も憲法13条に反するということはできない。
[17] よって,この点に係る抗告人の主張は採用することができない。
[18] 抗告人は,女性パートナーとの結婚を予定しており,出産する可能性の全くない抗告人に元の性別の生殖能力を残したまま性別の変更をしても4号の趣旨に反しないと主張する。
[19] しかしながら,抗告人が出産する可能性がないことを客観的に裏付けるものはない。確かに,抗告人自身,陳述書に「私が子を産んで母になる意思はない。」と記載しているが,副作用の問題から抗告人に対するホルモン療法は中止した状態であるし,本人がそのような意思を表明するにとどまる状態で,抗告人が出産する可能性が全くないということはできない。そうすると,抗告人に元の性別の生殖能力を残したまま性別の変更をすることは,4号の趣旨に反しないとはいえないから,この点に係る抗告人の主張には理由がない。
[20] 抗告人は,原審における審問の際,
「事実婚がすでに成立していて,社会的に家族として認められているような場合には,条件付きで性別の変更を認める特例があるとうれしい」
と述べ,当審において,家庭裁判所が,生物学的な性としては女である者2名について,医療上の理由などで子宮や卵巣を摘出する手術を受けるのが難しい場合に,この手術を受けることなく戸籍上男性とする旨の判断をした旨報道した新聞を提出する。
[21] 確かに,性別の取扱いの変更を求める者が,生物学上の性が同じ同居者と共に社会生活上家族として認知されて生活を送っている場合には,法律上の婚姻を届け出る前提として,性別の取扱いの変更を求める審判を受ける必要性は高いことが認められるが,そのような取扱いを許容すると,4号が避けようとした前記イの弊害を回避することはできないし,このような場合について特別に扱うことを許容する法的根拠も見いだすことができない。この点,抗告人が提出する新聞報道に記載された審判例は,詳細は不明であるが,出生時に性別判定が困難とされる疾患を有していた申立人について,本件とは手続及び要件の異なる戸籍訂正(戸籍法113条)に係る許可の審判がなされた事案であったことがうかがわれる。また,抗告人について,前記審判例の当事者と同様に,医療上の理由等で生殖腺の切除手術を受け,又はその他の方法で同様の状態を生じさせるのが難しい場合であることを裏付ける事情は見当たらない。そうすると,抗告人を前記審判例の場合と同様に扱わなければならないとはいえない。
[22] その他,抗告人は,性別の取扱いの変更につき,4号とは異なる要件を定める立法例の存在や,4号の要件に批判的な学説や国際機関等の意見を紹介した文献を提出するが,それらの存在を考慮しても,4号の要件を定めたこと,あるいはこれを現在も存置していることが,立法府の裁量権の範囲を逸脱しているということはできない。
[23] 以上によれば,本件申立ては却下するのが相当であるところ,これと同様の原審判は相当であって,本件抗告には理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり決定する。

  裁判長裁判官 松本清隆  裁判官 永野公規  裁判官 藤井秀樹
即時抗告状
平成29年2月7日
広島高等裁判所岡山支部 御中
抗告人代理人弁護士 大山知康
抗告人 A(昭和 年生)
上記抗告人代理人弁護士 大山知康
同弁護士        坪山元

 上記抗告人が申立てた岡山家庭裁判所津山支部平成28年(家)第1306号性別の取扱いの変更審判申立事件につき,同裁判所が平成29年2月6日にした下記審判は不服であるから即時抗告を申し立てる。
主   文
1 本件申立てを却下する。
2 本件手続費用は,申立人の負担とする。
1 原審判を取り消す。
2 抗告人の性別の取扱いを女から男に変更する。
との審判に代わる裁判を求める。
 追って主張する。
以上
平成29年( )第 号
性別の取扱いの変更却下に対する抗告事件
抗告人 A

抗告理由書
平成29年2月17日
広島高等裁判所岡山支部 御中
抗告人代理人弁護士 大山知康

[1] 本件において即時抗告を申し立てた理由は,下記のとおりである。
[2] 原審判は,
「憲法制定当時には想定されていなかった性別の取扱いの変更について,その要件をどのように定めるかは,その内容が合理性を有する限り,立法府の裁量に属するものであるというべき」
としている点に法令解釈の誤りがある。
[3] 抗告人の性別適合手術を受けない権利や自ら自認する男性として生きる権利は,憲法13条で保障される自己決定権(自由権)であり,自分らしく生きるという自己実現に資する人権であり,生命及び身体の安全に関わる人権でもあるから,憲法上最大限の尊重がなされるべきである。また,性別の取扱いの変更については,特段国家財政等を考慮しなければならない問題でもない。
[4] また,
「憲法の保障する自由権は,経済的自由権を除き,原則として無制約であり,ただそれぞれの自由権の内在的限界を超える行為だけが法律によって制限されうるのであって,その限界は権利の性質によって定まるものであるから,立法府の自由な判断によって制限できるものではない。だから,自由権に対する規制に関しては,立法府の裁量権は認められない」(浦部法穂著「憲法学教室第3版」第390頁(日本評論社刊)甲5)。
また,「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下,「特例法」という。)のような性同一性障害者という少数者に関する法律については,立法府に任せるのではなく,裁判所が少数者の人権保障のために厳格に立法の合憲性を判断すべきである。
[5] したがって,いわゆる立法裁量論により,特例法第3条第1項第4号の合憲性を判断した原審判には法令解釈に誤りがあるので,本即時抗告を申し立てた。
[6] なお,原審判は「憲法制定当時には想定されていなかった」という点を立法裁量論を用いる根拠にしているが,この論理を用いれば,例えば,インターネットにおける表現の自由を制約する法律の合憲性を判断する際にも,立法裁量論を用いることになってしまう。合憲性の判断の基準については,人権を制約する法律が何かではなく,制約される人権がどのようなものかで決定されるべきであるのに,原審判では,人権ではなく,法律が「憲法制定当時には想定されていなかった」ことを理由に立法裁量論を用いており,この点についても原審判には,法令解釈に誤りがある。なお,特例法で制約される人権は,性同一性障害者の自己決定権であるから,厳格な合憲性の審査基準を用いるべきである。
[7] また,
「性同一性は本条後段(注:憲法第13条後段)によって保障されるべき人格的利益に含まれると考えられることから,性別の取扱いを変更する審判の要件については,慎重な検討を要するものと考えられる」
と指摘する文献(長谷部恭男編「注釈日本国憲法(2)国民の権利及び義務」第137頁及び第138頁(有斐閣刊)甲6)もある。
[8] 原審判は,特例法第3条第1項第4号の立法目的について,「特例法が性別の取扱いの変更を認める以上,元の性別の生殖能力等が残っているのは相当でないことから定められた」とし,かかる立法目的に正当性があることを前提に判断しているが,この点についても下記のとおり法令解釈に誤りがある。
[9] 
「なぜ元の性別の生殖能力が残っていることが『妥当ではない』のか釈然としない。この立法目的は,断種法に淵源をもつ国民優生法/優生保護法(現在の母体保護法)の根底にある優生思想を彷彿とさせる。現実として,ホルモン療法の過程で生殖機能は内分泌的に失われていく。にもかかわらず,この要件は生殖腺の不存在か,機能の永続的な喪失を執拗に求めている。」
「性と生殖に関する権利は,単一の権利としてではなく,さまざまな個別の権利の複合体として存在する。具体的には,(a)生命と生存の権利,(b)自由と安全の権利,(c)最高水準の健康についての権利,(d)科学的進歩を享受する権利,(e)表現の自由,(f)教育についての権利,(g)私生活・家族生活・家族形成の権利,(h)無差別の権利によって構成される。このうち,(a),(b),(g)などは,まさに憲法13条から導き出される具体的権利である。また,配偶子(受精卵や精子)の凍結・低温保存のような生殖補助医療技術の利用は(d)とも関連する。『すべての個人が,自分たちの子供の数,出産間隔,出産時期について,責任をもって自由に決定でき,関連する情報と手段を得ることができる権利』と定義される性と生殖に関する権利は,特例法の第4号要件によって完全に剥奪される。権利の複合的な性格上,生殖無能力要件は,結果的に憲法や国際人権法に保障されるさまざまな個別の人権を十把一絡げに剥奪することとなる。それほど重大で膨大な権利の制約事由は,生殖能力の残存は『妥当ではない』との一言で足りるものではない。」
「本要件については,医学的(とくに内分泌学的)な根拠も指摘される。しかし,性別変更の要件として法文に直接書き込まれた以上,医学的な根拠に追随するだけでなく,法的な正当性や根拠も――またはその医学的な根拠を法の文脈において――問わなければならない。」(石田仁編著「性同一性障害 ジェンダー・医療・特例法」第268頁及び第269頁。甲7)
と指摘する文献もあるように,性別の取扱いの変更において元の性別の生殖能力が残っていることを『妥当ではない』とすることの正当性には疑問がある。
[10] したがって,
「特例法が性別の取扱いの変更を認める以上,元の性別の生殖能力等が残っているのは相当でないことから定められた」
という特例法第3条第1項第4号の立法目的自体に正当性がないのであるから(もしくは正当性を厳格に検討すべきであるから),同号の立法目的を無条件に正当としている点についても,原審に法令解釈の誤りがある。
[11] 特例法第3条第1項第4号が,「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を要件としている点は,性別適合手術を事実上強制していることに等しく,特例法第3条第1項第4号は性同一性障害者の自己決定権(憲法13条)を侵害し違憲であるという抗告人の主張は,従前の主張のとおりであり,同号を合理性があると判断している原審判には法令解釈に誤りがある。
[12] より具体的には,自己決定権の内容とされるのは,(a)自己の生命・身体の処分にかかわる事柄,(b)家族の形成・維持にかかわる事柄及び(c)リプロダクションにかかわる事柄であると考えられている(なお,(b)及び(c)については憲法13条ではなく憲法24条で保障されるという考え方もある。)(渋谷秀樹著「憲法(第2版)」第187頁及び第188頁(有斐閣刊)甲8)。
[13] したがって,性別適合手術を事実上強制している同号は,上記の(a)(b)(c)の全てに関する性同一性障害者の自己決定権を奪うものであり,憲法13条に反し違憲であることは明白である。
[14] 抗告人は,女性のパートナーと結婚する予定であり,今後,子どもを出産する可能性は全くないことから,元の性別の生殖能力を残したまま性別を変更しても特例法第3条第1項第4号の趣旨にも反しないという抗告人の主張を,原審判が「独自の見解」であるということのみを理由に採用することができないと判断している点について,以下のとおり法令解釈に誤りがある。
[15] 性同一性障害者という少数者に関する法律である特例法においては,その要件の解釈について前例が少なく,学術的な検討も他の法律に比べれば圧倒的に少ないのであるから,同法に関する主張についても前例のないものとならざるを得ないのである。
[16] したがって,「独自」ということのみをもって,その主張の内容を検討せずに,抗告人の主張を採用しなかった原審判には法令解釈に誤りがある。
以上
証拠方法
甲第5号証 浦部法穂著「憲法学教室第3版」第390頁(日本評論社刊)
甲第6号証 長谷部恭男編「注釈日本国憲法(2)国民の権利及び義務」第137頁及び第138頁(有斐閣刊)
甲第7号証 石田仁編著「性同一性障害 ジェンダー・医療・特例法」第249頁から第272頁まで(御茶の水書房刊)
甲第8号証 渋谷秀樹著「憲法(第2版)」第187頁及び第188頁(有斐閣刊)

添付資料
甲号証の写し 各1通
委任状     1通

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