エンタープライズ寄港阻止闘争事件
控訴審判決

道路交通法違反、公務執行妨害、日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法違反、傷害被告事件
福岡高等裁判所 昭和53年(う)第160号
昭和56年2月18日 第2刑事部 判決

被告人 O 外7名

■ 主 文
■ 理 由


 原判決中被告人Oに関する部分を破棄する。
 同被告人を懲役6月に処する。
 その余の被告人らの本件各控訴を棄却する。
 被告人Kに対し、当審における未決勾留日数中120日を同人に対する原判決の本刑に算入する。


[1] 本件各控訴の趣意は、弁護人小西武夫、同小泉征一郎共同提出の控訴趣意書(但し、第八兇器準備集合の項を除く)、被告人H、同K、同L、同Oがそれぞれ単独で提出した各控訴趣意書、検察官遠藤寛提出の控訴趣意書各記載のとおりであり、被告人および弁護人の控訴趣意に対する答弁は、検察官堀賢治提出の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
[2] 各所論は多岐にわたつているが、その核心は、要するに、エンタープライズ号の佐世保入港をめぐつて、ベトナム戦争の侵略性・残虐性、同艦が右戦争で演じた役割、その有する強大な戦力等を指摘し、わが国政府が同艦の入港を許したことの重大さ、違憲・違法性、入港の根拠となつた日米安全保障条約の憲法違反を詳細に論じ、これらについて十分な検討、判断を加えないまま、エンタープライズ号の入港阻止という正当な目的のもとに、被告人らがベトナム人民の生命を防衛し、また政府を糾弾し国民の抵抗権を行使した本件各行為につき、正当防衛ないし正当行為の成立を否定した原判決には、事実誤認、理由不備もしくは法令解釈適用の誤りがあるというのである。
[3] しかし、国民主権、三権分立に立脚するわが国憲法の下では、裁判所の司どる司法権の権限には限界があり、職責にも自ら限度がある。本件エンタープライズ号の入港およびこれを許したわが国政府の措置の当否の如きは、違憲・違法の点を含めて政治の問題であり、国会の監督すべき行政・外交のあり方の問題であつて、民主主義国家においては、結局のところ、国民が選挙を通じて決めることである。裁判が政治に関与することは許されないのであつて、本問題について深く立入ることを避け、抵抗権や日米安全保障条約等に関し必要最小限度の判断をするにとどめた原判決はほぼ相当であると思われる。また、以上のような本件案件の特質に徴し、かつ目的の正当性が必ずしも行為を正当化するとはいえないことを考えれば、民主主義およびこれを背景にする現行憲法・法秩序の下では、被告人らの本件のような行動が正当な行為などとはいえないことは明らかであり,エンタープライズ号の佐世保入港によつて直ちにベトナム人民の生命に対する侵害が急迫化するものではないから、正当防衛が成立する余地もない。論旨はいずれも理由がない。
[4] 所論は、要するに、被告人らは、エンタープライズ号の違法入港を阻止する等の目的を達成するための手段として、憲法で保障された表現・集会の自由の一つである集団行動、デモ行進を行なおうとしたのに対して、警察当局は、学生達に対し、佐世保に到着する以前から東京飯田橋、博多駅等で、大量検束、暴行、傷害を加えて弾圧し、佐世保現地においては毒物であるオメガクロルアセトフエロンを主成分とする催涙液・催涙弾を使用し、無抵抗な者にまでも警棒で乱打を加え、さらにはデモ行進の許可がおりていた米軍基地方向へ通じる道路を封鎖して、学生達の抗議行動を阻止した、かような状況の下では、被告人らは先ずもつて叙上の基本的人権を警察部隊の侵害から守らなければならないのは当然であり、本件各行為は右権利防衛のためにやむをえずとられた正当防衛行為に当たる、また佐世保現地での以上のような警察部隊の行為は適法な公務の執行とは言えないから、公務執行妨害罪は成立しないし、このような警察部隊による違法かつ凶暴な暴行傷害行為には目をつぶり、一方当事者である被告人らに対してだけ提起せられた本件公訴は、憲法14条、検察庁法4条、刑訴法1条、同法248条に違反した公訴権の濫用であるから棄却を免れないと論じ、原判決が、これら警察部隊の違法行為との相関関係の中で被告人らの行為の正当性、正当防衛の成否を判断せず、しかも飯田橋や博多駅等における違法行為については全く言及しないまま、正当防衛の成立を否定したのは理由不備であり、催涙液・弾の使用、道路封鎖等を適法な行為であるとしたのは警察官職務執行法の解釈適用を誤つたものである、また公務執行妨害罪の成立を認めた点で事実を誤認し、刑法95条の解釈適用を誤つている、というのである。
[5] しかし、記録によれば、被告人らの属していた全学連が、エンタープライズ号入港阻止佐世保闘争を第三の羽田として闘い抜くことを全国の学生に対しつとに呼びかけ、そのためには警察官の警備を実力で突破して米国軍佐世保基地に侵入し、基地内で抗議集会をするなどの決意を明らかにして、佐世保で過激な闘争を行うことを事前に表明していたことは明らかである。そして、2度にわたる羽田事件において、学生達が敢行した周知のような極めて激烈な暴行行為を体験した警察当局が、学生達の基地侵入という違法行為を阻止するためにとつた措置、すなわち佐世保に集結しようとする学生達の動向にあらかじめ重大な関心を払い、現地に多数の警察官を動員して、基地に接着する平瀬・佐世保の両橋の基地寄りの橋詰に警察官を配備、阻止線を張つたことは、社会公共の安全と秩序維持の職責上当然のことであつて、何らの違法はなく、その過程で起きた飯田橋・博多駅等の事件では、本件記録で見る限りにおいては、警察官の側に行過ぎた取締行為が見受けられないではなく、そこでの学生および警察双方の衝突は、率直にいつて、わが国の民主主義のために極めて悲しむべきことであつたが、これらは本件各犯行の成否に直接の関係があるとは考えられないから、原判決がその当否を判断しなかつたからといつて理由不備の違法があるとは到底認められない。このように警察当局が、平瀬橋と佐世保橋とに阻止線を張り厳戒体勢をとつていたにも拘らず、学生達は当初から角材を携帯し、投擲する目的で瓦礫を集め、ヘルメツトをかぶり覆面するなどのいわゆる闘争スタイルで右阻止線を襲撃し、これを突破しようとして本件各犯行に及んでおり、これら犯行の状況・態様・経過等に徴すれば、学生達の行動は、正に闘争のための闘争というほかはなく、正当防衛等違法性を阻却するものとは到底考えられず、催涙液・催涙弾の使用、道路封鎖の措置も、必要やむを得ない警察権の行使と認められるのであつて、これらを適法と判断した原判決の説示は相当である。たしかに警察部隊の一部が、1月17日市民病院前で無抵抗の学生らに対して加えた暴行傷害が違法なことはいうまでもなく、これら理性を失なつた一部警察官の行為は甚だ遺憾であるが、警察官の職務執行行為の中に一部このように違法な行為があつたからといつて、その全体が違法な公務の執行となるものとはいえないから、これを適法とし、公務執行妨害罪の成立を認めた原判決には、何らの事実誤認もなく、刑法95条の解釈適用にも誤りはない。またこのような暴行傷害を加えた警察官に対し、公訴が提起されていないからといつて、被告人らに対する本件各公訴を違法なものと見ることは相当でなく、被告人らの本件各犯行の罪質、態様等に照らせば、その刑事責任は重大であつて、本件各公訴の提起それ自体には何らの違法・不当な点も認められない。以上の次第であるから、各論旨はいずれも理由がない。
[6] 所論は、道路交通法77条1項4号およびこれを受けた長崎県道路交通法施行細則15条3号が、集団示威行進を、警察署長の許可を要する行為とし、違反者を同法119条1項12号によつて処罰することは、憲法21条に違反する、しかもこれらの規定を常識的に解釈すれば、集団行進の主催者もしくは責任者が許可申請をすべき義務者と考えられ、従つて処罰されるのは右義務者に限定されるべきであるのに、被告人らのような単純参加者まで処罰した原判決は、道路交通法77条の解釈適用を誤り、憲法21条にも違反している、また1月18日のデモ行進のさいには、すでに佐世保橋上が封鎖され、交通の円滑はそこなわれていたから、被告人らの集団行進に起因する道路交通事情には何らの変化もないのに、単に形式的に許可を得ていないとの事由をもつて処罰するのならば、それは集団示威行進を弾圧する目的以外にはないのであつて、このような運用は憲法21条に違反するものであるというのである。
[7] しかし、道路交通法77条1項4号、119条1項12号、長崎県道路交通法施行細則15条3号が憲法21条に違反するものでないとして原判決が説示するところは相当であつて、当審においてこれにつけ加えるべきことはない。また集団示威行進を行なおうとする場合には、集団を代表して誰か適当な者が許可を受ければよいが、何らの許可も受けないでデモ行進を行なえば、これに参加した者のすべてが無許可で道路を使用したことになることは当然であり、かりに所論のように交通に影響がなかつたとしても、違法性を阻却するものとは考えられず、道路の無許可使用として処罰することが憲法21条に違反するものともいえない。論旨は理由がない。
[8] 所論は、刑事特別法2条およびこれとの関連で日米安全保障条約の違憲をいうが、同条約およびこれに基づく米国軍隊の駐留が、憲法前文及び同法9条に違反すること一見極めて明白であるとは認められない(最高裁判所昭和34年12月16日、同44年4月2日各大法廷判決参照)から、刑事特別法2条が憲法31条に違反するものとはいえない。原判決には所論のような憲法解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。
[9] 各所論は、原判示第六の二の事実について、原判決の事実認定には誤認があると主張する。しかし、右事実は、原判決の掲げる関係証拠によつて優に認めることができ、記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決には所論のような誤認があるとは考えられない。すなわち、現場で被告人K、同Lをそれぞれ逮捕した警察官吉田清隆、鶴田堅一の両名が一致して、逮捕のさい右被告人らから、原判示各暴行を加えられ、傷害を負つたとの旨、具体的且つ詳細明確に原審で証言しており、これらの供述には格別不自然な点も見うけられないこと、逮捕直後に、被告人Kからはその所持していた旗竿が、同Lからは角棒がそれぞれ押収されていること、各受傷の点については医師の診断書が提出されていることが明らかであり、これらの事情に徴すれば、原判示被告人らの各犯行に疑問の余地はなく、これらが共同して加えられていることに照らせば、被告人両名の間に少なくとも暗黙の共謀があつたものと認めるのが相当である。被告人らの原審および当審における各供述のうち右認定に反する部分は、前記証拠に対比し、これをそのまま信用することは困難であり、他に右認定に反する証拠はない。各論旨はいずれも理由がない。
[10] 所論は、原判示第二の各事実につき共謀の存在を否定するが、その掲げる関係証拠によつて明らかな各犯行の具体的態様・経過等に徴し、被告人と他の被告人および学生らとの間に共謀があつたことはこれを肯認するのに十分である。
[11] 次に所論は、原判示第二の一の事実について、(イ)被告人らの集団示威行進は一般交通に著しい影響を及ぼしていないと言うが、右行進が一般交通に著しい影響を及ぼすような態様のものであることは証拠上明らかで、かような態様での行進そのものが処罰の対象になるものと解すべきであり、現実に交通に影響があつたか否かは本件犯罪の成否と直接関係がなく、(ロ)道路交通法の違憲および目的の正当性による違法性の阻却を主張する点については、これが理由がないことは先に判断した通りである、(ハ)また全国実行委員会が道路使用の許可を得ていたから、その構成団体である全学連による本件示威行進は無許可とはいえないと主張するが、かりに全学連が所論のような構成団体であつたとしても、記録によれば、全学連は右全国実行委員会による統一行進から離脱し、しかも許可を受けていない原判示の道路区間において、別個に示威行進を行なつたことが明らかであるから、許可を得た道路使用とは認められない、(ニ)角棒は持つていないというが、当日は確かに他の日にくらべて数は少ないが、角棒を持つた者がいたことは証拠上明らかであり、各論旨はいずれも理由がない。
[12] その他所論は、原判決が「争点ないしは弁護人らの主張に対する判断」と題して説示している点について、各個に理由を述べ論難しているが、原判決の右説示するところはいずれも相当であつて、原判決には所論にいうような誤りはない(なお当裁判所の前段までの説示をも合わせて参照されたい。)。
[13] 所論に鑑み記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果に徴しても、原判決には、所論のような判断の誤り、偏向・事実の歪曲・誤認、憲法違反等の瑕疵は認められず、また被告人Lの行なつた原判示第五および第六の各犯行の罪質、態様、前科等に照らせば、同被告人の刑事責任は重大であり、同被告人に対する原判決の量刑は相当であつて、重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。
[14] 所論は、原判決の被告人Oに対する刑の執行猶予につき法令適用の誤りがあるというにある。記録を検討し、かつ当審における事実取調の結果を参酌すると、同被告人は昭和45年2月20日東京地方裁判所において、住居侵入、兇器準備集合、公務執行妨害の罪により懲役2年に処せられ、同判決は昭和49年9月6日確定し、51年1月4日右刑の執行を受け終つたことが明らかである。したがつて、原判決宣告時には未だ前刑の執行を終つたときから5年の期間を経過していないから、原審が同被告人に対し刑の執行猶予を言い渡したのは違法であるといわねばならず、原判決には刑法25条1項の適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

[15] そこで被告人Oについては、刑訴法397条1項、380条により原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法400条但書に従いさらに次のとおり自判する。
[16] 原判決が確定した被告人Oの原判示第五の事実は包括して刑法60条、95条1項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、右は原判示確定裁判のあつた鉄道営業法違反、威力業務妨害の罪と同法45条後段の併合罪であるから、同法50条によりまだ裁判を経ない原判示第五の罪についてさらに処断することとし、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役6月に処し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法181条1項但書により同被告人に負担させないこととする。
[17] そして被告人C、同F、同H、同K、同L、同Nについては、いずれも同法396条により本件各控訴を棄却し、被告人Kに対し、刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中120日を同被告人に対する原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用については、刑訴法181条1項但書により被告人らに負担させないこととする。

[18] よつて、主文のとおり判決する。

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