厚生労働省課長補佐赤旗配布事件
控訴審判決

国家公務員法違反被告事件
東京高等裁判所 平成20年(う)第2470号
平成22年5月13日 第6刑事部 判決

被告人 X 昭和23年○月○日生 無職

 上記の者に対する国家公務員法違反被告事件について,平成20年9月19日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官大西平泰及び同高口英徳出席の上審理し,次のとおり判決する。

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。


[1] 本件控訴の趣意は,弁護人小林容子ほか4名連名作成の控訴趣意書,弁護人小林容子ほか2名連名作成の控訴趣意補充書,弁護人小林容子ほか3名連名作成の控訴趣意の補足書面各記載のとおりであり,これに対する答弁は検察官大西平泰及び同高口英徳連名作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。
[2] 論旨は,公訴の不法受理,訴訟手続の法令違反,法令解釈適用の誤りの主張である。
[3] 本件は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐として勤務する国家公務員(厚生労働事務官)の被告人が,平成17年9月10日午後0時5分ころ,日本共産党を支持する目的で,東京都世田谷区池尻×丁目×番所在の警視庁職員住宅であるS住宅1ないし4号棟の各集合郵便受け合計32か所に,同党の機関紙である「しんぶん赤旗2005年9月号外」合計32枚を投函して配布し,もって,政党のために,人事院規則で定める政治的行為をしたという事案である。
[4] 原判決は,国家公務員法(以下「国公法」という。)102条1項,110条1項19号,人事院規則14-7(以下「規則」という。)6項7号を適用し,被告人を罰金10万円に処した。
[5] 論旨は,
「被告人がビラ配りのためS住宅の敷地内に立ち入った行為は住居侵入罪あるいは邸宅侵入罪に当たらないにもかかわらず,警察官は,被告人を強制的に世田谷警察署へ連行し,同警察署での取調べ中,被告人が国家公務員であることが判明した後に逮捕したのであって,現行犯人逮捕手続の要件を満たしていない上,同警察署では,弁護人となろうとした弁護士と直ちに接見させず,被告人から身分証明書等の任意提出を受け,身上関係等の取調べを行い,その結果を利用して,後日,被告人が勤務する部署に捜査関係事項照会を行い,その回答書2通により被告人の公務員たる身分関係についての証拠資料を得て,本件国家公務員法違反の起訴に至ったものである。したがって,本件捜査の過程には,現行犯人逮捕手続の要件を満たさない身柄拘束,更には,弁護人となろうとする者との接見妨害の違法があり,検察官請求証拠は,かかる違法捜査により収集されたものであるから,違法収集証拠として証拠能力がない。また,本件起訴は,上記のとおり,違法に収集された検察官請求証拠がなければあり得ず,日本共産党の弾圧を意図した差別的な起訴でもあるから,公訴権の濫用に当たる。ところが,原審は,本件捜査の違法を立証するのに必要不可欠なH警察官及び萩尾健太弁護士の各証人尋問の請求を却下した。そして,原判決は,前記捜査関係事項照会回答書2通及び配布したビラ32枚が,弁護人が違法と主張する捜査に基づいて収集されたものではないとし,その余を判断するまでもない旨を判示しながら,念のための判断として,被告人の前記敷地立入りが住居(邸宅)侵入罪に当たり,現行犯人逮捕も現場で適法にされた旨を認定し,接見妨害の事実も認めず,公訴権濫用及び違法収集証拠の主張を排斥した。
 よって,原判決には,公訴を不法に受理した違法,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反(違法収集証拠,審理不尽)がある。」
というのである。
[6] しかしながら,原審記録によると,検察官請求証拠のうち,前記ビラ32枚は,本件犯行当日である平成17年9月10日から同月12日までの間に,配布を受けたS住宅住人から任意提出されて領置されたものであり,前記捜査関係事項照会回答書2通(甲104,111)も,被告人の身柄が釈放された後に厚生労働省大臣官房人事課長あるいは同統計情報部長に対してされた捜査関係事項照会に基づく回答書であることが認められ,いずれも被告人以外の者に対する任意捜査の結果として収集されたことが明らかである。
[7] 所論は,前記捜査関係事項照会回答書2通は,違法な身柄拘束中に得られた被告人の身分関係に関する証拠資料に基づいて収集されたものであるから、その回答書は違法収集証拠であると主張する。
[8] そこで,検討すると,被告人のS住宅敷地内への立入行為が邸宅侵入罪に該当し,当時の状況に照らし,現行犯人逮捕の要件が存在していたことは,原判決が「前掲ビラ等の証拠能力について」の項において説示するとおりであって,その判断に誤りはない。また,原審記録を精査しても,被告人が現場で適法に現行犯人逮捕されたとの原判決の認定に誤りはなく,この点の被告人の原審公判供述は信用できない。
[9] そして,原審証人Iの公判供述によれば,被告人が現行犯人逮捕された後,平成17年9月10日午後0時50分ころから引致先の世田谷警察署で,I警察官が弁解録取を行い,被告人が人定事項をすべて答え,そこで初めて被告人が厚生労働省の職員であることが判明したこと,I警察官は,同日午後1時10分過ぎに弁解録取書への署名・指印を求めたところ,被告人がこれを拒否したこと,弁解録取手続終了後,I警察官は,同警察署生活安全課長の命を受け,被告人に対し所持品の提示を求めたところ,被告人は,自ら携帯品のリュックサックの中や着衣等から,前記S住宅で配布したのと同一種の多数枚の日本共産党機関紙,書込みのあるS住宅付近の地図のほか,厚生労働省の身分証明書,共済組合員証,名刺等を取出し,これらをI警察官に示したこと,更にI警察官がこれら所持品の任意提出を求めたところ,被告人は,ビラと地図を除いては,自分の物であるから提出を拒否する旨を述べたこと,そこで,差押許可状の発付を得て,同日午後7時16分ころ,上記身分証明書,共済組合員証,名刺等が差し押さえられたことが認められる。このように,被告人の身分関係については,被告人自身が既に弁解録取の段階で職業が厚生労働省職員であることを捜査官に明らかにしていた上,身分証明書,共済組合員証,名刺等の身分関係に関わる文書の提示にも応じ,その後,発付された差押許可状により,これら身分証明書等が差し押さえられ,被告人の身上関係の確たる情報が得られたものである。捜査機関としては,この客観的な資料に基づいて被告人の勤務先の関連部署に捜査関係事項照会を行ったと認められるから,前記捜査関係事項照会回答書2通が,接見妨害後の違法な取調べによる身上関係の供述調書から派生した証拠であるかのようにいう所論は,前提において失当である。また,原判決が正当に認定する捜査の経過及び証拠の収集状況からは,H警察官及び萩尾健太弁護士の各証人尋問請求を却下した原審の措置に証拠採否についての裁量の逸脱はなく,審理不尽の違法も認められない。
[10] そうすると,本件は,被告人が配布したビラの存在,被告人の身分関係を示す証拠等が,刑訴法上適法に収集されて起訴に至ったことが明らかであり,本件起訴に所論がいうような公訴権濫用等の違法はなく,また,原審で取り調べられた証拠の証拠能力を否定すべき事由も認められない。
[11] 論旨はいずれも理由がない。
1 規定違憲の主張について
[12] 論旨は,
「(1)国公法102条1項,規則6項7号(政党機関紙の配布の禁止等)について,原判決は,『合理的関連性の基準』により,国家公務員の政治的行為を一律,全面禁止して刑事制裁を科する国公法,規則の諸規定は憲法21条に違反しないとした。しかし,国家公務員の政治的行為の規制は,厳格な審査基準,すなわち,立法目的についてやむにやまれぬ重要なものかどうかを審査し,規制手段について,必要最小限度かどうか,他に制限的ではない手段はないかどうか等が厳格に審査されなければならず,原判決が合理的関連性の基準によったのは誤りである。国家公務員の政治的行為の規制は,表現の自由の保障の対象となる政治活動に対する直接的,内容規制である上,公務員の地位や職種,職務権限にかかわりなく,公務員であれば一律に,そして,その政治的行為の行為態様,目的や場所,職場,職務との関連性等の具体的状況いかんに関わりなく,更には,具体的な危険の発生を問うことなく全面的に禁止し,その違反行為を処罰するものである。厳格な審査基準によれば,その規制は過度に広汎な規制であり,国公法,規則の前記諸規定は憲法21条,19条,31条に違反する。(2)刑罰の対象となる国家公務員の政治的行為について,原判決は,憲法の許容する委任の限度を超えないとし,憲法に違反しないとしたが,国公法102条1項による規則への委任は,憲法が禁止している刑罰の包括的,白紙委任であり,また,懲戒処分と刑事制裁とを区別せず一律に委任しているから,憲法15条1項,16条,21条,31条,41条,73条6号に違反する。したがって,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法の前記諸規定の解釈適用の誤りがある。」
というのである。
[13] そこで,検討するに,一般職の国家公務員(以下「公務員」という。)の政治的行為の規制の合憲性に関しては,最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁(以下「猿払事件判決」という。)が判示するところである。当裁判所も,国公法,規則による公務員の政治的行為の規制が,「行政の中立的運営の確保とこれに対する国民の信頼の維持」という憲法の要請にかなう重要な価値の保護にあるという規制の趣旨・目的,公務員の政治的行為を自由に放任した場合における上記保護法益に及ぼす弊害の認識,その保護法益の性質と弊害の認識を踏まえての規制目的と規制手段との合理的関連性,公務員の表現の自由と上記保護法益との利益較量についての審査基準及びその判断方法等すべてについて,猿払事件判決と見解を同じくするものである。猿払事件判決は,規則5項3号,6項13号による特定政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布の禁止が憲法21条に違反しないこと,国公法110条1項19号の罰則が憲法21条,31条に違反しないこと,国公法102条1項における規則への委任は,同法82条による懲戒処分及び同法110条1項19号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に規則に委任しているからといって,憲法に違反する立法の委任ということはできないことなどを判示したものである。同判決の趣旨に照らせば,政党機関紙の配布等を禁止する規則6項7号は合理的で必要やむを得ない限度を超えるものとは認められず,憲法21条に違反するということはできない。また,本件で問題となる政党機関紙の配布は政治的行為の中でも党派的偏向の強い行動類型に属するものであり,公務員の政治的中立性を損なうおそれが大きく,このような違法性の強い行為に対して国公法の定める程度の刑罰を法定したとしても,決して不合理とはいえず,その罰則が憲法31条に違反するものということはできない。また,政治的行為の定めを規則に委任する国公法102条1項が憲法41条等に違反にしないことも明らかというべきである。これと同旨の原判断に誤りはない。
[14] 以下,所論にかんがみ,付言する。
(1) 保護法益に国民の信頼が含まれることについて
[15] 所論は,公務員の政治的行為の規制の保護法益とされる「行政の中立的運営が確保され,これに対する国民の信頼が維持されること」(以下,「行政の中立性とこれに対する国民の信頼」ともいう。)のうち,「国民の信頼」の点は,公務員が政治的に中立であることの外観を保護するという観点からのものであり,そのような外観の保護は,「寛容な社会」においては法益とするに値せず,また,「国民の信頼」を保護法益に含めることにより,勤務時間外に職務と関わりなく行われ,具体的弊害の生じ得ない政治的行為であっても,主体が公務員である以上,公務員の政治的中立性に対する「国民の信頼」が損われるとの恣意的な論理操作により,公務員の政治的行為の制約を正当化することになるから,そのような「国民の信頼」は保護法益に含まれないという。
[16] しかしながら,ここにいう「国民の信頼」とは,公務員の行動の外観が政治的な中立性を保つことに対する信頼をいうのではなく,「行政の中立的運営(行政の中立性)」という実体に対する信頼であることはいうまでもなく,「行政の中立的運営の確保」と「これ対する国民の信頼の維持」は表裏一体をなす関係にあるということができる。議会制民主主義の過程を通じて決定された政策が行政組織を通じ不偏不党の立場で忠実に遂行されることは憲法的な要請にかなうものであるが,このような「行政の中立性」に対する国民の信頼は,行政の能率的,安定的な運営上必要・不可欠であるというだけでなく,それが議会制民主主義における政府に対する信頼そのものと不可分の関係にあるという点で,民主制の統治の根幹に関わるものである。その意味で,「行政の中立性に対する国民の信頼」は,行政の中立性と共に憲法の要請にかなう価値ということができるのである。この2つの価値の関係からすれば,「国民の信頼」が,その信頼の対象となる「行政の中立性」と離れて独自に公務員の政治的行為の規制の正当化根拠となるものではない。国公法,規則が,内密に行われた行為,勤務時間外に行われた行為をも規制の対象とする旨を特に明示している(規則2項,4項)のは,後記のとおり,そのような態様の党派的行動であっても,行政の中立性に及ぼす弊害が懸念されるからである。「国民の信頼」を根拠に,公務員の政治的な中立性らしさという外観保護の観点から規制対象を広げたものと解すべきではない。所論は採用でない。
(2) 公務員の政治的行為が自由に放任された場合に生ずる弊害について
[17] 所論は,原判決が公務員の政治的行為を自由に放任した場合に生ずるとした弊害は,観念上の可能性にすぎないという。
[18] 猿払事件判決は,国公法による政治的行為の規制目的と規制手段との関連性を判断するに当たり,政治的行為を自由に放任した場合に生ずる弊害について判示しているが,その内容は,我が国の社会的諸条件を踏まえた合理的な推論に基づく事実認識であって,これと同旨の原判決の説示に誤りはなく,現実から遊離した観念的な所産であるとの所論の非難は当たらない。なお,猿払事件判決の「弊害」についての判示部分を引用すると次のとおりである。
「もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは,おのずから公務員の政治的中立性が損われ,ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり,行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われることを免れない。また,公務員の右のような党派的偏向は,逆に政治的党派の行政への不当な介入を容易にし,行政の中立的運営が歪められる可能性が一層増大するばかりでなく,そのような傾向が拡大すれば,本来政治的中立を保ちつつ一体となって国民全体に奉仕すべき責務を負う行政組織の内部に深刻な政治的対立を醸成し,そのため行政の能率的で安定した運営は阻害され,ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも重大な支障をきたすおそれがあり,このようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大すべく,かくては,もはや組織の内部規律のみよってはその弊害を防止することができない事態に立ち至るのである。」
[19] 猿払事件判決で示されたこの認識は,我が国の社会的諸条件,殊に,政治的党派の様々な実態,多数の公務員からなる行政組織の機構等を踏まえれば,自ずから導き出される合理的な認識である。この認識は,国公法による政治的行為の規制が定着し,大半の公務員が法令を遵守し節度をもって自己を律している今日では,上記弊害は,仮に政治的行為の規制がなく自由に放任された場合にどうなるかという,現行法下であり得ない事態を想定して考察するよりほかないものであるが,第二次大戦直後から猿払事件判決当時までの政治的,社会的状況からは現実に即した正当な認識であったといえるし,それ以降の社会的諸条件の変化,行政組織内の内部規律の在り方(決裁制度,懲戒制度等)等を踏まえても,その事実認識に基本的に改めるべき点はない。
[20] 所論は,原審証人J及び同Kの各公判供述等により,郵政や全厚生,全労働など労働組合の政治活動の実際,この政治活動と職務の遂行の峻別,広く公務員の政治的活動が行政の中立的運営を妨げることのないことが詳細に明らかにされ,政治的行為により公務員の職務の中立性が損なわれていないことが実証されたという。
[21] しかし,過去,特定の行政分野で特定の労働組合の組合員等が公職の選挙に際し,国公法,規則が禁止し処罰の対象とする政治的行為を行ったことがあったとしても,国公法による政治的行為の規制を大半の公務員が遵守していた状況下で,摘発を免れた違反者の行為が行政組織全体の中立性に影響を及ぼしたかどうかを論ずること自体意味があるものとはいえない。また,前記各証人の述べるところも,多分に主観的なものといわざるを得ない。先に述べたとおり,本件では,政治的行為の自由放任という現行法下ではあり得ない事態を想定しての経験則等に基づいた合理的な事実認識が問われているのであり,前記各証人尋問の結果に,猿払事件判決が示した事実認識を覆すような証拠価値はない。
[22] なお,所論は,原判決が理由中でこれら証人の供述の証拠価値に触れていないことをとらえて,理由不備の違法があるなどともいうが,そのような事由が理由不備に当たるものでないことはいうまでもないところである。所論は採用できない。
(3) 公務員の政治的行為の規制の合憲性の審査基準について
[23] 所論は,表現の自由が基本的人権において優越的な地位を占めることにかんがみ,公務員の政治的行為の規制について厳格な審査基準によるべきであるという。
[24] 公務員の政治的行為をめぐる基本的問題は,公務員の政治的中立性の要請とその市民として有する政治的参加の自由の要請とをどのように調和すべきかにある。憲法21条の保障する表現の自由は,民主主義国家の政治的基盤をなし,国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要な位置を占めてはいるが,そのことは,直ちに,表現の自由に対して規制を加えることが原則として違憲となるとか,同一の厳格な審査基準によってその合憲性を判断しなければならないとの結論を導くものではない。基本的には,得られる利益と,失われる利益の双方につき,性質,範囲,程度を考慮し,利益の均衡を失していないかどうかを判断して合憲性を審査すべきことになるが,その判断基準は,調整すべき利益の性質,規制の態様・観点に応じ,当然に異なり得るものである。
[25] 公務員の政治的行為の規制において,公務員の表現の自由との間で調整すべき利益は,「行政の中立性とこれに対する国民の信頼」である。この価値が,議会制民主主義の政治過程と不可分の関係にあり,統治の根幹に関わる国民全体の重要な共同利益であって,これを擁護することが憲法的な要請にもかなうものであることは既に述べたとおりである。その利益の性質上,懸念されるような弊害が生じた場合に議会制民主主義による統治に及ぼす影響には深刻なものがあると考えられる。また,行政組織の規模,機構等にかんがみると,いったん生じた弊害を除去し,損なわれた行政の中立性を復元し,これに対する国民の信頼の回復を図ることは容易なことではない。本件では,公務員の表現の自由と対立し調整すべき利益が,このような性質と重要性を有することにまず留意すべきである。
[26] 次に,本規制のねらいが,特定の意見を禁止し,表明される意見の伝達を防止することにあるのではなく,意見表明を内包する特定の行動類型(党派的行動)に伴い生ずる弊害を防止することにあることも,重視すべき点である。表明される意見がどのようなものであるかを問わず,無差別に,特定の行動類型を規制するのであるから,検閲的な性質を帯びるものではなく,表現の自由に対して及ぼす抑制の効果は,間接的,付随的であるということができる。
[27] これらの点を考えると,公務員の政治的行為の規制の合憲性についての審査基準は,所論がいうような厳格な審査基準ではなく,猿払事件判決が,立法目的の重要性と規制の態様・範囲を重視し,立法目的と合理的に関連する一定の行動類型に属する行為の規制である限り,利益の均衡を失しないとして導き出した利益較量の法的基準,すなわち,合理的で必要な行動類型規制の基準とでも呼ぶべき審査基準によるのが相当である。そして,その基準によれば,本規制に係る特定の行動類型による場合には,公務員はその意見表明の機会を失うことにはなるが,対象となる特定の行動類型によるのでなければ,同一内容の意見を表明することは何ら差し支えがなく,他方,その規制により,行政の中立性とこれに対する国民の信頼という十分な利益が得られ,かつその利益が付随的に失われる表現の機会の利益を上回るものと認められるから,上記行動類型による意見表明の機会が失われても,行動の規制に伴うやむを得ない結果とみるべきであり,利益の均衡は保たれているというべきである。
[28] 所論は,休日の職場外でのビラ配布行為について,規制目的と規制手段との関連性が審査されなければならないが,原判決には,その具体的関連の説明が示されていないという。
[29] しかし,本規制は,公務員及び行政組織の政治的中立性を維持し,ひいては行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するための予防的な制度的措置であり,規制される特定の行動類型から生ずる直接的,具体的な弊害を問題とするものではない。勤務時間外に職場とは無関係の場でされる政治的行為であっても,規制されることなく自由に放任された場合には,公務員の中には,そのような行為を行うことにより,政治的党派,殊に組織性,内部的統制の強い政治的党派の活動に組み込まれ,その職務遂行に党派的偏向を生じ,更には,行政組織内における党派的勢力の浸透,確立をねらう政治的党派の意向に沿った行動をとる者も出てくるおそれがあり,そのような者,行為が増えれば,自ずから行政の中立的運営が損なわれ,行政組織内に政治的対立が生じ,政治的党派による行政への不当な政治的介入や干渉を招くおそれがあることは否定できないのである。確かに,規模が大きく機構が複雑で広範囲にわたる行政組織において,その所属する一公務員が所論のような態様の政治的行為を行ったとしても,その行為に限ってみれば,行政の中立性に及ぼす弊害が具体的,直接的に生ずるとは必ずしもいえないであろう。しかし,本規制の目的は,そうした行為が規制されることなく自由に放任されて累積していく場合に行政組織に現出される弊害を問題とするものである。そのような弊害を視野に入れれば,所論のいう職務時間外,職場外,更には公務員たる身分が外部からはうかがい知り得ない態様での政治的行為であっても,規制目的との間に合理的な関連性が認められるというべきである。猿払事件判決が,政治的行為の禁止が,公務員の職種・職務権限,勤務時間の内外,国の施設の利用の有無等を区別することなく,あるいは行政の中立的運営を直接,具体的に損なう行為のみに限定されていないとしても,規制目的との合理的な関連性が失われるものではない旨判示しているのは,前記のような弊害が現出することを懸念したものにほかならない。所論は採用できない。
[30] 所論は,政党の憲法的な意義を軽視し,政党機関紙の配布を「政治的偏向の強い行動類型」と決めつけ,配布により公務員がその支持政党を明らかにすることをもって,刑事罰の対象とすることは,国民の表現の自由を侵害するとともに,思想,信条の自由を否定するものであり,憲法19条にも違反するという。
[31] しかしながら,政治的行為の禁止は,党派的な行動に伴う弊害に着目した規制であり,その規制に係る行動類型以外の方法・態様による意見表明の自由は保障されており,公務員の表現の自由の核心部分を制約するものではない。また,上記規制はもとより,公務員の政治的立場いかんにより不利益を課すものではないから,憲法19条違反の主張は前提を欠き,失当である。
[32] 付言すると,議会制民主主義における政党の意義,機能は所論のとおりとしても,政治的党派の中には,支持者である公務員に党派的統制等の影響力を及ぼして政治的行為を行うように仕向け,比較的安定した身分にある公務員から成る行政組織内に拠点を築き,これを党勢の拡張等に利用しようとするものもないわけではない。政治的行為の禁止は,政治的党派の中にあり得るこのような傾向を直視し,その傾向から行政組織の中立性を守ることにあるともいえるのである。政党機関紙の配布は,正に政党の党派的組織,統制の下での行動という面が強く,公務員が政治的党派に取り込まれて前記弊害をもたらす可能性を否定できない行動類型であって,原判決が,その意味で「政治的偏向の強い行動類型」に属すると評価したことに誤りはない。所論は採用できない。
[33] 所論は,政党機関紙の配布の禁止は,政党機関紙の表現の内容に着目し,政治的偏向,党派的偏向の強い行為であるとして,否定的な価値判断や評価を下して規制するものであって,間接的付随的規制ではなく,内容規制であり,直接規制であるという。
[34] しかし,本規制でいえば,配布した文書が「政党機関紙」に該当するかどうかを判断する限りで,文書の体裁,記載内容に着目することはあるが,特定の政党,意見主張に対して規制を加えるものでないことは明らかである。政治的行為の規制の趣旨は,公務員が党派的な活動に従事することに伴う弊害の防止にある。その結果として,政治的な意見表明の機会に一定の制約は生ずるとしても,規制行為外の別の形態での党派的な主張,意見表明は保障されているのであるから,その内容に否定的評価を下していることにはならず,その規制が表現の自由に萎縮的効果を及ぼすものともいえない。したがって,内容規制,直接規制であるとの批判は当たらない。所論は採用できない。
[35] 所論は,規則6項に列挙されている行為類型はほとんど網羅的であって,これを一定類型とか,一部禁止ということはできないという。
[36] しかしながら,規則6項が規定する政治的行為は,政治的な党派性あるいは組織性の強い行動類型を限定列挙したものであって,それ以外の方法・態様での意見表明の機会は確保されているのであるから,公務員につき表現の自由の中核的な部分まで制約したことにはならないというべきである。所論は採用できない。
[37] 所論は,諸外国の例には政治的行為を一律,全面的に禁止したものはないという。
[38] しかしながら,各国の法制は,政治的力関係,公務員の発言力の強度,公務員の自制力に対する信頼度,歴史的・社会的諸条件,憲法の建前など広範な要因に影響を受けながら,形成されてきたものであり,いわば歴史的,現実的な要因の所産であって,その前提となる諸条件の異なる我が国にそのまま妥当するものではない。公務員の政治的行為の規制に関し,公務員自身の節度と自制にゆだねるか,特定の政治的行為に限って禁止するか,特定の公務員のみに禁止するか,禁止行為に対する制裁をどのようなものとするかは、いずれも,それぞれの国の歴史的所産である社会的諸条件にかかわるところが大きく,我が国の社会的諸条件の下では,前記のとおり規制の合理性を十分に肯定することができるのである。所論は採用できない。
(4) 本罰則の合憲性について
[39] 所論は,原判決が,刑事罰を科すかどうかは「立法政策」の問題であるとし,厳格な審査基準によらないでよいとしたが,本罰則の合憲性も,行為による利益侵害が直接的,具体的であるかどうかを厳格に審査すべきであり,その基準を満たさない限り,憲法21条,31条に違反するという。
[40] しかしながら,法の禁止に罰則を設けることが憲法上許容される条件は,法の禁止自体が合憲とされ,その禁止が「国民全体の共同利益」を擁護するためのものであり,したがって,また,その禁止に違反する行為が「国民全体の共同利益」を損なうものであることである。この条件を満たし,かつ,刑罰規定が罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであって,到底許容し難いものでない限り,立法府の判断は尊重されるべきであり,憲法31条に違反することはなく,法益侵害に対する危険性の程度は,憲法適否の問題とはならないと解すべきである。
[41] 本件では,国公法による政治的行為の禁止と罰則は,「行政の中立性とこれに対する国民の信頼」という国民全体の共同利益との関係において前記条件を満たしており,その保護法益の重要性にかんがみるときは,罰則制定の要否及び法定刑についての立法機関の決定がその裁量の範囲を著しく逸脱しているとは認められない。
[42] 所論は,本罰則は,法益侵害の抽象的危険すらない行為を処罰するものであって,憲法31条に違反するともいうが,本罰則の構成要件は,政党機関紙の配布という党派的偏向の強い行動類型であり,前記保護法益に対する抽象的危険を優に肯定できるから,所論は前提を欠くというべきである。
[43] 所論は,禁止規定の憲法21条の合憲性とは別に,その違反行為に罰則を設けるかどうかについても,憲法21条の表現の自由の保障が及び,厳格な審査基準によるべきであり,具体的な危険のない行為を処罰する規定を置くことは,同条に違反するともいう。
[44] しかし,禁止規定が憲法21条に違反しない以上,その違反行為に罰則を設けるかどうかは憲法31条の問題であって,憲法21条違反の問題は生じないというべきである。すなわち,一定の表現行為に対する法の禁止が憲法21条に違反せず,その禁止が表現の自由を侵害するものではないと判断されるならば,その禁止に違反する行為に対しどのような制裁規定を設けても,憲法の他の条項の保護する価値を侵害して違憲とされることがあるのは格別,それによりもはや憲法21条の保護する自由を侵害する余地がない結果,同条に違反するものと判断されることはあり得ないのである。所論は採用できない。
[45] また,所論は,政治的行為の禁止の違反行為に対する制裁としては懲戒処分をもって足り,罰則までも決定することは合理的にして最小限度を超え,違憲となるという。
[46] しかしながら,国公法による懲戒処分については,国が公務員に対し,あたかも私企業における使用者にも比すべき立場において,公務員組織の内部秩序を維持するため,その秩序を乱す特定の行為について課する行政上の制裁であるのに対し,刑罰は,国が統治の作用を営む立場において,国民全体の共同利益を擁護するため,その共同利益を損なう特定の行為について科する司法上の制裁であって,両者はその目的,性質,効果を異にするものである。このような違いを考慮せず,懲戒処分と刑罰とを同列において比較するのは相当ではなく,懲戒処分がより制限的でない規制手段であるということはできない。所論は採用できない。
[47] 所論は,諸外国の立法例は,政治的行為に対する制裁を懲戒処分にとどめているが,罰則を置いていないのはその必要性が肯定されないからであるという。
[48] しかしながら,刑罰と懲戒処分とが,その目的,性質,効果において異なり,これを同列に置いて制裁の程度の問題として論ずることはできないこと,そして,諸外国の公務員の政治的行為に対する規制は,各国の歴史的所産である社会的諸条件と大きくかかわるものであることは,既に述べたとおりである。政治的行為の禁止の違反行為について,これに罰則を設けるかどうか,設けるとして違反行為のどの範囲を対象とするかは,政策的見地からの議論があり得るとしても,憲法31条の前記解釈に照らし,本罰則を設けた立法機関の決定に裁量の逸脱があるとはいえない。所論は採用できない。
(5) 政治的行為及び罰則の構成要件の人事院規則への委任が白紙委任であり憲法41条等の規定に違反するとの主張について
[49] 国公法102条1項が,同法110条1項19号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に委任するものであるからといって,そのこと故に,憲法の許容する委任の限度を超えることにはならない。処理すべき問題は何か,その問題をどのような方向で解決するかが決定された上で,委任がされるときは,一見規定上は白紙委任のようであっても,違憲となるものではないと解される。
[50] 本件の場合,人事院規則に政治的行為の定めを委任する目的が,公務員の政治的中立性を維持することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するためであることは,規定の文言及び趣旨からみて明らかであるから,問題の特定は十分にされているということができる。また,上記委任が,公務員の政治的中立性を損なうおそれのある政治的行動の定めを予定するものであることも,規定の文言及び趣旨から合理的に理解することができる。したがって,その委任は,白紙委任ではなく,それ自体において違憲とすべきものではない。
[51] なお,所論は,最高裁平成21年(行ヒ)第83号同21年11月18日大法廷判決の多数意見の補足意見(藤田宙靖裁判官)のいう「一般国民の目線の基準」からは,猿払事件判決の解釈を支持できないという。
[52] 所論引用の上記大法廷判決の法廷意見は,地方自治法が,議員の解職請求について,解職の請求と解職の投票という2つの段階に区分して規定しているところ,同法85条1項は,公職選挙法中の普通地方公共団体の選挙に関する規定を地方自治法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから,その準用が許されるのも,請求手続とは区分された投票手続についてであると解されるとした上,同法85条1項は,専ら解職投票に関する規定であり,これに基づき政令で定めることができるのもその範囲に限られものであって,解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできない旨を判示したものである。すなわち,上記大法廷判決の事案では,制度的に区別される「解職の請求」と「解職の投票」のうち,文理的には「解職の投票」の手続についての政令委任の根拠規定と読める地方自治法85条1項が,「解職の請求」の手続についても同様の根拠規定となると解することができるか否かが論点とされたものである。藤田補足意見は,要するに,この論点を積極に解する見解が,一般国民の目線でどう読めるかを基準とした場合には拡張解釈に当たるとした上で,何故本件において厳密な文言解釈の道を選択しなければならないかを補足して説明されているものである。これに対し,国公法102条1項は,禁止及び罰則の対象となる「政治的行為」の具体的内容を人事院規則に委任するものであって,上記大法廷判決の事案のようにある規定の委任事項の範囲が解釈上問題とされるものではない。人事院規則への委任の仕方が,「立法府が公開の会議(憲法57条)において国民監視のもとに自ら行うべき立法作用の本質的部分を放棄して非公開の他の国家機関に移譲する」(猿払事件判決の反対意見)ものかどうかが問題の本質なのである。所論は,事案を全く異にする判例に基づいて,人事院規則に対し政治的行為の定めを委任する国公法の規定の合憲性を論難するものであって,失当といわざるを得ない。
[53] 論旨はいずれも理由がない。

2 適用違憲の主張について
[54] 論旨は,
「仮に,国公法,規則の諸規定が憲法に違反しないとしても,一般的な法令の合憲性解釈の前に,なによりもまず被告人の本件行為が憲法上保護される行為であるかどうかが十分に検討されなければならない。『当該事件が問題とされた個別的行為は憲法上保護されている。ゆえに,規制根拠となる当該法律規定を本件行為に適用することは違憲となる』という適用違憲の判断の方が,当該法律規定そのものが違憲であるという文面上の違憲の判断よりも,一般的には望ましいと米国では考えられている。被告人は,その職務を政治的にゆがめる可能性のない地位にあった上,休日,職場外で職務と無関係に公務員と認識されることなく本件政党ビラを配布しており,その行為は公務の政治的中立性及びそれに対する国民の信頼が損なわれる危険の全くないものであった。本罰則は抽象的危険犯であるとしても,具体的事案において全く法益侵害の危険のない行為に国公法,規則を適用し当該行為を処罰することは,憲法21条,31条等に違反する。」
というものである。
[55] しかしながら,本件政治的行為の禁止規定,その違反行為に対する罰則について,全面的に合憲であることは既に述べたとおりであるから,論旨は,前提を欠き,失当である。
[56] なお,本罰則は危険の発生を構成要件要素としていないという点でいわゆる抽象的危険犯に属するとはいえるが,抽象的危険犯は一応の分類概念であって,その構成要件の解釈として,何らかの現実の危険の発生を要するとするのか否かは,結局は,保護法益の性質,重要性,規制される行為の性質等の要素を考慮し,規定の解釈により定まるものである。本罰則についていえば,規制目的,保護法益のほか,その構成要件が,政党機関紙の配布という党派的偏向の強い行動類型であること等にかんがみれば,行為のうちに抽象的危険が擬制されていると解すべきであり,具体的事案における罰則の適用に当たり,構成要件該当性の問題として現実の危険発生の有無を考慮する必要はなく,そのように解したとしても,憲法31条に違反するものではない(本罰則がおよそ抽象的危険すらない行動類型を処罰するものでないことは,既に検討したとおりである。)。もとより違反行為の違法性には強弱があることから,一般に,法令の解釈として実質的な違法性がない等の理由により不可罰とされることがあり得るとしても,それは単なる法令解釈の問題であって,憲法適否の問題とはいえない。
[57] 論旨は理由がない。

3 制限解釈の主張について
[58] 論旨は,
「国公法,規則所定の『政治的行為』は,主導的・組織的・計画的又は継続的な行為と,規則6項7号の『配布』は,組織的指導をして配布せしめる行為と,それぞれその意義を限定して解釈すべきである。したがって,『政治的行為』である『配布』は,主導的・組織的・計画的又は継続的に配布せしめる行為であり,かつ,職務との関連性も要すると解すべきである。また,本罰則の解釈として,法益侵害の危険性のある配布行為に限定すべきである。被告人の本件行為は,国公法,規則で禁止する『配布』に当たらず,抽象的な法益侵害の危険すらないものであるから,このような行為は,本罰則の構成要件に該当しない。したがって,犯罪の成立を認めた原判決には,国公法,規則についての法令解釈の誤りがある。」
というのである。
[59] しかしながら,政党機関紙の配布を政治的行為として禁止し,その違反行為に罰則を設ける国公法,規則の規制が限定解釈を施すまでもなく,憲法21条等に違反しないことは,既に検討したとおりである。
[60] また,本罰則の文理のほか,公務員の政治的行為の規制の趣旨・目的等に照らしても,比較的明確な法概念である「配布」につき,制限解釈を施すべき合理的理由は見出せない。本罰則が抽象的危険犯に分類されることは所論のとおりであるが,その抽象的危険は犯罪構成要件のうちに擬制されており,構成要件該当性の判断に当たり,違反行為につき個々的に危険の発生の有無を認定,考慮する必要のないことも既に述べたとおりである。仮に,本罰則について,何らかの危険が生じることが必要であるとの解釈に立つとしても,本件行為は,上記のとおり,それ自体党派的偏向の強い行動類型に当たる上,原判決が認定するとおり,本件は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐の職にあった被告人が,日本共産党を支持する目的で,勤務時間外に,衆議院議員総選挙投票日の前日に集合住宅内の郵便受けに政治的主張が記載された日本共産党の機関紙を多数配布したものであって,その行為は,具体的な選挙における特定政党のためにする直接的かつ積極的な支援活動と評価でき,政治的偏向の強い典型的な行為というほかはなく,このような行為を放任することによる弊害は軽微とはいえないから,いずれにせよ,所論は理由がない。
[61] 論旨は理由がない。

4 条約違反の主張について
(1) 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)違反の主張について
[62] 論旨は,国公法による公務員の政治的行為の制約は,B規約19条2項,3項に違反するから無効であり,仮に無効でないとしても,本件事案に国公法102条1項,規則6項7号を適用することは,B規約19条2項,3項の解釈適用から許されないというのである。
[63] B規約19条2項,3項が憲法21条に対応し,両者の間に矛盾はないと解されるところ,国公法,規則による公務員の政治的行為の規制は,B規約19条2項における表現の自由の制限根拠である「公の秩序」に当たると解すべきである。また,本規制が,B規約19条2項,3項に違反しないことは,最高裁昭和54年(あ)第423号同56年10月22日第一小法廷判決・刑集35巻7号696頁(高松簡易保険局事件)の趣旨からも明らかといえる。加えて,本件行為に国公法102条1項,規則6項7号を適用することが,B規約19条2項,3項の解釈から許されないと解する余地もない。
[64] 所論は,国際人権委員会が,本件を取上げて懸念を表明したことを指摘するが,公布されたB規約の解釈権限は我が国の裁判所にあり,上記懸念なるものは,何らの法的拘束力も持たないものである。
[65] 論旨は理由がない。
(2) ILO151号条約違反の主張について
[66] 論旨は,ILO151号条約9条は「公的被用者は,その地位と職務の性質から生ずる義務にのみ従うことを条件として,他の労働者と同様に,結社の自由の通常の行使に不可欠な市民的及び政治的権利を有する。」と規定しているところ,我が国がILOに加盟し,ILO87号条約,98号条約を批准している以上,ILO151号条約9条についても当然に裁判規範性を有するとして,本件の国公法,規則の規定が同条約の条項に違反するなどというものである。
[67] しかしながら,我が国は,ILO151号条約を批准しておらず,同条約9条が裁判規範性を有しているとは到底認められない。したがって,論旨は,前提を欠き,理由がない。

[68] よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

  平成22年5月17日
    東京高等裁判所第6刑事部
    裁判長裁判官 出田孝一  裁判官 多和田隆史  裁判官 矢数昌雄

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