前科照会事件
上告審判決

損害賠償等請求事件
最高裁判所 昭和52年(オ)第323号
昭和56年4月14日 第3小法廷 判決

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官伊藤正己の補足意見
■ 裁判官環昌一の反対意見

■ 上告代理人納富義光の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法23条の2に基づく照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならない。本件において、原審の適法に確定したところによれば、京都弁護士会が訴外猪野愈弁護士の申出により京都市伏見区役所に照会し、同市中京区長に回付された被上告人の前科等の照会文書には、照会を必要とする事由としては、右照会文書に添付されていた猪野弁護士の照会申出書に「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないというのであり、このような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、中京区長の本件報告を過失による公権力の違法な行使にあたるとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
[2] 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、中京区長が本件報告をしたことと、本件照会の申出をした猪野弁護士の依頼者である訴外株式会社ニユードライバー教習所の幹部らが中央労働委員会及び京都地方裁判所の構内等で、関係事件の審理終了後等に、事件関係者や傍聴のため集つていた者らの前で、被上告人の前科を摘示して公表したこととの間には相当因果関係があるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
[3] よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見、裁判官環昌一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

[1] 他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであつても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。このことは、私人による公開であつても、国や地方公共団体による公開であつても変わるところはない。国又は地方公共団体においては、行政上の要請など公益上の必要性から個人の情報を収集保管することがますます増大しているのであるが、それと同時に、収集された情報がみだりに公開されてプライバシーが侵害されたりすることのないように情報の管理を厳にする必要も高まつているといつてよい。近時、国又は地方公共団体の保管する情報について、それを広く公開することに対する要求もつよまつてきている。しかし、このことも個人のプライバシーの重要性を減退せしめるものではなく、個人の秘密に属する情報を保管する機関には、プライバシーを侵害しないよう格別に慎重な配慮が求められるのである。
[2] 本件で問題とされた前科等は、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであり、それに関する情報への接近をきわめて困難なものとし、その秘密の保護がはかられているのもそのためである。もとより前科等も完全に秘匿されるものではなく、それを公開する必要の生ずることもありうるが、公開が許されるためには、裁判のために公開される場合であつても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシーに優越する利益が存在するのでなければならず、その場合でも必要最小限の範囲に限つて公開しうるにとどまるのである。このように考えると、人の前科等の情報を保管する機関には、その秘密の保持につきとくに厳格な注意義務が課せられていると解すべきである。本件の場合、京都弁護士会長の照会に応じて被上告人の前科等を報告した中京区長の過失の有無について反対意見の指摘するような事情が認められるとしても、同区長が前述のようなきびしい守秘義務を負つていることと、それに加えて、昭和22年地方自治法の施行に際して市町村の機能から犯罪人名簿の保管が除外されたが、その後も実際上市町村役場に犯罪人名簿が作成保管されているのは、公職選挙法の定めるところにより選挙権及び被選挙権の調査をする必要があることによるものであること(このことは、原判決の確定するところである。)を考慮すれば、同区長が前科等の情報を保管する者としての義務に忠実であつたとはいえず、同区長に対し過失の責めを問うことが酷に過ぎるとはいえないものと考える。


 裁判官環昌一の反対意見は、次のとおりである。

[1] 前科等は人の名誉、信用にかかわるものであるから、前科等のある者がこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有することは、多数意見の判示するとおりである。しかしながら、現行法制のもとにおいては、右のような者に関して生ずる法律関係について前科等の存在がなお法律上直接影響を及ぼすものとされる場合が少なくないのであり、刑事関係において量刑上の資料等として考慮され、あるいは法令によつて定められている人の資格における欠格事由の一つとして考慮される場合等がこれに当たる。このような場合にそなえて国又は公共団体が人の前科等の存否の認定に誤りがないようにするための正確な資料を整備保管しておく必要があるが、同時にこの事務を管掌する公務員の一般的義務として該当者の前科等に関する前述の利益を守るため右の資料等に基づく証明行為等を行うについて限度を超えることがないようにすべきこともまた当然である。
[2] ところで、原判決の認定するところ及び記録によれば、右にのべた資料の一つと認められるいわゆる犯罪人名簿は、もともと大正6年4月12日の内務省訓令1号により市区町村長が作成保管すべきものとされてきたものであるが、戦後においては昭和21年11月12日内務省発地第279号による同省地方局長の都道府県知事あて通達によつて選挙資格の調査等の資料として引きつづき作成保管され、同22年地方自治法が施行されてのちも明文上の根拠規定のないまま従来どおり継続して作成保管され今日にいたつていること、右昭和21年の内務省地方局長通達によれば、犯罪人名簿は選挙資格の調査のために調製保存されるものであるから警察、検事局、裁判所等の照会に対するものは格別これを身元証明等のために絶対使用してはならない旨指示されていること、さらに昭和22年8月14日内務省発地第160号による同省地方局長の都道府県知事あて通達によれば、右の警察、検事局、裁判所等の中には獣医師免許等の免許処分や当時における弁護士の登録等に関しては関係主務大臣、都道府県知事、市町村長をも含むものである旨指示されていることが明らかである。以上の経緯に徴すると、犯罪人名簿に関する照会に対しその保管者である市区町村長の行う回答等の事務は、広く公務員に認められている守秘義務によつて護られた官公署の内部における相互の共助的事務として慣行的に行われているものとみるべきものである。したがつて、官公署以外の者からする照会等に対してはもとより官公署からの照会等に対してであつても、前述した前科等の存否が法律上の効果に直接影響を及ぼすような場合のほかは前記のような名誉等の保護の見地から市町村長としてこれに応ずべきものではないといわなければならない。前記各通達が身元証明等のために前科人名簿を使用することを禁ずる旨をのべているのは右の趣旨に出たものと解せられる。
[3] そこでこれを本件について考えてみる。
[4] 本件は、前記各通達のあつたのちに制定施行された弁護士法23条の2の規定に基づき、所属の弁護士から申出を受けた弁護士会が照会を必要とする事由として「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」と記載された文書をもつてした被上告人の前科等の存否についての照会に対する回答に関する事案であるが、このような経緯や右文書の記載は、中央労働委員会及び京都地方裁判所において被上告人に関する労働関係事案の審理が現に進行中であり、右事案に対する法律判断に被上告人の前科等の存否が直接影響をもつような事情にあることを推認させるものということができる。
[5] そして、右弁護士法23条の2の規定が弁護士会に公務所に照会して必要な事項の報告を求めることができる権限を与えている関係においては、弁護士会を一個の官公署の性格をもつものとする法意に出たものと解するのが相当である。このことは弁護士会は所属弁護士に対する独立した監督権、懲戒権を与えられ(弁護士法31条1項、56条2項)、前記所属の弁護士よりの照会の申出についても独自の判断に基づいてこれを拒絶することが認められており(同法23条の2第1項)、また、弁護士にはその職務上知り得た秘密を保持する権利義務のあることが明定されている(同法23条、なお刑法134条1項参照)ことにかんがみ実質的にも首肯することができるのである(なお記録によれば地方自治庁においても昭和24年12月19日弁護士法による弁護士登録の場合の資格審査について弁護士会の照会に応じて差し支えないものと通達していることをうかがうことができる。)。右にのべたところに加えて雇傭契約その他の労働関係についての民事法上の判断に当事者の前科等の存否が直接影響を及ぼすことはありえないとするような見解が判例等により一般に承認されているとみることもできないことを併せ考えると、上告人京都市の中京区長は、照会者たる京都弁護士会を裁判所等に準ずる官公署とみたうえ、本件照会が身元証明等を求める場合に当らないばかりでなく、前記のような事情のもとで本件回答書が中央労働委員会及び裁判所に提出されることによつてその内容がみだりに公開されるおそれのないものであるとの判断に立つて前記官公署間における共助的事務の処理と同様に取り扱い回答をしたものと思われるのであるが、このような取り扱いをしたことは、他に特段の事情の存することが認められない限り、弁護士法23条の2の規定に関する一個の解釈として十分成り立ちうる見解に立脚したものとして被上告人の名誉等の保護に対する配慮に特に欠けるところがあつたものというべきではないから、同区長に対し少なくとも過失の責めを問うことは酷に過ぎ相当でない。この点に関して原判決は昭和36年1月31日自治省自治丁行発7号による同省行政課長の愛知県総務部長あての回答の存在や原審証人岸昌の証言により認められる事実、甲第11、12号証の記載を援用して以上のべたところと反対の結論をみちびいているのであるが、記録にあらわれたところによつてみる限り、これらの資料によつて未だ右特段の事情の存することが十分に明らかになつているとは思われない。そうすると、以上のべたところと結論を異にし上告人の中京区長の過失をたやすく肯定した原判決はその余の点についての判断をまつまでもなく破棄を免れず、論旨は理由がある。よつて、本件は更に審理を尽くさせるためこれを原審に差し戻すのが相当である。

(裁判長裁判官 寺田治郎  裁判官 環昌一  裁判官 横井大三  裁判官 伊藤正己)

[1](イ) 原審は
「何人も自己の名誉、信用、プライバシーに関する事項については、不当に他に知らされずに生活する権利を有し、前科、犯罪経歴は右事項に深い関係を有するものとして不当に他に知らされてはならず、これは人の基本的権利として尊重されなければならないものである。前科や犯罪経歴が公表され、又は、他に知らされるのは、法令に根拠のある場合とか、公共の福祉による要請が優先する場合等に限定されるべきものである。犯罪人名簿が前記の目的をもつて作成、保管されるものであり、前科や犯罪経歴の公表が右のように慎重に取扱わなければならないことから考えると、犯罪人名簿の使用についても、同様の配慮がなされねばならない。これを保管する市町村が本来の目的である選挙権及び被選挙権の資格の調査、判断に使用するほかは、裁判所、検察庁、警察、その他都道府県知事、市町村長等の行政庁が法令の適用、又は、法律上の資格を調査、判断するために使用するとして照会した場合、弁護士会が弁護士名簿に登録の請求を受けその資格の審査に関し調査、判断するために使用するとして照会した場合等にこれに回答するために使用する場合に限られ、一般的な身許証明や照会等に応じ回答するために使用すべきではないと解するのが相当である」
と判示され、この見解は「昭和36年1月31日付自治省行政課長から愛知県総務部長宛の回答」の「趣旨に沿うものである」と述べられる。

[2](ロ) 然しながら、上告人は、弁護士法第23条の2の趣旨は左の如く解すべきものと考える。
[3](1) 先ず弁護士法第23条の2の規定の沿革から考えてみる。現行弁護士法は幾多の曲折を経た上裁判所法や検察庁法におくれること2年、第5回国会において議員立法として提出せられ、昭和24年6月1日法律第20号として、成立したものであるが、現行弁護士法がその制定のため国会で審議された当時、衆議院が可決して参議院に送付した弁護士法案中には本条に相当する条文は含まれていなかつた。これに対し参議院は現行法第23条の秘密保持の権利及び義務に関する規定を職務上の権利及び義務に関する規定に改め、「弁護士は、その職務を執行するため必要な事実の調査及び証拠の収集を行うことができる。但し相手方は、正当な理由がある場合にはこれを拒むことができる」と修正の上、衆議院に回付した。しかし衆議院は弁護士にこのような権利を認めることは相当でないとの考えから、憲法第59条2項により、出席議員の3分の2の多数で再議決し、もつて原案どうり新弁護士法が成立、結局この段階では弁護士についてはもとより弁護士会についても照会制度に関する規定は設けられるに至らなかつた。その後第10回国会に至り現行法第23条の2の規定が新設せらるることとなつた(飯畑正男、弁護士法第23条の2―その実証的研究、第二東京弁護士会叢書第1号2頁、福原忠男、弁護士法217頁参照)。
[4](2) このような本条の沿革に本条の重要性が認められるものと考える。蓋し、弁護士の職責の重要性が認識されて来た証左と見られるからである。およそ弁護士の使命は基本的人権を擁護し、社会正義を実現するにある。そしてこの使命は多くの場合裁判を通じて実現される。従つて弁護士には裁判を公正ならしめるため訴訟資料の収集を必要とする場合がある。このような訴訟資料が公務所その他公私の団体が保管している場合には、これらの資料を集め、それを証拠にすることによつて更に一層公正な裁判を期待し得るのである。この趣旨からいえば、個々の弁護士に資料収集権を与えるのが最も理想的であるが、この権利の重要さの故に更に慎重な配慮が加えられ、個々の弁護士に与えず、個々の弁護士を強制加入させ国からその監督権を委任された公法人である弁護士会に附与することとし、個々の弁護士の照会申出が不適当と思われるときはこの申出を拒否することができるものとし、弁護士会の照会権の行使を一段と慎重ならしめたのである。要するに、弁護士会の照会権なるものは、弁護士の使命たる基本的人権を擁護し、社会正義を実現するための手段として認められたものであり、高度の公共性を帯有する権利であるといわねばならない。
[5] 然らば弁護士会より照会を受け、報告を求められた公務所又は公私の団体はこれに対応する報告義務を有するかということが問題であるが、弁護士会に明文をもつてこのような照会権が与えられている以上、直接的な強制力はないとしても、相手方も報告義務を有していると解するのが正当である(飯畑、前掲26頁、福原、前掲218頁参照)。
[6] 本条2項は、犯罪捜査に関する刑事訴訟法第197条2項の規定とほぼ同文である。この規定により、捜査機関から報告を求められた公務所又は公私の団体は報告義務を負わされるのであるから、たとえこれを強制する手段がないとしても、これは捜査上の強制処分の一種であると解するのが通説である(滝川、平場、中武、刑訴コンメンタール261頁、高田卓爾、刑事訴訟法363頁)。又民事訴訟法第262条による裁判所の嘱託についても各機関は応嘱義務を有すると解せられている(三ケ月章、民事訴訟法、法律学全集426頁)。これらの権利はいずれも公訴の提起や裁判の公正を期するために、捜査機関や裁判所に与えられた権限であるが、究極するところ、基本的人権を擁護し、社会正義を実現するための手段として認められたものであるから、これと同様の目的のため弁護士会に与えられた照会権を右の権限より軽視し、別異に解する理由はあり得ない。
[7](3) 弁護士は弁護士法第23条の規定により守秘義務を有しているのであるから、当然弁護士会も守秘義務を有するものと解すべきであり、この点においても裁判所や検察庁と同列である。したがつて裁判所や検察庁から報告を求められた事項がたとえ個人のプライバシーにかかわることであつても、公務所又は公私の団体は報告義務を有するのであれば、弁護士会の照会についても同様に解すべきであり、裁判所や検察庁の場合と別異に解し、照会事項が個人のプライバシーに関する場合には公務所又は公私の団体は弁護士会に対しては報告すべきではないと解することは、いやしくも国より公認された弁護士を強制加入させ国からその管理の権能を委任された公的な法人である弁護士会の地位を、裁判所や検察庁より下位に置く考え方であり、弁護士会の権威を害することこれより甚しきはない。裁判所、検察庁、弁護士会は三者一体となり、基本的人権の擁護、社会正義の実現を使命とする点からしても、三者は対等の法的地位を有するものと解するのが相当である。
[8](4) 次に問題とされるべきは守秘義務と報告義務との関係である。困難な問題であるが、報告を求められた事項が守秘事項に属するときは、弁護士会の照会権の公共性と守秘事項の保護利益とを比較対照し、前者が後者より大なるときは、報告義務が優先し、違法阻却事由が認められ、逆の場合には守秘義務が優先し、報告を拒否する正当事由が認められると解すべきものと考える。
[9] 本件は、犯罪歴についての京都弁護士会の照会に対し、上告人中京区長が回答したことが問題となつている事案である。前科の有無は個人のプライバシーの領域に属しており必要止を得ない場合以外は暴露すべきではないことは勿論であるが(五十嵐清、田宮裕、名誉とプライバシー、94頁)、弁護士会が所属弁護士の申出を適当と判断して照会権を行使した以上、照会権の公共性は個人のプライバシーの保護より大であると考えられるから、真実発見という司法の利益と衝突する場合には個人のプライバシーは法的な保護を受け得ないものといわねばならない(五十嵐、田宮両氏は新聞記者の取材の秘匿権につき同様の見解を述べられている。前掲123頁)。なお報告された事項を当該弁護士が如何ように利用するかは当該弁護士の問題であり、弁護士会と報告者との間における限り、前述のところよりプライバシー侵害の問題は起り得ないと考える。
[10](5) 叙上の見地から、上告人中京区長の回答は少なくとも弁護士会との関係においては当然回答すべきものであり、被上告人のプライバシー侵害は違法性を阻却せられ正当性が与えられると考える。なお余論ではあるが、弁護士会は照会権行使に当り申出事項の適不適をもつと慎重に検討すべきであると考えるが、照会権が前述の如き理念に基き弁護士会に附与せられた権利である以上、弁護士会が、申出事項を適当と判断し照会権を行使した限り、相手方は報告義務を負担すると解すべきであり、現実の運営の如何により照会権の重要性を軽視すべきではない。

[11](ハ) 要するに上告人の見解は、守秘義務を有する弁護士会の照会権の行使と、その行使によつて報告を得た当該弁護士の守秘義務とは別個の問題であり、当該弁護士が守秘義務に違反して個人の前科や犯罪歴を漏洩し、当該弁護士につき名誉毀損の問題が起つたとしても、それはあくまで当該弁護士の責に帰すべきであり、弁護士会の照会権の行使とはいささかも関係のない事柄である。上告人は右の見地より、弁護士法第23条の2に関する原審の解釈は、同条の沿革及びその立法趣旨からいつても到底正当となすことを得ない。したがつて上告人の見地からは、上告人が損害賠償責任を負担する理由は毫も存在しないものといわねばならない。
[12](イ) 原審は
「弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し義務を負う(弁護士法23条本文)。しかし、その義務は、弁護士が依頼者の請求により委任事務の処理状況を報告する義務(民法645条)に優先するものとは解し難い。弁護士が、その職務上知り得た対立当事者らの秘密は、依頼者の請求があれば、これを依頼者に告げざるを得ないし、依頼者に対して対立当事者らの秘密を告げた後に、依頼者がその秘密を漏洩、濫用することを有効に阻止するための制度上の保障は存在しない。弁護士法23条の2の照会、報告の制度は、弁護士及び弁護士会を経由して私人に情報を得させ、これを自由に利用させる結果をもたらすことを否定し難いのである。してみると、市町村は前科等について弁護士法23条の2に基く照会があつた場合には、報告を拒否すべき正当事由がある場合に該当すると解するのが相当である」
と判示し、これを前提として
「本件の場合、照会について、報告を拒否すべき場合であつたと言うべきであり、これを拒否することなく報告した中京区長の行為は違法であつたといわなければならない」
と断ぜられている。しかし、上告人は、原審の指摘されるような結果が起る可能性があるという理由で、弁護士法が弁護士会に与えた照会権(たとえ前科についてであつても)を否定するという論理には到底承服できない。原審が判示されるような結果は、刑事事件につき検察庁から裁判所に証拠として提出された被告人の前科、犯罪歴についても起り得る可能性はあるのであつて(たとえば被告人に対する民事訴訟事件に刑事記録を取寄せる等)要は弁護士の守秘義務についての自覚にまつより仕方のないものであつて、当該弁護士が他に漏洩したからといつて、検察庁の証拠としての提出を批難し得ないのと同様である。

[13](ロ) 上告人としては、前記のように中京区長の報告は違法ではないと考えるが、仮りに中京区長の回答が弁護士会との関係においても違法性は阻却されないとしても、侵害と被上告人主張の損害との因果関係は左の如き結果となる。なお上告人としては、不法行為についても民法第416条の規定が類推適用されるとの立場を採る。
[14](1) 上告人中京区長は、京都弁護士会の「中央労働委員会と京都地方裁判所に提出するため」に必要とするとして発せられた照会に対し、被上告人の前科を回答したのである。これが被上告人のプライバシーの侵害になるとしても、回答の相手は守秘義務を有する京都弁護士会であり、照会を申出た弁護士ではないから、当該弁護士の介在によつて、被上告人の損害との間の因果関係は中断されている。
[15](2) 更に被上告人は本件では、右の回答を利用して訴外株式会社ニユードライバー教習所が経歴詐欺を理由として予備的解雇したという事実を前提として、これによる損害まで請求される。仮りにこのような事実があつたとしても、中京区長は照会書に「中央労働委員会と京都地方裁判所に提出するため」と記載されていたので、回答をしたのであつて、もし「原告を予備的解雇するため」に必要と記載されていたら回答をしなかつたであろうことは確信をもつて断言し得る。中京区長は自分の回答が被上告人に対する予備的解雇に利用される如きは夢想だにしなかつたことである。従つて中京区長としては被上告人の予備的解雇は予見の範囲外の事柄であるから上告人としても予備的解雇による被上告人の損害については、その賠償の責に任ずる限りではない。

[16](ハ) 原審は
「不法行為の成立するためには、違法な行為と損害との間に相当因果関係の存在を要件とする。そして前記認定のような照会があつた場合に、これに対する報告により、控訴人に前科の存在することが対立当事者である訴外会社に知らされ、かつ、労働委員会及び裁判所に訴訟資料として提出される等により公表されること、これによつて、控訴人の名誉が毀損されることは十分予見することが可能であつたということができ、これによつて控訴人が精神的打撃を受けたことは明らかである」
と判示されている。
[17](1) しかし原審判示の如く、予見可能であつたとしても、弁護士会に照会を申しでた弁護士が依頼者に対してのみ被上告人の前科を知らせ、報告書を労働委員会及び裁判所に訴訟資料として提出したことによつて、果して被上告人の名誉を毀損したことになるであろうか。原審は「公表」といわれるが、果してこれらの行為が一般通念の意味で果して「公表」といえるであろうか。原審判示の如くんば、攻撃防禦の方法として必要があつても、相手方の名誉を毀損する如き証拠は提出し得ないことになり、公正な裁判すら受け得ない場合が生ずる。上告人としては、弁護士が依頼者に対してのみ知らせた限度(原審も弁護士の守秘義務より委任事務の処理の状況を依頼者に報告する義務の方が優先すると判示されている)、或は攻撃防禦の必要から労働委員会又は裁判所に訴訟資料として提出した限度では、名誉毀損は成立しないものと考える。ただし知らされた事実又は提出された訴訟資料が真実でなかつた場合は別問題である(加藤一郎、不法行為、法律学全集128頁)。したがつて、原審が判示せらるる如き事実につき予見が可能であつても、中京区長につき損害賠償の問題は起る余地はない。
[18](2) 原審は
「同会社は右報告によつて控訴人の前科を知り、その後、同会社幹部らは、中央労働委員会及び京都地方裁判所の構内等で、控訴人の事件等の審理終了等に、事件関係者や傍聴のため集つていた者らの前で控訴人の前科を摘示し、また、同会社は、控訴人がこの前科を秘匿して入社したことをもつて経歴詐欺であるとして昭和46年7月21日予備的解雇した」
との事実を認定し、又被上告人に対する慰藉料を金20万円とすることを相当とする理由を
「(前記前科の公表は、前示のとおり中央労働委員会及び京都地方裁判所の構内等で、限られた人々の前でなされたに過ぎないのであるから、これによつて控訴人の社会的名誉につきいうに足る低下をもたらしたものとは解し難く……)」
という点に求められている。原審は茲でも「公表」という言葉を用いられているが、上告人も判示の事実は「公表」に当ると考える。しかし中京区長がこのような方法による「公表」まで予見可能であつたとすることは一般社会通念に反する。したがつて、右の如き「公表」により、被上告人が名誉を毀損されたとしても、それは訴外会社幹部の責に帰すべきであり、仮りに中京区長の報告が原審判示の如く違法であつても(ただし前記の如く上告人は違法とは考えていない)、被上告人の損害との間の因果関係は中断されておる。

[19](ニ) 右の見地より、上告人は、原審の不法行為に関する見解は、不法行為成立要件に関しても、また、相当因果関係論に照しても誤つているものであり、上告人は被上告人に対し損害賠償の責に任ずべき理はないと考える。
[20] 叙上により上告人は原判決の違法性を指摘したが、この違法は、判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背ある場合に相当するものと思料する。

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