裁判員制度合憲判決
上告審判決

覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
最高裁判所 平成22年(あ)第1196号
平成23年11月16日 大法廷 判決

上告申立人 被告人

被告人 P・L・ピノ
弁護人 小清水義治

■ 主 文
■ 理 由

■ 弁護人小清水義治の上告趣意
■ 弁護人小清水義治の上告趣意補充書

■ 検察官三浦守の答弁書


 本件上告を棄却する。
 当審における未決勾留日数中390日を第1審判決の懲役刑に算入する。

[1] 所論は,多岐にわたり裁判員法が憲法に違反する旨主張するが,その概要は,次のとおりである。(a)憲法には,裁判官以外の国民が裁判体の構成員となり評決権を持って裁判を行うこと(以下「国民の司法参加」という。)を想定した規定はなく,憲法80条1項は,下級裁判所が裁判官のみによって構成されることを定めているものと解される。したがって,裁判員法に基づき裁判官以外の者が構成員となった裁判体は憲法にいう「裁判所」には当たらないから,これによって裁判が行われる制度(以下「裁判員制度」という。)は,何人に対しても裁判所において裁判を受ける権利を保障した憲法32条,全ての刑事事件において被告人に公平な裁判所による迅速な公開裁判を保障した憲法37条1項に違反する上,その手続は適正な司法手続とはいえないので,全て司法権は裁判所に属すると規定する憲法76条1項,適正手続を保障した憲法31条に違反する。(b)裁判員制度の下では,裁判官は,裁判員の判断に影響,拘束されることになるから,同制度は,裁判官の職権行使の独立を保障した憲法76条3項に違反する。(c)裁判員が参加する裁判体は,通常の裁判所の系列外に位置するものであるから,憲法76条2項により設置が禁止されている特別裁判所に該当する。(d)裁判員制度は,裁判員となる国民に憲法上の根拠のない負担を課すものであるから,意に反する苦役に服させることを禁じた憲法18条後段に違反する。
[2] しかしながら,憲法は,国民の司法参加を許容しているものと解され,裁判員法に所論の憲法違反はないというべきである。その理由は,次のとおりである。

[3] まず,国民の司法参加が一般に憲法上禁じられているか否かについて検討する。

[4](1) 憲法に国民の司法参加を認める旨の規定が置かれていないことは,所論が指摘するとおりである。しかしながら,明文の規定が置かれていないことが,直ちに国民の司法参加の禁止を意味するものではない。憲法上,刑事裁判に国民の司法参加が許容されているか否かという刑事司法の基本に関わる問題は,憲法が採用する統治の基本原理や刑事裁判の諸原則,憲法制定当時の歴史的状況を含めた憲法制定の経緯及び憲法の関連規定の文理を総合的に検討して判断されるべき事柄である。

[5](2) 裁判は,証拠に基づいて事実を明らかにし,これに法を適用することによって,人の権利義務を最終的に確定する国の作用であり,取り分け,刑事裁判は,人の生命すら奪うことのある強大な国権の行使である。そのため,多くの近代民主主義国家において,それぞれの歴史を通じて,刑事裁判権の行使が適切に行われるよう種々の原則が確立されてきた。基本的人権の保障を重視した憲法では、特に31条から39条において,適正手続の保障,裁判を受ける権利,令状主義,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利,証人審問権及び証人喚問権,弁護人依頼権,自己負罪拒否の特権,強制による自白の排除,刑罰不遡及の原則,一事不再理など,適正な刑事裁判を実現するための諸原則を定めており,そのほとんどは,各国の刑事裁判の歴史を通じて確立されてきた普遍的な原理ともいうべきものである。刑事裁判を行うに当たっては,これらの諸原則が厳格に遵守されなければならず,それには高度の法的専門性が要求される。憲法は,これらの諸原則を規定し,かつ,三権分立の原則の下に,「第6章 司法」において,裁判官の職権行使の独立と身分保障について周到な規定を設けている。こうした点を総合考慮すると,憲法は,刑事裁判の基本的な担い手として裁判官を想定していると考えられる。

[6](3) 他方,歴史的,国際的な視点から見ると,欧米諸国においては,上記のような手続の保障とともに,18世紀から20世紀前半にかけて,民主主義の発展に伴い,国民が直接司法に参加することにより裁判の国民的基盤を強化し,その正統性を確保しようとする流れが広がり,憲法制定当時の20世紀半ばには,欧米の民主主義国家の多くにおいて陪審制か参審制が採用されていた。我が国でも,大日本帝国憲法(以下「旧憲法」という。)の下,大正12年に陪審法が制定され,昭和3年から480件余りの刑事事件について陪審裁判が実施され,戦時下の昭和18年に停止された状況にあった。
[7] 憲法は,その前文において,あらゆる国家の行為は,国民の厳粛な信託によるものであるとする国民主権の原理を宣言した。上記のような時代背景とこの基本原理の下で,司法権の内容を具体的に定めるに当たっては,国民の司法参加が許容されるか否かについても関心が払われていた。すなわち,旧憲法では,24条において「日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ」と規定されていたが,憲法では,32条において「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定され,憲法37条1項においては「すべて刑事事件においては,被告人は,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」と規定されており,「裁判官による裁判」から「裁判所における裁判」へと表現が改められた。また,憲法は,「第6章 司法」において,最高裁判所と異なり,下級裁判所については,裁判官のみで構成される旨を明示した規定を置いていない。憲法制定過程についての関係資料によれば,憲法のこうした文理面から,憲法制定当時の政府部内では,陪審制や参審制を採用することも可能であると解されていたことが認められる。こうした理解は,枢密院の審査委員会において提示され,さらに,憲法制定議会においても,米国型の陪審制導入について問われた憲法改正担当の国務大臣から,「陪審問題の点については,憲法に特別の規定はないが,民主政治の趣旨に則り,必要な規定は法律で定められ,現在の制度を完備することは憲法の毫も嫌っているところではない。」旨の見解が示され,この点について特に異論が示されることなく,憲法が可決成立するに至っている。憲法と同時に施行された裁判所法が,3条3項において「この法律の規定は,刑事について,別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。」と規定しているのも,こうした経緯に符合するものである。憲法の制定に際しては,我が国において停止中とはいえ現に陪審制が存在していたことや,刑事裁判に関する諸規定が主に米国の刑事司法を念頭において検討されたこと等から,議論が陪審制を中心として行われているが,以上のような憲法制定過程を見ても,ヨーロッパの国々で行われていた参審制を排除する趣旨は認められない。
[8] 刑事裁判に国民が参加して民主的基盤の強化を図ることと,憲法の定める人権の保障を全うしつつ,証拠に基づいて事実を明らかにし,個人の権利と社会の秩序を確保するという刑事裁判の使命を果たすこととは,決して相容れないものではなく,このことは,陪審制又は参審制を有する欧米諸国の経験に照らしても,基本的に了解し得るところである。

[9](4) そうすると,国民の司法参加と適正な刑事裁判を実現するための諸原則とは,十分調和させることが可能であり,憲法上国民の司法参加がおよそ禁じられていると解すべき理由はなく,国民の司法参加に係る制度の合憲性は,具体的に設けられた制度が,適正な刑事裁判を実現するための諸原則に抵触するか否かによって決せられるべきものである。換言すれば,憲法は,一般的には国民の司法参加を許容しており,これを採用する場合には,上記の諸原則が確保されている限り,陪審制とするか参審制とするかを含め,その内容を立法政策に委ねていると解されるのである。

[10] そこで,次に,裁判員法による裁判員制度の具体的な内容について,憲法に違反する点があるか否かを検討する。

[11](1) 所論(a)は,憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項違反をいうものである。
[12] しかし,憲法80条1項が,裁判所は裁判官のみによって構成されることを要求しているか否かは,結局のところ,憲法が国民の司法参加を許容しているか否かに帰着する問題である。既に述べたとおり,憲法は,最高裁判所と異なり,下級裁判所については,国民の司法参加を禁じているとは解されない。したがって,裁判官と国民とで構成する裁判体が,それゆえ直ちに憲法上の「裁判所」に当たらないということはできない。
[13] 問題は,裁判員制度の下で裁判官と国民とにより構成される裁判体が,刑事裁判に関する様々な憲法上の要請に適合した「裁判所」といい得るものであるか否かにある。
[14] 裁判員法では,裁判官3名及び裁判員6名(公訴事実に争いがない事件については,場合により裁判官1名及び裁判員4名)によって裁判体を構成するとしている(2条2項,3項)。裁判員の選任については,衆議院議員の選挙権を有する者の中から,くじによって候補者が選定されて裁判所に呼び出され,選任のための手続において,不公平な裁判をするおそれがある者,あるいは検察官及び被告人に一定数まで認められた理由を示さない不選任の請求の対象とされた者などが除かれた上,残った候補者から更にくじその他の作為が加わらない方法に従って選任されるものとしている(13条から37条)。また,解任制度により,判決に至るまで裁判員の適格性が確保されるよう配慮されている(41条,43条)。裁判員は,裁判官と共に合議体を構成し,事実の認定,法令の適用及び刑の量定について合議することとされ,法令の解釈に係る判断及び訴訟手続に関する判断等は裁判官に委ねられている(6条)。裁判員は,法令に従い公平誠実にその職務を行う義務等を負う一方(9条),裁判官,検察官及び弁護人は,裁判員がその職責を十分に果たすことができるよう,審理を迅速で分かりやすいものとすることに努めなければならないものとされている(51条)。裁判官と裁判員の評議は,裁判官と裁判員が対等の権限を有することを前提にその合議によるものとされ(6条1項,66条1項),その際,裁判長は,必要な法令に関する説明を丁寧に行うとともに,評議を裁判員に分かりやすいものとなるように整理し,裁判員が発言する機会を十分に設けるなど,裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならないとされている(66条5項)。評決については,裁判官と裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見によることとされ,刑の量定についても同様の原則の下に決定するものとされている(67条)。評議における自由な意見表明を保障するために,評議の経過等に関する守秘義務も設け(70条1項),裁判員に対する請託,威迫等は罰則をもって禁止されている(106条,107条)。
[15] 以上によれば,裁判員裁判対象事件を取り扱う裁判体は,身分保障の下,独立して職権を行使することが保障された裁判官と,公平性,中立性を確保できるよう配慮された手続の下に選任された裁判員とによって構成されるものとされている。また,裁判員の権限は,裁判官と共に公判廷で審理に臨み,評議において事実認定,法令の適用及び有罪の場合の刑の量定について意見を述べ,評決を行うことにある。これら裁判員の関与する判断は,いずれも司法作用の内容をなすものであるが,必ずしもあらかじめ法律的な知識,経験を有することが不可欠な事項であるとはいえない。さらに,裁判長は,裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならないとされていることも考慮すると,上記のような権限を付与された裁判員が,様々な視点や感覚を反映させつつ,裁判官との協議を通じて良識ある結論に達することは,十分期待することができる。他方,憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は,裁判官の判断に委ねられている。
[16] このような裁判員制度の仕組みを考慮すれば,公平な「裁判所」における法と証拠に基づく適正な裁判が行われること(憲法31条,32条,37条1項)は制度的に十分保障されている上,裁判官は刑事裁判の基本的な担い手とされているものと認められ,憲法が定める刑事裁判の諸原則を確保する上での支障はないということができる。
[17] したがって,憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項違反をいう所論は理由がない。

[18](2) 所論(b)は,憲法76条3項違反をいうものである。
[19] しかしながら,憲法76条3項によれば,裁判官は憲法及び法律に拘束される。そうすると,既に述べたとおり,憲法が一般的に国民の司法参加を許容しており,裁判員法が憲法に適合するようにこれを法制化したものである以上,裁判員法が規定する評決制度の下で,裁判官が時に自らの意見と異なる結論に従わざるを得ない場合があるとしても,それは憲法に適合する法律に拘束される結果であるから,同項違反との評価を受ける余地はない。元来,憲法76条3項は,裁判官の職権行使の独立性を保障することにより,他からの干渉や圧力を受けることなく,裁判が法に基づき公正中立に行われることを保障しようとするものであるが,裁判員制度の下においても,法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断を裁判官の権限にするなど,裁判官を裁判の基本的な担い手として,法に基づく公正中立な裁判の実現が図られており,こうした点からも,裁判員制度は,同項の趣旨に反するものではない。
[20] 憲法76条3項違反をいう見解からは,裁判官の2倍の数の国民が加わって裁判体を構成し,多数決で結論を出す制度の下では,裁判が国民の感覚的な判断に支配され,裁判官のみで判断する場合と結論が異なってしまう場合があり,裁判所が果たすべき被告人の人権保障の役割を全うできないことになりかねないから,そのような構成は憲法上許容されないという主張もされている。しかし,そもそも,国民が参加した場合であっても,裁判官の多数意見と同じ結論が常に確保されなければならないということであれば,国民の司法参加を認める意義の重要な部分が没却されることにもなりかねず,憲法が国民の司法参加を許容している以上,裁判体の構成員である裁判官の多数意見が常に裁判の結論でなければならないとは解されない。先に述べたとおり,評決の対象が限定されている上,評議に当たって裁判長が十分な説明を行う旨が定められ,評決については,単なる多数決でなく,多数意見の中に少なくとも1人の裁判官が加わっていることが必要とされていることなどを考えると,被告人の権利保護という観点からの配慮もされているところであり,裁判官のみによる裁判の場合と結論を異にするおそれがあることをもって,憲法上許容されない構成であるとはいえない。
[21] したがって,憲法76条3項違反をいう所論は理由がない。

[22](3) 所論(c)は,憲法76条2項違反をいうものである。
[23] しかし,裁判員制度による裁判体は,地方裁判所に属するものであり,その第1審判決に対しては,高等裁判所への控訴及び最高裁判所への上告が認められており,裁判官と裁判員によって構成された裁判体が特別裁判所に当たらないことは明らかである。

[24](4) 所論(d)は,憲法18条後段違反をいうものである。
[25] 裁判員としての職務に従事し,又は裁判員候補者として裁判所に出頭すること(以下,併せて「裁判員の職務等」という。)により,国民に一定の負担が生ずることは否定できない。しかし,裁判員法1条は,制度導入の趣旨について,国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することを挙げており,これは,この制度が国民主権の理念に沿って司法の国民的基盤の強化を図るものであることを示していると解される。このように,裁判員の職務等は,司法権の行使に対する国民の参加という点で参政権と同様の権限を国民に付与するものであり,これを「苦役」ということは必ずしも適切ではない。また,裁判員法16条は,国民の負担を過重にしないという観点から,裁判員となることを辞退できる者を類型的に規定し,さらに同条8号及び同号に基づく政令においては,個々人の事情を踏まえて,裁判員の職務等を行うことにより自己又は第三者に身体上,精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当な理由がある場合には辞退を認めるなど,辞退に関し柔軟な制度を設けている。加えて,出頭した裁判員又は裁判員候補者に対する旅費,日当等の支給により負担を軽減するための経済的措置が講じられている(11条,29条2項)。
[26] これらの事情を考慮すれば,裁判員の職務等は,憲法18条後段が禁ずる「苦役」に当たらないことは明らかであり,また,裁判員又は裁判員候補者のその他の基本的人権を侵害するところも見当たらないというべきである。

[27] 裁判員制度は,裁判員が個別の事件ごとに国民の中から無作為に選任され,裁判官のような身分を有しないという点においては,陪審制に類似するが,他方,裁判官と共に事実認定,法令の適用及び量刑判断を行うという点においては,参審制とも共通するところが少なくなく,我が国独特の国民の司法参加の制度であるということができる。それだけに,この制度が陪審制や参審制の利点を生かし,優れた制度として社会に定着するためには,その運営に関与する全ての者による不断の努力が求められるものといえよう。裁判員制度が導入されるまで,我が国の刑事裁判は,裁判官を始めとする法曹のみによって担われ,詳細な事実認定などを特徴とする高度に専門化した運用が行われてきた。司法の役割を実現するために,法に関する専門性が必須であることは既に述べたとおりであるが,法曹のみによって実現される高度の専門性は,時に国民の理解を困難にし,その感覚から乖離したものにもなりかねない側面を持つ。刑事裁判のように,国民の日常生活と密接に関連し,国民の理解と支持が不可欠とされる領域においては,この点に対する配慮は特に重要である。裁判員制度は,司法の国民的基盤の強化を目的とするものであるが,それは,国民の視点や感覚と法曹の専門性とが常に交流することによって,相互の理解を深め,それぞれの長所が生かされるような刑事裁判の実現を目指すものということができる。その目的を十全に達成するには相当の期間を必要とすることはいうまでもないが,その過程もまた,国民に根ざした司法を実現する上で,大きな意義を有するものと思われる。このような長期的な視点に立った努力の積み重ねによって,我が国の実情に最も適した国民の司法参加の制度を実現していくことができるものと考えられる。
[28] 弁護人のその余の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,適法な上告理由に当たらない。

[29] よって,刑訴法414条,396条,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 検察官岩橋義明,同上野友慈 公判出席

(裁判長裁判官 竹崎博允  裁判官 古田佑紀  裁判官 那須弘平  裁判官 田原睦夫  裁判官 宮川光治  裁判官 櫻井龍子  裁判官 竹内行夫  裁判官 金築誠志  裁判官 須藤正彦  裁判官 千葉勝美  裁判官 横田尤孝  裁判官 白木勇  裁判官 岡部喜代子  裁判官 大谷剛彦  裁判官 寺田逸郎)
[1] 第一審・控訴審のいずれの判決も、
(憲法違反) 判決裁判所(第一審)の構成の憲法違反を許容し、
(事実誤認) 無罪であるのに公訴事実をそのまま認定して有罪とし、
(量刑過重) 被告人を次の刑に処した。
懲役  9年(未決勾留日数の刑への算入は、第一審150日、控訴審120日)
罰金  400万円(労役場への留置換算1日金1万円)
没収  覚せい剤
[2] しかしながら、この両判決にはいずれも、判決内容に影響を及ぼす次のような重大な瑕疵があり、著しく正義に反するものである。
憲法違反(第一次的主張)
 判決裁判所(第一審)が憲法に従った構成をされなかったこと
事実誤認(第二次的主張)
 被告人には、認定されたような故意がなかったのに、この故意があったと認定されたこと
量刑過重(第三次的主張)
 懲役刑の期間「9年」が長きに失し、
 罰金刑を併科する必要はなく、
 仮に併科するとしても金額「400万円」は多きに失し、
 罰金の換算割合「1日金1万円」は小ささに失すること
[3] 以下にその理由を述べる。
1 第一審裁判所の構成と評議評決
[4] 第一審判決は、その末尾(13頁)の記載によれば、
千葉地方裁判所 刑事第1部 の
裁判長裁判官 根本渉
裁判官    西川篤志
裁判官    西澤恵理
の正規の裁判官3名だけによって行われたかのごとき外観を有する。
[5] しかしながら、その他の箇所には次のような記載がある。
「当裁判所は、裁判官及び裁判員の評議の結果、被告人は、本件スーツケース内に違法薬物が隠匿されていることを知っていたと判断した……」(3頁11行目〜12行目)
更に
「評議の際に、本件スーツケース内に本件覚せい剤を入れた場合と入れていない場合につき、その中身を知らない状態で持ち比べるなどした結果を踏まえると……」(4頁16行目〜18行目)
[6] すなわち、この判決の評議評決に
「裁判員」なる者 すなわち 正規の裁判官ではない者
が加わっていたことを第一審裁判所自らが認めている。このことは、「公判調書(手続)」によっても裏付けられる。
[7] そして控訴審判決も、このような裁判を許容し追認している。
[8] そこで、上告理由の第一次的主張として、
このような「裁判員」なる者が評議評決に加わった「裁判」は、憲法が許す「裁判所」による「裁判」ではなく、刑事訴訟法第377条第1号に該当し、同法第405条第1号の定める事由となる
ということを以下に述べる。

2 裁判員選任制度の違憲
(1) 本来の裁判官の任命
[9] 憲法第80条第1項本文前段は、次のように規定する。
「下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣でこれを任命する」
(以下この規定に基づいて任命された裁判官を「正規裁判官」と呼ぶ。
 上記「1 第一審裁判所の構成と評議評決」での用語「正規の裁判官」と同じ意味である)
[10] この最高裁判所の指名名簿に登載されるためには先ず幾多の難関と障害(具体的には裁判所法第42条ないし第46条に規定されている)を乗り越えなければならないし、仮にこの名簿に登載されたとしても、次には更に内閣の任命をも受けなければ、正規裁判官にはなれないのである。
[11] この難関と障害や受命が決して形式的機械的な安易なものではないことは、法曹関係者のみならず、世間の人々が熟知するところである。
(2) 裁判員の選任方法
[12] 他方「裁判員」は、
市町村の衆議院議員選挙人名簿に登録されている者
(この名簿に登録されるための要件は、国籍と年齢だけという極めて形式的普遍的なものにとどまる。公職選挙法第9条第1項)
の中から「くじ」という全くの偶然で選ばれるに過ぎない(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第13条、第21条第1項、第26条第3項、第37条第1項 なお、以後この法律を「裁判員法」と略称する)。
[13] すなわち、衆議院議員選挙人名簿にされ、かつ「くじ」で当たるということだけで、特殊な失格要件(裁判員法第14条、第15条、第17条、第18条)がない限りだれでも裁判員になることが可能であるし、かつ、裁判員にならされてしまうのである。資質、経験、知識、能力、意欲、余裕などには全く囚われず無関係にである。
[14] つまり、正規裁判官として内閣から任命されるまでの難関と障害に比べれば、根本的絶対的に異質な手続きと方法を以て選任されるのである。
(3) 裁判員の強権
[15] そのようにして選任された裁判員は、員数においては合議体の過半数を占め(裁判員法第2条第2項)、自ら証人尋問や被告人質問を行うことができるし(裁判員法第56条、第59条)、かつそのうえ、評議と評決においても強い権限を有するのである(裁判員法第66条、第67条)。
[16] すなわち、権限においては正規裁判官と対等であるし、評決においては多数決によって判決内容(事実認定と法令の適用と刑の量定)を確定づけることもできるのである(裁判員法第6条第1項)。
[17] まさに正規裁判官と対等の権力を、場合によっては正規裁判官より強い権力を握るのである。
[18] なお、裁判員法第6条第2項の規定は、裁判員の負担を軽減しようとするものにすぎず、むしろ裁判員が「くじ」という偶然だけで選任されるという能力や適性の点からして当然のことである。他方、同法6条第1項の重要事項(事実認定、法令適用それに刑の量定)の合議において正規裁判官と対等の評決権を有しているという点からして、同法6条第2項の存在は「裁判員制度」の合憲性の結論を支えるものではない。
[19] また、裁判員法第67条の「過半数の意見」の内訳として「正規裁判官の意見」を必ず含ませるとの規定も、憲法違反の障害を超越するには足りない。数に算入される評決権を裁判員たちに与えていることには変わりがないからである。
(この項に関連する文献と本件での問題点とについては、後記「(9)不当評決への対策」の末尾に記載する)
(4) 憲法との整合
[20] そこで、憲法第80条第1項本文前段と上記裁判員法の各条文とを読み比べれば、
正規裁判官と裁判員の「資格と権限」の点において、「憲法の条文」と「裁判員法の条文」との間
には整合性が皆無であるのみならず、完全に矛盾し対立し衝突している。
[21] 仮に、「裁判員法によって裁判を行う者は「裁判員」にすぎず「裁判官」ではないから憲法第80条第1項本文前段には抵触しない」という理由付けがあるのであれば、その理由付けは「言葉でのごまかし」以外のなにものでもない。
[22] なぜならば、裁判を受ける者、すなわち被告人の立場からすれば、
「「裁判員」も「正規裁判官」も私めをお裁きなさるお方であり御上(おかみ)である」
ということに、なんの違いもないからである。
(5) 憲法条項の不存在
[23] 裁判員制度を認める条文が憲法のどこにも存しないことからしても、裁判員制度は憲法上認められない。
[24] 国家権力の最も赤裸々で強力な具体的発現である刑事裁判を行う権限を付与される機関や組織についての規定が憲法には存在しないのに、立法作業でそのような機関や組織を創設することは許されないからである。
(6) その他の憲法各条項への波及
[25] したがって、「裁判員の参加する合議体」(裁判員法第2条第1項本文の言い回し)は、憲法第32条の「何人も、「裁判所」において裁判を受ける権利を奪はれない」との規定が指称する「裁判所」では断じてない。
[26] また、憲法第37条第1項は「刑事事件の被告人が公平な「裁判所」の裁判を受ける権利を有する」旨を定めるが、「裁判員の参加する合議体」は、「公平か不公平か」の問題以前に、そもそも既にこの憲法第37条第1項が指称する「裁判所」ではないのである。
[27] 更に、この合議体は、憲法上の「裁判所」ではないのであるから、司法権を持っていない(憲法第76条第1項)。したがって、司法権を持たないこの合議体が刑罰を科することは、憲法第31条に違反する。
[28] つまり、裁判員のように正規裁判官ではない者が行う「刑事事件のお裁き」は、そもそも憲法の各条項が規定する「刑事裁判」ではないのである。
(7) 憲法の最高法規性
[29] 言うまでもなく憲法は国の最高法規であって、この憲法の条規に反する法律はその法的効力を有しないのである(憲法第98条第1項)。
[30] であるから、「裁判員法」は憲法に違反しており、無効な法律である。
[31] したがって、「裁判員法」による裁判員をして裁判の職務を行わせることは憲法上許されない。
[32] このような「裁判員の参加する合議体」を「裁判所」と名付けたとしても、この「裁判所」なるものは、法的には憲法が許容しない、非合法にして、珍奇珍妙な根無し草であり宙に浮いた幽霊にすぎないのである。
(8) 被告人の逃避
[33] 裁判員は、正規裁判官と対等の評決権を有しているから、裁かれる者すなわち被告人から見れば、判決主文への決定権を握っている強権者であって、恐懼し平伏しなければならない。いわゆる「御上(おかみ)」である。
[34] したがって、お裁きを受ける者としては、本職であり専門家でもあり、また、修練と鍛練で磨き上げられた資格と能力を十分に備えた正規裁判官によって、かつ、その正規裁判官のみによって、裁判を受けたいと請い願うのが常である。特に本件被告人は犯行を否認しているのであるから、なおさら素人による裁判を望まない(控訴審での被告人供述2頁中ほど)。医療で言えば、病院前の路上の通行人が執刀に加わる手術を、心臓病患者が断固拒否するのと同じである。
[35] こういう場合に、もし、陪審法第6条のような条文が裁判員法に存在するならば、被告人の権利として裁判員裁判から逃避することができる。しかしながら、裁判員法にはこの陪審法第6条(陪審の抛棄)に匹敵する条文が存在しないから、この逃避の道はない。
[36] なお、対象事件からの除外ということで裁判員法第3条に規定があるが、この規定は、被告人の権利や意向を保護するものはない。
(この項の問題点の立法論については、後記の「5 付記」の「(c) 合憲化への道」で触れる)
(9) 不当評決への対策
[37] また、本職であり専門家でもある正規裁判官の立場から見て、あるいは従来の判例に照らして、評決結果がいかにも不当である場合には是正の道を正規裁判官に与えなければならない。そうでなければ、正規裁判官の役割がないことになるし、また、憲法の第76第3項の下記規定が画餅に帰するからである。
「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」
[38] この点で陪審法第95条(陪審の更新)は評価されるが、裁判員法にはこの陪審法第95条に匹敵する条文が見当たらない。
[39] この点でも「裁判員制度は憲法違反」の結果を惹起する。
(なお、前記「(3) 裁判員の強権」と本項「(9) 不当評決への対策」とに関連する文献及び本件固有問題として、次の部分をご参照願う。
「第1」の「2」の「(11)」の「(f)」 「その187頁上段〜中段」
「第1」の「2」の「(11)」の「(g)」 「その76頁末行〜77頁6行目」
「第1」の「2」の「(11)」の「(m)」 「その4段目右側13行目〜21行目」
「第4」の「5」の「(6)」の末尾 「なお、当弁護人が接見で被告人に……」)
(10) 特別裁判所 (予備的主張)
(a) 主張の基軸
[40] 「裁判員制度」は、憲法第80条第1項本文前段に違反するから、
「裁判員の参加する合議体」(裁判員法第2条第1項本文)は、そもそも憲法上の「裁判所」ではなく、
したがって、
その「裁判員の参加する合議体」が評議評決した内容も、とうてい憲法上の「裁判」ではない。
[41] これが当弁護人主張の基軸であり、主位的主張である。
[42] しかしながら仮に、
「いや、「裁判所」である」
「やはり「裁判」である」
との牽強付会を受けるのであれば、当弁護人は、予備的主張として以下のとおり反論する。
(b) 特別裁判所の禁止と定義
[43] 憲法第76条第2項前段は、次のように規定する。
「特別裁判所は、これを設置することができない」
[44] ここにいう「特別裁判所」とは、次のものを指称する。
「一般的に司法権を行う最高裁判所及びその下級裁判所の系列外にあって、特別な身分を有する者又は特別な種類の事件だけに對して、裁判権を行う裁判所
 常設的であると、非常の事件に對し臨時に設置されるとを問わない」(註解日本国憲法 法學協會 有斐閣 昭和34年6月20日初版第12刷発行 下巻1136頁)
「特殊の人または特殊の事件について裁判するために、通常裁判所の系列のほかに設けられる、特別の裁判機関」(法律学全集3 憲法I 清宮四郎 有斐閣 281頁)
(c) 裁判員裁判の本質
[45] そして、「裁判員の参加する合議体」は、次の諸点からして、まさに上記「(b)」の特別裁判所である。
ア 裁判員の地位
[46] 裁判員は、最高裁判所の指名した者の名簿(憲法第80条第1項本文前段)とは無関係に、衆議院議員選挙権を有するということと、「くじ」という偶然に当たったということだけで選任されてその地位にいるのであるから、「裁判員」も「裁判員の参加する合議体」も、最高裁判所及びその下級裁判所のいずれの系列にも大らず、遥か遠くにかけ離れた、かつ、完全に異質の外部に位置している。
イ 憲法順守義務
[47] したがって、また、裁判員は公務員でもないから、憲法第99条の憲法順守義務を負わない。このような裁判員ごとき者に対しては、裁きを受ける者(刑事被告人)はいかなる信頼感も湧かない。
[48] 裁判員法第39条第2項の規定はこの信頼感獲得に何の役にも立たない。この第39条第2項による宣誓が、鑑定人や通訳人のように被告人と傍聴人が在廷する法廷で堂々と行われるならともかく、被告人も傍聴人も立ち会わない密室でこそこそ行われた(訴訟記録「第5分類」)のであるからなおさらである。
ウ 雲隠れと責任逃亡
[49] 裁判員自身は、判決文においても公判手続き調書においても実名を秘匿して雲隠れしている。
[50] つまり、本物の裁判にとって最重要事である「裁判を行った者の責任負担」から逃げているのである。まことに責任の免除であり回避である。無責任の一言に尽きる。
エ 対象事件
[51] 裁判員裁判の対象事件は、裁判員法第2条第1項の第1号と第2号に規定される特別特殊な種類の事件に限られる。
[52] なお、裁判員法第3条は、上記第1号、第2号に該当する事件であっても、対象事件から外すことを規定している。「特別裁判所」の対象から更に外すという二重の「特別裁判所」を認めており奇怪である。
オ 臨時性
[53] 「裁判員の参加する合議体」は、その事件限りのための一時の臨時のものではあるが、「特別裁判所」であることには変わりがない。
[54] なぜなら、本件の被告人にとっては一回きりの裁判であるからである。
カ 三審制の破壊
[55] 特別裁判所の点につき検察官は、
「裁判員の参加する合議体は、……裁判所法により第一審の刑事裁判を所管する下級裁判所として設置された地方裁判所に構成されるものであり、その裁判に対しては高等裁判所及び最高裁判所への上訴が認められている」
という理由で、「裁判員の参加する合議体は特別裁判所ではない」と主張した(控訴審での答弁書3頁の「2」)。
[56] しかしながら、その理由とする後段の「上訴が認められている」との点は当たり前の当然のことであり、「特別裁判所」の性格をなんら減殺するものではない。
[57] その理由の前段については、この被告人の立場と権利からすれば、三審制の利益が保障されているはずなのに、「裁判員」という、憲法第80条第1項本文前段に違反するし、かつ、信頼感が湧かず、更に氏名すら不明の者たち6名によって第一審の裁判官席に入り込まれ、そして持っていないはずの強権を振るわれ、そしてその結果、
「地方裁判所」の名に値しないのに、この合議体から、「第一審判決」との名目で「懲役9年と罰金400万円」との宣告を受けた
のである。
[58] つまり、この被告人は、「まともで正常な第一審判決」を未だ受け終わっていないのに、そのまま控訴審に至り、そして更にこの上告審にも至ってしまっているのである。
[59] したがって、「裁判員裁判」は三審制を破壊するものであり、検察官の上記理由の前段も、全く無意味であり、この理由付けは「特別裁判所」の性格を滅却するものではない。
[60] すなわち、「裁判員裁判」は、
「裁きを受ける者から「三審制」の利益を奪い取る」
という点で「特別裁判所」であり、不平等の点でも憲法違反である。
(d) まとめ
[61] 以上により、もし仮に
「裁判員の参加する合議体は「憲法上の裁判所」であり、その評議評決は、「裁判」として成立し合憲である」
と強弁したとしても、たちまちに憲法第76条第2項前段によって打ち砕かれる。
[62] つまり、この点からしても、裁判員制度は憲法違反である。
(11) 他者の違憲論
[63] 以上は、当弁護人の素朴な違憲論ではあるが、多数の博学多識者たちによる違憲論もあふれている。手近な例として、次のものがある。
[64](a)「註解日本国憲法」法學協會 有斐閣 昭和34年6月20日初版第12刷発行 下巻
1128頁「参審制も裁判官の任期、報酬、身分保障等が専門的裁判官だけを豫定して規定されている以上、参審員として素人の臨時裁判官を認める餘地がない」
1201頁「下級裁判所の裁判官を任命する権限は、内閣に属せしめられている。
 しかし、この任命は、最高裁判所の作成した名簿に基くことが必要である」
1202頁「内閣は、裁判官の任命にあたっては、その名簿によらなけれぱならないのであるから、指名されない者を裁判官に任命することはできない」
[65](b)「裁判員制度案批判補説」大久保太郎 判例時報1810号3頁
特にその3頁3段目「……裁判員は実質は裁判官であるが、かかることは、憲法80条1項前段の「下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣でこれを任命する。」との規定に違反する。
 従って、このような裁判員が構成員として加わった裁判所は、憲法76条1項の「下級裁判所」に、また憲法37条1項の「公平な裁判所」にいずれも当たらない」
[66](c)「日本国憲法と裁判員制度」西野喜一 判例時報1874号3頁と1875号3頁
特にその「一の2のi」(1874号5頁3段目)、「六の1のI」(1875号7頁3段目)、「7の(一)」(1875号11頁3段目)
「憲法は、その第32条でいう「裁判所」、第37条第1項でいう公平な「裁判所」の内容を第76条以下で定めていると考えられる。
 従って、裁判員の関与する裁判所では第32条及び第37条第1項にいう「裁判所」に当たらない恐れが大きい。
 往時の通説(前記三1)がそうであった通り、そう読むのがもっとも素直な理解であろう」
[67](d)「「違憲のデパート」裁判員制度実施の不可能性(上)」大久保太郎 判例時報1883号3頁と1884号3頁
特にその「注6」(1883号9頁)「……裁判官は、最高裁判所の提出する名簿によって政府が任命すると憲法上決まっている。
 抽選的に選ばれた裁判員が、裁判の審議、判決にも裁判官と同じ資格で関与することは憲法違反ではないかと思います」
[68](e)「こんな「裁判員制度」は即刻断念せよ」小林永和 雑誌「正論」平成16年3月号236頁
特にその237頁下段〜238頁上段「……わが憲法が、最高裁を除く、一、二審の裁判権を、すべて「内閣が10年間の任期で任命した裁判官」(第80条)だけに行使させることを当然の前提としているものと解釈しなければならない。
 裁判権は国の最も基本的かつ重要な権能であるから、もしこれを一般国民にも与えるのであれば、欧米の陪審や参審のように、当然憲法に明記すべきであるのに、それが記されていない」
[69](f)「最高裁は裁判員を憲法違反としていた」西野喜一 雑誌「正論」平成21年7月号186頁
特にその187頁上段「被告人の運命を左右するのが裁判官だが、憲法上、その裁判官は最高裁判所の指名した名簿に従い内閣によって10年任期で任命されることになっている。
 有権者からその都度くじで選ばれただけの裁判員に裁判官と同等の権限を持たせることができるというのは無理である」
その187頁上段〜中段「第二の問題点は裁判員が入った裁判所が憲法が保障する「公平な裁判所」に当たらないことである。
 評決の態様によっては裁判官だけの裁判所より被告人に不利になる場合が生じる(裁判官だけの判断なら2対1で無罪になったはずが、これに裁判員が加わったために5対4で有罪になる場合など)からだ」
その189頁上段〜中段「……最高裁判所は、裁判官でない者を国民中からくじで抽出して、裁判官と同等の評決権を行使させることは憲法上の疑義がある、つまり憲法違反の疑いがあると考えていたのである」
[70](g)「裁判長!話が違うじゃないですか」小学館101新書 池内ひろ美/大久保太郎
特にその76頁末行〜77頁6行目「裁判員には裁判官と同等の評決権が与えられていますから、実質は裁判官です。
 ところが日本国憲法では、裁判を行う者としては裁判官だけが規定されていて、裁判への国民参加については、何の規定もありません。
 ………裁判官と同等の評決権を持たせた国民参加は、許されないでしょう。
 最高裁は、最初、評決権を持たない参審制ならぱ、日本では憲法上の疑義を生じさせない、と言っていました」
その77頁9行目〜78頁2行目「司法制度改革審議会が、最高裁の意見を聞かずに、評決権を持った裁判員制度を提案したのに、最高裁は何も文句を言わなかったどころか、国民に何の説明もなく態度を正反対に変えて、審議会の答申に賛成してしまったのです。不可解なことです。
 裁判員は、裁判官と同等の評決権を持ちますから、最高裁のことぱを借りれば『憲法上の疑義』があるはずです。
 それなのに最高裁も法務省も、裁判員制度の合憲性について、何ひとつ説明しようとしていません。憲法問題があるということを国民に、よほど知られたくないのですね。
 被告人の立場からいっても、憲法上保障されているはずの正当な裁判所の裁判を受ける権利(憲法32条)が侵害されることになってしまいます」
[71](h)「裁判員制度の実施を憂慮する 上・下」週刊法律新聞 平成21年8月21日と同月28日 大久保太郎
特にその8月28日2段目右側終わりから3行目と同左側終わりから5行目〜同4行目
「二 合憲解釈の困難性
 (1) 憲法80条1項(裁判官の任命方法)違反(注)」
その8月28日最下段末尾「(注) 最高裁の系列外の「裁判員」が構成員の一部となる裁判機関は、憲法76条2項の禁止する「特別裁判所」に該当しよう」
[72](i)「『裁判員裁判』と裁判官の刑事責任」週刊法律新聞 平成21年11月13日 大久保太郎
特にその1段目左側の末行と2段目左側の1行目〜3行目
「三 裁判員法の特異性
  …………
(1) 憲法80条1項(裁判官の任命方法)違反
   同76条2項(特別裁判所の禁止)違反」
[73](j)「裁判員制度の正体」講談社 西野喜一
[74](k)「裁判員制度批判」西神田編集室 西野喜一
[75](l)「司法府の岐路 裁判員制度の憲法問題 上・中・下」週刊法律新聞 平成22年2月19日、同月26日、同年3月5日 西野喜一
特にその2月19日1段目左側9行目と2段目右側2行目〜同9行目
「二 憲法違反の数々
  …………
(1) 憲法は、裁判官以外の者を国民から抽出して裁判をさせることを最初から全く予定していない(憲法第6章、特に80条1項違反)。
(2) 裁判員制度は、被告人の憲法第6章に定めたような裁判所の裁判を受ける権利を侵害する(32条、第6章違反)」
その2月19日最下段8行目〜同18行目「なお、最高裁判所がこの審議会の段階では、国民が評決権を持つような参審制度(つまり裁判員制度)には憲法違反の疑いがあると言っていたことは、その後の最高裁が本制度を熱心に推進していることにつき、いつ、だれが、どういう考慮で、意見を変えたのかということをついに説明しないままであったということと共に、国民としては心に刻んでおくべきことであろう」
その3月5日3段目左側終わりから3行目〜同4段目19行目「高等裁判所の裁判長といえば、裁判実務をリードすべき要職であり、普通の裁判官としては最高の地位であるが、そういう地位にある人だちが大挙して、なるべく一審判決を尊重してこれを維持することにしよう、自分たち独自の判断はなるべく控えることにしよう、と申し合わせるというのは、もはや裁判の独立の放棄にほかならない。
 裁判員が加わった判決には国民の健全な社会常識が反映されるという安易な認識が誤りであることは、裁判官の判断は常に正しいという安易な認識が誤りであるのと同様である。
 人間の営為には、どこにでも誤りがあり得るという認識を制度開始時から放棄しているようでは、これからは高等裁判所は余り当てにならなくなると言っているようなものである。
 何のために高等裁判所という存在があるのであろうか」
(以上の文献は、既に控訴趣意書及び控訴趣意補充書で引用したが、この上告趣意書では、更に次の(m)(n)の文献をも追加する)
[76](m)「裁判員制を合憲とした東京高裁判決の問題点」週刊法律新聞 平成22年5月28日 西野喜一
(これは、東京高等裁判所第2刑事部平成22年4月22日判決に対する評論である。下記引用文における「判決」とは、この判決を指称する)
特にその2段目右側2行目〜14行目「しかし、憲法が下級裁判所の構成について直接定めていないのは、最高裁の名簿によって、内閣に任命される裁判官以外の者が、裁判官と同等の立場で裁判に関与することを全く予定していないからである。
 裁判官の任用には厳格な規制があるのに、裁判官以外の者に裁判官と同等の権限を持たせるようなことを予定、許容しているのであれば、そうであっても裁判が適正に行われるようにするための規定を必ず設けたはずである」
その3段目左側終わりから3行目〜4段目右側9行目「……憲法は、裁判所および裁判官に関する規定を設け、特に裁判官の任命資格を厳格に定めて、被告人の運命は資格ある裁判官の判断によらずに左右されることはないとしているのである。
 また、特別裁判所の設置を禁じた76条2項は、裁判員制度合憲論の根拠になるようなものではない。
 裁判官でない者が被告人の運命を決めることができるという裁判員法廷こそ、この特別裁判所に当たると見るべきである」
その4段目右側13行目〜21行目「裁判の「独立」につき、裁判官の一致した有罪意見でも5名以上の裁判員が一致すれば無罪方向で覆せるという裁判員法67条の規定は、憲法76条3項に反することは明白である。判決がこの条文に触れていないのは、この点はどうしても説明ができなかったためではないかと疑われる」
その5段目終わりから14行目〜同2行目「結局、判決は、個別の論点に対する詳細、丁寧な検討をしていないのであるか、現行制度を丸ごとそのまま憲法違反ではないことにしたいという裁判所の意欲が伝わってくるだけのものであると評せざるを得ない。特にこのことは、現行法の内容と限界に対する個別の検討を最初から放棄した国民負担の問題点に関する判示によく現れていよう。
 憲法の番人であるはずの裁判所が、特定の国策のために憲法を歪めることを辞さない時世、風潮というものを残念に思う」
[77](n)「司法府の岐路 裁判員制度の憲法問題 下」週刊法律新聞 平成22年3月5日 西野喜一
特に4段目左側終わりから6行目〜5段目12行目「それだけに、憲法の番人とも呼ばれる最高裁判所の責任は誠に重大なものがある。
 最高裁判所は、法令の解釈に関する最終決定の権限を持っている以上、「憲法とは、最高裁判所がこれが憲法だと言ったところのものだ」という著名な命題は一応正しい。
 しかし、これは所詮短期的なものであって、いかなる判断も歴史の審判を免れることはできない。
 一国の最上級審の判断はまさしく四半世紀後、半世紀後の審判に耐えるものでなければならないのである。
 そのような厳粛な審判に耐える判断こそ、司法府の権威を高めるものであるといえよう。
 それは当座は少数意見であっても差し支えない」
(この(n)に対しては、本件の上告審裁判所として、よくよく拳拳服膺し、吟味と吸収と実行をするべきである。
[78] 万々が一この上告が認容されない結果に終わったとしても、この(n)の筆者と同じく、当弁護人も「少数意見」ないし「補足意見」が付されることを切望し確信している)

3 その他の点での違憲性
[79] 「裁判員制度」は「違憲のデパート」と言われるほど多種多数の憲法問題を包含している。
[80] しかしながら本件での上訴理由としては、最も単純で明快な問題として、
憲法第80条第1項本文前段の「正規裁判官」の任命制度と 裁判員法の「裁判員」の選任制度 との 齟齬矛盾
の問題だけをとりあげるにとどめる。

4 まとめ
[81] 以上の次第であるから、裁判員が本件の第一審判決に関与したことは、「裁判員選任手続き」の問題だけからして既に優に憲法違反である。
[82] つまり、
「裁判員の参加する合議体は「憲法上の裁判所」であり、その評議評決は、「憲法上の裁判」として成立する」
と強弁したとしても、たちまちに
先ず初めに憲法第80条第1項本文前段 によって、
次にその結果として憲法第76条第1項と憲法第76条第2項前段とによって
破砕され潰え去る。
[83] よって、本件での第一審判決は、
刑事訴訟法第377条第1号 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと
にもろに該当しており、控訴審判決はこの点の判断を誤っている。

5 付記
(1) 世情
[84] 裁判員裁判につき世情は、次のような美辞麗句や阿諛追従に彩られた化粧標語や魅惑修辞に踊らされ、最も根本的基本的な法的問題である日本国憲法との整合性適合性への配慮と検討を怠っている。
「国民主権を司法にも」
(この論を押し詰めれば、くじ運の強い者が、あるいはくじ運の悪い者が「国会議員」や更には「内閣総理大臣」に就任するということになる)
「国民参加は世界の流れ」
「裁判員裁判これぞ民主主義」
「裁判に社会的常識を反映させよう」
「庶民の視点で正義の裁判を」
「司法に国民感覚の反映を」
「私の視点、私の感覚、私の言葉で裁判に参加します」
そして、外見も気になるのか
「裁判員にも法服を」
更には、さもしくも
「辞退防止に裁判員日当を3倍に」
[85] 報道も、この重大な問題に気付いてか気付かないでか、憲法との関係を一顧だにせず、偏向して、世間受けのする話題作りに囃立てている。
[86] しかし、このような軽佻浮薄な風潮に押し流されることなく、共にこの平成の御代の法律専門家として立ち向かい、
「正規裁判官は、
民主主義を基本理念とする日本国の憲法に基づいて任命され、そして司法権を預託されています。
視野を広げて社会的常識を備えていますよ。
正義感にも満ち溢れていますよ。
国民の感覚や視点にも細かく敏感に気を配っていますよ」
との信念と自信をすべての正規裁判官ご自身が取り戻し、この信念と自信を法曹全体で共有して、共に冷静沈着に毅然と対処することを提案し要求する。
(2) 訴訟記録「第5分類」
[87] 控訴審段階において本件訴訟記録の「第5分類」に対しては、当弁護人の謄写が許されず、閲覧のみは許されたが、その閲覧をする場所は、通常の「訴訟記録閲覧室」ではなく、書記官室内であり、あたかも書記官の監視下のような状態での閲覧であった。
[88] もし、本当に裁判員制度には憲法上なんらの問題も弱みもなく、前記の世間の標語と謳い文句のとおりに真に清潔で立派であって、正々堂々たる合法の制度であるならば、「第5分類」も陽光の中へさらけ出して主権者たる国民万人の目に触れさせることによって「裁判員選任手続きが合法的に行われた」ということを明らかにするべきである。
[89] ただし、もし仮に、
「「第5分類」には個人情報も含まれているからそのような形で外部に出すことまではできない」
とのことであれば、せめて弁護人には通常の「閲覧室」で閲覧させ、そしてその弁護人の判断と求めに応じた謄写も許してしかるべきである。当然ながら弁護士としての秘密保持義務はわきまえている。
[90] 当弁護人は、「そもそも裁判員制度そのものが憲法違反である」との主張はするものの、具体的個別的事件の弁護人としては、
「果たしてこの現実の事件の裁判員選任手続きが事務的形式的に間違いなく裁判員法の規定どおりに行われたか?」
の検証をする必要もあり、この検証が弁護人の義務でもあった。この検証をしないままの弁護は許されない。
[91] なぜなら、もし、裁判員選任の手続きに不適法な点(例えば、裁判員法第14条、第15条、第17条、第18条などの裁判員としての欠格ないし不適格の事由の実在や第39条による宣誓の不実施など)があれば、刑事訴訟法第377条第2号(この第2号を裁判員にも準用すべきである)や同法第379条(訴訟手続の法令違反)などによる控訴理由をも予備的に主張しなければ弁護を尽くしたことにはならないからである。
[92] しかしながら、恥ずかしいことに、当弁護人は、書記官室で書記官たちに囲まれて本件の「第5分類」の閲覧をしながら、まるで禁断の書類を密かにこっそり盗み見ているかのような罪悪感を伴う錯覚を覚えた。このような曲がった、意気地なき錯覚を起こしたことに、今は忸怩たる思いであり、自分を叱咤している。
[93] なお、更に付記するならば、実は「第5分類」の中に「裁判員等選任手続調書(平成22年1月12日)」が書面の形で編綴されており(581丁〜588丁)、その調書の中で「裁判員候補者に対する質問及びその陳述並びに裁判員候補者の申立ては、別添録音体に聴取したとおり」と文字で記載されていた。そして、589丁として「調書引用録音体(裁判員等選任手続)在中」と表書きをされた茶色封筒1通が綴じられており、その茶色封筒の中にCD-RW1枚が入っていた。
[94] それでこのCD-RWには裁判員等選任手続きの音声が録音されているものとの推察は働いたが、この録音の再生は叶わなかったので、結局裁判員等選任手続きの全部を知ることはできずに終わった。しかし、
やはりこの録音を再生させて、裁判員選任手続きの全部の適法不適法を検証すべきであった
との怠惰感と慚愧感が消えない。
(3) 合憲化への道
[95] 裁判員法には、
被告人の方から請求して、裁判員裁判から逃避し、正規裁判官のみによる裁判を受ける権利
を保障する規定がない。
[96] しかし将来、
陪審法第6条(陪審の抛棄) 被告人ハ検察官ノ被告事件陳述前ハ何時ニテモ事件ヲ陪審ノ評議二付スルコトヲ辞シ又ハ請求ヲ取下クルコトヲ得
と同趣旨の条文が裁判員法の中に組み入れられるならば、当弁護人は、次のことを約束する。
「裁判員法は違憲」の現在の考えをその時点で再検討すること
1 認定された事実
[97] 第一審・控訴審の両判決は、次のように認定した。
「被告人には、「日本国内に持ち込む品物は違法薬物である」との認識すなわち故意があり、この故意で品物を持ち込んだ」
2 被告人の主張
[98] しかしながら被告人は、その点につき次のように主張している。
「その品物は、ダイヤモンドであると信じていた。違法薬物であるとは思わなかった」
3 有罪とするための要件
[99] このような場合に「違法薬物であると認識しながら持ち込んだ」という故意による犯罪事実を認定するためには、被告人の上記主張を覆すに足りるよほど強固な反証や情況証拠がなけれならない。
[100] しかるにそのような証拠は存在しない。
[101] その理由を次に述べる。

4 理由
[102] この理由として、問題とされた事項ごとに述べていく。
(1) エディヘの信頼
[103] 被告人は、平成21年の5月20日にナイジェリア人男性エディから電話を受け、そしてその翌日に神奈川県内のやまと公園で会ったことからこのエディと知り合った。
[104] そして、このエディが被告人の電話番号や「レミー」という被告人の愛称を既に知っていたこと、それに宝石や衣類の商売をしていると自称していたことから、このエディという人物に親近感と信頼感を起こした。
[105] それでエディの
「中国からダイヤモンドを運んでくれれば50万円をあげる。ホテルの部屋で待機すれば、ダイヤモンドを持った人が来る」
との頼みを引き受けたのである。ただし、ビザの都合で後に「中国」から「マレーシア」へ変更になった。
[106] 確かに被告人には、「ダイヤモンドの密輸入は犯罪になる」という知識と抵抗感はあったものの、提示された50万円という報酬に惑わされてしまったのである。
(2) 認識
[107] 被告人の認識としては、脱税になるだけでなく犯罪にもなることではあるが、運ぶ品物は、あくまでもダイヤモンドにとどまるものであった。まさか違法薬物というような恐ろしい品物で、ダイヤモンドより遥かに重大な犯罪になるものであるとは、成田税関の検査で覚せい剤が見つかるまでの間は微塵も思っていなかったのである。
[108] なお、第一審判決は、
「被告人がそのダイヤモンドを持ち逃げする可能性が強いから、エディがそのような頼みを被告人にするはずがない」
と断定するが、かってな偏見と憶測にすぎない。
[109] エディもまた、この被告人を信頼していたのである。
(3) 実行行為
[110] それで被告人は、そのエディの指図に従い、自分の固有のスーツケースを携えてマレーシアへ渡り、エディが手配したエミリーという女性とホテルで会い、そのエミリーと互いのスーツケースを交換して日本へ戻ったのである。
[111] このスーツケースの交換も、エディの指図に従っただけのことである。
[112] 被告人は、ダイヤモンドを自分の目で実際に見たわけではないが、スーツケースの交換の際に被告人がエミリーに
「ダイヤモンドはどこにあるの?」
と尋ねたら、答えは
「中に入っているよ」
とのことであったし、ダイヤモンドというものは体積が小さいものであるから、エミリーが持ってきたスーツケースの内部のどこかに入っているのだと確信した。
[113] また、被告人は、そのスーツケースが二重底であるということを、成田の税関職員に教えられるまで知らなかった。この二重底は、巧妙に工作されていたから、被告人が気付かなかったのはやむをえないし、もっともなことである。
(4) 税関での言動
[114] 被告人は、スーツケースの中身が「覚せい剤である」と判明するまでの間は、
「ダイヤモンドだよ」(第1審第2回公判被告人供述32頁下から7行目)
「入っているものはダイヤモンドだ」(第1審第3回公判被告人供述10頁12行目〜18行目)
と明確に答えていた。
[115] しかしスーツケースが解体され中身が覚せい剤であると判明した後になって初めて、税関職員からしつこい質問や尋問を受けたこととその誘導に乗ったこととから「ダイヤモンド」の主張を続ける頑張りを失って口から出任せの単語(「ソルト」や「ドラッグ」)を並べてしまったが、本心や真意からの発言ではなかった。
[116] スーツケースの入手経過についての変遷も、「ダイヤモンドの密輸入」という犯罪事実を認めたくないとの苦し紛れによるにすぎない。
[117] なお、税関職員は、
「覚せい剤が発見されたとき、被告人には驚きの言動がなかった」
と証言するが、被告人の内心は驚愕と恐怖で満たされていたのであり、職員たちが気付かなかっただけのことである。
(5) 渡航歴
[118] 被告人が本件以前にも、日本から韓国やマレーシアに渡航したことは確かであるが、その目的は好きなボーイフレンドに会うためであった。
[119] その地での滞在日数が短かったのは、他方で日本にいる自分の子どもの安否が気にもなったためである。
[120] したがって、このような渡航歴は、薬物密輸入とは関係がなく、まして本件の情況証拠にはならない。
(6) 入金
[121] 被告人の預金に時々まとまった額の入金があるのは、韓国のボーイフレンドが被告人と子どもの日本での生活費や被告人の韓国への渡航費を援助してくれたことによるものである。
[122] したがって、この入金もまた、薬物密輸入とは関係がなく、本件の情況証拠にはならない。
(7) その他の証拠
[123] その他の証拠によっても、「品物は違法薬物であると被告人が認識していた」という事実は認定されない。

5 まとめ
[124] よって、両判決の「故意が存在する」の認定は誤りであり、故意がない。
[125] すなわち、公訴事実の犯罪は成立しないのであるから、無罪である。
1 役割
[126] 仮に犯罪として成立したと認定とされたとしても、その場合の被告人は、大掛かりな、そして国境を越えた密輸組織の最末端の立場と位置にいて「運び屋」として道具のように利用されたにすぎない。
[127] すなわち、本件密輸入事件でのこの被告人の役割は、軽微で小さい。

2 認識の程度
[128] 被告人は、成田の税関調査までは本件覚せい剤は見ておらず、「覚せい剤である」との確定的認識に欠け、その量も知らなかった。
[129] したがって、覚せい剤の害悪の大きさやその量の多さをもって被告人を責めることはできない。

3 結果
[130] 本件覚せい剤は、つとに成田空港内で押収されており、そして結局は裁判により没収されるから、日本国内には拡散されずに終わる。
[131] 被告人の身柄も、現行犯逮捕され、勾留のままこの裁判を受けている。


4 徒労
[132] 報酬は全く貰えず、徒労に終わった。

5 身上
[133] そもそも被告人は、犯罪を犯す目的で日本へやって来たのではなく、祖国での貧しい生活環境に追われて日本を頼ってきたのである。
[134] そして20年間という長期間日本の法律を犯すことなくまじめに暮らし、地道な正業にも就いてきた。その証左に、「永住者」という在留資格や「生活保護対象」という恩典も与えられている。
[135] 未成年の子6人がいるし、自分自身は心臓肥大という病気に苦しんでいる。

6 懲役刑について
[136] 以上の情状によれば、懲役刑についての検察官の求刑「13年」が余りにも重すぎたのである。
[137] 第一審判決はこれを「9年」に減じてはいるが、やはりまだ重すぎる。

7 罰金刑について
[138] 罰金刑についても、本件による利得は皆無であることに鑑み、併科する必要はない。犯罪の一般予防の手段としても酷である。
[139] 仮に併科するとしても、その金額「400万円」は、桁外れに多すぎる。
[140] その換算割合が「1日金1万円」というのも、現下の経済情勢や賃金水準に比して少額にすぎる。この換算率では、400日間も労役場留置を務めなければならないことになる。せっかくいただいた未決勾留の刑への算入日数をもってしても遥かに足りない。

8 まとめ
[141] よって、もし仮に「故意があり有罪である」と認定されたとしても、以上の情状に鑑み、両判決は、量刑の点でも余りにも重すぎる。
[142] 以上の第1〜第3の事項につき、観点を変えて、本件裁判に関わる関係者全員の立場(義務、責任、任務)について述べる。

1 被告人の義務
(1) 法律違反
[143] 成田空港は日本の領土内に所在するのであるから、その成田空港へ密輸入をすることは、品物が何であれ、また国籍がどこの国であれ、だれであっても、日本の法律を犯したことになる。
[144] そして、その成田空港でこの被告人が、とにかく密輸入をしたことは確かである。
(2) 裁判受忍
[145] したがって、この被告人には日本の法律と裁判所とによって裁かれる義務があり、被告人もこのことを完全に承知し、すなおに畏まって観念している。

2 日本国の責任(裁判所のあるべき体制)
(1) 裁判体制
[146] そこで、この被告人がそのような従順ですなおな心構えでいるからこそ、日本という国家としても、その裁きをする裁判所は、日本の法律、特に法律の中でも一番基本的で重要である日本国憲法の規定に則って設置されたものでなければならないのである。
(2) 対外問題
[147] しかるに日本国憲法に違反した「裁判員の参加する合議体」(裁判員法第2条第1項)などという法的におかしなものが被告人を裁くなどということは、被告人に対してもその祖国に対しても説明がつかず、申しわけが立だない。
[148] 被告人の祖国の在日大使館もこの裁判の行方を注目しており、進行状況を当弁護人に問い合わせ続けているうえ、郵便、面会、差入れで被告人を励ましている(控訴審での被告人供述3頁)。

3 裁判員の責任
(1) その立場
[149] しかしながら、そのような憲法違反の問題で第一審(千葉地方裁判所)の裁判員たちを責めることはできない。
[150] なぜなら、その人たちは、法の素人であるから、「憲法問題」などというむずかしいことはもともと意識していないし、また、
「自分が憙法違反の片棒をかついで荷担している!」
「自分は憲法違反の行為を行っているのだ!」
というような認識はなおさら抱いていなかったからである。
[151] そもそも、裁判員は、好き好んで自分から手を挙げて裁判員になったわけではなく、自分が関知しない時期と場所でだれだか分からない人が行った「くじ引き」で選び出され突然一方的に裁判所へ呼び出されたにすぎなかった。
[152] しかも多様多種の法的制裁(過料など)をちらつかされての義務として押しつけられた「苦役」であったのである。この「苦役」とは、憲法第18条の「何人も……犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」における「苦役」と同じ意味内容である。
(2) その苦悩
[153] したがって、裁判員たちが、仮に憲法違反の認識を抱いていたとしても、目前の法的制裁の方を遥かに恐れて、その認識を「裁判参加の拒否」という実行行為に移す勇気や決断がなかったことが優に推察できる。
[154] 本件訴訟書類の「第5分類」によれば、裁判員候補者たちは、特別送達という生涯初めての厳めしい郵便で、一方的に「呼出し状」とともに「質問票」(裁判員法第30条)を裁判所から送られてきた。その「質開票」に対する回答書がこの第5分類に綴じてあり、当弁護人は、それを一枚一枚ていねいに読んだ。そして、「裁判員になりたくないことの理由」として、次のように訴えているものや、更に深刻な診断書、処方箋、身体障害者手帳、仕事内容の証明書などを添えてあるものをも見つけ、当弁護人の心はずきずきと痛み続けた。
仕事への悪影響
収入の減少
就職活動への妨害
自分自身の病気、負傷、精神不安
家族の要介護
(3) 免責
[155] このような辛く苦しい回答書を裁判所へおずおずと返送した多くの人たちに、「お気の毒ですね。不運ですね」という深い同情を覚えた。
[156] このようなことからして、千葉地方裁判所の裁判員たちに憲法違反の責任を負わせることは、だれにもできない。

4 正規裁判官の責任
(1) その責務
[157] しかしながら、第一審の正規裁判官たちに対してはそうは言えない。
[158] そもそも正規裁判官たちが憲法第99条により憲法を尊重し擁護する義務を負っていることは当然であるから、
「裁判員制度は違憲のデパート」
と呼ばれるほど重大な違憲問題を多種多様に内蔵していることを正規裁判官たちが知らないはずがないし、意識していないということもありえない。
(2) 取るべき方策
[159] そこで、およそ正規裁判官たるものは、むかしすなおで純朴な気持ちで憲法の勉強を始めたときの初心に返り、また、今あらためて憲法の各条文を読み返し、そして先ず千葉地方裁判所の公判を始める前の早期の段階で、次の方針を決定して内外に公表しなければならなかったのである。
「この事件では裁判員を選任せず、自分たち3名の正規裁判官だけでこの裁判を行う」
[160] そして、裁判員候補者を呼び出したり参集させたりすることをせず、また、もし裁判員候補者たちが既に参集してしまっているのであれば
「せっかくお集まりいただきましたが、裁判員侯補者の皆様は全員自宅や職場へこのままお帰り下さい。
 裁判への参加はしないでよいです」
とていねいに詫びるべきであったのである。当弁護人の悪い頭をもってしてもそのくらいは思い立つ。前記(1316頁)引用文献(g)「裁判長!話が違うじゃないですか」の181頁〜216頁も同じ提案をしている。
(3) 責任追及
[161] とは厳しく言っても、当弁護人は推察し理解している。すなわち、千葉地方裁判所の正規裁判官たちが、裁判員法の違憲問題を意識しつつも、「裁判員制度は違憲なり」との認識に沿った行動を次のような事情から起せなかったことの苦しい立場や辛い心情にあったことを。
[162] そうであるから、この正規裁判官たちを強く責めることはしない。
裁判員法という法律の現実の実在
この事件の千葉の弁護人からの「違憲」の不主張
既に待機しあるいは参集している裁判員候補者たちへの遠慮や追従
世間の「民主主義だ!市民裁判だ!」とのうわついた気分と風潮
報道機関の「裁判員制度は違憲」の主張を伝えない偏頗と臆病
法曹三大組織(最高裁判所、法務省それに日本弁護士連合会)による「裁判員制度推進」への珍しくも強固な団結と協力
それにご自分自身の個人的立場や私的事情  など
5 当弁護人の任務と責任
(1) 疑問
[163] 他方このように申してきた当弁護人の任務と責任についてであるが、当弁護人は、およそ2年半ほど前から「裁判員制度の憲法との関係」に関心と疑問を抱いて密かに関係資料を集め、自らも思索を続けてきた。
[164] そしてその結論及び理由として、
「裁判員制度は、憲法第80条第1項本文前段により違憲」
ということに辿り着いていた。
(2) 弁護の開始
[165] そうしていたところ、先ず控訴審で、天の配剤か仏の差配か、日本司法支援センターを介して平成22年2月25日に裁判所から本件の国選弁護人に選任され、次にこの上告審では被告人の方からの求めにより私選弁護人に選任されたのである。
[166] かくして本件での控訴審でも上告審でも「裁判員制度は憲法違反」の主張を行うことが当弁護人の任務と責任となったのである。
[167] もしこの任務と責任を果たさないのであれば、次のような非難や批判を後世の人々や自分の子子孫孫から受ける必定である。
「平成21年から平成22年にかけての現役法曹でありながら、憲法を無視し、歪めた裁判制度に対して、何ゆえに抗議せず、沈黙し、放置したのか?その怠慢が日本の裁判制度の方向をますます誤らせた!」
(3) 使命
[168] 浅学無知の身の恥を浴びつつ、また、各方面の皆様、すなわち千葉地方裁判所の裁判員と裁判員候補者、そして正規裁判官と弁護人の皆様だちへの非礼や無礼によるご叱責を受ける覚悟を背負いつつ、当弁護人は、次の3つのことのためにこの事件の弁護を行っている。
 先ず、本件被告人を憲法違反の裁判から守るために
 次に、被告人の祖国から「日本の裁判制度」について鼎の軽重を問われないために  更に、「裁判員裁判」の偽りの甘味に酔い痴れる世間と報道へ覚醒の警鐘を打ち鳴らすために
(4) 被告人の無知と原因
[169] ところでこの被告人は、当弁護人が教えるまでは露知らなかった。
千葉地方裁判所の裁判が「裁判員裁判」すなわち素人の加わった裁判であったことを。
特に本件発生(5月31日)の僅か10日前(5月21日)に始まったばかりの日本国開闢以来の初めての制度であったことを。
[170] 千葉地方裁判所の正規裁判官も検察官も、それになんと弁護人すらも「裁判員裁判」であることを被告人に教えなかったのである(控訴審での被告人供述2頁)。内心でやましさを抱いていたからではないかとの想像も湧いてしまう。
[171] 特に、残念ながら、弁護人の責任は重い。なぜなら、事実関係で被告人が無罪を主張しているし、重い求刑(懲役13年と罰金700万円)と量刑(9年と400万円)も予測されたのであるから、いやしくも弁護人たる者は、この新しい裁判制度ににまで気を配り、仕組みを被告人に説明しなければならなかったのである。
(5) 裁判員制度への理解
[172] 千葉地方裁判所の法廷の裁判官席のことで、被告人には強烈な印象と疑問で記憶に残してきたことがある。すなわちその裁判官席には9名がおり、そのうち3名が黒色のガウン(法服)を着用しながら、残りの6名が普段着であったことを(控訴審での被告人供述1頁)。さすがに女性らしさの溢れた細かな観察である。
[173] そして着服の違い、すなわち「黒色ガウン」(正規裁判官)と「普段着」(裁判員)との違いの理由を当弁護人の説明でようやく理解した。
(6) 弁護の方向
[174] その千葉の法廷で被告人は、「ダイヤモンドのつもりであった」との弁解が受け入れられず、有罪とされ、しかも重い量刑に処せられた。それで当弁護人は、「裁判員制度」を、遅れぱせながら控訴審の段階で被告人に説明した。
[175] そしてこの制度への被告人の気持ち、つまり
「裁判員裁判はいやだ。正規裁判官だけで裁判をやりなおしてもらいたい」(控訴審での被告人供述1頁中ほど)
との気持ちを酌み入れて、この弁護を行ってきたし、今も行っている。
[176] この被告人の気持ちは法的にも正しいからである。
[177] なお、当弁護人が接見で被告人に「裁判員裁判」の仕組みを教えた際に被告人から
「千葉の正規裁判官は「ダイヤモンド」という私の話を分かってくれたのに、裁判員たちが「ドラッグであると知っていた」ということにして、多数決で私をguiltyにしたのか?
 裁判をすることが仕事でない人たちになぜそんなことが決めれるのか?
 正規裁判官たちは、なぜ私を助けてくれなかったのか?」
という質問を受けて、当弁護人は答え方に窮した。第一審裁判の有罪無罪についての評決の内訳が判決文でも訴訟記録でも判明しないからである。したがって、この質問中の評決の数の内訳への正確な回答を当弁護人は今も出せない。
[178] しかし、少なくとも被告人がそのような疑問を抱いたことには合理的根拠があるし、被告人はその疑問を今も抱いている。被告人は現在も「無罪」を主張しているのであるから、この疑問をこのまま放置すれば、日本国の裁判制度の権威は低下し、この国の裁判への信頼は損なわれる。
[179] 日本人の一人としても慚愧に耐えない。

6 控訴審裁判官の責任
(1) 控訴審裁判官の務め
[180] そこで、控訴審裁判官はいかにすべきであったかであるが、控訴審であるから、裁判員法の規定により法廷には裁判員はいなかった。したがって、先ず裁判員たちへの配慮や気兼ねは不要であった。
[181] そしてただ、控訴審裁判所を構成する正規裁判官として、ひたすら、その役目である第一審裁判の誤りを見つけ出してその誤りを是正しなければならなかったし、かつ、その是正をするだけでよかったのである。
[182] この「第一審裁判の誤り」の最大のものは、
「素人を参加させた」という「裁判所の構成」の憲法違反
である。問題点としては、極めて単純で明白な一点であった。
(2) 控訴審裁判の誤り
[183] しかるに控訴審裁判所はこの務めを怠った。
[184] 弁護人の
「訴訟指揮に対する異議申立て」と「証拠調べに関する異議申立て」
を棄却したことが、この過ちを増強した。その異議申立書2通の各末尾に記載したとおり、まことに訴訟指揮が不公平で、審理も不尽であった。
[185] この控訴審の裁判官に切望する。
前記引用文献(l) 週間法律新聞3月5日号「五 司法府の岐路 1」を再読し、そして考え直して今後の裁判で行動に移すことを。
7 最高裁判所の使命
[186] そこで最高裁判所の使命についてであるが、最高裁判所は、憲法尊重と擁護の最高最後の砦である。
[187] 確かに裁判員裁判は、最高裁判所が司法行政上は先頭に立って推し進めてしまったし、開始から既に1年間余りが経過してしまってはいる。
[188] しかし他方、未だ1年間余りしか経過していないし、処理済み件数も少ない。
[189] 過ちを改めるには今からでも遅すぎることはない。
[190] そしてかつ、
現在各地の地方裁判所で進行しつつある裁判員裁判 すなわち 憲法違反の裁判を直ちに停止させること
が、焦眉の急務でもある。
[191] どうぞ、国家百年の大計から、持ち前の強い正義感を発揮し、清廉潔白な勇気を振るい、次の当たり前の大原則を国の内外に向かって声高らかに宣言していただきたい。
憲法違反 させず 許さず 見逃さず
[192] 以上のとおり、本件では第一審と控訴審の両判決に
「憲法違反」、「事実誤認」それに「量刑過重」
という3点で重大な瑕疵があり、著しく正義に反するものであるから、この上告審で破棄すべきである。
[193] そのうえで
裁判所の構成は、憲法に従い、
事実認定は、真実に即し、
刑の量定は、温情にあふれた
裁判を改めて実施することを求める。
以  上
[1] 本件の控訴審判決の理由付けと結論に対し、次のとおり反論する。
[2] 控訴審判決は、「裁判員裁判は合憲」の理由として次のことを掲げる。
(a) 憲法は、裁判官以外の者が裁判に加わることを禁止した明文の規定を置いていない。
(b) 憲法と同時に制定された裁判所法3条3項が、刑事について陪審の制度を設けることを妨げないと規定している。
(c) 旧憲法における用語「裁判官の裁判」と現行憲法における用語「裁判所における裁判」とが違う。
(d) 憲法制定当時の立法者は、国民の参加する裁判を許容し、あるいは少なくとも排除するものではなかった。
(e) 憲法第80条第1項本文前段は、下級裁判所の構成員がすべてこのような裁判官で占められなければならないことを規定したものとは考え難い。あくまでも、下級裁判所の裁判官について、その任命方法を定めたものにすぎない。
(f) 特別裁判所であるとの主張は、独自の見解にすぎない
[3] しかしながら、この理由付けには次のような問題点があることからして、とうてい承服できない。

1 (a)について(明文不存在)
(1) 「最高裁判所「裁判員」」
[4] 「明文で禁止されていないから許される」として憲法第80条第1項本文前段の意義をそのように読むのであれば、まさかではあるが、憲法第79条第1項もまた、
「くじで選任された「最高裁判所裁判員」」
の出現をも許すことになるのでないのか?
(2) 評決での強権
[5] 裁判員裁判の評決においては、3名の正規裁判官と6名の裁判員との計9名による多数決で結論が決まるから、正規裁判官の意見(無罪)が裁判員の意見(有罪)によって破られるということも大いにありうる。本件でもそうであったかもしれない。本件被告人はそのことを懐疑している。
[6] このような強権を裁判員に付与することは、すなわち正規裁判官の存在価値と任務とを無ならしめるものであって、憲法第76条第3項を蹂躙すること甚だしい。このような「明文で禁止されていないから許される」というひねくれた理由を本件控訴審裁判所が付したことに、全国の正規裁判官たちは平然としていられるであろうか?いささかの憤慨や屈辱も感じないでいられるものであろうか?
(3) 裁判員の法的責任
[7] 裁判員は、そのような強権を握っており、数の力で正規裁判官の意見を覆すこともできるのである。しかしながら「公務員」でもなければ、「みなし公務員」でもないから、憲法第99条の「憲法尊重擁護義務」を負わず、刑法の「収賄罪」の刑責も負わない。
[8] 「刑事裁判権の具体的発動」という、国家権力をまともに赤裸々にどぎつく実現する立場におりながら、裁判員は、法的責任として裁判員法が規定する軽微な形式犯の責任しか負わない。裁判員法第39条第2項の宣誓は実質的な拘束力や効果を伴わない。
[9] このような意味で裁判員は、偶然に就任しながら自由気ままな地位におり、判決文に氏名を出さず、法的責任が極く軽く、それでいて被告人の運命(有罪無罪と量刑)を決定しうる強大な権力を握っているのである。それなのに憲法が裁判員についての選任、権限、義務などについての条文を全く設けていないことは、どう考えてもおかしい。
[10] この疑問への答えはただ一つ、憲法が「裁判員」ごときものを夢想だにしていないからである。憲法自身が夢想だにしていない制度を国会が創作することを憲法が許すはずがない。
[11] このような裁判員裁判を受ける立場(被告人と弁護人)からは、この裁判に信頼を託することも権威を認めることも絶対にできない。特に本件のような否認事件ではなおさらそうである
[12] この点で、裁判員裁判は憲法第37条第1項が保障する「公平な裁判」でもなくなってしまっている。

2 (b)について(裁判所法)
(1) 制定の時期
[13] 「裁判所法が憲法と同時に制定された」とするのは、正規裁判官らしからぬ初歩的な大間違いである。
[14] 憲法が制定公布された時期は昭和21年11月3日であり、他方裁判所法が制定公布された時期は昭和22年4月16日である。
[15] すなわち5か月以上もずれている。断じて「同時」ではない。
(2) 陪審の制度
[16] 確かに裁判所法第3条第3項という規定が実在するが、そこに規定されている制度は「陪審の制度」であるから、「裁判員制度」とは無関係である。それとも
「「陪審の制度」と「裁判員制度」とは全く同じ制度である」
とおっしゃるのでありましょうか?違うでしよ。
[17] それでも合憲説が裁判所法第3条第3項にこだわるのであれば、逆にその反対解釈として、「陪審制度までは許されるが、それより遥かに高度で異質である制度は許されない」とするのが正解である。そして、現に実施されているものは「陪審制度」ではなく、「遥かに高度で異質である裁判員制度」である。
[18] したがって、裁判所法第3条第3項をもって裁判員制度を合憲化するのは正規裁判官らしからぬ筋違いのこじつけである。「合憲」の結論を急ぐ余りの見当違いである。
(3) 思考方法の反論理
[19] そもそも、憲法より下位にある法律(裁判所法)の規定をもって憲法解釈をするという思考方法が反論理的である。

3 (c)について(旧憲法)
(1) 被告人の納得
[20] 旧憲法での用語「裁判官の裁判」と現行憲法での用語「裁判所における裁判」との違いをもって現行憲法の解釈をすることには、余りにも用語に囚われた形式論であって、裁きを受ける者(被告人)の立場から納得できない。
[21] なぜなら、裁きを受ける者(被告人)の立場からすれば、自分の刑責(有罪無罪と量刑)をお決めになる「御上(おかみ)」は、「裁判所」であるのかそれとも「裁判官」であるのかというような形式的な用語の問題ではなく、法廷の床の高いところに鎮座なさりまする「生(なま)の人間」であるのである。
[22] したがって、その「生の人間」の資質、経験、知識、能力、意欲、余裕が信頼できるものでなければならないのである。単に「くじで当ったという素人(裁判員)に対しては、本件の被告人は運命を託さない。
[23] 他方正規裁判官には敬意を払い、運命を託する。
(2) 思考方法の反論理
[24] そもそも平成22年という現在の判決の効力を判断する資料に、明治という3つ前の和歴年号の世に制定された旧憲法を引き合いに出すという思考がおかしい。「合憲化」の根拠としては余りにも貧弱である

4 (d)について(立法者の意図)
(1) 憲法解釈の姿勢
[25] 「現行憲法制定当時の立法者の意図」なるものを推測するという憲法解釈は許せない。「制定当時の立法者の意図」なるものは形に残っていないからから不明である。そもそも「立法者とはだれか?」も分からないし、分かっても既にとっくに死亡している。遺言も残っていない。
[26] 本件での議論の対象は、「平成21年から22年にかけての事件発生と裁判」という現代の問題である。この「平成」という現時点での事件の解決にとって、どういう解釈が最も合理的で説得力があるかという観点から憲法を解釈しなければならない。
(2) 条文不存在
[27] それでも合憲化の根拠として「現行憲法制定当時の立法者の意図」なるものを重視するということであるならば、逆に「裁判員制度」の条文が憲法のいずこかで明文化されていたはずであると考えるのが自然ですなおである。
[28] でも、そんな条文はいくら探しても見つからない。

5 (e)について(憲法第80条第1項本文)
(1) 憲法第80条第1項本文の趣旨
[29] 以上述べたことからして、憲法第80条第1項本文につき、
「単に下級裁判所の裁判官の任命方法を定めたものにすぎない」とか
「下級裁判所の構成員がすべてこのような裁判官で占められなければならないことを規定したものではない」
とかいう見解は誤りである。
[30] 正しくは、
「『下級裁判所の裁判を行う者』になるための実質的かつ形式的要件を定めたものであり、かつ、この要件を備えた者に限定する」
という趣旨である。
[31] この要件を厳しく限定しているのは、裁判の公正と信頼を担保するためである。
[32] そして、裁判員はこの条項に該当せず、したがって公正な裁判を行う担保も、信頼を受ける力も備えていないから、裁判を行う権限を付与されえない。
(2) 「基本的な構成員」
[33] 判決文2頁14行目は、正規裁判官につき「下級裁判所の基本的な構成員」と位置付けるが、この「基本的な構成員」は独自の用語であって意味が不明であるので、理解できない。
[34] そんなに裁判員制度が合法で正当なものであるならば、いっそのこと「正規裁判官は不要」としてなきものにしてしまったらいかがか?全国の正規裁判官たちの感想を伺いたい。

6 (f)について(特別裁判所)
(1) 弁護人の主張
[35] 弁護人が「裁判員裁判」をもって「特別裁判所の裁判である」と主張するのは、法廷の裁判官席に座る生身の人間をだれにするかという人事の点からして、刑事訴訟法第377条第1号に該当するということにある。
[36] 判決文2頁6行目がいうような「特定の事件に限っているから」ということからではない。
[37] すなわち、正規裁判官が最高裁判所の名簿と内閣の任命で就任するのに比し、裁判員は下級裁判所である地方裁判所において、しかも「くじ」という偶然でその地位に就くだけである。
[38] したがって、裁判員制度では「適任者選び」という「裁判員への人事権」は最高裁判所も内閣も持たない。司法権と行政権の各国家最高機関にとって、由々しき無力である。
[39] そしてかつ、裁判員は公務員ではないから憲法順守義務を負わず、収賄罪の成立もない。裁判官弾劾法の射程外でもある。
[40] それなのに、評決で正規裁判官と対等の1票を有し、多数決で判決内容を決定付けることもできるのである。
[41] このような意味で裁判員は、偶然に就任しながら自由気ままな地位におり、法的責任が極く軽く、しかも被告人の運命を決定しうる強大な権力を握っているのである。
[42] したがって、「裁判員の参加する合議体」は、構成する人的な面で一般通常の裁判所の系列の外に位置しているのであるから、このような「裁判員の参加する合議体」は、憲法上の「特別裁判所」にぴたりと該当する。
(2) 「独自の見解」
[43] 「独自の見解」という評価による排斥は、不明朗でずるい。言われる側にとっては、全く理解できない。
[44] 「独自の見解」の一言で済むなら、どの論点もこの一言で終わることができる。控訴趣意書を提出する意味もない。

7 弁護人の心痛と期待
(1) 判例
[45] 本件と同じく「裁判員制度」の合憲か違憲かが論じられた事件に対して東京高等裁判所第2刑事部が平成22年4月22日に「合憲」との判決を出している。
(2) 酷似
[46] この第2刑事部の判決文と本件控訴審の判決文とを机上の左側と右側とに並べ、左手人差し指と右手人差し指とを使って、
本件控訴審の判決文の主要要旨の文言
2頁14行目「憲法が裁判官を下級裁判所の…・‥」から3頁6行目「……排除するものではなかった」までと
上記第2刑事部の判決文
とを2本の人差し指に沿わせて見比べていくと、ほとんどと言えるほどに、同じ文脈にして同じ用語である。
(3) 原因
[47] このことは、
本件控訴審裁判所(第11刑事部)が上記第2刑事部の判決文をそっくり「模倣」したか、
そうでなければ
どこかのだれかさんが既に作成していた同じ「模範解答」を第2刑事部と第11刑事部のどちらもが「模写」しただけ
のいずれかであることをずばりと証明している。
[48] そうでないなら、次のような特殊格別な言回しが一致するはずがない。
例えば、
「下級裁判所の基本的な構成員」
「憲法と同時に制定された裁判所法」(同時ではないのに!)
「憲法制定当時の立法者の意図」
「国民の参加する(した)裁判」
「許容し、あるいは少なくとも排除するものではなかった」
(4) 憲法第76条第3項の安否
[49] このことからして、本件控訴審裁判所(第11刑事部)が、果たして自主独立して自らの良心に忠実に、責任感を失わずに真摯真剣な検討と熟慮を払って結論に至ったのかが疑われる。
[50] 憲法第76条第3項の
「その良心に従ひ独立してその職権をおこなひ」
が無事安泰であることを祈るばかりである。このようなことは、東京高等裁判所の裁判の権威と信頼を損なうこと甚だしい。正規裁判官に対する当弁護人の厚い信頼と畏敬が揺らぐのをなんとしてもくい止めたい。
[51] 司法のこのような危機を救助し改善するものは、最高裁判所をおいて他にはない。

8 まとめ
[52] 以上により、「第一審の裁判員裁判」を合憲とする控訴審の理由と結論は誤りである。
[53] これを是正する途は、この上告審しかない。
[54] 控訴審判決は、「事実誤認はない」とする。
[55] しかしながら、その理由付け根拠は、次のように間違いである。

1 スーツケースの構造
[56] 結果的に本件スーツケース内に覚せい剤が収納されていたことは確かであるが、この覚せい剤は厳重かつ巧妙に工作された二重底に隠されていたので、この覚せい剤を被告人自身で税関の調査前に発見することができなかっただけのことである。

2 報酬の額
[57] 被告人の認識は「ダイヤモンドの密輸入」であり、ダイヤモンドは高価な貴重品であるから、報酬の額が50万円に達することには不審感を抱いていなかった。

3 税関での言動
(1) 「ダイヤモンド」の主張
[58] 被告人は、税関での調査冒頭には「ダイヤモンドだよ」と明確に説明していた。
[59] このことを今も当弁護人に繰り返し真剣に訴えている。この点は第一審公判でも被告人は強調していた。被告人供述調書(第2回公判32頁下から7行目〜同5行目、第3回公判10頁12行目〜18行目)を精査されたい。
[60] 他方この点についての税関職員の証言はうそであり、被告人はこの税関職員への再度の証人尋問を強く求めている。
(2) 驚愕と恐怖
[61] また、品物がダイヤモンドではなく覚せい剤であると判明したとたん、被告人は驚愕と恐怖の念に襲われたのである。この被告人の心理を税関職員が見抜けなかっただけのことである。

4 まとめ
[62] よって、「覚せい剤などの違法薬物ではなく、ダイヤモンドであると認識していた」との被告人の主張は覆されない。
[63] 控訴審判決は、「量刑過重ではない」とする。
[64] しかしながら、次のような事情があり、控訴審判決も認めていることからして承服できない。

1 役割
[65] 被告人の役割は、従属的で末端の立場である。

2 故意
[66] 仮に故意が認定されたとしても、品名についても量についても未必的で不明確なものにとどまる。

3 拡散
[67] 品物の外部への拡散はないまま終わっている。

4 徒労
[68] 実際の報酬は得ておらず、徒労に終わった。

5 前科
[69] 前科はない。

6 子
[70] 未成年の子が6名もいる。

7 持病
[71] 自らも心臓疾患を抱えている。

8 刑期
[72] 上記のことからして、懲役9年の超長い刑期は余りにも残酷過酷である。

9 所持金
[73] 現在の所持金も僅々24円である。お金を差し入れてくれる者もいない。
[74] そうであるから「罰金400万円」は、結局は「1日僅か1万円の換算であるゆえに400日という長期の労役場留置」となり、非情無情の一言に尽きる。

10 まとめ
[75] 以上の情状があるのであるから、仮に有罪であるとしても、懲役刑についても罰金刑についても、大幅に減軽されるべきである。
[76] 以上の次第であるから、上告が認容されなければならない。
[1] 被告人P・L・ピノの弁護人の上告趣意のうち,裁判員裁判について憲法違反をいう点は理由がなく,その余の主張は,その実質は単なる事実誤認又は量刑不当の主張であり,いずれも適法な上告理由に当たらない上,原判決には,刑事訴訟法第411条に該当する事由もないので,本件上告は棄却されるべきである。なお,憲法違反の主張について若干の意見を述べる。
[2] 弁護人の所論は,裁判員法上,裁判員等選任手続によって選任された裁判員が,各種権限を有し,下級裁判所を構成するとされる点は,下級裁判所裁判官の任命手続を定めた憲法第80条第1項に違反するというものである。
[3] 同項は,「下級裁判所の裁判官は,最高裁判所の指名した者の名簿によって,内閣でこれを任命する」とした上で,その任期を10年としており,裁判官については憲法上種々の身分保障が定められていることから,裁判員が裁判官に該当しないことは明らかである。
[4] しかしながら,憲法は,下級裁判所の構成要素として,裁判官について規定するものの,それ以外の構成要素を否定する規定はなく,裁判官以外の者が裁判体に加わることを禁止する規定はない。そして,憲法が裁判官の職権の独立や身分保障を規定したのは,後記のとおり,公平な裁判所による法と証拠に基づく裁判を保障しようとしたものであると解されるから,そのような趣旨に反しない限り,裁判官以外の者が裁判体に加わるという制度も,憲法上許容されるものと解され,裁判員制度は,正にそのような憲法の趣旨に適合する制度であるから,憲法第80条第1項に反するものではない。
[5] 詳論すれば,憲法は,司法権に関する第76条以下の規定において,裁判官の職権の独立やその身分保障を定めるとともに,第32条(裁判所において裁判を受ける権利)及び第37条(公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利)の規定を置いている。これらの規定により,憲法は,他の権力からの指示・命令を受けることなく独立して職権を行使する公平な裁判所が法と証拠に基づいて裁判を行うことと,そのような裁判を受ける権利が保障されることを要請しているものと解されるところ,以下に述べるとおり,裁判員法による裁判員制度は,このような憲法の要請を満たす制度であり,憲法に違反するものではない。
[6] すなわち,裁判員法は,事件関係者の不適格事由(第17条)及び不公平な裁判をするおそれを理由とする不適格事由(第18条)を設けていることに加え,当事者から理由を示さずして行う不選任請求の制度(第36条)を設け,これらの事由が存在するか否かを明らかにするための手続として質問手続(第34条)を設けるとともに,裁判員候補者の虚偽回答を禁止することで(同条第3項,第110条及び第111条),裁判所及び当事者が裁判員としての適格性について正確な情報を得られるようにしている。これらの制度により,裁判員法では,法と証拠に基づいて公平な判断をすることができる者が裁判員に選任されることが制度的に担保されている。選任された裁判員は,裁判長からその権限,義務等の説明を受けた上,法令に従い公平誠実に職務を行うことを誓う旨宣誓することとされ(第39条),その職権行使の独立が法律上保障されるとともに(第8条),法令に従って公平誠実にその職務を行う義務が明記されている(第9条第1項)。なお,選任後であっても,不適格事由等が明らかになった裁判員については,これを解任する制度を設け,判決に至るまで,裁判員の適格性が確保されることも担保されている(第41条及び第43条)。
[7] また,裁判員法では,裁判官と裁判員が合議体を構成し,有罪・無罪の決定及び刑の量定に関しては,両者が対等の権限を持って十分な評議を行うこととされている(第2条,第6条,第66条及び第67条)。これにより,裁判員と裁判官双方の知識・経験が合議体全体に浸透し共有されて,裁判官の有する法的な知識や裁判官としての経験が裁判員にも伝わり,それを踏まえた裁判がなされるとともに,評議の中でおのずと適正な判断に到達することが期待できる制度となっている。
[8] さらに,法令の解釈については,裁判官のみが判断の権限を有し,裁判員はその判断に従うこととされている(第6条第2項並びに第66条第3項及び第4項)ことに加え,裁判官と裁判員が対等な権限を有する事項についての判断は,評決は裁判官と裁判員の双方の意見を含む合畿体の過半数の意見によることとされている(第67条)。この評決要件により,裁判官と裁判員が対等な権限を有する事項についても,裁判官の意見を全く反映しない形で,被告人に対して刑が科されることはない制度となっている。
[9] 以上のとおり,裁判員制度の下では,公平な裁判所が法と証拠に基づいて裁判を行うことが制度的に保障されており,そのような裁判を受ける権利もまた保障されている。
[10] したがって,裁判官でない裁判員が裁判に関与する裁判員制度は,憲法第80条第1項に反するものではない。
[11] なお,弁護人は,裁判員によって構成される合議体は,憲法上の「裁判所」ではないことを根拠に,裁判員制度は,裁判所による裁判を受ける権利を定めた憲法第32条に,刑事事件の被告人が公平迅速な裁判を受ける権利を有することを定めた憲法第37条第1項に,司法権の帰属を定めた憲法第76条1項にそれぞれ反し,ひいては適正手続の保障を定めた憲法第31条に違反するとも主張するが,すでに検討したところによれば,これらの主張にも理由がないことは明らかである。
[12] 弁護人の所論は,裁判員の参加する合議体は,最高裁判所及びその下級裁判所の系列外にあり,「特別裁判所」の設置を禁じた憲法第76条第2項前段に違反するというものである。
[13] しかし,同項の「特別裁判所」とは,特定の地域,身分,事件等に関して,通常の裁判所の系列から独立した権限を持つ裁判所をいうと解されるところ,裁判員の参加する合議体は,死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件など一定の重大事件に限って扱うものではあるが,裁判所法により第1審の刑事裁判を所管する下級裁判所として設置された地方裁判所に構成されるものであり,その裁判に対しては高等裁判所及び最高裁判所への上訴が認められている。したがって,裁判員裁判を取り扱う地方裁判所の裁判員の参加する合議体は,最高裁判所を頂点とする通常の裁判所の系列に属し,憲法の禁じる「特別裁判所」に当たらないことは明白である。弁護人の上記主張は失当である。

[14] よって,本件上告は,速やかに棄却されるべきである。

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