長良川リンチ殺人事件報道訴訟
控訴審判決

損害賠償請求控訴・同附帯控訴事件
名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)第648号、同12年(ネ)第24号
平成12年6月29日 民事第4部 判決

控訴人兼附帯被控訴人(一審被告) 株式会社文藝春秋
       右代表者代表取締役 白石勝
       右訴訟代理人弁護士 古賀正義

被控訴人兼附帯控訴人(一審原告) 甲野它郎
       右訴訟代理人弁護士 多田元

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


一 本件控訴及び同附帯控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は一審被告の、附帯控訴費用は一審原告の各負担とする。

(控訴の趣旨)
一 原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。
二 一審原告の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

(附帯控訴の趣旨)
一 原判決を次のとおり変更する。
二 一審被告は、一審原告に対し、100万円及びこれに対する平成9年7月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。
[1] 本件は、一審原告が一審被告に対し、同被告の発行する週刊誌「週刊文春」の記事が、一審原告の名誉を毀損しプライバシーを侵害したほか、少年法61条で保護されている実名報道ないし実名報道に類する報道(実名が表示されていなくても、報道内容から人を特定できる報道)をされない権利又は法的利益を侵害したとして、民法709条に基づく損害賠償請求として慰謝料100万円及びこれに対する不法行為日と主張する平成9年7月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
[2] 前提となる事実、争点は、次の一、二のとおり「当事者双方の当審における主張」を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 本件記事1は一審原告に関する記事と分かるか。
[3] 本件記事1が、不特定多数の読者にとって、一審原告に関する記事であると分かることは、原判決の認定のとおりである。

2 本件記事2で使用された一審原告の仮名「乙埜他朗」は、一審原告を容易に推知させるか。
[4] 本件記事2の仮名である「乙埜他朗」は、明らかに一審原告の「甲野它郎」の名前を殊更にもじったものであり、本件記事2を読み、これに関心を抱いた不特定多数の読者は、一審原告の刑事裁判が係属中でもあったので、これを傍聴することもできるのであるから、当該事件本人が一審原告であることを容易に知り得た。
[5] すなわち、一審原告の「甲野」の姓と「乙埜」とは1字異なるだけであり、また、実名の「它郎」は「ほかろう」と読むことができ、仮名の「他朗」と同じ読みができるという共通性がある。不特定多数の読者が、本件記事2に関心をもって法廷傍聴をしたら、「乙埜他朗」が一審原告を指すことを容易に推知することができるし、一審原告と面識等がある不特定多数の者がこの記事を読めば、生活歴の詳細な記述等から、当該事件の本人が一審原告であると容易に推知することができる。

3 少年法61条が保護する権利ないし法的利益
[6](一) 少年に関する犯罪報道等において実名で報道されないという少年法61条により保護されている法的利益、すなわち、少年の名誉、プライバシー等の人格権、憲法13条に定める個人の尊厳と人格の尊重の原理に基づくものである。
[7] 少年は、まず、一個の人格として、名誉及びプライバシーを守られる基本的人権を保有している。これは、自明のことであるが、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)17条においても明記されている。
[8](二) さらに、罪を問われる少年については、成長の途上にあって可塑性に富み、教育可能性が大きいために、個別的処遇によって、その人間的成長を保障しようとする理念(少年法1条「健全育成の理念」)のもとに、将来の更生を援助促進するため、社会の偏見、差別から保護し(少年審判の非公開、非公表原則)、その名誉やプライバシーを特に手厚く保護される権利が認められている。
[9] そして、B規約14条4項は、「少年の場合には、手続は、その年齢及びその更生の促進が望ましいことを考慮したものとする。」と規定し、「少年司法に関する国連最低基準規則8」は、「少年のプライバシーの権利は、不当な公表やラベリングによって少年が害されることを避けるために、あらゆる場面で尊重されねばならない。原則として、少年犯罪者の特定に結びつくどんな情報も公表されるべきではない。」と規定している。この国連最低基準規則は、わが国も批准したB規約を具体化したものであり、わが国の少年司法の指標とされるものである。
[10] 右のB規約及び少年司法に関する国連最低基準規則を踏まえて成立し、わが国も批准した児童の権利に関する条約40条2項は、罪を問われる少年について、「手続のすべての段階において当該児童の私生活が十分に尊重されること。」を定めている。
[11] 要するに、少年は、少年法や国際条約によって、ひとりの人格としての尊厳と価値を尊重され、成長発達の権利を保障され、自立更生の権利と社会参加、社会復帰の権利を特に保障されているのである。
[12](三) わが国において、右条約に違反する法律、命令は、違法、無効とされるのであり、少年のプライバシーに関する権利は、基本的人権の一つとして、わが国を含めた国際規範において、既に確立された権利である。
[13] 少年法61条も、右の国際規範に沿うものであり、少年法1条の健全育成とそのための個別処遇の基本理念に基づき少年の更生、人格の成長の権利を保障するため、その名誉やプライバシーに関する権利を保障する目的のもとに規定されているのである。すなわち、少年には、名誉やプライバシーを特に保護される権利が認められているのであり、その基本的人権を保障する一環として、その権利を守る目的で少年法61条の規定が存在するのである。
[14](四) 右のような少年法61条の規定の目的に照らせば、同条に違反する報道記事は、公益目的及び真実性が証明されただけでは違法性が阻却されず,免責されるためには、少年のプライバシー等の権利を守る利益よりも明らかに優先する社会的利益があるという特別の事情が存在することが必要である。
[15](五) 一審被告は、本件記事1、2によって、一審原告が推知されたとしても、一審原告には保護されるに値する社会的評価などの利益がない旨主張する。
[16] しかしながら、いかに大きな過ちを犯した少年であっても、守られるべき人格、名誉、プライバシーを有している。換言すれば、そのような少年であればこそ、その少年が自己の人としての尊厳と価値を自覚することができるように処遇しなければならない。少年は、人としての尊厳や価値を自覚できたときに、他者の人権への理解も可能になり、これを尊重する気持ちも生まれ、自己の非行が他者を傷つけた意味を真に理解し、深く反省することができるのである。単に非行に対する責任非難や偏見、差別にさらされて、自己の尊厳や価値が否定されている状態においては、そのような反省も更生もできない。
[17] 児童の権利に関する条約40条1項は、このことについて、「締約国は、刑法を犯したと申し立てられ、訴追され又は認定されたすべての児童が尊厳及び価値についての当該児童の意識を促進させるような方法であって、当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し、かつ、当該児童の年齢を考慮し、更に、当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める。」と規定している。
[18] 少年の名誉、社会的評価は、現在、いかに重大な非行によって地に堕ちた状態であろうと、将来に向かって守られなければならない。
[19] 誰にも奪うことができない人としての基本的人権を安易に否定するような一審被告の主張は、社会正義に反し、報道に従事する者として許されないことである。

4 少年法61条と憲法21条1項の表現の自由との関係
[20](一) 憲法21条1項の表現の自由の保障は、国民の思想、信条等を表現する自由の保障と、「知る権利」に対応する新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等による表現、情報を受け取る自由の保障とを含んでいる。
[21] 右の表現の自由は、憲法13条の個人の尊厳と人格の尊重の原理と密接に結びついた、民主主義社会にとって極めて重要な権利である。したがって、表現の自由には、憲法13条の個人の尊厳と人格の尊重の原理を侵害することができないという内在的制約があることはいうまでもなく、個人の尊厳と人格を侵害する表現行為は、民事上、刑事上の責任原因になり、これを放任することは、表現の自由にとって自己矛盾であり、自己否定となる。
[22](二) そこで、表現の自由が、個人の人権と衝突するときに、それをどのように調整するか、表現行為による人権侵害の違法性阻却の基準をどのように定めるかということが問題となる。
[23] とりわけ、犯罪報道は、必然的に、犯罪者ないし容疑者、刑事被告人として報道される者の名誉(社会的評価)とプライバシーを深刻に侵害するため、鋭い対立が生じることになる。
[24] この問題の調整原理としては、最高裁昭和41年6月23日第1小法廷判決(民集20・5・1118)が、名誉侵害の違法性阻却の基準として示した、いわゆる相当性の法理が判例として定着している。
[25] そして、犯罪報道に関しては、右判決にいう「真実の証明」及び「真実であると信じるにつき相当の理由」の判断に当たって、「無罪推定の原則」が基本的法理として働かなければならない。したがって、「無罪推定の原則」に照らせば、単に刑事告発されたり、逮捕勾留されたり、あるいは、起訴されたということだけでは、「真実と信じるにつき相当の理由」があるとはいえない。いわんや、単なる「警察発表」だけで、真実と信じる相当の理由とすることはできないのである。
[26] なお、「無罪推定の原則」は、ただ刑事裁判手続上の犯罪事実に関する法理ではない。もし、これを刑事裁判手続上のものと狭く解釈し、一般社会においては、起訴されただけで、有罪と決めつけるマスコミの報道が氾濫し、一般市民の意識もそれに支配されるような状態になれば、刑事裁判の人権保障機能の生命ともいうべき「無罪推定の原則」は、それを支える市民の健全な人権意識が失われることによって形骸化し、刑事裁判は単なる処罰の儀式と化することになるであろう。刑事司法は、「無罪推定の原則」を含め、市民の健全な人権意識に支えられていてこそ、健全に機能することができるのである。
[27](三) 少年非行の報道に関しては、右の「無罪推定の原則」に加えて、少年の成長発達の権利、社会参加(社会復帰)・自立更生の権利の保障及びそのためのプライバシーの権利の保障という法理を調整原理として働かせなければならない。
[28] すなわち、少年は、大人に比較して、社会的に弱い立場にあり、成長の途上にあって、環境に支配されやすく、また、傷つきやすいが、可塑性に富み、失敗しながら学び、成長する可能性と教育の可能性が大きいものである。
[29] そして、非行を犯す少年は、非行に至るまでに親の虐待や不適切な取扱いによる深い心的外傷を受けたり、地域や学校生活における「いじめ」や暴力被害、差別その他人間性を阻害する様々な被害を受けたりして、心に傷を有し、低い自己評価・自己否定に悩み、人や社会への信頼感を失っている。
[30] このような科学的認識に立てば、非行のある少年を「市民の敵」とみなして、差別、排斥、疎外により更に傷つけることによって非行の再生産の悪循環を招くのではなく、傷ついた少年の心を理解し、心的外傷を回復し、人との信頼関係を回復するように援助すること、更には、非行に至る前に、子どもたちが信頼関係のある安心できる環境の中で生活できるようにサポートする施策を講じることが、真の非行予防のために必要とされるのである。
[31] 少年法61条は、右のような少年の個別処遇の基本理念に基づき、少年に対する偏見や差別、排斥、疎外等から少年を保護し、将来の自立更生を援助することによって、公共の福祉と社会正義の要請を実現することを目的とした規定である。すなわち、少年法61条は、単に少年個人の利益を守るというのではなく、子どもの健全な育成と真の非行防止という公益を目的にしているのである。少年のプライバシーを保護すること自体が、健全な育成、非行防止という公益目的とされているのである。
[32] このような少年法61条の規定の目的に照らせば、少年の名誉やプライバシーを侵害する犯罪報道記事は、その記事の公益性及び真実性、あるいは、真実と信じるにつき相当な理由があることが証明されただけでは違法性が阻却されず、免責されるためには、少年のプライバシー等の権利を守る利益よりも明らかに優先する社会的利益があるという特別の事情が存在することが必要である。
1 本件記事1は一審原告に関する記事と分かるか。
[33](一) 雑誌記事が特定人の名誉等を毀損したというためには、一般の読者が一般的な知識のもとに当該記事を読んだ場合に、それ自体から、その記事中の人物がどのような人物であるかを特定し得るような記事内容であることを要する。
[34](二) 本件記事1は、「犯人グループの主犯格Kは昭和50年生まれ(当時19歳)」と表示しており、同記事の内容には、一審原告への特定的言及はなく、同記事自体からは一審原告との繋がりを認定することはできない。
[35] この点、原判決は、記事自体から、犯人グループの中に一審原告が加わっていたことを窺うことはできないとしながらも、「週刊誌の記事が誰のことを記載したものかどうかの判断は、当該記事自体に限定されるものではなく、読者の立場から知りうる他の情報等も総合考慮して、不特定多数の読者に、一審原告が犯人グループに加わっていたことがわかるかどうかを検討する必要があるところ、……一審原告らの刑事裁判は現在公判中で、新聞報道もなされているのであって、不特定多数の読者が右事件の犯人グループを知ろうと思えば、裁判を傍聴するなどの方法により知ることも可能であったと認められる」と説示し、一審原告との繋がりを記載上窺うことができないとする一審被告の主張を排斥した。
[36] しかし、この論法に従う限り、少年法61条をいかに忠実に遵守しようと、少年の犯罪記事を掲載した以上、民事責任の追及を覚悟しなければならないということになり、それでは、少年法61条を大事にする遵法意識が大幅に殺がれることになりかねない。記事自体を超えた他の情報まで判断材料に加えるべきであるというのは過保護すぎるものというべきである。少年法61条の趣旨は重要であるし、一審被告は、これを尊重することにおいて人後に落ちないつもりであるが、より高度の法としての表現の自由や国民の知る権利にも考慮が払われるべきである。

2 本件記事2で使用された一審原告の仮名「乙埜他朗」は、一審原告を容易に推知させるか。
[37](一) 原判決は、一審原告の実名「甲野它郎」(こうのたろう)と仮名「乙埜他朗」(おつのほかろう)とは、氏のうち「こうの」と「おつの」の「の」が特徴的に同一であり、名のうち「たろう」と「ほかろう」の「ろう」も同様に同一であって、氏及び名ともに全体として音が類似し、しかも実名の「它郎」は「ほかろう」と読むこともでき、社会通念上、右仮名により、一審原告の同一性が隠蔽されたと認めることは困難であると認定している。
[38](二) しかし、まず、「它郎」を「たろう」と読める者は、現代人の国語、漢字能力からして、何パーセントいるか疑問である。また、「乙埜他朗」を「おつのほかろう」と読める者は少なくないにしても、これが「甲野」の仮名であることを察知するためには、「它郎」を「たろう」と読めなければならない。「它郎」は、原判決も説示するように「ほかろう」とも読めるが、そのように読めるのは「たろう」と読める者と同じく極めて少数であろう。戦前の世代で、ある程度教育のある者にとっては、「ダラウ」と音読することは、それほど難しくないが、これを「たろう」、「ほかろう」と読める者は少ない。まして、卒然週刊誌を読む若い読者の眼前に現れるのは、「乙埜他朗」のほうであって、「甲野它郎」が対象語として並んでいるわけではないから、前者から後者を導き出せる者は一人もいないといえる。そのようなことができる者がいるとすれば、一審原告である「甲野」を知っている特定少数の人間であって、そのような者には、「乙埜」どころか、例えば、Xと表示してみたところで、少年法61条をクリアすることができるかどうか疑問である。
[39](三) さらに、原判決は、
「たとえ仮名を用いたとしても、記載された仮名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを容易に推知することができるような記事を出版物に掲載することは、その者の将来の更生という観点からは実名による報道と同様に大きな障害になると認められるから、原則として、少年法61条に反し違法である」
と説示している。
[40] しかし、これでは、仮名の考案及び写真の不使用を無用の努力とするにも等しいものである。結局、原判決のような考え方による限り、少年犯罪報道については、凶悪無惨で著名事件であればあるほど、一旦報道すれば、どんな仮名(例えば、X)を使おうと、記事が少年の経歴や具体的犯行に及ぶ限り、少年を知る者、あるいは、新聞記事を頼りに裁判傍聴をする者たちによって、当該少年の正体が明らかになるのであるから、そのような記事を掲載した出版社は、少年法61条違反を免れず、その上、社会的利益の擁護が強く優先される特段の事情という原判決のいう例外的場合を除いては少年に対し、原則として不法行為責任を負うということになり、極めて不当である。

3 少年法61条が保護する利益
[41](一) 少年法61条は、少年事件の報道のあり方につき、新聞その他の出版物の発行者に対して注意を促し、氏名、年齢等、本人のアイデンティティーを推知せしめるに足るような事項を掲載することを禁止したものであり、その名宛人は報道機関である。
[42](二) 少年は、少年法61条により、その名誉、プライバシー等について間接的(反射的)な利益を受けることになるが、同規定自体は、前記のとおり報道機関に一定の不作為を課したものにすぎず、少年の名誉、プライバシー等について規定したものでもなければ、その内容を拡張したものでもなく、名誉、プライバシーに関する私法上の一般理論を修正したものでもない。したがって、少年は、少年法61条により、名誉、プライバシーに関する実体的な権利を与えられているものではなく、また、同条から、実名報道されない人格的利益を導き出すのは冒険的であり、まして、この条文から、人格的権利が生み出されることはない。
[43](三) 原判決は、少年に関する犯罪報道が少年法61条に反し違法である場合には、真実性の証明だけでは、違法性を阻却するものとはいえず、その違法性阻却要件としては、少年の保護、将来の更生の観点から事件を起こした本人と推知できるような記事を掲載されない利益よりも、明らかに社会的利益の擁護が強く優先されるなどの事情が存することが必要であるとする。
[44] しかし、これは、報道機関が、少年法61条に形式的に違反(例えば、実名報道)しても、実質的に違反にならない(例えば、実名報道が社会的、国家的に妥当視される例外的事由)ための要件を、こともあろうに、少年法とは何の関係もない私法上の名誉毀損の違法性阻却事由を過重する要件として用いるものであって、少年法61条の性格に照らし極めて不当である。
[45] すなわち、一審被告は、少年法61条を刑事政策的な精神規定と解するものであるが、精神的規定とはいえ、国家が報道機関に遵守を求めることは、国家の立場からすれば当然のことであると考える。一審被告は、少年法とりわけ同法61条につき、間然するところなしとは考えないが、現実の編集業務の上では、法を尊重する姿勢を堅持したいと考えている。そして、本件記事1では、仮名としてKを用い、本件記事2では、乙埜他朗という仮名を用いて、少年法61条を遵守したつもりであり、この点につき原判決と見解を異にすることは残念である。

4 少年法61条と憲法21条1項の表現の自由との関係
[46](一) 前記のとおり、原判決は、
「たとえ仮名を用いたとしても、記載された仮名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを容易に推知することができるような記事を出版物に掲載することは、その者の将来の更生という観点からは実名による報道と同様に大きな障害になると認められるから、原則として、少年法61条に反し違法である」
と説示している。
[47](二) しかしながら、右のような原判決の見解に立つと、少年犯罪については、凶悪無惨で著名事件であればあるほど、一旦報道すれば、どんな仮名(例えば、X)を使おうと、記事が少年の経歴や具体的犯行に及ぶ限り、少年を知る者、あるいは、新聞記事を頼りに裁判傍聴をする者たちによって、当該少年の正体が明らかになるのであるから、そのような記事を書いた者あるいはそのような記事を掲載した出版社は、少年法61条に違反することを免れず、その上(原判決の論理に従えば)、少年に対し、原則として(例外は社会的利益の擁護が強く優先される特段の事情がある場合に限られる。)不法行為責任を負うということになるのである。すなわち、少年の凶悪犯罪を記事にすることは、それ自体違法であるということになる。
[48] それでは、仮名を苦心して考えても、写真の掲載を思い止まっても、裁判所による評価では事実上無意味な努力に帰することなるのみならず、少年事件の記述そのものが、真に迫れば迫るほど、少年の同一性を隠蔽しようとする執筆者のいかなる努力にも拘わらず、違法となり、かつ、不法行為を構成する結果になるというのであれば、報道する側としては、実名を出し、写真を掲載するのと、裁判上どう違うのだろうかという深刻な疑問に襲われざるを得ない。
[49] 結局、原判決のような見解は、少年犯罪報道そのものを禁止するに等しく、憲法21条1項と完全に抵触する。すなわち、原判決の見解は、少年法61条に関する自らの論理を徹底すればするほど、憲法21条1項の壁に激突する結果となり、論理の破綻に直面せざるを得ない。
[50](三) 少年法61条が要求している仮名は、犯罪を犯した少年をよく知る者も見破ることができないような特別のものではなく、実名を表示しないことにより、通常の読者に実名を知らしめないという要請に合致すれば足りると考える。そうでなければ、法が仮名を要求しているのは、不可能を強いる結果になってしまうのである。犯人を親しく知る者や、新聞記事を見て法廷を傍聴に行くといった者というような特殊の読者をいちいち考慮して、記事を書かなければならないようでは、少年法を最高法規とする天井の低い非文明国になってしまうであろう。
[51] 我々は少年法の下にあるが、少年法は憲法の下にあるのである。憲法の下において、記事の執筆者や雑誌の編集者が考慮すべき基準は、常に通常の読者、一般の読者であり、そのような読者に少年の実名を知らしめないことが、少年法61条の要求するところであるとしなければならない。そうではなく、前記のような特殊なマニアック的読者、あるいは少年と特別の人間関係を有する読者にまで、犯人のアイデンティティーを不明にするように気を配って、記事を書かねばならぬということほど、言論から自由と生気を失わしめるものはない。
[52] 少年法61条がその存在理由を失わないためには、原判決のような解釈では駄目であり、一審被告が右に展開した考え方により、はじめて少年法61条と憲法21条1項とが矛盾なく共存できるようになると信じる。
[53] 《証拠略》によると、一審原告に対する各公訴事実の内容及びその審理経過等は、次のとおりであると認められる。
(一) 大阪事件
[54] 一審原告(昭和50年10月23日生、当時18歳)は、平成6年9月28日午前3時頃、当時19歳の少年1名と共に、大阪市内の路上を通行中の丙川竹夫(当時26歳、以下「丙川」という。)ほか1名にいいがかりをつけて、丙川を一審原告らの溜まり場である同市内のマンションの一室に連れ込んだ上、暴行を加えて飯場で稼働させようとしたが、不首尾に終わったことから、いずれも当時19歳の少年2名及び18歳の少年1名と共謀の上、同日午後8時頃、右部屋で丙川の首を絞めて、同人を殺害した。さらに、一審原告は、右少年3名及び暴力団組員である丁原梅夫と共謀の上、同日午後10時頃、右部屋で、丙川の死体を布団で包んでガムテープで固定するなどし、翌29日、丁原、19歳の少年及び18歳の少年の3名において、右死体を高知県安芸郡奈半利町の山中に運んで、これを遺棄した。
(二) 木曽川事件
[55] 一審原告(当時18歳)は、いずれも当時19歳の少年3名と共謀の上、平成6年10月6日午後7時30分頃から長時間にわたって、愛知県稲沢市内で、戊田夏夫(当時22歳、以下「戊田」という。)に対し、頭部、顔面等をビール瓶、ほうきの柄等で殴打するなどの暴行を加え、次いで、同県中島郡祖父江町の愛知県木曽川祖父江緑地公園駐車場まで戊田を自動車に乗せて連行し、翌7日午前1時頃、同駐車場で、戊田に対し、頭部を殴打し、腹部を足蹴するなどの暴行を加え、さらに、同日午前2時頃、同県尾西市の木曽川左岸堤防上で、頭部、背部をカーボン製パイプで殴打する暴行を加えて、自力による起居動作を不可能ならしめる瀕死の傷害を負わせた。
[56] そして、一審原告及び前記少年3名は、当時21歳の男性と共謀の上、同日午前3時頃、戊田を尾西市の木曽川河川敷に遺棄して殺害しようと企て、戊田を同河川敷に蹴り落とし、河川敷雑木林内まで両手足を持って引きずるなどの暴行を加えた上、同所に遺棄して立ち去り、戊田を死亡させて殺害した。
(三) 長良川事件
[57](1) 一審原告(当時18歳)は、当時19歳の少年2名、20歳及び21歳の男性2名、16歳の少年(女性)1名と共謀の上、乙原秋夫(当時20歳、以下「乙原」という。)を自動車内に監禁した上、金品を強取しようと企て、平成6年10月7日午後10時頃、愛知県稲沢市の稲沢グランドボウル駐車場で、乙原を脅迫して、普通乗用自動車の後部座席に乗車させて発進させ、その頃から翌8日午前8時30分頃までの間、右駐車場から同県江南市の江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場、岐阜県養老郡養老町の岐阜県こどもの国駐車場、同県安八郡輪之内町の長良川右岸堤防などを経て、大阪市中央区の路上に至るまで、同車を疾走させるなどして、乙原を車内から脱出不能な状態において不法に監禁した。
[58] そして、一審原告らは、乙原に対し、同月7日午後10時頃、稲沢グランドボウル駐車場から江南市に向けて走行中の自動車内で、その顔面を殴打し、「財布を見せろ」などと申し向け、同日午後10時30分頃、江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場に停車中の同車内で、その顔面を数回足蹴し、さらに、翌8日午前2時30分頃、愛知県一宮市丹陽町のサークルK「一宮インター店」駐車場に停車中の同車内で、その顔面を足蹴にし、頭部を金属製パイプで殴打するなどの暴行を加え、同所から大阪市に向けて走行中の同車内において、「財布を出せ」と申し向けて反抗を抑圧した上、現金約3000円及び財布1個を強取し、その際、右暴行により、乙原に全治約1週間を要する頭部外傷等の傷害を負わせた。
[59](2) 一審原告(当時18歳)は、いずれも当時19歳の少年2名と共謀の上、丙山冬夫(以下「丙山」という。)及び乙山一郎(以下「乙山」という。)を自動車内に監禁して金品を強取した上、殺害しようと企て、同月7日午後9時45分頃、稲沢グランドボウル駐車場で、右両名に対し、それぞれ顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加えた上、同日午後10時頃、普通乗用自動車後部座席に右両名を乗車させて発進させ、その頃から翌8日午前1時頃までの間、同駐車場から江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場、岐阜県こどもの国駐車場などを経て、岐阜県安八郡輪之内町の長良川右岸堤防まで同車を疾走させるなどして、丙山及び乙山を車内から脱出不能な状態において不法に監禁した。
[60] そして、一審原告らは、同月7日午後10時頃、稲沢グランドボウル駐車場から江南市に向けて走行中の自動車内で、反抗抑圧状態にあった丙山及び乙山に対し、「財布出せ」などと申し向けて脅迫し、丙山から現金約8000円を強取した上、同日午後10時30分頃、江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場に停車中の同車内で、右両名の顔面を手拳で殴打する暴行を加えた後、翌8日午前1時頃、前記長良川右岸堤防東側河川敷で、丙山及び乙山に対し、殺意をもって、金属パイプで、右両名の頭部、背部等を多数回殴打するなどして、右両名を、いずれも多発損傷に基づく組織間出血による失血により死亡させて殺害した。
(四) 一審原告に対する公訴提起
[61] 一審原告は、平成7年1月18日、大阪事件等の被疑者として逮捕され、同年4月28日、戊田を被害者とする傷害、殺人事件(木曽川事件)、乙原を被害者とする監禁、強盗致傷事件(長良川事件)、丙山及び乙山を被害者とする各監禁、強盗殺人事件(長良川事件)で、名古屋地方裁判所に起訴された。また、一審原告は、同年6月8日、丙川を被害者とする殺人、死体遺棄事件(大阪事件)で、大阪地方裁判所に起訴された。
(五) 審理経過
[62] その後、大阪事件は、名古屋地方裁判所に移送され、平成9年7月17日、同月31日に、本件記事1、2がそれぞれ掲載された当時、一審原告は、名古屋地方裁判所の公判廷において、大阪・木曽川・長良川各事件の審理を受けていた。
[63] 一審原告は、本件記事1が同原告に関する記事であると分かる旨主張し、これに対し、一審被告は、本件記事1は,犯人グループについての記載であり、一審原告とのつながりを記載上窺うことができないので、同記事が一審原告に関するものであると特定することはできないと主張する。
[64] そこで検討するに、《証拠略》によると、本件記事1は、一審被告が発行する「週刊文春」に、「『少年』にわが子を殺された」、「長良川リンチ殺人等」、「この親たちの悲鳴を聞け」という表題のもとに、少年犯罪事件における被害者の親たちの無念の思い等を中心に掲載したものであるが、その中で、「愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人事件」の犯人に関して、「シンナーを媒介に集まった犯人グループ(16歳から21歳までの8人)」、「犯人グループの主犯格Kは昭和50年生まれ(当時19歳)」と記載した上、その犯行態様の一部を掲載しているが、これ以外には一審原告とKを結びつける記載のないことが認められる。しかも、犯行態様の記述は、被害者1人の実名を記載しているとはいえ、極めて大雑把な程度にとどまっており、結局、右記事自体からは、犯人グループの中に一審原告が加わっていたことを窺うことはできない。
[65] ところで、週刊誌の記事が誰のことを記載したものかどうかの認定は、当該記事自体に限定して、その記載内容のみからなされるものではなく、記事の公表当時に、一般の読者が有していた知識ないし経験等を総合考慮して判断すべきものと考える。すなわち、特定人を推知できるといい得るためには、一般の読者が、記事の公表当時に有していた知識ないし経験等をもとに、当該記事を読んだ場合に、記事それ自体からは、その対象人物の具体的特定が困難であっても、右知識や経験を加えれば、どのような人物であるかがほぼ認識し得る程度の記事内容であることを要するものというべきである。
[66] そして、前記認定のとおり一審原告が関与したとされる大阪・木曽川・長良川各刑事事件は、本件記事1が掲載された当時、名古屋地方裁判所の公判廷で審理中であり、《証拠略》によると、一審原告らの刑事事件についての公判内容については、その一部が新聞報道される状況にあったことが認められるが、その一方、本件記事1は毎週発行され、一般読者にとっては読み捨てされるのが通常である週刊誌に登載されたものであること等を踏まえれば、一審原告主張のように、右各刑事事件に興味を抱き、その公判廷を傍聴してまでして、右犯人グループについての情報収集する特殊な者が現れる可能性があることをも考慮した上、本件記事1によって一審原告と特定ないし推知できるかどうかを判断するまでの必要はないものというべきである。
[67] そうすると、本件記事1は、一般読者に対し、前記各刑事事件の犯行グループの一員に一審原告が加わっていたことを推知させるものとはいえず、一般読者において、同記事中、仮名で表示されている「主犯格K」が一審原告を指し、同原告に関しての記事であることを認識することは不可能というべきである。
[68] したがって、本件記事1の掲載を理由とする一審原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。
[69] 一審原告は、本件記事2では、「乙埜他朗」という仮名を用いて、一審原告が大阪・長良川各事件犯行に関わっていることが容易に推知させるような記載がされている旨主張し、これに対し、一審被告は、右仮名及び同記事の内容等から、一審原告を推知することはできないと主張するので、この点について前記判断基準を踏まえて検討することとする。
[70] 《証拠略》によると、本件記事2は、一審被告が発行する「週刊文春」に、「『少年犯』残虐」、「法廷メモ独占公開」、「わが子を殺された両親が綴った700日の涙の記録」という表題のもとに、長良川事件の被害者の両親の思いと刑事事件の法廷傍聴記等を中心に掲載したものであるが、その中で、長良川事件の犯人として、「少年K、丙林三郎(仮名)、乙埜他朗(仮名)、3人とも犯行時19歳」と記載され、右刑事事件の公判期日の進行という形で、右3人の法廷での様子、犯行態様の一部、3人の経歴及び交遊関係等が掲載され、「乙埜」に関しては、「乙埜は中学2年のとき窃盗で、補導、教護院に入り、その後も窃盗、シンナー吸入などで、初等少年院、中等少年院などを出たり入ったり、17歳で同棲、1児をもうけ入籍したが、丙林と同じホストクラブに勤め、派手な女性交遊が原因で離婚」、「丙林の紹介で、暴力団甲田組系乙野組内丁川組の舎弟、丁野二郎(仮名)の配下となる」との記事のほか、右3人は大阪事件にも関わっている旨の記事が掲載されていることを認めることができる。
[71] ところで、弁論の全趣旨によると、長良川事件及び本件記事が掲載された当時における一審原告の実名は、「甲野它郎」であったことが認められ、この一審原告の実名「甲野它郎」(こうのたろう)と前記本件記事2の仮名「乙埜他朗」(おつのほかろう)とは、氏のうち「こうの」と「おつの」の「の」が特徴的に同一であり、名のうち「たろう」と「ほかろう」の「ろう」も同様に同一であって、氏及び名ともに全体として音が類似し、しかも実名の「它郎」は「ほかろう」と読むこともでき、社会通念上、右仮名の使用により、一審原告の同一性が隠蔽されたと認めることは困難である。ちなみに、《証拠略》によると、一審被告は、本件記事2において、大阪事件の成人共犯「丁原梅夫」につき、類似点がより少ない「丁野二郎(仮名・当時45)」と記載している。
[72] さらに、《証拠略》によると、一審原告の経歴として、昭和50年10月に大阪府で生まれ、中学2年生のとき、窃盗で補導されて教護院に入院し、中学卒業後、シンナーなどの窃盗の罪を重ね、平成2年に初等少年院に、平成4年に中等少年院にそれぞれ入院し、この間、女性と同棲し、少年院入院中の平成4年に、同女性との間に男子をもうけ、平成5年9月に少年院仮退院後、神戸市内でパチンコ店店員、鉄筋工をして稼働し、平成6年5月、同女性と婚姻して子供を認知したが、その後ホストクラブに勤めて多数の女性と交遊して妻子を顧みなかったため、同年8月、離婚した事実、暴力団関係者との交遊があったこと等の事実関係が認められる。他方、前記認定のとおり、本件記事2には、「乙埜他朗」が長良川事件の犯行時に少年であったことのほか、その非行歴及び交遊関係、女性と同棲して1児をもうけ結婚したこと等、右一審原告の経歴に合致する内容が詳細に記載されている。
[73] そうすると、本件記事2では、仮名として「乙埜他朗」が使用され、それは全くのあて字であるけれども、その音名及び同記事に掲載の「乙埜他朗」なる者の経歴並びにその交友関係等を考慮すると、本件記事2に使用された仮名「乙埜他朗」及び経歴等により、一審原告が大阪・長良川各事件の犯人であることを一審原告と面識を有する特定多数の読者並びに一審原告が生活基盤としてきた地域社会の不特定多数の読者は、「乙埜他朗」と一審原告の類似性に気付き、これが同原告を指すことを容易に推知できるものと認めるのが相当である。
1 少年法61条による実名等の推知報道の禁止
[74] 少年法61条は、氏名公表もしくは記事掲載の禁止に関し、
「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」
と規定している。
[75] そして、右法文上は、「家庭裁判所の審判に付された少年」、「少年のとき犯した罪により公訴を提起された者」とされ、家庭裁判所の審判に付される以前の捜査段階には適用されないかのようにみえるが、それでは本条が無意味になることから、本条は、捜査段階においても、一般に準用されるべきものと解するのが相当である。現に、犯罪捜査規範209条は、「報道上の注意」として、「少年事件について、新聞その他の報道機関に発表する場合においても、当該少年の氏名又は住居を告げ、その他その者を推知することができるようなことはしてはならない。」と規定し、少年警察活動要綱13条も、「発表上の留意事項」として、「(a)少年の事案に関し、新聞その他の報道機関に発表を行うときは、警察本部長若しくは警察署長又はこれらの指定する者が当たるものとする。(b)少年の事案については、少年の氏名若しくはその在学する学校名又はこれらを推知させるような事項は、新聞その他の報道機関に発表しないものとする。被害を受けた少年について発表されることが本人の不利益になると認められる場合においても、同様とする。」と規定し、本条の趣旨を徹底させている。
[76] このように少年法61条は、少年事件報道に関し、捜査段階以降、一貫して加害少年の氏名や写真等その者を推知させる報道をメディア媒体の種類を問わず禁止し、さらに、本条は、少年事件情報の中の加害少年本人を推知させる事項については、それが公共の利益に関する事項か、公益目的を有するかなどを問うことなく、一律にその報道を禁止しているものと解される。
[77] 少年法61条による実名等の推知報道の禁止の範囲について、右のような理解の上に立つと、同条は、その限りで、憲法21条1項で保障されている新聞その他の報道機関による表現の自由及び報道の自由に一定の制限を加えることになるので、以下、本条の禁止目的ないしその保護法益と憲法21条1項との関係について検討を加えることとする。

2 少年法61条と憲法21条1項及び国際人権条約との関係
[78](一) 日本国憲法は、直接的には、国民を名宛人として基本的人権を保障しているが、基本的人権が人間であるが故に当然に有する権利である以上、右「国民」の中には、少年あるいは子ども(未成年者、「少年」、「子ども」ないし「未成年者」の年齢を何歳未満とするかは、後記(六)のとおり立法政策にかかわる問題であるが、ここでは、民法3条、少年法2条に従って、20歳未満の者を少年あるいは子ども[未成年者]として取り扱うことにする。)も含まれることは当然であり、少年あるいは子どもも、基本的人権の享有主体である。ただ、未成年者は、成年者(大人)と違って未だ成熟した判断能力を持たないことから、人権の性質によっては、より広い範囲でその利益を受けたり、逆に何らかの制約を受けることがあることはいうまでもないことである。
[79] したがって、少年あるいは子ども(未成年者)においても、成年者(大人)同様、憲法13条の「個人の尊厳」原理と密接に結びついた生命、自由及び幸福追求権に由来する、個人の人格価値の発現である名誉権、プライバシーの権利を享受し得るものというべきである。
[80](二) 子ども(未成年者)は、未来における可能性を秘め、その成長の過程において他からの影響によって人格形成が大きく左右される可塑性を持つ存在であることは何人も承認するところである。最高裁昭和51年5月21日大法廷判決(刑集30巻5号615頁)も、憲法26条にいう「教育を受ける権利」に関連して、
「国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自分の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、みずから学習をすることのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる」
としており、子ども(未成年者)は成長発達の過程にあることを根拠に人格形成に必要な学習をする権利、いわゆる学習権を有することを肯定しているところである。
[81](三) わが国が批准している「児童の権利に関する条約」は、その前文で、
「国際連合が、世界人権宣言において、児童は特別な保護及び援助についての権利を享有することができることを宣明したことを想起し、家族が、社会の基礎的な集団として、並びに家族のすべての構成員特に児童の成長及び福祉のための自然な環境として、社会においてその責任を十分に引受けることができるよう必要な保護及び援助を与えられるべきであることを確認し、児童が、その人格の完全なかつ調和のとれた発達のため、家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべきであることを認め、児童が社会において個人として生活するため十分な準備が整えられるべきであり、かつ、国際連合憲章において宣明された理想の精神並びに特に平和、尊厳、寛容、自由、平等及び連帯の精神に従って育てられるべきであることを考慮し、……児童の権利に関する宣言において示されているとおり『児童は、身体的及び精神的に未熟であるため、その出生の前後において、適当な法的保護を含む特別な保護及び世話を必要とする。』ことに留意し、……児童の保護及び調和のとれた発達のために各人民の伝統及び文化的価値が有する重要性を十分に考慮し」
て、締約国が同条約を協定するとした上、同条約3条1項、2項において、
「1 児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。
2 締約国は、児童の父母、法定保護者又は児童について法的に責任を有する他の者の権利及び義務を考慮に入れて、児童の福祉に必要な保護及び養護を確保することを約束し、このため、すべての適当な立法上及び行政上の措置をとる。」
と、同条約5条において、
「締約国は、児童がこの条約において認められる権利を行使するに当たり」、父母等が「その児童の発達しつつある能力に適合する方法で適当な指示及び指導を与える責任、権利及び義務を尊重する」
と、同条約6条2項において、
「締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。」
とそれぞれ規定し、また、同条約29条1項aにおいて、教育の目的を
「児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限まで発達させること」
と定めるなどして、児童の成長発達や、自立のために、児童に意見表明権をはじめとする自由権が保障されることを明らかにし、さらに、同条約40条1項において、
「締約国は、刑法を犯したと申し立てられ、訴追され又は認定されたすべての児童が尊厳及び価値についての当該児童の意識を促進させるような方法であって、当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し、かつ、当該児童の年齢を考慮し、更に、当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める。」
ものと規定している。ただし、同条約にいう「児童」とは、18歳未満のすべての者をいう(1条参照)。
[82] さらに、B規約14条4項は、少年事件に関し、
「少年の場合には、手続は、その年齢及びその更生の促進が望ましいことを考慮したものとする。」
と規定し、B規約を具体化した「少年司法に関する国連最低基準規則(北京ルール・1985年)8」は、
「少年のプライバシーの権利は、不当な公表やラベリングによって少年が害されることを避けるために、あらゆる場面で尊重されねばならない。原則として、少年犯罪者の特定に結びつきうるいかなる情報も公表されるべきではない。」
と規定している。
[83](四) 以上の少年あるいは子ども(未成年者)の人権ないし権利に関する憲法及び国際人権条約の状況並びにその動向等を踏まえるならば、少年法61条の趣旨、目的等について、現時点においては、次のように考えるのが相当である。
[84](1) すなわち、少年は、未来における可能性を秘めた存在で、人格が発達途上で、可塑性に富み、環境の影響を受けやすく教育可能性も大きいので、罪を問われた少年については、個別的処遇によって、その人間的成長を保障しようとする理念(少年法1条「健全育成の理念」)のもとに、将来の更生を援助促進するため、社会の偏見、差別から保護し、さらに、環境の不十分性やその他の条件の不充足等から誤った失敗に陥った状況から抜け出すため、自己の問題状況を克服し、新たに成長発達の道を進むことを保障し、さらに、少年が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことが促進されるように配慮した方法により取り扱われるべきものである。そして、このような考えに基づいて少年に施されるべき措置は、翻って言えば、少年にとっては基本的人権の一つとも観念できるものである。
[85](2) そして、過ちを犯した少年が、自己の非行を反省し、他の者の人権及び基本的自由を尊重する規範意識を涵養するため、更生の道を進み、社会復帰を果たすことは、このような権利の具体的行使であるとともにその責務であるが、大人(成年者)及び社会には、少年が非行を克服し、社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことが促進されるようにするため、環境の整備を初めとする適切な援助をすることが期待、要請されているのである。
[86](3) 少年事件の加害者を特定する犯罪報道が、それによる社会的偏見により少年のその後における更生の妨げとなること(ラベリングの弊害)は見やすい道理であるから、右(1)、(2)の理念に立脚すれば、報道が少年の地域社会での更生の妨げになるラベリングの弊害を避けるよう努めるべきは当然であり、そこで、少年法61条は、実名(実名が表示されていなくても、報道内容等から人物を特定できる場合を含む。)等の推知報道を禁止したものと考えるべきである。
[87](4) 少年法61条は、右のような理解の下に、報道の規制により、成長発達過程にあり、健全に成長するためにより配慮した取扱いを受けるという基本的人権を保護し、併せて、少年の名誉権、プライバシーの権利の保護を図っているものと解するのが相当である。
[88](五) ところで、憲法21条1項は、新聞その他の報道機関に対し、表現の自由を保障しているが、犯罪事件を報道することも、国民の知る権利を実現するための必須の条件であるから、これも表現の自由に当然に含まれるものというべきである。
[89] しかしながら、この表現の自由及び報道の自由は、民主主義の基盤を支え、また、国民の知る権利に奉仕するものとして、極めて重要なものであることは認めても、その自由の行使は、決して無制限なものではなく、これと対立する他人の権利ないし利益と衝突する場合には、これらとの比較衡量において、一定の制約を受けざるを得ない面があることも是認せざるを得ない。
[90] 前記1のとおり、少年法61条は、実名等の推知報道を一律的に禁止しているから、同条はその限りで、この表現の自由及び報道の自由を制約するものであるが、これと対立する権利は先にみたとおり憲法13条及び26条あるいは国際人権条約の理念に基づき、成長発達の過程にある少年が健全に成長するための権利、あるいは少年の名誉権、プライバシーの権利という、貴重な基本的人権であること、また、少年事件の原因等を調査分析し、犯罪及び非行を防止するため、その結果を社会防衛及び教育の観点から報道することは、公共の利害に関する事柄で、さらに、国民の知る権利の視点からも極めて重要なこととはいえ、加害少年の氏名や顔写真等を報道しなくても、事件の動機、背景、行為、少年審判あるいは刑事事件等の手続に関する事項等の報道によって、その事件が社会で生起した意味を知り、社会に対する警鐘とすることは可能であること、更には、新聞その他報道機関等のメディア媒体は、社会の構成員の一員として、あらゆる分野の報道についても、常に人権を尊重した情報活動を営むことが社会的に期待され、とりわけ、未来における可能性を秘めた少年が、将来にわたって、人間的に成長、発達して、幸せを自ら選びとる幸福追求権を憲法上保障されていることを尊重するならば、少年が健やかに成長するように配慮した情報伝達活動を営むことは、社会的責務であること、これらの諸点を総合考慮すると、実名等の推知報道を禁止する少年法61条は、前記少年の人権ないし権利を保護するためのやむを得ない制約であり、憲法21条1項に違反しないものというべきである。さらに付言すれば、国民の知る権利も右の限度で譲歩すべきものである。
[91](六) なお、少年法2条は、20歳未満の者を少年としているが、児童の権利に関する条約1条は、18歳未満のすべての者を児童と定義していることから、年齢の引下げを検討すべきであり、例えば、18歳も10歳も同じ少年とすることには不合理があるのではないか、近時、「恐るべき17歳」という言葉まで現れるなど、少年による凶悪重大な事件が相次ぎ、社会に深刻な衝撃を与えていること及び犯罪の低年齢化などから、少年の年齢の引下げ等規制を改めるべきではないか、刑事事件で起訴され、公開裁判を受けている少年についてまで、少年法61条で保護する必要があるか等の議論が巻き起こっていることは、当裁判所も認識しているが、これらの問題は、極めて高度の立法裁量に属する事柄であるほか、その必要性については、科学的根拠を十分考察した上、少年の自立過程や少年を取り巻く環境、少年に保障されている権利などを総合的に検討し、慎重に決定されるべき事項であると考える。
[92](七) 一審被告は、少年法61条は、刑事政策的な精神規定であり、少年が同条により受ける利益は反射的なものにすぎないと主張するが、右に詳述した理由により採用することができない。
[93] 前項で検討したとおり、少年法61条は、憲法で保障される少年の成長発達過程において健全に成長するための権利の保護とともに、少年の名誉権、プライバシーの権利を保護することを目的とするものであるから、同条に違反して実名等の推知報道をする者は、当該少年に対する人権侵害行為として、民法709条に基づき本人に対し不法行為責任を負うものといわなければならない。
[94] そして、少年法61条に違反する実名等の推知報道については、報道の内容が真実で、それが公共の利益に関する事項に係り、かつ、専ら公益を図る目的に出た場合においても、成人の犯罪事実報道の場合と異なり、違法性を阻却されることにはならないが、ただ、右のとおり保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも、明らかに社会的利益を擁護する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限って違法性が阻却され、免責されるものと解するのが相当である。

[95] そこで、本件において、右特段の事情が存在するかどうかについて見てみるに、本件全証拠を検討してみても、本件記事2により前記認定の大阪事件、長良川事件当時満18歳の少年であった一審原告が同事件の犯人(加害者)本人と推知されない権利ないし法的利益よりも、明らかに社会的利益の擁護が強く優先される特段の事情を認めるに足りる証拠は存しない。

[96] そうすると、一審被告が、本件記事2で、一審原告の仮名「乙埜他朗」を用いて、詳細な経歴等を含む大阪事件、長良川事件に関する記事を掲載したことは、少年法61条に違反し、人権侵害行為として、不法行為責任を免れないものというべきである。
[97] 前記のとおりの本件事実関係、一審原告に保障されている権利及びその内容等を総合して考慮すると、右仮名を使用した本件記事2によって一審原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては、30万円をもって相当であると認める。
[98] 以上の次第で、一審被告は、一審原告に対し、本件記事2を掲載した不法行為責任に基づき右に認定した30万円及びこれに対する不法行為日である同記事を掲載した週刊誌が発売された平成9年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。したがって、一審原告の本訴請求は、右の限度で、理由があるから、これを認容すべきであり、その余の請求は、理由がないから、棄却を免れないものというべきである。

[99] よって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴及び同附帯控訴はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 宮本増  裁判官 玉田勝也 永野圧彦)

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