『週刊文春』販売差止め事件
保全異議審決定

東京地方裁判所 平成16年(モ)第51504号ほか
平成16年3月19日 決定

■ 主 文
■ 理 由


一 債権者甲野と債務者との間の平成16年(ヨ)第998号及び債権者乙山と債務者との間の同年(ヨ)第1002号の各仮処分命令申立事件について、当裁判所が同年3月16日に発した仮処分命令をいずれも認可する。
二 申立費用は債務者の負担とする。

[1] 本件は、債権者らが、債務者の発行する週刊誌には、債権者らの離婚に関する記事が掲載される予定であるところ、当該記事は、債権者らの人格権(プライバシー権)を侵害するものであると主張して、債務者に対し、仮処分手続をもって、当該記事の切除又は削除をしないままに当該雑誌の販売、無償配布又は第三者への引渡しをすることの差止めを求め、当裁判所が、これらの申立てをいずれも相当と認めて、主文第一項の各仮処分決定をしたのに対し、債務者が、債権者らは有力政治家の子女及びその配偶者であって、政治家の後継者となる可能性が相当に高いから、その離婚は公共の関心事に係るものであること、当該記事には、出版物の事前差止めを認めなければならない程の重大なプライバシー侵害はないこと、当裁判所が前記各仮処分決定を発した時点では、当該雑誌の大部分が取次業者に販売済みであり、もはや仮処分をもって当該雑誌の販売を差し止める必要性が失われていたことを主張して、保全異議の申立てをした事案である。

[2] 次の事実は、当事者間に争いがなく、又は疎明資料によりこれを一応認めることができる(書証により疎明される事実については、平成16年(モ)第51505事件の書証番号を掲げる。以下同じ。)。
[3](1) 債権者らは、いずれも平成9年に会社員として就職し、職場の同僚として知り合い、平成15年2月ころ婚姻した。同年3月には債権者乙山が米国に転勤することとなり、債権者甲野もそのころ退社して、いずれも渡米したが、その後、債権者甲野が単身で帰国して、債権者らは別居し、平成16年2月ころ離婚した。
[4](2) 債権者甲野の親族をみると、母の甲野松子は衆議院議員で、父の甲野竹夫は参議院議員であり、母方祖父の甲野梅夫は故人であるが、生前に衆議院議員、内閣総理大臣等を歴任した政治家であった。しかしながら、債権者は、公務員でも、公職選挙の候補者でもなく、過去にこれらの立場にあったわけでもない。また、政治家の親族であることを前提とする活動もしていない。また、債権者乙山は、債権者甲野と婚姻していたことがあるというだけで、政治とのかかわりを有していたことはない。
[5](3) 債務者は、雑誌、図書の印刷、発行及び販売等の事業を営む株式会社であり、「週刊文春」と題する週刊誌を発行している。その平成16年3月25日号(以下「本件雑誌」という。)は、主文第一項の各仮処分決定(以下「原決定」という。)の後の同月17日から全国で市販されており、これには、「独占スクープ 甲野松子長女わずか1年で離婚 母の猛反対を押し切って入籍した新妻はロスからひっそり帰国」と題し、B5版の誌面の3ページにわたり、債権者らの前記離婚に関する記事(以下「本件記事」という。)が掲載されている。

[6] 本件においては、被保全権利及び保全の必要性の疎明の有無がいずれも主要な争点となっている。
[7] これらの争点に関する当事者らの主張は、各債権者の仮処分命令申立書、答弁書及び主張書面各1通並びに債務者の答弁書1通、保全異議申立書2通及び準備書面3通にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらの記載を引用するが、その要旨は、次のとおりである。

(1) 主に被保全権利に関する主張
(債権者らの主張)
[8] 本件記事は、債権者らのプライバシーを侵害するものである。
[9] 債権者らは、純粋な私人であり、本件記事には公共性・公益性はない。
[10] さらに、債権者らがプライバシーの公開を全く容認していないこと、本件雑誌が発行部数の極めて大きな媒体であって、被害の拡大が容易に想定されること、記事内容がプライバシーの最たるものである離婚及びこれにまつわる周辺事情に及ぶものであることも考慮すると、本件記事によるプライバシーの侵害は甚大である。
[11] このような場合には、いかなる基準に照らしても、仮処分手続をもって、出版物の販売等を差止めることが認められるべきである。
(債務者の主張)
[12] 本件記事は、債権者らのプライバシーを侵害するものではない。
[13] 債権者甲野は、前記一の(2)のとおり、2代にわたって著名な政治家を輩出した家系に属しており、債権者乙山は、その配偶者であった者であるから、債権者らの離婚は、著名政治家の後継者の可能性に影響を与え得るものであって、これを報道した本件記事は、公共の関心事に係り、公益を図る目的に出たものである。
[14] 離婚という事実は、いずれは周囲の者に知られていくものであって、債権者らの離婚を報道する本件記事が仮に債権者らのプライバシーを侵害しているとしても、少なくとも、重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれはない。
[15] このような場合には、仮処分手続をもって、出版物の販売等を差し止めることはできない。

(2) 主に保全の必要性に関する主張
(債権者らの主張)
[16] 本件雑誌のうち相当部数のものが、既に債務者から出荷され、取次業者を経由して小売店舗等に配布され、一般購読者に販売することができる状態にあるとしても、そもそも、出荷済みの雑誌が取次業者から小売店等を経て一般購読者に販売されていく過程は、債務者から取次業者ないし小売店等への委託又は再委託に基づくものであって、取次業者や小売店は債務者の補助者たる地位に立つのであるから、債務者がこれらの関係者をして本件雑誌を販売させることは、原決定による差止めの対象となる販売行為に当たる。このような販売行為は、今後とも行われ、それによって債権者らのプライバシー被害が拡大していくおそれがあるから、仮処分をもって、これを差し止める必要性はなお存する。
(債務者の主張)
[17] 本件雑誌については、77万部が印刷されたが、債務者が原決定の正本を受けた時点において、74万部が取次業者に出荷済みであった。原決定による差止めの対象となる販売行為は、この出荷によって完了した(出荷済みの雑誌が取次業者から小売店舗を経て一般購読者に販売されていく過程は、取次業者ないし小売店舗の行為であって、原決定による差止めの対象となる販売行為に当たらない。)。そして、出荷済みの本件雑誌のうち、相当数は、既に一般購読者に販売されており、その余のものも、今後とも販売されるのであって、原決定を維持しても、債権者らのプライバシー被害を防止することはできない。
(1) 本決定における問題点
[18] 本件は、プライバシー権と表現の自由という、いずれも憲法の保障する基本的人権の衝突する場面において、それをどのように調整するかという困難な問題を含む事件である。
[19] プライバシー権は、いまだ十分に議論が成熟していない権利であるが、他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されない権利を含むものであって、憲法13条に由来し、名誉権などとともに人格権の一部を成している。同条が「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定していることに照らしても、プライバシーは、極めて重大な保護法益であり、人格権としてのプライバシー権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利として、その侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。しかし、プライバシー権が絶対的な権利でないことはいうまでもなく、公共の福祉のために制約を受けざるを得ないこともまた、同条の明記するところである。このプライバシー権の内容、保護の在り方等については、十分解明されてきたとはいえず、なお検討すべき点の多い権利ということができる。
[20] これに対し、表現の自由は、改めて論ずるまでもなく、民主制国家の存立の基礎ともいうべき重要な憲法上の権利であり、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならない。
[21] しかしながら、あらゆる表現の自由が無制限に保障されているのではなく、他人のプライバシーを侵害する表現は、表現の自由の濫用であって、これを規制することを妨げないが、憲法の表現の自由の保障の重要性にかんがみ、その限界につき慎重な考慮が必要となる。とりわけ、公共的事項に関する表現の自由の事前の規制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件の下においてのみ許されるものと解すべきである。
[22] 以上につき、名誉権と表現の自由について判断を示した最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁(以下「最高裁昭和61年判決」という。)及びプライバシー権をも含む人格権と表現の自由について判断を示した最高裁平成13年(オ)第851号同年(受)第837号同14年9月24日第3小法廷判決・判例時報1802号60頁(以下「最高裁平成14年判決」という。)が参照されるべきである。
[23] なお、仮処分及びその異議申立て事件における立証は、疎明をもって足りるものであるが、本件においては、出版物の販売等の事前差止めの断行を求めるという事案の性質にかんがみ、証明に準ずる高度の疎明を要するとの前提で以下判断する。
[24] 付言するに、出版物の販売等の仮処分による事前差止めが、憲法21条2項前段の禁止する検閲に当たらないことは、最高裁61年判決の明言するところであって、当裁判所もこの見解に立つものである。
(2) プライバシー侵害を理由とする出版物の販売等の事前差止めの要件
ア 最高裁昭和61年判決
[25] 出版物の販売等の事前差止めの事案には多様なものがあるが、名誉権に基づく出版物の印刷、製本、販売、頒布等の事前差止めにおいて、当該出版物が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関するものである場合については、判例が確定している。すなわち、このような事前差止めは原則として許されず、「その表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって」、かつ、「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるとき」に限り、例外的に許されると解されている(最高裁昭和61年判決)。そして、その根拠として、同判決は、そのような場合には「当該表現行為の価値が被害者の名誉に劣後する」ことが明らかであるとしており、両者の比較衡量の結果、被害者の名誉を優越させるべきであるとしているものである。
[26] もっとも、最高裁昭和61年判決の事案は、本件とは異なる点も少なくない。
[27] 第一に、最高裁昭和61年判決の事案は、名誉権に基づく差止めの事案であったのに対し、本件は、プライバシー権に基づく差止めの事案である。
[28] しかしながら、名誉権とプライバシー権とを比較すると、両者は、等しく憲法13条に由来し、人格権の一部を成している重要な権利であり、また、一たび侵害されてしまうと、これを回復するのが困難ないし不可能となるという点にも共通するものがある。むしろ、名誉は、それがいったん侵害されても、金銭賠償のほかに、謝罪広告その他の方法により名誉自体の回復を図る措置を執る余地が残されている(民法723条参照)のに対し、プライバシーは、他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されないという権利であるから、他人に広く知られるという形で侵害されてしまった後では、それ自体を回復することは不可能となる。このように、プライバシーの保護のため、侵害行為を事前に差し止めることは、他の方法をもって代替することができない救済方法であるという側面があり、名誉の保護の場合よりも一層、事前差止めの必要が高いということができる。
[29] 特に、本件のような週刊誌の記事による侵害行為の場合には、出版開始から短期間のうちに販売が終了してしまうのであるから、販売開始後相当期間経過後でも差止めをすることにより一定程度救済を図る余地のある小説等による侵害とは異なり、事前差止めを認めない限り救済方法がないという特質を有する。
[30] このような事情を考慮すると、プライバシー権に基づく出版物の事前差止めについて、名誉権に基づく出版物の事前差止めに関する最高裁昭和61年判決の要件よりも厳しい要件をもって臨む理由はないというべきである。
[31] 第二に、この最高裁昭和61年判決の事案は、出版物が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関するものである事案であったのに対し、本件は、そのような事案でないことは明らかであり、債務者の主張を前提としても、記事が公共の関心事ないし公共の利害に関する事項に係るものであるというにとどまる事案である。
[32] 両者を比較すると、最高裁昭和61年判決の事案においては、公務員又は公職の候補者に対する評価、批判等に関する事項は、そのようなものであること自体から、一般に「公共の利害に関する事項」であるということができ、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み、憲法上特に保護されるべきであって、当該表現行為に対する事前抑制が原則として許されないということができる。そして、そのような事案であったことを考慮して、それでもなお表現活動の事前差止めを認めるためには、表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であることなどが必要とされたものと解される。
[33] これに対し、本件のように、記事が公務員又は公職選挙の候補者の評価、批判等に関するものではないことが明らかであって、ただ、公共の関心事ないし公共の利害に関する事項に係るものであると主張されているにとどまる事案においては、そもそも記事が「公共の利害に関する事項」でないと認められるならば、その表現が私人の名誉権やプライバシー権に優越する社会的価値を当然に含んでいるということはできないのであって、同列に論じることはできないものというべきである。
[34] なお、名誉侵害の事案においては、表現内容が真実であることが表現行為を許容する方向に働く要素であるが、プライバシーについては、表現内容が真実であることは表現行為を許容する方向に働く要素とはなり得ない。
[35] 第三に、最高裁昭和61年判決の事案は、発行部数2万5000部の地方誌の販売等の差止めを求める事件であったのに対し、本件は発行部数70万部を超える全国誌の販売等の差止めを求める事件である点において、差止めが認められた場合に債務者の受ける被害や社会に与える影響に大きな差異があるということができる。この点は、差止めをより慎重にすべき事情ともいえないではない。
[36] しかしながら、反面、販売等によって債権者が受ける損害の重大性も発行部数が大きくなれば増大することが明らかであり、重大な被害を受けるおそれがある場合ほど差止めが困難になるというのは、不合理であって、この点は本件と異なる点として考慮すべきではない。
イ 最高裁平成14年判決
[37] 「公共の利害に関する事項」ではない表現行為についてプライバシー権に基づく差止めを容認した判例として、最高裁平成14年判決がある。同判決は、「公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項」を表現内容に含む小説の差止めを認めたが、一般論を示さずに、当該小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が害されたものであって、当該小説の出版等によりその者に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあることを指摘しただけで、出版等の差止めを認めた原審の判断に違法はないとの結論を導いている。
[38] この判断は、最高裁昭和61年判決の「公共の利害に関する事項」に係るとの要件を満たさない出版物については、同判決の示した「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるとき」との要件(しかも、そのうちの「著しく」との点を除く。)のみが充足されれば、出版行為等の差止めを認めることができるとの考え方に基づくもののように解される。これは、前判示のとおり、表現の自由の中でも、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由が、特に重要な憲法上の権利として尊重されるべきことの反面、公共的事項に関する表現の自由とはいえない場合には、名誉やプライバシーとの調整において、より制約を受けることがあってもやむを得ないとの考え方に基づくものと解される。
[39] なお、最高裁平成14年判決の原審は、このような場合に出版行為の差止めを認める要件につき、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、「予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益」と「侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益」とを比較衡量して決すべきであるとし、また、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは、侵害行為の差止めを肯認すべきであるとしている。この判断は、最高裁が直接是認したものではないが、十分に参考にすべきものである。
[40] もっとも、同事件は事前差止めの事案ではない点において、最高裁昭和61年判決の事案とは異なるところがある。しかしながら、本件は、後述のとおり、債務者による表現行為の大部分は、出荷された本件雑誌の多くが実際に販売され購読者の目に触れたことによって、少なくとも現時点では終わっており、さらなる表現行為の差止めにとどまる状況にある点において、いまだ読者の目に触れていない時点で完全に出版等を差し止めてしまう純然たる事前差止めとは異なっている。このことによれば、プライバシー権の侵害と表現の自由の制限との利益衡量に、同事件の状況に近い面もあり、本件において参考とすべき判例であるということができる。
ウ 本件における差止めの判断基準
[41] 以上の最高裁判所の判例に基づいて検討すれば、本件のように、プライバシー侵害を理由とする出版物の印刷、製本、販売、頒布等の事前差止めは、当該出版物が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批評等に関するものでないことが明らかで、ただ、当該出版物が「公共の利害に関する事項」に係るものであると主張されているにとどまる場合には、当該出版物が公共の利害に関する事項に係るものといえるかどうか、「専ら公益を図る目的のものでないこと」が明白であって、かつ、「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」といえるかどうかを検討し、当該表現行為の価値が被害者のプライバシーに劣後することが明らかであるかを判断して、差止めの可否を決すべきである。

(3) 本件における差止めの可否
[42] そこで、本件において、前記のとおりの事前差止めの要件が満たされているかどうかを検討する。
[43] 本件においては、債権者らは公務員ないし公職選挙の候補者ではなく、過去においてその立場にあったものでもなく、これに準ずる立場にある者というべき理由もないから、債権者らの私事に関する事柄が「公共の利害に関する事項」に当たるとはいえない。
[44] 債務者は、債権者甲野が2代にわたる著名な政治家の家庭の娘であることをもって、債権者らは常に政治家となる可能性を秘めているという。しかしながら、著名な政治家の家系に生まれた者であっても、政治とは無縁の一生を終わる者も少なくないのであり、そのような者の私事が公共の利害に関する事項でないことは明らかである。そのような者と債権者らを区別する理由は、何ら具体的に示されていない。たとえ、多数の人々の関心事であるということができても、そのような具体的根拠のない抽象的一般的な理由をもって、債権者らを上記のような立場にあり、その私的事項も「公共の利害に関する事項」であるということは、法的にはできないものというべきである。このことは、たとえ将来において、債務者の予測するように、債権者らが政治家の道を選択することがあるとしても、現在における債権者らの立場を上記のようにみるべきことに影響するものではない。そして、他に、本件記事の内容が、私人の私的事項に関することであっても特別に公共の利害に関する事項に当たるというべき根拠は、見いだし難い。したがって、本件記事における表現行為は、「公共の利害に関する事項」に係るということはできない。
[45] このように、本件は、最高裁平成14年判決の事案のように、「公共の利益に係わらない債権者らのプライバシーにわたる事項を表現内容に含む」出版物の販売等の差止めが求められた事件であるということができる。したがって、「公共の利害に関する事項」について行われる多くの報道とは、その保護の程度に差があってもやむを得ないものというべきである。
[46] 次に、本件記事が「専ら公益を図る目的のものでないこと」が明白であるかどうかについて検討する。前記のとおり、債権者らが私人にすぎないことからすると、本件記事を「専ら公益を図る目的のもの」とみることはできないといわざるを得ない。この点の判断は、債務者の主観のみをもって行うのではなく、本件記事を客観的に評価して行うべきである。そして、本件記事を熟読しても、私人の私事に関する事項であっても特別に専ら公益を図る目的で書かれたものであると認めることはできない。
[47] 更に進んで、本件雑誌の出版により、債権者らが「重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」かどうかを検討する。
[48] 債権者らが被る損害が、プライバシーは公表されることにより回復不能になる性質を有するので、著しく回復困難な性質のものであることは、既に述べたとおりである。そこで、本件においては、その損害が重大であるかどうかが問題となる。
[49] 他人に知られたくないということに関しては個人差が大きく、出版物の販売等の事前差止めが表現の自由の制約を伴うことにかんがみれば、単に当事者が他人に知られたくないと感じているというだけでは足りず、問題となる私的事項が、一般人を基準にして、客観的に他人に知られたくないと感じることがもっともであるような保護に値する情報である必要がある。そして、出版物の頒布等の事前差止めを認めるためには、その私的事項の暴露によるプライバシーの侵害が重大であって、表現行為の価値が劣後することが明らかでなければならない。
[50] この点、離婚の事実は、元夫婦であった者の間における純然たる私事に属することであって、とりわけ婚姻後約1年という比較的短期間のうちに離婚に至ったということは、一般に他人に知られたくないと感じることがもっともであり、保護に値する情報であるというべきである。実際に、本件においては、事前に債権者らが公表をしないよう強く債務者に働きかけたにもかかわらず、債務者において公表に踏み切ったものであり(後記二の(1)のウ)、本件の審尋手続において、債権者らは公表により著しく精神的に傷つけられたと陳述している。
[51] 債務者は、離婚の事実は本人にとって最も気にかかる周囲の人々に対してはいずれ知られる事実であるというが、それをいつ、どのような形で知らせるのかも含めて、本人の決定すべき事柄である上、既に一部の人に知られている情報であっても、他の人に広く知られたくない情報であれば、なおプライバシーとして保護に値する。このことは、病気、心身の障害等については、身近な者は知っていることも多いが、そのことのゆえにプライバシーとして保護されなくなるものではないことに照らせば、疑問の余地はない。本件においても、本件記事自体が、「幸せな新婚生活を送っているとばかり思っていたのだが、なんと(中略)極秘に帰国しており、離婚届も提出してしまったのだという。」、「関係者は離婚の事実も知らなかったとして、こう語る。」として、それが一般には知られていない秘事の暴露であることを自認している。
[52] もっとも、本件記事は、離婚の原因にも触れるところはあるものの、おおむね離婚の事実とその経過を報じる内容にとどまり、その原因にまで具体的に踏み込んだものではない。そして、離婚の原因となった事実等の中には、これを公表されるとそのことから直ちに重大な損害を受けることも多いと思われるが、離婚の事実やその経過の公表が、常に重大な損害を生じ、これを公表する表現行為の価値より優越することが明らかであるとまでいうのは、困難である。
[53] しかし、本件記事は、公務員でも公職選挙の候補者でもなく、過去にこれらの立場にあったこともなければ、政治家の親族であることを前提とした活動もしておらず、純然たる私人として生活してきた債権者らの私的事項について、毎週数十万部が発行されている著名な全国誌を媒体として暴露するものである。しかも、本件記事は、単に債権者らの離婚の事実に言及があるというものではなく、ことさらに債権者らの離婚自体を主題とし、「独占スクープ 甲野松子長女わずか1年で離婚 母の猛反対を押し切って入籍した新妻はロスからひっそり帰国」という表題のもと、「アメリカではすれ違いの生活」、「『本当に特別なお嬢さんですから。』」との中見出しを付けて、3頁にもわたって、債権者らの離婚について読者の好奇心をあおる態様で掲載されているものと認められる。その上、本件記事は、債権者らの離婚後わずか約1か月という離婚そのものによる精神的負担が残っていると推認される時期に掲載されたものである。これらのことからすれば、全くの私人の立場に立って考えれば、上記のような態様により私的事項を広く公衆に暴露されることにより債権者らが重大な精神的衝撃を受けるおそれがあるということができる。

(4) 被保全権利についてのまとめ
[54] 以上によれば,本件記事は、[1]「公共の利害に関する事項」に係るものとはいえず、かつ、[2]「専ら公益を図る目的のものでないこと」が明白であり、かつ、[3]債権者らが「重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」ということができるから、いずれの観点からしても、事前差止めの要件は充足されているということができる。もっとも、債権者らの被る損害が真に重大というべきかどうかについては、議論の余地があり得るが、本件記事が上記[1]及び[2]の点においていずれも前記のような特別の保護に値するものとは考え難いことをも踏まえて、侵害行為によって被る債権者らの不利益と差止めによって債務者が被る不利益(経済的不利益は、重視すべきでない。)とを比較衝量すれば、「表現行為の価値が被害者のプライバシーに劣後することが明らかである」ということができ、上記判断を左右しない。
[55](1) 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。
[56] 「週刊文春」は、原則として毎週木曜日に発売されるが、本件雑誌は、平成16年3月17日の水曜日に発売された。
[57] このように本件雑誌が原則よりも繰り上げて発売されることとなったのは、本件雑誌の発売される週においては、週末に祝日があって、その日には多くの販売を見込むことができなかったことから、発売日を繰り上げ、本件雑誌を発売する期間を長くすることによって、売上部数の確保を図ったものである。このような発売日の繰り上げは、事前に計画され、前週に発売された「週刊文春」にも、その旨の広告がされていた。
[58] 本件記事を執筆した記者は、本件記事の掲載に先立ち、債権者乙山やその知人に対し、書面をもって取材の申入れをした。これらの書面の記載内容をみると、債権者乙山あての書面では、本件雑誌の発売日を平成16年3月17日と説明し、債権者乙山の滞在する米国西部時間の同月14日午後3時までの取材を求めていたが、債権者乙山の知人あての書面では、本件雑誌の発売日を同月18日と説明し、更に、最終校了期限を日本時間の同月16日午後5時とそれぞれ説明していた。
[59] 債権者らは、前記イの各書面の内容を知り、代理人を選任して、債務者に対し、裁判外において、本件雑誌に本件記事を掲載しないよう申入れるなどしたが、この申入れが受け入れられなかったため、平成16年3月16日に本件仮処分命令の申立てをした。なお、債権者甲野の仮処分命令申立書には、前記イの2通の書面において本件雑誌の発売日の説明が齟齬していることについて、債権者甲野の代理人としては、債権者乙山の知人あての書面が正しく、債権者乙山あての書面に誤記があると認識していることを前提とする記載がある。)
[60] 原決定をした裁判官は、本件各仮処分命令の申立てのあった当日である平成16年3月16日の午後4時30分から、当事者双方が立ち会うことができる審尋の期日を開き、債権者甲野本人及び双方当事者代理人らの出席を得た。この期日においては、債務者側から、印刷済みの本件雑誌が提出されて、本件記事の内容が明らかになり、また、仮処分命令の申立てについての決定をするために必要となる事実関係について争いがなかったことから、前記裁判官は、審尋を打ち切り、即日、原決定をした。
[61] なお、原決定の正本は、債権者らに対しては、同日午後6時40分に当裁判所内において待機していた代理人に対する交付送達の方法により送達されたが、債務者に対しては、代理人が退庁していたため、当庁執行官が債務者の本社(本店)に赴いて、同日午後7時45分に送達を了した。
[62] 本件雑誌は、発売日前日の平成16年3月16日までに約77万部が印刷された。債務者は、同日、本件雑誌を取次業者に順次出荷していたところ、その途中段階において、前記エのとおり原決定の正本の送達を受けたことから、その後の作業を中止した。そのため、本件雑誌のうち、約74万部は出荷され、取次業者への搬入及び受入れの確認を終えたが、約3万部は出荷されず、現在でも債務者が保管している。
[63] 前記オのとおり取次業者に引き渡された約74万部の本件雑誌のうち、相当部分は、取次業者から更に小売店等に出荷された。その中には、小売店等の判断により一般購読者への販売が自粛されたものもあったが、相当数は、一般購読者に販売された。
[64] なお、本件雑誌を含む「週刊文春」が債務者から取次業者及び小売店等を経由して一般購読者に届けられていく流通過程をめぐる法律関係については、これを明確にする疎明資料が整ってはいない。しかしながら、この流通過程は、社団法人日本書籍出版協会の発行する書籍において紹介されている分類によれば、「注文・買切販売」ではなく、「委託販売」に当たる。この書籍によれば、この「委託販売」は、代理店を通して商品を販売するものではなく、返品条件又は買戻し条件の付された売買であって、債務者のような発行者側の税務会計においては、取次業者への商品の引渡しの時に売上げを計上し、取次業者からの返品があった場合には、これを検品して受け入れた時に総売上高からの控除をすべきものと説かれている。

[65](2) 前記(1)のオ及びカのとおり、本件雑誌として印刷された約77万部のうち、約3万部は債務者の占有下にあり、約74万部は既に債務者の占有を離れているところ、後者の約74万部のうち、一部は既に一般購読者に販売されているものの、残りは取次業者又は小売店等の占有下にある。
[66] ところで、本件雑誌のうち、現に取次業者又は小売店等の占有下にあるものについては、債務者からこれらの取次業者又は小売店等に対して返品又は回収の指示をしない限り、これらを販売するかどうかは取次業者又は小売店等の判断にゆだねられているのであって、今後とも一般購読者に販売されていくおそれは大きいというべきである。債務者がこれらの取次業者又は小売店等に対して返品又は回収の指示をすることが、原決定において命ぜられているかどうかが問題となる。
[67] 前記(1)のキにおいて述べたとおり、本件雑誌が債務者から一般購読者へと流通していく過程は、必ずしも明らかでない。出版業界においては、出版社から取次業者に対して雑誌の販売を委託しているかのように解されかねない「委託販売」という用語が使われていたり、販売されなかった雑誌は出版社において引き取るものとされたりしていて、こと雑誌の販売については出版社が最後まで一定の責任と危険を負担しているように解される側面も見受けられる。しかしながら、このような側面は、出版社から取次業者に雑誌が引き渡された時点でその販売がされ、ただ、返品ないし買戻しの条件が付されているにすぎないものとして説明することができないものではない。また、一たび取次業者又は小売店等に引き渡された雑誌については、当該取次業者又は小売店等においてその出荷先、販売方法等を選択すべきものとされている。このような事情のほか、原決定の主文が不作為を命ずる仮処分命令の主文の形式をとっていて、債務者が第三者に何らかの指示をすることまでも命じているものとは解し難い表現をとっていることも考え併せると、債務者から取次業者に対して本件雑誌の引渡しがあったときは、原決定にいう「販売」が完了しており、本件雑誌が取次業者から小売店等を経て一般購読者に流通していく過程は、それ自体が債権者らのプライバシーを侵害する行為であるかどうかは別として、もはや原決定による差止めの対象外の現象であるとみるのが相当である。
[68] 以上のように解すると、原決定は、現時点においては、本件雑誌として印刷された約77万部のうち、債務者の占有下にある約3万部について、取次業者その他の者への販売、無償配布又は引渡しを差し止める限度において、実際上の存在意義を有するにとどまるのであって、原決定の法律上の効力としては、取次業者や小売店等の占有下にある本件雑誌が一般購読者に販売されることを直接に阻止しているわけではないというべきである。
[69] このように本件雑誌の大部分が原決定の送達前に販売差止めの対象範囲から流出し、債権者らの損害が拡大することとなった事情は、前記(1)のアからエまでのとおりであって、このような事態は、債権者らの申立てが遅きに失したために生じたものであるということはできないが、債務者側において意図的に仮処分の手続を遅延させたことが明らかであるわけでもなく、前記のとおりの結論はやむを得ないものというほかない。

[70](3) ところで、債務者は、このような事情から、原決定については保全の必要性が消滅していると主張する。
[71] しかしながら、プライバシー権は、債権者らがそのプライバシーに属する事項を他人に知られない権利であって、そのような事項を知る者が増えれば、その都度、新しい侵害が生ずる性質の権利であるから、現に債務者の占有下にある約3万部の雑誌が出荷され、一般購読者に販売されて、その読者が増えれば、それに伴ってプライバシーの侵害も増大するものというべきである。約3万部という部数は、それ自体が軽視することのできない量であり、しかも、本件雑誌については、原決定による差止めがされたこと自体が大きく報道され、社会の関心を集めているところであって、そのような状況において約3万部の販売が解禁され、出荷されることとなれば、出荷済みの雑誌の販売増などと相まって、債権者らのプライバシーに決定的な被害が生ずるおそれがある。そうであるとすれば、債務者の占有下にある約3万部の本件雑誌について、その販売等の差止めが解かれることによるプライバシー被害は、観念的なものではなく、著しく、かつ回復不能なものであることが明らかであるというべきである。
[72] よって、現時点においても、債権者らの申立てに係る仮処分の必要性は失われていない。

[73] 以上によれば、本件仮処分命令の申立ては、被保全権利及び保全の必要性の疎明に欠けるところはない。
[74] なお、本件仮処分により差し止められたのは、本件記事が含まれた本件雑誌の販売等であり、本件雑誌のうちの本件記事以外の部分は、本件記事を削除等するならば、販売等をすることは何ら妨げられていない。そのためには、債務者において相当の費用をかけて削除ないし本件記事を含まない雑誌の印刷等を行う必要があるが、それは経済的損失にすぎず、債務者のその他の記事の表現の自由自体を制限するものではない。多くの発行部数を有する雑誌にあっては、その経済的損失も軽視し得ないが、プライバシーの侵害行為が伴っていた場合にこれを被ることは、多くの部数を販売することにより経済的利益を得ていることの反面として甘受すべき結果といわざるを得ない。
[75] 以上の次第で、債権者らの仮処分命令の申立てはいずれも理由があり、これを認容した原決定は相当であるから、これを認可する。

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