「バイク三ない原則」違反退学事件
第一審判決

損害賠償請求事件
千葉地方裁判所 昭和57年(ワ)第1245号
昭和62年10月30日 民事第3部 判決

原告 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 北光二
        同 田中三男
        同 滝沢繁夫
被告 学校法人 鎌形学園
右代表者理事    鎌形剛
右訴訟代理人弁護士 天野武一
        同 野村昌彦

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金300万円及びこれに対する昭和56年11月1日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁
 主文同旨
[1] 被告は肩書地に東京学館高等学校(以下「本校」という。)を設置しており、原告は、昭和56年9月当時右学校の2年に在学していた。

2 事故とその発覚に至る経緯
[2](一) 原告は、昭和56年9月当時、自動二輪車免許を取得し、スズキGSX250(250cc)(以下「本件バイク」という。)を親から購入してもらって所有し、自宅近辺にて乗車していた。同月17日、同じく本校の生徒である乙山春夫(以下「乙山」という。)から、同人はその自動二輪車免許証を学校に取りあげられており、自分自身は運転しないが、免許証を持った人に運転してもらい自分は後部座席に乗るから本件バイクを貸してくれと頼まれ、原告はその旨承諾し、翌18日の朝、国鉄都賀駅で、右乙山並びに同じく同校の生徒である丙川夏夫(以下「丙川」という。)に右バイクを貸与した。
[3](二) 乙山は右バイクを本校の生徒である丁原秋夫(以下「丁原」という。)に転貸したところ、丁原は無免許でこれを乗り回し、折から検問中であった警察官を見るや自らの無免許運転の発覚を恐れ、逃走しようとしたが、その運転を誤り、右バイクで警察官をはね飛ばし怪我を負わせてしまった。
[4](三) 本校では、その指導方針として、バイク(以下、単にバイクというときは自動二輪車と原動機付自転車をいう。)について免許を取らない、乗らない、買わないの三原則(以下「三ない原則」という。)を定めていたが、右乙山らは、事故後、右事故が学校に知れるとバイクに乗ったこと、学校を怠けたことが発覚して大変なことになるので、原告に対し、事故のことを内密にするよう協力を要請してきた。そのため、原告は事故のことを学校に報告しなかった。
[5](四) ところが、同月21日丁原が警察に逮補され、翌日警察からの連絡により学校側も事故を知るに至った。

3 処分に至る経緯
[6](一) 学校側が本件事故を知った後、当時原告の担任であった土井章史(以下「土井」という。)は原告に対し、「学校をやめるか。」と尋ねたが、「頑張ります。」という原告の言葉に「頑張ってみるか。」と答えた。その後、原告は土井から「みんな退学になるかもしれない。」と言われた。
[7](二) 昭和56年9月24日土井から原告の母親甲野花子(以下「花子」という。)に電話があり、本件バイクを処分するつもりはないかと聞いてきたので、花子は親類(従兄弟)に与える旨答えた。
[8](三) 土井は、原告に対し、9月23日から26日にかけて2回、花子に対し同月24日、5日頃に1回それぞれ面接し、事情聴取した。
[9](四) 同年10月7日の夜、土井から花子に電話があり、「全員退学と決定した。理由は事故を学校に連絡しなかったことだ。明朝9時に学校に来るように。」と言ってきた。
[10](五) 翌日、原告と花子が学校へ行くと副校長から「ともかく全員退学と決定した。子供の将来に傷がつかないようにするため、自主退学の形式にしたい。」と言われ、用紙をもらったが、花子は、納得できず、その日は提出しなかった。
[11](六) 花子は家庭で相談した結果、自主退学を認めなければ、学校は退学処分を変更することはないであろうから、退学になり除籍されてしまって、他に転校などするにも証明書がもらえずできないであろうし、なにしろ他人に説明するのも恥しいと考え、やむをえず、10月16日頃、退学願を学校に提出した。

4 被告の被用者による不法行為
(一) 自主退学勧告について
[12](1) 本件では本校が原告及び花子に「自主退学」を「勧告」し、それに応じて花子が退学願を提出し、その結果の退学という形になっている。しかし、右退学願は原告とその親権者の自由意思による自主的な判断に基づいて提出されたものではなく、「退学処分に決定した」という被告の被用者の強制によってなされたもので、その実質において退学処分と異ならず、自主退学の形式は退学処分の代用措置にほかならない。従って自主退学勧告においても左に述べるように退学処分が正当化される理由があり、しかも適正手続に基づく場合のみ許容されるのであるが、本件ではいずれもこれを満たしていない。
[13](2) 花子は、土井及び副校長から退学と決定したと言われたため、退学願の提出を余儀なくされたものであり、もし退学処分の決定が本校においてなされていないのであれば、被告の被用者である土井及び副校長の欺罔行為である。
[14](3) 仮に、自主退学勧告について強制、欺罔の事実がないとしても、処分であることには変りなく、しかも無期停学処分より重い処分であるから、退学処分に準じて、正当化理由及び適正手続履践が要求されなければならないが、本件ではいずれもこれを満たしていない。
(二) 三ない原則違反について
[15] 三ない原則は以下に述べるように違憲、違法でかつ不合理なものであるから無効である。
(1) 三ない原則の違憲、違法性
[16](ア) 国民は憲法29条により財産権を保障されている。従って、ある財産を所有してはならない(購入してはならない。)とする契約を締結することは許されない。三ない原則のうちバイク取得禁止はバイクの所有自体を禁止するものであるから、いかなる教育的理由があったとしても憲法の財産権保障の趣旨からいって決して許されるものではない。
[17](イ) 原告には道路交通法により適法に自動二輪車免許が与えられており、その趣味ないしは生涯計画に沿って免許をとることは、憲法13条の保障する幸福追求権の実現そのものである。それを何ら合理的根拠もなく本件のように三ない原則により免許取得を禁止するのは憲法に違背する違法な行為である。
[18](ウ) 原告には憲法26条で保障された学習権ないしは教育を受ける権利があり、バイクを通じての原告の学習ということも重視すべきである。
[19] すなわち、教育というものは一定の形なり方法があるものではなく、子供の持っている資質を伸ばし開花させてやることなのであり、本件原告の場合のように、その興味を持っているものがバイクであるならば法律等に抵触しない限りでその興味の入口からその子の能力を伸ばしてやるべきなのである。その意味で、本件では本校は、まさしく原告の伸びかけていた学習意欲の芽をつんでしまったと言える。原告の学習権の真正面からの否定という形で対処したのである。
[20](エ) 原告は家庭及びその周辺でしか本件バイクに乗っていなかったのであるから、その分野はまさしく親の家庭教育広くいえばプライバシーの分野であり、法律に違反しない限り何者からも干渉されない分野である。本件ではこの親の家庭教育ないしプライバシーの分野を真正面から侵害したものである。三ない原則は後述のように不合理なものであるが、単なる「儀式」として理解するとしてもそれが妥当するのは学校における学校教育の分野である。それが純粋な家庭の分野にまで侵入して良いわけがない。この点、三ない原則は家庭の私的領分への侵害として違法な行為と評価されるべきである。
[21](オ) 憲法上保障された国民の基本権は私人間においても適用されると解すべきであるが、仮に直接適用されないとしても三ない原則は右各憲法上の保障の趣旨を没却させ、社会的許容性を越え、公序良俗に反するものであるから、民法90条により無効である。私立学校は、「私立」とはいえ、「公の性質」を持つものであり(教育基本法6条、私立学校法1条)、純粋な私人とは区別して考えることができる。すなわち私立学校は、私立学校法等により、様々な規制を受けており、また憲法89条の関係でも「公の支配」に属すると理解されているのである。従って直接適用説を取るとしても間接適用説を取るとしても私立学校は憲法の諸規定を実質上厳守することを期待されているのである。
(2) 三ない原則の不合理性
[22](ア) 三ない原則により免許取得を禁止することから、隠れて無免許でバイクに乗る者が生じ、かえって事故の増加をもたらしたり、学校に免許証をとりあげられたのに紛失したと称して二重交付を受けたり、事故の際、発覚を恐れて、逃げてしまったりする弊害が生ずる。
[23](イ) 三ない原則により禁止する以上、安全運転や交通道徳についての教育の必要性がなくなるわけであるが、それは教師としての責任の回避である。三ない原則はわが国の交通安全とその教育に関する基本的政策と異っている。すなわち、総理府の中央交通安全対策会議が作成した「交通安全基本計画」において、高校段階では、小・中学校での指導の基礎に立ってホームルームや行事を通じて「高度の知識・技術や交通マナーを身につけさせること」また、生徒や地域の実情に応じて「自動二輪の安全に関する内容、安全意識の高揚と実践力の向上を図るための指導を行なう」ものとしている。交通事故の危険を除去する方法は徹底した安全教育によるしかないのであり、危険だからといって逃げていてはいつまでも危険であり、大人になっても交通道徳を守れない人間になってしまうのである。
[24](ウ) 三ない原則により身心ともに免許取得に適した時期を逸してしまう。
[25](エ) 三ない原則によりバイクの事故は減少したとしても逆に自転車の事故は増加しているのであって高校生の身体の安全の観点から三ない原則を正当化することはできない。
[26](オ) バイクに乗ること暴走族に加入することは直結するものではない。
[27] その他本件自主退学勧告処分を正当化させる事由は存しない。
(三) 適正手続違反
[28] 生徒に何らかの非難されるべき点が存した場合、私立学校においてはまず生徒を十分納得させるよう教え導くことが肝要なのであり(それも自分の内心から「悪かった」と思えるように自主的に判断させていくことが重要である。)、非難されるべき点があったから直ちに罰を与えるあるいは学校から追い出すなどというやり方は採るべきではない。本件において仮に、原告に非難すべき点が存するとしても学校は教育的配慮のもとに原告及びその母親に対して指導説得を重ねるべきものであったにもかかわらず、これをなさず、結局、被処分者に十分な弁明反省の機会を与えなかったもので憲法31条に違反する。
(四) 比例原則違反
[29] 仮に、本件において原告に非難すべき点があり、かつ、それが懲戒処分の対象となるにしても、自主退学勧告は著しく重い処分であり、校長の有する懲戒についての裁量の範囲を逸脱したものである。

[30] 本件において問題とされている本校の職員がなした処分及び行為はすべて被告の事業の執行につきなされたものである。

6 原告の損害
[31] 原告は高校2年生の学業半ばにして被告の学園を離れ、その後はどこの高校にも入れてもらえぬまま失望の日々を送ることを余儀なくされた。その後原告は県立千葉高等学校定時制に入学でき、又、職業に就くこともできたが、結局高校生活は一から出直しのやむなきに至り本校2年間在学中の空白は消せないままである。これにより原告は学歴欄に不名誉な記載を残すことになり、今後、就職の度に採用にあたって雇主から差別が加えられるであろうことは想像に難くない。もし原告が本件のように退学という事態にならずあるいは停学という処分を受けただけであったとしたら原告のその後の人生は今とは大きく異なっていたであろう。このような生涯を通じての原告の不利益を考慮するならば、原告の精神的損害は金300万円を下らないというべきである。
[32] よって、原告は本校職員の使用者である被告に対し不法行為による損害賠償請求権に基づき金300万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和56年11月1日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
[33] 請求原因1の事実は認める。

[34] 請求原因2(一)の事実のうち原告が昭和56年9月当時自動二輪車免許を取得し、本件バイクを所有していたこと乙山が自動二輪車免許を学校に取りあげられていたこと及び9月18日の朝、原告が乙山、丙川に本件バイクを貸与したことは認め、その余の事実は知らない。

[35] 請求原因2(二)の事実は認める。

[36] 請求原因2(三)の事実は認める。但し、丙川の秘匿の要請に対して原告はその旨約束したものである。

[37] 請求原因2(四)の事実は認める。

[38] 請求原因3(一)の事実は否認する。

[39] 請求原因3(二)の事実のうち、土井が花子に電話したことは認める。その余の事実は否認する。土井が花子に処分するよう勧告したところ(それは電話においてではなく、その翌日学校において母親と面接した際になしたものである。)、「自分の家は貧しく、本件バイクは祖父が高い金を払って買った物であり二束三文で売ることはできない。子供には乗らせないようにすればよいのだから家に置いておく。」と主張して、勧告を拒絶した。

[40] 請求原因3(三)の事実は認める。

[41] 請求原因3(四)の事実のうち土井が花子に電話をした事実は認めるが,それは7日ではなく6日であり、また「全員退学と決定した。」と伝えたことは否認する。その余の事実は認める。

[42]10 請求原因3(五)の事実のうち、電話の翌朝原告と花子が学校に行ったこと、退学願の用紙をもらったこと及び当日提出しなかったことは認めるが、副校長から、主張の如き内容のことを言われたことは否認し、花子が納得できなかったことは知らない。

[43]11 請求原因3(六)の事実のうち、花子が退学届を学校に提出したことは認め、その余の事実は知らない。

[44]12 請求原因4(一)の(1)ないし(3)は否認ないし争う。
[45] 被告は、学内の正規の機関において原告の所業を検討した上、自主退学を勧告するのが適当であるとの結論に達したので原告及びその保護者にその旨告げたところ、原告及びその保護者父甲野太郎もこれを納得し、連名で退学願を提出したものである。

[46]13 請求原因4(二)の冒頭部分は争う。同4(二)(1)のうち(ア)は争う。憲法29条は私有財産制を保障しているのであって必ずしも各個人の有する財産権を個別的に保障する意味ではない。

[47]14 同(イ)は争う。憲法13条は、幸福追求に対する国民の権利は公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とすると定めているのであって、明らかに国に対する規制であり、私人間の関係を定めたものではない。

[48]15 同(ウ)は争う。

[49]16 同(エ)は争う。原告主張のような見解は社会常識として一般に認められるところとはなっていない。千葉県下は勿論、全国のほとんどすべての高等学校でいわゆる三ない原則が推進されていて、その多くはこれを校則で取りきめ、違反者は懲戒処分に付しうるとしているのが現在の我が国の高校教育における実情である。もしこれが認められないとすれば全国的にみて現場における教育に混乱を生じる。

[50]17 同(オ)は争う。三ない原則は高校生とバイクの関係の現状を考えると社会的教育的にみても極めて合理的意義をもったものであり、これを公序良俗に反するなどということはできない。

[51]18 請求原因4(二)(2)の(ア)ないし(オ)はすべて争う。三ない原則を実施している県は年々その数を増しており、その成果もあがっている。三ない原則は身心ともに未成熟な高校生の不慮の事故がもたらす自他の生命身体の安全と暴走族加入による不良化を防止する合理的な教育的配慮に基づくものである。

[52]19 請求原因4(三)は否認ないし争う。原告の退学は強制退学ではないし、原告が退学に至るまでに担任教師らが原告及びその保護者に本校の教育方針を説明し、それを遵守するよう極力指導説得したけれども、聞き入れられず、やむなく自主退学の途を選んだその実態にかんがみ、教育的配慮に欠くとして非難される筋合いではない。また憲法31条は国が個人に対して刑罰を課する場合であって本件に本条を適用し得ないことは明らかである。しかも学校側は原告及びその保護者から充分に事情を聴取し、弁明の機会を与えたのであるから、処分過程に違法はない。

[53]20 請求原因4(四)は争う。原告に対する自主退学勧告処分は左の理由により懲戒処分として著しく重いものとはいえない。
(一) 三ない原則のすべてに違反したこと
(二) 原告の間接的加害者性
[54] 本件では原告から本件バイクを借りた乙山がさらに無免許の丁原に貸し、その丁原が事故を起こしたものであるが、もし原告が右バイクを貸与しなければ、人身事故という重大な結果は生じなかったのであり、原告の責任は軽くない。
(三) 事故を学校に報告しなかったこと、事故を隠す謀議に参加したこと。
[55] 事故当日本件バイクを返しにきた丙川から事故のことを聞き、同人から事故を内密にするよう依頼されたところ、原告はこれを引受け、さらに翌日丁原宅に関係者が集まり事件を秘匿する旨確認し合う謀議が開かれたが、その中に原告も参加したのであり、これらの行為は犯人隠匿にも類する行為であり、生徒の本分に著しく反するものである。
(四) 母親の非協力
[56] 花子は、本校が三ない原則を採用していることを知りながらこれを無視し、学校側に何ら相談することなく、原告の免許取得を容認し原告に本件バイクを買い与えた。さらに本件事故後原告の担任の土井は花子に今後校則を守ることの保証の一助として右バイクを処分して手放すように勧告したが、花子は全くこの勧告を理解しないでこれを拒否するのみか本校の教育方針そのものに反抗する意思を表明した。
[57] 生徒の教育については、当然家庭の協力なしにはできないところであるが、親が学校の教育方針を否定するのでは、今後協力を得られる望みはなく、ひいてこのような校則違反を繰り返し、依然として改善される見込がなければ学校としても他の生徒への影響を憂え、原告の処分を考えるのは当然である。
(五) 乙山らの非行についての原告の認識
[58] 原告は乙山及び丙川が授業を怠けること及び乙山が不正な免許証の再交付を受けに本件バイクを利用することを容認して右バイクを貸与したものである。

右事実に対する原告の認否。
[59] (一)は認め(二)は争う。(三)のうち事故を学校に報告しなかったこと右バイクを返しにきた丙川から事故のことを内密にする旨頼まれたこと、及び翌日丁原宅で事故について他言しないでくれと頼まれたことは認めるがその余は否認ないし争う。(四)のうち花子が本校が三ない原則を採用していることを知っていたこと、原告に本件バイクを買い与えたことは認めるがその余は否認ないし争う。(五)はすべて否認する。

[1] 請求原因のうち1の事実、同2(一)のうち原告が昭和56年9月当時自動二輪車免許を取得し、本件バイクを所有していたこと、乙山が自動二輪車免許証を学校に取りあげられていたこと及び9月18日の朝、原告が乙山、丙川に本件バイクを貸与したこと、同2の(二)ないし(四)の事実、同3(二)のうち土井が花子に電話したこと、同3(三)の事実、同3(四)のうち土井が花子に電話をし翌朝学校に来るように伝えたこと、同3(五)のうち原告と花子が電話の翌朝学校に行ったこと及び退学願の用紙をもらったが当日提出しなかったこと、同三(六)のうち、花子が退学届を学校に提出したことは、当事者間に争いがない。右争いのない事実に、《証拠略》によれば、本件事故に至る経緯及び処分の経緯について左の事実が認められる。

1 本件事故に至る経緯
[2] 本校は「自主自学」を教育方針とし、昭和54年2月21日に被告によって設立され、その後第一期の生徒の学級懇談会において父兄から要望があったこともあって生徒のバイクについて「免許をとらない、乗らない、買わない」の三原則を指導方針とし、生徒心得として生徒手帳に明示するほか、入学時に生徒及び保護者にその趣旨を充分説明するとともにその後もホームルームや朝礼などにおいて機会あるごとに、生徒に対し指導を与え、保護者にも印刷物を配布して注意を喚起していた。
[3] 原告は、小学校の頃から機械いじりが好きで将来は自動車の整備士になるのが夢であり高校も工業科の学校を希望したが入れず、親子ともども不本意ながらも中学の担任の教師の勧めで昭和55年に本校に入学した。原告及び保護者は入学にあたって学校側から上記の指導方針の説明を受け、本校の教育方針に従い、校則はじめ諸規則を厳守する旨の誓約書を提出した。
[4] しかしながら、原告は原告宅付近の本校以外の友人がバイクに乗っているところからバイクに乗ることを希望し、母親も無免許者にバイクを貸さないこと交通違反をしないことなどを条件にこれを許可し、原告は昭和56年3月17日自動二輪車免許を取得し、同年5月中旬に花子からの金銭的援助によって本件バイクを購入するに至ったが、本校に対しては原告からも両親からも右届出はなされなかった。
[5] 同じく本校の生徒である乙山もバイクに乗っていたところ、学校側にその事実が知れて、免許証を取りあげられていたが、紛失したと偽り、再交付の申請手続をし、右再交付が受けられることになったので、以前から原告が本件バイクに乗っているのを知っていたことから、原告から右バイクを借り右再交付を受けにいこうと考え、同年9月17日原告に右バイクの借用方を依頼した。原告は乙山には貸したくなかったが、同校の生徒である丙川が共に行くというので結局貸すことにし、翌朝、乙山と丙川に右バイクを貸して自らはそのまま登校した。
[6] 乙山は免許証を持っていないので、現に持っている丙川に運転してもらい自らは後部座席に乗り、中央警察署に行って免許証の再交付を受け、丙川と共に自宅に戻った。そこへ、同じく学校を怠けた同校の生徒丁原と1年生の戊田が乙山宅にやってきたが、丁原は原告の本件バイクに目をつけ乙山から右バイクを借り戊田を後部座席に乗せて無免許であるにもかかわらず、右バイクを乗りまわしていたところ、千葉市小深町539の13付近にさしかかった際、折から検問中であった千葉中央署の藤原邦彦巡査から停止を求められたため、無免許運転の発覚をおそれ、その場から逃走しようとし誤まって同巡査に右バイクごと激突し同巡査に全治4ケ月の重傷を負わせ、そのまま戊田の案内で乙山の家に逃げ帰った。
[7] 丁原らが逃げてきたときには同校の生徒甲田冬夫(以下「甲田」という。)も来ており、それで丁原が先の事故のことを一同に話し、対応の仕方を皆で相談した結果、事故のことを内密にすることになった。そして丙川が右バイクを返しに原告宅に来た時に、原告に対し、事故のことを学校にも親にも内密にするように依頼したところ、原告もその旨約束した。さらにその翌日丁原の家に丁原のほか、原告、乙山、丙川、戊田の5名が集り、協議した結果、再度、事件が学校側にわかるまで隠していようということになった。

2 処分の経緯
[8] 警察は9月18日から21日までの4日間に亘り、延ベ200名の警察官を動員して捜査し、9月21日に至り丁原を四街道駅で逮捕した。9月22日千葉中央署の次長から学校に連絡があり、初めて事故のことが学校の知るところとなり、校長の沢田繁二、教頭の粒良武雄及び生活指導部長の花沢正己が警察に出頭したところ、警察側から、事件の関係者として丁原のほか、乙山、丙川の名前を聞かされた。
[9] その後担任らが乙山らから事情を聴取したところ、原告、甲田、戊田も関係者であることが判明し、原告の担任土井は9月23日ころ原告から事情を聞いたところ、原告は5月に本件バイクを購入したこと、事故当日原告が乙山らに右バイクを貸したこと、事故を起したのはそのバイクであることが判明した。そこで土井はその日のうちに花子に電話し、翌日学校に来るように指示したが、花子は事故のことはすでに警察が来て知っており、また右バイクを原告が貸したことは確かだが事件とは関係ないと答えた。
[10] 翌日、土井は花子と面接し、本校においては、バイクにつき三ない原則をとっているのに何故にバイク購入を許したのか、本件バイクを処分するつもりはないかについて花子の意見を尋ねたところ、花子は自宅の周辺では皆バイクに乗っており、原告もバイクが好きで乗りたがっていたので隠れて乗って事故を起すようなことがあってはいけないと思い、免許取得及びバイク購入を許したこと、金も原告の祖父が支出し、高価だったので、それを二足三文の値段で売却することはできないこと、また、いとこに与えるつもりもないこと(《証拠判断略》)を述べ、さらに原告を本件バイクに乗せなければよいはずであり、学校が気にすることではないと言い張り、口調は総じて感情的で高ぶっており、自らが子供に右バイクを買い与えたことが事故に結びついていることについて全く意に介していないばかりか、今後もバイクについての学校側の方針を受けいれる気配が全くない様子であった。そのため土井としてはバイクについての学校側の指導方針について原告の家庭は全く非協力的であるという印象を受けた。
[11] さらに土井は同僚の教師らから情報を収集し、25日あるいは26日に再度原告本人と面接し、原告から、事故の翌日原告を含めた関係者5名が丁原宅に集まって事故を学校に内密にする旨を協議したこと等を聴取した。しかし、原告は土井との2回の面接の際において、尋ねられたことにうなずくだけで何ら自分からは口を開かず、反省の態度も示さなかった。
[12] 生活指導部長の花沢はその後、警察に行き、事故の事情を再度確認し、10月5日、同人が中心となって生活指導部会が開かれ、関係者6名全員の処分について検討がなされたが、原告については、バイクの三ない原則のすべてに違反していること、事故を隠す協議に加わったこと、今後の指導に関して本人に反省態度があまり見られないし、家庭の協力も望めそうにないことが問題となり、結局原告も含め関係者全員に対して自主退学を勧告するという生活指導部の原案が決定された。そして翌6日職員会議において、生活指導部長から事故の概要等の報告が、6名の関係者の各担任の教師から生徒の特徴、成績等の説明がそれぞれなされ、それに対する質問を経て、議論が尽くされた後、生活指導部の原案が提出され、結局は反対意見もなく、原案どおり決定され、申し渡しは翌7日に生徒とその保護者を呼んで副校長がなすことになり、校長の沢田繁二もその旨の処分をなすことを決意した。
[13] 土井はその夜、花子に電話をし、全員自主退学勧告処分に決まったこと、明日申し渡しがあるから登校することを伝えた。
[14] 翌10月7日、原告と花子は他の処分対象者と共に学校に赴き、学校側から副校長、教頭、生活指導部長、学年主任、関係者の担任が出席した中で、生活指導部長が担任から聴取した事実を伝え、副校長が保護者に右事実に間違いないかを確認したうえ、学校側の処分を伝え、原告についても間接的加害者であるから自主退学を勧告する旨申し渡した。申し渡しが終わった後、土井は原告及び花子と今後のことについて話し合ったが、花子は結論が出てしまったのだからもういいと投げやりな態度を示し、土井は転校という形で他校に移ることも考えてほしい旨伝え、退学願の用紙を渡した。その際、副校長あるいは土井から原告及び花子に自主退学処分を拒絶してもよいという説明はなされなかった。
[15] 原告及び花子は家族と相談した結果、原告の姉が退学願を提出して自主退学勧告を受け入れないと、退学処分になるであろうこと、自主退学ならば中退となるが退学処分だと中学卒業と同じになり他の学校へ行けない旨助言したため、自主退学勧告を承諾することにし、10月16日ころ、学校に退学願を提出した。
[16] 担任の土井は10月7日以降も花子と連絡を重ね、他校への転校を勧めたが、普通科に行きたくないという原告の意思もあって結局は転校手続をとることなく、受けとった退学願に所見を添え、また、原告の便宜のため日付を10月9日付とし、受理手続をとることにした。
[17] 右認定事実によれば、土井及び副校長が花子に対して「退学処分と決定した。」と述べたことは認められないのであり、土井及び副校長が退学ということで原告らに退学願の提出を強制し、あるいは退学処分の決定もないのに退学処分であると欺罔したという事実は認められない。右認定に反する証人甲野花子の証言(第1回)は、土井からの電話の際及び副校長からの言い渡しの際土井及び副校長が言った自主退学勧告を退学処分と誤解した可能性が十分にあり、右証言は措信しえない。
[18] 学校教育法11条は「校長及び教員は教育上必要があると認めるときは、――生徒――に懲戒を加えることができる。」とし、同法施行規則13条2項は、「懲戒のうち退学、停学及び訓告の処分は、校長――がこれを行う。」としている。懲戒処分は、教育上の必要ある場合に校長がその裁量によって行うものであり、右施行規則13条2項に定められている3種の処分に限られるものではない(このことは、同項の文言からも明らかである。)。そこで本校が原告に対してなした自主退学勧告処分が懲戒処分の一種であるのか、それとも単に原告及び保護者に対して任意の退学を促す措置にすぎないのかにつき検討する。《証拠略》によれば、退学処分という形をとると、県立高校の場合は県の教育委員会へ、私立高校の場合は県の学事課へ報告がなされ、他校への再入学の道も難しくなるため自主退学勧告という形をとることが認められ、そうだとすると、さらに生徒の就職や結婚等の将来に重大な影響を与えることを避けるために実際には、退学処分相当な場合でも自主退学勧告処分にとどめているのが実情であると考えられる。本件でも警察官に重傷を負わせて最も責任の重いはずの丁原についても自主退学勧告となっていること、《証拠略》によれば、土井及び副校長が花子に「自主退学勧告処分は拒んでもよい」という注意を与えた形跡は認められないし、かえって生活指導部長が事実を報告し副校長が保護者に事実を確認した上でその処分として自主退学勧告と決定したと申し渡していることからすると、本件自主退学勧告は懲戒処分というべきである。さらにその程度については、ともかく学校から外に出すという意味で無期停学より重く退学処分に準ずるものではあるが、形式的にせよ生徒及び保護者に勧告を拒絶することが認められていること、その場合に学校側が再考する手続があるという点において、学校側から一方的に校外へ追いやる退学処分に比して軽い処分であるということができる。しかし生徒を校外に追いやることにかわりはないから、その処分が校長の裁量の範囲内であるかの検討にあたっては、退学処分に準じて考察することが必要である。
1 三ない原則について
(一) 憲法違反であるとの原告の主張について
[19] 原告は、財産権の保障等の憲法規定が私立学校の在学関係においても適用ないし類推適用されること、仮に憲法規定の私人間適用につきいわゆる間接適用説をとるとしても、私立学校の公的性質、憲法89条の「公の支配」に属することから純粋な私人とは区別して憲法規定が実質上厳守されるべきであると主張する。
[20] しかし、憲法第3章の基本権規定は本来国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。私人相互間においては各自の自由な意思決定により権利関係が設定せられ、ただ、一方の他方に対する権利の侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみこれに対する立法措置による是正あるいは私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や、不法行為に関する諸規定の適正な運用によって調整をはかるべきものである。
[21] 私立学校法59条は、「国又は地方公共団体は教育の振興上必要があると認める場合には、別に法律で定めるところにより、学校法人に対し、私立学校教育に関し必要な助成をすることができる。」とし、同条をうけて私立学校振興助成法は右の助成として国または地方公共団体が補助金及び通常の条件よりも有利な条件における貸付金などを交付することができると定めている(同法4条、5条、6条、10条)。右規定は今日における私立学校が公教育の一環として重要な役割を果していることに鑑み、憲法26条1項の「ひとしく教育を受ける権利」を実質的に保障するため、国または地方公共団体が負担すべき責務の現れとして理解しうるものである。私立学校振興助成法12条で定められているように、所轄庁が一定の場合に業務または会計の状況に関し報告を徴したり、予算について必要な変更をすべき旨を勧告したりする程度の規制だけでは私立学校の事業と政策に国の高度のコントロールが及んでいるとはいえないのであって、補助金の支出があることの一事をもって私立学校を国または地方公共団体と同視したり、実質上、他の私人に比してより以上に憲法規定を厳守すべしということはできないのである。
(二) 三ない原則の合理性
[22] 高等学校は公立私立を問わず、生徒の教育を目的とする公共的な施設であり、法律に格別の規定がない場合でも学校長は、その設置目的を達成するために必要な事項を校則等により一方的に制定し、これによって在学する生徒を規律する包括的権能を有し、生徒は教育施設に包括的に自己の教育を託し生徒としての身分を取得するのであって、入学に際し、当該学校の規律に服することが義務づけられる。もとより以上のような包括的権能は無制限なものではないが、その内容が社会通念に照らして著しく不合理でない限り生徒の権利自由を害するものとして無効とはならないと解すべきである。
[23] これを本校が採用している三ない原則について検討するに、《証拠略》によれば、昭和44年から45年にかけて、高校生のバイクによる事故増加に対処すべく、島根、愛知方面において高校生のバイクについての規制が始まり、その後暫次全国的にバイクを規制する高校が増え、昭和56年に至っては全国で31府県がバイク免許取得、使用禁止等何らかの一律規制を設けており、また高校別にみると、全国の約63パーセントの高校が免許取得に否定的であることが認められること、《証拠略》によれば、千葉県においてもすでに85パーセントの公立高校がバイクについての規制を行っていたところ、千葉県高等学校長協会は昭和55年11月28日「生徒の自動車等の運転に係る交通安全の指導基準」を制定し、原則として生徒の自動車等の運転免許証の取得及び運転を認めないこととする統一的な方針を定め、これは昭和56年4月1日から施行されたことが認められること、《証拠略》によれば、昭和57年8月25日全国高等学校PTA連合会が三ない原則を認める特別決議文を採択したことが認められること、《証拠略》によれば、本校においても父兄からバイクについての取締りの要望がでたこともあって三ない原則を校則として採用したこと、三ない原則を採用した根拠としてバイクによる事故から生徒の生命身体を守り、暴走族に加入しやすくなることによる非行化を防ぎ、勉強にあてる時間を確保することにあったことが認められること、そして《証拠略》によれば、千葉県において三ない原則が浸透した昭和55年から高校生の自動二輪車の事故が減少していることが明らかであること、以上の事実を総合すると、三ない原則自体社会通念上不合理なものとは言えず、また本校が三ない原則を採用したことは教育的配慮に基づいたものであり、これまた、社会通念上著しく不合理であるとは到底言い難い。
[24] 原告は、免許取得を禁止することによってかえって隠れて無免許で乗る者が生じ、事故が増加したり、学校に免許証を取りあげられたのに紛失したと称して二重交付を受けたり、事故の際発覚を恐れて逃走してしまうという弊害が生ずると主張するが、昭和55年以降事故が減少したことは前述のとおりであるし、二重交付等の弊害が多発していることは全証拠によっても認定しえない。
[25] さらに原告は、三ない原則によって禁止する以上、安全運転や交通道徳についての教育の必要性がなくなるわけであるが、それは教師の責任の回避であると主張する。確かに《証拠略》によれば、バイクの安全運転の仕方の講習や、実技練習を学校内で指導している高校が存在すること、三ない原則による禁止よりも安全教育、実技指導の方が高校生による事故防止にとって効果的でありより教育的であるという見解の存することは認められ、この点、総理府の中央交通安全対策会議が、昭和51年3月30日付で作成した交通安全基本計画が「高等学校においては小学校及び中学校における指導の成果の基礎に立ってホームルームや学校行事を中心としてより高度の知識、技術や交通のマナーを身につけさせることとし、生徒や地域の実情に応じて、自動二輪車の安全に関する内容についても適宜取上げ、安全に対する意識の高揚と実践力の向上を図るための指導を行う。」とし、文部省が昭和54年1月に定めた「生徒の問題行動に関する基礎資料――中学校・高等学校編」が「一定の年齢に達すれば自動車運転免許取得の資格が法律上も認められる。したがって自動車は危険であるから運転免許を取得しないようにと指導するだけでは真の解決にならない。むしろ交通道徳を守ること,交通規則に違反しないこと、自他の安全に常に配慮することなどの指導を人命の尊重や交通安全の立場から一層充実することが大切である。」とし、さらに文部省体育局長が昭和61年6月6日付で「交通安全教育の徹底について」と称する通知の第4項で、「高等学校においては、高校生の二輪車による事故の防止に資するため、警察署、二輪車安全普及協会等の関係機関・団体と連携しながら、課外指導等において、安全運転の実技指導を行うなど、生徒の二輪車の安全に関する意識の高揚と実践力の向上を図ること。」としている。
[26] しかし、右計画等は、それぞれの部局において策定されたものに過ぎず、これが唯一の国の交通安全に関する教育の基本的政策とも解することができないのであり、三ない原則にも先述のとおりの根拠と効果が認められるのであるから、上記のような見解、計画等が存するからといって、三ない原則を不合理なものということはできない。
[27] さらに原告は、三ない原則によってバイクの事故は減少したとしても、自転車の事故が増加していると主張し、《証拠略》も千葉県における高校生の自転車事故による死傷者が昭和55年の294名が同56年に384名に増加しており、その後も同60年には500名を超えたことが認められる。たとえ、右増加が三ない原則が普及したことに原因があるとしても、自転車事故増加に対する対策は別に考えられるべき問題であり、このことが三ない原則の不合理性を示すものとは言えない。
[28] 原告は、三ない原則は、大学生のバイク事故の多発をもたらしていると主張し、《証拠略》も大学生のバイク事故の増加を示している。しかし右新聞報道によると大学生の事故増加は大学生のバイク通学者が増加したことに帰因するものであることが認められ、これを三ない原則の弊害と断定することはできない。
[29] また、原告は、高校生がバイクに乗ることを暴走族加入とは無関係であると主張し、前記証人土屋もその旨証言しているが、同証人も昭和55年をピークに暴走族が減少していることは認めているし、前記証人守屋の証言もバイク乗車と暴走族加入についての関連性を肯認していることからすると、両者の関連性を全く否定することはできない。
[30] 原告は、校外で子供がバイクに乗るのを許すかどうかは親の家庭教育ないしプライバシーの分野であり、学校側が三ない原則で干渉してくることは右家庭教育権ないしプライバシーの侵害であると主張する。現代における公教育制度の下において私学教育の自由は、私学設置、運営の自由及び私学における教育内容決定の自由を包含し、私学はその範囲内において前述のように入学した生徒に対して包括的権能を有するものであり、他方、親は子供の教育に対し、その自然的関係により主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由を有している。しかし、学校外における生徒の生活がすべて親の権能の及ぶ家庭教育の範囲内に属するということはできず、学校の設置目的達成に必要な事項、学校の教育内容の実現に関連する合理的範囲内の事項については学校の包括的権能が及び、親の家庭教育の権能が制約を受けると解するのが相当である。けだし、校外活動といっても種々のものがあり、それが学校生活と密接な関係を有し、学校生活に重大な影響を与えるものについては、これに対し学校の権能が及ばないとすると、学校内において統一した教育指導が不可能となり、ひいては他の生徒の有する学習権に対する侵害ともなりかねないからである。これを三ない原則についてみると、校外においてバイクに乗ることは一面において個人的趣味ないし個人生活上の事項であるといえるが、他面バイクによる事故で、自他の死傷の結果を招来し、その結果、学校教育に重大な支障を生じるおそれがあり、また、バイク乗車が他の生徒に与える影響は甚大であること、さらに先述のように本件原告もそうであるが、生徒及び親が入学するにあたって学校が三ない運動を採用していることを十分に承知し、かつその三ない原則を学校に対して遵守する旨誓約しているような場合には、三ない原則が著しく不合理であるといえない以上、校外生活について規制することになったとしても決して親の有する家庭教育権ないしプライバシーの侵害になるということはできない。従って、この点に関する原告の主張はとりえない。
[31] 原告はバイクを通じての原告の学習を重視すべきであるとし、三ない原則ならびに本件における学校側の対処の仕方は原告の学習権を侵害するものであると主張する。しかし、前述のように、原告は本校が三ない原則を採用していることを承知の上本校に入学した以上、学校の規則に従うべきことは当然であり、規則違反を理由に処分を受けたとしても原告の学習権が侵害されたということができないのは勿論である。
[32] そのほか、原告は、三ない原則により身心ともに免許取得に適した時期を逸してしまうと主張し、前記証人土屋も同旨を供述するが、前記証人守屋は、逆に高校生は人格的にも未熟で自動二輪車免許取得に適していないと証言しているのであって、必ずしも高校時代が免許取得に適した時期であると断定することはできない。
[33] 以上のとおり、三ない原則は社会通念上著しく不合理であるとは到底認められないのであり、右原則を定めた本校の校則は、学校長の権能を逸脱してなされたとはいえず、有効である。

2 比例原則違反について
[34] 学校教育法11条は、前述のように校長及び教員の懲戒権能について規定しているが、懲戒処分は教育の施設としての学校の内部規律を維持し、教育目的を達成するために認められる自律作用であって、懲戒権者である校長が生徒の行為に対して懲戒処分を発動するにあたり、その行為が懲戒に値いするものであるかどうか、また懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の態様、結果の軽重、本人の関与の程度、本人の性格及び平素の行状、本人の反省態度、改善の見込、家族の協力、右行為の他の生徒に与える影響、懲戒処分の本人及び他の生徒に及ぼす訓戒的効果、右行為を不問に付した場合の一般的影響等諸般の要素を考慮する必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に通暁し、直接教育の衝にあたる校長の合理的な裁量に任されていると解すべきである。もっとも学校教育法11条は懲戒処分を行うことができる場合として単に「教育上必要と認めるとき」と規定するにとどまるのに対し、これをうけた同法施行規則13条3項は退学処分についてのみ(1)性行不良で改善の見込がないと認められる者、(2)学力劣等で成業の見込がないと認められる者、(3)正当の理由がなくて出席常でない者、(4)学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者という4個の具体的な処分事由を定めており、本校の学則33条3項にも右と同様の規定がある。これは退学処分が他の懲戒処分と異なり生徒の身分を剥奪する重大な措置であることにかんがみ、当該生徒に改善の見込がなく、これを学外に排除することが社会通念からいって教育上やむをえないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきであるとの趣旨においてその処分事由を限定的に列挙したものと解される(最高裁判所昭和49年7月19日判決民集28巻5号790頁参照。)。そして、前述のように本件においてなされた自主退学勧告処分は実質上退学処分に準ずるものである以上、右処分についても原告に改善の見込がなく、これを学外に排除することが社会通念からいって教育上やむをえないと認められる場合であったかどうかが吟味されなければならない。
(一) 当該行為の態様、結果の軽重、原告の関与の程度
[35] 前記のとおり原告は本校の校則で定める三ない原則のすべてに違反し学校に内密で自動二輪車免許を取得し本件バイクを購入しさらに自宅付近で右バイクに乗車していたのであり、これらのことは学校の指導方針に明らかに悖る行為であり、生徒の本分に反する行為である。
[36] また、本件事故は警察官に重傷を負わせ、そのまま逃走したというものであり、社会及び他の生徒に与えた衝撃は少なくない。
[37] 事故に対する原告の関与の程度については、原告は事故当日、事故秘匿の依頼に応じただけではなく、翌日丁原宅でなされた事故秘匿の話し合いにも参加し、事故が学校側に発覚するまで報告しなかったのであり、この点においても原告は、生徒としての本分に反した非難さるべき事由が存在する。《証拠略》(生徒手帳)によれば、本校では生徒心得において校外生活で事故や災害に遭いまたは事故を起したときは直ちに学校に報告する旨定められていることが認められ、右報告義務を課することも学校側の生徒指導に必要な事項であり、学校の教育内容の実現に関連するものであって合理性が認められる。本件では原告本人が事故を起したものではないが、原告の貸した本件バイクで事故が起っており、原告の不用意な行為が事故の一因をなしているのであり、また事故の内容も聞かされていたことからすると事故を起した者に準じ報告する義務を肯認すべきである。これに対し、原告は、生徒間で他の友人を庇護することは心情的に無理からぬことであり、これを非難することはできない旨主張するが、本件事故のように重大な人身事故であり、犯罪行為に該当するものまでこれを秘匿し、友人を庇護することまで是認することはできない。
(二) 原告の反省状況
[38]《証拠略》によれば、事故発覚後、土井が原告と面接した際、原告は尋ねられたことについてうなずくだけで、学校に無断で自動二輪車免許を取得し、本件バイクを購入し乗っていたこと、右バイクを友人に貸したこと及びその貸したバイクで事故が起ったことを学校側に報告しなかったことについて自ら反省している態度を示さなかったことが認められる。また、証人甲野花子の供述(第1、第2回)からも原告が右一連の事項について反省していたことは全くうかがわれない。原告が無口な性格であることを考慮にいれても反省の態度を示さなかったことは、学校側が当時の原告の指導を考慮するにあたって原告に不利な要因になったことはやむをえないところであるといえる。
(三) 家庭の協力
[39] 学校教育においては、学校と家庭が相協力して、生徒の教育指導がなされていくものであるが、親が学校の教育方針に賛同せず、非協力的であって説得にも応じない場合には、学校教育の継続に対して重大な支障を生じるのであり、特に本件の三ない原則のように、校外生活に関する規律についてはその指導にあたって家族の理解、協力が不可欠であり、その生徒の今後の改善見込においてもこれが重要視されざるをえないものである。前記認定事実によると、担任の土井が花子に対し本件バイクを処分して学校の方針に従うべく説得したが、花子は全くこれを聞き入れようとはせず、かえって、本校の指導方針と真向から対立し、将来家庭の協力を得て学校の方針どおり原告を指導することが不可能といえる状態であったことが認められる。そうだとすると、再度原告が本件バイクに乗る可能性が十分にあり、また右バイクを仲間に貸すなどし、ひいては本件事故のような重大な結果を生じかねないのであって、本校が原告の処分にあたって家族の非協力を考慮にいれたのは当然である(なお、《証拠略》によれば、原告の父親甲野太郎は、本件事故及びバイクの処分等については無関心ないしは花子と同意見であったことが認められる。)。
[40] 以上のことを総合すると本校が原告に、同校の教育方針に従った改善を期待しえず、教育目的を達成する見込が失われたとして原告を自主退学勧告処分に処したことはやむをえないところであって、社会通念上重きに失し合理性を欠くものであるとは言い難い。

3 自主退学勧告処分に至る手続について
[41] 原告は本校が自主退学勧告処分を決定するに際して原告及び花子に十分な指導説得を重ねなかったし,弁明反省の機会を与えなかったと主張するが、前記認定事実によれば、担任の土井が原告及び花子と個別に面接し、事情を聞き、学校の方針に従うように説得したが原告には反省の様子がなく、花子も真向から学校の教育方針に対立する態度を示したのであって、たとえ、1、2回の面接であったとしても、そこに弁明、反省の機会はあったはずであるし、原告側が学校の教育方針に非協力的であることが明確かつ強度に現われていたものといえるから、その後継続して説得がなされなかったとしても、そのことの一事をもって学校側の右処分が合理的裁量の範囲を逸脱していたということはできない。
[42] 以上のことからすると本件原告に対してなした本校の自主退学勧告処分は有効であり、原告主張の如き違法はない。

[43] よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 荒井眞治  裁判官 手島徹  澤野芳夫)

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