ゼミ生が語る「私の好きな京都」(2020年)
京都錦市場商店街
永島 明奈
(2017年度入学 鈴木ゼミ一期生)

<京都錦市場商店街とは>
 京都市中京区のほぼ中央に位置する錦小路通のうち、「寺町通-高倉通」間に存在し、魚や京野菜の生鮮食材、乾物や漬物、おばんざいなどの加工食品を商う老舗・専門店が集まる市場である。
 錦市場が開かれた理由の一つに「地下水」が関係している。
 昔、錦では、地下水を利用した「降り井戸」で生ものを冷やして冷蔵庫の代わりをしていた。江戸時代に入ると、1615年(元和元年)に幕府によって魚問屋の称号が許され、魚市場として栄えた。そして、1927年(昭和二年)京都中央卸売市場が出来たのを境に、現在の姿に変化した。


<錦市場のアーケード>
 錦市場訪れると見ることが出来るアーケードは1993年(平成五年)に完成した。赤黄緑の色彩が特徴的だが、これは錦市場のイメージカラーであり、錦市場を象徴する顔となっている。

<錦市場と伊藤若冲>
 個性的な絵師が多く登場した江戸時代後半の京都で、強い個性で作品を生み出し続けた絵師。狩野派や中国絵画を学習して絵画制作の基礎を築くが、独自の表現を求めるようになる。
 絵画の主題も個性的である。生家の青物商に由来するさまざまな野菜は、野菜涅槃図というような、それまでの日本の絵画史には見られないユニークな絵画を生み出した。また、動植物を描くと、さまざまな種を克明に再現した博物学的な表現があるかと思えば、空想の動物を描いたようなユニークな作品も描く。京都ならではの伏見人形は若冲が一貫して好んだ対象だった。若冲は、さまざまな技法を自在に使いこなしながら、個性的で魅力的な作品を多く残している。若冲は、真にみずからの表現を追求し続けた絵師であった。

<若冲の生誕の地、錦市場>
 1716年(正徳六年)、京・錦小路(錦市場)にあった青物問屋「枡屋」の長男として生を受ける。若冲が描く絵画のなかには蕪、大根、レンコン、茄子、カボチャなどが描かれ、菜蟲譜という巻物には、野菜だけではなく柘榴や蜜柑、桃といった果物までが描かれている。極め付けは、野菜涅槃図で、釈迦の入滅の様子を描いた涅槃図になぞらえて、中央に大根が横たわり、その周囲には、大根の死を嘆くさまざまな野菜や果物たちが描かれている。

伊藤若冲画「菜蟲譜」
 このようなユニークな作品は、若冲が青物問屋を生家とすることに由来しているといわれる。若冲は、次弟に家督を譲って、錦で絵画三昧の生活を送っていたとされていた。そして、若冲は、錦市場の営業認可をめぐって、じつに細やかに、かつ、積極的に調整活動をおこなっていた。その結果、錦市場は窮状を脱することになった。若冲は、文字通り青物問屋の主人として錦市場に生きていたのである。

<錦市場の取り組み>
錦市場は「伝統」と「信頼」のために取り組みを行っている。

⓵商標登録の取得
 「錦市場」のブランドを保護するため、2004年(平成十六年)4月に特許庁に商標登録を出願。2005年(平成十七年)1月、京都府内の商店街で初めて「錦市場」の商標登録を取得。
 また、2015年(平成27年)1月には「京の台所錦」の商標登録を取得。

②イベントの実施
 2000年(平成12年)3月には錦市場(堺町~柳馬場)をランウェイにしたファッションショー「パリ・ミラノ・イン錦小路2000-01年コレクション」を開催。2005年(平成17年)3月・10月には京都市の姉妹都市フィレンツェ(イタリア)のサンロレンツォ市場から関係者を招き、ズッキーニの漬物などの販売、即席のワイン立ち飲みバーも開設するなど食のイメージの広がりと奥行きあるイベントを実施。
 そして、毎年11月を、歩いて暮らせるまちづくり推進会議“まちなかを歩く日”の一環として、各店舗が協力し、はも鍋、堀川牛蒡と地鶏の鍋など、錦市場ならではの鍋を提供するイベント「錦市場鍋祭り」を開催。
 また、国立京都工芸繊維大学と産学連携し、店舗オリジナルグッズの開発、伊藤若冲のイメージを使ったアーケードのバナー、若冲生家跡(高倉通)モニュメントの作成を行うなど、商店街のイメージ統一にも力を注いでいる。


伊藤若冲のイメージを使ったアーケードのバナー、若冲生家跡(高倉通)モニュメント

③錦にぎわいプロジェクト
 食にこだわる「錦らしさ」に共感し、伝統を守り育てていこうとする経営理念をもつ出店希望者を募集しテナントバンクへ登録、空き店舗が発生した時、その家主にテナントミックスへの理解を求め、出店希望者に物件紹介や家主との面談・交渉を支援している。

 私は、中学生の頃に修学旅行で初めて京都を訪れ、錦市場を利用した。お店の人の威勢のいい声が聞こえてきて、食べ物の美味しそうな匂いもした。その当時は目を向けることが出来なかったが、今になって、京都ならではの商品が並んでいることや、日本人の観光客はもちろん、外国人観光客が多く訪れていて、錦市場は、京都を代表する場所であることが分かった。このような場所があることによって、その地域の活性化が図られることもあるだろう。今回調べたことによって得た知識を踏まえた上で、再度訪れてみるとまた違った楽しみ方が出来るかもしれない。

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