性別変更訴訟(生殖腺除去要件違憲判決)
即時抗告審決定

広島高等裁判所岡山支部 令和2年(ラ)第43号
令和2年9月30日 第2部 決定

■ 主 文
■ 理 由


1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。

 抗告の趣旨及び理由は,別紙抗告状及び抗告理由書〈省略〉各記載のとおりである。
[1] 本件は,性同一性障害者(生物学的には男性であるが心理的な性別は女性)である抗告人が,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項に基づく性別の取扱いの変更の審判(以下「性別変更の審判」という。)を申し立てた事案である。
[2] 原審は,抗告人が同法3条(以下「本条」という。)1項4号の要件(生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。以下「4号の要件」という。)を満たさないとして,本件申立てを却下した。
[3] これに対し,抗告人が本件抗告をした。
[4] 当裁判所も,原審と同様に,抗告人の申立ては4号の要件を満たさず,本件申立ては却下すべきものと判断した。
[5] 当裁判所の判断は,後記2のとおり当審における抗告人の主張に対する判断を加えるほかは,原審判の「理由」の「第3 当裁判所の判断」1及び2(原審判1頁20行目から6頁3行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
[6](1) 抗告人は,4号の要件を精巣等切除の外科手術の施行と解すると,①法律上の性別取扱いを社会生活上の性別に一致させるために,精巣等切除の外科手術を強制されることになり,個人の人格的自律に関わる重大な人権侵害となり,②また,性同一性障害という属性だけを理由に,精巣等切除の外科手術の強制という重い負担と引換えにしか,社会生活上の性別と法律上の性別とを一致させるという重要な権利の保障を受けられないという不合理な差別となり,憲法13条及び14条1項に反してしまうが,特例法の違憲無効を回避する必要があること,特例法の意義と目的に照らすと,4号の要件には,精巣等切除の外科手術を経ていなくても,裁判官が証拠等から「当人の生殖腺の機能全般が失われているのと同等であり,当人の主観を考慮しても,生殖腺の機能回復はあり得ない」と判断した場合も含むと緩やかに解すべきであると主張する。
[7] 4号の要件は性同一性障害者一般に対して生殖腺除去手術を受けること自体を強制するものではないが,確かに,4号の要件の下では,性同一性障害者が性別変更の審判を受けることを望む場合には一般的には生殖腺除去手術を受けていなければならないことになり,生殖腺除去手術を受けることまでは望まないのに性別変更の審判を受けるためにやむなく同手術を受けることはあり得るところであり,その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない。しかし,4号の要件は,性別変更の審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば,親子関係等に関わる問題が生じ,社会に混乱を生じかねさせないことや,長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解され,現在の社会状況等に鑑みると,4号の要件による制約の態様等も相当性があり,憲法13条及び14条1項に違反するものとはいえないというべきである(最高裁平成31年1月23日第二小法廷決定・判例タイムズ1463号74頁)。
[8] 抗告人は,仮に出生した子が,生殖機能を維持したまま性別変更の審判を受け,生物学的な父親ではあるが,法律上の性別取扱いが「女性」である者に認知を求めたとしても,民法779条は認知する父親の法律上の性別取扱いを男性に制限していないから,解決困難な法律上の問題は生じず,戸籍実務という行政事務の問題が残るにすぎず,社会の混乱を生じさせることはないから,精巣等の切除の外科手術の施行と解される4号の要件設置の目的に正当性がない旨主張する。
[9] しかし,民法779条の「父」に「法律上の性別取扱いが女性である父」を含むとの解釈が定着しているともいえず,現在の社会状況が「父である女性」を問題なく容認する状況に至っているともいえず,現時点においては,社会の混乱を生じさせることがなく,戸籍実務の問題が残るにすぎないとまで断ずることができる状況とはいえず,4号の要件を置く意味がないとまではいえない。
[10] 抗告人は,特例法3条1項3号が「現に未成年の子がないこと」を要件にしているように,現行法秩序も,法律上の性別取扱いが「女性」である者が,(性別変更の審判の当時既に成人していた)子の法律上の「父親」になることがあり得ることを前提としているし,更に,精巣等切除の外科手術の前に精子を取出して凍結保存しておき,性別変更の審判後,保存してあった精子を用いた生殖補助医療がされた場合にも同様の事態が生じ得るのであり,4号の要件として精巣等切除の外科手術を強制しても,親子関係を巡る問題の発生を回避することはできないから,4号の要件を設ける目的に正当性がない旨主張する。
[11] 確かに,現行の特例法は,法律上の性別取扱いが「女性」である者が性別変更の審判の当時既に成人していた子の法律上の「父親」になることがあり得ることを前提としているが,未だその者による監護養育を必要とし,学校等の社会において「女性である父」の子として生活していかなければならない未成年者と自ら社会において自立していける成人とでは,社会的状況における配慮や福祉の考慮において差異があると言わざるを得ず,法律上「女性である父」が生じ得るからといって,直ちに4号の要件が不要ということにはならない。また,確かに生殖補助医療により出生した子についての親子関係を遺伝子上の親子関係に一致させるべきか否かという未解決の問題があることは否定できないが,だからといって4号の要件に全く意味がないということにはならない。
[12] 抗告人が主張するように,親子関係等に関わる問題の法的解決や社会的状況の変化により社会に混乱を生じさせなくなったり,社会が生物学的な性別に基づく男女の区別に捉われずに心理的な性別に基づく男女の区別を受容するようになれば,身体への侵襲を受けない自由を制約することなく,性別変更の審判を受けることができるようにすべきといえるが,現時点においては,必ずしもそのような法律の整備が十分になされているともいえず,社会的状況が上記のような状況に至っているともいえず,現時点においては,依然として4号の要件を設置する必要があるというべきである。
[13] 抗告人は,性別変更の審判がされれば,抗告人への女性ホルモンの投与にも健康保険が適用され経済的負担は軽減されるし,経済的負担が軽減されればホルモン療法の継続もより容易になるから,経済的理由による抗告人の生殖機能の復活の具体的可能性はなくなることも考慮すれば,必ずしも4号の要件が生殖腺除去手術の施行を意味すると解する必要はなく,ホルモン療法の継続により,生殖腺の機能の全般が失われているのと同等であり,当人の主観を考慮しても,生殖腺の機能回復はあり得ない場合にも4号の要件該当性を認めるべきであり,生殖腺除去手術の施行が必要とするのは目的達成のための方法として過剰な制約を要求するものであると主張する。
[14] しかし,性別変更の審判がされて,法律上の取扱いが「女性」であることになれば,当然に女性ホルモンの投与に健康保険が適用されることになるかは明らかではなく,仮にそうであっても他の理由により経済的にホルモン療法を継続できなくなるなど,生殖機能の復活の可能性は否定できない。4号の要件の方法は身体への侵襲を受けない自由を制約するものではあるが,現時点においては,その制約の程度が過剰とまではいえない。
[15] 抗告人は,仮に生殖機能の復活があったとしても,抗告人の主体的な「生殖する」意思がなければ生殖は起こり得ないところ,性同一性障害と診断され,自ら望んでホルモン療法を受け,生殖機能の低下を受け容れ,女性として生活している抗告人が,「男性」としての将来の「生殖」に関与する具体的可能性はなく,特例法の目的と意義に照らせば,当然に抗告人の主観的事情を考慮して4号の要件の存否を判断すべきであると主張する。
[16] 性同一性障害者とは生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず,心理的にはそれとは別の性別(他の性別)であるとの持続的な確信を持ち,かつ,自己を身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有する者であって,そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的な知見に基づく診断が一致しているものをいう(特例法2条)から,性同一性障害者であるか否かの判断に当たっては,当然,当人の主観的事情が考慮されていることになる。したがって性同一性障害者であることを前提にして,性別変更の審判の要件を定めている4号の要件の解釈に当たって,当人の主観的事情を考慮できるとすると,性同一性障害者であれば例外なく4号の要件が認められることになり,4号の要件を置いた意味がなくなるというべきである。したがって,4号の要件の存否を判断するに当たっては,当人の主観的事情を考慮すべきではなく,もっぱら客観的事情に基づいて解釈すべきであり、抗告人の上記主張は採用できない。

[17](2) 抗告人は,特例法3条1項5号の要件(その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。以下「5号の要件」という。)についても,憲法13条及び14条1項に違反となる可能性があり,これを回避する必要があるところ,5号の要件が曖昧であることや「女性」から「男性」への性別変更の審判において性別適合手術が完全になされていない場合にも5号の要件該当性を肯定している旨の報告がされているような実情に照らせば,5号の要件は,本件の求める性別での社会生活に支障がないと判断される場合は,緩やかに判断されるべきであり,■,精巣等切除の外科手術や造膣術等の手術を経ていなくても,それによる支障や周囲との混乱や衝突がないという実情を考慮すれば,抗告人は5号の要件を満たすとすべきであると主張する。
[18] しかし,抗告人に4号の要件の該当性が認められないことは,前記引用に係る原審判が認定説示するとおりであり,抗告人の当審における4号の要件についての主張に理由がないことは既に説示したとおりであって,4号の要件が認められない以上,5号の要件の該当性を検討する必要性も,憲法適合性を判断する必要もないから,抗告人の上記主張を判断するまでもなく,抗告人の本件申立ては却下すべきである。

[19] よって,本件抗告は理由がないことが明らかであるから,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。

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