被災者生活再建支援金支給決定取消事件
控訴審判決

被災者生活再建支援金支給決定取消処分取消,不当利得返還反訴,不当利得返還請求控訴事件
東京高等裁判所 平成30年(行コ)第43号
令和元年12月4日 第5民事部 判決

口頭弁論終結日 令和元年8月28日

当事者の表示 別紙1当事者目録記載のとおり

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 別紙1別表1〔省略〕記載の控訴人ら〔X1~X26,X28~X45〕の本件控訴について
(1) 原判決主文1項及び2項を取り消す。
(2) 別紙2処分目録記載の各処分をいずれも取り消す。
(3) 被控訴人の上記控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
2 別紙1別表2〔省略〕記載の控訴人ら〔X46-1~X46-4〕の本件控訴について
(1) 上記控訴人らの本件控訴を棄却する。
(2) 訴訟承継により,原判決主文3項を次のとおり更正する。
(3) 上記控訴人らは,被控訴人に対し,別紙1別表2〔省略〕の各「支給金額(円)」欄記載の金員〔各37万5千円〕及びこれに対する平成25年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,別紙1別表1記載の控訴人らと被控訴人との関係では,第1,2審を通じ,本訴反訴とも,被控訴人の負担とし,別紙1別表2記載の控訴人らと被控訴人との関係では,控訴費用を同控訴人らの負担とする。

1 別紙1別表1〔省略〕(以下単に「別表1」という。)記載の控訴人ら(以下「控訴人X1ら」という。)の本件控訴の趣旨
 主文1(1)ないし(3)と同旨

2 別紙1別表2〔省略〕(以下単に「別表2」という。)記載の控訴人ら(以下「控訴人X46-1ら」という。)の本件控訴の趣旨
(1) 原判決主文3項を取り消す。
(2) 被控訴人の控訴人X46-1らに対する請求をいずれも棄却する。

 なお,被控訴人は,次のとおり原判決主文を更正すべき旨の申立てをした。
(1) 原判決主文2項の「別表」を「本判決添付別表1」と更正する。
(2) 原判決主文3項を「控訴人X46-1らは,被控訴人に対し,別紙1別表2〔省略〕の各「支給金額(円)」欄記載の金員〔各37万5千円〕及びこれに対する平成25年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え」と更正する。
[1] 本件建物に居住する住民であって東日本大震災に被災した本件当事者住民(控訴人X1ら(ただし,別表1のNo.18の1~4の控訴人らについてはその被相続人である亡X18。以下この項及び次項において同じ)及び第1審第2事件被告亡X46)は,本件建物の被害の程度を「大規模半壊」とする仙台市太白区長の平成23年8月30日付けり災証明を前提として,同年9月から同年12月までの間に,宮城県より被災者生活再建支援法(支援法)に基づく被災者生活再建支援金(支援金)の支給に関する事務の全部の委託を受けた被控訴人から,同法所定の被災世帯(大規模半壊世帯)の世帯主に該当するとして,支援金の支給の決定(本件各原決定)を受けたが,その後,本件建物の被害の程度を「一部損壊」とする仙台市太白区長の平成24年2月10日付けり災証明を契機として,平成25年4月26日付けで,被控訴人から,本件各原決定の全部を取り消す旨の決定(本件各処分。このうち第1審第2事件被告亡X46に対するものを「本件処分46」といい,その余のものを「本件処分1~45」という。)を受けた。 [2] 本件は,①控訴人X1ら(第1審第1事件本訴原告・第1事件反訴被告)が,本件建物の被害の程度は「大規模半壊」に当たるなどと主張して,被控訴人(第1審第1事件本訴被告・第1事件反訴原告・第2事件原告)に対し,本件処分1~45の取消しを求めた(第1審第1事件本訴)のに対し,②被控訴人が,控訴人X1ら及び第1審第2事件被告亡X46に対し,本件各処分により本件各原決定に係る支援金に相当する額の不当利得が発生したと主張して,不当利得に基づき,同額の不当利得金及びこれに対する被控訴人が定めた返還期限の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(第1審第1事件反訴・第2事件)という事案である。

[3] 原審は,控訴人X1らの本件処分1~45の取消請求をいずれも棄却し,被控訴人の不当利得返還請求をいずれも認容したところ,控訴人X1ら及び第1審第2事件被告亡X46が控訴した。
[4] なお,亡X18は平成26年5月1日死亡し,第1審第2事件被告亡X46は平成28年11月23日死亡したため,別表1のNo.18の1~4の控訴人らが亡X18の共同相続人として,控訴人X46-1らが第1審第2事件被告亡X46の共同相続人として,訴訟手続を承継した。

[5] 関係法令等の定め及び前提事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

[6](1)ア 原判決3頁19行目及び同30頁1行目の「別紙1」を「別紙3」に改める。
[7] 原判決33頁2行目冒頭に改行して次のとおり加える。
[8](1) 業務規程8条は,被控訴人は,支援法4条1項の規定により,支援金の支給に関する事務として,次に掲げる事務の委託を受けるものとする旨を定め,その2号において支援金の支給の決定及び却下の決定,その5号において支援金の支給の決定の取消しを掲げる。」
[9] 原判決33頁2行目の「(1)」を「(2)」に,同頁8行目の「(2)」を「(3)」に,同頁12行目の「(3)」を「(4)」にそれぞれ改める。

[10](2) 原判決4頁3行目の「マンション群」の次に「(以下「本件マンション群」という。)」を加え,同頁9行目末尾に改行して次のとおり加える。
[11]なお,被控訴人は,平成11年2月,内閣総理大臣から支援法人の指定(支援法6条1項)を受け,被災者生活再建支援事業業務規程(業務規程)を作成し,内閣総理大臣の認可を受けた(業務規程の要旨は,別紙3第2の2のとおりである。乙3,弁論の全趣旨)。」
[12](3) 原判決5頁4行目の「別表」を「本判決添付別表1」に,同頁5行目の「第2事件被告」を「第1審第2事件被告亡X46」にそれぞれ改める。

[13](4) 原判決5頁8行目の「仙台市太白区は」の次に「,本件当事者住民その他の本件建物の住民からその被害の程度についての再調査の申請はされていなかったが」を加える。

[14](5) 原判決6頁3行目の「第2事件被告に対するもの」を「本件処分46」に改める。

[15](6) 原判決6頁5行目末尾に改行して次のとおり加える。
[16]なお,亡X18は,控訴人ら訴訟代理人弁護士に本件本訴の提起等を委任していたところ,平成26年5月1日,死亡した。亡X18の相続人は,妻である控訴人X18-1と,子である控訴人X18-2,控訴人X18-3及び控訴人X18-4である。」
[17](7)原判決6頁7行目の「第2事件被告に対するもの」を「本件処分46」に改める。

[18](8) 原判決6頁11行目末尾に改行して次のとおり加える。
[19] 第1審第2事件被告亡X46は,原審係属中の平成28年11月23日,死亡した。同人の相続人は,子である控訴人X46-1らである。」
[20] ①本件処分1~45の取消請求については,後記第3の2で説示するところを踏まえると,本件各処分の違法性の有無として,本件各原決定の違法又は不当(以下単に「違法等」ということもある。)の有無(争点(1)),本件各原決定を職権で取り消すことの可否(争点(2))が争点となり,②被控訴人の控訴人らに対する不当利得返還請求については,更に控訴人らによる本件各原決定に係る支援金の利得が法律上の原因を欠くか否か(争点(3))、特に本件処分46(本件各処分のうち第1審第2事件被告亡X46に対するもの)に関しては,既にその不服申立てがされないまま法定の出訴期間(行政事件訴訟法14条参照)を経過していることから,これが無効であるか否かが争点となる。

[21] 争点に関する当事者の主張の要旨は,後記6のとおり当審における当事者の補充主張を付加し,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」4に記載のとおりであるから,これを引用する。

[22](1) 原判決6頁26行目冒頭から同行目末尾までを「(1) 争点(1)(本件各原決定の違法等の有無)について」に改める。

[23](2) 原判決7頁1行目の「本件当事者住民」を「控訴人ら」に改め,同頁21行目末尾に改行して「よって,本件各原決定は,適法である。」を加える。

[24](3) 原判決8頁13行目の「瑕疵があり」から同頁14行目末尾までを次のとおり改める。
「,その判断過程に迅速かつ公平な給付の実現という支援法の趣旨等に反する不合理な点があり,違法があるから,これをもって本件建物の被害の程度が大規模半壊に当たることを否定することはできない。」
[25](4) 原判決8頁16行目の「支援金の」を「 支援金の」に改め,同頁26行目末尾に改行して次のとおり加える。
[26]以上によれば,本件各原決定に係る申請は,これに添付された本件第2回り災証明書が上記の経緯から失効したことが判明し,当該世帯が被災世帯であることを証する書面(支援法施行令4条1項)を欠く点で不適法なものとなるため,当該申請に基づいてされた本件各原決定は,不適法であり,取り消されるべきものというべきである。
[27] 本件当時,り災証明書は,その発行の根拠となる具体的な法令の規定はなく,市町村が自治事務(地方自治法2条2項,8項)として発行していたものであり,その発行手続は各市町村の裁量に委ねられていた。
[28] 控訴人らが指摘する内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(以下「内閣府参事官」という。)の「平成23年東北地方太平洋沖地震に係る住家被害認定迅速化のための調査方法について(平成23年3月31日事務連絡)」(甲17,以下「本件事務連絡」という。)は,地方自治体の自治事務に関して法的拘束力を有するものではなく,また,市町村が本件建物の住民からの要請なしに自らの判断で再調査を行うことは禁止されていない。
[29] したがって,本件第3回り災証明書の発行手続に瑕疵があるとはいえない。」
[30](5) 原判決9頁2行目の「本件当事者住民」を「控訴人ら」に改め,同頁3行目「」の次に「(ア)」を加える。

[31](6) 原判決9頁14行目末尾に改行して次のとおり加える。
[32](イ) また,前記第2の4(1)(控訴人らの主張)イ(本判決による補正後の原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」4(1)(控訴人らの主張)イ)で述べた事情に照らすと,本件第3回り災証明書を発行する手続には違法があるから,本件第3回り災証明書により本件当事者住民の世帯が大規模半壊世帯に該当しないものとしてされた本件各処分は,違法・無効である。」
[33](7) 原判決10頁18行目の「」の次に「(ア)」を加え,同頁22行目末尾に改行して次のとおり加える。
[34](イ) 前記第2の4(1)(被控訴人の主張)イ(本判決による補正後の原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」4(1)(被控訴人の主張)イ)のとおり,本件第3回り災証明書を発行する手続に違法又は不当の瑕疵はなく,これに基づいて被控訴人がした本件各処分は適法である。」
[34](8) 原判決11頁26行目末尾に改行して次のとおり加える。
(3) 控訴人らによる本件各原決定に係る支援金の利得が法律上の原因を欠くか否か(特に,本件処分46が無効であるか否か)

(控訴人らの主張)
ア 控訴人X1らについて
[35] 争点(1)及び同(2)における控訴人らの主張のとおり,本件処分1~45(本件各処分のうち控訴人X1ら(ただし,別表1のNo.18の1~4の控訴人らについてはその被相続人である亡X18。以下この項において同じ。)に対するもの)は取り消されるべきであるから,控訴人X1らによる本件原決定1~45(本件各原決定のうち控訴人X1らに対するものをいう。以下同じ)に係る支援金の利得が法律上の原因を欠くものでないことは,明らかである。
イ 本件処分46の無効(控訴人X46-1ら関係)
[36](ア) 支援金の支給の決定及びこれを取り消す決定は,支援金の支給を申請した当該被災世帯の世帯主に対してのみ効力を有するものであり,当該決定の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要がないから,当該決定の瑕疵が重大であり,かつ,支援法に基づく被災者に対する支援行政の安定とその円滑な運営が要請されることを考慮してもなお出訴期間の経過による不可争的効果の発生を理由として当該世帯主に当該決定による重大な不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には,上記瑕疵が必ずしも明白なものではなくても,当該決定は当然無効であると解するのが相当である。
[37](イ) これを本件についてみると,本件処分46は,争点(1)及び同(2)に関する控訴人らの主張のとおり,本来取り消すことができない本件各原決定のうち第1審第2事件被告亡X46に対するもの(以下「本件原決定46」という。)を取り消すものであり,その結果,同人の相続人である控訴人X46-1らに対し,支給した支援金の返還義務を課すことは,重大な不利益を甘受させるものであって,支援法の趣旨及び目的に反し,支援行政の安定とその円滑な運営に反するものといわざるを得ない(このような本件処分46の違法は明白である。)。
[38] そうすると,前記(ア)の例外的な事情があるというべきであり,本件処分46は,当然無効と解するのが相当である。

(被控訴人の主張)
[39] 控訴人らの主張は否認し又は争う。」
(1) 本件建物の「大規模半壊」該当性との関係
[40] 仙台市太白区は,本件建物の住民からの再調査要請に基づき,本件第2回調査を実施し,その結果(本件第2回調査は,所定の手続に基づき,通常よりも多い3名の職員により十分な時間をかけて実施されたものであり,建築の専門的知識を有しない判定員が行った外観目視によれば,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」4(1)(控訴人らの主張)アのとおり,損傷程度IIIに該当すると判断されるものであった。その判定(調査)結果については,後記(2)イのような事情があったとしても,少なくとも当該調査の当時においては適正性の観点から問題とされる余地はなかった。)を踏まえて「大規模半壊」に該当する旨の本件第2回り災証明書を発行した。このような仙台市太白区の判断過程に支援法の趣旨又はこれを具体化した本件事務連絡(甲17)の定める調査方法に照らして不合理な点がない以上,本件第2回り災証明書の判定は,支援法の趣旨に適合した合理的な判断というべきである。
[41] なお,本件建物の梁上には,本件第3回調査の際には該当箇所がシートで覆われていたために見落とされたが,重大な損傷(梁の構造体である鉄筋の一部が露出していた。甲46〔2頁の写真〕)が存在した。これは,構造建築学の専門家であるD建築士の意見書(甲46)によれば,「平面保持を許さない大きな地震力によって主要な構造体である大梁が損傷した」ものであり,この点を看過したC建築士の意見(甲56)は採用できない。上記事実によれば,「(RC)著しい剥落の発生」又は「(RC)鉄筋の露出(変形なし)」として損傷程度IVにも該当し得るものであったから,本件建物の梁上に「(RC)一部で剥離が発生(鉄筋の露出なし)」に当たる損傷があったといえる。
[42] したがって,本件建物は「大規模半壊」に該当し,本件当事者住民は「大規模半壊世帯」に該当するから,これに反する本件各処分は違法である。

(2) 本件第3回調査等との関係
[43] 支援法2条2号ニの「大規模半壊」要件の趣旨(全壊には至らないものの,支援の必要が認められる程度に大きく損壊し又は大きな損害が発生している世帯を支援の対象に含めるためのもの)及び支援金の性質(定額渡し切りの見舞金である。)に照らすと,行政機関には「大規模半壊」要件の該当性を簡易迅速な調査により決定を行う義務が課されており,被災者の要請がないにもかかわらず,行政機関が詳細な調査方法によりその要件該当性を認定することは,被災者の権利を害するものとして違法というべきである。
[44] これを本件についてみると,本件第3回調査は,「第2次調査(再調査)は,第1次調査に基づくり災証明の判定結果に不服がある者からの申請があった場合に限って行う」旨の内閣府の運用指針及び仙台市のり災証明等取扱要領(以下「取扱要領」という。甲36)に反し,25万件以上にのぼる被災物件のうち,唯一本件建物に対してのみ職権により行ったものである。このような本件第3回調査は,著しく平等原則に違反し,迅速な被災者救済を目的とした支援法の趣旨に反するものであるから,違法な職権調査であるといわざるを得ない。
[45] 仙台市は,内閣府の運用指針に基づく損害割合の算定方法(各部位の損害割合を逐一計測・計算して建物全体の被害割合を算出するものであった。甲34)を抜本的に簡素化・抽象化し,被災建物の被害程度の判定方法につき,現況目視のみにより得ることができた情報を基に第1次調査票の該当項目をチェックする方法(甲38の1を参照)を採用していた。
[46] しかし,本件第3回調査は,上記アのとおり職権で行われただけでなく,本件建物についてのみ建築士の意見を基準としたり災判定の手法を用いて行われたものである。すなわち,本件第3回調査においては,本件建物の現況目視(甲46〔1頁の写真〕)によれば,本件建物の梁(第1次調査票の「②柱・耐力壁・基礎」に該当する。)に「剥離」が認められるから,「(RC)一部で剥離が発生(鉄筋の露出なし)」に該当するにもかかわらず,「本件建物の梁下の損傷は,無筋であるため地震の影響を受けやすい増しコンが梁方向にぶつかり,その衝撃で増しコンが剥離し,それに伴い梁下のコンクリートが剥離した」旨のC建築士の意見(C建築士が指摘した事情は,建物の設計図面を見なければ判明しないことであり,現況目視で把握できるものではない。)をも考慮して,梁に「損傷は確認されず」と判定したものである。このような判定方法は,支援法の制度趣旨に反し,かつ,本件当事者住民との関係で著しい平等原則違反に当たるというべきである。
[47] 以上に加え,本件第3回り災証明書の発行が「り災証明の判定下げを行わない」との仙台市の従来の運用(甲68)に反するものであったことを併せ考慮すれば,本件第3回調査に基づく本件第3回り災証明書の発行手続には重大な違法があるから,本件各処分も違法である。

(3) 業務規程11条との関係
[48] 支援法11条1項前段により作成が義務付けられ,かつ,内閣総理大臣の認可を受けることを要する被控訴人(支援法人)の業務規程は,11条において,支援金の支給を受けた被災者の信頼保護の要請と適正かつ公平・公正な支給の実施の要請とを比較考量し,支援金制度の実効性を確保する観点から,例外的に不利益変更である支援金の給付の決定の取消しや返還請求等をすることができる場合として,被災者に帰責事由がある場合を定めており(内閣府参事官の意見。甲18),業務規程11条所定の事由が存在しない場合に被控訴人が支援金の支給の決定を取り消すことは予定されていないと解すべきである。
[49] これを本件についてみると,本件第1回り災証明書の発行後,本件建物の住民の申請に基づき本件第2回調査が行われ,その結果を踏まえて,本件建物が「大規模半壊」に該当する旨の本件第2回り災証明書が発行され,これに基づき本件各原決定がされたのである。したがって,本件各原決定に至った経緯に本件当事者住民の落ち度はない。
[50] そうすると,その後に前記(2)のような経緯で本件第3回り災証明書の発行がされたことをもって,業務規程11条所定の取消事由に該当するとはいえない。

(4) 授益的処分の取消しとの関係
[51] 本件各処分は,次のとおり,本件当事者住民の被災者としての権利を侵害し,かつ著しく平等原則に違反するものであるから,判例法理に反する違法な授益的処分の取消しに当たり,許されない。
[52] 前記(2)のような本件第3回り災証明書の発行に至った経緯に照らすと,本件建物についてのみ,著しく不合理かつ不平等な取扱いを受け,その結果として本件当事者住民の受ける不利益は重大であり,かつ,迅速かつ公平に支援金を支給するという支援法の趣旨が全く没却されることになり,公共の福祉の見地からしても本件各原決定を取り消すことは相当でない。
[53] 本件当事者住民が,本件第2回調査に基づいて発行された本件第2回り災証明書を根拠としてされた本件各原決定により支援金を受け取ったことについて,前記(3)のとおり本件当事者住民の帰責性は何ら存在せず,この点からも本件各原決定を取り消すことは相当でない。
[54] 本件当事者住民は,東日本大震災の影響により,各専有部分内においても重大な被害を受けており,それぞれの生活再建をする上で様々な費用を支出しなければならなかったのであり,現にその大半が,それぞれの支出計画に基づき,仙台市による第1回説明会が開催された平成24年2月15日までに,支給された支援金をリフォーム等の生活再建のために支出していた。そもそも支援金の費消は,被災地の復興支援という支援法の目的達成に貢献するものであり,事後的に支援金の支給の決定が取り消される可能性を念頭に置くとすれば,被災者が支給された支援金を安心して生活再建のために支出することはできなくなるし,相当期間経過後に事後的に支援金の支給の決定が取り消されるとすれば,ようやく軌道に乗ってきた被災者の生活再建や生活の安定が妨害されることになる。
[55] したがって,支給された支援金について返還を要しないことに対する被災者の信頼は,それが保護に値しないというべき特段の事情がない以上,保護する必要性が高く,仮にり災判定の結果が変更し,支援金の支給要件を充たさないことになったとしても,支援金の支給の決定を取り消すほどの必要性はなく,当該決定を維持することが公共の福祉の要請に照らして著しく不当なものとはいえない。
[56] 本件当事者住民と同様に支援金の支給を受けた本件建物の住民の中には支援金の返還に応じた者(世帯主)が存在するが,それは個別の事情によるものであるから,このような事情は,支援金の支給の決定を事後的に取消して返還請求を行っても支援金制度の実効性や支援金制度への信頼,一旦支給された支援金の返還を要しないことに対する被災者の信頼等を損なわないことについて,何らかの裏付けになるものではない。
(1) 本件建物の「大規模半壊」該当性との関係
[57] 支援金の支給申請は,当該世帯が被災世帯であることを証する書面を添付してしなければならない(支援法施行令4条1項)ところ,支援金の支給に関する事務の委託を受けたにすぎない被控訴人としては,独自に当該世帯の被災状況の調査を行う権限や能力を有しておらず,上記の書面をもって被災世帯に該当するか否かを判断することとなる。
[58] 本件の場合,本件各原決定に係る申請に添付された本件第2回り災証明書につき,これを発行した仙台市太白区長が,本件第3回り災証明書によって被害の程度を一部損壊に修正し,本件第2回り災証明書を失効させたのであるから,被控訴人において,これに基づき本件建物の被害の程度は大規模半壊には当たらず,本件当事者住民の世帯が大規模半壊世帯には該当しないと判断したものであり,その判断に誤りはない(なお,控訴人ら指摘の本件建物の梁上にある重大な損傷は,本件建物の被害の程度の認定にどのように関係するかが不明であり,被控訴人としては,上記のとおり独自に被災の状況を調査,認定できない以上,この点を考慮して「大規模半壊」要件の該当性を判断することはできない。)。

(2) 本件第3回調査等との関係
[59] 支援法2条2号ニは「大規模半壊世帯」を明確に定義しているから,これに該当するか否かは客観的に判断することが可能であり,発行済みのり災証明書に疑義が生じた場合にそれを発行した市町村がその判断を検証することも当然である。
[60] 本件においては,本件マンション群のうち本件建物以外の8棟は,いずれも大規模半壊に至らないものであったことから,本件建物についての再調査(本件第3回調査)を行ったものであり,本件第3回調査が不当な動機・目的により行われたものとはいえない。
[61] そして,前記(1)のとおり,被控訴人としては,独自に当該世帯の被災状況の調査を行う権限や能力を有しておらず,市町村が発行したり災証明書をもって被災世帯に該当するか否かを判断することとなるところ,本件では,本件建物が「大規模半壊」に該当する旨の本件第2回り災証明書を無効とし,本件建物が「一部損壊」に該当する旨の本件第3回り災証明書が発行されており,原判決が説示したとおり,本件第3回り災証明書の発行手続に瑕疵はない以上,仙台市がり災証明の判定下げをしないという運用を行っていたとしても,本件建物が「大規模半壊」に該当しないとした被控訴人の判断に誤りがあるとはいえない。

(3) 業務規程11条との関係
[62] 支給要件に該当しないにもかかわらず支援金を支給することは,違法であることが明らかであり,これを是正するのが原則である。支援法がこの原則を修正する趣旨の規定を置いていない以上,支援金の支給の決定を取り消すことができる場合が業務規程11条に定める場合に限定されると解することはできない(なお,支給要件を満たさない者に対して交付された支援金の原資の国庫支出金に相当するものは国庫に返還すべきとする内閣府通知も存在した。)。

(4) 授益的処分の取消しとの関係
[63] 次の点に照らすと,取消しをしないことによって本件各原決定に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益は,本件各原決定の取消しによって生ずる不利益と比較して極めて大きく,本件各原決定を取り消さなければ公共の福祉の要請に照らして著しく不当であり,本件各原決定を取り消すことができるから,本件各処分に違法はない。
[64] 本件第2回り災証明書(甲1)には被害の程度の認定が変更される可能性についての注意書きがあった上,その判定結果は,本件マンション群の他の建物8棟の判定結果と著しく異なっており,仙台市太白区は,本件各支援金の支給がされてから間もなく,本件第3回調査を実施し,本件第3回り災証明書を発行した後の平成24年2月及び3月,本件当事者住民を含む本件建物の住民に対し,被害認定の取消しについての説明会を実施していた(以上の経過に照らすと,本件当事者住民は,本件第2回り災証明書による被害の程度が変更となり,当該証明書が無効になる可能性を認識し,又は認識することができたというべきである。)。
[65] したがって,本件各処分が支援金制度の実効性を失わせ,支援金制度に対する信頼を損なうことはあり得ないし,支援金の支給の決定の取消しによる被災者の不利益なるものは,一般的・抽象的なものにすぎず,実体的な根拠がない。
[66] 本件各処分は,本件当事者住民に帰責事由があることや本件第2回調査の不備を理由とするものではない。被災者支援制度において,被控訴人は,支援金申請書に添付された市町村発行のり災証明書による被害の程度に応じて支援金を支給することとされており,被控訴人が独自に被害の程度を認定することやそのための調査に関与することは予定されていない。したがって,本件第2回り災証明書の取消しについては,被控訴人にも基金の原資を負担する各都道府県にも帰責事由は存しないのであり,損失者と利得者の間の利益考量をするのであれば,被控訴人に損失が生じており,控訴人らに利得が存在するという客観的な事実を比較の対象とすべきである。
[67] むしろ,支援金制度を支えているのは,支給された支援金の返還を要しないとすることに対する被災者の信頼ではなく,それが適切に支給されていることについての納税者の信頼であり,支援金が法律の要件を満たさない者に交付され,その返還を求めることができないとなった場合には,支援金制度の必要性・妥当性についての疑問が生じ,住民を代表する各議会で支援金のための支出が円滑に承認されることが難しくなり,支援金制度を持続すること自体を危うくするから,本件各処分による控訴人らの不利益をはるかに上回るというべきである。
[68] 支援法は,支給を受けた支援金をいつ支出するかの判断を被災者に委ねているし,本件当事者住民による支援金の使途は極めて漠然としている。また,本件当事者住民は,いかなる支出計画を立てていたか,そのうちどの部分に支援金を充てようとしていたのか,各人の収入や財産の状況も全く不明であり,その影響の程度を推し量ることもできない。
[69] そして,本件当事者住民の支援金の使途をみても,無用な支出を強いられる結果とはなっておらず,当該支出によって享受した経済的利益を超えるような実害が支援金の返還によって生ずることになるといった事情もうかがわれない。
[70] 以上に照らすと,支援金を返還することは被災者の生活再建に対する阻害要因とならず,また,支給された支援金の返還を要しないこととすることに対する被災者の信頼なるものが存在しないことは明らかである。このことは,本件当事者住民と同様に支援金の支給を受けた本件建物の住民の中には,支援金の返還に応じた者(世帯主)が相当数存在することからもうかがわれる。
[71] 当裁判所は,原判決と一部異なり,控訴人X1らの本件処分1~45の取消請求(①)は理由があり,被控訴人の不当利得返還請求(②)のうち,控訴人X1らに対する部分はいずれも理由がないが,控訴人X46-1らに対する部分は(既にその不服申立てがされないまま法定の出訴期間を経過している本件処分46が当然無効であるとはいえないため)理由があると判断する。その理由は,次のとおりである。
[72](1) 一般に,行政庁の処分がされた後,当該処分に違法又は不当があることが明らかになった場合には,法律による行政の原理又は法治主義の要請に基づき,当該処分の職権による取消しを認める明文の根拠規定がなくても,当該処分をした行政庁が自ら当該処分を職権により取り消すことができるものと解される。
[73] しかしながら,その取消しにより名宛人の権利又は法律上の利益が害される行政庁の処分(いわゆる授益的処分)については,当該権利又は法律上の利益の保護や当該処分が適法であり有効に存続するものと期待した名宛人の信頼の保護等の観点から,当該処分をした行政庁その他正当な権限を有する行政庁は,自らその違法又は不当を認めた場合においても,処分の取消しによって生ずる不利益と,取消しをしないことによって当該処分に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し,当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときに限り,これを職権により取り消すことができると解するのが相当である(最高裁昭和28年(オ)第375号同31年3月2日第二小法廷判決・民集10巻3号147頁,最高裁昭和39年(行ツ)第97号同43年11月7日第一小法廷判決・民集22巻12号2421頁参照)。

[74](2) これを本件についてみると,支援法は,支援金の支給の決定を職権により取り消すことができる旨の規定を有しないが,上記(1)で説示したところに照らすと,当該決定をした行政庁である都道府県(本件に関しては宮城県)は、①当該決定に違法又は不当があると認められ,かつ,②当該決定の取消しによって生ずる不利益と,取消しをしないことによって当該決定に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し,当該決定を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときは,当該決定を職権により取り消すことができると解するのが相当である。
[75] そして,関係法令等の定め及び前提事実によれば,被控訴人は,宮城県から支援法4条1項に基づき支援金の支給に関する事務の全部の委託を受けており(前提事実(1)イ),被控訴人が作成し,かつ,内閣総理大臣の認可を受けた業務規程には,被控訴人が宮城県から委託を受けた「支援金の支給に関する事務」として,何らの留保なく「支援金の支給の決定の取消し」が明示的に掲げられていること(別紙3・第2の2(1))に照らすと,被控訴人は,宮城県から上記のような支援金の支給の決定の職権取消しに係る権限について授権されたものと認められる。

[76](3) これに対し,控訴人らは,業務規程11条から13条までの規定等に照らし,業務規程11条所定の事由が存在しない場合に被控訴人が支援金の支給の決定を取り消すことは予定されていないなどと主張する。
[77] しかし,上記のとおり,業務規程には,被控訴人が宮城県から委託を受けた「支援金の支給に関する事務」として,何らの留保なく「支援金の支給の決定の取消し」が明示的に掲げられていること(別紙3・第2の2(1))に照らすと,業務規程11条は,上記決定を受けた者の責めに帰すべき事由があり,当該決定を職権により取り消すべきであると考えられる最も典型的な場合を定めたものと解するのが相当であり,業務規程(乙3)を精査しても,当該決定の職権取消しを業務規程11条の場合に限定したものと解すべき根拠は見当たらない。なお,内閣府参事官作成の平成24年3月16日付け書面(甲18)には,業務規程11条は,例外的に不利益変更である支援金の支給の決定の取消し等をすることができる場合として,被災者に帰責事由がある場合を定めているものであるとし,本件のような事案で上記決定を取り消すこと等は困難である旨の記載がある(詳細は後記認定事実(5)イ(ア)を参照)が,上記決定の職権取消しが業務規程11条所定の場合に限られないと解すべきことは上記のとおりであるから,内閣府参事官作成の上記書面の記載をもって上記判断を妨げるものとはいえない。
[78] したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。

[79](4) 以上によれば,①本件各原決定に違法等があると認められないとき,又は②本件各原決定の取消しによって生ずる不利益と,取消しをしないことによって本件各原決定に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し,本件各原決定を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められないときは,被控訴人が本件各原決定に違法等があることを理由としてこれを職権により取り消すことは許されず,その取消しは違法となるというべきである。
[80] 認定事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」1に記載のとおりであるから,これを引用する。

[81](1) 原判決12頁2行目冒頭から同頁4行目末尾までを次のとおり改める。
1 認定事実

[82] 前提事実,掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実(以下単に「認定事実」ということがある。)が認められる。

(1) り災証明と災害による住家の被害の認定について
ア り災証明書について(甲2,36,48)
[83] り災証明書は,一般に,全国の市区町村において,自治事務(地方自治法2条8項。ただし,平成25年法律第54号の施行後については,同法による改正後の災害対策基本法90条の2第1項を参照)として,災害による住家に係る被害認定をした結果を証明する文書として作成されているものである。仙台市においても,取扱要領(り災証明等取扱要領。甲36)に基づき,市長は,①被害状況を調査し,り災者台帳を作成して保管するものとし(取扱要領4条),②り災証明(災害により生じた住家等の被害の程度について証明するもの。取扱要領3条参照)の申請があった場合,その内容をり災者台帳と照合し又は実地調査等を行い,被害の事実が確認された場合には,り災証明書を当該申請者に交付する(取扱要領2条(1),6条1項)とされていた。
[84] このようなり災証明書は,各種被災者支援制度(税や国民年金保険料の減免等を含む。)において,適用の判断の際の基礎資料として利用され,支援法に基づく支援金の支給の申請においても,当該世帯が被災世帯であることを証する書面(支援法施行令4条1項)として扱われていた。
[85] なお,仙台市の取扱要領においては,り災証明書の交付を受けた関係者等が,それまでに認定を受けた住家等の被害の程度について相当の理由をもって修正を求めるときは,市長に対し,再調査の申請をすることができ(取扱要領7条1項),市長は,その申請があった場合,その内容を当初の調査資料等と照合し又は再度実地調査等を行った結果,それまでに認定した住家等の被害の程度に錯誤のあること又は当該申請を行った者の責に因らない状況の変化が当該住家等に生じたことが認められるときは,被害の程度を修正することとされている(取扱要領8条1項)。」
[86](2) 原判決12頁5行目冒頭から同行目末尾までを「イ 災害に係る住家の被害認定基準運用指針(甲33。以下「運用指針」という。)について」に改め,同頁12行目の「踏まえて」の次に「,的確かつ円滑な被害認定業務の実施に資するよう」を加える。

[87](3) 原判決13頁6行目の「ひび割れやコンクリートの剥落,鉄筋の露出,変形等」を「コンクリートのひび割れや剥落,鉄筋の曲がりや破断等」に改める。

[88](4) 原判決13頁11行目冒頭から同行目末尾までを次のとおり改める。
[89]なお,運用指針は,集合住宅につき,原則として1棟全体で判定し,その判定結果を各住戸の被害として認定するものとし,また,第2次調査実施後,被災者から判定結果に関する不服の申立てがあった場合には,当該被災者の不服の内容を精査し,再調査が必要と考えられる点があれば,その点について調査を行い,再調査に基づく住家の被害の程度の判定結果については,理由とともに当該被災者に示すものとしている。
ウ 本件事務連絡の発出
[90] 東日本大震災による住家の被害の認定については,内閣府参事官から本件事務連絡(「平成23年東北地方太平洋沖地震に係る住家被害認定迅速化のための調査方法について(平成23年3月31日事務連絡)」。甲17)が発出され,平成23年東北地方太平洋沖地震に係る住家被害について,迅速に被害認定を実施し,速やかにり災証明書を発行するため,標準的な調査方法及び判定方法を定める運用指針よりも簡便な調査方法(具体的には,地震による住家被害については,第1次調査として,住家被害認定調査損害割合イメージ図により,被災した住家の屋根,壁及び基礎の外観目視調査を行い,住家の損害割合を算定し被害の程度を判定し,判定結果に納得がいかない被災者に対しては,第2次調査として,「住家被害認定調査票 地震 第2次」により,外観目視調査及び内部立ち入り調査を行い,被害の程度を判定すること)が示された。
エ 仙台市における被害認定調査票(甲38の1,2)について
[91](5) 原判決13頁25行目の「及び」を「又は」に,同頁26行目の「これらに該当するとき」を「これらのいずれかに該当するとき」にそれぞれ改め,同14頁1行目「されている」の次に「(甲38の1,48)」を加える。

[92](6) 原判決14頁11行目冒頭から同行目末尾までを次のとおり改める。
[93]このように,第1次調査票及び第2次調査票は,東日本大震災による住家の被害について簡素で効率的な調査を実施するために,損傷長や損傷面積といった計測や計算を伴う調査手法を採用せず,目視による状況把握により判定ができるようにしている。なお,仙台市財政局税務部資産税課が作成した「建物被害認定調査のポイント」(甲43,以下「調査ポイント」という。)は,建築に関する専門的知識を有しない職員が被害認定調査を行う場合を考慮して,建築用語等の基礎知識を含め,調査の具体的な実施について説明するものであるところ,その中には,「損傷程度に例示した事象の中で用いられる『一部』,『半分』,『著しい』,『全面的』,『細い』,『太い』等の文言については,一律に何cmから何cmまでなどという制約を課すものではないため,社会通念を前提とした調査担当者としての自覚と責任をもって判断を行うこととします。」との説明がある。また,区分所有建物についての建物被害認定調査は,原則物理的1棟単位で損害割合を算定する旨の説明がある。
[94] なお,仙台市は,①第1次調査による判定と②(当該第1次調査を実施した住家の被災者の申請に基づいて実施した)第2次調査の判定が異なった場合には,①・②のうち被害の程度が重い判定の方を最終的な判定とする取扱いをしていた(甲68~70)。

(2) 仙台市太白区における住家の被害認定調査の概要等と本件第1回調査について
[95] 東日本大震災における住家の被害認定調査について,仙台市太白区では約5万件弱の第1次調査が行われ,仙台市太白区役所区民部固定資産税課の職員(合計22名)のほか,仙台市の他部局からの応援職員,他の市町村等からの派遣職員及び臨時的任用職員が,り災証明書の発行に係る事務を担当した。そのうち,建物の被害認定調査を担当した者は50~60名であり,各調査はそれぞれ複数の調査員によって行われた(甲61)。
[96] 仙台市太白区は,平成23年5月11日,本件第1回調査を実施した。」
[97](7) 原判決14頁19行目の「判定された」の次に「(甲39)」を加え,同頁26行目の「57」の次に「,61」を加える。

[98](8) 原判決16頁2行目の「剥離」の次に「(以下「本件剥離」という。)」を加え,同頁6行目の「αのマンション群」を「本件マンション群」に改める。

[99](9) 原判決18頁20行目末尾に改行して次のとおり加える。
オ 仙台市太白区による住民説明会
[100] 仙台市太白区は,平成24年2月15日から同年3月10日までの間に3回にわたり,住民説明会を実施し,本件マンションの住民に対して,第2回り災証明書において大規模半壊とされた本件建物の被害の程度について,本件第3回調査の結果,一部損壊に修正すべきものとされたこと等に関し,次の説明をした(甲5~9)。
[101](ア) 本件第2回調査において,階段と梁の接合部分の本件剥離を,構造耐力上主要な部分の損傷と誤認した。誤認の原因は,本件マンションにおける階段と梁の接合部分の施工が大変珍しい工法のものであり,梁に近いところの損傷であったため,誤認しやすかったことにある(甲6~8)。
[102](イ) 本件建物の被害の程度を大規模半壊と誤って判定したことは,本件マンションの住民の過失によるものではなく,仙台市太白区の誤りによるものである(甲8・9頁)。
カ 本件第3回り災証明書の発行
[103] 仙台市太白区長は,本件第3回調査の結果に基づき,本件建物につき被害の程度を一部損壊とする平成24年2月10日付けり災証明書(本件第3回り災証明書)を発行し,同区は,同年3月26日,本件当事者住民に対して第3回り災証明書を送付した(前提事実(2)ウ(ウ))。

(5) 本件各処分に至る経緯
[104] 被控訴人は,平成24年1月頃,内閣府に対し,仙台市及び宮城県の意向を踏まえ,り災判定が「大規模半壊」から「一部損壊」に変更になった場合における支援金の返還請求の要否について照会した(乙6)。
[105]イ(ア) これに対し,内閣府参事官は,平成24年3月16日付け書面(甲18)をもって,被控訴人に対し,同年2月15日付け内閣府(防災担当)災害復旧・復興担当作成の「仙台市太白区のマンションに係る『り災証明書の被害の程度』の修正に伴う被災者生活再建支援金の支給の不利益変更等に関する取扱いについて(メモ)」を,内閣法制局の確認を経た上での内閣府における法的見解(以下「内閣府見解」という。)であるとして送付した。
[106] 内閣府見解には,概要次のとおり,本件マンションの住民らに支給済みである基礎支援金93件,加算支援金31件に係る各支給の決定につき,これらを被控訴人において職権により取消して当該住民に返還請求をすることは困難である旨が記載されていた。
[107]支援金が一旦支給されると,受給した住民は,これを基にまたはこれを前提として,生活を再建するための出費等の計画をたて,受給後の期間の経過に伴い受給した支援金を既に支出等している世帯があることも想定されるなど,法関係その他の様々な諸関係や諸事実が形成される。この場合,この点を考慮せずに職権取消しによる支援金の返還請求を行うと,これらの諸関係・諸事実のなかで相手方やその利害関係人に生じている利益や信頼が損なわれることになる。
[108] 支援金の支給の取消しについては,こうした観点と,都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金を活用し,未申請で支給を受けていない人との公平性に配慮して,支援金を支援法に従い適正に支給するという公益との間での利益考量となってくる。この点について,業務規程11条は,例外的に不利益変更である支援金の支給の取消しや返還請求等をすることができる場合として,被災者に帰責事由がある場合を定めているものである。
[109] 今回の事案は,仙台市がり災証明の発行に当たっての被害認定調査の際に誤りがあったことが原因であり,住民側に帰責事由はないことから,業務規程11条の「偽りその他不正な手段により支援金の支給を受けたとき」に該当すると解することは困難である。
[110] また,もし交付決定を取り消し,返還請求を行えば,住民の生活安定に支障をきたし,住民との間での制度への信頼性が損なわれることになり,これと比べれば,支援金の適正な支給という公益が優先する状況にあるとは言い難いと考えられる。
[111] 以上より,今回の事案については,交付決定の取消し及び支援金の返還請求を行うことは困難であると考えられる。
[112] なお,これまでも,被控訴人において,被災者に帰責事由がない場合であっても,取消しや返還請求を行っているケースもあるが,これらは,被災者から支援金の辞退について同意を得ている場合に,支援金の支給の決定を取り消し,その返還を求めているものであり,業務規程11条や12条に反するものではない。』
[113](イ) 一方,内閣府は,平成24年3月14日付け書面(乙13)をもって,①支援法2条に定める被災世帯でない世帯の世帯主に支給されたものについては,同法に基づく支援金とは認められず,当該経費を除いた金額をもって実績報告を行うことが被控訴人に求められることになり,既に交付した補助金の金額がこれを上回っている場合には被控訴人に対しその返還を命じなければならない,②受給者から返還を求めないこととした支給金の費用負担については,被控訴人又は委託者である都道府県が,り災証明書を発行した市町村に対し求償するかどうかを判断すべきものである,との見解を示した。
[114](ウ) なお,その後,被控訴人は,弁護士橋本勇(本件訴訟における被控訴人代理人)に対して意見照会を行い,支援金の支給後にその支給要件を満足しないことが判明したときに,被災者に対して交付した支援金の返還を求めることができる旨の回答を得た(乙12)。
[115] 仙台市太白区固定資産税課長は,平成24年3月26日付け書面(甲3)をもって,本件マンションの住民らに対し,第3回り災証明書を交付する旨,これに伴い,同住民らが受けている各種被災者支援制度について取扱いの変更が生ずる旨の連絡をした。
[116] 上記書面に添付された「各種支援制度一覧表」では,「1.納付等をお願いする制度」として,市税・国税の減免等,国民健康保険料・後期高齢者医療保険料・国民年金保険料の減免等,介護保険料の減免等,保育料の減免が掲げられるとともに,「2.遡って納付・返還を求めない制度」として,災害義援金(住家被害を含む。),住宅の応急修理(既に工事が完了した物件につき),国民健康保険一部負担金・後期高齢者医療一部負担金の免除,介護保険サービス利用料等の減免,延長保育料の減免等が掲げられていた。そして.「3.その他」として,「被災者生活再建支援制度」については,「対応について県を通じて,内閣府に照会中」とされていた。
[117] 被控訴人は,平成25年4月26日付けで,本件当事者住民に対し,本件各原決定を取り消す旨の決定(本件各処分)をした(前提事実(2)エ)。

(6) 本件剥離について
[118] 本件第2回調査で梁の剥離とされた本件剥離の大部分は,階段の増しコンクリート部分に生じており,梁の部分に生じた剥離は梁全体のうちの狭い範囲にとどまっている(甲53~55,65)。」
[119](10)ア 原判決18頁21行目の「(5)」を「(7)」に,同頁23行目及び同34頁1行目の「別紙2」を「別紙4」にそれぞれ改める。
[120] 原判決37頁6行目冒頭から同頁7行目末尾までを次のとおり改める。
「15 X15(xxx号に居住。甲74の47)
(1) 専用部分の被害の概要
 部屋全体にひびが入り,窓枠とガラスとの間に隙間ができるなどした。
(2) 支援金の使途等
 支援金全額を,ベランダ側の窓と共用廊下側の窓を二重窓にするのに使用した。」
[121] 原判決37頁8行目の「甲74の20」の次に「,74の20の2」を加え,同頁12行目の「受給したが,」を「受給したが,生活費や壊れた物の買替え等に全額使用した。」に改める。
[122] 原判決37頁15行目冒頭から同頁16行目末尾までを次のとおり改める。
「18 亡X18(xxx号に居住。甲74の51)
(1) 専用部分の被害の概要
 家具や家電製品が倒れて壊れ,食器等も割れ,洗面所,トイレやベランダの壁などにひびが入り,窓枠に隙間が生ずるなどした。
(2) 支援金の使途等
 家具や家電製品,食器類等の買替費用として使用した。」
[123] 原判決41頁7行目冒頭から同頁8行目末尾までを次のとおり改める。
「33 X33(xxx号に居住。甲74の48)
(1) 専用部分の被害の概要
 家具,家電,冷蔵庫,食器類等が倒れ,炊飯器,トースター,冷蔵庫,電子レンジ等の家電やタンスなどが壊れ,食器類のほとんどが割れ,寝室や玄関の壁にひびが入り,ドアの開閉が困難になるなどした。
(2) 支援金の使途等
 支援金全額を,壊れた家電製品,家具,食器類等の買替えに使用した。」
[124] 原判決44頁6行目の「甲74の9」の次に「,74の9の2」を加え,同頁8行目の「換気扇」を「換気扉」に,同頁13行目の「最低限」を「支援金全額を,壊れた家電等の買替え等や生活再建のために使用した。最低限」に改める。
[125] 争点(1)についての当裁判所の判断は,当審における当事者の補充主張を踏まえて,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」2に記載のとおりであるから,これを引用する。

[126](1) 原判決18頁25行目の「本件当事者住民」から「該当するか」までを「本件各原決定の違法等の有無」に改める。

[127](2) 原判決19頁7行目末尾に改行して次のとおり加える。
[128]そして,支援法施行令4条1項及び2項は,支援金の支給の申請は,申請書に,「当該世帯が被災世帯であることを証する書面」等を添付してしなければならない旨を定めている。これは,都道府県又はその委託を受けた支援金の支給を行う支援法人は,支援金の支給の決定を行うに当たり,支援金の支給要件である被災世帯(支援法2条2号)の該当性については,主として「当該世帯が被災世帯であることを証する書面」によって判断することを想定したものと解される。」
[129](3) 原判決19頁8行目の「イ(ア)」を「」に,同行目の「前記認定事実(1)ア」を「認定事実(1)イ」に,同頁16行目の「前記認定事実(1)イ」を「認定事実(1)ウ」にそれぞれ改める。 [130](4) 原判決19頁20行目の「目視」の次に「(以下「外観目視」という。)」を加え,同頁23・24行目の「運用指針の内容と質的に」を「,運用指針によるそれと基本的に共通性を有し,質的に」にそれぞれ改める。

[131](5) 原判決20頁1・2行目の「着目しているのは」を「着目し,それらの有無及び程度に応じて損害割合を5段階(I~V)に分けているのは」に改め,同頁6行目の「上記アに説示した」を削る。

[132](6) 原判決20頁10行目冒頭から同頁22行目末尾までを次のとおり改める。
[133]そして,東日本大震災による住家の被害の認定については,本件事務連絡が発出され,標準的な調査方法及び判定方法を定める運用指針よりも簡便な調査方法(第1次調査としては,被災した住家の屋根,壁及び基礎の外観目視調査を行い,住家の損害割合を算定し被害の程度を判定する。)が示され(認定事実(1)ウ),仙台市においては,認定事実(1)エのような第1次調査票及び第2次調査票を定めて,運用指針の調査方法及び判定方法を更に簡素化し,専門的知識を必ずしも有しない者であっても,外観目視(外観の損傷状況や部位ごとの損傷程度等の目視)による把握によりその判定ができるようにしたものである(上記判定が専門的知識を必ずしも有しない者によって行われることを前提としていることは,仙台市財政局税務部資産税課作成の調査ポイントにおいても,損傷程度に例示した事象の中で用いられる「一部」等の文言については,社会通念を前提とした調査担当者としての自覚と責任をもって判断を行うものとされていることからも裏付けられる。)。一方,り災証明の前提となる住家の被害の認定については,その調査方法及び判定方法を限定する法令の定めは見当たらない上,運用指針は的確かつ円滑な被害認定業務の実施を目的として住家の被害の認定に係る標準的な調査方法及び判定方法を定めていることに照らすと,仙台市における第1次調査票及び第2次調査票は,運用指針の調査方法及び判定方法を更に簡素化して,未曾有の災害である東日本大震災において迅速かつ合理的な認定を行うことができるようにしたにとどまり,住家の被害の認定に当たり,外観目視による把握以外に信頼性のある調査(例えば,専門家から住家の被害の認定に要する専門的知見を聴取すること等)が実施された場合において,当該調査の結果をも考慮することができることは,的確な被害認定業務の実施や住家の被害の合理的な認定という観点からみて当然であるというべきである。
[134] したがって,運用指針又は第1次調査票及び第2次調査票に準拠して,的確な外観目視による把握による調査の結果(当該調査に加え,それ以外の信頼性のある調査が実施された場合には,的確な外観目視による把握による調査及び当該調査以外の信頼性のある調査の結果)に基づいて発行されたり災証明書の内容は,被災世帯の該当性を判断するに当たり,基本的に信頼性を有するものというべきである。
[135] そして,都道府県から支援金の支給に関する事務の委託を受けた支援法人である被控訴人は,独自に当該世帯の被災状況の調査を行う権限や能力を有していないことを自認しているから(前記第2の6(被控訴人の主張)(1)),以上のような市町村が発行するり災証明書の性質・内容等を踏まえて,原則として,上記のり災証明書により,被災世帯の該当性を判断するという取扱いをしているものと解される。
[136] 他方,り災証明書は,その交付がされた後においても,その交付を受けた関係者による再調査の申請等を契機として,住家等の被害の程度を修正することが予定されている(認定事実(1)ア)。また,運用指針には、第1次調査を複数回行うことや職権で行うことを禁止する旨の記載は見当たらず,本件事務連絡にも上記のような記載は見当たらない。かえって,運用指針は,的確な被害認定業務の実施の観点から,被災者から判定結果に関する不服申立てがあった場合には,第1次調査及び第2次調査以外の再調査を行うことを許容している。
[137] これらの点に鑑みると,住家の被害の認定に当たり具体的な事情に応じて職権による再度の調査を行うことは,運営指針等によって禁止されているとはいえず,また,り災証明書の交付後に職権による再度の調査の結果を踏まえて当該り災証明書に係る住家の被害の程度を修正したり災証明書を交付することも,許容されているというべきである。
[138] 以上によれば,支援金の支給の申請を受けた被控訴人(支援法人)が,支援金の支給の決定に当たり,原則として,市町村が発行したり災証明書により,支援金の支給要件である被災世帯の該当性を判断するという取扱いは,合理性を有するものといえる。しかし,被控訴人がり災証明書によって当該申請に係る世帯が大規模半壊世帯に該当するとして支援金の支給の決定をした後に,当該り災証明書の効力が失われるなどして,当該申請に係る世帯が大規模半壊世帯に該当しないことが明らかになった場合は,当該決定は,支援金の支給要件を欠き,違法となると解すべきである。」
[139](7) 原判決20頁23行目冒頭から同22頁17行目末尾までを次のとおり改める。
[140](2)ア これを本件についてみると,前提事実及び認定事実によれば,次の事情を指摘することができる。
[141](ア) 被控訴人は,本件第2回り災証明書によって本件当事者住民が大規模半壊世帯の世帯主に該当すると判断して,本件各原決定をしたものである(前提事実(2)イ(イ))。
[142](イ) 本件第2回り災証明書の前提となった本件第2回調査は,仙台市太白区が限られた人員と時間の中で大量の第1次調査を実施しなければならない状況(認定事実(2)ア)の下で,本件建物の被害の程度を一部損壊とする本件第1回り災証明書の判定に不服を抱いた本件マンションの住民から再調査の申請を受け,仙台市太白区固定資産税課長を含む3名の職員により,十分な時間をかけて,第1次調査票に基づき建物の外観の損傷状況を目視により確認して実施されたものである(認定事実(3)イ)。
[143] そして,上記職員らは,本件マンションの階段と梁の接合部に本件剥離を確認し,第1次調査票に基づいて,これを鉄筋コンクリート造の建物に係る「柱・耐力壁・基礎」の損傷程度III(損害割合30%)の損傷に当たる「一部で剥離が発生(鉄筋の露出なし)」と評価し,他の部位別損害割合と合計して,本件建物が大規模半壊に該当するものと判定した(認定事実(3)ウ)。
[144](ウ) ところが,その後,本件マンション群(本件マンションのほか,8棟の建物)の被害の程度が明らかになり,仙台市太白区固定資産税課長が本件第2回調査による上記判定に疑問を抱くなどしたことから,本件第3回調査が実施された(認定事実(4)ア・イ)。
[145] 本件第3回調査は,一級建築士の資格を有する職員を加えて行われたものであり,第1次調査票及び第2次調査票のいずれにおいても,本件剥離は,梁に生じたものではなく,「柱・耐力壁・基礎」の損傷程度IIIの損傷には該当しないとされ,他の部位別損害割合との合計から,本件建物が一部損壊に該当するものと判定された(認定事実(4)ウ・エ)。
[146] 本件第3回調査の上記結果は,本件剥離の状態(認定事実(6))を踏まえたものであり,これに先だって行われたC建築士の調査に基づく意見(認定事実(4)イ(イ))とも整合するところ,当該意見において,梁底部の剥離(本件剥離)は構造耐力上の影響がほとんどなく損傷程度IIIに当たらないとした点は,その前提とされた,①本件剥離が生じた機序の説明が合理的であり,②運用指針における「一部で剥離が発生(鉄筋の露出なし)」の解釈は,運用指針が定める基準(損傷程度I~V)に沿うものとして特に不合理な点は見当たらないことに照らすと,その信用性は十分である(なお,以上に加え,本件マンションにおける階段と梁の接合部分の施工が大変珍しい工法のものであり,本件剥離が梁に近いところの損傷であったため,誤認しやすかったとされていること(認定事実(4)オ(ア))に照らすと,建築の専門的知識を有しない職員において,このような機序を理解の上,外観目視による把握という簡易迅速な方法によって本件剥離が建物の構造上重要な部分に係る損傷であるか否かを判断することは,極めて困難であったといえる。したがって,上記(イ)のとおり本件第2回調査を担当した職員において本件剥離が「柱・耐力壁・基礎」の損傷程度IIIの損傷に当たると誤認したことは,誠にやむを得なかったというべきである。)。
[147](エ) 以上の点を総合すれば,本件建物の被害の程度を一部損壊にとどまると判定した本件第3回調査の結果は,的確な外観目視による把握による調査の結果及び当該調査以外の信頼性のある調査の結果に基づくものとして相当である。これに対し,本件第2回調査は,少なくとも調査の当時においては,その調査方法が運用指針等の趣旨に沿うものであり,その調査の結果も建築の専門的知識を有しない職員によるものとしては適正性の観点から問題とされるものではなかったが,結果として不相当なものであったといえる。
[148] したがって,仙台市太白区長が,本件第3回調査の結果に基づき,本件建物の被害の程度を「大規模半壊」から「一部損壊」に修正し,本件第2回り災証明書の効力を失わせ,本件第3回り災証明書を交付したことは,相当である。
[149] そうすると,本件各原決定は,その前提となった本件第2回り災証明書の効力が失われ,他に本件建物の被害の程度が大規模半壊に当たると認めるに足りる証拠はなく,本件当事者住民の世帯が大規模半壊世帯に該当しないことが明らかになったといわざるを得ないから,支給要件を欠き,違法であると認められる。」
[150](8) 原判決22頁18行目の「(2)」を「(3)ア」に,同行目の「本件当事者住民」を「控訴人ら」に,同頁19行目の「剥離があり,当該損傷は」を「剥離(本件剥離)があり,本件剥離は」に,同頁21行目の「しかしながら」から同頁24行目の「のであって」までを「しかしながら,認定事実(6)によれば,本件剥離は梁全体のうちの狭い範囲にとどまっており,これ以外に一見して明らかな梁の剥離等の損傷は見当たらないのであって」に,同23頁2行目及び同頁3行目の「本件当事者住民」を「控訴人ら」にそれぞれ改める。

[151](9) 原判決23頁7行目冒頭から同頁25行目末尾までを次のとおり改める。
[152] 控訴人らは,D一級建築士の意見書(甲46,60,84)に基づき,①本件剥離については,地震による建物の損傷として梁に損傷が生ずるのはひび割れが生じている場合に限定できず,第1次調査表でひび割れと他の損傷を別個にしたことはそれぞれの類似例を含むことを表しているし,床版が増しコンで梁の側面全面に斜めに接合するという,ラーメン架構の構造計算の対象にない形状で造られ,梁の水平拘束が働かないため,斜め方向の圧力による梁へのねじりを伴う圧力により損傷が生じたとみられる,②梁の上部にも損傷を生じており,これらの点から平面保持を許さない大きな地震力によって主要な構造体である大梁が損傷したものといえる旨主張する。
[153] しかし,①の点は,地震による力が作用して柱や梁の構造耐力を低下させる程度の損傷が生じた場合には,コンクリートの剥離や鉄筋の露出よりも前に,まずはひび割れが生ずるのが一般的であり(甲56),第1次調査票が基とした運用指針も,上記を前提とした損傷の例示をした上,このうち損傷程度IIIの損傷として「比較的大きなひび割れ(幅約1mm~2mm)が生じているが,コンクリートの剥落は極くわずかであり,鉄筋は露出していない。」と定め(甲33),ひび割れとコンクリートの剥落を一つの基準の中で判定することとしている。控訴人らが主張するように,ひび割れが生じずに梁の損傷が生じ得ること自体は否定できないとしても,このようなことがひび割れが生ずる場合と同様に一般的によくみられるものとまではいえず,上記意見書によっても,東日本大震災により,そのような機序により,ひび割れを生ずることなく梁に損傷が生じたことが具体的に裏付けられているとはいえない。したがって,①の点は,その前提を欠いており,採用できない。
[154] また,②の点は,梁の上部に生じたとされる損傷は,本件第2回調査及び本件第3回調査の際の外観目視の対象とされておらず,仙台市の被害認定の半年後に補修のためにシートを剥がして初めて判明したというのであり(甲46),上記意見書(甲84)によっても,梁側面への作用による梁が受けたダメージや耐震性能の低下の程度は明らかではないとされていることに照らすと,上記意見書の見解は直ちには採用し難い。
[155] したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。

[156](4) なお,控訴人らは,本件第3回調査が,著しく平等原則に違反し,支援法の趣旨にも反するから,違法な職権調査である旨を主張する。
[157] 確かに,仙台市における東日本大震災による住家の被害の認定に関しては,専門的知識を必ずしも有しない者であっても外観目視による把握によってその判定ができるようにされていたのであり(本判決による補正後の前記2(2)イ),また,運用指針や調査ポイントにおいては,本件マンションのように複数のマンションが一つの群をなしている場合に,当該マンション群を一体として調査したり,相互比較したりすることは,特に定められていなかった(認定事実(1)イ・エ)から,本件第3回調査のように,本件マンション群の住家の被害の程度等を踏まえて,職権により建築の専門家による再調査(第1次調査)が実施されたことは,仙台市における第1次調査票の通常の想定と異なるものであったといえる。
[158] しかしながら,①職権による再調査が運用指針等により禁止されていないことは,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」2(1)を補正した上で引用・説示したとおりであり,本件第3回調査に至る経緯(認定事実(4))に照らし,本件第3回調査が不当な動機又は目的により実施されたとはいえないこと,②控訴人ら指摘に係る仙台市の運用は,第1次調査による判定と(当該第1次調査を実施した住家の被災者の申請に基づいて実施した)第2次調査の判定が異なった場合に関する取扱い(認定事実(1)エ)であり,職権により再度の第1次調査が実施された本件第3回調査が上記取扱いと直ちに抵触するとはいえないこと等に照らすと,本件第3回調査の経過が第1次調査票の通常の想定と異なるものであったことのみをもって,著しく平等原則に違反し,支援法の趣旨に反するとはいえない。控訴人らの上記主張は採用できない。」
[159](1) 前記4で説示したところによれば,本件各原決定には違法があると認められるから,その取消しの可否につき,前記2(4)②の点(本件各原決定の取消しによって生ずる不利益と,取消しをしないことによって本件各原決定に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し,本件各原決定を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められないかどうか)を検討する。

[160](2) 支援法は,自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者に対し,都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金を活用して支援金を支給するための措置を定めることにより,その生活の再建を支援し,もって,住民の生活の安定と被災地の速やかな復興に資することを目的として(1条),都道府県は,①被災世帯となった世帯の世帯主に対し,当該世帯主の申請に基づき,支援金の支給を行うものとした上(3条1項),②支援金の支給に関する事務の全部を支援法人に委託することができるが(4条1項),③支援法人に対し,相互扶助の観点から,支援業務を運営するための基金に充てるための必要な資金を拠出すること(9条)としている。
[161] このような支援法の目的及び支援金の支給の決定の性質に鑑みると,本件各原決定のように支援金の支給要件を欠く場合に支援金の支給をすることは,各都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金の本来の目的に沿わない支出となり,その健全性に支障を生じさせ,ひいては,上記のような支援法の目的を財政的な面から達成できなくする可能性があるだけでなく,被災世帯でないのに支援金の支給を受けた者と支援金の支給を受けられなかった者との間に不公平感が生ずる可能性も否定できないのであるから,上記のような違法な支援金の支給の決定の取消しをしないことによって当該決定に基づき既に生じた効果をそのまま維持することには一定の公益上の不利益があることは否定できない。

[162](3)ア 一方で,本件各原決定を取消した場合には,本件各原決定の名宛人(本件当事者住民)は,本来保持することができなかったものであるとはいえ,支給を受けた支援金を既に費消していたとしても,当該支援金相当額の返還を求められることになり,返還のための金員の出捐を要するなどの不利益を被ることとなる。たとえ控訴人らの支援金の使途(認定事実(7))が支援金の支給を受けることができなかった被災者であっても同様に必要となる支出や費用の範ちゅうを超えるものでなかったとしても,このような不利益は軽視できるものではない。
[163] しかも,認定事実及び原判決を補正した上で引用・説示したところ(本判決による補正後の原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」2。この項においては,以下「原判決第3の2」という。)から指摘することができる次の諸点に照らすと,本件当事者住民が支援金の支給の申請をして本件各原決定を受けたことについては,本件当事者住民に帰責性はなく,むしろ被控訴人においてり災証明書の内容が変更された場合のリスクを負担すべき立場にあったというべきであり,このような場合に被控訴人が本件各原決定を職権により取り消すことは,支援法の趣旨・目的に沿うとはいい難い事態を招くものといわざるを得ない。
[164](ア) 被控訴人は,独自に当該世帯の被災状況の調査を行う権限や能力を有しないことから,支援金の支給の決定に当たり,原則として,上記のり災証明書により,被災世帯の該当性を判断するという取扱いをしており(原判決第3の2(1)イ),本件各原決定に当たっても,仙台市太白区長が発行した本件第2回り災証明書によって本件当事者住民の被災世帯の該当性を判断したものである(原判決第3の2(2)ア(ア))。
[165](イ) 本件第2回り災証明書の前提とされた本件第2回調査は,結果として不相当なものであったが,少なくとも調査の時点においては,その調査方法は,運用指針等の趣旨に沿うものであり,その調査の結果も,建築の専門知識を有しない職員によるものとしては適正性の観点から問題とされるべきものではなく,本件第2回調査を担当した職員において本件剥離が第1次調査票の「柱・耐力壁・基礎」の損傷程度IIIの損傷に当たると誤認したことは,誠にやむを得なかったというべきであった(原判決第3の2(2)ア(ウ)・(エ))。
[166](ウ) 他方,本件第3回調査は,違法な職権調査とはいえないものの,仙台市における第1次調査票の通常の想定とは異なるものであったのであり(原判決第3の2(4)),仙台市太白区で実施された5万件弱の第1次調査(認定事実(2)ア)の中でも特に異例のものであったことは否定し難い。
[167](エ) 仙台市太白区が,本件マンションの住民に対し,本件第2回り災証明書で「大規模半壊」とされた本件建物の被害の程度を「一部損壊」に修正すること等について説明したのは,遅くとも平成23年12月までに本件各原決定がされた後の平成24年2月から同年3月であり,仙台市太白区は,上記の説明において,本件建物の被害の程度を誤って判定したのは,本件マンションの住民の過失ではなく,仙台市太白区の誤りによるものであることを自認していた(認定事実(4)オ)。
[168](オ) これらの諸点に鑑みれば,被控訴人は,被災世帯の該当性につき,独自に調査を行う権限及び能力がないため,市町村による住家の被害の認定(市町村が発行するり災証明書)に従って判断するという取扱いをすることにより,支援金の支給に関する事務の迅速かつ効率的な処理を図っていた(換言すれば,必要最小限の労力と費用で支援金の支給に関する事務を上記のように処理することができるという利益を享受していた)のであり,他方,本件各原決定をするに当たり,本件当事者住民の被災世帯の該当性の判断の基礎となった本件第2回り災証明書に係る本件建物の被害の認定は,本件第2回調査の時点においては,建築の専門知識を有しない職員によるものとしては適正性の観点から問題とされるべきものではなく,これが結果として不相当とされたことについては,本件当事者住民に帰責性はなく,仙台市太白区側に起因するものであって,誠にやむを得なかったというのであるから,り災証明書の内容がこのような事情により事後的に変更されることのリスクは,本件当事者住民ではなく,被控訴人において負担すべきものというべきである。
[169](カ) 内閣府は,本件各原決定を取り消してその返還を求めることに否定的な内閣府見解(認定事実(5)イ(ア))のほか,被災世帯でない世帯の世帯主に支援金の支給がされた場合に,受給者から返還を求めないこととした支援金相当額(支給金)の費用負担については,被控訴人又は委託者である都道府県が,り災証明書を発行した市町村に対して求償することを示唆する見解を示していた(同(イ))。このことは,上記(オ)のように判断するのが相当であることを裏付けるものであるといえる。内閣府見解は,上記(オ)の趣旨をいうものとして,首肯することができる。
[170](キ) また,支援金の支給の決定を受けたことに帰責性のない名宛人が,市町村に起因するり災証明書の内容の事後的な変更により,当該決定を取り消されることになれば,当該名宛人が支給された支援金の使用をちゅうちょすることにもなりかねず,このような事態は,被災者の生活再建と被災地の速やかな復興に資するものとして支援金を支給するという支援法の趣旨・目的に沿うものとはいい難く,支援金制度に対する信頼を損なうおそれを生じさせることになる。
[171] そして,前記イ(イ)~(エ)の点に鑑みれば,本件第2回り災証明書に基づいてされた本件各原決定が適法であり有効に存続するものと期待した本件当事者住民の信頼は保護に値するものというべきであり,本件各原決定の取消し(本件各処分)は,このような本件当事者住民の信頼を害するという不利益をも生じさせることになる。このことは,ひいては支援金制度に対する住民の信頼を害することになり,支援法の目的である住民の生活の安定と被災地の速やかな復興を遂げることに対する支障にもなり得るという意味で,本件各原決定の取消しによって生ずる公益的観点からの不利益とみることもできる。
[172] そうすると,本件各原決定を取り消すことは,単に本件各原決定の名宛人に不利益を与えるにとどまらず,支援法の目的である住民の生活の安定と被災地の速やかな復興を遂げることに対する支障にもなり得るのであって,公益的な見地からみて上記のような不利益を軽視することはできないというべきである。

[173](4) 以上によれば,本件各原決定の取消しによって生ずる不利益(上記(3))と,その取消しをしないことによって本件各原決定に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益(上記(2))とを比較考量すると,取消しをしないことによる不利益(上記(2))が,取消しによって生ずる不利益(上記(3))を上回ることが明らかであるとはいえず,本件マンションの住民について,本件当事者住民の他に支援金の支給の決定を受けてこれを取り消された者が少なからず存在するといった事情を考慮したとしても,本件各原決定を放置することが公共の福祉の要請に照らして著しく不当であるとは認められないというべきである。
[174] したがって,被控訴人は,本件各原決定に違法があることを理由としてこれを職権により取り消すことは許されず,本件各処分は違法である。

[175](5) これに対し,被控訴人は,①本件各処分が支援金制度の実効性を失わせ,支援金制度に対する信頼を損なうことはあり得ず,支援金の支給の決定の取消しによる被災者の不利益なるものは,一般的・抽象的なものにすぎず,実体的な根拠がない,②本件第2回り災証明書の取消しについては,被控訴人にも基金の原資を負担する各都道府県にも帰責事由はない,③本件各原決定の取消しができない場合には,支援金制度の必要性・妥当性についての疑問が生じ,支援金制度を持続すること自体を危うくする、④支援金を返還することは被災者の生活再建に対する阻害要因とならないなどと主張する。
[176] しかしながら,①の点は,本件第2回り災証明書に被害の程度の認定が変更される可能性についての注意書きがあり,本件各原決定後に仙台市太白区による被害認定の取消しについての住民説明会が実施されたとしても,本件当事者住民は,本件第2回り災証明書を添付した支援金の支給の申請に基づき,本件各原決定を受けた以上,これを取り消された場合には,前記(3)アの不利益を被ることは否定できないし,また,そもそも上記住民説明会では仙台市太白区が自らの誤りにより本件建物の被害の程度の認定が変更されたと自認していたのであり(認定事実(4)オ),それにもかかわらず本件各決定が取り消された場合に支援制度に対するに対する信頼を損なうおそれを生じさせることになることは,前記(3)イ(キ)で説示したとおりである。②の点は,本件第2回り災証明書の内容の事後的変更が仙台市太白区に起因するものであり,これによるリスクを被控訴人において負担すべきことは,前記(3)イで説示したとおりである。③の点は,被控訴人が指摘する点を十分考慮したとしても,本件各原決定を放置することが公共の福祉の要請に照らして著しく不当であるとは認められないことは,前記(4)で説示したとおりである。④の点は,前記(3)イ(キ)で説示したところに照らすと,本件各原決定を職権により取消し,控訴人らに支援金を返還させることが,被災者の生活再建に対する阻害要因にならないとは断じ難いというべきであり,本件各原決定が適法であり有効に存続するものと期待した本件当事者住民の信頼が保護に値するものであることは,前記(3)ウで説示したとおりである。
[177] したがって,被控訴人の上記主張はいずれも採用できない。

[178](6) よって,控訴人X1らの本件処分1~45の取消請求は,理由がある。
(1) 本件処分1~45について
[179] 以上に説示したところによれば,本件処分1~45については,控訴人X1らの取消請求を認容すべきであるから,本件各支援金の支給を受けた控訴人X1らは,本件各支援金を法律上の原因なく利得したということはできない。
[180] したがって,被控訴人の請求中,控訴人X1らに対する部分は,理由がない。

(2) 本件処分46について
[180] 控訴人X46-1らは,支援金の支給の決定を取り消す決定の瑕疵が重大であり,かつ,支援法に基づく被災者に対する支援行政の安定とその円滑な運営が要請されることを考慮してもなお出訴期間の経過による不可争的効果の発生を理由として当該世帯主に当該決定による重大な不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には,上記瑕疵が必ずしも明白なものではなくても,当該決定は当然無効であるところ,本件処分46は,本件各処分を取り消すべき事情に照らすと,上記の場合に当たるから,無効である旨を主張する。
[181]イ(ア) 支援金の支給の決定を取り消す決定に違法がある場合には,当該決定が行政処分として行政不服審査法(本件各処分当時は,平成26年法律第68号による改正前の行政不服審査法(以下「旧行政不服審査法」という。)である。)による審査請求の対象となり,また,取消訴訟の対象となることが当然の前提とされているところ,いずれにおいても,支援法に別段の特例規定が存しない以上,その不服申立てについては,法定期間の遵守が要求されており(行政不服審査法18条,旧行政不服審査法14条,行政事件訴訟法14条参照),特に法定の出訴期間を経過した後においては,当該決定が当然無効である場合を除き,もはや当該決定の違法を理由としてその効力を争うことはできないものと解される。支援金の支給の決定を取り消す決定について,このような不服申立制度が予定されているのは,支援法に基づく被災者に対する支援行政の安定と円滑な運営を確保しようとする要請によるものと解される。
[182](イ) 前提事実によれば,第1審第2事件被告亡X46は,本件処分46の取消しを求める訴えを提起することなく,行政事件訴訟法14条所定の出訴期間を経過したことが明らかである。本件全証拠によっても,同人又はその相続人である控訴人X46-1らにおいて出訴期間を経過した後に本件処分46の違法を理由としてその効力を争うことにつき正当な理由があるというべき事情はうかがわれない。
[183](ウ) そして,前記4で説示したところによれば,本件原決定46は,その前提となった本件第2回り災証明書の効力が失われ,第1審第2事件被告亡X46の世帯が大規模半壊世帯に該当しないことが明らかになったため,支給要件を欠き,違法であるといわざるを得ないのであり,同人の世帯は,本来的には,支援法上,本件原決定46に係る支援金の支給を受けることができなかったものである。
[184] また,前記5で説示したところによれば,被控訴人が,本件原決定46に上記の違法があることを理由として,これを職権により取り消すことができないのは,本件に現れた諸般の事情を踏まえて,本件原決定46の取消しによって生ずる不利益と,その取消しをしないことによって本件原決定46に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量すると,本件原決定46を放置することが公共の福祉の要請に照らして著しく不当であるとは認められないことによるものである。支援金の支給の決定を取り消す決定を放置することが公共の福祉の要請に照らして著しく不当であると認められるか否かは評価に関わる事項であって見解が分かれることもあり得るところ,現に行政庁等の判断(宮城県の裁決書〔甲31〕,内閣府見解〔認定事実(5)イ(ア)〕)や裁判例(甲82,85,87,88の1・2,乙7~11)においても結論が分かれている。また,本件当事者住民と同様に支援金の支給を受けた本件建物の住民の中には,当初から又は最終的に支援金の支給の決定を取り消す決定の効力を争わず,支援金の返還に応じた者(世帯主)も少なからず存在することがうかがわれる。
[185] これらの点に鑑みると,本件処分46の瑕疵は,本件原決定46に違法があり,職権による取消しをする理由はあるが,諸般の事情を踏まえた比較考量の結果,これを職権により取り消すことは許されないというものにとどまり,その取消しの可否についても見解が分かれ得る評価に関わるものであるから,支援金の支給要件の根幹に関する内容上の過誤に匹敵するような重大なものであるとはいい難い。
[186](エ) また,前記5で説示したところによれば,本件処分46をした被控訴人の認定に誤りがあったといわなければならないとしても,上記(ウ)で説示した点に鑑みると,誤認であることが本件処分46の成立の当初から外形上,客観的に明白であるということはできない。
[187](オ) さらに,本件処分46が被控訴人と第1審第2事件被告亡X46との間にのみ存するもので,当該決定の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要がなく,本件原決定46が当然無効であると認められない場合には,本件原決定46を受けたことに帰責性のない同人の相続人である控訴人X46-1らが本件原決定46に係る支援金に相当する額の不当利得返還義務を負うことになるとしても,前記(ウ)で説示したとおり,第1審第2事件被告亡X46の世帯は,本件原決定46が支給要件を欠き違法であるため,本来的には,支援法上,本件原決定46に係る支援金の支給を受けることができなかったのであり,同人又はその相続人である控訴人X46-1らにおいて出訴期間を経過した後に本件処分46の違法を理由としてその効力を争うことにつき正当な理由があるというべき事情もないこと等をも併せ考慮すれば,支援法に基づく被災者に対する支援行政の安定と円滑な運営を確保しようとする要請をしんしゃくしても,なお,不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として控訴人X46-1らに本件処分46による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情があるということもできない。
[188] 以上に照らせば,本件処分46が当然無効であるということはできない。控訴人X46-1らの前記主張は,以上に説示したところに照らし,採用できない。
[189] よって,被控訴人の請求中,控訴人X45-1らに対する部分は,理由がある。

[190] 以上によれば,控訴人X1らの本件処分1~45の取消請求はいずれも理由があるから認容すべきであり,被控訴人の請求のうち控訴人X46-1らに対する部分は理由があるから認容し,その余の部分は理由がないから棄却すべきところ,これと異なる原判決は一部失当であって,控訴人X1らの本件控訴は理由があるから,原判決主文1項及び2項を取り消し,控訴人X1らの本件処分1~45の取消請求を認容し,被控訴人の控訴人X1らに対する請求をいずれも棄却することとし,また,控訴人X46-1らの本件控訴は,理由がないからこれを棄却し,前記第2の2のとおり訴訟手続の承継があったので,原判決主文3項を本判決主文2項(3)のとおり更正することとして,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 秋吉仁美  裁判官 篠原絵理  裁判官 林史高
控訴人〔第1事件本訴原告〕    別表1・2記載のとおり
控訴人〔第2事件被告X46訴訟承継人〕 X46-3及び同X46-4(別表1No.18の3・4)
   法定代理人親権者母    X45-1
   上記51名訴訟代理人弁護士 草場裕之 北見淑之 長沼拓

被控訴人〔第1事件本訴被告・第2事件原告・処分行政庁〕
   公益財団法人都道府県センター(旧名称公益財団法人都道府県会館)
   同代表者代表理事     Y2
   同訴訟代理人弁護士    橋本勇 羽根一成
 被控訴人が平成25年4月26日付けで次の者に対してした被災者生活再建支援金の支給の決定の全部を取り消す旨の各決定
1 別紙1別表1のNo.1~17,19~26,28~45の控訴人らにつき,当該各控訴人
2 別紙1別表1のNo.18の1~4の控訴人らにつき,亡X18

(別表1)請求金額一覧表1〔省略〕
(別表2)請求金額一覧表2〔省略〕

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