種徳寺事件
第一審判決(不動産等引渡請求)

不動産等引渡請求事件
横浜地方裁判所小田原支部 昭和45年(ワ)第279号
昭和49年4月9日 判決

原告 種徳寺
被告 甲野春男(仮名)

■ 主 文
■ 申 立
■ 主 張
■ 判 断


(一)、被告は、別紙目録記載の各物件を原告に引き渡せ。
(二)、訴訟費用は、被告の負担とする。
(三)、原告は、金300万円の担保を供して、この判決の仮執行をすることができる。


原告の求めた裁判
(一)、主文第一・二項と同じ。
(二)、仮りに執行することができる。

被告の求めた裁判
(一)、原告の請求を棄却する。
(二)、訴訟費用は、原告の負担とする。


原告の主張する請求の原因
一、別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。)は、原告の所有である。
二、被告は、本件各物件を占有している。
三、よつて、原告は、所有権に基いて、本件各物件の引渡を求める。

被告の答弁
一、原告主張の請求原因第一・二項の事実は、認める。
二、同第三項は争う。

被告の主張する抗弁
一、被告は、原告等の代表役員たる住職である。
二、従つて、本件各物件を占有すべき正当な権限がある。

原告の答弁
一、被告主張の抗弁第一項の事実は、認める。
二、同第二項の主張は争う。

原告の主張する再抗弁
一、被告は、昭和38年4月23日原告の所属する本山である曹洞宗より、原告寺の代表役員たる住職の地位を罷免された。

被告の答弁並びに再々抗弁
 原告主張の右再抗弁事実は、認める。
 しかしながら、右代表役員たる住職罷免行為には、手続的違法があり、また実体的理由を欠くもので無効である。

原告の答弁
 被告主張の再々抗弁は、争う。

[1] 本件各物件は原告の所有であるが、現在被告において占有中であること、被告は、原告寺の代表役員たる住職であつたが、昭和38年4月23日罷免処分を受けたことは、当事者間に争いがない。
[2] 成立に争いのない甲第1・2号証、第5号証、第8号証の1・2、第14号証の2・3、第15号証の1・2、第16号証の3・4、第19号証の4、第20号証、第22・23号証、第24・25号証の各1・2、第26号証、乙第1号証、第57号証、証人厚畑呂男の証言によつて真正の成立の認められる甲第6号証、第7号証の1・2、第9・10号証、第11号証の1・2、第12・13号証、第16号証の1・2及び5、第17号証の1・2、第19号証の1・2・3、第21号証、弁論の全趣旨によつて真正の成立の認められる甲第18号証、証人厚畑呂男・同長沢仁男・同大丘部男・重木遠男の各証言、後記信用できない部分を除く証人厚里和男・同厚里加男・同厚里与男・同厚里太男の各証言及び被告本人の供述を総合すれば、次の事実が認められる。
[3] 被告は、昭和31年3月28日曹洞宗により原告等の住職に任命されたため、原告の寺院規則によつて当然原告寺の代表役員となり、本件物件中建物に居住して本件各物件を占有していた。
[4] 原告寺は、曹洞宗に所属する末寺で、宗制により本山の任命した住職が原告寺の代表役員となることとなつていたので、住職がその地位を失えば、当然に代表役員としての資格も消滅することとなつており、規程によれば、住職が檀信徒の大多数の不信任の表示を受け、本山において住職として不適当と認定したときは、これを罷免することができることになつていた。
[5] 原告寺は、檀徒約400名を擁する寺院であるが、昭和37年7月初旬頃までに、その中330余名にのぼる檀徒から被告不信任の署名が集まり、同月12日には被告罷免の歎願書が本山に申達され、本山は、審査の結果、被告を原告寺の住職としておくことは不適当であると認定して、住職罷免の処分を行つた。
[6] 檀信徒よりの被告不信任及び本山の住職罷免の理由は次のとおりであり、事実そのような事情が存在した。
[7] 被告は、妻子もあり、宗教者として檀信徒を善導すべき立場にあつたものであるところ、妻以外の女性と懇ろとなり、昭和34年の秋頃からしばしば寺を空けてはその女性と行動を共にし、昭和35年2月に入つて約15日間、同年6月頃から約42日間、昭和37年4月3日から同年6月3日までというように長期間に亘つて行先も告げずに寺を不在にすることが度重なり、その外短期間の留守は数知れず、その間檀徒の多くの葬儀法要は、他の寺の僧侶に依頼し、又、原告の寺務の執行にも支障を来していたので、檀信徒の苦情が多くなり、それが次第に被告に対する非難に変つて行つた。その間、檀徒総代や世話人は、しばしば被告に忠告をして来たが、被告の行動は改まらず総代等の再三に亘る諫言に、やつと誓約書を差入れるに至つたものの、又もや昭和37年4月からの長期間の所在不明が続いたため、檀信徒がその責任を追及した結果、同年6月2日頃、被告は、住職を辞任する旨を檀徒一同に表明するに及んだが、その後、住職辞任を撤回するに至つたため、遂に檀信徒達は被告の罷免を求めて被告不信任の署名を集めたものであり、その不信任の署名は、総代や世話人が勝手に偽造したものは殆んど存在せず、各檀家の長の署名は、本人又はその家族がその真意に基いて行つたものであり、その数は檀徒総員400名中330余名の多きに達するに至つた。
[8] その間、被告は妻と離婚し、その後前記の女性と結婚するに至つている。
[9] 本山においては、被告と檀徒間の紛争を問題視し、被告罷免の歎願書受理前、両者から種々事情を聴取し、又、被告から申立られた調停申立や審判申立について、審事院で十分原告等の実情を把握した上、数回にわたつて和解の労などをとつたが、結局まとまらず、本山は檀信徒の住職罷免の歎願書に基いて、被告を原告寺の住職から罷免するに至つたものである。
[10] 右認定に反する証人厚里和男・同厚里加男・同厚里与男・同厚里太男、被告本人の供述、乙第1号、第5ないし7号証の各記載はたやすく信用できず、他に認定を覆すに足りる証拠はない。
[11] 以上認定判示の事実関係からすれば、曹洞宗が被告を原告寺の住職の地位から罷免したのは、正に被告が原告寺の檀信徒の大多数の不信任を受け住職罷免の歎願を受けたことにより、被告を原告寺の住職の地位に置くのは相当でないと認定した結果、その処分を行つたものであつて、その住職罷免の処分には、手続的にも実体的にもこれという瑕疵は認められないところであるから、本山の行つた住職罷免の処分は、正に有効なものであるといわなければならない。
[12] とすると、被告は、もはや原告寺の住職ではなく、これとは全く関係がなくなつたのであるから、原告寺に居住して、本件各物件を占有する権原を喪失するに至つたものといわなければならない。
[13] よつて、原告が本件各物件の所有権に基いて、占有権原を有しない被告に対してその各引渡を求める本件請求は、全部正当として認容すべきであり,訴訟費用の負担については、民事訴訟法第89条を適用して、全部被告に負担させることとする。
[14] なお、本件紛争は、昭和38年に発生し、被告の抗争により、早や11年の歳月を経ようとしており、しかも、当裁判所において審理を始めてからも、早や3年を経過し、その間、被告の訴訟活動の中には信義に反するようなことも数回に及んだことを考慮すると、仮執行の宣言を却下するのは極めて不相当なものというべきであるので、被告及びその家族の建物明渡という被告にとつて極めて重大な部分を含んではいるけれども、保証を立てて仮執行を許容することにし、同法第196条を適用して、主文のとおり判決する。
第一、神奈川県足柄上郡山北町山北字堂山362番
 一、境内地 327平方米
第二、右同所363番1
 一、境内地 1457平方米
第三、右同所363番2
 一、境内地 343平方米
第四、右同所360番1
 一、畑(現況墓地)1428平方米
第五、右同所360番2
 一、墓地 1180平方米
第六、右同所362番2
 一、畑(現況墓地) 62平方米
第七、前記第二、第三記載土地所在
   家屋番号 363番1
 一、木造草葺平家建 本堂
   床面積 334.27平方米
   (現況 296.16平方米)
 附属建物
 1 木造瓦葺平家建 庫裡
   床面積 188.06平方米
   (現況 224.39平方米)
 2 土蔵造亜鉛メツキ鋼板葺2階建倉庫
   (現況木造亜鉛メツキ鋼板葺)
   床面積 1階 16.52平方米
       2階 16.52平方米
 3 木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建位牌堂
   床面積 26.14平方米
第八、寺備付の仏像、過去帳、檀徒名簿その他什器備品一切。

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