ガソリンタンク事件
上告審判決

損失補償裁決取消等請求事件
最高裁判所 昭和54年(行ツ)第155号
昭和58年2月18日 第二小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 国
          代理人 柳川俊一 外12名
被上告人(被控訴人 被告) モービル石油株式会社
          代理人 根本博美 外3名

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人蓑田速夫、同渡辺剛男、同鈴木芳夫、同前川典和、同福富昌昭、同岩部承志、同三木克彦、同染谷武、同堀江忠義、同轟雄介、同中島正敬、同江口慎一の上告理由


 原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。
 前項の部分に関し、香川県収用委員会が被上告人のためにした昭和52年9月24日付損失補償裁決中、損失補償額896万9780円にかかる部分を取り消し、上告人の被上告人に対する右部分の損失補償金支払債務が存在しないことを確認する。
 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

[1] 道路法70条1項の規定は、道路の新設又は改築のための工事の施行によつて当該道路とその隣接地との間に高低差が生ずるなど土地の形状の変更が生じた結果として、隣接地の用益又は管理に障害を来し、従前の用法に従つてその用益又は管理を維持、継続していくためには、用益上の利便又は境界の保全等の管理の必要上当該道路の従前の形状に応じて設置されていた通路、みぞ、かき、さくその他これに類する工作物を増築、修繕若しくは移転し、これらの工作物を新たに設置し、又は切土若しくは盛土をするやむを得ない必要があると認められる場合において、道路管理者は、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならないものとしたものであつて、その補償の対象は、道路工事の施行による土地の形状の変更を直接の原因として生じた隣接地の用益又は管理上の障害を除去するためにやむを得ない必要があつてした前記工作物の新築、増築、修繕若しくは移転又は切土若しくは盛土の工事に起因する損失に限られると解するのが相当である。したがつて、警察法規が一定の危険物の保管場所等につき保安物件との間に一定の離隔距離を保持すべきことなどを内容とする技術上の基準を定めている場合において、道路工事の施行の結果、警察違反の状態を生じ、危険物保有者が右技術上の基準に適合するように工作物の移転等を余儀なくされ、これによつて損失を被つたとしても、それは道路工事の施行によつて警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至つたものにすぎず、このような損失は、道路法70条1項の定める補償の対象には属しないものというべきである。
[2] これを本件についてみると、原審の適法に確定したところによれば、被上告人は、その経営する石油給油所においてガソリン等の地下貯蔵タンクを埋設していたところ、上告人を道路管理者とする道路工事の施行に伴い、右地下貯蔵タンクの設置状況が消防法10条、12条、危険物の規制に関する政令13条、危険物の規制に関する規則23条の定める技術上の基準に適合しなくなつて警察違反の状態を生じたため、右地下貯蔵タンクを別の場所に移設せざるを得なくなつたというのであつて、これによつて被上告人が被つた損失は、まさしく先にみた警察規制に基づく損失にほかならず、道路法70条1項の定める補償の対象には属しないといわなければならない。そうすると、これと異なる見解に立つて被上告人の被つた右損失が右補償の対象になるものとした原審の判断には法令の解釈、適用を誤つた違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
[3] そこで、進んで、原審が適法に確定した事実関係に基づき、右破棄部分にかかる上告人の請求の当否について判断すると、被上告人の被つた前記損失につき原判決と同様の見解に立つて上告人が損失補償義務を負うものとした本件損失補償裁決には法令の解釈、適用を誤つた違法があつて取消を免れず、また、右裁決にかかる上告人の被上告人に対する損失補償金支払債務が存在しないことは、いずれも前記説示に照らして明らかであるから、上告人の右請求は理由がある。したがつて、上告人の右請求を排斥した第一審判決を取消して、右請求を認容すべきである。

[4] よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法408条1号、396条、386条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木下忠良  裁判官 塩野宜慶  裁判官 宮崎梧一  裁判官 大橋進  裁判官 牧圭次)
[1] 原判決及び原判決が全面的に引用する一審判決(以下両者を併せて「原判決」という。)には、道路法(以下「法」という。)70条が道路の新設又は改築に起因する物理的障害に基づく損失のみを補償の対象とし、法規制上の障害に基づく損失までも補償の対象とするものではなく、また同条にいう「工作物」には本件地下タンクが含まれるものではないのに、同条の解釈を誤り、いずれもこれを肯定した違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

[2] 法70条は、道路敷地の取得に伴う損失を補償の対象とするものではなく、道路の新設又は改築により隣接地に生じた日常生活上の不便のうちのあるものについて立法政策的配慮から補償をしようとするものである。すなわち、道路の新設又は改築が行われると道路敷地について従前に比して著しい高低差が生じる等物理的変化が生じることがよくあるが、そのような物理的変化は、道路敷地の隣接地の所有者等が道路敷地に面する土地部分について道路敷地の従前の形状に応じて設けていた通路、みぞなどの工作物や境界の保全のためのかき、さくなどの工作物の機能に対する障害となり、これらの物の機能を道路敷地の新たな形状に応じて従前の程度に回復させるためにはこれらのものを新築し、増築し、修繕し、若しくは移転し、又は切土若しくは盛土をしなければならない場合が生ずる。法70条は、道路が通行・排水等という日常生活上の利便と密接に関連し、右のような道路敷地の物理的変化がこれと境界を接する土地に影響を与える場合が多いことにかんがみ、道路工事の円滑な遂行を図ろうとする立法政策的配慮から、当該道路に面する土地の所有者等がこれらの工事をするやむを得ない必要があると認められる場合には、これに要する費用の全部又は一部を補償することとしたものである。そして、右のような法70条の規定の趣旨及び文言に照らすならば、法70条は、道路の新設又は改築に起因する物理的障害に基づき、当該道路に面する土地に生じた損失のみを補償の対象とするものであり、原判決が判示するように、道路の隣接地に存する固有の事情により課せられる法規制上の障害に基づく損失までも補償の対象とするものではないと解される。

[3] 法70条が道路の新設又は改築に起因して隣接地に生じた法規制上の障害に基づく損失を補償の対象として予定していないことは、以下に述べることからも首肯できるというべきである。
[4](一) 従来警察法規に違反していなかつた物件が、他人の行為によつて後発的に警察違反の状態になつた場合において、その法規制上の障害に基づく損失について補償を要すると考えられるときは、そのような規制の根拠法の中にその補償に関する規定が設けられるのが通常であり(例えば、後述する電気事業法50条参照)、特段の事情がない限り立法の目的を異にし、かつ、立法の所管庁もこれを異にする他の法律においてこれを規定することは見られないといつてよい。
[5] 元来各種の警察法規に基づく警察規制による損失について、補償を要することとすべきか否か、補償をするとして、どのような場合に、どのような内容の補償を要することとすべきかというようなことは、すべてその規制の性質、目的、内容との相関において決すべき事柄であることはいうまでもない。このことは、法規制による損失が現実化するについて、他人の行為が介在しているような場合にも、その損失が法規制そのものによつてもたらされるものである以上は同様である。例えば、本件のように、道路の新設、改築によつて当該道路に面する土地について生じ得る法規制上の問題は、警察法規とその規制の種類、内容に応じて数限りなくあり得るところであるばかりでなく、その規制の性質、内容は千差万別であり、これについての補償の要否についての結論もそれに応じて異なつたものとなり得るのである。したがつて、このような道路の新設、改築によつて生じ得る他の警察法規によるさまざまな法規制上の問題についても、補償を要するものについては、その警察規制のそれぞれの根拠法規の見地から、それぞれの法規において規定されるのが立法の大原則であり、道路法において、これら他の法規自身が補償についてどのような態度をとつているかということに一切かかわりなく、それらの法規制の性質、目的、内容とも全く無関係に、一律に補償を要する旨を定めるというようなことは全く異例のことといつてよい。
[6] 本件の場合に補償を要するとすれば、その補償は消防法の規定する警察規制に基づく損失の補償であるが、そのような消防法の規制による補償に関する規定を消防法の中でなく、立法目的も全く異なる道路法中に置くような合理的な理由は全く見出し難い。したがつて、原判決の判示するように消防法の規制に関する補償をも法70条の補償の対象に含めて立法されたものと解することは、立法者の意思に明らかに反し、かつ、立法の常識にも反するものといわなければならない。
[7](二) 法70条1項は、土地収用法における同趣旨の規定を引用し「土地収用法第93条第1項の規定による場合の外……補償しなければならない」と規定しているから、同条項は、土地収用法93条1項との関連において統一的に解釈する必要がある。そして、以下に述べるとおり、土地収用法93条1項が規定する補償は法規制上の障害による損失の補償を含まないから、法70条1項に基づく補償もこれと同様に法規制上の障害による損失の補償を含むものではないと解すべきである。
[8] すなわち、土地収用法93条1項は、同法の定める手続を経て収用又は使用された土地(したがつて、土地等の収用等に伴う損失補償は別途補償されていることはいうまでもない。)を同法3条各号所定の公共事業の用に供することにより、当該土地及び残地以外の土地について、通路、みぞ、かき、さくその他の工作物を新築し、改築し、増築し、若しくは修繕し、又は盛土若しくは切土をする必要があると認められる場合における損失補償について規定しているのであるが、その趣旨は、同法3条各号所定の公共事業が施行されることによつて施行地の従前の形状に物理的な変化(特に高低差)を生じさせる場合が多く、その結果、施行地周辺の土地所有者等が、施行地の従前の形状に応じて自己所有地内に設けていた通行や排水という日常生活上の利便のための通路、みぞなどの工作物や、境界の保全等のためのかき、さくなどの工作物の機能を損うことがあるので、これらの機能を施行地の新たな形状に応じて従前の程度にまで回復させる必要があると認められる場合には、事業の施行者にその費用を負担させることによつて、土地収用法の定める手続に従つて収用又は使用された土地において実施される公共事業の円滑な遂行を図ろうとするところにあるのであつて、右以上に出て隣接地に存する固有の事情により課せられる法規制上の障害に基づく損失までも補償の対象とするものではない。ところで、土地収用法の定める手続によらないで道路法上の道路を建設する事業については、もとより土地収用法93条1項を適用する余地はないが、法70条は、そのような建設事業についても、当該道路に面する土地部分に限つて、土地収用法93条1項の規定によるのと同様の損失補償を行うことを目的として立法されたのである。
[9] このことからすれば、法70条1項の規定による損失補償の対象範囲は、土地収用法93条1項の規定による損失補償の対象範囲である「物理的障害による損失の補償」を超えるものではないというべきである。
[10](三) 現行法上、法70条と同様の目的に出た損失補償に関する規定は、河川法21条、海岸法19条、地すべり等防止法17条及び急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律18条に見られるが、これらの各規定は法70条と同様、土地収用法93条1項の規定を引用し、かつ法70条1項と同様の文言を用いており、規定の体裁、形式、文言がほとんど共通であるばかりでなく、立法趣旨も同じくしているので、法70条1項の規定の解釈に当たつては、右各規定の解釈が参考になるというべきである。すなわち、これらの規定においては、法70条1項にいう「道路を新設し、又は改築したことに因り、当該道路に面する土地について」との文言と軌を一にして、「河川工事の施行により、当該河川に面する土地について」(河川法21条1項)、「海岸管理者が海岸保全施設を新設し、又は改良したことにより、当該海岸保全施設に面する土地について」(海岸法19条1項)、「都道府県知事が地すべり防止工事を施行したことにより、当該地すべり防止工事を施行した土地に面する土地について」(地すべり等防止法17条1項)及び都道府県が施行する一定の急傾斜地崩壊防止工事である「都道府県営工事を施行したことにより、当該都道府県営工事を施行した土地に面する土地について」(急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律18条1項)と、いずれも公共施設若しくは公共事業の施行地に「面する土地について」との文言が用いられていること及びこれらの公共事業は、右に摘示したように、「河川」、「海岸保全施設」、「地すべり防止施設」及び「急傾斜地崩壊防止施設」に関するものに限られていることに注目する必要がある。
[11] すなわち、これらの法律にその施行についての根拠規定を置く公共事業は、いずれもその性質上、道路建設事業と同様に、土地収用法3条各号所定の他の公共事業に比してその施行により施行地の従前の形状に著しい物理的変化(特に高低差)を生じさせることが多く、また、これらの公共施設は、いずれも通行、排水という日常生活上の利便と密接に関連するものであり、特にこれらの公共事業の施行地について生ずる物理的な変化が施行地と境界を接する土地に影響を与える場合が多いことから、これらの公共施設若しくは公共事業の施行地に面する土地に限り、かつ、その土地の所有者等が施行地の従前の形状に応じて設けていた通行や排水という日常生活上の利便のための通路、みぞなどの工作物や境界の保全等のためのかき、さくなどの工作物の機能を施行地の新たな形状に応じて従前の程度にまで回復させるやむを得ない必要があると認められる場合に限つて、これら特定の公共事業が土地収用法の定める手続を経ないで実施される場合であつても、なお事業の円滑な実施を図るため土地収用法93条1項の規定によるのと同様の損失補償を行うこととしたものである。このように、河川法等が法70条と同一の目的をもつてこれと同旨の規定を置いていることからすれば、法70条1項の規定の趣旨を右の河川法等の規定の趣旨と別異に解することは不合理であり、これらの規定は統一的に解釈すべきであるといわなければならない。
[12] なお、これら土地収用法93条、道路法70条、河川法21条、海岸法19条、地すべり等防止法17条及び急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律18条の各規定による損失補償は、このように共通の内容を持つと考えられるので、行政実務上統一的に「みぞかき補償」と呼称されている。

[13] 更に右に述べた立法趣旨から明らかなように、法70条1項にいう「工作物」は道路と物理的、機能的に密接な関連性を有する工作物を意味するものと解すべきである。しかし、本件地下タンクは、たまたま道路の近傍に埋設されていたというにとどまり、道路とは物理的、機能的に何らの関連性を有しないものであるから、法70条1項にいう「工作物」には該当しないというべきであり、本件地下タンクが法70条1項にいう「工作物」に該当すると判断した原判決は,この点においても同条項の解釈を誤つたものであつて失当たることを免れない。

[14] 消防法12条は、指定数量(同法9条の3)以上のガソリン等の危険物の貯蔵等の用に供する地下貯蔵タンク(昭和34年政令第306号危険物の規制に関する政令(以下「令」という。)13条1号参照。ここでは、右のうち、タンク室に設置せずにいわゆる裸のまま地下に埋設する地下貯蔵タンクのことを指す。以下これを「地下タンク」という。)の所有者、管理者又は占有者(以下「保有者」という。)に対して、消防法10条4項に基づく令13条の定める離隔距離等を維持すべき義務を課しているが、右義務は、地下タンク保有者において社会生活上受忍すべき当然の義務である。しかるに、本件において被上告人に右義務を課することが社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超えるものとして、被上告人において右義務を履行するのに要した費用が法70条1項の規定に基づく損失補償の対象となると判断した原判決には、以下に述べるとおり、右の離隔距離維持義務に関する消防法令の解釈を誤り、ひいては適用すべからざる場合に法70条1項を適用した違法がある。

[15] 一般に行政権が、法律の定めるところにより、公共の安全を維持するために私人の財産権に対して必要な規制を加えることは、もとより許されるところであるが、なかでも私人の財産権の行使に起因する災害を防止するため必要な限度内で加える規制による制約は、財産権に内在する社会的拘束の表れとして社会生活上当然に受忍すべき限度内のものとされている。すなわち、私人はその財産権を行使する自由を有するけれども、それは無制約のものではあり得ないのであつて、例えば公共の安全若しくは人の生命、身体、財産を侵害し、又はこれに対する侵害の危険を生じさせるような場合にはその権利の行使は許されない。そのような場合には、行政権による規制の有無を問うまでもなく、財産権者はその支配する財産に起因する公共の安全若しくは人の生命、身体又は財産に対する危害を未然に防止すべき一般法上の責務を負つているというべきであるから、その権利の行使については、権利内在的な制約が存在するといわざるを得ない。そして、行政権が、右の場合に法律の定めるところにより、私人の財産権の行使に対して災害の防止という警察目的実現のために必要とされる規制を加えても、それによる制約は右に述べた財産権に内在する社会的制約の表れの一つと見るべきものであるから、社会生活上当然に受忍すべき限度内のものとして特別の犠牲に該当せず、したがつて少なくとも右のような場合には補償することを要しないと解されているのである(最高裁判所昭和38年6月26日大法廷判決・刑集17巻5号521ページ。田中二郎「行政法上巻」有斐閣全書263ページ、渡辺宗太郎「全訂日本国行政法要論下巻」16ページ、柳瀬良幹「行政法」改訂新版217ページ、高辻正己「財産権についての一考察」自治研究38巻4号3ページ)。
[16] これを本件についてみると、被上告人が設置した本件地下タンクに貯蔵されるガソリンが極めて引火性の強い可燃物であることは明らかであり、これによる災害発生の危険があることは消防法によつて「危険物」に指定され各種の厳しい規制を受けていることからもうかがうことができるから、このような地下タンクの保有者は、地下タンクに起因する災害を未然に防止するため、その設置の場所、構造等について消防法の定める技術基準を遵守することはもとより、更に一層の注意をもつてその維持及び管理に当たり、隣接地等に災害発生の危険を及ぼしてはならない一般法上の責務を負つているというべきであり、具体的には後記二2(一)(2)で詳述するとおり、右のような地下タンクを設置するに際しては、行政規制の有無にかかわりなく、もともと権利内在的な制約として隣接地に危険を及ぼさないだけの後退距離を確保する等の措置を講ずべき責務があるものといわなければならない。
[17] 消防法は、地下タンク保有者が右の権利内在的制約を受けることを当然の前提として、右の地下タンクに起因する災害を防止するために必要な下記の規制を加えることとしたのである。すなわち、消防法は、発火性又は引火性物品を原因とする災害を防止するため、2条7項及び別表において危険物の種類(ガソリンは別表第4類第1石油類の危険物に該当する。別表の備考3のイ参照)を定めた上、別表で定める指定数量(9条の3。ガソリンの指定数量は100リツトルと定められている。)以上の危険物の貯蔵所以外の場所での貯蔵、又は製造所、貯蔵所及び取扱所(以下「貯蔵所等」という。)以外の場所での取扱いを禁止し(10条1項)、更に10条4項に基づく危険物の規制に関する政令で貯蔵所等の位置、構造、設備の技術上の基準を定め、貯蔵所等の保有者に対し貯蔵所等の位置、構造、設備を技術上の基準に適合するように維持すべき義務を課している(12条1項)。本件で問題となつている地下タンクは、令2条4号にいう「地下タンク貯蔵所」のうち「タンク室」に設置せずにそのまま地下に埋設する種類のものであるが、地下タンクの位置について消防法12条1項、令13条1号、令13条1号のイに基づく自治省令である「危険物の規制に関する規則」(危険物の規制に関する総理府令(昭和34年総理府令第55号)を昭和40年自治省令第28号により改称したもの。)23条は地下タンクの保有者に対し地下鉄、地下トンネル(地下道のほか人が保守管理する構造を有する下水溝や電話回線・ガス管等の共同溝などがこれに当たる。)及び地下街(なお、これらのなかには地下トンネルや地下街のように公共事業によつて施行されるとは限らないものがあることに留意さるべきである。)から10メートルの離隔距離を維持すべき義務を課している。
[18] 消防法令は危険物が現存する限りこれに起因する災害の発生を未然に防止すべきことを目的とするものであり、そのような立法目的及び「……技術上の基準に適合するように維持しなければならない。」と規定している消防法12条1項の文言に照らして考えるならば、地下タンクの位置については、地下タンク設置の時のみならず、その設置後においても地下タンクがその用に供されている限り、周囲の環境の変化に対応しつつその離隔距離を維持すべき義務が引続き地下タンク保有者に課せられていることが明らかである。
[19] そしてこのような規制は、地下タンクから危険物が万一にも漏洩した場合における災害防止の見地からする必要最小限度のものであり、財産権に内在する制約の範囲内に止まるものであるから、被上告人が被上告人の責には属さない後発的事態の発生により地下タンクの移設を余儀なくされたとしても、その移設に要する費用は特別の犠牲に該当せず、憲法上補償の対象にはならないというべきである。
[20] したがつて、消防法が危険物保有者において危険物を技術上の基準に適合する状態に維持するために要した損失について何らの補償規定も置いていないのは当然のことであるといつてよい。

[21] 原判決は、
「本件旧タンクが消防法上、危険物として設置、管理上種々の法的規制ないし制限を受けるものであることは明らかではあるが、いやしくも設置時において適法であり、かつ、将来の違法状態の到来を予測し難い場合であつて自己の責には属さない後発的事態の発生により移設を余儀なくされたとき、常に、危険物の所有者の故をもつて移設費用の自己負担を強いることは酷にすぎる背理というべ(きである。)」
と判示するが、右判示は、以下に述べるとおり、危険物を支配している者(以下「危険物保有者」という。)に課せられた法的義務の性格及び範囲について消防法令の解釈を誤つたもので、失当である。
[22](一)(1) 地下タンクに関する消防法による規制は、危険物という物の状態に着目してする警察上の規制であるが、一般に、警察上の規制を受ける危険物の所有者等がその物から生ずる効果について警察に対して負ういわゆる「状態責任」は、直接に危険の原因をなしている物に対して法律上及び事実上の支配力を有している者のみが負うのであり、換言すれば危険物保有者は、自己の支配する危険物の状態が警察法規に違反する場合には、自らの費用負担において右の違反状態を解消すべき責務を有するのである(東平好史「警察責任の研究」神戸法学会雑誌16巻3号520ページ、小高剛「防災と行政規制」法律時報49巻4号57ページ参照)。そして、右にいわゆる「状態責任」は危険物の状態について負う責任であるから、その性質上継続的な責任であり、しかも、自己に責任のある事由によつて警察上の危険を生じさせた場合はもとよりのこと、自己に責任のない後発的な環境の変化によつて危険が顕在化した場合であつても、その危険はもともと危険物中に潜在的に存在していたものであり、その危険物を自己の支配下に置いている以上、その者は自己の負担において警察違反の状態を解消すべき責務を負うのである。すなわち、ある物をとりまく環境の変化によつて警察上の危険が生じる場合には、すでに危険が物の中に潜在的に存在しており、それ自体警察違反ではない環境の変化によつて、潜在的危険が顕在化し、危険の直接的原因となつている場合があるが、この場合には、潜在的危険を有する物が先に適法に存在していたという事実、又はそれまで何ら危険を生ぜしめていなかつたという事実を理由としては、警察責任を免れることはできないとされているのである(東平好史「警察責任の研究(二)」神戸法学会雑誌16巻4号767ページ)。
[23] 右に述べたような警察法規に共通する原理の存在は個別の実定法規の文言及び解釈によつても、これを裏付けることができる。各種の警察法規は、他の国民ないし公共の安全を害する危険を生じさせるおそれのある危険物の性質ないし状態に応じて、一定の物件(以下「保安物件」という。)との間に離隔距離を保持すべきことなどを内容とする技術基準を定めた上、危険物保有者に対し、右の技術基準を維持すべき義務を負わせている(消防法12条のほかには、火薬類取締法14条、ガス事業法28条、電気事業法48条・49条、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律16条・16条の2、石油パイプライン事業法25条等がある。)が、電気事業法50条において費用の負担等についての特則を設けている場合を除いては、後発的な環境の変化によつて生じた警察違反の状態を解消するために危険物保有者が支出した費用は、危険物保有者において負担すべきものと解されているのである。
[24] 例えば火薬取締法令上、火薬庫の保有者は、火薬庫と保安物件(公共施設に限らず、一般の民家も含まれる)との間に一定の保安距離を保有しなければならないとされているが、自己の所有権若しくは地役権等の権原の及ぶ範囲内において右の保安距離を確保しておかない限り、火薬庫の設置後において右の保安距離内に保安物件が入り込んでくることを防ぐ権限を有しないから、仮に保安距離内に保安物件が入り込んできた場合には、自己の負担において、火薬庫の構造、用途等を変更して保安距離を新たに保つこととするか、貯蔵火薬類の数量を変更して保安距離を有効にするかの措置をとらなければならないこととされており、それでも保安距離を確保することができなくなるときは、結局、火薬庫を移転させるか又は当該場所での火薬庫としての用途を廃止せざるを得ないことになるのである。そして、火薬庫の保有者が将来右のような結果になることを避けるためには、あらかじめ一定の保安距離の範囲内の土地について所有権、地役権等の権原を取得し、保安距離内に保安物件が入り込んでこないようにすることを要するのである(甲第14号証参照)。
[25] 以上要するに、危険物保有者は、従来警察違反の状態になかつた危険物が、他の者による後発的な物件の設置により警察違反の状態となつた場合においても、電気事業法50条のような特別の規定による手続が定められていない限り、自らの責任と負担において、警察違反の状態を解消すべき義務を有しているのであり、このような事態を事前に避けようとするのであれば、自らの所有権等の権原の及ぶ範囲内の土地において警察法規上定められた離隔距離を確保することによつて右離隔距離内における他の者の後発的な物件の設置を防止する必要があるのである。
[26](2) なお、原判決が判示するところに従えば、被上告人が先に本件タンクを設置した以上、道路管理者たる国はその所有地に本件地下道を設置するに際して、被上告人が消防法による規制を遵守するために出捐した本件タンクの移設費用を補償しなければならないというのであるから、その限りで国はその所有権の自由な行使を制限される結果となるが、国は、隣接地の所有者としてそのような制約を受けなければならない理由はない。すなわち、現行法上地下タンクに近接して隣接地に地下道等を設置してはならないとする法規制は何ら存せず、また所有権の行使は権利の濫用にわたらない限り本来自由であることはいうまでもないが、本件地下道は国がその所有地内に建設するものであつて隣接地に何らの物理的影響を及ぼすものではないから、本件地下道の設置が権利の濫用に当たることはあり得ず、国としては、本来何らの制約も負担もなく自由にこれをなし得るところといわなければならない。
[27] また、隣接地間の利害の調整を図ることを目的とする相隣関係法の法理に照らしてみても、本件地下タンクがあるが故に隣接地の所有者である国がその所有権の行使としての本件地下道の設置について制約を受けなければならない立場にはないというべきである。すなわち、土地所有権の相隣関係を支配する法理としては、第一に、いわゆる「互換可能性」の原則があるが、これは隣接する土地の所有者については、相互に同質的影響を与え合う場合においてのみ、隣接地への侵害が容認されるとする法理である。例えば、境界近傍における建築工事のため隣地に立ち入つて作業し得るという隣地立入権(民法209条)がそれである。これを本件について見ると、被上告人は、危険物であるガソリンを貯蔵する本件地下タンクを保有しているが、右の危険物から生じる隣接地への侵害又は制約が「互換可能性」の原則から容認され得る余地はなく、また、上告人は、そのような危険物を保有していないのであるから、被上告人のみが一方的に侵害者たる地位に立つものである。したがつて、いずれにしても本件においては「互換可能性」の原則の適用はない。第二に、右のような「互換可能性」を有しない場合において隣接地への侵害が容認されるのは約定又は法定の地役権が存在するときに限定されるという原則であるが、本件の場合においては、被上告人は道路敷地につき何らの地役権も有しないのであるから、道路敷地に対する上告人の所有権行使に何らかの制約を及ぼすということがあり得ないことは明らかである。かえつて、ここで留意すべきことは、民法は、境界線近傍における下水溜、肥料溜等の穿掘に際してはその者に対して自ら境界線から2メートル以上の後退距離を置くことを義務付け(民法237条1項)、あるいは、建物の築造については境界線から50センチメートル以上の後退距離を置くことを義務付ける(同法234条1項)規定を置いて、一つには侵害者自身の後退によつて周囲への安全のための距離が確保されるべきことを、もう一つには、その距離の起算点は境界線であることを明らかにしていることである。すなわち、右の各規定の精神に照らすならば、相隣関係を支配する法理として、他に害を及ぼすおそれのある物の保有者は、自己の所有権、地役権等の権原が及ぶ範囲において、当該物が他への危険を及ぼさないようにするための後退距離を確保すべきものとする法理が存在するということができよう。
[28] これを本件について見ると、そもそも本件地下タンクは、下水溜、肥料溜等に比較すると安全に与える影響はより大であることはいうまでもなく、本来それに相応した境界線からの後退距離を所有権又は地役権等の権原に基づいて確保すべきものなのであり、離隔距離の範囲内にある隣接地に制限、制約を及ぼすことは、地下タンクに対する消防法令上の規制を理由としては許されないというべきである。
[29](3) 更に付言すれば二1で述べたとおり、本件地下タンクは極めて引火性の強い可燃物であるガソリンを貯蔵するものであり、万一地下タンクからガソリンが漏洩した場合にはこれに起因する災害を隣接地に及ぼす可能性を秘めているものであるから、本件地下タンクを保有する者は、もともと警察規制の存否とはかかわりなく、本件地下タンクに起因する危険を隣接地に及ぼさないよう地下タンクの位置、構造及びその管理等について常に配意すべき一般法上の責務を負つているものであり、その限りで、地下タンクの所有者である被上告人は、地下タンクの設置、維持又は管理についてこの種の財産権の性質に由来する権利内在的な制約を受けているのである。そして、本件地下タンク設置がその時点では消防法令に適合していたとしても、それによつて右の一般法上の責務まで免責される筋合のないことはいうまでもない。
[30] また、本件地下タンク設置後において、隣接地に地下道が設置されたことにより、本件地下タンクの有する危険が顕在化したことは明らかであるが、右の危険は地下道の設置者である道路管理者においてこれを支配し、コントロールできる性質の危険ではなく、本件地下タンクの所有者の支配に属する危険であり、しかも隣接地の所有者の適法な所有権の行使(本件地下タンクが本件地下道よりも以前に設置された事情があるとしても、そのことが隣接地の所有者に対する関係でその所有権行使の制約条件となることはあり得ない。)を契機としてもともと存在した危険が顕在化したにすぎないのであるから、右の危険に対する処理は危険物を支配する被上告人の負担においてなされるべき筋合のものである。本件地下タンクが従前消防法令上違法でなかつたのは、隣接地の所有者である国(本件においては、国であるが、それは国には限らず、私人であつてもよいことに留意すべきである。)がたまたま地下道建設のような消防法に掲げる態様の所有権の行使を手控えていたことの反射的効果として規制を受けなかつたにとどまるものであり、その後において国のした地下道の設置が被上告人にとつて「自己の責には属さない後発的事態の発生」といえると仮定したとしても、本件規制は被上告人にとつて自己の支配する危険物の潜在的危険性の顕在化を理由として受ける規制である以上、消防法令の要求する離隔距離を維持するためにした本件タンクの移設費用は、被上告人において負担すべきことは当然であるといわなければならない。
[31](二) ここで本件における消防法令による規制の態様についても注目しておく必要がある。二1でも述べたとおり、令13条は、地下タンク貯蔵所の位置、構造及び設備に関する技術上の基準について定めているが、同条1号は、
「危険物を貯蔵し、又は取り扱う地下タンク(以下この条、第17条及び第26条において「地下貯蔵タンク」という。)は、地盤面下に設けられたタンク室に設置すること。ただし、第4類の危険物の地下貯蔵タンクが次のイからホまでのすべてに適合するものであるときは、当該タンクをタンク室に設置しないことができる。
イ 当該タンクが地下鉄又は地下トンネルから水平距離10メートル以内の場所その他自治省令で定める場所に設置されていないこと。
ロ 当該タンクの外面が自治省令で定める方法で保護されていること。
ハ 当該タンクがその水平投影の縦及び横よりそれぞれ0.6メートル以上大きく、かつ、厚さ0.3メートル以上の鉄筋コンクリートのふたでおおわれていること。
ニ ふたにかかる重量が直接当該タンクにかからない構造であること。
ホ 当該タンクが堅固な基礎の上に固定されていること。」
と規定し、地下タンクは原則としてこれを「タンク室」に設置することを義務付けており、ただ「当該タンクが地下鉄又は地下トンネルから水平距離10メートル以内の場所……に設置されていないこと。」等同令13条1号のイからホまでのすべての要件を満たしているときは、そのとき及びその間に限り例外的に「タンク室」に設置せず、裸のまま埋設することを、当面は、許容しているにすぎない。そして、右規定の体裁からすれば、法は、本来地下タンク貯蔵所の設置者に対し、同令13条1号のイからホまでの要件を充足している場合についても地下タンクを「タンク室」に設置することを期待していることが明らかである。
[32] 本件において、被上告人は、従前地下鉄、地下トンネル等がたまたま付近に存在しなかつたため、当面同令13条1号本文の規制を免れることができ、したがつて地下タンクを「タンク室」に設置せず、裸のままでこれを埋設し、あるいは埋設したままでこれを維持することが許されていたのであるが、これは、その当時、隣接土地所有者等が同令13条1号イに掲げるような態様の土地使用をすることを自ら差し控えていたために、反射的かつ恩恵的に、現実に右の規制を受けることを免れることができるという利益を事実上得ていたにすぎないのである。そして、被上告人がその後の隣接土地所有者等の土地使用の態様の変更によつて、右の利益を失い、地下タンクを移設するか又は地下タンクを「タンク室」に設置しなければならなくなつたとしても、被上告人は消防法の定める原則に従い当初から地下タンクを「タンク室」に設置することもできたのに(殊に、本件地下タンク設置の場所が高松市の市街地内を通る「国道11号線と県道の交差する香川県下でも最も自動車交通量の多い交差点」に面した土地であることは原判決の認定するところであり、地下横断歩道が新築される客観的な可能性が存在することは否定し得なかつたのであるから、被上告人としては隣接地の土地使用の態様の変更によつて消防法の原則的な規制を受ける場合に備えて当初から地下タンクを「タンク室」に設置することが望ましいところであつたものといわなければならない。)、自らの危険負担においてそうしなかつただけのことであるから、反射的、恩恵的利益の喪失を理由として隣接地の土地使用者等に対しその損失の補償を求め得べき法理は存在しないというべきである。

[33] 原判決が法70条1項の規定は「憲法29条3項の保障する損失補償制度の一つであ(る)」としているところからすれば、法70条1項の規定をもつて憲法29条3項の内容を具体化したものと解していることは明らかであるが,道路管理者が本件地下道を設置してこれを契機とする法規制上の障害を生じさせたことは道路管理者において憲法29条3項にいわゆる私有財産を「用いる」場合には該当せず、かつ、同条項に具体化したとする法70条1項にも該当しないにもかかわらず、これらに該当することを前提として、道路管理者において損失補償を支払うべき義務があるとした原判決には、その前提において憲法29条3項にいわゆる「用いる」ことの意義及び法70条1項の規定の解釈を誤つた結果、適用すべからざる場合に法70条1項を適用した違法がある。
[34] すなわち、本件において被上告人に何らかの損失が生じたとしても、それは直接には消防法による規制を受けたことによる損失であり、地下道設置を直接の原因とする損失ではない。本件地下道は、国有の道路敷地の範囲内において歩行者等の安全な道路横断に資するために、かつ所有権の正当な行使として設置されたものであり、もとより被上告人の設置した給油所の敷地を使用するものではなく、また右敷地に対して物理的な影響を及ぼすようなものでもないから、そのこと自体で被上告人に対し何らの損失も及ぼすものではない。また二1で述べたとおり、消防法令は地下タンク設置の時のみならず設置後においても引続き右の離隔距離を維持すべきことをあらかじめ地下タンクの保有者に義務付けている(境界線を基準として後退距離を定め、当初から一律にこれを遵守すべきことを命ずるのに比較して、本件のように災害防止の見地から特に配慮を要する物件に限定して当該物件からの離隔距離を定め、将来の環境の変化に対応しつつ離隔距離を維持すべきことを命ずるという規制方法は、より合理的であり、しかも規則を受ける者の利益を配慮した弾力的な規制方法であるというべきである。)のであるから、右離隔距離維持義務は、本件地下タンクの所有者である被上告人に対し、技術基準維持義務の一内容として、本件地下タンク設置の時又は消防法令施行の当時において既に課せられていたものであつて、道路管理者による本件地下道設置のときに新たに課せられたものではない。そうだとすれば本件地下道設置に当たり道路管理者が被上告人の財産権を用いた場合に当たらないことは明らかである。そして本件の場合、仮に百歩譲つて被上告人の財産権を用いた場合に当り、その結果その損失の補償をすべき場合に該当するとしても、それは消防法上の規制者において被上告人の財産権を用いたことを意味し、道路管理者において用いた場合ではないというべきであり、消防法上の規制による損失を法70条1項に基づいて補償すべき根拠がないことは一2(一)で述べたとおりであるから、道路管理者に対し法70条1項に基づき地下道設置による損失として請求することはできないというべきである。

[35] なお、付言すると、原判決の判示するように、法70条が道路の新設又は改築に起因する物理的障害に基づく損失だけでなく、法規制上の障害に基づく損失までも補償の対象としていると解するときは、現行法の体系上更に次のような矛盾又は不合理が生ずることに留意すべきである。
[36] 第一に、法70条1項は「当該道路に面する土地について」と規定しているのであるから、原判決の立場に立つとしても、当該道路と危険物の設置場所との間に第三者の所有する土地が存在するなど、法規制上の障害が「当該道路に面した土地」以外の土地について生じた場合には、法70条による損失補償を受けることはむずかしいと思われるが、そうだとすれば、法70条による補償の対象が何故に「当該道路に面する土地について」生じた損失に限られているのかについての合理的な説明をすることは困難である(なお付言すると、「配管」は、消防法令上本件地下タンクと同様に危険物とされ、原則として道路等から水平距離25メートル以上の離隔距離を保持することが義務付けられているので(危険物の規制に関する規則28条16号、危険物の規制に関する技術上の基準の細目を定める告示32条)、配管がたまたま「当該道路に面する土地」に設置されていたか否かによつて法70条による損失補償の対象となつたり、ならなかつたりすることの不合理は更に大きい。)。
[37] 第二に、本件地下タンクが消防法令の定める離隔距離維持義務に違反する状態となるのは、本件におけるような道路法上の道路である地下道の設置だけではなく、その他の地下トンネル(前述した下水溝や共同溝など)、地下鉄(公営・民営を問わない)及び地下街の設置の場合でも同様であることは前述したとおりであるにもかかわらず、これらのうち、何故に道路法上の道路である地下道の設置の場合にだけ損失補償がなされるのかについて合理的な説明をすることは困難である。
[38] 第三に、法70条1項の趣旨を原判決のように解すると、例えば、従来、警察違反の状態にはなかつた火薬庫の近くに道路法上の道路が新設されたことにより右道路との間の保安距離が確保できなくなつたという場合において、工作物であるとする火薬庫を移転した場合の損失については補償されるが、火薬庫はそのままにして貯蔵火薬類の数量を変更することによつて保安距離を保持した場合や更には当該場所での火薬庫としての用途を廃止して他に転用した場合の損失については、補償されないという不合理な結果が生じることになる。
[39] 第四に、警察法規の多くは、前述したように、一定の保安物件を指定した上、危険物保有者に対し、その保有する危険物と保安物件との間に一定の離隔距離を維持すべき義務を課しているが、これらの警察法規によつて指定されている保安物件としては、土地収用法3条各号所定の公共事業の施行に係る公共施設のうち、道路(1号)、鉄道(7号ないし8号)、発電所及び変電所(17号)、ガス工作物(18号)、学校(21号)、公民館(22号)、病院(24号)、公園(29号、32号)、団地(30号)等がある。ところで、右に摘示した公共事業のうち、その根拠法規においていわゆる「みぞかき補償」に関する規定を置いているのは、道路法のみである。したがつて、法70条1項の趣旨を原判決のように解すると、警察法規上保安物件に指定されている各種の公共施設の設置により既設の危険物に離隔距離維持義務の不遵守による警察違反の状態が生じた場合において、何故に道路法上の道路の場合にだけ右の警察違反の状態を解消するための損失が補償されるのかについて合理的な説明をすることは困難である。
[40] 第五に、これとは逆に、その根拠法規にいわゆる「みぞかき補償」に関する規定が置かれているところの「河川」、「海岸保全施設」、「地すべり防止施設」及び「急傾斜地崩壊防止施設」は、いずれも警察法規上保安物件に指定されていないから、これらの公共施設の設置によつて既設の危険物に離隔距離維持義務の不遵守による警察違反の状態が生じるというようなことはない。したがつて、法70条1項の趣旨を原判決のように解すると、何故に法70条1項とその他の河川法21条1項等の規定の文言が同一なのかについて合理的な説明をすることは困難である。

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