タトゥー事件
第一審判決

医師法違反被告事件
大阪地方裁判所 平成27年(わ)第4360号
平成29年9月27日 第5刑事部 判決

職業 彫り師 A 昭和63年○月○○日生

 上記の者に対する医師法違反被告事件について,当裁判所は,検察官丸山秀和,同森脇俊夫,私選弁護人亀石倫子(主任),同三上岳,同久保田共偉,同川上博之,同白井淳平,同城水信成各出席の上審理し,次のとおり判決する。

■ 主 文
■ 理 由


 被告人を罰金15万円に処する。
 その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
 訴訟費用は被告人の負担とする。

 被告人は,医師でないのに,業として,別表記載のとおり,平成26年7月6日頃から平成27年3月8日頃までの間,大阪府吹田市α×丁目××番××号aビル×号室タトゥーショップ「B」において,4回にわたり,Cほか2名に対し,針を取り付けた施術用具を用いて前記Cらの左上腕部等の皮膚に色素を注入する医行為を行い,もって医業をなした。
罰   条    包括して医師法31条1項1号,17条
刑種の選択    罰金刑を選択
労役場留置    刑法18条(金5000円を1日に換算)
訴訟費用の負担  刑事訴訟法181条1項本文
[1] 関係各証拠によると,被告人が判示のとおりの行為を行ったと認められ,弁護人もこれを争わない。本件の争点は,①針を取り付けた施術用具を用いて人の皮膚に色素を注入する行為(以下「本件行為」という。)が医師法17条の「医業」の内容となる医行為に当たるか否か,②医師法17条が憲法に違反するか否か,③本件行為に実質的違法性があるか否か,である。
(1) 医行為の意義について
[2] 弁護人は,本件行為は医行為に当たらず,被告人が「医業」を行ったとはいえないとして無罪を主張するので,以下,検討する。
[3] 医師法17条は,医師の資格のない者が業として医行為を行うこと(医業)を禁止している。これは,無資格者に医業を自由に行わせると保健衛生上の危害を生ずるおそれがあることから,これを禁止し,医学的な知識及び技能を習得して医師免許を得た者に医業を独占させることを通じて,国民の保健衛生上の危害を防止することを目的とした規定である。そうすると,同条の「医業」の内容である医行為とは,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解すべきである。
[4] これに対し,弁護人は,医師法17条及び1条の趣旨や法体系からすれば,医行為とは,①医療及び保健指導に属する行為の中で(以下,①の要件を「医療関連性」ということがある。),②医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為をいうと解すべきであると主張する。しかしながら,弁護人の主張によれば,医療及び保健指導に属する行為ではないが,医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為(例えば美容整形外科手術等)を医師以外の者が行うことが可能となるが,このような解釈が医師法17条の趣旨に適うものとは考えられない。また,弁護人の前記主張は,法体系についての独自の理解を前提とするものであり,採用できない。
[5] また,弁護人は,最高裁判所の判例(最高裁昭和30年5月24日第3小法廷判決・刑集9巻7号1093頁,最高裁昭和48年9月27日第1小法廷決定・刑集27巻9号1403頁,最高裁平成9年9月30日第1小法廷決定・刑集51巻8号671頁)によれば,医行為の要件として「疾病の治療,予防を目的」とすることが求められているとも主張する。しかしながら,上記各判例の事案は,いずれも被告人が疾病の治療ないし予防の目的で行った行為の医行為性が問題となったもので,医行為の要件として上記目的が必要か否かは争点となっておらず,上記各判例はこの点についての判断を示したものではない。よって,本件において,医行為の要件として「疾病の治療,予防(の)目的」が不要であると解しても,最高裁判所の判例には反しない。
[6] したがって,医行為該当性の要件として医療関連性又は「疾病の治療,予防(の)目的」が必要であるとする弁護人の前記主張は採用できない。

(2) 本件行為の医行為該当性について
[7] 以上を前提として,本件行為が医行為に該当するか否かを検討すると,関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
[8] 被告人が行った施術方法は,タトゥーマシンと呼ばれる施術用具を用い,先端に色素を付けた針を連続的に多数回皮膚内の真皮部分まで突き刺すことで,色素を真皮内に注入し,定着させるといういわゆる入れ墨である。このような入れ墨は,必然的に皮膚表面の角層のバリア機能を損ない,真皮内の血管網を損傷して出血させるものであるため,細菌やウィルス等が侵入しやすくなり,被施術者が様々な皮膚障害等を引き起こす危険性を有している。具体的には、入れ墨の施術を原因として,急性炎症性反応,慢性円板状エリテマトーデス,乾癬,扁平苔癬,皮膚サルコイド反応や肉芽腫等が発生する危険性が認められる。また,前記のとおり,入れ墨は色素を真皮内に注入するものであることから,施術に使用される色素に重金属類が含まれていた場合には(ただし,現在流通している色素に重金属類が含まれていることは少ないとされている。),金属アレルギー反応が生じる可能性があるし,重金属類が含まれていなくとも,色素が人体にとって異物であることに変わりはないため,アレルギー反応が生じる可能性がある。さらに,入れ墨の施術には必然的に出血を伴うため,被施術者が何らかの病原菌やウィルスを保有していた場合には,血液や体液の飛散を防止したり,針等の施術用具を適切に処分するなどして,血液や体液の管理を確実に行わなければ,施術者自身や他の被施術者に感染する危険性があるのみならず,当該施術室や施術器具・廃棄物等に接触する者に対しても感染が拡散する危険性もある。以上のとおり,本件行為が保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為であることは明らかである。
[9] そのため,入れ墨の施術者は,まず,施術に伴う危険性を十分に認識・理解した上で,保健衛生上の危害発生防止のために,どのような方法・環境で施術を行うかを検討し,選択しなければならない。そして,施術前には,被施術者に対し,入れ墨の危険性を説明することが求められるであろうし,アレルギーや感染症等に関する検査又は診断を行う必要もある。施術中は,被施術者の身体に常に注意を払い,異変が生じた場合には,直ちに施術を中断してその原因を探り,いかなる対処が求められるかを判断し適切な措置をとらなければならない。また,針先が誤って施術者自身の身体に刺さるなど他人の血液や体液が付着した可能性のある場合には,施術を中断して血液検査をするなど感染防止の措置をとる必要がある。施術後も,ウィルス等の感染を予防するため,施術に使用した針等血液や体液が付着した用具や廃棄物を適正に処理することが求められる。このように,入れ墨の施術に当たり,その危険性を十分に理解し,適切な判断や対応を行うためには,医学的知識及び技能が必要不可欠である。よって,本件行為は,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であるから,医行為に当たるというべきである。
[10] これに対し,弁護人は,入れ墨の施術によって障害が生じた場合に医師が治療を行えば足り,入れ墨の施術そのものを医師が行う必要はない旨主張する。しかしながら,入れ墨の施術に伴う危険性や,施術者に求められる医学的知識及び技能の内容に照らせば,上記主張は採用できない。
[11] また,弁護人は,被告人が使用していた色素の安全性に問題はなく,入れ墨の施術の際には施術用具や施術場所の衛生管理に努めていたから,本件行為によって保健衛生上の危害が生じる危険性はなかったとも主張するが,医師法17条が防止しようとする保健衛生上の危害は抽象的危険で足りることから,弁護人の指摘する事情は上記判断を左右しない。
(1) 弁護人の主張
[12] 弁護人は,医師法17条が「医師でなければ,医業をなしてはならない。」としか規定していないのに,医療関連性を有しないあらゆる保健衛生上の危険性がある行為を規制しようとすることは,一般人の理解を超えた範囲を禁止の対象とするものであり,刑罰法規として曖昧不明確であるとともに,他の法令との体系的解釈を前提とすると,成人に対する入れ墨の施術は犯罪を構成しないにもかかわらず,これを処罰することは「法律なければ刑罰なし」の原則に反するから,同条は憲法31条に違反する旨主張する。また,医師法17条は,施術者及び被施術者の憲法上の権利を不当に制約することから,本件行為に適用する限りにおいて,憲法22条1項,21条1項,13条に違反するとも主張する。そこで,医師法17条の憲法適合性について,以下,検討する。

(2) 憲法31条(罪刑法定主義)違反の点について
[13] 医師法17条の規制の対象となる医行為とは,前記のとおり,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為に限られる。このような解釈は,同条の趣旨から合理的に導かれ,通常の判断能力を有する一般人にとっても判断可能であると考えられるから,同条による処罰の範囲が曖昧不明確であるとはいえない。また,医師法17条をこのように解釈して,成人に対する入れ墨の施術を処罰することは,体系的にみて他の法令と矛盾しない。
[14] 以上より,医師法17条は憲法31条に違反しない。

(3) 各自由権侵害の点について
ア 憲法22条1項適合性について
[15] 医師法は,2条において,医師になろうとする者は医師国家試験に合格して厚生労働大臣の免許を受けなければならないと定め,17条において,医師の医業独占を認めていることから,医業を営もうとする者は医師免許を取得しなければならない。そのため,医師法17条は,憲法22条1項で保障される入れ墨の施術業を営もうとする者の職業選択の自由を制約するものである。
[16] もっとも,職業選択の自由といえども絶対無制約に保障されるものではなく,公共の福祉のための必要かつ合理的な制限に服する。そして,一般に職業の免許制は,職業選択の自由そのものに制約を課する強力な制限であるから,その合憲性を肯定するためには,原則として,重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。また,それが自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的・警察的措置である場合には,職業の自由に対するより緩やかな制限によってはその目的を十分に達成することができないと認められることを要する(最高裁昭和50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
[17] これを本件についてみると,前記のとおり,医師法17条は国民の保健衛生上の危害を防止するという重要な公共の利益の保護を目的とする規定である。そして,入れ墨の施術は,医師の有する医学的知識及び技能をもって行わなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為なのであるから,これを医師免許を得た者にのみ行わせることは,上記の重要な公共の利益を保護するために必要かつ合理的な措置というべきである。また,このような消極的・警察的目的を達成するためには,営業の内容及び態様に関する規制では十分でなく,医師免許の取得を求めること以外のより緩やかな手段によっては,上記目的を十分に達成できないと認められる。
[18] 以上から,本件行為に医師法17条を適用することは憲法22条1項に違反しない。
イ 憲法21条1項適合性について
[19] 弁護人は,入れ墨を他人の体に彫ることも表現の自由として保障される旨主張するが,前記のとおりの入れ墨の危険性に鑑みれば,これが当然に憲法21条1項で保障された権利であるとは認められない。
[20] もっとも,被施術者の側からみれば,入れ墨の中には,被施術者が自己の身体に入れ墨を施すことを通じて,その思想・感情等を表現していると評価できるものもあり,その範囲では表現の自由として保障され得る。その場合,医師法17条は,憲法21条1項で保障される被施術者の表現の自由を制約することになるので,念のため検討する。
[21] 表現の自由といえども絶対無制約に保障されるものではなく,公共の福祉のための必要かつ合理的な制限に服する。そして,国民の保健衛生上の危害を防止するという目的は重要であり,その目的を達成するために,医行為である入れ墨の施術をしようとする者に対し医師免許を求めることが,必要かつ合理的な規制であることは前記のとおりである。
[22] したがって,本件行為に医師法17条を適用することは憲法21条1項に違反しない。
ウ 憲法13条適合性について
[23] 人が自己の身体に入れ墨を施すことは,憲法13条の保障する自由に含まれると考えられる。そのため,医師法17条は入れ墨の被施術者の上記自由を制約するものであるが,上記自由も絶対無制約に保障されるものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を受けることはいうまでもない。そして,前記のとおり,入れ墨の施術に医師免許を求めることは重要な立法目的達成のための必要かつ合理的な手段なのであるから,本件行為に医師法17条を適用することは憲法13条には違反しない。
[24] 弁護人は,仮に入れ墨の施術が医行為に当たるとしても,入れ墨の施術者が他人の身体に入れ墨を施す自由や,被施術者が自己の身体に入れ墨を施す自由は憲法上保障される権利である一方,入れ墨の施術によって生ずる保健衛生上の危害は大きくない上,入れ墨の施術は社会的に正当な営業活動であることから,被告人の本件行為には実質的違法性がないと主張する。
[25] しかしながら,入れ墨の施術によって保健衛生上の危害を生ずるおそれがあることは前記のとおりであって,施術者及び被施術者にも憲法上保障される権利があるとしても,それが保健衛生上の危害の防止に優越する利益であるとまでは認められない。また,我が国では,長年にわたり,入れ墨の施術が医師免許を有しない者によって行われてきたが,医師法違反を理由に摘発された事例が多くないことなどは弁護人の指摘するとおりであるとしても,本件行為が,実質的違法性を阻却するほどの社会的な正当性を有しているとは評価できない。
[26] したがって,弁護人の上記主張は採用できず,本件行為には実質的違法性が認められる。
[27] 本件は,被告人が,約8か月の間に4回にわたり他人に対し入れ墨の施術を行った事案である。
[28] 被告人は,医師でないのに,タトゥーショップ「B」を開いて,入れ墨の施術を業として行っていたが,入れ墨の施術者に求められる医学的知識や技能を十分に習得していたとは認められず,本件行為によって保健衛生上の危害が生ずるおそれは軽視できないものであった。
[29] しかしながら,その一方で,施術の際には施術場所を清掃して養生シートを張ったり,施術用具を滅菌処理したりするなど,被告人なりに衛生管理に努めていたと認められ,被告人の行為によって実際に健康被害が生じた者は認められないこと,被告人には前科前歴がないことなど,被告人に有利な事情も存在する。
[30] よって,これらの事情も考慮し,主文の刑を量定した。

(求刑 罰金30万円)

  裁判長裁判官 長瀬敬昭  裁判官 大久保優子  裁判官 大畑勇馬
番号年月日対象者施術部位
平成26年7月6日頃左上腕部
平成26年7月12日頃左足甲部分
平成26年11月20日頃右耳の後ろ付近
平成27年3月8日頃肩の後ろから背中部分

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