非嫡出子相続分規定合憲決定
特別抗告審決定

遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件
最高裁判所 平成3年(ク)第143号
平成7年7月5日 大法廷 決定

抗告人 甲野花子〔仮名〕
相手方 乙野一郎〔仮名〕 外11名

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官可部恒雄の補足意見
■ 裁判官大西勝也の補足意見
■ 裁判官千種秀夫、同河合伸一の補足意見
■ 裁判官中島敏次郎、同大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同遠藤光男の反対意見
■ 裁判官尾崎行信の追加反対意見


 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。

[1] 所論は、要するに、嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の相続分を嫡出である子(以下「嫡出子」という。)の相続分の2分の1と定めた民法900条4号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)は憲法14条1項に違反するというのである。

[2] 憲法14条1項は法の下の平等を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁、最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁等参照)。
[3] そこで、まず、右の点を検討する前提として、我が国の相続制度を概観する。
[4] 婚姻、相続等を規律する法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない旨を定めた憲法24条2項の規定に基づき、昭和22年の民法の一部を改正する法律(同年法律第222号)により、家督相続の制度が廃止され、いわゆる共同相続の制度が導入された。
[5] 現行民法は、相続人の範囲に関しては、被相続人の配偶者は常に相続人となり(890条)、また、被相続人の子は相続人となるものと定め(887条)、配偶者と子が相続人となることを原則的なものとした上、相続人となるべき子及びその代襲者がない場合には、被相続人の直系尊属、兄弟姉妹がそれぞれ第1順位、第2順位の相続人となる旨を定める(889条)。そして、同順位の相続人が数人あるときの相続分を定めるが(900条。以下、右相続分を「法定相続分」という。)、被相続人は、右規定にかかわらず、遺言で共同相続人の相続分を定めることができるものとし(902条)、また、共同相続人中に、被相続人から遺贈等を受けた者(特別受益者)があるときは、これらの相続分から右受益に係る価額を控除した残額をもって相続分とするものとしている(903条)。
[6] 右のとおり、被相続人は、遺言で共同相続人の相続分を定めることができるが、また、遺言により、特定の相続人又は第三者に対し、その財産の全部又は一部を処分することができる(964条)。ただし、遺留分に関する規定(1028条、1044条)に違反することができず(964条ただし書)、遺留分権利者は、右規定に違反する遺贈等の減殺を請求することができる(1031条)。
[7] 相続人には、相続の効果を受けるかどうかにつき選択の自由が認められる。すなわち、相続人は、相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない(915条)。
[8] 906条は、共同相続における遺産分割の基準を定め、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする旨規定する。共同相続人は、その協議で、遺産の分割をすることができるが(907条1項)、協議が調わないときは、その分割を家庭裁判所に請求することができる(同条2項)。なお、被相続人は、遺言で、分割の方法を定め、又は相続開始の時から5年を超えない期間内分割を禁止することができる(908条)。
[9] 昭和55年の民法及び家事審判法の一部を改正する法律(同年法律第51号)により、配偶者の相続分が現行民法900条1号ないし3号のとおりに改められた。すなわち、配偶者の相続分は、配偶者と子が共同して相続する場合は2分の1に(改正前は3分の1、配偶者と直系尊属が共同して相続する場合は3分の2に(改正前は2分の1、配偶者と兄弟姉妹が共同して相続する場合は4分の3に(改正前は3分の2)改められた。
[10] また、右改正法により、寄与分の制度が新設された。すなわち、新設された904条の2第1項は、共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、法定相続分ないし指定相続分によって算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする旨規定し、同条2項は、前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、同項に規定する寄与をした者の請求により、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、寄与分を定める旨規定する。この制度により、被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者には、法定相続分又は指定相続分以上の財産を取得させることが可能となり、いわば相続の実質的な公平が図られることとなった。
[11] 右のように、民法は、社会情勢の変化等に応じて改正され、また、被相続人の財産の承継につき多角的に定めを置いているのであって、本件規定を含む民法900条の法定相続分の定めはその一つにすぎず、法定相続分のとおりに相続が行われなければならない旨を定めたものではない。すなわち、被相続人は、法定相続分の定めにかかわらず、遺言で共同相続人の相続分を定めることができる。また、相続を希望しない相続人は、その放棄をすることができる。さらに、共同相続人の間で遺産分割の協議がされる場合、相続は、必ずしも法定相続分のとおりに行われる必要はない。共同相続人は、それぞれの相続人の事情を考慮した上、その協議により、特定の相続人に対して法定相続分以上の相続財産を取得させることも可能である。もっとも、遺産分割の協議が調わず、家庭裁判所がその審判をする場合には、法定相続分に従って遺産の分割をしなければならない。
[12] このように、法定相続分の定めは、遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて、補充的に機能する規定である。

[13] 相続制度は、被相続人の財産を誰に、どのように承継させるかを定めるものであるが、その形態には歴史的、社会的にみて種々のものがあり、また、相続制度を定めるに当たっては、それぞれの国の伝統、社会事情、国民感情なども考慮されなければならず、各国の相続制度は、多かれ少なかれ、これらの事情、要素を反映している。さらに、現在の相続制度は、家族というものをどのように考えるかということと密接に関係しているのであって、その国における婚姻ないし親子関係に対する規律等を離れてこれを定めることはできない。これらを総合的に考慮した上で、相続制度をどのように定めるかは、立法府の合理的な裁量判断にゆだねられているものというほかない。
[14] そして、前記のとおり、本件規定を含む法定相続分の定めは、右相続分に従って相続が行われるべきことを定めたものではなく、遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて補充的に機能する規定であることをも考慮すれば、本件規定における嫡出子と非嫡出子の法定相続分の区別は、その立法理由に合理的な根拠があり、かつ、その区別が右立法理由との関連で著しく不合理なものでなく、いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り、合理的理由のない差別とはいえず、これを憲法14条1項に反するものということはできないというべきである。

[15] 憲法24条1項は、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する旨を定めるところ、民法739条1項は、「婚姻は、戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによつて、その効力を生ずる。」と規定し、いわゆる事実婚主義を排して法律婚主義を採用し、また、同法732条は、重婚を禁止し、いわゆる一夫一婦制を採用することを明らかにしているが、民法が採用するこれらの制度は憲法の右規定に反するものでないことはいうまでもない。
[16] そして、このように民法が法律婚主義を採用した結果として、婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ、親子関係の成立などにつき異なった規律がされ、また、内縁の配偶者には他方の配偶者の相続が認められないなどの差異が生じても、それはやむを得ないところといわなければならない。
[17] 本件規定の立法理由は、法律上の配偶者との間に出生した嫡出子の立場を尊重するとともに、他方、被相続人の子である非嫡出子の立場にも配慮して、非嫡出子に嫡出子の2分の1の法定相続分を認めることにより、非嫡出子を保護しようとしたものであり、法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解される。これを言い換えれば、民法が法律婚主義を採用している以上、法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが、他方、非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものであると解される。
[18] 現行民法は法律婚主義を採用しているのであるから、右のような本件規定の立法理由にも合理的な根拠があるというべきであり、本件規定が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1としたことが、右立法理由との関連において著しく不合理であり、立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできないのであって、本件規定は、合理的理由のない差別とはいえず、憲法14条1項に反するものとはいえない。論旨は採用することができない。

[19] よって本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、裁判官園部逸夫、同可部恒雄、同大西勝也の各補足意見、裁判官千種秀夫、同河合伸一の補足意見、裁判官中島敏次郎、同大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同遠藤光男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。


 裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私は、非嫡出子の相続分についての本件規定が憲法14条1項に違反する旨の所論は理由がないとする多数意見に与する者であるが、右規定をもって違憲とする個別意見に鑑み、多数意見に付加して、以下に若干の所見を述べておくこととしたい。

[2] 民法は法律婚主義を採り、しかも一夫多妻ないし一妻多夫を禁ずる一夫一婦制を採用している。現実の社会における男女の結付きの態様は様々で、国により時代により多くの変遷のあることが伝えられるが、なお、法が一夫一婦制による法律婚主義を採用していること自体については、我が国においても、今日、格別の異論を見ないところといってよいであろう。いま問題とされているのは、法律婚主義の是非ではなく、婚姻制度が法律婚主義による場合、必然的に生ずべき婚外子と婚内子との相続分割合の当否にほかならない。
[3] およそ資産を有する者は、何びとであれ、これを生前に贈与し、遺贈し、又は相続分の指定をすることができるが、かかる措置が採られない場合の補充的規定として本件規定を含む相続分に関する定めが置かれ、法定相続人の第一は被相続人の配偶者とされている。配偶者が子と共同で相続する場合につき、その法定相続分は、かつての3分の1から昭和55年法律第51号による改正により2分の1に増大された。それでは残余の2分の1を相続する者は誰か。それは相続人の筆頭者として、また多くの場合、老後の生計を被相続人の遺産によることを余儀なくされる配偶者として、最大の関心事とならざるを得ない事項であろう。欧米諸国に比し、不動産価格が異常に高額に上る我が国の現状において、遺産の主たるものが居住用不動産である場合を想起すれば、まことに無理からぬことといえる。
[4] 配偶者が2分の1とされる法定相続分の、残余の2分の1の相続人として予定される者は、もとより被相続人の子であるが、この場合、一夫一婦制による法律婚主義を採る以上、配偶者に次ぐ相続人となるべき者が婚内子であることは、法の当然に予定するところというべきであろう。もとより社会の実情として、被相続人の子が婚外子として出生する現実の可能性を否定することはできず、法律婚の外で出生した者も被相続人の子としてその相続人たることは否定されるべきではない(我が国においては、欧米におけると異なり、婚外子による相続を否定する考えに乏しいといってよい)。しかし、相続分の割合に至るまで婚内子(嫡出子)と一律平等でなければならないとすることは、被相続人との間に法律婚による家庭を築いた配偶者の立場からしても、たやすく容認し難いところであろう。
[5] 以上の所見に対しては、嫡出子と非嫡出子との相続分に差等を設けても婚外子(非嫡出子)の出生を妨げることはできないとする議論がある。しかし、今ここで論ぜられているのは、この両者の扱いを必ずしも同等にしない(相続分に差等を設ける)ことが、果たして法律婚を促進することになるかという、いうなれば安易な目的・効果論の検証ではなく、およそ法律婚主義を採る以上、婚内子と婚外子との間に少なくとも相続分について差等を生ずることがあるのは、いわば法律婚主義の論理的帰結ともいうべき側面をもつということなのである。

[6] 次に、特段の言及を要するのは「家」の制度との関係である。
[7] 戦後、日本国憲法の制定施行に伴い、旧民法の「家」の制度は廃止され、家族は「戸主」の下における生活共同体ではなく、両性の合意のみに基づいて成立した婚姻による夫婦を中心とするものに変容した。
[8] もっとも、正当な法律婚による夫婦も必ずしも子に恵まれるとは限らず、この場合、法の予定するところは「養子」の制度であるが、血統の継続を尊重する立場からは、婚内子であると否とを問わぬ血統の承継者が要求されることになる。その背景をなすのが「家」の制度であって、血統の承継の要求は男系たると女系たるとを問わない。本件がそのよい例である。
[9] この事案において、亡丙田マサは一人娘(長男死亡のための一人子)であって、丙田家の後継者としての婿養子選びのための試婚が繰り返された挙句、婚姻に至らなかった相手方甲との間に出生した子乙の相続人の1人が被相続人マサの遺産につき遺産分割の申立てをしたものであるが、マサが後に迎えた婿養子との間に子がなければ、形式上婚外子となった乙が田畑の家系を継ぐことになったであろう。これが「家」の制度であって、「家」の制度は、むしろ血統の維持・承継のため婚外子を尊重するものであり、嫡出子と非嫡出子との間の相続分についての差等の問題が、「家」の制度と無関係であることは、大陸法系諸国のそれと対比するまでもなく明らかなところである。

[10] 本件規定の合違憲性を論ずるに当たっては、内外の法制を比較検討するにとどまらず、我が国の社会事情の下における紛争の実態として、本件規定が憲法14条1項所定の平等条項違反を現実に招来せしめているか、を事案に即して観察する必要がある。ここで特に指摘すべきものは、本件と同時に審理される別件(平成5年(ク)第302号)にみる如き事案である。以下にその概略を記すこととする。
[11] この事案において、被相続人甲には、非嫡出子としてA女、B男、C男の3名、嫡出子として前妻乙の連れ子を養子としたD男、E男及び乙との間に出生したF女の6名があったところ、B男が乙の妹と婚姻して家業を継ぎ、一家の中心的存在となっている。甲の死亡により遺産相続の問題を生じたが、A、C、D、Eの4名はそれぞれの法定相続分をB男に譲渡して同人の側に与したため、F女は1人孤立した形で、相続分もB男が9分の7、F女が9分の2となったところ、原審は、F女の申立てにかかる遺産分割事件において、B男の居住する土地建物を分割することなく、B男よりF女に相応の調整金を支払うべきものとした。
[12] これに対し、B男から、甲の子6名は嫡出子たると非嫡出子たるとを問わず、その法定相続分はそれぞれ一律に6分の1(すなわち18分の3)であるべきにかかわらず、F女の相続分を、これを超える9分の2(すなわち18分の4)として算出された右調整金の支給は、憲法14条1項に違反するとして特別抗告に及んだ、というのが別件であって、平等条項違反の論旨は、右にみるような具体的紛争にそぐわないものとするほかはない。

[13] 本件ないし別件にみるような紛争の実態については前述のとおりであるが、一般に、男女の結合、婚姻の実情については千差万別というべきものがあろう。しかし、立法の実際においては、婚外子に相続権を認めるべきか否か、これを認めるとして婚内子(嫡出子)と一律平等の扱いを是とすべきか、もし相続分において差等を設けるとすれば幾許を可とすべきか、千差万別の実情の中においても、立法として一律画一的な線を引くことを余儀なくされる。
[14] いま本件において論ぜられているのは、しばしば引用されるアメリカの判例に見られるような、非嫡出子(婚外子)に被相続人の子としての権利それ自体を否定した立法の当否ではなく、婚外子をも被相続人の相続人の一に加えることを当然の前提とした上での、相続分割合の当否をいうものにほかならない。
[15] これを要するに、一夫一婦制による法律婚主義を採用し、これを維持すべきものとする前提に立つ以上、生前贈与、遺贈又は相続分の指定のない場合の補充的規定としての相続分に関する民法の定めにおいて、嫡出子の一に対し非嫡出子をその半ばとした本件規定の当否は、もとより立法裁量の範囲内に属し、違憲の問題を生ずべき実質を有しないものといわなければならない。


 裁判官大西勝也の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私は、本件規定による非嫡出子の相続分の定めが、合理的理由のない差別として憲法14条1項に違反するものとはいえない、とした多数意見に同調するものであるが、その理由として考えているところを若干補足することとしたい。

[2] 現行民法が法律婚主義を採用している以上、婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との間に、親子関係の成立や相続に関する規律において、何らかの差異が生じたとしてもやむを得ないし、また、正当な婚姻関係とこれによって形成された家族を保護するとともに、非嫡出子の保護をも図ったとされる本件規定の立法理由に合理的根拠があると考えられることは、いずれも多数意見のいうとおりである。
[3] 本件規定は、旧法制定当時の同様の規定が昭和22年の改正の際にもそのまま維持されたものであって、いずれもそれぞれの時点における我が国の社会的諸条件の下においては、それなりの合理性を有していたものといえるであろう。

[4] しかし、その後の我が国の社会事情、国民感情等の変化には著しいものがある。
[5] まず、相続財産は、かつては多くの場合、子孫の生活手段としての家産であったが、職業の世襲が例外的になった現在では、そのような意味はほとんど失われようとしており、家族資産の意義の変化に伴い、相続の根拠に関する社会の意識にも変化が見られることは明らかであって、昭和55年に行われた配偶者相続権の拡大等もこの変化に沿ったものということができる。
[6] 家族についてみても、かつては数世代が共同して生活を営むことにより構成するのが通常であったが、現在では少子、高齢化が進むとともに、1世代か2世代の小人数の家族が多数を占め、さらには、いわゆるシングルライフも次第に増加しつつあるし、婚姻についても、事実婚ないし非婚の増加の傾向を指摘する向きもある。
[7] このように、相続及び相続と密接な関連を有する婚姻、親子ないしは家族の形態とこれらの点についての国民の意識は、激しく変化してきたし、現在もなお流動を続けている。

[8] 我が国を取り巻く国際的な環境の変化もまた見逃すことはできない。
[9] 市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号)24条は、すべての児童は、出生によるいかなる差別もなしに、未成年者としての地位に必要とされる保護の措置であって家族、社会及び国による措置についての権利を有する、とし、同26条は、法律は、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する、と定め、さらに、児童の権利に関する条約(平成6年条約第2号)2条は、児童に対し、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する、と規定している。
[10] また、ヨーロッパ諸国の大部分は、非嫡出子の増加現象が一つの契機となって、おおむね1960年代ころまでに、非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分と同等とする法改正を行ったし、最近でも、嫡出家族保護の伝統が強くて平等化を図る法改正が実現しなかった国もあるが、完全な平等には至らないとしても、配偶者や嫡出子の権利との調整を図りながら、平等化に向かっている国も存在する。

[11] 以上のように、本件規定の対象とする非嫡出子の相続分をめぐる諸事情は国内的にも国際的にも大幅に変容して、制定当時有した合理性は次第に失われつつあり、現時点においては、立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えているとまではいえないとしても、本件規定のみに着眼して論ずれば、その立法理由との関連における合理性は、かなりの程度に疑わしい状態に立ち至ったものということができる。

[12] しかし、民法は、私人間の諸利益の調整の上に成り立っているから、一つの利益だけを他の利益と切り離して考察するのは相当ではない。相続に関する規律は、取引行為におけるような純然たる財産的利益に関するものとはいえないにしても、身分関係に関する強行規定とは異なり、結局は被相続人の財産を誰にそしていかに分配するかの定めであり、しかも、本件規定は、被相続人の明示の意思としての遺言等がない場合に初めて適用される補充的な規定にすぎない。相続の根拠については、種々の考え方があるとしても、推定される被相続人の意思を全く無視することはできないし、ある者に対し相続によって得る利益をより強く保障することが、他の者が従来有していた利益にいかなる影響を及ぼすかの観点からする検討も必要である。本件規定の合理性を検討するに当たっては、非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分と平等とした場合、配偶者その他の関係人の利益を保護するための措置が必要かどうか等を含め、相続、婚姻、親子関係等の関連規定との整合性をも視野に入れた総合的な判断が必要であるといわなければならない。
[13] 以上の点を考慮すると、立法政策として改正を検討することはともかく、現時点においては、本件規定が、その立法理由との関連において、著しく不合理であるとまでは断定できないというべきである。

 裁判官園部逸夫は、裁判官大西勝也の補足意見に同調する。


 裁判官千種秀夫、同河合伸一の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私たちは、非嫡出子の相続分に関する本件規定が憲法14条1項に反するものとはいえない、とする多数意見に同調するものであるが、なお、次の点について付言しておきたい。

[2] 一般に、ある法律の規定について、制定当時においては合理的理由があったが、その後の時の経過とともに対象とする事柄をめぐる諸事情が変化し、その合理性が疑問とされる事態の生じることは、あり得るところである。このような事態に対処するには、当該法規を改廃し、あるいは新法を制定するなど、国会の立法作用によるのが本来の姿であり、また、それが望ましくもあることは多言を要しない。

[3] 本件においてもその理は異ならないのであって、本件規定も制定以来半世紀を経る間、非嫡出子をめぐる諸事情に変容が生じ、子の権利をより重視する観点からその合理性を疑問とする立場の生じていることは、理解し得るところである。しかしながら、これに対処するには、立法によって本件規定を改正する方法によることが至当である。
[4] ことに、本件規定は親族・相続制度の一部分を構成するものであるから、これを変更するに当たっては、右制度の全般に目配りして、関連する諸規定への波及と整合性を検討し、もし必要があれば、併せて他の規定を改正ないし新設すべきものである。また、本件規定に基づく相続関係の処理は、過去長年にわたって行われてきたし、現在も行われつつある上、近い将来を見越しての準備もされていると思われる。したがって、本件規定を変更する場合、その効力発生時期ないし適用範囲の設定も、それらへの影響を考慮して、慎重に検討すべき問題である。これらのことは、すべて、国会における立法作業によって、より適切になし得る事柄であり、その立法の過程を通じて世論の動向を汲み取るとともに、国民に対し、改正の趣旨と必要性を納得させ、周知させることもできるのである。

[5] もっとも、ある法規の合理性が著しく失われて、憲法14条1項に照らし、到底容認できない段階に達しているときは、もはや立法を待つことはできず、裁判所が違憲を宣言することによって直ちにその適用を排除しなければならない。しかし、本件規定については、現在まだその段階に達しているとは考えられない。


 裁判官中島敏次郎、同大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同遠藤光男の反対意見(裁判官尾崎行信については、本反対意見のほか、後記のような追加反対意見がある。)は、次のとおりである。

[1] 私たちは、民法900条4号ただし書前段(以下「本件規定」という。)が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の法定相続分の2分の1と定めていることは、憲法14条1項に違反して無効であり、原決定を破棄すべきものであると考える。

二 (相続制度と憲法判断の基準)
[2] 相続制度は社会の諸条件や親族各人の利益の調整等を考慮した総合的な立法政策の所産であるが、立法裁量にも憲法上の限界が存在するのであり、憲法と適合するか否かの観点から検討されるべき対象であることも当然である。
[3] 憲法13条は、その冒頭に「すべて国民は、個人として尊重される。」と規定し、さらにこれをうけて憲法24条2項は「相続…及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」と規定しているが、その趣旨は相続等家族に関する立法の合憲性を判断する上で十分尊重されるべきものである。
[4] そして、憲法14条1項が、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」としているのは、個人の尊厳という民主主義の基本的理念に照らして、これに反するような差別的取扱を排除する趣旨と解される。同項は、一切の差別的取扱を禁止しているものではなく、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づく区別は許容されるものであるが、何をもって合理的とするかは、事柄の性質に応じて考えられなければならない。そして本件は同じ被相続人の子供でありながら、非嫡出子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1とすることの合憲性が問われている事案であって、精神的自由に直接かかわる事項ではないが、本件規定で問題となる差別の合理性の判断は、基本的には、非嫡出子が婚姻家族に属するか否かという属性を重視すべきか、あるいは被相続人の子供としては平等であるという個人としての立場を重視すべきかにかかっているといえる。したがって、その判断は、財産的利益に関する事案におけるような単なる合理性の存否によってなされるべきではなく、立法目的自体の合理性及びその手段との実質的関連性についてより強い合理性の存否が検討されるべきである。しかしながら、本件においては以下に述べるとおり、単なる合理性についてすら、その存在を肯認することはできない。

三 (本件規定の不合理性)
[5] 本件規定の合理性について多数意見の述べるところは、民法が法律婚主義を採用している以上、婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ、法定相続分につき前者の立場を後者より優遇することに合理的根拠があるとの前提に立つものと解される。
[6] 婚姻を尊重するという立法目的については何ら異議はないが、その立法目的からみて嫡出子と非嫡出子とが法定相続分において区別されるのを合理的であるとすることは、非嫡出子が婚姻家族に属していないという属性を重視し、そこに区別の根拠を求めるものであって、前記のように憲法24条2項が相続において個人の尊厳を立法上の原則とすることを規定する趣旨に相容れない。すなわち、出生について責任を有するのは被相続人であって、非嫡出子には何の責任もなく、その身分は自らの意思や努力によって変えることはできない。出生について何の責任も負わない非嫡出子をそのことを理由に法律上差別することは、婚姻の尊重・保護という立法目的の枠を超えるものであり、立法目的と手段との実質的関連性は認められず合理的であるということはできないのである。
[7] また、本件規定の立法理由は非嫡出子の保護をも図ったものであって合理的根拠があるとする多数意見は、本件規定が社会に及ぼしている現実の影響に合致しない。すなわち、本件規定は、国民生活や身分関係の基本法である民法典中の一条項であり、強行法規でないとはいえ、国家の法として規範性をもち、非嫡出子についての法の基本的観念を表示しているものと理解されるのである。そして本件規定が相続の分野ではあっても、同じ被相続人の子供でありながら、非嫡出子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1と定めていることは、非嫡出子を嫡出子に比べて劣るものとする観念が社会的に受容される余地をつくる重要な一原因となっていると認められるのである。本件規定の立法目的が非嫡出子を保護するものであるというのは、立法当時の社会の状況ならばあるいは格別、少なくとも今日の社会の状況には適合せず、その合理性を欠くといわざるを得ない。

四 (非嫡出子に関する立法状況の変化、条約の成立と今日における不合理性)
[8] 法律が制定された当時には立法目的が合理的でありその目的と手段が整合的であると評価されたものであっても、その後の社会の意識の変化、諸外国の立法の趨勢、国内における立法改正の動向、批准された条約等により、現在においては、立法目的の合理性、その手段との整合性を欠くに至ったと評価されることはもとよりあり得るのであって、その合憲性を判断するに当たっては、制定当時の立法目的と共に、その後に生じている立法の基礎をなす事実の変化や条約の趣旨等をも加えて検討されなければならない。
[9] 本件規定は、その立法当初において反対の意見もあったが、その立法目的は多数意見のいうとおり婚姻の保護にあるとして制定されたものであり、またその当時においては、諸外国においても、相続上非嫡出子を嫡出子と差別して取り扱う法制をとっている国が一般的であった。しかしながら、その後相続を含む法制度上、非嫡出子を嫡出子と区別することは不合理であるとして、主として1960年代以降両者を同一に取り扱うように法を改正することが諸外国の立法の大勢となっている。
[10] そして、我が国においても、本件規定は法の下の平等の理念に照らし問題があるとして、昭和54年に法務省民事局参事官室は、法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づいて、非嫡出子の相続分は嫡出子の相続分と同等とする旨の改正条項を含む改正要綱試案を発表したが、法案となるに至らず、さらに現時点においても同趣旨の改正要綱試案が公表され、立法改正作業が継続されている。
[11] これを国際条約についてみても、我が国が昭和54年に批准した、市民的及び政治的権利に関する国際規約26条は「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し…出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と規定し、さらに我が国が平成6年に批准した、児童の権利に関する条約2条1項は「締約国は、その管轄の下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法定保護者の…出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する。」と規定している。
[12] 以上の諸事実及び本件規定が及ぼしているとみられる社会的影響等を勘案するならば、少なくとも今日の時点において、婚姻の尊重・保護という目的のために、相続において非嫡出子を差別することは、個人の尊重及び平等の原則に反し、立法目的と手段との間に実質的関連性を失っているというべきであって、本件規定を合理的とすることには強い疑念を表明せざるを得ない。

五 (違憲判断の不遡及的効力)
[13] 最後に、本件規定を違憲と判断するとしても、当然にその判断の効力が遡及するものでないことを付言する。すなわち最高裁判所は、法令が憲法に違反すると判断する場合であっても、従来その法令を合憲有効なものとして裁判が行われ、国民の多くもこれに依拠して法律行為を行って、権利義務関係が確立している実態があり、これを覆滅することが著しく法的安定性を害すると認められるときは、違憲判断に遡及効を与えない旨理由中に明示する等の方法により、その効力を当該裁判のされた時以後に限定することも可能である。私たちは本件規定は違憲であるが、その効力に遡及効を認めない旨を明示することによって、従来本件規定の有効性を前提にしてなされた裁判、合意の効力を維持すべきであると考えるものである。


 裁判官尾崎行信の追加反対意見は、次のとおりである。

[1] 本件規定が違憲とされる理由は反対意見に示されているが、私は、次の観点を加えれば、その違憲性はより明らかになると考える。

[2] 法の下の平等は、民主主義社会の根幹を成すものであって、最大限尊重されなければならず、合理的理由のない差別は憲法上禁止されている(憲法14条1項)。本件規定は、非嫡出子の法定相続分を嫡出子の法定相続分の2分の1と定め、嫡出子と非嫡出子との間に差別を設けているが、右差別が憲法14条1項の許容する合理的なものであるといえるかどうかは、単なる合理性の存否によって判断されるべきではなく、立法目的自体の合理性及びその手段との実質的関連性についてより強い合理性の存否が検討されるべきであることは、反対意見に示されているとおりである。右検討に当たっては、立法目的自体の合理性ないし必要性の程度、差別により制限される権利ないし法的価値の性質、内容、程度を十分に考慮し、その両者の間に実質的関連性があるかどうかを判断すべきである。

[3] 憲法は婚姻について定めているが、いかなるものを婚姻と認めるかについては何ら定めるところはない。あり得る諸形態の中から、民法が法律婚主義を選択したのは合理的と認めるが、法律婚に関連する諸要素のうちにも立法目的からみて必要不可欠なものとそうでないものとが区別される。必要性の高いもののためには、他の憲法上の価値を制限することが許される場合もあり、重婚の禁止はその例である。しかし、必要性の低いものについては、他の価値が優先するべきで、これを制限することは許されない。
[4] 本件規定は無遺言の場合に相続財産をいかに分配するかを定めるための補充規定である。人が、その人生の成果である財産を、死後自らの選択に従って配偶者や子供など愛情の対象者に残したいと願うのは、極めて自然な感情である。民法も、本人の意思を尊重して、相続財産の分配を被相続人の任意にゆだねている(遺留分は別個の立法目的から定められたものであるからしばらくおく。)。この点をみれば、民法は相続財産の配分について法律婚主義の観点から一定の方向付けをする必要を認めなかったと知ることができる。相続財産をだれにどのような割合で分配するかは、法律婚や婚姻家族の保護に関係はあるであろうが、それらのために必要不可欠なものではない。もし民法が必要と考えれば、当然これに関する強行規定を設けたであろう。要するに、本件規定が補充規定であること自体、法律婚や婚姻家族の尊重・保護の目的と相続分の定めとは直接的な関係がないことを物語っている。嫡出子と非嫡出子間の差別は、本件規定の立法目的からして、必要であるとすることは難しいし、仮にあったとしてもその程度は極めて小さいというべきである。

[5] 本件規定の定める差別がいかなる結果を招いているかをも考慮すべきである。双方ともある人の子である事実に差異がないのに、法律は、一方は他方の半分の権利しかないと明言する。その理由は、法律婚関係にない男女の間に生まれたことだけである。非嫡出子は、古くから劣位者として扱われてきたが、法律婚が制度として採用されると、非嫡出子は一層日陰者とみなされ白眼視されるに至った。現実に就学、就職や結婚などで許し難い差別的取扱いを受けている例がしばしば報じられている。本件規定の本来の立法目的が、かかる不当な結果に向けられたものでないことはもちろんであるけれども、依然我が国においては、非嫡出子を劣位者であるとみなす感情が強い。本件規定は、この風潮に追随しているとも、またその理由付けとして利用されているともみられるのである。
[6] こうした差別的風潮が、非嫡出子の人格形成に多大の影響を与えることは明白である。我々の目指す社会は、人が個人として尊重され、自己決定権に基づき人格の完成に努力し、その持てる才能を最大限に発揮できる社会である。人格形成の途上にある幼年のころから、半人前の人間である、社会の日陰者であるとして取り扱われていれば、果たして円満な人格が形成されるであろうか。少なくとも、そのための大きな阻害要因となることは疑いを入れない。こうした社会の負の要因を取り除くため常に努力しなければ、よりよい社会の達成は望むべくもない。憲法が個人の尊重を唱え、法の下の平等を定めながら、非嫡出子の精神的成長に悪影響を及ぼす差別的処遇を助長し、その正当化の一因となり得る本件規定を存続させることは、余りにも大きい矛盾である。
[7] 本件規定が法律婚や婚姻家族を守ろうとして設定した差別手段に多少の利点が認められるとしても、その結果もたらされるものは、人の精神生活の阻害である。このような現代社会の基本的で重要な利益を損なってまで保護に値するものとは認められない。民法自体が公益性の少ない事項で当事者の任意処分に任せてよいとの立場を明らかにしていることを想起すれば、この結論に達せざるを得ないのである。

[8] 婚姻家族の相続財産に対する利害関係は、非嫡出子のそれと比べて大きいといわれる。普通、嫡出家族の方が長い共同生活を営んでいるから情愛もより深く、遺産形成にもより大きく協力しているから、相続分もより大きいのは当然とされる。それぞれの家族関係は千差万別で、右のような一般論で割り切り、その結果他人の基本的な権利を侵害してよいかは、甚だ疑問である。あえていえば、非嫡出関係が生じる場合には、一般論の例外的な場合に当たることもあろう。しかし、仮にこの一般論に譲歩して婚姻家族の相続分をより大きくしようとすれば、他人の基本的な権利に抵触することなく、かつ憲法上の疑義を生じさせるまでもなく、その目的を達成する手段が存在する。つまり、遺言制度を活用すれば足りるのである。
[9] もともと遺産の処分は、被相続人の意思にゆだねられているのであって、遺族の期待に反する処理がされても何人も異議を差し挟み得ない。それは生前処分の場合でも遺言による場合でも異ならない。被相続人の意思が何であるか、親族関係が真にその名に値する愛情によって結ばれていたかが帰結を決定するのである。これが本来の遺産相続の在り方であって、無遺言の場合の法定相続分の定めは全くの便法にすぎない。基本的人権に対する配慮が希薄であった立法当時には、本件規定は深く疑問を抱かれることもなく受容されていた。本件規定が非嫡出子を不当に差別するものであり、その差別により生ずる侵害の深刻さを直視するならば、そして他方、得ようとする利益は公益上のものでなく、当事者の意思次第で容易に左右できる性質のものであることに思いを致せば、非嫡出子のハンディキャップを増大させる一因となっている本件規定の有効性を否定するほかない。

[10] 我々が目指す民主主義社会にとって法の下の平等はその根幹を成す重要なものであるが、本件規定の立法目的には合理性も必要性もほとんどない上、結果する犠牲は重大である。しかも、本件規定がなくとも具体的事情に適した結果に達する方途は存在する。本件規定の立法目的と非嫡出子の差別との間には到底実質的関連性を認めることはできない。いわば無用な犠牲を強いる本件規定は、憲法に違反するものというべきである。

(裁判長裁判官 草場良八  裁判官 大堀誠一  裁判官 園部逸夫  裁判官 中島敏次郎  裁判官 可部恒雄  裁判官 大西勝也  裁判官 小野幹雄  裁判官 三好達  裁判官 大野正男  裁判官 千種秀夫  裁判官 根岸重治  裁判官 高橋久子  裁判官 尾崎行信  裁判官 河合伸一  裁判官 遠藤光男)

* 最高裁判所平成5年(ク)第302号遺産分割審判、寄与分を定める処分申立却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件についても、右同日、大法廷において右平成3年(ク)第143号事件と同旨の決定がされた。

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