選挙供託制度合憲判決
控訴審判決

供託金返還請求控訴事件
大阪高等裁判所 平成8年(行コ)第35号
平成9年3月18日 判決

控訴人 (原告) 村上学

被控訴人(被告) 国
被控訴人(被告) 兵庫県
     代理人 河合裕行 足立英幸 ほか4名

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。

 原判決を取り消す。
 被控訴人らは、控訴人に対し、各自、60万円及び被控訴人国については平成7年10月24日から、被控訴人兵庫県については同年同月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
1 被控訴人国の本案前の答弁
(一) 原判決中、被控訴人国に関する部分を取り消す。控訴人の被控訴人国に対する本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

2 被控訴人らの本案に対する答弁
 主文と同旨
[1] 本件事案の概要は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

[2] 原判決4枚目表6行目の「(被告らの主張)」を「(被控訴人国の主張)」と、同7行目の「原告の請求は、」を「控訴人の被控訴人国に対する本訴請求は、」とそれぞれ改める。

[3] 同4枚目裏7行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「したがって、供託官が供託者からの供託物取戻請求を理由がないと認めて却下する行為は行政処分であり、供託者は、右却下処分が権限のある機関によって取り消されるまでは供託物を取り戻すことができないというべきである(最高裁判所昭和45年7月15日大法廷判決民集24巻7号771頁参照)。」
[4] 同5枚目表3行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「控訴人は、供託官には選挙供託制度が憲法に違反するか否かの審査権限がないと主張するが、供託官は、例えば当該制度ないし類似の制度について違憲との判例がある場合など状況いかんによっては違憲審査権限を行使することもあり得ると考えられるところである。控訴人の主張によれば、供託物の取戻請求をする者は、供託の無効原因として供託原因の違憲を主張しさえすれば、供託官の行政処分の取消を求める抗告訴訟によることなく、直ちに供託物の取戻を求める訴訟を提起し得ることになり、供託官に供託物取戻請求についての審査権限を与えた法の趣旨を没却することになるといわざるを得ない。又、本件について、請求者に供託物取戻手続を採るように要求することが請求者に多大の負担を課することになって酷であり、供託官の不利益処分を受けた後これに関する訴訟で争うことによっては重大な損害を被るおそれがあるといった事情も認められない。」
[5] 同6枚目表6行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
[6] 以上の主張を敷衍すると次のとおりである。
(一) 選挙供託制度の目的
[7] 自由かつ公正な選挙を行うことは公職選挙制度の目的であって、選挙供託制度の目的ではない。被控訴人らの主張からすれば、選挙供託制度は、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名等の目的を有する者を不正の目的を保持する者としてその立候補を防止、抑制ないし制限するための制度であるということになる。しかし、候補者が真面目に選挙運動を行うか否かの内心の意思は、通常は立候補届出時には判明せず、仮にこれを特定の者に判定させる場合には、恣意的な主観に陥ることになって合理的な判定が不可能である。右のような不正の目的を持っているというだけで、事前に候補者から排除することは、内心の意思に基づき参政権の行使を制限するものであって許されない。選挙供託制度は、その制度目的からみて、候補者が内心に不正の目的を有することをもって立候補を事前に規制するものであり許されないのである。
(二) 選挙供託制度の不必要性
[8] 選挙の妨害や売名等の不正な目的を有する者の立候補を事前に規制するために選挙供託制度を存置する必要性はない。
[9] 選挙人団の判断は健全であって、選挙の妨害や売名等の行為をする候補者がいたとしても、およそ政治的主張を伴わない罵詈雑言の類や選挙と無関係な売名、宣伝行為によって投票行為に影響されることはない。内心に選挙の妨害や売名等の不正な目的を持ち、かつそれを表明した者であっても、立候補を許し、選挙妨害行為についてのみ規制し、当落を選挙人団の審判によって決することにすればよいのである。
[10] 法は、選挙妨害行為について、詳細な行為態様を規定して禁止し、罰則まで設けている(法225条)。この他に不正の目的を保持して立候補した者が行いうる不正行為が想定できるのであれば、その行為態様を禁止事項或いは罰則規定として法に追加すれば足りることであり、立法技術的に容易なことである。
[11] 選挙供託制度は、選挙妨害行為の規制を超えて立候補そのものを制約するものであるから、必要最小限度の規制を超えているものである。
(三) 選挙供託制度の不合理性
[12] 選挙の公正を維持するために何らかの規制が必要であるとしても、選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を理由に立候補を規制することは、思想及び良心の自由に関わる問題であるから、それよりも選挙の妨害や売名等の行為自体を規制する方が基本的人権におけるより制限的でない規制を選択することになり、いわゆるLRA基準に合致するものである。仮に、事前規制が必要であるとしても、不正な行為に対する規制をもってすべきであり、内心の不正な目的があることをもって規制することは許されない。
[13] 不正な目的という人の内心に属する事項を、これとは全く無縁の供託という経済的指標で判定することは矛盾である。供託させるとしても、他人の選挙の妨害や売名行為などをせず不正の目的の保持者でないことが選挙を通じて明らかになったときには、選挙後に供託金を返還すれば被控訴人らの主張でも制度目的が達成されたことになる筈である。法定得票数という制度目的と無関係の要素によって供託金の返還の許否を決定することは矛盾である。例えば、選挙の妨害や売名などの不正の目的がなく、選挙運動期間中そのような行為を行わなかった候補者が法定得票数の得票を得られずに供託金を没収され、右の目的を持ち選挙運動期間中にその行為をした候補者が法定得票数を超える得票を得たときは供託金の返還を受けられる結果となり極めて不合理である。右のとおり選挙供託制度は、制度目的と効果との間にずれがあり致命的な欠陥である。
(四) 選挙供託制度の沿革からみた実際的意味の不存在
[14](1) 選挙供託制度は、大正14年の衆議院議員選挙法の改正により、25歳以上の生活困窮者を除くすべての男子に選挙権が与えられた際に、同時に導入された制度である。同法の改正により昭和3年から行われた衆議院議員選挙は、普通選挙とうたわれているが、婦人と生活困窮者の選挙権を一律に否定した点で制限選挙であることに変わりはなく、いわば緩和された制限選挙にすぎなかった。そして、当時の政府は、同法の改正による有権者数の急増により、国体の変革と私有財産制の否認を目的とする結社や運動が急増することを恐れて治安維持法を成立させた。選挙供託制度は、当時の政府が衆議院議員選挙法の改正による有権者の急増による悪影響と弊害を除去しようとして立候補制限を目的として導入したのであって、治安維持法を選挙面から支える補強制度として発足したのである。
[15] 府県議会議員選挙についても、大正15年の府県制の改正により選挙供託制度が導入されたが、その導入の前提となる立法事実と立法目的等に関する実情は全く右と同様であった。
[16] このように選挙供託制度は、無産者に対する政治的弾圧を目的として導入されたもので、以来一度も廃止されたことがないから、その政治的弾圧という目的を現在も継続していることに疑いない。
[17] このような立法事実と立法目的によって導入された選挙供託制度が沿革とは異なる制度目的に変更されたことはなく、現在においてもなんらの制度的変革なく承継されているのであって、現憲法下で許容されないことは明らかである。
[18](2) 大正14年の衆議院議員選挙法の改正で導入された選挙供託制度の目的は、真に当選を争う意思がなく、単に選挙の妨害や売名等を目的にするにすぎない候補者の濫立を抑止し、自由かつ公正な選挙の実現を期することにあるのではなかった。当時このような弊害の生じる情況は存在せず、仮にそれが危惧されたとしても、それまでの選挙の実例からして現実のものではなかった。
[19] 立候補しようとする無産者に財貨の供託を強要することは、無産者からの立候補をしにくくするものであり、公平な参政権の実現を阻害するものである。選挙供託制度は、無産者の参政権の行使を阻害するところに実際的な意味があったのである。
[20] 現在において、選挙供託制度を廃止すれば、立候補者が急増することは容易に推測しうることであり、選挙供託制度の廃止により立候補者が急増することを濫立と称し、急増する立候補者を真に当選を争う意思がなく、単に選挙の妨害や売名を目的にするにすぎない候補者であると一律に否定的な評価を加えることは、治安維持法制定当時の政府の思考そのものであり、現憲法下で容認されないものである。
(五) 選挙供託制度の下における参政権の侵害
[21](1) 控訴人が、本件選挙で不本意な得票数に終わった最大の原因は、定員2名のところ、控訴人を含めて4名の立候補があったのに、日刊新聞紙に控訴人のみを排除して他の3名の候補者を顔写真入りで紹介するなど、差別的選挙報道による不公正な取扱いがなされたためであり、その結果、控訴人の得票数が法93条1項3号の法定得票数にも達しなかったのである。このようにマス・メディアによる選挙報道でさえ参政権の侵害となるものがあるが、選挙供託制度は、少得票候補者を予測して泡沫候補という名称を貼ってその立候補を防止するための制度であり、有権者の投票による判定を待たずに事前に立候補を規制するものであって、参政権の行使を侵害するものである。
[22](2) 平成6年の法の改正によって、選挙供託の金額が一律に5割増額され、県議会議員選挙に立候補するには、改正前は40万円の供託で足りたものが、改正後は60万円の供託を要することになった。しかし、供託金の一律5割増額を正当化しうる立法事実は一切存在せず、一挙に60万円に増額されたことの合理性はない。金のかからない選挙制度を目的としているというのに、立候補の制限を意図して没収を伴う選挙供託額を一律に5割増額させたのは、参政権の行使に対する不当な侵害である。
(六) 選挙供託制度と選挙公営制度との不可分性
[23] 本件選挙については、兵庫県議会議員及び兵庫県知事の選挙における選挙運動用自動車の使用及び選挙運動用ポスターの作成の公営に関する条例(平成5年兵庫県条例第28号)が適用され、候補者が平等に扱われていない。控訴人は、法定得票数に満たない得票のため、ポスターなど印刷物の作成費、選挙用自動車のガソリン代等について、選挙公営制度における補助が受けられなかった。このように、選挙公営と選挙供託制度とは一体不可分のものとして、共に法定得票数に満たない得票の候補者を差別し、選挙における弱者を経済的負担と公金助成支出の両面から不合理に差別する制度であって、法の下の平等を定めた憲法14条1項に違反しているものである。
(七) 選挙供託制度と政党助成法の制定・公職選挙法の改正
[24] 一般に、国政及び地方自治の参政権に関する公費助成は、立法政策の問題であって、憲法問題ではないが、それは参政権の行使(選挙)の助成であって、被選挙人の助成に限られるべきである。参政権行使の結果である当選人の助成であってはならない。ところが平成6年に制定された政党助成法は、当選人の所属する特定政党に対する公費助成を意味しており、一般的な被選挙人の助成ではない。政党は、その目的及び活動範囲が国政のみか地方自治のみか、その双方を含むかによって態様に相違があるのに、国政選挙における当選人及び一定の当選人を出した政党にのみ、事後的にその選挙の活動費その他及びその後の活動費を含めて公費による助成を行うもので、実質的には当選報奨金である。これは、国政政党と地方政党を差別し、特定政党とその他の政党・政治団体とを差別し、当選者と落選者を差別し、明らかに法の下の平等に違反している。
[25] 又、政党助成法による政党交付金は、当選者に対してその所属政党を経由した当選報奨金であるから、特別の歳費である。そうであれば、政党交付金の交付を受けない無所属議員等の歳費を受ける権利を差別して侵害していることになる。反面、当選報奨金が受給される議員には、直接に支給されず、所属政党が受領するから、政党による議員の歳費受給権の侵害でもある。
[26] 近年の政治改革は、衆議院議員選挙における確認団体制度の廃止、選挙運動期間の短縮、小選挙区制度への改正、選挙供託金の増額、政党助成法の制定をもって終息したのである。
[27] こうして、平成6年の法の改正は、小選挙区制度と既成政党への政党助成を基盤にして、選挙供託制度や選挙運動の制限を組み立て、参政権の閉塞的状況を法制度的に確立したものである。
(八) まとめ
[28] 以上のとおり、選挙供託制度の目的、不必要性、不合理性、沿革からみた実際的意味の不存在、参政権の侵害、選挙公営との不可分性、法改正の経緯・政党助成法の制定などからみて、選挙供託制度は違憲であり、真に自由かつ公正な選挙を実現するには,選挙供託制度を廃止するほかないのである。」
[29] 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

[30] 原判決12枚目表10行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
[31] 被控訴人国は、供託官が供託者からの供託物取戻請求を理由がないと認めて却下する行為は行政処分であり、右却下処分が権限のある機関によって取り消されるまでは供託者において供託物を取り戻すことができないと主張する。
[32] しかし、控訴人は、先にみたとおり、本件において、選挙供託制度が違憲であると主張して、控訴人が兵庫県議会議員選挙に立候補するために平成7年5月19日神戸地方法務局加古川支局に供託した60万円の供託金が供託の原因を欠き無効であるから、原状回復としての供託金の取戻を求めているのであって、このような場合、供託官に供託金の取戻請求をしてみても、供託官の審査権限からみて憲法違反の点について判断されないまま棄却されるだけであって、予め取戻請求却下決定に対する取消訴訟によって供託官の判断を求めなければならないということは相当でない。
[33] 被控訴人国は、供託物の取戻請求をする者が供託の無効原因として供託原因の違憲を主張しさえすれば、供託官の行政処分の取消を求める抗告訴訟によることなく、直ちに供託物の取戻を求める訴訟を提起し得ることになり、供託官に供託物取戻請求についての審査権限を与えた法の趣旨を没却することになると主張する。
[34] しかし、本件のように供託原因の違憲無効及び選挙供託制度の違憲無効を主張して原状回復としての供託物の取戻請求をする場合、先にみたとおり、供託官の行政処分に対する抗告訴訟によることなく直ちに供託物の取戻を求める訴訟を提起することが許されると解したからといって、供託原因の存否を巡って争われる通常の供託物取戻請求について供託官に審査権限を与えた法の趣旨を没却することになるというものとはいえない。本件について、控訴人に供託物取戻手続を採るように要求することが控訴人に多大の負担を課することになって酷であり、供託官の不利益処分を受けた後これに関する訴訟で争うことによっては重大な損害を被るおそれがあるといった事情が認められないとしても、右判断が左右されるものではない。」
[35] 同14枚目表5行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「国会議員、県議会議員その他の公職の選挙においては、選挙権及び被選挙権が有権者の自由な意思に基づき行使されることが、民主政治の健全な発展をもたらすものであるから、選挙権及び被選挙権の行使について有権者の自由意思に基づく行為は極めて重要なものである。しかし、被選挙権の行使については、過去の諸々の公職の選挙において、他の候補者と紛らわしい氏名による立候補、一連の番号による複数の者が意を通じてする立候補、主として商品や産物の宣伝を行う立候補、宗教その他の組織の力量を示すためだけの立候補、政治的主張や政策の提示を全く欠く立候補、公務員の身分を解くための立候補など、候補者本人の意図がどのようなものであるかを確定できないものの、公職の選挙として、客観的には、真に当選を争い、選挙活動を通して政治的主張をする意思がなく、選挙の妨害や売名等という国民又は住民の政治的意思の形成とおよそ無関係な目的を持つと評価せざるを得ない立候補がなされた事例があることは顕著な事実である。」
[36] 同14枚目裏9行目の「そして、」を次のとおり改める。
「しかし、右のような公職の選挙の趣旨に反する不正な目的を持つ者であるかどうかの判断が極めて困難であるため、立候補届出時においてこれを規制することは相当でない。」
[37] 同15枚目表5行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
[38] 控訴人は、選挙供託制度の目的は、自由かつ公正な選挙の実現にあるのではなく、被控訴人らの主張からすれば、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名等の目的を有する者を不正の目的を保持する者としてその立候補を防止、抑制ないし制限するための制度であると考えられるが、右のような不正の目的を持っているというだけで、事前に候補者から排除することは、内心の意思に基づき参政権の行使を制限するものであって許されないのであり、選挙供託制度の実際的意味は、無産者からの立候補をしにくくし、無産者の参政権の行使を阻害するところにあると主張する。
[39] 選挙供託制度は、町村議会議員の選挙を除く法所定の公職の選挙について、立候補に当たり候補者一律に法所定の金額又はこれに相当する額面の国債証書の供託を求め(供託は、候補者、推薦届出者、届出政党等による。但し、衆議院及び参議院の比例代表選出議員候補者については届出政党等による。)、選挙の結果、法93条1項所定の得票数に達しなかったときはその供託金を当然に国庫又は当該地方公共団体に帰属させるものである。右の法の規定からみて、選挙供託制度は、公職の選挙が代表制民主主義の根幹をなすもので、自由かつ公正な選挙の実現は代表制民主主義が適正に機能するための不可欠の前提であることから、公職の候補者一律に供託を求め、選挙の結果極めて少数の得票を得るにとどまった候補者については、大方の有権者から支持が得られなかったことからみて、結果的に立候補が不適切であったと判断されて、供託金が国庫又は地方公共団体に帰属させられることになるというものである。このように、選挙供託制度は、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名等の目的を持って立候補する者に限らず、候補者一律に供託を求めているのであって、供託が選挙の妨害や売名等の目的を有する者の立候補を抑制し、候補者による選挙の妨害や売名等の活動を防止する事実上の効果を持つものであるが、内心に選挙の妨害や売名等の目的を有する者の立候補を制限することを直接の目的とする制度ではなく、選挙の妨害や売名等の不正の目的を持って立候補しようとしているというだけで事前に候補者から排除することを目的としているものでもない。又、供託すべき金額は県議会議員選挙については60万円(なお、衆議院、参議院の議員の選挙については300万円)と決して少なくない額であるが、憲法47条により選挙に関する事項について合理的裁量権を有する国会が定めたものであり、金額からみて裁量の範囲内と解される。選挙供託制度は、自由かつ公正な選挙の実現のため、供託を求めることによって立候補について慎重な決断を期待しているのであって、その実際的意味が無産者からの立候補をしにくくし、無産者の参政権の行使を阻害するところにあるということはできない。」
[40] 同15枚目表6行目から同裏2行目までを次のとおり改める。
[41](二) 控訴人は、選挙供託制度が大正14年の衆議院議員選挙法の改正によって、25歳以上の生活困窮者を除くすべての男子に選挙権が与えられたため、有権者数の急増により、国体の変革と私有財産制の否認を目的とする結社や運動が急増することを恐れて、治安維持法の制定とともに、無産者に対する政治的弾圧を目的として導入されたもので、以来一度も廃止されたことがなく、沿革とは異なる制度目的に変更されたこともないままに今日に至っているから、その政治的弾圧を目的とする性格も承継されており、大正15年に改正された府県制に基づく府県議会議員の選挙についても同様であると主張する。
[42] しかし、公職選挙法は、単に衆議院議員選挙法の法律名を改めたものではなく、衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議員及び長並びに教育委員会の委員の公選制度を確立するために、従来の各種選挙法令を統合して、昭和25年4月15日制定された議員立法であり、その後数次の大改正を経て今日に至っているものであって、大正14年改正の衆議院議員選挙法や、大正15年改正の府県制をそのまま承継したものではない。大正14年の衆議院議員選挙法の改正によって取入れられた選挙供託制度が公職選挙法においても規定されているからといって、公職選挙法は、国民が等しく参政権を有することを踏まえて、自由かつ公正な選挙によって国会及び地方議会の議員や地方公共団体の長を選出する方法を定めているのであって、無産者に対する政治的弾圧を目的とする性格を承継しているということはできない。」
[43] 同15枚目裏6行目の「立候補を制限する手段として」とあるのを「立候補を直接に制限することが相当でないため、それに代わる手段として」と改める。

[44] 同16枚目表末行の「政見放送、」及び「立会演説会、」を削除する。

[45] 同17枚目裏5行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
[46] 控訴人は、選挙の妨害や売名等の不正な目的を有する者の立候補を事前に規制するために選挙供託制度を存置する必要性はなく、内心に選挙の妨害や売名等の不正な目的を持ち、かつそれを表明した者であっても、立候補を許し、選挙妨害行為についてのみ規制し、当落を選挙人団の投票による審判によって決することにすればよいと主張する。しかし、県議会議員はじめ公職の選挙が代表制民主主義の根幹をなすもので、自由かつ公正な選挙の実現は代表制民主主義が適正に機能するための不可欠の前提であることからすると、選挙を円滑かつ厳正に行うことは非常に重要な公共の利益であり、選挙妨害行為についてのみ規制し、その余の事柄を有権者の投票による審判に待つことは、自由かつ公正な選挙を確保せずに選挙を行うことに帰し、選挙権の適正な行使が害され、国民に等しく参政権を保障した憲法の趣旨に反するものということになる。
[47] 控訴人は、現行の選挙妨害行為の罰則規定以外に、不正の目的を保持して立候補した者が行いうる不正行為が想定できるのであれば、その行為態様を禁止事項或いは罰則規定として法に追加すれば足りることであり、立法技術的に容易なことであり、立候補に当たり供託を要求する必要性がないと主張する。しかし、自由かつ公正な選挙を実現するためには、違法行為が行われたことに対する罰則規定だけでは足りず、不正な行為が行われないようにする規制を定める必要性があることを否定できないものであるが、公職に立候補した候補者の活動におよそ公職の候補者の活動としてふさわしくなく、選挙の妨害や売名等が疑われるところがあるとしても、選挙の妨害や売名等の行為は態様がさまざまで類型化できず、それを個々的に網羅して規制する規定を定めることは困難である。選挙供託制度は、立候補の届出を受理するに当たっては、供託を求めるにとどめ、有権者の投票の結果を待って、極めて少数の得票を得るにとどまった候補者については、大方の有権者から支持が得られなかったことからみて、結果的に立候補が不適切であったとして供託金の没収をするものであって、参政権の行使を確保しつつ、自由かつ公正な選挙を実現する方策として必要性があると認められる。
[48] 控訴人は、選挙供託制度は、選挙妨害行為の規制を超えて、立候補そのものを制約するものであるから、必要最小限度の規制を超えているものであると主張する。しかし、先に述べたように、選挙供託制度は、選挙の妨害や売名等の不正な目的を有する者の立候補を事前に規制することができず、しかも選挙妨害行為の規制だけでは対処できないために設けられたものであり、必要最小限度の規制を超えているということはできない。」
[489 同19枚目裏1行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
[50] 控訴人は、仮に選挙の公正を維持するために何らかの規制が必要であるとしても、選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を理由に立候補を規制することは、思想及び良心の自由に関わる問題であるから許されないと主張する。しかし、選挙供託制度は、選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を理由に立候補を規制することが思想及び良心の自由に関わる問題であり、立候補届出を受理する段階でこれを審査することは許されないから、これに代えて一律に供託を求め、有権者の投票の結果、得票数の少ない候補者について供託金を没収することによって選挙の妨害や売名等の目的のためにする立候補に事実上の制約を加えようとするものであるから、候補者の内心の意思を理由に立候補を直接に規制するものではない。控訴人は、選挙供託制度よりも、選挙の妨害や売名等の行為自体を規制する方が、基本的人権におけるより制限的でない規制を選択することになり、いわゆるLRA基準に合致するものであると主張する。しかし、先に述べたとおり、選挙の妨害や売名等の行為は態様がさまざまで類型化できず、それを個々的に網羅して規制する規定を定めることは困難であるから、控訴人の右主張は理由がない。
[51] 控訴人は、選挙における不正な目的という人の内心に属する事項を、これとは全く無縁の供託という経済的指標で判定することは矛盾であると主張する。しかし、立候補届出を受理する段階で選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を審査することはできないから、これに代えて候補者一律に供託を求めているのであるから、矛盾ということはできない。
[52] 控訴人は、供託させるとしても、他人の選挙の妨害や売名行為などをせず不正の目的の保持者でないことが選挙を通じて明らかになったときには選挙後に供託金を返還すれば、被控訴人らの主張でも選挙供託制度目的が達成されたことになる筈であると主張する。しかし、他人の選挙の妨害や売名行為などをせず不正の目的の保持者でないことが選挙を通じて明らかになったといっても、これをどのような機関がいかなる方法で判断することができるか困難な問題であり、その判断を誤れば国民の参政権の行使を侵害することになるから慎重を期するべきであり、右主張を採用することができない。
[53] 控訴人は、法定得票数という選挙供託制度の目的と無関係の要素によって供託金の返還の許否を決定することは矛盾であると主張する。しかし、供託金の没収は、右に述べたように、選挙終了後であっても、候補者が選挙の妨害や売名行為など不正の目的を持っていたことの判断が困難であるから、これに代えて得票数に示される有権者の判断に従って法定得票数に満たない得票の候補者の供託金が没収されるものであり、矛盾であるということはできない。
[54] 控訴人は、例えば、選挙の妨害や売名などの不正の目的がなく、選挙期間中そのような行為を行わなかった候補者が法定得票数の得票を得られずに供託金を没収され、右の目的を持ち選挙期間中にその行為をした候補者が法定得票数を超える得票を得たときは供託金の返還を受けられる結果となるが、極めて不合理であると主張する。しかし、代表制民主主義における有権者の意思は、選挙における得票数によってのみ決められるのであるから、供託金を没収するか返還するかの基準を得票数によって決するようにしているのは有権者の判断を尊重するものであり、これを不合理ということはできない。
[55] 控訴人は,選挙供託制度が、右の例のように、制度目的と効果との間にずれがあり、致命的な欠陥であると主張する。しかし、公職の選挙においては、得票数に示される有権者の判断を尊重することは当然のことであり、法定得票数を超える得票を得た候補者について供託金を没収しないことに問題はないというべきであり、選挙供託について制度目的と効果との間にずれがあるということはできない。」
[56]10 同19枚目裏末行の次に行を改めて、次のとおり付加し、同20枚目表1行目の冒頭の「5」を削除する。
[57] 控訴人は、選挙供託制度は、少得票候補者を予測して泡沫候補という名称を貼ってその立候補を防止するための制度であり、有権者の投票による判定を待たずに事前に立候補を規制するものであって、参政権の行使を侵害するものであると主張する。しかし、選挙供託制度は、候補者一律に供託を求めるものであって、少得票候補者を予測して泡沫候補という名称を貼ってその者に対してのみ供託を求めるものではないから、少得票候補者を予測して立候補を防止する制度であるということはできない。
[58] 控訴人は、平成6年の法の改正によって、選挙供託の金額が一律に5割増額され、県議会議員選挙に立候補するには、改正前は40万円の供託で足りたものが、改正後は60万円の供託を要することになったが、供託金の一律5割増額を正当化しうる立法事実は一切存在せず、一挙に60万円に増額されたことの合理性はないと主張する。しかし、選挙に関する事項を定めることは、立法府である国会の合理的な裁量に任されているところ、法の改正により県議会議員選挙に立候補する場合に供託すべき金額を40万円から60万円に5割増額したことが裁量の範囲を逸脱しているということはできない。
[59] 控訴人は、選挙公営と選挙供託制度とは一体不可分のものとして、共に法定得票数に満たない得票の候補者を差別し、選挙における弱者を経済的負担と公金助成支出の両面から不合理に差別する制度であると主張する。しかし、選挙の結果、法定得票数の得票を得ることができなかった候補者について、選挙運動費用の公費助成を受けられないことがあるとしても、そのことのために、法定得票数の得票を得ることができなかった候補者について、供託金を返還しないことが違憲であるということにはならない。
[60] 控訴人は、平成6年に制定された政党助成法が当選人の所属する特定政党に対する公費助成を意味しており、一般的な被選挙人の助成ではなく、政党の目的及び活動範囲が国政のみか地方自治のみか、その双方を含むかによって態様に相違があるのに、国政選挙における当選人及び一定の当選人を出した政党にのみ、事後的に、その選挙の活動費その他及びその後の活動費を含めて公費による助成を行おうとするもので、国政政党と地方政党を差別し、特定政党とその他の政党・政治団体とを差別し、当選者と落選者を差別し、明らかに法の下の平等に違反し、選挙供託制度と相まって国民の参政権の行使を妨げるものであると主張する。しかし、仮に政党助成法に控訴人指摘の不合理な面があるとしても、政党助成法の問題点であるにすぎず、それによって、公職選挙法に基づく選挙供託制度が違憲であるということにはならない。」
[61] よって、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は理由がないから棄却すべきであり、右と同旨の原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

  裁判官 福永政彦 井土正明 横山光雄

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