夫婦別姓訴訟(令和3年)
第一審審判

市長村長処分不服申立事件
東京家庭裁判所立川支部 平成30年(家)第612号
平成31年3月28日 審判

■ 主 文
■ 理 由


1 本件申立てを却下する。
2 手続費用は申立人らの負担とする。

 国分寺市長(以下「国分寺市長」という。)は,平成30年2月27日に申立人らがした婚姻届を受理せよ。
[1] 申立人らは,戸籍上の氏をいずれも出生時の氏(以下「生来の氏」という。)としたまま法律婚をすることを希望して,国分寺市長に対し,「婚姻後の夫婦の氏」欄の「夫の氏」及び「妻の氏」の双方の欄に印を付け,その右欄に「夫は夫の氏,妻は妻の氏を希望します。」と付記した婚姻届(以下「本件婚姻届」という。)を提出したところ,国分寺市長は,本件婚姻届は民法750条及び戸籍法74条1号(以下,両規定を併せて「本件規定」という。)に違反するとして,本件婚姻届を不受理とする処分をした。
[2] 本件は,申立人らが,婚姻に伴い夫婦が同一の氏を称する夫婦同氏制を定める本件規定は,憲法14条1項,24条,市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号。以下「自由権規約」という。)及び女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(昭和60年条約第7号。以下「女子差別撤廃条約」という。)に違反しており,これらの違反部分を除く形で本件規定を合憲的かつ合理的に解釈することにより本件婚姻届を受理することが可能となるから,国分寺市長に対して本件婚姻届を受理すべき旨を命ずる審判を求めるものである。
[3] 本件記録によれば,以下の事実等が認められる。

(1) 当事者
[4] 申立人Aは昭和49年■月■日生まれの女性であり,申立人Bは昭和50年■月■日生まれの男性である。
[5] 申立人らは,平成12年12月頃から同居をし,平成14年■月■日に長男を,平成18年■月■日に二男及び三男をそれぞれもうけた。
[6] 申立人らは,いずれも生来の氏を戸籍上の氏として使用することを希望している。そのため,申立人らは,上記子らを嫡出子とするために子らの出生に伴い一時的に法律婚をしたほかは,事実婚の夫婦として,申立人Aは生来の氏である「A」を戸籍上の氏として,申立人Bは生来の氏である「B」を戸籍上の氏として,それぞれ使用している。

(2) 本件申立ての経緯
[7] 申立人らは,戸籍上の氏をいずれも生来の氏としたまま法律婚をするために,平成30年2月27日,国分寺市長に対し,「婚姻後の夫婦の氏」欄の「夫の氏」及び「妻の氏」の双方の欄に印を付け,その右欄に「夫は夫の氏,妻は妻の氏を希望します。」と付記した本件婚姻届(甲3)を提出した。
[8] これに対し,国分寺市の担当者は,本件婚姻届について,本件規定に基づいて婚姻後に夫婦が称する氏として夫の氏又は妻の氏のいずれかを選択するよう申立人Aに補正を求めたところ,同人はこれを拒否した。
[9] そこで,国分寺市長は,平成30年3月6日,婚姻後に夫婦が称する氏として夫の氏又は妻の氏のいずれかが記載されていない本件婚姻届は本件規定に違反するとして,本件婚姻届を不受理とする処分(以下「本件不受理処分」という。甲4,資料4)をした。
[10] 申立人らは,平成30年3月15日,本件申立てをした。

(3) 関連法令の規定
ア 民法及び戸籍法
[11] 民法750条は,「夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する。」として,夫婦同氏制を定めている。
[12] また,民法739条1項は,「婚姻は,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる。」と定め,これを受けた戸籍法74条は,民法750条を踏まえて,「婚姻をしようとする者は,左の事項を届書に記載して,その旨を届け出なければならない。」として,1号において「夫婦が称する氏」と定めている。
イ 自由権規約
[13] 自由権規約は,
「この規約の各締約国は,その領域内にあり,かつ,その管轄の下にあるすべての個人に対し,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」(2条1項),
「この規約の各締約国は,立法措置その他の措置がまだとられていない場合には,この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の措置をとるため,自国の憲法上の手続及びこの規約の規定に従つて必要な行動をとることを約束する。」(同条2項),
「この規約の各締約国は,次のことを約束する。」「(b) 救済措置を求める者の権利が権限のある司法上,行政上若しくは立法上の機関又は国の法制で定める他の権限のある機関によつて決定されることを確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展させること。」(同条3項),
「この規約の締約国は,この規約に定めるすべての市民的及び政治的権利の享有について男女に同等の権利を確保することを約束する。」(3条)、
「何人も,その私生活,家族,住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」(17条1項),
「家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を受ける権利を有する。」(23条1項)
「婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は,認められる。」(同条2項),
「婚姻は,両当事者の自由かつ完全な合意なしには成立しない。」(同条3項),
「この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。」(同条4項)
と定めている。
ウ 女子差別撤廃条約
[14] 女子差別撤廃条約は,
「この条約の適用上,「女子に対する差別」とは,性に基づく区別,排除又は制限であつて,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のいかなる分野においても,女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。」(1条),
「締約国は,女子に対するあらゆる形態の差別を非難し,女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求することに合意し,及びこのため次のことを約束する。」「(f) 女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。」(2条),
「締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。」「(b) 自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利」「(g) 夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)」(16条1項)
と定めている。

(4) 最高裁判所平成27年12月16日大法廷判決
[15] 最高裁判所は,平成27年12月16日,民法750条の憲法13条,14条1項及び24条の適合性に関し,以下のとおり判示し,民法750条はこれらの憲法の規定のいずれにも違反しないとした(最高裁判所平成26年(オ)第1023号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2586頁。以下「平成27年最高裁判決」という。甲5)。
ア 憲法13条適合性
[16](ア) 氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものというべきである。
[17](イ) しかし,氏は,婚姻及び家族に関する法制度の一部として法律がその具体的な内容を規律しているものであるから,氏に関する上記人格権の内容も,憲法上一義的に捉えられるべきものではなく,憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をまって初めて具体的に捉えられるものである。
[18] したがって,具体的な法制度を離れて,氏が変更されること自体を捉えて直ちに人格権を侵害し,違憲であるか否かを論ずることは相当ではない。
[19](ウ) そこで,民法における氏に関する規定を通覧すると,人は,出生の際に,嫡出である子については父母の氏を,嫡出でない子については母の氏を称することによって氏を取得し(民法790条),婚姻の際に,夫婦の一方は,他方の氏を称することによって氏が改められ(同法750条),離婚や婚姻の取消しの際に,婚姻によって氏を改めた者は婚姻前の氏に復する(同法767条1項,771条,749条)等と規定されている。また,養子は,縁組の際に,養親の氏を称することによって氏が改められ(同法810条),離縁や縁組の取消しによって縁組前の氏に復する(同法816条1項,808条2項)等と規定されている。
[20] これらの規定は,氏の性質に関し,氏に,名と同様に個人の呼称としての意義があるものの,名とは切り離された存在として,夫婦及びその間の未婚の子や養親子が同一の氏を称するとすることにより,社会の構成要素である家族の呼称としての意義があるとの理解を示しているものといえる。そして,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位であるから,このように個人の呼称の一部である氏をその個人の属する集団を想起させるものとして一つに定めることにも合理性があるといえる。
[21](エ) 本件で問題となっているのは,婚姻という身分関係の変動を自らの意思で選択することに伴って夫婦の一方が氏を改めるという場面であって,自らの意思に関わりなく氏を改めることが強制されるというものではない。
[22] 氏は,個人の呼称としての意義があり,名とあいまって社会的に個人を他人から識別し特定する機能を有するものであることからすれば,自らの意思のみによって自由に定めたり,又は改めたりすることを認めることは本来の性質に沿わないものであり,一定の統一された基準に従って定められ,又は改められるとすることが不自然な取扱いとはいえないところ,上記のように,氏に,名とは切り離された存在として社会の構成要素である家族の呼称としての意義があることからすれば,氏が,親子関係など一定の身分関係を反映し,婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは,その性質上予定されているといえる。
[23](オ) 以上のような現行の法制度の下における氏の性質等に鑑みると,婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない。民法750条は,憲法13条に違反するものではない。
イ 憲法14条1項適合性
[24] 民法750条は,夫婦が夫又は妻の氏を称するものとしており,夫婦がいずれの氏を称するかを夫婦となろうとする者の間の協議に委ねているのであって,その文言上性別に基づく法的な差別的取扱いを定めているわけではなく,民法750条の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではない。我が国において,夫婦となろうとする者の間の個々の協議の結果として夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めることが認められるとしても,それが,民法750条の在り方自体から生じた結果であるということはできない。
[25] したがって,民法750条は,憲法14条1項に違反するものではない。
ウ 憲法24条適合性
[26](ア) 婚姻に伴い夫婦が同一の氏を称する夫婦同氏制は,旧民法(昭和22年法律第222号による改正前の明治31年法律第9号)の施行された明治31年に我が国の法制度として採用され,我が国の社会に定着してきたものである。氏は,家族の呼称としての意義があるところ,現行の民法の下においても,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ,その呼称を一つに定めることには合理性が認められる。
[27] そして,夫婦が同一の氏を称することは,上記の家族という一つの集団を構成する一員であることを,対外的に公示し,識別する機能を有している。特に,婚姻の重要な効果として夫婦間の子が夫婦の共同親権に服する嫡出子となるということがあるところ,嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一定の意義があると考えられる。また,家族を構成する個人が,同一の氏を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考え方も理解できるところである。さらに,夫婦同氏制の下においては,子の立場として,いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすいといえる。
[28] 加えて,民法750条の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではなく,夫婦がいずれの氏を称するかは,夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている。
[29](イ) これに対して,夫婦同氏制の下においては,婚姻に伴い,夫婦となろうとする者の一方は必ず氏を改めることになるところ,婚姻によって氏を改める者にとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できない。そして,氏の選択に関し,夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている現状からすれば,妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているものと推認できる。さらには,夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるために,あえて婚姻をしないという選択をする者が存在することもうかがわれる。
[30] しかし,夫婦同氏制は,婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。
[31](ウ) 以上の点を総合的に考慮すると,民法750条の採用した夫婦同氏制が,夫婦が別の氏を称することを認めないものであるとしても,上記のような状況の下で直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできない。したがって,民法750条は,憲法24条に違反するものではない。

(5) 内閣府が実施した世論調査の結果(資料3)
[32] 内閣府が平成24年12月に実施した家族の法制に関する世論調査の結果によれば,選択的夫婦別氏制について,(a)「婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり,現在の法律を改める必要はない」と回答した者が36.4パーセント,(b)「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には,夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない」と回答した者が35.5パーセント,(c)「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが,婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては,かまわない」と回答した者が24.0パーセントであった。
[33] また,内閣府が平成29年12月に実施した同調査の結果によれば,選択的夫婦別氏制について,(a)「婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり,現在の法律を改める必要はない」と回答した者が29.3パーセント(平成24年12月調査時より7.1ポイント減少),(b)「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には,夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない」と回答した者が42.5パーセント(平成24年12月調査時より7.0ポイント増加),(c)「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが,婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては,かまわない」と回答した者が24.4パーセント(平成24年12月調査時より0.4ポイント増加)であった。
(1) 憲法14条1項違反
[34] 夫婦双方が婚姻後も継続して生来の氏の継続使用を希望し,かつ,互いのそうした希望を尊重しあう夫婦として生きるか,あるいは夫婦の一方が氏を変更することによって不利益を被る面があるとしても同氏であることに一体感を感じ同氏夫婦として生きるかは,夫婦としての在り方を含む個人としての生き方に関する自己決定に委ねられるべき事項であり,憲法14条1項に列挙する「信条」に他ならない。したがって,夫婦同氏制を定める本件規定は,憲法14条1項に列挙された「信条」によって,夫婦同氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者とを別異に取り扱うものである。また,憲法14条1項の列挙事由に該当しない場合であっても同項により不合理な差別的取扱いは禁止されるから,本件規定による別異取扱いが「信条」に基づくものに該当するか否かにかかわらず,本件規定は,夫婦同氏と夫婦別氏のいずれを希望するかという夫婦としての在り方を含む個人としての生き方に関する自己決定に委ねられるべき事項に基づいて,別異に取り扱うものである。
[35] そして,このような取扱いにより,夫婦別氏を希望する者は,婚姻をするについての自由を制約されるほか,嫡出推定を受けることができない等の民法上の権利・利益の不享受,配偶者控除を受けることができない等の税法上の権利・利益の不享受,不妊治療を受けることができない場合がある等のその他の不利益,夫婦であることの社会的な承認の不享受といった甚大な権利侵害ないし不利益を受けることになるが,このような権利侵害ないし不利益が正当化され得る余地はなく,本件規定による別異取扱いは事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものとはいえない。
[36] よって,本件規定は,憲法14条1項に違反する。

(2) 憲法24条違反
[37] 平成27年最高裁判決に照らせば,婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法24条に適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきである。
[38] そして,以下の点に照らせば,本件規定は,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っているから,憲法24条に違反する。
ア 個人の尊厳の要請
[39] 平成27年最高裁判決においては,夫婦同氏制が有する機能として,(a)家族の一員であることの公示識別機能と,(b)家族の一員であることを実感する機能の2点を挙げている。しかしながら,これらの機能は,人の氏名ないし氏が有する人格的価値及び婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等という重要な人格的利益との対比において,到底勝るものではなく,夫婦別氏の選択肢を認めない根拠にはならない。
[40] 婚姻に伴い氏を変更してきた多くは妻であるが,氏の変更により,当該個人が同一人であるという個人の識別,特定に困難を引き起こす事態が生じ,その結果,当該個人の業績,実績,成果などの法的利益に影響を与えかねない状況となっている。また,氏の変更は,婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益を害するだけでなく,その者にアイデンティティを失ったような喪失感をもたらすことがある。氏は,自分の顔や体と同様に,自分自身と一体になり自分の一部となっているのであり,人格的生存に深くかかわるものであるから,個人の尊厳の要請からは,氏を継続して使用できる利益を十分に尊重すべきである。
[41] また,夫婦別氏が認められれば,個人の生き方・家族の在り方に関する自己決定を自己の希望に沿った形でなし得る者が増えることとなるから,個人の尊厳に資することは明白である。
イ 両性の本質的平等の要請
[42] 婚姻をする夫婦の96パーセントが夫の氏を称することは,女性の社会的経済的な立場の弱さ,家庭生活における立場の弱さ,種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって,夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても,その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているといえる。
[43] このような偏頗で不平等な結果は,女性の立場の弱さといずれか一方の氏を選ばなければならないという本件規定の構造・在り方そのものが相まって生じているものであり,女子差別撤廃条約が禁止する間接差別に当たる。
ウ 社会の変化等(立法事実の変遷)
[44] 戦後の氏に関する制度の見直しや改正の経過,平成8年の選択的夫婦別氏制の導入を認める法務省の「民法の一部を改正する法律案要綱」(甲13)の公表,婚姻後に就労を継続する者の増加,初婚年齢の上昇や晩婚化などの社会・家族の変化,選択的夫婦別氏制を導入してもよいと考える人の割合が増加している等の国民の意識の変化,夫婦別氏制を設ける国が増加し,我が国以外に夫婦別氏を認めない国が見当たらない等の国際的動向に照らせば,本件規定は合理性を失っているというべきである。
エ 通称使用では救済は不十分であること
[45] 平成27年最高裁判決は,氏の変更により生じる不利益は,氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものであると判示する。
[46] しかしながら,通称は便宜的なもので,使用の拒否,許される範囲等が定まっているわけではなく,現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある上,通称名と戸籍名との同一性という新たな問題を惹起することになる。そもそも通称使用は,婚姻によって変動した氏では当該個人の同一性識別に支障があることを示す証左である。既に婚姻をためらう事態が生じている現在において,上記の不利益が氏の通称使用により一定程度緩和されているからといって,夫婦が別の氏を称することを全く認めないことに合理性が認められるものではない。

(3) 自由権規約違反
[47] 自由権規約委員会は,自由権規約23条4項について,
「各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利又は平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利は,保障されるべきである」
との一般的意見及び同項の義務を果たすために,
締結国は,「それぞれの配偶者が婚姻前の姓の使用を保持し,または新しい姓を選択する場合に対等な立場で決定する配偶者各自の権利に関して性別に基づく差別が起きないことを確実にしなければならない」
との一般的意見を採択しており,締結国において「各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利」を保障されることが明示的に求められている(甲18の1・2,19の1・2)。
[48] したがって,夫婦同氏制を定め,夫婦別氏を認めず「各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利」を保障していない本件規定は,自由権規約2条1項,3項(b),3条,17条1項及び23条に違反する。
[49] なお,国分寺市長は上記の自由権規約の条項が自動執行力を有しない旨を主張するが,自由権規約に自動執行力を承認した我が国の裁判例の蓄積を踏まえないものであり,失当である。

(4) 女子差別撤廃条約違反
[50] 女子差別撤廃委員会は,女子差別撤廃条約16条1項(g)について,
「パートナーは,共同体における個性及びアイデンティティを保持し,社会の他の構成員と自己を区別するために,自己の姓を選択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により,婚姻もしくはその解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には,女性はこれらの権利を否定されている」
と述べ,法もしくは慣習により婚姻に際して自己の氏の変更を強制される場合には,女性は氏の選択権を否定されていることになることを明らかにしている(甲20の1・2)。
[51] そして,本件規定は,妻が氏を変更するという日本における根強い慣習の存在と相まって,女性が氏の選択権を享有し又は行使することを害する効果を有しており,女子差別撤廃条約1条の「女子に対する差別」に当たり,かつ,上記の法もしくは慣習により婚姻に際して自己の氏の変更を強制される場合に当たるため,婚姻に際して氏の選択に関する夫婦同一の権利(女子差別撤廃条約16条1項(g))を侵害しており,他方,氏を変更しなければ婚姻をすることができず,合意のみにより婚姻をする同一の権利(女子差別撤廃条約16条1項(b))を侵害しているから,女子差別撤廃条約2条(f),16条1項(b)及び(g)に違反する。
[52] なお,国分寺市長は上記の女子差別撤廃条約の条項が自動執行力を有しない旨を主張するが,女子差別撤廃条約は自由権規約と同様に国際人権条約であり,自動執行力を有するというべきであるから,国分寺市長の主張は失当である。

(5) まとめ
[53] 以上のとおり,本件規定は,憲法14条1項,24条,自由権規約及び女子差別撤廃条約に違反する。
[54] そして,本件規定について,これらの違反部分を除く形で合憲的かつ合理的に解釈することにより本件婚姻届を受理することが可能となるから,国分寺市長は本件婚姻届を受理すべきである。
(1) 憲法14条1項違反
[55] 本件規定は,夫婦同氏を希望する者及び夫婦別氏を希望する者のいずれに対しても,婚姻をする場合には,夫又は妻の氏を称するものとすることを定めているものであるから,そもそも,夫婦同氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者との別異取扱いをしているものではなく,平等原則を定めた憲法14条1項に違反しない。

(2) 憲法24条違反
[56] 夫婦同氏制を定める民法750条の立法目的は,同一の氏を称することにより夫婦の生活共同体としての総体性を示すことや,氏による共同生活の実態の実現という習俗の継続や家族の一体感を醸成ないし確保することにある。そして,婚姻制度について複雑さを避け,規格化すべきであるという要請の中で,民法750条が,婚姻制度の法律上の効果となる柱である嫡出推定との整合性を追求しつつ,婚姻をする夫婦の氏をそのいずれかの氏とする仕組み(夫婦同氏制)を設けていることについては,上記2(5)のとおり社会の多数が受入れていることをも踏まえると,十分に合理性を有するものというべきである。
[57] したがって,夫婦同氏制は,平成27年最高裁判決が判示するとおり,直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認められないから,本件規定は憲法24条に違反しない。

(3) 自由権規約違反
[58] 申立人らが指摘する自由権規約2条1項,3項(b),3条,17条1項及び23条は,いずれも,夫婦別氏による婚姻及びその届出をすることができるという私人の権利を明白、確定的,完全かつ詳細に定めたものであるとはいえないから,自動執行力を有しない規定である。
[59] また,念のため,上記の条項を個別的に見ると,自由権規約2条3項(b)及び23条1項から3項までは,その文言上,本件規定との抵触は問題にならないし,自由権規約17条1項についても,本件規定が家族に関する恣意的又は不法な干渉に当たると解すべき合理的な理由はない。
[60] そして,自由権規約2条1項,3条及び23条は,本件規定との関係では,他の条項と相まって,婚姻における性別における別異の取扱いを禁止するなどしているものと解されるが,本件規定は,夫婦は婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称する旨及び婚姻届には夫婦が称する氏を記載すべき旨を定めたものにすぎず,夫又は妻の氏のいずれを称するかを夫婦の協議による選択に委ねており,夫又は妻のいずれかの氏が優越するような取扱いを定めたものではない。このため,本件規定はいずれも性中立的な規定であり,これにより,婚姻の際の氏の選択について性別による別異の取扱いが生じているとはいえない。
[61] よって,本件規定が自由権規約2条1項,3項(b),3条,17条1項及び23条に違反するとの申立人らの主張は失当である。

(4) 女子差別撤廃条約違反
[62] 女子差別撤廃条約2条(f),16条1項(b)及び(g)は,いずれも女子に対する差別を撤廃するための措置等について定めたものであるが,これらの規定はいずれも夫婦別氏による婚姻及びその届出をすることができるという私人の権利を明白,確定的,完全かつ詳細に定めたものであるとはいえず,自動執行力を有しない。
[63] また,本件規定はいずれも性中立的な規定であり,これにより,婚姻の際の氏の選択について性別による別異の取扱いが生じているとはいえない。
[64] よって,本件規定が女子差別撤廃条約2条(f),16条1項(b)及び(g)に違反するとの申立人らの主張は失当である。

(5) まとめ
[65] 以上のとおり,申立人らの主張にはいずれも理由がないことから,本件申立てはいずれも速やかに却下されるべきである。
[66](1) 婚姻及び家族に関する法制度をどのように構築するかについては,国会の合理的な立法裁量に委ねられていると解されるところ,夫婦同氏制を定める民法750条が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認められず,国会の立法裁量の範囲を超えるものではないことについては,平成27年最高裁判決が判示するとおりである(第2・2(4)ウ)。そして,平成27年最高裁判決から3年余りしか経過しておらず,選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者が増えつつある一方,夫婦は同じ氏を称するべきであると考える者が未だ半数を超えているという内閣府の世論調査の結果の推移(第2・2(5))なども踏まえれば,選択的夫婦別氏制の導入などの氏制度の在り方について国会で議論をすべき要請が高まっていることはうかがえても,平成27年最高裁判決以降に,家族の在り方や氏の意義などの民法750条の合理性を支える立法事実が大きく変化したという事情の変更があったとまでは認められず,民法750条及び同条を前提とする戸籍法74条1号(本件規定)は,現時点においても憲法24条に違反しないというべきである。

[67](2) また,平成27年最高裁判決において民法750条の憲法適合性は確認されているところ(第2・2(4)),本件規定は,現時点においても憲法24条に違反せず(上記(1)),自由権規約及び女子差別撤廃条約にも違反しているとはいえないから(後記2,3),憲法適合性が確認されている民法750条により我が国において夫婦同氏制が定められ,その結果,夫婦別氏を希望する者が婚姻をするに当たり夫婦別氏を採りえないこととなっても,これが「信条」に基づく差別的な取扱いその他の憲法14条1項が禁止する不合理な差別的取扱いに当たらないことは明らかである。
[68] よって,本件規定は,憲法14条1項にも違反しない。
[68](1) 我が国においては,条約は公布により当然に国内的効力を有することとなる(憲法7条1号,98条2項参照)。しかしながら,ある条約において個人の権利義務に言及している場合であっても,原則として,国内の裁判所は当該条約を直ちに適用することはできず,別途,国内法による措置が必要である(自動執行力を有しない)と解される。もっとも,条約の性格や権力分立,法的安定性等の観点から,私人の権利義務を定め,直接に国内の裁判所で適用可能な内容のものとするという条約締結国の意思が確認でき,かつ,条約の規定において私人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められている場合には,その内容を具体化する国内法による措置を待つまでもなく,国内の裁判所において適用可能である(自動執行力を有する)と解される。

[69](2) そこで,自由権規約の各規定についてみると,自由権規約23条4項において「この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。」と規定され,自由権規約2条2項において「この規約の各締約国は,立法措置その他の措置がまだとられていない場合には,この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の措置をとるため,自国の憲法上の手続及びこの規約の規定に従つて必要な行動をとることを約束する。」と規定されている(第2・2(3)イ)。これらの規定は,「締結国は……適当な措置をとる」「締結国は……必要な行動をとることを約束する」と明記されているとおり,その文理上,我が国の国民に対して直接何らかの権利を付与するものではなく,我が国に対し,婚姻による氏の変更に伴う種々の不利益を解消するために,選択的夫婦別氏制の導入などの氏制度の在り方について議論をし,所要の措置を執ることなどを求めるものであると解され,当該措置を通じて国民の権利を確保することが予定されているというべきである。したがって,自由権規約23条4項は,申立人らの主張する「各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利」などの国民の権利を明白,確定的,完全かつ詳細に定めたものではなく,自動執行力を有しないから,本件規定が同項に違反するとみる余地はない。
[70] また,自由権規約17条1項は「何人も,その私生活,家族,住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」と定め,自由権規約23条1項は「家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を受ける権利を有する。」と,同条2項は「婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は,認められる。」と,同条3項は「婚姻は,両当事者の自由かつ完全な合意なしには成立しない。」とそれぞれ定めている。これらの規定が仮に自動執行力を有するとしても,その文理及び内容に照らせば,これらの規定が,我が国の国民に対し,申立人らが主張する「各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利」を保障していると解することは困難であるし,夫婦同氏制を定める本件規定が家族に対する恣意的な干渉等とみることも困難である。
[71] そして,申立人らが指摘するその他の自由権規約の規定(2条1項,3項(b)及び3条)についても,いずれも個人の具体的な権利義務に言及する規定ではないから,これらの規定が,我が国の国民に対し,申立人らが主張する「各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利」を保障していると解することは困難である。
[72] そうすると,自由権規約が,我が国の国民に対して,「各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利」を保障しているとはいえず,その他本件規定が自由権規約に抵触する部分は見当たらないから,本件規定が自由権規約に違反するとの申立人らの主張を採用することはできない。
[73] 女子差別撤廃条約16条1項においては,「締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。」「(b) 自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利」「(g) 夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)」と定めており,自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利や夫及び妻の同一の個人的権利として氏を選択する権利などについて言及がされている。しかしながら,「締結国は……適当な措置をとる」と明記されているとおり,同項の文理に照らせば,同項は我が国の国民に対して直接何らかの権利を付与するものではなく,我が国に対し,自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利や夫及び妻の同一の個人的権利として氏を選択する権利等を確保するために,選択的夫婦別氏制の導入などの氏制度の在り方について議論をし,所要の措置を執ることを求めるものであると解される。
[74] また,女子差別撤廃条約2条においては,「締約国は,女子に対するあらゆる形態の差別を非難し,女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求することに合意し,及びこのため次のことを約束する。」「(f) 女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。」と定めており,女性に対する差別となる既存の法律等の修正等が求められている。しかしながら,「締結国は……約束する」と明記されているとおり,同条の文理に照らせば,同条もまた,我が国の国民に対して直接何らかの権利を付与するものではなく,我が国が,女性に対する差別を生じさせている既存の法律等の修正等のために所要の措置を執ることを約束するものであると解される。
[75] したがって,上記の女子差別撤廃条約の各規定は,いずれも国民の権利義務を明白,確定的,完全かつ詳細に定めたものではなく,自動執行力を有しないから,本件規定が女子差別撤廃条約に違反するとみる余地はない。そして,その他本件規定が女子差別撤廃条約に抵触する部分は見当たらないから,本件規定が女子差別撤廃条約に違反するとの申立人らの主張を採用することはできない。
[76] 以上によれば,夫婦同氏制を定める本件規定が憲法14条1項,24条,自由権規約又は女子差別撤廃条約に違反すると認めることはできず,国分寺市長がした本件不受理処分は違法,不当なものとはいえない。
[77] よって,本件申立ては理由がないからこれを却下することとし,主文のとおり審決する。

  裁判長裁判官 今井攻  裁判官 坂田千絵  裁判官 近藤貴浩

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