幼児教室事件
控訴審判決

公金支出差止等請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和61年(行コ)第51号
平成2年1月29日 民事第1部 判決

控訴人 (原告)    X ほか5名
右6名訴訟代理人弁護士  山田幸男 井上勝義

被控訴人(被告)    吉川町長 深井誠 ほか1名
右両名訴訟代理人弁護士 真木吉夫
右訴訟復代理人弁護士  佐々木新一 中山福二 牧野丘

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人らの負担とする。


 控訴代理人は、
「原判決を取り消す。被控訴人吉川町長は、埼玉県北葛飾郡吉川町大字吉川字中道上784番地1所在の幼児教室(代表A)(以下「本件教室」という。)に対し、右教室経営のため、原判決別紙物件目録記載の土地及び建物(以下、右土地、建物を「本件土地」、「本件建物」といい、併せて「本件不動産」という。)を無償で使用させてはならない。被控訴人浅子鴻は、吉川町(以下「町」という。)に対し、金258万8000円を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」
との判決を求め、
被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

 当事者双方の主張は、
原判決7枚目表5行目の「7万2000円」を「7200円」とし、
同裏末行の「層倍」を「数倍」と各改め、
同9枚目裏1行目の「(内訳は、別紙のとおり。)」を削除し、
同4行目の「前記」の次に「258万8000円」を加え、
同14枚目裏1行目の「代金」を「代表」と、
同16枚目表1行目の「賃貸」を「貸借」と、
同17枚目裏3行目の「(」から同末尾までを「同五1(二)(3)の事実は争う。基本金は株式会社の資本金に相当するもので事業所得の蓄積物ではない。」と各改め、
次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
 本件教室に被控訴人町長が本件不動産を無償で利用させ、補助金を支出したことは、憲法14条、89条、私立学校法59条、私立学校振興助成法附則2条5項に違反している。すなわち、
 私立学校法59条は、国又は地方公共団体が学校法人に対して補助金を支出できる旨を規定し、私立学校振興助成法10条、私立学校振興助成法附則2条5項はその具体的な助成方法を規定しているが、これらの規定は、憲法89条の規定を受けて定められたものであるから、国又は地方公共団体が自ら教育事業を行う場合を除いては、右の私立学校振興助成法等の規定に従ってしか教育事業に対する公費助成は出来ないと解すべきである、幼児教育が親の教育の自由として認められるからといって、それに対する公費助成が右の規制を免れるものではない。
 本件教室は、学校法人として設立されておらず、幼稚園としての認可を受けていないのに、学校法人である幼稚園と同様な教育の事業を行うものであり、これに対して、被控訴人町長は、本件不動産を本件教室に利用させ、昭和51年度以降、本件教室のために、公金を支出しているが、右支出は、前記私立学校振興助成法等に違反し、公の支配に属しないものに公金を支出するものであり、憲法89条に違反している。
 しかも、本件教室の事業内容が現に学校教育で行われているものと同一であるのに、学校法人に対するより緩やかな規制しかされていないのは、憲法14条に違反している。
 控訴人らの主張のうち、被控訴人町長が本件教室に本件不動産を利用させ、公金を支出したことは認めるが、その余は争う。右は本件教室のみのためになされたものではない。
 控訴人らの主張する私立学校法、私立学校振興助成法等の各法条は、私立学校振興助成法附則2条所定の教育事業以外の教育事業に対する公費助成を禁ずるものではない。
 本件教室は、その組織、運営の面において私立学校法等の予定するものではないので、これらの法律の規制が及ばないのは当然である。私立学校法等の規制は、私立学校振興助成法等で認められた各種の恩恵を受けながら教育事業を営む者に対する規制であり、教育事業に公共的価値を認めるための必要最小限度の規制ではなく、私立学校法上の公費助成以外に公費助成をすることを禁ずるものではない。

 当裁判所も、控訴人らの本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり、付加し、訂正し、削除するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに利用する。

 原判決21枚目裏八行目の「、同五2」を削除し、同9行目の「証言」の次に「、被控訴人ら本人尋問の結果」を、同行目の「町長は、」の次に「共働き家庭の学童のための施設である」を各加え、同22枚目裏2行目の「これが」から「とおり」までを「公有財産である」と、同22枚目裏1行目の「あり」から同3行目末尾までを「ある。」と各改める。

 同23枚目裏10行目の「なく、」の次に「実質的には、」を加え、同末行の「する以上」を「して、」と改め、同24枚目表1行目の「使用」の次に「の差止め」を加え、同2行目の「実質的」から同行末尾までを「地方自治法242条の2所定の住民訴訟の前提としての住民監査請求経由の要件を充足しているというべきである。」と改める。

 同25枚目表末行の「発足し、」の次に「公立の」を、同裏1行目の「年」の次に「当時」を各加え、同4行目の「と」から同5行目の「する。」までを「を中心とする組織で、幼児教室を行おうとする、」と改め、同26枚目表7行目の「設置」の次に「(吉川町には公立の幼稚園も保育園もなかった。)」を、同27枚目裏末行の「含む」の次に「。」を各加え、同28枚目表7行目の「有し、以上は」を「有すること、以上の事項は本件教室の」と改め、同行目の「おり、」の次に「別に」を加える。

 同29枚目表3行目の「,後記五2」を削除し、同行目の「号証」の次に「、証人Bの証言」を、同裏2行目の「とおり、」の次に「同58年度については258万8000円の各」を各加え、同30枚目裏4行目の「月謝」を「保育料」と改め、同表6行目の「他の」から「なかった」までを、同裏6行目の「本件」から同31枚目表1行目の「考え、」までを各削除し、同行目の「設置は」の次に「当面」を加え、同裏2行目の「月謝」を「保育料」と改める。

 同32枚目表4行目の「こと、」の次に「保護者の負担とする入園料、保育料が保護者の収入により差異がないこと、」を、同8行目の「が認められ」の次に「ることに照らして採用できず、他に被控訴人らの主張を求めるに足りる証拠はないから」を各加える。

 同32枚目裏10行目の「五」から同52枚目表2行目末尾までを次のとおり改める。
五 憲法89条違反についての判断

[1] 被控訴人町長が町の公の財産である本件不動産を本件教室に無償で利用させていること、被控訴人浅子が昭和58年度に本件教室に対し本件支出(補助金として258万8000円の町の公金の支出)をしたことは前示のとおりである。そして、《証拠略》によれば、本件教室の事業は、その内容の決定につき、総会や運営委員会を通じて保護者の関与が広く認められていること、幼児が本件教室に通うのは週6日であり、1日の時間は、週のうち4日は5時間15分、うち2日は3時間30分であることなど、学校教育法による幼稚園と若干は異なる部分があるが、幼稚園とほぼ同じように幼児を保育しているものであって、幼児を保育し、集団的な環境の下で、その心身の発達を助長することを目的とするものであること、本件契約により、本件建物及び本件土地が右の目的のために利用され、本件補助金が右の目的のために支出されたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はなく、保育とは、幼児に対する保護と教育の有機的一体の働きと解されるところ、憲法89条に規定する「教育の事業」とは、「人の精神的又は肉体的な育成をめざして人を教え、導くことを目的とする組織的、継続的な活動」をいうのであって、前示の認定事実によれば、本件教室の事業は右の「教育の事業」に当たると解されるから、本件不動産が本件教室の教育の事業に利用され、本件支出がその教育の事業のためになされたことは明らかである。

[2] ところで、憲法89条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と規定する。そして、同条前段については、国家と宗教の分離を財政面からも確保することを目途とするものであるから、その規制は厳格に解すべきであるが、同条後段の教育の事業に対する支出、利用の規制については、もともと教育は、国家の任務の中でも最も重要なものの一つであり、国ないし地方公共団体も自ら営みうるものであって、私的な教育事業に対して公的な援助をすることも、一般的には公の利益に沿うものであるから、同条前段のような厳格な規制を要するものではない。同条後段の教育の事業に対する支出、利用の規制の趣旨は、公の支配に属しない教育事業に公の財産が支出又は利用された場合には、教育の事業はそれを営む者の教育についての信念、主義、思想の実現であるから、教育の名の下に、公教育の趣旨、目的に合致しない教育活動に公の財産が支出されたり、利用されたりする虞れがあり、ひいては公の財産が濫費される可能性があることに基づくものである。このような法の趣旨を考虞すると、教育の事業に対して公の財産を支出し、又は利用させるためには、その教育事業が公の支配に服することを要するが、その程度は、国又は地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営、存立に影響を及ぼすことにより、右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され、公の財産が濫費されることを防止しうることをもって足りるものというべきである。右の支配の具体的な方法は、当該事業の目的、事業内容、運営形態等諸般の事情によって異なり、必ずしも、当該事業の人事、予算等に公権力が直接的に関与することを要するものではないと解される。
[3] 控訴人らは、私立学校法59条、私立学校振興助成法10条、同法附則2条5項の規定は、憲法89条の規定を受けて定められたものであるから、国又は地方公共団体が自ら教育事業を行う場合を除いては、右の私立学校振興助成法等の規定に従ってしか教育事業に対する公費助成はできないと解すべきである旨主張する。確かに、私立学校法59条、私立学校振興助成法10条、同法附則2条5項の規定は、憲法89条の規定を受けたものであるが、右各規定は、私立学校法による学校法人という形態を採る場合の教育事業(その設立予定の場合を含む、)に対し、その公教育たる性格に着目し且つ私立学校の自主性を尊重しつつ、一定の基準に基づき助成することを定めたものにすぎず、教育事業に対する助成が右の各法による以外には許されないと解すべきものではなく、また、憲法89条は、当該助成を受けた教育事業が「公の支配」に服していることを規定しているが、右規制が法律によるものであることまでを求めているものではないと解される。控訴人らの右主張は採用できない。

[4] 前示四の事実、《証拠略》によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
[5](一) 吉川団地自治会を中心とする吉川町住民は、町議会に公立幼稚園の設置を請願し、右請願について審議した同議会の文教常任委員会は、右請願を趣旨採択し、公立幼稚園の開設は町の財政上困難であろうから、幼児教室の開設に積極的に協力すべきことを報告し、町議会においても、右報告が承認され、請願については全員一致で趣旨採択された。被控訴人町長は、右趣旨を受けて、本件土地を賃借し、これに本件建物を建て、これらを本件教室に利用(一部は学童保育室と共用)させ、土地賃料等の前示経費はすべて町が負担し、本件教室の設備、遊具の殆どは町の費用で設置された。
[6](二) 本件教室の運営資金は、保護者の負担金(入園料、保育料等)と町からの補助金でその大部分を賄い、右補助金は、本件教室の開設された昭和51年度以降毎年支出されてきたが、昭和55年度以降については、文部省の定める就園奨励費補助金要領を基準として全補助金額を算定し、そのうちの町の負担分相当額である3分の2が町の補助金として支出されたが、昭和58年度においても本件教室の消費支出のうちの約17パーセントを占めている。
[7](三) 本件教室は、本件教室の運営の目的とする権利能力なき社団を運営者とするが、その運営の目標として掲げるものは「保育の理念追及と低廉な保育料の実現」という幼児の保育一般に共通するもので特定の教育思想に基づくものでない。その機関として、幼児の保護者及び教員(規約上は「教諭」)の全員で構成する総会を最高意思決定機関とし、運営委員会、監査委員の組織を有し、保護者の中から選出された代表委員を代表者としている。本件教室の維持、運営の業務は、本件教室の代表委員と運営委員会の渉外係が担当している。
[8](四) 町の補助金については、「補助金などの交付手続等に関する規則(昭和53年8月28日規則第17号)が定められ、また、本件支出(昭和58年度の本件教室への補助金支出)は、昭和58年度幼児教室入室奨励費補助金交付要領に基づくものであり、右規則により、補助事業の適格性について町の調査を経た上、補助金を受けた者には、状況報告義務(10条)、実績報告義務(12条)が課せられ、計画どおりの義務が遂行されない場合には、遂行命令(11条)が出され、交付決定の内容、これに付加した条件に違反した場合には、交付決定の全部又は一部の取消し(1条)、当該取消しに係る部分の返還を命じられることがあり、また右要領により、補助事業完了後30日以内に実績を報告することとされている。また、町は、本件教室に対し、毎年、予算書及び決算書の提出をさせ、その監査をし、毎月月別収支表を提出させている。
[9](五) 本件教室の補助金については、町の監査委員は、必要があると認めるとき、又は町長の要求があるときは、本件教室の出納その他の事務の執行で当該財政的援助に係るものを監査することができ、また、監査のため必要があると認めるときは、関係人の出頭を求め、若しくは関係人について調査し、又は関係人に対し帳簿、書類その他の記録の提出を求めることができる(地方自治法199条6項、7項)。現に、本件教室は、その会計について町の監査を受けている。
[10](六) 町において本件教室に係る業務を所管しているのは、「福祉課」であるが、同課の職員は、本件教室を月1、2回程度見回り、幼児の数、本件建物の修理の必要性の有無等本件不動産の利用状況を確認し(町に住所を有する幼児の保育を目的とし、本件不動産につき本件契約がなされていることは、前示のとおりである。)、本件教室の担当者から運営についての報告を受れ、指導している。特に、昭和55年ころには、町は、本件教室に対し、会計を保護者会計と本件教室の会計とに分け、運営委員会の構成員について、職員が全員その構成員であったのを3名にするように文書で勧告し、本件教室はこれを受入れ、その構成員を保護者10名、職員3名に改めた。

[11] 3の事実を基に、町による本件教室に対する関与の程度について判断するに、本件教室は、開設当初から公立幼稚園の代替施設として設けられたものであり、本件土地、建物等その施設の大部分を町から無償で提供されており、経営経費についてもかなりの部分を町からの補助金で賄っており、財政面では公立の幼稚園と大差のないものであり、本件教室の存立自体が町の財政的負担に頼っているといえる。そして、右の公の財産の利用、支出については、補助金についての一般の規制のほか、本件教室に対する個別の指導により、公の利益に沿わないものに使用又は利用されないように規制、管理されているが、本件教室の予算、人事等については、本件教室に委ねられ、これについて町が直接関与することはない。しかし、それは、本件教室の目的が、幼児の健全な保育という町の方針に一致し、特定の教育思想に偏するものでなく、その意思決定について保護者による民主的な意思決定の方法が確保されているため、これに直接関与する必要がないためであり、本件教室と町との前示の関係を考慮すれば、本件教室と運営が町の助成の趣旨に沿って行われるべきことは、町の本件教室との個別的な協議、指導によって確保されているということができ、以上のような事情の下においては、本件教室についての町の関与が、予算、人事等に直接及ばないものの、本件教室は、町の公立施設に準じた施設として、町の関与を受けているものということができ、右の関与により、本件教室の事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され、公の財産の濫費を避けることができるものというべきであるから、右の関与をもって憲法89条にいう「公の支配」に服するものということができる。したがって、控訴人らの憲法89条違反の主張は採用できない。」
 同52枚目表5行目の「の1、2」を削除し、同10行目の「予定」を「考慮」と改め、同53枚目裏8行目の「国民」の前に「控訴人らは、本件使用、本件支出は、学校法人である幼稚園より有利に取り扱うもので、憲法14条に違反すると主張する。しかし、」を加える。

 同54枚目表8行目の「前記」の次に「1」を、同裏7行目の「ない」の次に「ことは前示のとおりである」を各加え、同55枚目裏3行目の「4」を「3」と、同56枚目表1行目の「四5(二)」を「四4(二)」と各改め、同2行目の「(」から同5行目末尾までを各削除する。

 以上の次第であって、控訴人らの本訴請求は理由がなく棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 鈴木弘  裁判官 伊東すみ子 筧康生

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