「石に泳ぐ魚」事件
第一審判決

損害賠償等請求事件
東京地方裁判所 平成6年(ワ)第25182号
平成11年6月22日 民事第38部 判決

原告 (匿名)

被告 柳美里
被告 義江邦夫
被告 株式会社新潮社
被告 坂本忠雄

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


一 被告柳美里、被告株式会社新潮社及び被告坂本忠雄は各自、原告に対し、金100万円及びこれに対する平成6年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 被告柳美里は、原告に対し、金30万円及びこれに対する平成7年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 被告柳美里、被告株式会社新潮社及び被告義江邦夫は、別紙本件作品目録記載の作品につき、書籍の出版、出版物への掲載、放送、上演、戯曲、映画化等の一切の方法による公表をしてはならない。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
六 この判決の一、二項は仮に執行することができる。

 被告柳美里、被告株式会社新潮社及び被告坂本忠雄は、原告に対し、連帯して、金1000万円及びこれに対する平成6年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 被告柳美里は、原告に対し、金500万円及びこれに対する平成7年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 被告柳美里、被告株式会社新潮社及び被告坂本忠雄は、原告に対し、連帯して、被告坂本忠雄が編集兼発行者となり被告株式会社新潮社が発行する雑誌「新潮」誌上に、別紙「謝罪広告」記載の謝罪広告を、1頁のスペース、謝罪広告の4字は初号活字、その他の部分は20ポイントをもって、掲載せよ。
 被告柳美里、被告株式会社新潮社及び被告坂本忠雄は、原告に対し、連帯して、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊第1面の出版規格縦3段横6分の1のスペース枠に、別紙「回収協力依頼の広告」記載の広告を、各1回掲載せよ。
 被告柳美里、被告株式会社新潮社及び被告坂本忠雄は、原告に対し、連帯して、別紙「通知書」記載の通知書を、別紙図書館目録記載の各図書館に各1回送付せよ。
 主文三項と同じ。
 被告柳美里、被告株式会社新潮社及び被告義江邦夫は、別紙書籍目録記載の書籍につき、出版、出版物への掲載、放送、上演、戯曲、映画化等の一切の方法による公表をしてはならない。
[1] 本件は、原告が、被告柳美里が執筆した「石に泳ぐ魚」と題する小説の発行が、原告の名誉を毀損し、プライバシー及び名誉感情を侵害するものであるなどとして、人格権、不法行為、不公表合意等に基づき、損害賠償、謝罪広告の掲載、公表の差止等を求めた事案である。
1 当事者
[2] 原告は、昭和44年5月20日に東京都で生まれた韓国人であり、東京芸術大学(以下「東京芸大」若しくは「芸大」ということがある。)の工芸(陶芸)専攻の大学院生である。
[3] 被告柳美里(以下「被告柳」という。)は、劇作家かつ小説家である。
[4] 被告義江邦夫(以下「被告義江」という。)は、別紙書籍目録記載の書籍のうち韓国版の出版についての被告柳の代理人である。
[5] 被告株式会社新潮社(以下「被告新潮社」という。)は、月刊誌「新潮」(以下「新潮」という。)を発行し、別紙書籍目録記載の書籍のうち日本語版の販売等を行う株式会社である。
[6] 被告坂本忠雄(以下「被告坂本」という。)は、「新潮」の編集兼発行者として被告新潮社の従業員であった者である。

2 「石に泳ぐ魚」の発表
[7] 被告柳は、小説「石に泳ぐ魚」(以下「本件小説」という。)を執筆した。
[8] 被告坂本は、平成6年9月1日発行の「新潮」平成6年9月号の誌上に本件小説を掲載した。
[9] 本件小説の内容は別紙一のとおりである。

3 「表現のエチカ」の発表
[10] 被告柳は、「表現のエチカ」と題する文章(以下「表現のエチカ」という。)を執筆して、平成7年12月1日発行の「新潮」平成7年12月号に寄稿した。「表現のエチカ」は、平成8年12月18日、単行本「窓のある書店から」に掲載され、株式会社角川春樹事務所から発行された。
[11] 「表現のエチカ」の内容は別紙二のとおりである。
1 本件小説のモデル小説性(「朴里花」と原告との同定の可能性)
[12] 本件小説は、いわゆる「モデル小説」である。被告柳は、本件小説において、自らをモデルとし、その属性が与えられた主人公「梁秀香」を登場させるとともに、原告をモデルとする「朴里花」なる人物を登場させているところ、以下の事実により、本件小説の読者は、「朴里花」が原告をモデルとする人物であることを容易に知ることができる(以下、これを「『朴里花』と原告とを同定し得る。」などという。)。
[13](一) 「朴里花」には、次のような数多くの原告の属性が与えられている。
(1) 日本生まれの韓国系三世であること
(2) 小学校5年生まで日本に在留していたこと
(3) 家族が大学の教員寮に居住していたこと
(4) 父が日本の大学の国際政治学の教授であり、講演先の韓国でスパイ容疑により逮捕された経歴をもつこと及び、その後、家族が韓国に帰国したこと
(5) 梨花女子大学を卒業していること
(6) 東京芸術大学大学院を受験し、同大学院に入学し、陶芸科に所属していること
(7) 右大学志望の動機及び受験の経過(推薦状を書いてもらったことなど)
(8) サークル「アニマ」に所属していたこと
(9) 友人に牧師がいること
(10) 知人に人間国宝である漆芸家の娘並びにチェリスト及び画家がいること
(11) 顔面の側部に腫瘍があること
(12) 右障害の治療法及び治療の見込み
(13) 右障害の治療のために、幼少時から12才までの間に13回の手術を受けたこと
[14](二) 本件小説のストリーリーは、主人公「梁秀香」のモデルである被告柳と「朴里花」のモデルである原告との現実の交友の経過と、多くの点において同一である。
[15] 右交友の経過における事実と本件小説中の対応部分の対比は次のとおりである。(本件小説の頁数は別紙一の中に表示された頁数を指す。以下同じ。)
(1) 被告柳は、平成4年8月、自作の戯曲を韓国で上演する準備のため、同国人の劇団員(B男)やD女と共に来韓した。これが被告柳にとって初めての韓国訪問であった。原告は、D女とは古くからの友人であったため、自ら車を運転して3人をソウル金浦空港まで迎えに行き、原告の家に招いた。当時は、原告の両親は弟の留学先に旅行中で、原告が1人で留守を守っていた頃であり、被告柳とD女は原告の家に宿泊した。(対応部分は本件小説の23ないし26頁。以下、「小説中対応部分23ないし26頁」などという。)
 原告の韓国の家には、魚がだんだん変化して鳥になっていく過程を何枚もの5センチ四方くらいのタイルに焼き込んである作品がピアノの上に掛かっていた。原告は、被告柳、D女及びB男を大学路にある劇団まで送った後、梨花女子大学へ行った。原告と被告柳らは、数時間後、再び大学路で待ち合わせ、原告の家に戻り、被告柳とD女は同所に宿泊した。(小説中対応部分26及び27頁。)
(2) 原告は、被告柳、D女及びB男を車でソウル市内に案内した後、梨花女子大学に登校した。被告柳らは、湖巌アートホールにおいて、映画「白い戦争」を観た。原告は、昼食時に被告柳らと合流し、冷麺を食べた。(小説中対応部分30及び33頁)
(3) 平成4年8月5日朝4時前頃、原告はかけてこない約束だったB男からのモーニングコールの電話で起こされた。(小説中対応部分34及び36頁)
(4) 被告柳は、早朝、上演準備のため釜山に赴いた。被告柳は、この日以降釜山で宿泊する予定であったが、B男との打合わせ中に同人と意見が激しく対立し、喧嘩別れとなった。釜山で予定されていた新聞社の記者会見で右劇団員らが勝手に「被告柳が韓国語で戯曲を書き上げた」ことにするという偽りの記事を載せようとしたことに衝突の原因があった。被告柳は、夕方、釜山から原告の家に電話を入れ、ソウルに引き返すことを伝え、同市に向かったが、言葉が通じないため路上で迷子になり、現地の行商人らに助けられて、夜半過ぎに辛うじてソウルに到着した。原告は、D女と共にソウル市内まで被告柳を迎えに行った。被告柳はこの日も原告の家に宿泊した。原告、被告柳及びD女らは、ソウル市内で、南大門市場、仁寺洞等を散策した。(小説中対応部分36頁)
(5) 原告の父親は国際政治学者であり、韓国においてスパイ容疑での服役歴がある。(小説中対応部分35頁)
(6) 被告柳が釜山で迷子になったとき、中年の行商人の男性に助けられ、ソウル行きのバスに何とか乗り込んだ。(小説中対応部分40ないし43頁)
(7) 平成4年8月6日、原告、被告柳及びD女が国立中央博物館を見学した。(小説中対応部分43頁)
(8) 鴨鴎亭洞(アクチョンドン)で原告とD女の共通の友人であるK女と共に夕食をとった。その後、原告の別の友人(L女及びM女)と合流した。(小説中対応部分31ないし33頁)
(9) 平成4年8月7日、被告柳とD女は日本に帰国した。同月から同年12月までの間に、韓国にいた原告と日本にいた被告柳との間で2、3通の往復書簡が交わされた。(小説中対応部分47頁)(その頃に原告が送ったと思われる書面の内容が本件小説中に引用されている。)
(10) その頃、原告が所属していたサークル「アニマ」が一時解散された。(小説中対応部分86頁)
(11) 原告が、平成5年1月4日、訪日し、同月6日、東京芸大大学院の受験の出願をした。同日、原告は、上野の御徒町周辺で被告柳と再会した。原告は、この時に被告柳の妹であるH女を紹介され、以後、同女と原告の交友が始まった。同月10日、原告は被告柳と上野で会い、2人で谷中を散策し、「カフェ・ラ・ミル」等に行った。同日、原告が被告柳から手編みのセーターをプレゼントされた。同月12日、原告が帰韓した。原告の知人に「記憶の旅行」というテーマの作品を描いたN男が実在する。また、やはり東京芸大卒のO男という知人も実在する。(小説中対応部分49ないし51、53及び72頁)
(12) 平成5年1月29日、原告が被告柳にソウルから国際電話をかけた。その際、原告は被告柳に対し、芸大の入試の日に原告の作品を試験場に搬入する作業を手伝って欲しいと依頼し、その承諾を得た。同月31日、原告が来日した。(小説中対応部分67及び68頁)
(13) 平成5年2月2日が原告の芸大受験の初日であった。この年の大学院の受験者中外部からのものは、原告、韓国人留学性P男、沖縄芸大生Q男、武蔵野美大生R女、陶芸教室生S女の5名であった。(小説中対応部分68及び69頁)
(14) T女は上野に在住しており、この日、被告柳と原告は叔母の家に宿泊した。被告柳は、原告が当時読んでいたバートランド・ラッセルの「幸福論」を欲しがった。原告は、同じものを書店で買ってあげると言ったが、被告柳が原告が施した下線や書込みの入っているものが欲しいと言ったので、同被告に右書籍をあげた。(小説中対応部分69ないし72頁)
(15) 平成5年2月3日(原告の芸大受験の2日目)、原告は受験当日の朝、叔母の家からタクシーで試験場に行った。(試験のために持ってきた作品の描写や試験日の日程、その他受験生の構成等が、ほぼそのまま小説中にモチーフとして書かれている。)原告が被告柳に合格したかどうかを確認するよう依頼し、P男も被告柳に合否の確認を依頼した。(小説中対応部分73ないし78頁)
(16) 同日の夜、原告と被告柳は、U女を訪問し、他の2名と共に夕食をつくり、共に食事をした後、豆まきをした。同日、原告と被告柳は叔母の家に宿泊した。夜中にC男から電話がかかってきた。被告柳はC男と会話した後、電話を原告と代わった。原告は初めてC男と話した。同月四日、原告は、被告柳と共に韓国領事館に行き、その後、池袋西武へ同行した。この頃、被告柳は、「魚の祭り」が岸田國士戯曲賞を受賞したばかりで、その会見やインタビューのための用件だった。同月7日、原告が韓国の友人に電話をかけたところ、原告の所属しているサークル「アニマ」にねずみ講商法類似の事件が起こったことを知った。同月8日、原告が、被告柳の家に招待された。その時、原告は初めてC男に会った。原告は、同人より芸大に受かったら学食に招待して欲しいと言われた。同日、原告は被告柳に、ねずみ講商法類似の事件について相談した。原告は、被告柳の家に手帳を置き忘れた。同月9日、原告が帰韓した。同月10日、ソウルにおいて、原告が所属していたサークル「アニマ」のメンバーがねずみ講商法類似の事件に巻き込まれ、原告が彼らを連れ戻そうと努力したが、その結果、原告とそのメンバーは対立するようになった。同月11日、原告が、置き忘れた手帳の件で、被告柳に国際電話をかけ、後日手帳を郵送して欲しいと依頼した。同月20日、右手帳が原告方に届いた。同年3月1日、芸大の試験の合格発表があった。被告柳が原告の合格を確認し、国際電話で原告に合格を知らせた。(小説中対応部分85ないし89頁)
(17) 平成5年3月18日、原告が来日した。同年4月9日、被告柳から原告に電話があった。同月12日、原告が東京芸大大学院に入学した。同年5月20日、被告柳から原告に誕生祝いの電報が入った。同月31日H女と原告が電話で話した。同年6月2日、被告柳の電話が通話不可になっている旨のNTTのメッセージが流れていたため、原告が同被告に手紙を出した。同月4日、被告柳が原告宛に手紙を書き、同月5日に投函した。原告は、同月6日、銀座の博品館で上演されていた東京キッドブラザースの「夢の湖」を観た。原告は、同日、C男と被告柳に会い、C男に芸大に招待してほしいと言われた。同月8日、被告柳から、同月5日に被告柳が投函した手紙が同月7日に返送されて戻ってきたので住所を再確認したいとの電話があった。同月9日、返送された手紙を持って、被告柳が芸大に遊びに来た。原告と被告柳はU女を訪問し、同人宅で宿泊した。(小説中対応部分94ないし99頁)
(18) 平成5年6月10日、被告柳が原告の家を訪問した。同月15日、C男と被告柳が芸大に来る予定であったが、急にキャンセルされた。同月16日、被告柳から原告に電話がかかってきた。同月22日、被告柳の誕生日だったので、原告が被告柳の留守番電話に誕生祝いのメッセージを入れた。同月23日午前0時30分頃、被告が、母親から誕生祝いに送られてきたサクランボの箱を持参して、原告の家に突然やってきた。同日、被告柳は原告宅に宿泊した。その後、原告と被告柳との間は音信不通が続き、原告が同被告に時折電話を入れても、全く返答がなかった。同年7月10日、ニューヨークにいるD女から原告宛に、被告柳が病気で大変らしいので面倒を見てやってほしいとの国際電話が入った。原告が被告柳の家を訪ねたところ、同被告は、最悪の体調の状態で、国際基督教大学で講演する予定だった「自殺」の原稿を執筆していた。原告の本を数冊被告柳に貸した。同月14日、被告柳が入院した。手術前、被告柳から原告に電話があった。H女が原告を訪ねきた。(小説中対応部分100ないし105頁)
(19) 平成5年8月8日、青山円形劇場にて「魚の祭」が上演された。原告は友人らと3人で観に行った。被告柳は髪を短く切っており、別人のような印象だった。被告柳は、原告にE男を紹介したが、その後は原告を回避する様子が窺えた。原告は、被告柳に手紙を渡してその場を辞し、友人ら及びC男と共に食事に行った。被告柳は同行しなかった。(小説中対応部分86頁)
[16](三) 本件小説の主人公である「梁秀香」には、その父母及び弟について被告柳の父母及び弟の属性が与えられているとともに、「梁秀香」自身に、韓国系二世であること、劇作家であること、小動物を殺すことが好きだったこと、自殺未遂の経験があることなどの同被告の属性が与えられている。
[17] また、「小原ゆきの」、「金智海」、「辻」、「風元」等の本件小説の他の登場人物も、実在人物をモデルとしている。
[18](四) 「梁秀香」が被告柳をモデルとする人物であること及び本件小説のストーリーの展開が同被告の実際の経験に基づいて書かれていることは、「新潮」9月号の目次に「自伝的処女小説」と記載されていること及び被告柳の他の作品から窺われる同被告の作風に照らして明らかである。

2 本件小説による原告のプライバシーの侵害
[19](一) 前記1のとおり、本件小説の読者は「朴里花」と原告とを容易に同定し得るところ、前記1記載の原告の属性及び原告と被告柳の交友の経過のうち、(二)に掲げる本件小説の記載に対応する事実は、原告が公表を望まない個人情報であり、これらが掲載された本件小説を発表することは、原告のプライバシーを侵害する。
[20] なお、原告が顔面の側部に腫瘍を有することは、外貌に関する事実であるが、これを小説中に記述して、その小説を発表することはプライバシーの侵害に当たる。
[21](二) 本件小説中の原告のプライバシーを侵害する部分は以下のとおりである。(以下の引用については、本件小説中の改行は(2)を除き省略する。)
(1) 「『日本にいたのはいつまでなの』『小学校五年まで』『どうして韓国に』『話すと長くなるけど、いい』『聞きたい』『私は三世なの。父親も母親も日本で生まれたから。秀香は』『二世』『ゆきのとはね、大学の教員寮で隣同士だった。彼女のお父さんもうちの父も同じ大学で国際政治学を教えていたんだ。私が九歳の時、父が北朝鮮の大学に講演に行ったの。その後、韓国の大学で講演する予定でね。韓国に入ったら捕まっちゃったのよ。スパイ容疑で。それから一年間、母とゆきののお父さんが中心になって韓国大使館や日本政府に働きかけたり、署名運動をしたりしたんだけど駄目だったの。それで母と私は韓国に帰るしかなかったの』里花はここでぷつりと言葉を切った。『お父さんは』『出たのは最近。オリンピックの時』」(本件小説35頁上段23行目から同頁下段17行目まで)
(2) 「秀香は自分の手が震えるのを視凝め、頑なに黙っていたが、不意に顔をあげ里花の顔をまともに見る。
里花 (柔らかい微笑みを浮かべて)私はどんな顔をしてる?
秀香 (眼を伏せ、虚ろな声で)どんなって……。
里花 よく見て。
 秀香は里花の顔に貼りついている不気味な悲劇の仮面を視凝める。里花は顔を左側に傾げて秀香の言葉を待っている。医者の口から診断結果が出るのを待つ重病患者さながらに、床に落ちる羽根の音さえ聞き逃すまいとして。
 秀香の口の中はからからに乾いて声が出ない。できることなら混乱した頭を抱え、痺れた躯を引き摺ってこの場から逃げ出したい。
 急速に濃くなってゆく夜の闇の中で秀香は低い呻き声をあげる。
里花 いって!
 秀香は里花に促されて口の中に詰め込まれた砂利のような感情と言葉を同時に吐き出す。
秀香 ……顔の左側に大きな腫瘍ができていて……だから鼻も唇もひん曲がっている。
 充足した時に思わず零れる笑みに似た不思議な表情が、里花の顔の上を這うように過ぎっていく。
 秀香は、沼の中に足を踏み入れてしまい、一歩ごとにますます深く沈んでゆく愚か者のように、それでも渡りきってしまおうと先へと急ぐ調子で言葉を続ける。
里花 (微笑みを浮かべては消し、浮かべては消しながら)私は、自分の顔の中には一匹の魚が棲んでいると思ってたの……小さい頃からずっと……ずっとね。(気味の悪いほど透き通った表情で)一二歳までの間に一三回の手術をしたの。それで一三回死にかけたのよ。」(本件小説52頁下段6行目から同53頁上段16行目まで)
(3) 「(言葉と言葉を縫いつけて)ほんとはね、今度もただ願書を取りにきたんじゃないんだ。手術の相談をしに日本にきたの。(深く息を吸って)この顔何とかなりませんかって……でも駄目だったの。手術をしてもあんまり変わらないのよ、顔の神経が麻痺して瞬きができなくなったり笑えなくなったりする危険が大きいからすすめられないっていわれちゃった。」(本件小説53頁下段8行目から同15行目まで)
(4) 「『私が何故芸大を受けたかについて話した。日本人のチェリストのこと、憶えているかな』『ラジオで聴いた〈記憶の旅行〉の人』『そう。私はラジオ局に電話してCDが発売されているかどうか問い合わせたの。一月ほど経って、父が会議のために日本に行く機会に、二枚出ていたCDを買ってきてもらったの。三日間、起きている時は繰りかえし、特にあの曲を聴いた。そしてレコード会社気付で彼に手紙を書いたのよ。返事がきて、半年間、月に二通か三通の手紙を交わし合った。彼は情熱的で、そうね。理知的な美少女だと思い込んだのね。もし私が許すのならいつでもソウルまで逢いにいくとまで書いて送ってきたの。どうすべきかわからなかった。でも私は自分に正直にならなければいけないと思ったの。私は彼に逢うことにした。成田から彼の家の近くに直行して、電話をした。そして喫茶店で待ち合わせることにしたの』言葉が途切れた。眠ってしまったのだろうか、と顔を向けると、里花の眼は天井の一点を視凝めて、瞬きを忘れたように見ひらかれていた。結末を訊く必要はなかった。私が眠ってしまったと里花が思ってくれればいいのだけれど。『私たちは一言も言葉を交わさなかった。黙ったまま別れた。』」(本件小説72頁上段16行目から同頁下段14行目まで)
(5) 「誰にもいわなかったけれど、私、梨花女子大学を卒業した後に東京芸大の大学院を受験しようと思っています。来年の二月は無理だと自己判断して、再来年の二月に挑戦するつもりです。だから今年は轆轤をまわすだけの一年になりそうです。」(本件小説47頁下段5行目から同9行目まで)
(6) 「芸大の試験、やっぱり来年の二月に受けることにしたの」(本件小説50頁上段19行目から同20行目まで)
(7) 「芸大の教授に逢って下さいっていう手紙を送ったのよ。その人はね」(本件小説50頁下段1行目から同2行目まで)
(8) 「昨日の電話の続きなんだけど、この世界では有名な、芸大で教えている陶芸家に手紙を出したの。一年前、何を重点的に勉強すればいいか知りたかったから」(本件小説50頁下段19行目から同21行目まで)
(9)「その陶芸家、教授というべきね、彼から返事がきて、あなたにだけ教えるわけにはいかない、来年度の試験を受けてみれば傾向はわかるでしょうって書いてあったの」(本件小説51頁上段3行目から同5行目まで)
(10) 「筆記試験の中に〈白頭山について二〇〇字以内に書きなさい〉って問題があったのよ。教授の一人が、あれはあなたのためにつくった問題なのにどうして書かなかったんですかって笑ったのよ。白頭山って韓国人なら誰でも知ってる山なんだ。私はてっきり陶芸に関係ある場所かと思って書けなかったのよ。あの白頭山のことだったなんて」(本件小説77頁下段19行目から同78頁上段1行目まで)
(11) 「芸大か、すごいじゃない」(本件小説51頁上段12行目)
(12) 「『聞きたい、どうして芸大にいきたいのか』『話したいなら』」(本件小説51頁上段14行目から同15行目まで)
(13) 「二年ほど前かな、ソウルの画廊である絵と出逢ったの。青い森の前に白い馬の手綱を掴んだ男が立っていてね」(本件小説51頁上段19行目から同20行目まで)
(14) 「ああ。絵の説明をするのって難しい。絵の中には雨が降っているの。男と馬は雨でびしょ濡れ。男は馬に乗って森の奥に入って行こうかどうか迷ってるのよ。その迷いが私にも伝染って絵の前から動けなくなったの。森には生き物の気配が全くなくて、不吉な感じなんだけど何だか懐かしいのよ。絵の下にある題名を見て飛行機が急降下した時みたいに心臓が止まりそうになったの」(本件小説51頁上段22頁から同頁下段4行目まで)
(15) 「私、その数日前にラジオで同じタイトルの曲を聴いていたのよ。日本人のチェリストの曲だったんだけど、天から降ってくる、そうじゃないな、樹木の中で響く音、違う、何ていえばいいんだろう、海の中で溺れかけている人が沈む寸前に聴く音楽ってこんなんじゃないかって」(本件小説51頁下段5行目から同9行目まで)
(16) 「その画家も、そのチェリストも芸大の卒業生なの」(本件小説51頁下段15行目)
(17) 「目白に佐々木先生って人がいるのね。私とゆきのの幼稚園の先生なんだけど、漆工芸の人間国宝の栗原って人の娘さんと二人で暮らしてるの」(本件小説95頁下段3行目から同5行目まで)
(18) 「『芸大、その栗原さんに推薦状を書いてもらってね、お世話になったのよ』里花は探るような眼差しを私に向ける。」(本件小説95頁下段8行目から同9行目まで)
(19) 「推薦状を書いていただいたお陰です」(本件小説97頁上段3行目)

3 本件小説による原告の名誉毀損
[22](一) 前記1のとおり、本件小説の読者は「朴里花」と原告とを容易に同定し得る。また、本件小説においては、資料・取材等に基づく素材事実と被告柳が創作した虚構事実とが渾然一体となって区別できない形で記述されているため、本件小説の読者をして、「朴里花」について記載された虚構事実があたかも原告について現実に存在する事実であるかのように誤解させる。したがって、本件小説中の「朴里花」の社会的評価を低下させる性質の事実の記載は、原告の社会的評価を低下させる。
[23](二) 被告柳は、本件小説中に、「朴里花」について、以下のような父親の逮捕・服役歴についての事実((1))及び芸大の合格者選考の過程で不公正な選考がなされたかのような印象を与える事実((2)ないし(5))を記載するとともに、原告が新興宗教に入信して「梁秀香」に金を無心したかの如き虚偽の事実(本件小説113頁上段7行目から同114頁終わりまで)を記載した。このような事実が記載された本件小説を発表することは原告の名誉を毀損する。
(1) 「『…私が九歳の時、父が北朝鮮の大学に講演に行ったの。その時、韓国の大学で講演する予定でね。韓国に入ったら、捕まっちゃったのよ、スパイの容疑で。それから一年間、母とゆきののお父さんが中心になって韓国大使館や日本政府に働きかけたり、署名運動をしたりしたんだけど駄目だったの。それで母と私は韓国に帰るしかなかったの』里花はここでぷつりと言葉を切った。」(本件小説35頁下段9行目から同15行目まで)
(2) 「里花の作品はどれも彼女自身の影に思える。試験官たちは、齧られた花弁であり、壊れたバイオリンであり、堕ちた鳥あるいは飛翔した魚である彼女を目の親りにした時、揺れのない審査ができるのだろうか。彼女と沖縄の青年が互角だった場合、彼らは沖縄の青年を落とすような気がする。」(本件小説75頁下段23行目から同76頁上段3行目まで)
(3) 「控室に戻ってきた里花は曖昧な表情をしていた。『筆記試験の中に〈白頭山について二〇〇字以内に書きなさい〉って問題があったのよ。教授の一人が、あれはあなたのためにつくった問題なのにどうして書かなかったんですかって笑ったのよ。…』」(本件小説77頁下段19行目から同23行目まで)
(4) 「『目白に佐々木先生って人がいるのね。私とゆきのの幼稚園の先生なんだけど、漆工芸の人間国宝の栗原って人の娘さんと二人で暮らしてるの』里花は髪をバスタオルで叩きながら話しかけてきた。…『芸大、その栗原さんに推薦状を書いてもらってね、お世話になったのよ』里花は探るように眼差しを私に向ける。」(本件小説95頁下段3行目から同9行目まで)
(5) 「『…よかった。ともかく合格おめでとう。』『推薦状を書いていただいたお陰です』『どう致しまして』」(本件小説97頁上段2行目から同4行目まで)

4 本件小説による原告の名誉感情の侵害
[24](一) 前記1のとおり、本件小説の読者は「朴里花」と原告とを容易に同定し得る。かかる場合、「朴里花」に対する侮辱的な表現は原告の名誉感情を侵害する。
[25](二) 本件小説中には、次のような侮辱的な表現が記載されている。
(1) 「私は里花を凝視した。里花の顔にへばりついている異様な生き物がさらに膨張するのではないかという恐怖を振り払おうとした。」(本件小説24頁上段22行目から同24行目まで)
(2) 「秀香は里花の顔に貼りついている不気味な悲劇の仮面を視凝める。」(本件小説52頁下段12行目から同13行目まで)
(3) 「…顔の左側に大きな腫瘍ができていて…だから鼻も唇も右にひん曲がってる。」(本件小説53頁上段4行目から同5行目まで)
(4) 「勃起する陽根を思わせる腫瘍は脈打ちながらみるみる怒張していく。」(本件小説53頁下段3行目から同4行目まで)
(5) 「脹れあがった皮膚の下で複雑に絡まりあい、瘤の中に固まっている静脈や動脈の一本一本まで透けて見える。」(本件小説53頁下段18行目から同20行目まで)
(6) 「里花が唇を開く度に口の中にある氷柱のような腫瘍が動き出す。」(本件小説54頁上段7行目から同8行目まで)
(7) 「その蛞蝓がぶら下がっているみたいな口でぴちゃぴちゃ食べてるのをみる度に鳥肌が立つんだよね。ほんとに気色悪くて、私いつもグエッと吐き気がしてるんだけどわからなかった?」(本件小説54頁下段6行目から同9行目まで)
(8) 「あんたの顔って太った蛆虫みたい。口は、そうだな、蛸の吸盤ってとこか。それにしてもカラフルな痣だね。ナス色、緑色、真っ黄色。お母さんのお腹の中で誰かに顔を殴り飛ばされたんじゃないの。水死体みたい、そう水死体そっくり。海草や海月や小魚に食い潰された水死体の顔ってきっとそんな風だよ。鱗のような固い藤壺にびっしり覆われて……。」(本件小説54頁下段12行目から同19行目まで)
(9) 「電話を切ると、岩陰に潜む沈む魚のような里花の顔が脳裏に翻った。」(本件小説68頁上段16行目から同17行目まで)
(10) 「私は吸盤のように蠢いてみる里花の唇から眼を逸らし」(本件小説69頁上段4行目から同5行目まで)
(11) 「顔がすっぽり隠れる大きな紙袋をかぶった里花が前へのめるような様子で近づいてくる。左右の眼のところに小さな穴が開いている。」(本件小説91頁下段2行目から同5行目まで)
(12) 「試験官たちは、齧られた花弁であり、壊れたバイオリンであり、堕ちた鳥あるいは飛翔した魚である彼女を目の親りにした時、揺れのない審査ができるのだろうか。」(本件小説75頁下段23行目から同76頁上段2行目まで)
(13) 「『だからよ、だから』唇がめくれ、舌がペろりとはみだすように出た。」(本件小説106頁上段9行目から同10行目まで)
(14) 「わたしにとってあなたは魔除けなの」(本件小説113頁下段21行目)

5 「表現のエチカ」による原告の名誉毀損並びにプライバシー及び名誉感情の侵害
[26](一) 「表現のエチカ」は、原告と被告柳との交友の契機、本件小説発表後の原告と被告柳との交渉経過及び本件訴訟の経過等を記載したものである。右文章には、「『石に泳ぐ魚』の登場人物〈里花〉のモデルK」「この裁判は私がKを『石に泳ぐ魚』〈里花〉のモデルにしたことによって生じた」「金浦空港ではじめてKと顔を合わせた。そのとき私が激しく動揺しKを直視できなかったのは、彼女の顔を隠しようのない腫瘍があったからだ。」などと記載されており、原告の被告柳に対する書簡及び本件小説の一部が引用されている。被告柳は、右文章中で、「K」という仮名を用いて、原告が本件小説のモデルであることを明示し、原告の顔面の腫瘍を強調している。
[27](二) 被告柳は、平成7年12月1日発行の「新潮」平成7年12月号誌上において、「表現のエチカ」を発表した。被告柳による右文章の公表により、本件小説における「朴里花」のモデルが原告であることが更に明確に特定されることとなった。「表現のエチカ」の発表は、原告の名誉を毀損し、原告のプライバシー及び名誉感情を侵害する。

6 原告の損害
[28] 原告は、前記2記載のプライバシーの侵害により、原告の個人情報を広く社会に知られることになり、重大な精神的苦痛を受けた。また、原告は、前記3記載の各誉毀損により、社会的評価を低下させられ、重大な精神的苦痛を受けた。更に、原告は、前記4記載の名誉感情の侵害により重大な精神的苦痛を受けた。原告の受けたこれらの精神的苦痛に対する慰謝料は、1000万円を下らない。
[29] また、前記5記載の被告柳の行為により、原告のプライバシーと名誉感情は更に侵害され、原告の名誉は更に毀損され、原告の精神的苦痛は増大した。原告が被った右精神的苦痛に対する慰謝料は500万円を下らない。

7 被告柳及び被告義江による本件小説の不公表の合意とその違反
[30] 被告柳及び被告義江は、平成6年12月16日、原告に対し、本件小説を、単行本の出版、出版物への掲載、放送、上演、戯曲、映画化等による一切の方法で公表しないことを約した。しかるに、被告柳、被告新潮社及び被告義江は、本件小説すなわち別紙本件作品目録記載の作品について、書籍の出版、翻案及び上演をする計画を進めている。

8 被告柳、被告新潮社及び被告義江による本件小説の修正版の公表の計画
[31] 被告柳、被告新潮社及び被告義江は、本件小説に変更を加えたものである別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件小説の修正版」という。本件小説の修正版の内容が別紙三のとおりであることは当事者間に争いがない。以下において、本件小説の修正版の頁数は別紙三の中に表示された頁数を指す。)について、出版、翻案及び上演をする計画を進めている。
(一) 本件小説の修正版のモデル小説性(「朴里花」と原告との同定の可能性)
[32] 本件小説の修正版においても、被告柳は、被告柳をモデルとし、被告柳の属性が与えられた主人公「梁秀香」を登場させるとともに、原告をモデルとする「朴里花」なる人物を登場させているところ、本件小説について前記1で述べたと同様の理由により、また、本件小説の修正版が本件小説の改訂版として公表されることにより、本件小説の修正版の読者は「朴里花」と原告とを容易に同定し得る。
(二) 本件小説の修正版による原告のプライバシーの侵害
[33] 本件小説の修正版の52頁上段13行目から同頁下段5行目までの部分及び追加原稿(d)は原告のプライバシーを侵害する。
(三) 本件小説の修正版による原告の名誉毀損
[34] 本件小説の修正版中には、「朴里花」が新興宗教に入信して「梁秀香」に金を無心したかの如き事実(本件小説の修正版の113頁上段7行目から同114頁終わりまで)及び次のような原告の名誉を毀損する表現が記載されている。
(1) 「『…私が七歳の時、父は自殺したの。遺書はなかった。日本にきてからずっと祖父母に逢うために北朝鮮に行く工作をしていたんだけど、結局行けなくて、それに絶望したからって説もあれば、夫のいる日本人の女との不倫を清算するためにっていう人もいたらしい。母は日本にきたせいだって、日本で色んな人に逢いすぎたから、頭が変になったんだって、そう思い込んだみたい。分裂症になったんだって。母は何度も私に囁くようにいった。ブンレツショウ。』里花はここでぷつりと言葉を切った。」(本件小説の修正版の追加原稿(a)。)
(2) 「控室に戻ってきた里花は曖昧な表情をしていた。『筆記試験の中に〈白頭山について二百字以内に書きなさい〉って問題があったのよ。教授の一人が、あれはあなたのためにつくった問題なのにどうして書かなかったんですかって笑ったのよ。…』」(本件小説の修正版の77頁下段19行目から同23行目まで)
(3) 「『等々力に佐々木先生って人がいるのね。私とゆきのの幼稚園の先生なんだけど、書道の大家の栗原って人の娘さんと二人で暮らしているの』里花は髪をバスタオルで叩きながら話しかけてきた。…『武蔵美、その栗原さんに推薦状を書いてもらってね、お世話になったのよ』里花は探るような眼差しを私に向ける。」(本件小説の修正版の95頁下段3行目から同9行目まで)
(4) 『…よかった。ともかく合格おめでとう。』『推薦状を書いていただいたお陰です』『どう致しまして』」(本件小説の修正版の97頁上段2行目から同4行目まで)
(四) 本件小説の修正版による原告の名誉感情の侵害
[35] 本件小説の修正版の以下の部分及び別紙三記載の追加原稿(d)の第5行以下の部分は原告の名誉感情を侵害する。
(1) 「電話を切ると、岩陰に潜む沈み魚のような里花の顔が脳裏に翻った。」(本件小説の修正版の68頁上段)
(2) 「私にとってあなたは魔除けなの。」(本件小説の修正版の113頁)
(3) 「その中の一人が眉を顰め遠慮のない視線を投げて寄越した。」(本件小説の修正版の追加原稿(c))
(4) 「里花(柔らかい微笑みを浮かべて) 私はどんな顔してる?
秀香(眼を伏せ、虚ろな声で) どんなって……。
里花 よく見て。
里花 いって!
里花(微笑みを浮かべては消し、浮かべては消しながら) 私は、自分の顔の中には一匹の魚が棲んでいるって思ってたの……小さい頃からずっと……ずっとね。」(本件小説の修正版の52頁下段6行目から同53頁上段16行目まで)

[36] よって、原告は、(a)被告柳、被告坂本及び被告新潮社に対し、不法行為に基づき、慰謝料として、1000万円及びこれに対する不法行為後の日である平成6年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、(b)被告柳に対し、不法行為に基づき、慰謝料として、500万円及びこれに対する不法行為後の日である平成7年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、(c)被告柳、被告坂本及び被告新潮社に対し、民法723条の適用又は準用により、原告の名誉回復のための措置として、謝罪広告の掲載を求め、(d)被告柳、被告坂本及び被告新潮社に対し、人格権であるプライバシー権及び名誉権に基づき、「新潮」平成6年9月号の回収協力依頼広告の掲載を求め、(e)被告柳、被告坂本及び被告新潮社に対し、人格権であるプライバシー権及び名誉権に基づき、図書館宛通知書の送付を求め、(f)被告柳、被告義江及び被告新潮社に対し、プライバシー権、名誉権、不公表の合意及び不法行為に基づき、別紙本件作品目録記載の作品について、公表の差止を求め、(g)被告柳、被告義江及び被告新潮社に対し、プライバシー権及び名誉権に基づき、別紙書籍目録記載の書籍について、公表の差止を求める。
1 「朴里花」と原告との同定について
[37](一) 純文学小説である本件小説の一般読者の中に、ことさら「朴里花」のモデルが誰であるかについて関心を持つものはいないから、「朴里花」と原告とが同定されることはない。
[38](二) 原告は、著名人ではなく、留学のために韓国から来日した1人の無名女子大学院生に過ぎないから、「朴里花」と原告とを同定できる読者は現実の原告の人となりを十分知悉している極く少数の者に限られる。
[39](三) 本件小説の一般読者が「朴里花」と原告とを同定し得ない以上、本件小説について名誉毀損、侮辱及びプライバシー侵害の問題は生じない。

2 本件小説の虚構性について
[40](一) 「朴里花」は、被告柳が創作した小説中の人物である。ノンフィクション小説と対比されるところの純文学としての小説は、現実生活における世界認識を梃に、作者からしか垣間見ることのできないもうひとつの現実世界を呈示していくものということができる。したがって、一見その表現世界が、作者を取り巻く現実生活を模倣しているように見えたとしても、それは小説のひとつの表現形式であり、そこに登場する人物たちは、現実のモデルの相貌を備えていたとしても、それは作者の世界認識の見えないカオスのなかに存在するもうひとりのモデルなのであり、その人物はやはり、現実の人物とは、似て非なるものといえる。純文学小説における虚構性は、作者による世界の捉え方によるものであり、現実とそっくりな人物が描かれている場合でも、それは、作者が願うもうひとつの世界でのその人物の生きる姿を描き出している意味において、それは虚構の人物である。純文学小説の読者は、小説中の登場人物にモデルが存在することを予想したとしても、登場人物が作者が描き出した虚構の人物であってモデルとは異なることを認識することができる。それ故、純文学小説中の虚構の人物である「朴里花」についての記載が原告の名誉を毀損し、原告のプライバシー及び名誉感情を侵害することはない。
[41](二) 本件小説は、実在人物の行動や性格がデフォルム(変容)され、それが芸術的に表現された結果、一般読者をして小説全体が作者の芸術的想像力の生み出した創作であって虚構(フィクション)であると受け取らせるに至っている。したがって、本件小説について名誉毀損、侮辱及びプライバシー侵害の問題は生じない。

3 外貌とプライバシー侵害について
[42] 原告が顔面に腫瘍を有する事実は、原告の外貌に関する事実であり、秘匿性を欠くから、プライバシー侵害の問題は生じない。
1 「朴里花」と原告との同定について
[43](一) 本件小説は、文芸作品であり、ノンフィクション小説ではないから、一般読者が実在の人物と作品の登場人物を同一視しながら本件小説を読むことはない。
[44](二) 本件小説は、一般読者が原告を容易に想起できるモデル小説ではない。「朴里花」と原告とを同定し得るか否かは、「一般の読者の普通の注意と読み方」を基準として判断すべきところ、原告は一留学生に過ぎず、著名人ではないから、一般読者のほとんどは原告のことを知らず、一般読者が、原告が「朴里花」のモデルであると認識することはなく、原告を知らない一般読者がモデル的興味をもって本件小説を読むこともない。

2 本件小説の虚構性・創作性について
[45](一) 本件小説は、現実から想を得たにせよ、実在人物の行動や性格がデフォルムされ、現実の事実と意味や価値を異にするものとして表現されているうえ、実在しない相像上の人物である「柿の木の男」「前島」「風元」「呉恩姫」「小原ゆきの」「李希眞」等を登場させ、これらの人物との絡みのなかで主題が展開されているから、読者は「朴里花」が原告ではないことを容易に認識し得る。
[46](二) 「朴里花」は、被告柳の創作にかかる人物であり、原告の属性を備えているが、原告ではないから、本件小説は原告の名誉を毀損するものではなく、原告のプライバシー及び名誉感性を侵害するものではない。

3 外貌とプライバシー侵害について
[47] 原告が顔面に腫瘍を有する事実は、原告の外貌に関する事実であり、秘匿性を欠くから、プライバシー侵害の問題は生じない。

4 名誉毀損について
[48](一) 原告の父は原告自身ではなく、父の社会的評価の低下が直ちに子である原告の社会的評価を低下させるものではないから、原告の父についての記述は原告の名誉を毀損するものではない。
[49](二) 本件小説の内容によれば、「朴里花」の父親が逮捕された原因は、破廉恥行為によるものではなく、南北朝鮮の直面する政治課題であることが推測されるから、右逮捕の事実は原告の社会的評価を低減する性質のものではない。
[50](三) 芸大の合格者選考の過程についての本件小説中の記述は原告の社会的評価を低減する性質のものではない。
[51](四) 「朴里花」が新興宗教に入信し3万円の寄付を募ったとの記述は原告の社会的評価を低減する性質のものではないうえ、本件小説に記載された新興宗教の教義、組織等が全く不分明であることなどから、本件小説の読者は、「朴里花」の新興宗教入信の事実が虚構のものであることを容易に知り得る。

5 侮辱について
[52](一) 被告柳は、本件小説により「朴里花」を侮辱する意図を有していない。本件小説の主題は、「困難に満ちた〈生〉をいかに生き抜くか」という人間にとって普遍的かつ重要なものであり、「朴里花」は「困難に満ちた〈生〉」と直面しながらも、強く生き抜いている人物として描かれている。本件小説は、被告柳が「朴里花」に贈った生の讃歌である。
[53](二) 本件小説の全体としての作品意図、ストーリーの展開、人物構成、戯曲形式として描く配慮等にかんがみると、原告が名誉感情を侵害すると主張する部分は、原告の名誉感情を侵害しない。

6 違法性・有責性について
[54] 表現の自由は、憲法の定める基本的人権の中で優越的地位を占める。それ故、表現行為が、(a)社会の正当な関心事に関するものであり、(b)その内容及び方法が不当なものでない場合には、仮にその表現行為により、人のプライバシーが侵害されたとしても、表現の自由との調整の法理により、当該表現行為は違法性ないし有責性を欠く。
[55] 本件小説の主題は、「困難に満ちた〈生〉をいかに生き抜くか」という人間にとって普遍的であり重要なものであり、社会の正当な関心事であり、本件小説の表現の内容及び方法は不当なものではない。
[56] したがって、本件小説により、原告のプライバシーが侵害されたとしても、表現の自由との調整の法理により、被告新潮社及び被告坂本の行為は、違法性ないし有責性を欠き、不法行為による損害賠償責任を負わない。

7 差止請求について
[57](一) プライバシー及び名誉感情は排他性を有する権利ではないから、これらの侵害を理由として公表の差止を求めることはできない。
[58](二) 名誉毀損を理由とする差止請求は、名誉毀損が現実的悪意をもってなされた場合に限って認められるべきところ、本件小説の発行は現実的悪意をもってなされたものではないから、仮に本件小説により原告の名誉が毀損されたとしても、原告は本件小説の公表の差止めを求める権利を有しない。

8 原状回復処分について
[59] 損害賠償の外に謝罪広告の掲載等の原状回復処分が求められるのは、人の社会的名誉が既存された場合に限定され、名誉感情又はプライバシーが侵害された場合には損害賠償の外に原状回復処分を求めることはできない。
[1] 前記争いのない事実と《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告
[2](一) 原告は、昭和44年5月20日に東京都で生まれたいわゆる在日三世の韓国人であり、11歳の時に帰国し、平成4年に韓国の梨花女子大学を卒業した後、来日して東京芸術大学の大学院に進学し、工芸(陶芸)を専攻している。
[3](二) 原告は、顔面に先天性静脈性血管腫の疾病を有しており、幼少時から12歳までの間に右疾病の治療のために13回にわたる手術を受けた。原告は、現在も右疾病の治療を続けているが、血管腫は根本的な治療が困難とされており、原告が現在続けている「硬化療法」又は「塞栓術」による治療も、「血管奇形」のサイズを小さくする程度が限界である。
[4](三) 原告は、前記のとおり、11歳まで日本で育ち、父が勤める国際基督教大学の教員住宅に居住していた。原告の日本での知人には、幼稚園生のころピアノを習っていた佐々木悦子や人間国宝に指定された工芸家の娘である栗原三木子などがおり、原告が芸大を受験したのも、同大学の卒業生で知人のチェリストや画家の影響を受けたことが、その一つの理由であった。また、原告には牧師の友人もいる。
[5](四) 原告の父甲野太郎は、韓国で生まれ、ソウル大学を卒業した後、東京大学大学院法学研究科に留学し、同大学院で国際政治学を専攻して、博士号を取得し、その後、日本において国際基督教大学の教職についた。同人は、昭和49年、講演先の韓国において、国家保安法違反(スパイ行為)の容疑により逮捕され、政治犯として懲役10年の実刑を受けたが、4年余の投獄生活を経て昭和53年5月に釈放され、約1年半東京で暮らした後、昭和55年7月、家族と共に韓国に帰国した。

2 被告柳
[6] 被告柳は、昭和43年6月に生まれたいわゆる在日二世の韓国人であり、昭和59年に高校を1年で中退した後、劇団員としての研修などを経て、東京キッドブラザースに役者として参加し、その後、戯曲の脚本を手掛けるようになり、平成5年には、崩壊した家族が次男の死をきっかけに再び顔を合わせるという内容の戯曲「魚の祭」により、岸田國士戯曲賞を受賞した。同被告は、小説「家族シネマ」で第116回芥川賞を受賞し、現在は、作家及び劇作家として活躍している。

3 被告義江
[7] 被告義江は、別紙書籍目録記載の書籍のうち韓国版の出版についての被告柳の代理人である。

4 被告新潮社
[8] 被告新潮社は、月刊誌「新潮」を発行し、別紙書籍目録記載の書籍のうち日本語版の販売等を行う株式会社である。

5 被告坂本
[9] 被告坂本は、昭和34年、被告新潮社に入社し、昭和56年から14年間「新潮」の編集長を務め、平成10年6月、被告新潮社を退社した者である。同被告は、「新潮」平成6年9月号発行の当時は、「新潮」の編集兼発行者であり、被告新潮社の従業員であった。
[10] 原告は、平成4年8月当時、ソウル市内の梨花女子大学に在学する学生で、美術学部4年に在籍して陶芸を専攻し、サークル「アニマ」に所属していた。一方、被告柳は、平成4年8月3日、戯曲「魚の祭」を韓国語に翻訳して、韓国で上演する準備について打合せをするため、長田綾奈(以下「長田」という。)とともに韓国を訪れた。同被告にとっては、初めての韓国訪問であった。

[11] 原告は、被告柳の右訪韓に同行した長田とは古くから交友関係を結んでいる間柄であったため、前同日、両名をソウル金浦空港まで車で迎えに行き、原告の家に伴った。これが、原告と被告柳の交友関係の端緒であった。
[12] 当時、原告の両親は息子(原告の弟)の留学先に旅行中で、原告が一人で留守宅を守っていたが、その家のピアノの上には、魚が徐々に変化を遂げて鳥になってゆく過程を何枚ものタイル(その1枚の大きさは5センチ4方程度)に焼き込んである作品が掛かっていた。原告は、同日、被告柳、長田及び「魚の祭」の上演について韓国側の窓口となっている劇団員を大学路にある劇団まで送った後、梨花女子大学に赴き、数時間後、被告柳らと再び大学路で待ち合わせ、原告宅に戻った。
[13] 被告柳と長田は、同日、原告宅に宿泊し、以降4泊5日の韓国滞在中も同様であった。右滞在中に、原告は被告柳に対し、原告がいわゆる在日三世で小学校5年生まで日本にいたことや父の経歴などについて話した。

[14] 原告は、同月4日、被告柳、長田及び韓国人の劇団員を車でソウル市内に案内した後、梨花女子大学に登校した。被告柳らは、潮厳アートホールで映画「白い戦争」を観た。原告は、その後被告柳らと合流し、昼食に冷麺を食べた。

[15] 同月5日朝4時前頃、原告は、電話はかけないとの約束に反してかかってきた韓国人の劇団員からの電話で起こされた。右電話を受けた被告柳は、同日早朝、上演準備の打合わせのため釜山に向かい、同所で右劇団員と会った。ところが、右劇団員が被告柳に無断で、「被告柳が韓国語で戯曲を書き上げた」との虚偽の事実を構えて、釜山で予定されていた新聞社の記者会見に臨む意図であることが判明したことから、同被告が激怒し、右劇団員と口論の上、喧嘩別れをした。このため、被告柳は、釜山に宿泊する予定を繰り上げてソウルに引き返すこととしたが、言葉が通じないため途中で道を失い、通りすがりの行商人に助けられ、辛うじて高速バスを利用して、夜半過ぎにソウルに帰着した。原告は、長田と共にソウル市内に在るソウルプラザホテルまで被告柳を迎えに行った。

[16] 同月6日、原告、被告柳及び長田は、連れ立って、ソウル市内の南大門市場、仁寺洞等を散策した後、国立中央博物館を見学し、鴨鴎亭洞(アクチョンドン)で原告と長田の共通の友人を交えて夕食を取った。その後、原告の別の友人も合流した。

[17] 被告柳と長田は、同月7日、日本に帰国した。
[18] 原告と被告柳は、同被告の右韓国滞在中に親しい友人となり、同被告の帰国後平成4年12月ころまでの間に、2、3通の往復書簡を交わした。
[19] なお、その頃、原告が所属していたサークル「アニマ」が一時解散された。

[20] 原告は、平成5年1月ころ、東京芸術大学の大学院を受験することを決心し、同月4日、来日し、同月6日、同大学院の受験の出願をした。同日、原告は、上野の御徒町周辺で被告柳と再会し、その妹愛理を紹介された。その後、原告と被告柳は、同月10日、上野で落ち合い、2人で谷中を散策し、喫茶店「カフェ・ラ・ミル」に立ち寄った。同日、原告は、被告柳から手編みのセーターをプレゼントされた。同月12日、原告は帰韓した。

[21] 原告は、東京芸大の大学院入試を学部外から受験する者については、面接試験の際に、5点以上の作品を持参して審査を受けることとされていたため、同月29日、被告柳に国際電話を入れ、原告の作品の搬入を手伝って欲しい旨依頼し、被告柳はこれを承諾した。原告は、同月31日、受験のため来日した。

[22] 入試の初日は平成5年2月2日であった。この年の芸大大学院受験者のうち陶芸部門の学部外からの受験者は、原告、韓国人留学生、沖縄の芸大生、武蔵野美術大学の学生及び陶芸教室生の5名であった。この日、被告柳は、原告と共に原告の伯母の家に宿泊した。
[23] 同日夜、被告柳は、原告が当時読んでいたバートランド・ラッセルの「幸福論」が欲しいと言い出し、原告が同じものを書店で買ってあげると応えたが、聞き入れず、原告の施した下線や書込みの入っているものが欲しいと固執したため、原告は被告柳に右書籍を贈呈した。

[24]10 原告は、入試2日目の2月3日の朝、被告柳と共に、伯母の家からタクシーで試験場に赴いた。試験終了後、原告は、被告柳に合否の確認と通知を依頼し、韓国人留学生も被告柳に同様の依頼をした。同日夜、原告と被告柳は、原告の知人宅を訪問し、一緒に作った夕食を楽しんだ後、豆まきをした。同日も、原告と被告柳は、原告の叔母の家に宿泊した。夜中に被告柳の友人である東由多加(以下「東」という。)から電話があった。被告柳は、東と会話を交わした後、電話を原告と替わった。原告は、初めて東と話をした。

[25]11 同月4日、原告は、被告柳と共に韓国大使館に赴き、その足で、池袋西武に向かった。この当時、被告柳が「魚の祭」で岸田戯曲賞を受賞した直後であり、池袋西武に赴いたのも、右受賞に関するインタビューなどのためであった。

[26]12 同月7日、東京から韓国の友人に電話をした原告は、原告が所属していたサークル「アニマ」のメンバーに関して、ねずみ講商法類似の事件が起こったことを知った。原告は、翌8日、被告柳の家に招待された際、同被告にサークル「アニマ」の事件について相談した。また、原告は、その際、初めて東に会い、同人から、原告が芸大に合格した暁には同大学の学食に招待して欲しい旨請われた。原告は、翌9日に帰韓したが、前日訪問した被告柳宅に手帳を置き忘れたままであった。

[27]13 原告は、同月10日、ソウルにおいて、ねずみ講商法類似の事件に巻き込まれたサークル「アニマ」のメンバーを連れ戻そうと努力したが、結局、これらのメンバーと対立するに至った。同月11日、原告は、被告柳に国際電話を入れ、置き忘れた手帳を郵送して欲しい旨依頼したところ、同月20日右手帳が原告方に届けられた。

[28]14 同年3月1日、芸大の合格発表があり、原告は合格した。被告柳が原告の合格を確認し、国際電話で原告に合格を知らせた。

[29]15 平成5年3月18日、原告は、芸大入学のため来日し、日本での生活を開始した。

[30]16 同年4月9日、原告は被告柳から電話を受けた。同月12日、原告が芸大大学院に入学し、同年5月20日、被告柳から原告に誕生祝いの電報が届けられた。同月31日、原告は、被告柳の妹と電話で話を交わした。同年6月2日、原告は、被告柳の電話が通話不可になっている旨のNTTのメッセージを聞いて、同被告に手紙を出した。これに対し、被告柳は、同月4日、原告宛に返事を書き、翌5日に投函した。原告は、同月6日、銀座の博品館で上演されていた東京キッドブラザースの「夢の湖」を観た。その際、原告は、被告柳と東に会い、同人から芸大に招待して欲しいと重ねて請われた。同月8日、被告柳から原告に、同月5日に同被告が投函した手紙が返送されて戻ってきたので住所を再確認したいとの電話があった。同月9日、被告柳が返送された手紙を持参して、芸大に遊びに来た。同日、原告と被告柳は、栗原三木子宅を訪問し、同人宅で宿泊した。

[31]17 同月10日、被告柳が原告の家を訪問した。同月15日、被告柳が東と共に芸大に原告を訪ねて来る予定であったが、急にキャンセルされた。同月16日、被告柳から原告に電話があった。同月22日、被告柳の誕生日だったので、原告は、同被告の留守番電話に誕生祝いのメッセージを入れた。同月23日午前0時過ぎ、被告柳が母親から誕生祝いに送られてきたサクランボの箱を持参して、突然原告を訪れ、同夜は原告宅に宿泊した。

[32]18 その後、原告と被告柳との間には、暫く音信不通の状態が続いた。原告が時折原告柳に連絡を入れても、被告柳からは全く返事がなかった。同年7月10日、原告は、ニューヨーク在住の長田から国際電話を受け、被告柳が病気で大変らしいので面倒を見てやってほしいと依頼された。原告が被告柳の家を訪ねたところ、同被告は、最悪の体調の下で、国際基督教大学で同人が講演する予定の「自殺」の原稿を執筆していた。その後、同月14日、被告柳が入院した。手術前夜、被告柳から原告に電話があった。

[33]19 平成5年8月8日、青山円形劇場において被告柳の作になる戯曲「魚の祭」が上演され、原告は友人らと3人と連れ立って観に行った。被告柳は、髪を短く切っており、別人のような印象だったが、原告を回避する様子が窺えた。原告は、被告柳に手紙を渡して帰った。

[34]20 原告は、平成6年夏ころ、被告柳から小説を書いていると聞いた。その際、被告柳は、執筆中の小説で原告をモデルとしていることについては、一言も触れなかった。
[35] 被告柳は、本件小説を執筆し、被告坂本は、平成6年9月1日発行の「新潮」平成6年9月号の誌上に、「私の心に棲みつく魚は、進むことのできない石の海を泳いでいる。祖国への違和感、崩壊した家庭、性を揺るがす男たち……26歳・話題の新鋭劇作家が叩きつける、愛憎に彩られた鮮烈な自伝的処女小説!」のキャッチフレーズを付して、本件小説を掲載した。

[36] 本件小説の内容は別紙一のとおりであり、主として主人公の「梁秀香」と「朴里花」との関わりに係る部分の概要は、次のとおりである。
(一) 本件小説の主人公である「梁秀香」は、いわゆる在日二世の韓国人の若い女性である。彼女は、10年前に高校を放校処分になり、無為の生活を送っていたとき、ふとしたきっかけで劇団の主宰者である演出家の「風元」と知り合い、同人に勧められて、戯曲を書くようになる。
 「梁秀香」には昔から見知らぬ人間の跡をつける性癖があり、3年前にも、電車の中で見かけた男の跡をつけて、柿の木がある彼の家まで行き、宿泊する。その折、「梁秀香」は、彼に対して「前世からの知り合い」であったかのような不思議な感情を抱き、その後も、時折彼女を唆す正体不明の声に誘われるままに、彼の元を訪れている。「梁秀香」は激しい性格の持主で、家族を含めた周囲の人間に対しても「憎しみ」を抱いて生きているが、この「柿の木の男」と命名した男とは、「憎しみ」を介在させることなく触れ合うことができる。そして、後に、「梁秀香」は、もう一人、「柿の木の男」と同じ思いで触れ合うことができる人物と邂逅する。それが、「朴里花」である。
(二) 本件小説は、「風元」が主宰する劇団の舞台稽古の場面から始まる。
 ある日、舞台稽古を見ていた「梁秀香」に、日本で演劇を勉強するために韓国から訪れて来ていた「金智海」が、同国で彼女の戯曲を上演したいと申し出る。「梁秀香」は、韓国における戯曲公演の準備のため、右劇団の女優である「小原ゆきの」と共に、生まれて初めて両親の母国である韓国を訪れる。
(三) 「梁秀香」は、ソウル金浦空港において、「小原ゆきの」から友人の「朴里花」を紹介される。「朴里花」は、ソウル市内に在る梨花女子大学で陶芸を専攻する学生で、顔の左側に腫瘍がある。「梁秀香」らは、「朴里花」が運転する車で、韓洋折衷様式の同人の家に向かう。「朴里花」の両親は、当時、シカゴに留学している弟を訪ねて旅行中であったので、「梁秀香」と「小原ゆきの」は、韓国滞在中「朴里花」の家に宿泊することになる。この家のピアノの上には、魚が徐々に変化を遂げて鳥になっていく過程を何枚もの5センチ4方位のタイルに焼き込んである作品が掛けられている。
(四) 「梁秀香」と「小原ゆきの」は、ソウルに到着した日に、「金智海」らに連れられて、劇団の事務所を訪ねる。その後、「梁秀香」らは、梨花女子大学の前で「朴里花」と待ち合わせ、ソウル市内を観光する。翌日、「梁秀香」らは、午前中は「金智海」と映画を観、午後は「朴里花」とソウル市内を散歩しながら、同人の父が韓国でスパイ容疑により逮捕されたことなどの身の上話を聞く。
(五) 次の日、「梁秀香」は、朝3時50分に起床して、釜山で予定されている戯曲の上演についての記者会見のために、「金智海」と共に、同地の劇場を訪れる。ところが、記者会見の打ち合わせ中、「金智海」が、上演される戯曲は「梁秀香」が韓国語で書いたこととして、記者会見に臨みたいと発言したことから、これに強く反発する「梁秀香」との間で激しい口論となり、両者は喧嘩別れする。「梁秀香」は、記者会見を放り出して一人でソウルに帰ろうとするが、韓国語が話せないために切符を買い求めることができず、困っているところを「柿の木の男」に似た男に助けられ、ソウル行きの高速バスに乗せて貰い、ソウルに戻る。
(六) 「梁秀香」は、韓国から帰国後、「朴里花」からの手紙を受け取る。「朴里花」は、芸大を受験することを決心して来日し、「梁秀香」に会って、受験の動機などを語る。その際、「朴里花」は「梁秀香」に対し、「どうして顔のことを何もいわないの。ねぇ、私はどんな顔をしてる、いってみてよ。」と問い詰める。(以下、戯曲形式により、「朴里花」の顔の描写がされる。)
(七) 翌年、「朴里花」が芸大大学院を受験するため、再度来日する。
 その入試の初日、「梁秀香」は、芸大で「朴里花」と待ち合わせる。その日の夜、「梁秀香」は、「朴里花」と共に彼女の伯母である「李永玉」の家に宿泊する。当夜、「朴里花」は、「梁秀香」に、バートランド・ラッセルの「幸福論」を読んで聞かせ、芸大受験のきっかけの一つとなったチェリストに会ったときの話などをする。「梁秀香」は、「朴里花」が手にし、彼女の書込みがある「幸福論」の本が欲しいとねだる。
 翌日、「梁秀香」は、「朴里花」が面接試験に必要な作品を搬入するのを手伝うため、芸大に同行する。
(八) 「朴里花」が芸大に合格する。
 合格後、「梁秀香」と「朴里花」との電話による会話の中で、「朴里花」が所属しているサークル「アニマ」についての話が交わされる。
 「梁秀香」は、劇団の演出家である「前島」から戯曲の脚本作成を依頼され、同人と喫茶店カフェ・ラ・ミルで待ち合わせているところに「朴里花」がやってくる。「朴里花」は、「前島」に、芝居に出演したいと希望するが、同人から拒絶される。その後、「梁秀香」と「朴里花」は、同人の知人である目白の「佐々木先生」と「栗原三木子」を訪ね、豆まきなどをする。
(九) 「朴里花」が「梁秀香」の家を訪れ、もと「アニマ」のメンバーだった「呉恩姫」が新興宗教団体に入ったので、これを連れ戻すと告げて韓国に帰る。3週間立っても「朴里花」から何の音汰沙もないため、その消息を調べた「梁秀香」は、「朴里花」が「呉恩姫」を連れ戻そうとして、反対に自分も新興宗教に入信してしまったことを知る。「梁秀香」は、直ちに韓国に飛び、「叡知と友愛の会」という教団の本拠地に「朴里花」を訪ね、連れ戻そうと試みるが、逆に彼女から一緒に入信することを勧められる。「梁秀香」は、これを拒否し、自分は「朴里花」を必要としているとの心情を、「私にとってあなたは魔除けなの」という言葉に託する。しかし、「朴里花」は、その言葉に動かされず、「梁秀香」に3万円を無心し、これを受け取ると、もう一度「一緒に行こうよ」と「梁秀香」を誘い、開いた障子の向こうに去っていく。その先には、「柿の木の男」が立っており、2人は、連れ立って無限に続く障子戸の中に吸い込まれて行く。「梁秀香」は、「去らないで」と呼びかけるが、声にならず、2人が去って行く光景を眺めている。
[37] 原告は、本件小説が「新潮」平成6年9月号に掲載されたことを、同年9月12日になって、初めて、陶芸家の青木亮からの電話で知り、直ちにこれを書店で買い求めようとしたが、「新潮」同号は既に品切れになっており、これを入手したのは2週間後であった。

[38] 原告は、本件小説を通読し、自分がこれまでの人生で形成してきた人格がすべて否定されたような衝撃を覚え、同年10月4日夜、被告柳と会って、本件小説を受け入れることができないと告げ、これを単行本で出版することを止めて欲しいと求めた。これに対して、被告柳は、原告が本件小説を読めば分かってくれると思ったと答えるなど、話合いは平行線を辿った。このため、原告と被告柳は、第三者の立会の下に、再度話合いの場を設けることを約して、別れた。

[39] 同月5日夜、原告は父の友人であり武蔵大学の教授である辻山栄子(以下「辻山」という。)を、被告柳は被告義江をそれぞれ伴って話合いをした。この日は、原告側の辻山が本件小説を出版する企画を中止するよう強く求めたが、被告柳と被告義江は、新潮社の責任者が出張中なので、15日まで待って欲しいと述べるに止まり、話合いは進展しなかった。

[40] 同月7日、被告柳は原告に電話し、本件小説は同被告にとって処女作であり、どうしても出版したい、一部を書き直すので読んでほしいと伝え、同月9日、書き直した原稿を原告の下に持参した。しかしながら、その修正後の原稿は、「朴里花」の在学関係や専攻に関し、「梨花女子大学」を「弘益大学」に、「東京芸術大学」を「武蔵野美術大学」に、「陶芸」を「彫刻」にそれぞれ改めるに止まるものであった。このため、原告は、同月11日、被告柳から電話により出版の同意を求められたのに対し、拒否の回答をした。

[41] 原告は、被告柳との話合い不調に終わったため、弁護士と相談の上、平成6年11月、本件小説の出版の中止を求める仮処分を申し立てた(東京地方裁判所平成6年(ヨ)第6216号事件)。同年12月16日に開された右仮処分事件の審尋期日において、債務者である被告柳、被告義江及び被告新潮社は、「『新潮』1994年9月号に掲載された、著者柳美里、『石に泳ぐ魚』と題する小説について、債務者らは、日本において、債務者柳美里、同義江邦夫については韓国においても、今後単行本の出版、出版物への掲載、放送、上演、戯曲・映画化等による翻案等の一切の方法で公表しない。今後、右小説を公表する場合には、乙第3号証の1・2、乙第4号証のとおりの訂正を加えたものとする。但し、右の趣旨に抵触しない限りにおける表現上の変更はこの限りではない。」と陳述し、債権者である原告は右仮処分申立を取り下げた。(被告義江は、右陳述につき、本件小説をそのままの形では公表できないが、右陳述のとおりの訂正を加えれば公表できるとの趣旨のものと理解していた。)

[42] 本件小説の修正版は、本件小説に右仮処分事件における乙第3号証の2(本訴における甲第44号証の2)及び乙第4号証(本訴における甲第45号証)のとおりの訂正を加えたものであり、その内容は別紙三のとおりである。右修正版の要点は、本件小説において、「朴里花」に与えられていた原告の属性のうち、「朴里花」が、いわゆる在日三世の韓国人である点は維持されているが、「朴里花」の出身校が「弘益大学」に、進学する大学院が「武蔵美の大学院」に、専攻の「陶芸」が「彫刻」に、日本に居住していた時期が「小学五年生まで」から「小学校四年生」にそれぞれ変更され、「朴里花」の手術歴、その父の逮捕歴、同人が大学の教員寮に住んでいた事実が削除されており、同人の顔面の障害についても、その存在が暗示されるに止まっている。

[43] 本件小説が「新潮」平成6年9月号に掲載された当時、原告は芸大大学院の修士課程2年次に在籍しており、終了制作を控えた重要な時期であったが、本件小説の掲載により受けた精神的打撃の影響も加わって、学業に専念できなかった。そして、原告は、平成9年には、本件訴訟のため、博士課程3年次を休学した。
[44] 被告柳は、「表現のエチカ」を執筆して、平成7年12月1日発行の「新潮」平成7年12月号に寄稿した。「表現のエチカ」は、平成8年12月18日、単行本「窓のある書店から」に掲載され、株式会社角川春樹事務所から発行された。「表現のエチカ」の内容は別紙二のとおりである。

[45] 「表現のエチカ」には、「里花」のモデルを「K」としたうえで、被告柳と「K」の交友の契機、本件小説発表後の被告柳と「K」との交渉経過、本件訴訟の経過等が記載されており、原告の被告柳に対する書簡及び本件小説の一部が引用されているとともに、以下の各記載がなされている。(以下の引用については、「表現のエチカ」中の改行は省略する。また頁数は別紙二の中に表示された頁数を指す。)
(一) 「そして一九九四年十月に「石に泳ぐ魚」の登場人物〈里花〉のモデルKから、東京地方裁判所に「出版差し止めの仮処分」を申請された。四回にわたる審理の結果、この仮処分事件は原告の取下げで終わったが、九四年十二月にプライバシー権及び名誉権侵害を理由として損害賠償、出版差し止めを求める訴えを提起され、再び裁判を受ける身となった。」(244頁下段10行目から同16行目まで)
(二) 「そんな時に私は韓国で〈里花〉のモデルのKに出逢ったのである。小説を書きはじめたのはそれから八ケ月程経ってからだった。一九九二年八月、私の戯曲「魚の祭」を上演するための打ち合わせが目的で渡韓することになった。友人のOにこの話をすると、「私も同行したい。ソウルに親しい友達がいるので、もしホテルの予約がまだであれば、彼女の家に泊まらないか」と提案してきた。私はそれを受け入れ、金浦空港ではじめてKと顔を合わせた。そのとき私が激しく動揺し、Kを直視できなかったのは、彼女の顔に隠しようのない腫瘍があったからだ。」(246頁下段1行目から同11行目まで)
(三) 「現実の裁判に戻ろう。この裁判は私がKを「石に泳ぐ魚」〈里花〉のモデルにしたことによって生じた。」(252頁上段2、3行目)
[46] 前記認定の原告と被告柳との交友経過と本件小説の内容とを照らし合わせると、本件小説は、その相当部分において、原告と被告柳との現実の交友経過に依拠して書かれたものであることが窺われ、「朴里花」は原告をモデルとする人物であると推認することができる(なお、「朴里花」が原告をモデルとする人物であることについては、「モデルとする」ことの意味につき争いがあるものの、被告柳の一応自認するところである。)。
[47] また、原告がいわゆる在日三世の韓国人であり、韓国の梨花女子大学を卒業した後、東京芸術大学の大学院に進学し、工芸(陶芸)を専攻していること、原告は顔面に腫瘍があり、幼少時から12歳までの間に右腫瘍の治療のため13回の手術を受け、現在も治療を継続していること、原告が小学校5年生まで日本に居住し、その父が教職に就いていた大学の教員住宅に住んでいたこと、同人が、講演先の韓国においてスパイ容疑により逮捕され、その後釈放されて、家族とともに韓国に帰国したことは、前記認定のとおりであり、本件小説において「朴里花」にこれらの原告の属性が全て与えられていることは、当事者間に争いのない本件小説の内容(別紙一)をみれば明白である。これらの属性は、個々的に取り出した場合には、これを有する人物を特定するに足りないものであるが、これらを組み合わせた場合には、特にそれらが具体的で際立ったものであるだけに、1人の人物すなわち原告を特定するに十分なものということができる。
[48] そうすると、原告と面識がある者又は右に摘示した原告の属性の幾つかを知る者が本件小説を読んだ場合、かかる読者にとって、「朴里花」と原告とを同定することは容易に可能であるといわなければならない。

[49] 被告新潮社及び被告坂本は、「朴里花」と原告とを同定し得るか否かは、「一般の読者の普通の注意と読み方」を基準として判断すべきであり、原告は一留学生に過ぎず、著名人ではないから、一般の読者は原告のことを知らず、したがって、一般読者が、原告が「朴里花」のモデルであると認識することはない旨主張する。
[50] 弁論の全趣旨によれば、原告は著名人ではなく、芸大の一女子大学院生に過ぎないことが認められるから、一般の読者の大多数が原告の存在を知らず、したがって、一般の読者が原告と「朴里花」とを同定し得ないことは明らかである。しかしながら、不特定多数の者が講読する雑誌に掲載された小説上の特定の表現が、ある人にとって侮辱的なものか、又は、その者の名誉を毀損するか否かについては、「一般の読者の普通の注意と読み方」を基準とすべきであるとしても、その前提条件ともいうべき「表現の公然性」、すなわち、特定の表現がどの範囲の者に対して公表されることを要するかは、事柄の性質を異にする問題である。後者の問題は、特定の表現が「不特定多数の者」が知り得る状態に置かれることを要し、かつ、これをもって足りると解すべきであり、この要件は、本件においては、本件小説が不特定多数の者が講読する雑誌「新潮」に掲載されたこと自体によって、既に充足されているものというべきである。そして、原告と面識があり、又は、前に摘示した原告の属性の幾つかを知る読者が不特定多数存在することは推認するに難くないところ、これらの読者にとっては、「朴里花」と原告とを容易に同定し得ることは前判示のとおりである。被告新潮社及び被告坂本の右主張は、表現の名誉毀損性ないし侮辱性の判断基準と表現の公然性の判断基準とを混同するものであって、採用することができない。

[51] 被告らは、本件小説は、純文学小説ないしは文芸作品であり、一般読者が「朴里花」と特定の人物とを同一視しながら本件小説を読むことはないから、「朴里花」と原告とが同定されることはない旨主張する。
[52] 被告らのいう「純文学小説」又は「文芸作品」がいかなる内容・性質の小説を指しているか必ずしも判然としないが、その点は措くとしても、小説のモデルと実在人物の同定の可否の判断において一般の読者を基準とすべきでないことは、前判示のとおりであり、また、原告と面識があり又は前摘示に係る原告の属性の幾つかを知る者が本件小説を読んだ場合に、これらの読者が「朴里花」が原告をモデルとする人物であると認識するかどうかは、本件小説の小説としての価値評価とは必ずしも関連性がないというべきであるから、仮に、本件小説が被告ら主張のような純文学小説ないしは文芸作品に当たるとしても、そのことによって直ちに、「朴里花」と原告とが同定されないということはできない。
[53] 被告らは、「朴里花」は被告柳が創作した虚構の人物であり、原告ではないから、本件小説中の「朴里花」についての記述が原告の名誉を毀損し、原告のプライバシー及び名誉感情を侵害することはない旨主張する。
[54] しかしながら、小説中の登場人物(本件においては「朴里花」)が虚構の人物であるとしても、その人物にモデルとなった実在の人物(本件においては原告)の属性が与えられることにより、不特定多数の読者が小説中の登場人物とモデルとを同定することができ、小説中の登場人物についての記述において、モデルが現実に体験したと同じ事実が摘示されており、かつ、読者にとって、右の記述が、モデルに関わる現実の事実であるか、作者(本件においては被告柳)が創作した虚構の事実であるかを截然と区別することができない場合においては、小説中の登場人物についての記述がモデルの名誉を毀損し、モデルのプライバシー及び名誉感情を侵害する場合があるといわなければならない。
[55] これを本件についてみるに、本件小説において、「朴里花」が原告の属性を少なからず与えられており、不特定多数の読者が「朴里花」と原告とを同定することができること、及び、本件小説の相当部分が原告と被告柳との現実の交友経過に依拠して書かれたものであることは前判示のとおりであり、原告と面識があり又は前摘示に係る原告の属性の幾つかを知る読者が本件小説を読んだ場合、かかる読者は、本件小説の一部が現実の事実と一致することを認識し得るものというべきところ、前記認定の原告と被告柳との交友経過と別紙一の本件小説の内容を対比すると、本件小説は、かかる現実の事実と被告柳が創作した虚構の事実が織り交ぜられ、渾然一体となって記載されていると認められるから、右読者は、これらの性質を異にする事実を容易に判別することができず、虚構の事実を現実の事実と誤解する危険性が高いものといわなければならない。そうすると、「朴里花」が被告柳の創作にかかる虚構の人物であるとしても、本件小説中の「朴里花」についての記述が原告の名誉を毀損し、原告のプライバシー及び名誉感情を侵害する可能性は否定できないところであるから、これに反する被告らの右主張は採用することができない。

[56] 被告らは、本件小説は、実在人物の行動や性格がデフォルムされ、それが芸術的に表現された結果、一般読者をして小説全体が作者の芸術的想像力の生み出した創作であって虚構(フィクション)であると受け取らせるに至っているから、本件小説について名誉毀損、侮辱及びプライバシー侵害の問題は生じない旨主張する。
[57] 確かに、ある小説が現実の事実を素材として書かれたものであっても、これに作者の創作性が加えられることにより、一般の読者をして、その小説全体が作者の想像力によって生み出されたものと認識させる作品となることは、あまたの事例が証明するところである。本件小説についても、「柿の木の男」に象徴的にみられるように、明らかに被告柳の創作になることが容易に識別し得る部分が存在するなど、同被告の創作性が多々加えられていることは、その内容自体から窺い知ることができ、一般の読者が、本件小説を全体として虚構(フィクション)と認識するであろうことは容易に推認し得るところである。
[58] しかしながら、本件小説においては、原告の具体的で際立った属性がそのまま「朴里花」に与えられており、しかも、原告と被告柳との交友過程に係る現実の事実と被告柳が創作した虚構の事実が織り交ぜられ、渾然一体となって記載されているから、原告と面識があり又は前摘示のような原告の属性の幾つかを知る不特定多数の読者は、現実の事実と虚構のそれとを容易に判別することができず、後者を前者と誤解する危険性が高いものであることは、前判示のとおりであり、これによれば、かかる不特定多数の読者が、少なくとも「朴里花」に関わる部分については、全体として被告柳の創作になる虚構の事実であると認識しないであろうことは、容易に推認し得るところといわなければならない。別の観点からいえば、本件小説においては、右のような読者からも、その全体が虚構であるとの認識が得られるよう、原告の属性や被告柳と原告との交友関係及びその経過などについて、実名の使用を避け、あるいは相当の変容を施すなどの十分な配慮がされているとは認め難い。そうすると、本件小説における「朴里花」についての記述が、モデルである原告の名誉を毀損し、そのプライバシー及び名誉感情を侵害する性質のものである場合には、本件小説の公表は違法性を有するものといわなければならない。
[59] 原告は、前記のとおり、本件小説が原告のプライバシーを侵害する旨主張する。

[60] 本件小説の不特定多数の読者が「朴里花」と原告とを同定し得ることは前判示のとおりであるから、本件小説中に、「朴里花」について、原告がみだりに公開されることを欲せず、それが公開された場合に原告が精神的苦痛を受ける性質の未だ広く公開されていない私生活上の事実が記述されている場合には、本件小説の公表は原告のプライバシーを侵害するものと解すべきである。そして、その場合、摘示された私生活上の事実はすべて真実でなければならないものではなく、「朴里花」と原告とを同定できる読者が原告の私生活であると認識しても不合理ではない程度に真実らしく受け取られるものであれば足りるものと解すべきである。

[61] 以下、右の観点から、原告主張の事実の公表が原告のプライバシーを侵害する性質のものか否かについて検討する。
[62](一) 本件小説中に、原告が小学校5年生まで日本にいたこと、原告がいわゆる在日三世の韓国人であること、原告の家庭が大学の教員寮に住んでいたこと、原告が9歳の時に原告の父が講演先の韓国でスパイ容疑で逮捕されたことについての記述(原告の主張2(二)(1))があることは当事者間に争いがない。
[63] 右各事実のうち、原告が小学校5年生まで日本にいたこと、原告がいわゆる在日三世の韓国人であること及び原告の家族が大学の教員寮に住んでいたことについては、これらの事実が公開された場合に原告が直ちに精神的苦痛を受ける性質の事実であるとは認め難いから、これらの事実の公表が原告のプライバシーを侵害するということはできない。しかしながら、原告の父が講演先の韓国でスパイ容疑で逮捕されたとの事実については、ある人にとって肉親が犯罪容疑で逮捕された事実は、通常、逮捕の理由となった行為の如何を問わず、公表を欲しない事実であり、かかる事実の公表により原告が精神的苦痛を受けることは容易に推知されるところである。そうすると、かかる事実の公表は原告のプライバシーを侵害するということができる。
[64](二) 本件小説中に、原告の顔に大きな腫瘍があること、原告が12歳までの間に13回手術を受けたことについての記述(原告の主張2(二)(2))があることは当事者間に争いがない。
[65] 右各事実のうち、原告の顔面に大きな腫瘍があることは、外貌に関する事実であって、原告が通常の社会生活を営んで行く上で直接に接触する者との関係においては、秘匿することができないものといわなければならない。しかしながら、原告との面識はなく、その顔面に腫瘍があることも知らないが、原告という特定の人物が存在すること自体は知っている者が本件小説の読者となる可能性も否定することはできず、かかる読者との関係では、顔面に腫瘍がある事実は、通常、公表を欲しない事実であり、かかる事実の公表は原告に精神的苦痛を与えるものと認めるべきであるから、右事実を摘示することは、原告のプライバシーを侵害するものというべきである。
[66] また、原告が12歳までの間に13回手術を受けたとの事実は、個人の病歴・治療歴にかかる事実であって、それ自体公表を欲しないものである上、原告の疾病の治癒が困難であることを推知させるものでもあり、かかる事実の公表により原告が精神的苦痛を受けることは容易に推知することができるから、かかる事実の公表は原告のプライバシーを侵害するといわなければならない。
[67](三) 本件小説中に、原告の腫瘍が手術をしても治癒しないこと、手術をすると顔の神経が麻痺したり、瞬きができなくなる危険があることについての記述(原告の主張2(二)(3))があることは当事者間に争いがない。
[68] 右の事実を公表することは、(二)に述べたと同様の理由により、原告のプライバシーを侵害するというべきである。
[69](四) 本件小説中に、芸大出身のチェリストと原告が会った際の様子について原告主張の記述(原告の主張2(二)(4))があることは当事者間に争いがない。
[70] 右記述は、原告の顔面の腫瘍が、チェリストとの関係の破綻をもたらした旨を摘示するものであり、かかる事実の公表が原告に精神的苦痛をもたらすことは明らかであるから、かかる事実の公表は原告のプライバシーを侵害するといわなければならない。
[71](五) 本件小説中に、原告が芸大を受験するに至った動機、推薦状を書いてもらったことなどの芸大受験の経緯及び受験日における試験官とのやり取りについての記述(原告の主張2(二)(5)ないし(19))があることは当事者間に争いがない。
[72] しかしながら、右各事実はいずれも、一般の読者の興味や関心を惹く事実ではなく、また、社会的に否定的な評価を受ける性質の事実でもないとみるべきであるから、これらが公表されることにより原告が精神的苦痛を受けるものとは認め難い。
[73] 原告は、前記のとおり、本件判決が原告の名誉を毀損するものである旨主張する。

[74] 本件小説の不特定多数の読者が「朴里花」と原告とを同定し得ることは前判示のとおりであるから、本件小説における「朴里花」についての記述に、その社会的評価を低下させる性質のものがある場合には、その記述は、モデルである原告の社会的評価をも低下させることになり、原告の名誉を毀損するというべきである。

[75] 以下に、原告主張の本件小説中の記述が「朴里花」の社会的評価を低下させる性質のものか否かについて検討する。
[76](一) 本件小説中に、「『…私が九歳の時、父が北朝鮮の大学に講演に行ったの。その後、韓国の大学で講演する予定でね。韓国に入ったら、捕まっちゃったのよ。スパイの容疑で。それから一年間、母とゆきののお父さんが中心になって韓国大使館や日本政府に働きかけたり、署名運動をしたりしたんだけど駄目だったの。それで母と私は韓国に帰るしかなかったの』里花はここでぷっつりと言葉を切った。」(本件小説35頁下段9行目から同15行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[77] 右の記述の核心は、「朴里花」の父がスパイ容疑により逮捕されたとの事実にあるところ、およそ家族の一人が犯罪容疑により逮捕されたという事実は、通常、当該家族の他の構成員の社会的評価をも低下させるものというべきであるから、右の記述は、「朴里花」の社会的評価を低下させる性質のものとみなければならない。
[78] この点に関し、被告新潮社及び被告坂本は、原告の父の社会的評価の低下が直ちに原告自身の社会的評価を低下するものではないから、原告の父についての記述は原告の名誉を毀損しない旨主張するけれども、これは、右の判示に反するものであって、採用の限りではない。
[79] また、被告新潮社及び被告坂本は、「朴里花」の父親が逮捕された原因は、破廉恥行為によるものではなく、南北朝鮮の直面する政治課題であることが推測されるから、右逮捕の事実は原告の社会的評価を低下させる性質のものではない旨主張する。本件小説の右の記述から、「朴里花」の父の逮捕事由となった行為は、朝鮮半島の緊迫した政治情勢を背景とするものであり、倫理的に非難すべきものではないと認識する読者もあり得ることは否めないけれども、一般に、逮捕は、何らかの刑罰法規に違反した者に対する処分であるとみるのが社会通念であろうから、ある人が逮捕されたという事実は、当該本人及びその家族の社会的評価を低下させることは避けられないというべきであって、被告らの右主張は採用することができない。
[80](二) 本件小説中に、(a)「里花の作品はどれも彼女自身の影に見える。試験官たちは、齧られた花弁であり、壊れたバイオリンであり、堕ちた鳥あるいは飛翔した魚である彼女を目の親りにした時、揺れのない審査ができるのだろうか。彼女と沖縄の青年が互角だった場合、彼らは沖縄の青年を落とすような気がする。」(本件小説75頁下段23行目から同76頁上段3行目まで)、(b)「控室に戻ってきた里花は曖昧な表情をしていた。『筆記試験の中に〈白頭山について二〇〇字以内に書きなさい〉って問題があったのよ。教授の一人が、あれはあなたのためにつくった問題なのにどうして書かなかったんですかって笑ったのよ。…』」(本件小説77頁下段19行目から同23行目まで)、(c)「『目白に佐々木先生って人がいるのね。私とゆきのの幼稚園の先生なんだけど、漆工芸の人間国宝の栗原って人の娘さんと二人で暮らしてるの』里花は髪をバスタオルで叩きながら話しかけてきた。…『芸大、その栗原さんに推薦状を書いてもらってね、お世話になったのよ』里花は探るような眼差しを私に向ける。」(本件小説95頁下段3行目から同9行目まで)及び(d)「『…よかった。ともかく合格おめでとう。』『推薦状を書いていただいたお陰です』『どう致しまして』」(本件小説97頁上段2行目から同4行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[81] 右記述のうち第一の記述は、読者に対して、顔面に腫瘍がある「朴里花」が芸大大学院入試の選考過程において試験官の同情を得て、合格するのではないかとの印象を与えるものであるけれども、それは、「梁秀香」の根拠のない憶測に過ぎないことが表現上明らかであるから、これを「朴里花」の社会的評価を低下させる事実の摘示に当たるということはできない。第二の記述は、読者に、右選考試験において、芸大側が「朴里花」に有利となる不公正な出題をしたとの印象を与えるが、それは、直接的には、「朴里花」ではなく芸大の社会的評価に関わる問題であり、しかも、「朴里花」は、右の出題に対して白紙の答案を書いたというのであるから、少なくとも右の出願が「朴里花」の合格をもたらしたものではないという脈絡を理解することができる。したがって、右の記述も、「朴里花」の社会的評価を低下させるものということはできない。第三及び第四の各記述は、「朴里花」が大学院の選考試験に当たって人間国宝の栗原に推薦状を書いてもらったとの事実を摘示するものであるところ、芸大大学院の選考試験に当たって推薦状を提出することが規則ないしは慣行となっているか否かは定かでないが、受験生が然るべき大家から推薦状を書いてもらうこと自体は、その者の社会的評価を低下させるものとはみなし難い。
[82](三) 本件小説中に、「朴里花」が新興宗教に入信し、連れ戻しに行った「梁秀香」に3万円を無心した旨の記述(本件小説113頁上段7行目から同114頁終わりまで)があることは当事者間に争いがない。
[83] 一般に、新興宗教の信者でない者について、その者が新興宗教に入信して他人から寄付を募った旨の虚偽の事実を公表することは、その者の社会的評価を低下させるものというべきである。しかるに、原告が新興宗教に入信していないことは弁論の全趣旨によって認められるところであるから、「朴里花」が新興宗教に入信し、連れ戻しに行った「梁秀香」に3万円を無心した旨の右記述は、原告の社告的評価を低下させるものというべきである。
[84] 被告新潮社及び被告坂本は、「朴里花」が新興宗教に入信し3万円の寄付を募ったとの記述は原告の社会的評価を低下させる質のものではない上、本件小説に記載された新興宗教の教義、組織等が全く不分明であることなどから、本件小説の読者は、「朴里花」の新興宗教入信の事実が虚構のものであることを容易に知り得ると主張する。しかしながら、右記述が原告の社会的評価を低下させるものとみるべきことは右判示のとおりであり、また、特定の宗教団体への加盟・脱退などが一部において深刻な社会問題となっている現代の状況にかんがみれば、本件小説において「朴里花」が入信した新興宗教の教義や組織等が不分明であることのみをもって、読者が、「朴里花」の入信が虚構の事実であると認識するものとは認め難い。
[85] 原告は、前記のとおり、本件小説が原告の名誉感情を侵害するものである旨主張する。

[86] 本件小説の不特定多数の読者が「朴里花」と原告とを同定し得ることは前判示のとおりであるから、「朴里花」についての記述が人の名誉感情を侵害する性質のものである場合には、モデルである原告の名誉感情を侵害し、原告に対する不法行為を構成するということができる。

[87] 以下、原告主張の本件小説の記述が名誉感情を侵害する性質のものか否かについて検討する。
[88](一) 本件小説中に、「私は里花を凝視した。里花の顔にへばりついている異様な生き物がさらに膨張するのではないかという恐怖を振り払おうとした。」(本件小説24頁上段22行目から同24行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[89] 右記述中の「異様な生き物」が「朴里花」の顔面の腫瘍を指すものであることは本件小説の構成から明らかであり、その腫瘍が「異様」で、他人に「恐怖」を覚えさせる性状のものと描写する右の記述は、通常、腫瘍がある者の名誉感情を傷つける性質のものというべきである。
[90](二) 本件小説中に、「秀香は里花の顔に貼りついている不気味な悲劇の仮面を視凝める。」(本件小説52頁下段12行目から同13行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[91] 右記述中の「顔に貼りついている不気味な悲劇の仮面」が顔面の腫瘍を指すものであることは本件小説の構成からあきらかであり、その腫瘍が「不気味」なもので、「悲劇」的なものと描写する右の記述は、通常、腫瘍がある者の名誉感情を傷つける性質のものというべきである。
[92](三) 本件小説中に、「…顔の左側に大きな腫瘍ができていて…だから鼻も唇も右にひん曲がっている。」(本件小説53頁上段4行目から同5行目まで)、「勃起する陽根を思わせる腫瘍は脈打ちながらみるみる怒張していく。」(本件小説53頁下段3行目から同4行目まで)及び「脹れあがった皮膚の下で複雑に絡まりあい、瘤の中に固まっている静脈や動脈の一本一本まで透けて見える。」(本件小説53頁下段18行目から同20行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[93] 右の記述は、顔面に腫瘍がある者の相貌を「鼻も唇も右にひん曲がってる」とし、その腫瘍を「勃起する陽根」に見立てて、そこを起る血管の状態についてまで詳細に描写するものであって、腫瘍がある者の名誉感情を傷つけることは明らかである。
[94](四) 本件小説中に、「里花が唇を開く度に口の中にある氷柱のような腫瘍が動き出す。」(本件小説54頁上段7行目から同8行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[95] 右の記述は、「朴里花」の口中の腫瘍を具に観察し、これを「氷柱」に譬えて描写するものであって、腫瘍がある者の名誉感情を傷つけることは明らかである。
[96](五) 本件小説中に、「その蛞蝓がぶら下がっているみたいな口でぴちゃぴちゃ食べてるのをみる度に鳥肌が立つんだよね。ほんとに気色悪くて、私いつもグエッと吐き気がしてるんだけどわからなかった?」(本件小説54頁下段6行目から同9行目まで)、「あんたの顔って太い蛆虫みたい。口は、そうだな、蛸の吸盤ってとこか。それにしてもカラフルな痣ダネ、ナス色、緑色、真っ黄色。お母さんのお腹の中で誰かに顔を殴り飛ばされたんじゃないの。水死体みたい、そう水死体そっくり。海草や海月や小魚に食い潰された水死体の顔ってきっとそんな風だよ。鱗のような固い藤壺にびっしり覆われて……。」(本件小説54頁下段12行目から同19行目まで)及び「『だからよ、だから』唇がめくれ、舌がぺろりとはみだすように出た。」(本件小説106頁上段9行目から同10行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[97] 右各記述は、「朴里花」の腫瘍及びそれを帯びた顔面が極めて「醜い」ものであることを、通常人が嫌う生物や原形を残さない水死体の顔などに譬えて、揶揄するが如くあからさまに描写するものであって、腫瘍がある者の名誉感情を傷つけることは明らかである。
[98](六) 本件小説中に、「電話を切ると、岩陰に潜む沈む魚のような里花の顔が脳裏に翻った。」(本件小説68頁上段16行目から同17行目まで)及び「私は吸盤のように蠢いている里花の唇から眼を逸らし」(本件小説69頁上段4行目から同5行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[99] 右の記述は、腫瘍を帯びた「朴里花」の顔の全部又は一部を生物やその器官に謦えて描写するものであって、腫瘍がある者の名誉感情を傷つける性質の表現と認められる。
[100](七) 本件小説中に、「顔がすっぽり隠れる大きな紙袋をかぶった里花が前へのめるような様子で近づいてくる。左右の眼のところに小さな穴が開いている。」(本件小説91頁下段2行目から同5行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[101] 右記述は、「朴里花」が多数の人が出入りする白昼の喫茶店で、腫瘍のある顔面を目の部分に穴の開いた紙袋で隠すという奇行に及んだことを表現したものであって、顔面に腫瘍がある者の名誉感情を傷つける性質の表現と認められる。
[102](八) 本件小説中に、「試験官たちは、齧られた花弁であり、壊れたバイオリンであり、堕ちた鳥あるいは飛翔した魚である彼女を目の親りにした時、揺れのない審査ができるのだろうか。」(本件小説75頁下段23行目から同76頁上段2行目まで)との記述があることは当事者間に争いがない。
[103] 右記述中の「齧られた花弁」、「壊れたバイオリン」、「堕ちた鳥あるいは飛翔した魚」が、顔面に腫瘍を帯びた「朴里花」を指すことは、その文脈に照らして明らかであり、このような正常な状態にない動植物や楽器に譬えられることは、顔面に腫瘍がある者の名誉感情を侵害する表現と認めるべきである。
[104](九) 本件小説中に、「わたしにとってあなたは魔除けなの」(本件小説113頁下段21行目)との記述があることは当事者間に争いがない。
[105] 右記述中の「魔除け」という表現は、この記述に続く文章と併せ読むときは、「梁秀香」にとって「朴里花」は、「柿の木の男」と並んで、「憎しみを介在させることなく触れ合う」ことができるかけがえのない友人であることを意味するものと解されるのであって、この表現が、人の名誉感情を傷つける性質のものとはいい難い。

[106] 被告新潮社及び被告坂本は、被告柳が、本件小説において「朴里花」を侮辱する意図を有していない旨主張するけれども、不法行為としての侮辱すなわち名誉感情の侵害については、侮辱する意図が不法行為成立の要件ではないから、右主張は失当といわざるを得ない。
[107] なお、この点に関して付言するに、被告柳は、丙第1号証(同被告の陳述書)において、同被告がその友人を初めて原告に紹介した際、右友人があっさりと原告の顔のことを話題にし、原告も自分の顔の腫瘍について、ごく自然に話し始めたというエピソードを紹介した上、「私が彼女の顔について触れないことは、彼女を心のどこかで拒絶しいるのではないかという感覚、見て見ぬふりをすることは相手方を無視することであり、もし真の友人ならば決してしてはならないということは、分かっていた。」と述べている。被告柳が、本件小説の戯曲部分において、「朴里花」の顔面の腫瘍の性状を執拗なまでに描写した根元的な理由は、同被告の右陳述書の部分に集約的に表現されているように思われる。現に、被告柳は、その陳述書である丙第3号証において、右の戯曲部分について触れ、「つまり、腫瘍についてひどく言えば言うほど、実は里花の魂に対する賛歌になるという意図で書きました。」と述べているのである。
[108] しかしながら、被告柳が原告に対する真の友情の発露として、原告の顔面の腫瘍に言及するというのであれば、それは、本来、同被告と原告の全くプライベートな世界で行われるべき性質のものである。被告柳が本件小説において、前記のとおり「朴里花」の顔面の腫瘍について触れていることが、同被告の原告に対する個人的メッセージの意味合いを有しているとしても、不特定多数の者が講読する雑誌「新潮」にこれを掲載したこと自体は、社会的には全く別異の意味を持つのであって、同被告の意図とは裏腹に、侮辱・名誉毀損などの法的問題を胚胎する余地を生じるに至るのである。殊に、前記の戯曲部分における「朴里花」の顔面の腫瘍についての苛烈なまでの描写は、「朴里花」が「聖なる存在」であることを際立たせる意図に出たものであり、読者において右戯曲部分からかかる作者の意図を汲み取る可能は十分に存するとしても、原告との関係における不法行為の成否という法的側面からみれば、それは、前記のとおり、極めて明白な侮辱的表現と評価すべきものに転化するのである。かかる帰結は被告柳の意図に反するものであろうが、それは、所詮、同被告において、現実の個人的世界と不特定多数の読者を抱えた小説の世界との関係について混淆ないしは誤認をしたことによるものと評さざるを得ない。

[109] 被告新潮社及び被告坂本は、本件小説の主題は「困難に満ちた〈生〉をいかに生き抜くか」という人間にとって普遍的かつ重要なものであり、「朴里花」は「困難に満ちた〈生〉」と直面しながらも、強く生き抜いている人物として描かれているから、本件小説は、原告を侮辱するものではない旨及び本件小説の全体としての作品意図、ストーリーの展開、人物構成、戯曲形式として描く配慮等に鑑みると、原告が名誉感情を侵害すると主張する部分は、原告の名誉感情を侵害しない旨主張する。
[110] 本件小説の主題ないし作品意図が、被告らの右主張のように、「困難に満ちた〈生〉をいかに生き抜くか」にあり、小説全体の流れの中で、「朴里花」が「困難に満ちた〈生〉」と直面しながらも、自分の運命を内面で消化し、外部的には明るく、強く生き抜いている「聖なる存在」として描かれていることは、容易に看取できるところである。しかしながら、本件小説の主題と構造が右のとおりであるとしても、本件小説に対する不法行為法の観点からの評価、すなわち、右2において摘示した各記述が名誉感情を侵害する性質を帯びているとの評価は、それとは別個の次元において成立するものというべきである。のみならず、本件小説を虚心に読むときは、右2において摘示した各記述が、右認定にかかる本件小説の主題ないしは作品意図を実現する上で、必要欠くべからざるものとは解し難いといわなければならない。このような観点からすれば、被告らが主張する本件小説のストーリーの展開、人物構成、戯曲形式として描く配慮等も、また、右の各記述に対する法的評価を根底から覆すに足りる要因とはなし難いというほかはない。よって、被告らの右主張も採用の限りではない。
[111] 被告柳が、「表現のエチカ」を執筆して、平成7年12月1日発行の「新潮」平成7年12月号に寄稿したこと、「表現のエチカ」が、平成8年12月18日、単行本「窓のある書店から」に掲載され、株式会社角川春樹事務所から発行されたこと、「表現のエチカ」においては、本件小説における「朴里花」のモデルを「K」とした上で、被告柳と「K」との交友の契機、本件小説が「新潮」に掲載された後の被告柳と「K」との交渉経過、本件訴訟の経過等が記載され、原告の被告柳に対する書簡及び本件小説の一部が引用されているとともに、「そして一九九四年一〇月に『石に泳ぐ魚』の登場人物〈里花〉のモデルKから、東京地方裁判所に『出版差し止めの仮処分』を申請された。四回にわたる審理の結果、この仮処分事件は原告の取下げで終わったが、九四年十二月にプライバシー権及び名誉権侵害を理由として損害賠償、出版差し止めを求める訴えを提起され、再び裁判を受ける身となった。」、「そんな時に私は韓国で〈里花〉のモデルのKに出逢ったのである。小説を書きはじめたのはそれから八ヶ月程経ってからだった。一九九二年八月、私の戯曲『魚の祭』を上演するための打ち合せが目的で渡韓することになった。友人のOにこの話をすると、『私も同行したい。ソウルに親しい友達がいるので、もしホテルの予約がまだであれば、彼女の家に泊まらないか』と提案してきた。私はそれを受け入れ、金浦空港ではじめてKと顔を合わせた。そのとき私が激しく動揺し、Kを直視できなかったのは、彼女の顔に隠しようのない腫瘍があったからだ。」及び「現実の裁判に戻ろう。この裁判は私がKを『石に泳ぐ魚』〈里花〉のモデルにしたことによって生じた。」との記載があることは、前記のとおりである。

[112] 本件小説に関し、原告と面識があり又は前判示にかかる原告の属性の幾つかを知る不特定多数の読者は「朴里花」と原告とを同定し得るけれども、原告を知らない一般の読者はこれをなし得ないことは前記認定のとおりであるから、本件小説の公表による原告の名誉毀損並びにプライバシー及び名誉感情の侵害は右の限定された範囲に止まっていたということができる。しかるに、被告柳が右のような内容の「表現のエチカ」を公表することにより、本件小説中の「朴里花」にはモデルが存在すること、右モデルの顔面に腫瘍があること、被告柳と当該モデルとの間に訴訟が継続中であることなどが明らかにされたということができ、これと訴訟記録の閲覧が何人にも許されていることなどの事実を考え併せると、「表現のエチカ」の公表により、「朴里花」と原告とを同定し得る読者の範囲が拡大し、これにより原告の精神的苦痛がさらに増大したものとみるべきである。
[113] 被告新潮社及び被告坂本は、表現の自由は、憲法の定める基本的人権の中で優越的地位を占めるから、その表現行為が、(a)社会の正当な関心事に関するものであり、(b)その内容及び方法が不当なものでない場合には、仮にその表現行為により人のプライバシーが侵害されたとしても、表現の自由との調整の法理により、当該表現行為は違法性ないし有責性を欠くと解すべきところ、本件小説の主題は、「困難に満ちた〈生〉をいかに生き抜くか」という人間にとって普遍的かつ重要なものであって、社会の正当な関心事であり、また本件小説の表現は不当なものではないから、本件小説により、原告のプライバシーが侵害されたとしても、被告新潮社及び被告坂本の行為は、違法性ないし有責性を欠き、不法行為による損害賠償責任を負わないと主張する。
[114] しかしながら、右被告らの主張のとおり、特定の表現行為が社会にとって正当な関心事に関するものである場合には、一定の限度において、ある人のプライバシーを侵害する行為の違法性が阻却されることがあり得るとしても、右被侵害利益の保護の必要との均衡を考慮すれば、それは、社会にとって正当な関心事について表現する上で、当該者のプライバシーを開示することが必要不可欠であるときに限定されるべきものと解するのが相当である。しかるに、「困難に満ちた〈生〉をいかに生き抜くか」という本件小説の主題を小説という形式で表現する上で、原告のプライバシーを開示することが必要欠くべからざるものとまで言い難いことは、前記のとおりであるから、被告新潮社及び被告坂本の右主張は採用することができない。
[115] 本件小説中に、原告の名誉を毀損し、プライバシー及び名誉感情を侵害する性質の記述があること、本件小説が平成6年9月1日発行の「新潮」平成6年9月号に掲載されたこと、原告と面識があり又は前判示にかかる原告の属性の幾つかを知る不特定多数の読者は、「朴里花」と原告とを同定し得るけれども、その余の読者は右の同定をなし得ないこと、原告は、右「新潮」同号を読んで、自分がそれまで形成してきた人格が否定されたような衝撃を覚えたこと、「表現のエチカ」が平成7年12月1日発行の「新潮」平成7年12月号に掲載され、その後、単行本「窓のある書店から」に掲載され、株式会社角川春樹事務所から発行されたこと、「表現のエチカ」の公表により「朴里花」と原告とを同定し得る読者の範囲が拡大したこと、本件小説が「新潮」平成6年9月号に掲載された当時、原告は芸大大学院の修士課程2年次に在籍しており、学業面からすれば、終了制作を控えた重要な時期にあったこと、原告は、平成9年、本件訴訟のため、博士課程3年次を休学したことは前記判示のとおりであり、これらの事実に照らすと、原告が、本件小説及び「表現のエチカ」の公表により、多大の精神的苦痛を受けたことは推測するに難くない。

[116] 右の各事実及び本件に現れたその他一切の事情を斟酌すると、本件小説の公表により原告が被った精神的苦痛を慰謝するには100万円の支払をもってするのが相当であり、「表現のエチカ」の公表により原告が被った精神的苦痛を慰謝するには30万円の支払をもってするのが相当である。
[117] 原告が、平成6年11月、本件小説の出版の中止を求める仮処分を申し立てた(東京地方裁判所平成6年(ヨ)第6216号事件)こと、平成6年12月16日に開かれた右仮処分事件の審尋期日において、債務者である被告柳、被告義江及び被告新潮社は、「『新潮』1994年9月号に掲載された、著者柳美里、『石に泳ぐ魚』と題する小説について、債務者らは、日本において、債務者柳美里、同義江邦夫については韓国においても、今後単行本の出版、出版物への掲載、放送、上演、戯曲、映画化等による翻案等の一切の方法で公表しない。今後、右小説を公表する場合には、乙第3号証の1・2、乙第4号証のとおりの訂正を加えたものとする。但し、右の趣旨に抵触しない限りにおける表現上の変更はこの限りではない。」と陳述し、債権者である原告は右仮処分申請を取り下げたこと、被告義江が、右陳述の趣旨について、今後、本件小説を右「新潮」同号に掲載された形のままで公表することはできないが、本件小説の修正版のような修正を施せば公表することができるというにあると理解していたことは、前記認定のとおりである。
[118] 右の事実によれば、被告柳、被告義江及び被告新潮社は、今後、本件小説を右「新潮」同号に掲載された形のままでは公表することができなくなることを認識した上で右の陳述に及び、原告は、右被告らが本件小説を右の形のままでは公表しないとの認識の下に、右仮処分申請を取り下げたものと推認することができる。そうとすると、右被告らは、右審尋期日において右陳述をすることにより、原告に対し、本件小説を本件小説の修正版の如く修正を施すことなしには、これを公表しないことを約したものというべきである。
[119] 本件小説の修正版においては、本件小説において「朴里花」に与えられていた原告の属性のうち、「朴里花」が、いわゆる在日三世の韓国人である点は維持されているが、「朴里花」の出身校が「弘益大学」に、進学する大学院が「武蔵美の大学院」に、専攻の「陶芸」が「彫刻」に、日本に居住していた時期が「小学校5年生まで」から「小学校4年生」にそれぞれ変更され、「朴里花」の手術歴、その父の逮捕歴、同人が大学の教員寮に住んでいた事実が削除されており、同人の顔面の障害についても、その存在が暗示されるに止まっていたことは、前記認定のとおりである。かかる本件小説の修正版の内容に照らすと、その修正版の読者が、「朴里花」と原告とを同定することは、仮に原告と面識がある者であっても困難であるといわざるを得ないから、本件小説の修正版について、右の同定が可能であることを前提として、その公表の差止めを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。
[120] 被告柳、被告義江及び被告新潮社が、前記仮処分申請事件における陳述により、原告に対し、本件小説を本件小説の修正版のとおりの修正を施すことなしには公表しない旨を約したと認むべきことは、前判示のとおりである。そうすると、本件小説の公表の差止めを求める原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がある。

[121] 原告は、本件小説による名誉毀損、プライバシー及び名誉権の侵害を理由として、損害賠償に加え、原状回復としての謝罪広告の掲載、回収依頼広告の掲載、図書館宛通知書の送付を求めるけれども、「新潮」平成6年9月号が発行されてから相当期間が経過していることや、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、右各処分の必要があるとは解することができない。
[122] 以上のとおりであって、原告の本訴請求は、(a)被告柳、被告新潮社及び被告坂本に対し、各自100万円及びこれに対する不法行為後の日である平成6年9月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を、(b)被告柳に対し、30万円及びこれに対する不法行為後の日である平成7年12月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を、(c)被告柳、被告新潮社及び被告義江に対し、本件小説の公表の差止を、それぞれ求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 小池信行  裁判官 渡邉左千夫 星直子)

別紙
 謝罪広告《略》
 回収協力依頼の広告《略》
 通知書《略》
 図書館目録《略》

別紙 本件作品目録
一 題名 「石に泳ぐ魚」
  著者 柳美里
  初出掲載誌 「新潮」第91巻9号(平成6年9月号)
  出版社 株式会社新潮社
  内容 添付別紙一のとおり

別紙 書籍目録
一 日本語版単行本
  題名 「石に泳ぐ魚」
  著者 柳美里
  出版者 株式会社新潮社
  内容 添付別紙三のとおり
二 韓国語版単行本
  題名 「石に泳ぐ魚」
  著者 柳美里
  翻訳者 咸廷延
  出版社 同和書籍(代表者 兪徳在)

別紙一
『石に泳ぐ魚』 柳美里(ユウミリ)


 落とした。
 バッグが階段から転がり落ちた。私は階下に散らばった財布や手帳やポケベルを拾い集めた。どうして稽古場を好きになれないのだろう。私は大きな溜め息を吐き、不機嫌に見えない程度に厳しい顔を栫えて死体安置所に入るように扉を開けた。
 役者たちの視線が束になって私に向けられた。私は稽古場の壁にそって積み重ねられた平台の上の方にかかっている時計を見た。六時十分。十分の遅刻だ。「はじめよう」風元が席に着いた。
 役者たちは、喫いかけの煙草を空き缶の中に落として椅子をテーブルに移動させた。劇団の旗揚げメンバーの一人で最年長の平山喜美子が私の肩に湿った手を置いた。
「秀香、おはよう」喜美子は保護者ぶった微笑みを寄越した。
 私は黙って会釈を返し、風元の隣に坐った。私はどんなに親しい人にも馴れ馴れしく名前で呼ばれることに我慢できない。
 私は劇団員というわけではない。十年前、高校を放校処分になって何もしないで家に閉じ篭もっていた時、風元のインタヴュー記事が載っていた情報誌を読んで、この劇団の芝居を観た。休憩中のロビイで所在なく煙草を燻らせていた風元に話しかけ、稽古場に顔を出すようになった。
 それから二ヵ月ほど経ったある日、稽古の帰りに何人かの劇団員と立ち寄った居酒屋で、風元が突然、私の顔を覗き込んだ。
「女優になりたいんですか」
 私が強く首を振ると、セールスマンが明らかに買う気のない顧客に商品をすすめるよりもっと素っ気ない口調でいった。
「じゃあ戯曲を書いてみたらどうですか」風元は舞台監督たちと打合せを再開した。
 一年ほど経ってから、風元はベッドの中で私の三作目の戯曲を次の公演で上演することを告げた。同棲していた女優と別れた直後だったので、自分のマンションに移るよう執拗に迫ってきたが、私は頑として受け入れなかった。その作品が新聞や演劇雑誌の劇評で高く評価され、私は劇作家としてデビューしたのだ。私たちは二人の関係を知られないように劇団の中では細心の注意を払ってきたが、皆に気づかれていないかどうかは自信がない。口に出していう者がいないというだけかもしれない。
 本読みがはじまった。
 その間、私はずっと羞恥に満ちた苦笑を浮かべていただろう。役者たちの台本に対する評価はその声の調子に露骨に現れる。彼らは私が自信を持っていたシーンを読み飛ばし、書き直そうかどうか迷っている台詞を立ちあがらんばかりに熱演する。そして演出家は役者が平板で退屈な読み方をすると、書き直しだなと目配せする。
 風元は髪を掻き毟ったり、貧乏揺すりをしたり、舌打ちをしたりしながら赤鉛筆で台本に書き込みをしている。「ちょっとやめてくれないかな」風元は台本を乱暴にめくって石渡を睨みつけた。注意されたことで、石渡の吃りはさらにひどくなる。舞台の上では決して吃らないのだから気にしなければいいものを、風元は叱責せずにはいられないらしい。

 小原ゆきのは〈窓硝子の上を伝い落ちる雨水のように涙を零して〉とト書に書いてあるのに、小さい男の子がよくやるようにミニスカートから出た剥き出しの足をぶらぶらさせ、今にも笑い出しそうな表情で台詞を読んでいる。
 喜美子は相変わらず巧い。だがその技術は人を突き動かす類のものではない。商業演劇で下積みをしている役者によくいる芸達者といったところだろう。
「幕」ト書を読んでいた演出助手の勿体ぶった声で本読み
《以下略》

別紙二
『表現のエチカ――「石に泳ぐ魚」をめぐって』 柳美里

 私がはじめて書いた小説「石に泳ぐ魚」は、一九九四年の「新潮」九月号に掲載された。
 小説を書くという途方もない企てのスタートラインに立つ者が持つ覚悟は、誰しも同じではないだろうか。
 私はどうしても書かずにはいられないことを書こうと思った。よく知っている世界から書きはじめて、たとえ小説の森の中に迷い込んでも、何ごとかに到達できると信じて最後まで書き通す。書いているものが一体小説なのだろうかという疑問符が、私を何度となく立ち竦ませるかもしれないが、目を瞑ってでもそのハードルを飛び越えるしかない、大雑把にこんなことを考えて小説を書き出したのだった。思惑としては、二ヵ月で書きあげるつもりだったが、第一稿が完結するのに九ヵ月を要した。そしてその第一稿は全部捨てた。私が住居のベランダで三百枚の習作となった原稿を焼却したのは、小説の構造上の欠陥や、文章に係わる様々な問題は別にしても、「小説の中の人間に多様性を与えていくことが、すなわち彼を自立させていくことである」という、大江健三郎に学んだ小説の根本が果たされていなかったためである。まさに私は「自分がはっきり小説の中の人間にめぐりあい、かれをつくりあげていない」という事実を思い知らされた。
 それからさらに「石に泳ぐ魚」と格闘を続け、四ヵ月後に、これはぎりぎり私自身の小説であるという手ごたえを得た。その間、自らに課したのは、注意深く小説の構造を設計する努力でも、レトリックへの傾注でもなく、ただ小説の中の人間を自立させることだけだった。
 そして一九九四年十月に「石に泳ぐ魚」の登場人物〈里花〉のモデルKから、東京地方裁判所に「出版差し止めの仮処分」を申請された。四回にわたる審理の結果、この仮処分事件は原告の取下げで終わったが、九四年十二月にプライバシー権及び名誉権侵害を理由として損害賠償、出版差し止めを求める訴えを提訴され、再び裁判を受ける身となった。親しいジャーナリストから「作家としての出発点でこの裁判を引き受けることによって、小説を書くという行為の根源的な意味を問い続けることになるのだから、大きな贈り物と考えたらどうでしょう」と励まされたが、私の中で小説を書くことを躊躇させる何かが生じたのも事実である。
 私はプライバシー権及び名誉権を侵害したとして被告席にいる新人小説家の立場で、この裁判の経過と見解を述べる機会を与えられた。しかしこの一文を書くことに欣欣然としているのではない。むしろ媒体を利用して書くことの後ろめたさを感じている。脳から指先に言葉が流入し、自動的にワープロの画面に文字が映し出されてゆくような感覚で文章が生まれる至福は滅多に訪れるものではない。その反対に血栓が詰まったように言葉が現れず、文節ごとに消去しつづけ、一向に配列されそうにない場合の方が多い。この文章がまさにそうだ。
 私が小説や裁判について書くのは笑止かもしれないが、多くの人から、何故「石に泳ぐ魚」は出版されないのか、一体裁判では何が争われ、あなたはどのような見解を持っているのか、などと問われているのも事実である。これまで沈黙を守ってきたが、〈真実だけを書きます〉と宣誓したうえでワープロの前に腰を据えてみる気になった。もしこの文章が非難を浴びるとすれば、その責は偏に私にあることは言うまでもない。
 裁判を起こされて苦痛を覚えたのは、現実的な裁判とは無関係に言語神経を直撃する不条理な〈審判〉が、私を脅かすことである。私の〈審判〉には検事も判事も一向に姿を現さない。ただ被告席に座りつづけている私がいるだけだ。振り向くと、背後には満面に笑みを湛えた検事と判事が着席しているのかもしれない、という恐怖だけが共にある。恐怖から逃亡する発条としてこの一文を書こうと考えている。現実の裁判というより私自身の内なる〈審判〉への異議申し立てになるだろう。
 三島由紀夫は「小説とは、小説について考えつづける人間が、小説とは何かを模索する作業だ」と言っているが、たかだか二つか三つの小説を書いただけの私に、小説を書く意味を捕まえられるほど、小説の全体像は小さかろうはずもない。ただ書くことと裁かれることの間で彷徨い続けている者として、小説とは何かについての、成長するかどうか危うい新芽のような考えを書き記してみたい。
 私の視力は一メートルも離れると、目の前の顔が★★となるほどだが、視力はさておいて、日常生活で人や事物が明確な像を結ばないときがある。あやふやで不定形に思え、ときとして私をひどく脅えさせる。もしかしたら私の心の有り様が不定なので、事物の像のジグソーパズルも、あるべき所に収まらないでいるのかもしれない。それを現実と呼ぶとして、私は長い間、現実との不和に悩まされてきた。現実は私にとって常に敵対するものであった。中学校の教師たちによって、精神科に通わされた私にとって、それは単に神経症的な観念に過ぎなかったのかもしれないが、現実は得体の知れない黒々とした固まりであり、私の行く手を遮って立ち塞がるものでしかなかった。
《以下略》

別紙三
『石に泳ぐ魚』 柳美里(ユウミリ)


 落とした。
 バッグが階段から転がり落ちた。私は階下に散らばった財布や手帳やポケベルを拾い集めた。どうして稽古場を好きになれないのだろう。私は大きな溜め息を吐き、不機嫌に見えない程度に厳しい顔を栫えて死体安置所に入るように扉を開けた。
 役者たちの視線が束になって私に向けられた。私は稽古場の壁にそって積み重ねられた平台の上の方にかかっている時計を見た。六時十分。十分の遅刻だ。「はじめよう」風元が席に着いた。
 役者たちは、喫いかけの煙草を空き缶の中に落として椅子をテーブルに移動させた。劇団の旗揚げメンバーの一人で最年長の平山喜美子が私の肩に湿った手を置いた。
「秀香、おはよう」喜美子は保護者ぶった微笑みを寄越した。
 私は黙って会釈を返し、風元の隣に坐った。私はどんなに親しい人にも馴れ馴れしく名前で呼ばれることに我慢できない。
 私は劇団員というわけではない。十年前、高校を放校処分になって何もしないで家に閉じ篭もっていた時、風元のインタヴュー記事が載っていた情報誌を読んで、この劇団の芝居を観た。休憩中のロビイで所在なく煙草を燻らせていた風元に話しかけ、稽古場に顔を出すようになった。
 それから二ヵ月ほど経ったある日、稽古の帰りに何人かの劇団員と立ち寄った居酒屋で、風元が突然、私の顔を覗き込んだ。
「女優になりたいんですか」
 私が強く首を振ると、セールスマンが明らかに買う気のない顧客に商品をすすめるよりもっと素っ気ない口調でいった。
「じゃあ戯曲を書いてみたらどうですか」風元は舞台監督たちと打合せを再開した。
 一年ほど経ってから、風元はベッドの中で私の三作目の戯曲を次の公演で上演することを告げた。同棲していた女優と別れた直後だったので、自分のマンションに移るよう執拗に迫ってきたが、私は頑として受け入れなかった。その作品が新聞や演劇雑誌の劇評で高く評価され、私は劇作家としてデビューしたのだ。私たちは二人の関係を知られないように劇団の中では細心の注意を払ってきたが、皆に気づかれていないかどうかは自信がない。口に出していう者がいないというだけかもしれない。
 本読みがはじまった。
 その間、私はずっと羞恥に満ちた苦笑を浮かべていただろう。役者たちの台本に対する評価はその声の調子に露骨に現れる。彼らは私が自信を持っていたシーンを読み飛ばし、書き直そうかどうか迷っている台詞を立ちあがらんばかりに熱演する。そして演出家は役者が平板で退屈な読み方をすると、書き直しだなと目配せする
 風元は髪を掻き毟ったり、貧乏揺すりをしたり、舌打ちをしたりしながら赤鉛筆で台本に書き込みをしている。「ちょっとやめてくれないかな」風元は台本を乱暴にめくって石渡を睨みつけた。注意されたことで、石渡の吃りはさらにひどくなる。舞台の上では決して吃らないのだから気にしなければいいものを、風元は叱責せずにはいられないらしい。

 小原ゆきのは〈窓硝子の上を伝い落ちる雨水のように涙を零して〉とト書に書いてあるのに、小さい男の子がよくやるようにミニスカートから出た剥き出しの足をぶらぶらさせ、今にも笑い出しそうな表情(かお)で台詞を読んでいる。
 喜美子は相変わらず巧い。だがその技術は人を突き動かす類のものではない。商業演劇で下積みをしている役者によくいる芸達者といったところだろう。
「幕」ト書を読んでいた演出助手の勿体ぶった声で本読み
《以下略》

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