2002/05/16 京都部落問題研究資料センター メールマガジン vol.002

□テレビ番組レビュー その1□
「HERO〜もう一人の力道山」
       (長崎放送制作→毎日放送、5月5日午前5時35分〜6時30分)

 力道山。本名=金信洛。日本名=百田光浩。
 戦後の最も輝けるヒーローは誰かと問われて、多くの人は力道山の名をあ げるのではないでしょうか。彼のルーツが朝鮮半島にあることは、最近では かなり知られてきていることですが、「空手チョップ」に沸き立っていた当 時、多くの日本人は、彼が朝鮮人であったことなど知らずに応援していたよ うに思います。この番組は、その背景を掘り下げたもので、深く考えさせら れるところがありました。  力道山は、1920年代初頭、現在の北朝鮮咸鏡南道洪原郡の貧しい村で生ま れました。朝鮮相撲(シルム)の強いことを見込まれ、育ての親百田巳之吉 氏の強いすすめで日本に来たのが1940年。この時は、日本語はまだ拙かった そうです。その後、大相撲の関脇まですすんだけれども、親方との確執で相 撲をやめ、プロレスに新たな道を見出していく。そのあとは、皆さんがご存 知のとおりです。
 力道山は、日本人になりきろうとしました。その理由は、民族差別の問題 もあったでしょうし、朝鮮戦争の勃発で故郷に帰る希望を失ったことにある かもしれませんが、力道山にとって祖国は簡単に脱ぎ捨ててしまえるコート のようなものではありませんでした。「白人をやっつける日本のヒーロー」 としての成功は、日本人としての表の顔と朝鮮人としての裏の顔をますます 引き裂かずにはおきませんでした。そのアイデンティティの分裂が、リング の上では闘志として爆発し、リングの外では絶えざるトラブルを生み出した のです。
 番組を見てびっくりしたのは、力道山を刺殺した住吉会の村田勝志氏(当 時24歳いま62歳)が登場して、インタビューに答えているところです。 荒れていた力道山にヤクザ=村田氏がからまれ、「みんなのいる前で“この やろうぶっ殺すぞ”といわれたんでは、ヤクザとして飯が食えねえ。俺の顔 の立つようにしろ」といったところ、殴り飛ばされ、後ろから馬乗りになっ て頭を殴られつづけたので、必死の思いでナイフで刺した、というのが村田 氏の言い分で、少し気の毒にも思えました。
 力道山が、幼なじみ=陳溟根氏の焼肉屋の店を深夜の閉店時間に人目を偲 んでたずねては、アリランを歌っていたこと。亡くなる約1年前、関係者に はゴルフにいくといって訪韓し、祖国の英雄として迎えられたけれども、カ チカチに凍る極寒の38度線で裸になり北に向かってうなった力道山の叫びは、 「兄さーん」と聞こえたことなど、力道山の心の葛藤を物語るエピソードが 数多く登場します。今も北朝鮮で「力道山酒」が売られているのを番組中に 見て、なぜか涙が出てきました。  プロレスファンにとっても、百田家に秘蔵されていた力道山の楽しそうな 旅行や女優さんたちとの交流のフィルムは、お宝映像です。  この番組は、長崎放送の制作で、第26回JNNネットワーク協議会賞奨励 賞(2002年2月)、日本民間放送連盟賞テレビエンターテインメント部門優 秀賞などを受賞しています。
 よくできたドキュメントでした。これを見逃した人は、本当にお気の毒で す。くれぐれも、当資料センターが総力をあげて編集している「人権関係テ レビ番組情報」のチェックを怠りなきよう…。
 なお番組の種本は、李淳〓(馬+日=諸橋大漢和辞典44604)著『もう一 人の力道山』(小学館文庫、1998年)です。詳しくは、そちらを参照してください。 <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094023712/>

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□テレビ番組レビュー その2□
にんげんゆうゆう「在日コリアン新時代」全4回
             (NHK教育、5月6〜8日午後7時30分〜8時)

 民族意識のはっきりしていた一世、民族に引き裂かれた二世。そのどちらと も違う三世の様々な生き方を描いた好作品でした。従来は、在日の生きた姿を 伝えるテレビ番組は少なく、あっても「日本の同化に抵抗して民族性を守り抜 く在日の立派な人々」というスタンスが多かったように思いますが、今回は、 日本人との結婚に抵抗の少ない三世の意識や、差別問題の改善をしめすデータ が率直に提示されるなど、従来の殻を大きく破るものでした。(ただし、さすがに当初予定していた「我らコリアンジャパニーズ」、つまり、韓国系日本人 というタイトルは旧来の民族第一主義への刺激が強すぎると判断したのか、上 記のタイトルに変わっていました。)
 NHKでは、長らく福田雅子さんが孤軍奮闘して、被差別少数者の現状を伝 えてこられました。その功績は大いに称えられなくてはなりませんが、反差別 運動の「正史」「正統理論」を伝えるのが精一杯で、それを踏み越えてまでの 問題提起というのは、むずかしかったように思います。しかし、今回のシリー ズは、そうした啓蒙期の「大本営発表」を乗り越える新しい風を感じました。
 もちろん、そうしたことが可能となった背景には、現実の変化と運動の転換 があると思います。在日二世の竹田青嗣氏が『〈在日〉という根拠』(1983年刊) で、「民族か同化か」という在日社会の“脅迫”に盾をついて20年。今や、マ ルセ太郎さん(故人)、新井英一さんなど、在日が日本名を使うこともひとつ の選択肢として在日社会の中で受け入れられつつあり、今回の番組は、その流 れの中にあるのでしょう。
 また、『朝日新聞』(2001.3.24)に報じられたように、在日経済界のドン= 韓昌祐(ハンチャンウ)氏が帰化申請したとたことも(名前は「韓昌祐」のま ま)、「日本国籍取得=同化=民族への裏切り」という、旧来の在日運動の原 則が変化してきたことの証左に違いありません。
 コリアンジャパニーズ(韓国・朝鮮系日本人)という存在を認めるべきだと 主張して、在日の権利獲得運動から袋叩きになったのが、坂中英徳氏(各地の 入国管理局長を歴任)の「在日朝鮮人の処遇」(1977年)という論文でしたが、 その坂中氏も、今では民闘連や他の在日関係の市民団体から講演に呼ばれるに 至っているようです。本当に、時代は変わりました。

◇にんげんゆうゆう
  <http://www.nhk.or.jp/yy/ban/ban_2y5m1w.html>
◇近江渡来人倶楽部設立記念講演
  <http://www.tokyo-net.tv/index/anw/kakologu/sakanaka.htm>
◇近江渡来人倶楽部での坂中氏の講演を報じる『民団新聞』
  <http://www.mindan.org/shinbun/000607/topic/message.htm>

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□テレビ番組レビュー その3□
NHKスペシャル「奇跡の詩人〜11歳 脳障害児のメッセージ」
                       (NHK総合、4月28日午後9時〜9時50分)

 脳に重い障害をもちながら、文字盤を指でさして、詩や随筆を書きつづける11 歳の少年日木流奈(ひき・るな)君のドキュメント。
 番組が始まって、数分で見るのが辛くなりました。お母さんが流奈君を背中か らだき、左手で流奈君の左手をもち、右手に文字盤をもって、流奈君の触る文字 を普通に話すようなスピードで読みとっていく。しかし、実際はお母さんが、自 分の考えた文章にそって流奈君の手を動かしているにようにしか見えません。も ちろん、それは番組を見ての推測に過ぎませんが、流奈君が苦しくて、あるいは あくびをして、あるいは疲れて眠りこけはじめているのに、後ろから抱きしめて いるお母さんはそれに気づかず、手だけを動かしているのですから、そう疑われ てもしかたがないと思います。流奈君自身の意思で文章を書いていると納得させ る場面は一ヵ所もなく、逆にお母さんが流奈君の手を動かしていると考えれば、 すべて説明がつく内容ばかりです。番組に対して寄せられた多くの疑問にたいし て、5月11日午後1時50分の「スタジオパーク」(NHK総合)で、担当のチー フプロデューサーが事実であると弁明に努めていましたが、「我々は信じている」 というだけの、まったく説得力のない話でした。
 以前、脳性麻痺の人と懇意にしていたことがあり、彼の書く文章のうまさにび っくりしたことがあります。しかし、それは短い文章をひらがなタイプで(当時 はワープロがなかったので)何時間もかけてこつこつ打ったもので、脳障害で体 が不自由な流奈君が、健常者のワープロうちほどのスピードで文字盤をさわると いうことは、凡人の私には到底信じられません。「現代に生きる陰陽師が悪魔払 いをする」というバラエティー番組でさえ信じる私が納得しないのですから、番 組としてはまったく失敗と断ぜざるをえません。
 差別問題というのは、差別をなくす以前に、差別と如何に向き合うかが決定的 に重要なことです。重要どころか、それがすべてといっていいほどの事です。以 前、日本解放社会学会で、ダウン症の子どもを持った親が如何に自分の子どもの 障害を受け入れ、その存在を受容していくかという研究発表を聞いたことがあり、 その孤独で過酷な道のりを知りました(要田洋江『障害者差別の社会学』岩波書 店、1999年所収)。今回の番組は、障害を受け入れることよりも、治療の可能性 を過剰に期待させることで現実からの逃避をあおりかねず、障害者をもつ両親が、 子どもの障害を引き受けるという困難な営みの足を引っ張るものではないでしょ うか。(灘本)

◇NHKスペシャル「奇跡の詩人」
  <http://www.nhk.or.jp/special/libraly/02/l0004/l0428.htm>
◇日木流奈君最新刊の紹介
  <http://www.naturalspirit.co.jp/>

※「人権関係テレビ番組情報」は、以下をご覧ください。
  <http://www.asahi-net.or.jp/~qm8m-ndmt/tv/contents.htm>
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