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浴槽のことを「湯船」と言うが、その語源は江戸時代に風呂を設けた船を川に浮かべた移動式銭湯を意味する「湯船」だと言う話がかなり流布している。2020年に『チコちゃんに叱られる!』でこの語源説が紹介されたときに、それは違うとツイートしたら大バズりして、1.3万イイネがついた。この問題について、改めてここに記しておく。
先ず、この語は辞書『和名類聚抄』(934年頃)に載っている。更に、『栄花物語』(1028~92頃)にも以下の用例がある。
ある所を見ればゆぶねの湯わかして、僧二三十人浴(あ)みののしる
つまり、平安時代から存在している語なのである。この例では、湯を沸かしているだけで、浴槽だったかどうか分からないと言われるかも知れない。しかし、江戸時代の初頭に出た『日葡辞書』の補遺(1640年)には、以下のように説明されている。
日葡辞書補遺原文 Yubune. Pia em q̃ lauam o corpo com agoa quẽte no lugar dos banhos. 現代ポルトガル語綴り Yubune. Pia em que lavam o corpo com água quente no lugar dos banhos. 日本語訳 ユブネ(湯槽)浴場にあって、中に入って湯で身体を洗う槽 日本語訳は『邦訳日葡辞書』から引用した。
この説明では、中で身体を洗っただけで、お湯を張ったかどうかわからないと思われるかもしれない。しかし、そうだとしても、この「ユブネ」という言葉がその後の「湯船」という言葉に繋がっていくと考えられる。更に約百年後に出た『けいせい伝受紙子』(1710年)には以下のような用例がある。
五間にあまる湯舟に掛樋滝をおとし[...]あまたの艶女師直に取つき、抱て出て、裸身を湯船へうつし(三・五)
※用字にについては、引用の通り、一つ目が「湯舟」、二つ目が「湯船」である(画像)。
この本には挿絵もあり、確かに大きな浴槽が描かれている(画像)。五間は9メートルなので、相当に大きな浴槽である。これはお話なので大きさは誇張されていると思われる。しかし、このような話が出てくるということは、お湯を張って入浴するための浴槽は既に存在していて、それを「湯船」と呼んでいたと考えられる。
風呂を設けた船を意味する「湯船」については、『日本国語大辞典』に以下の用例が挙がっている。
向後荷物瀬取候茶船并湯船水船之外、一切諸廻船之辺え乗り参間敷候(御触書寛保集成‐三六・享保六年〔1721〕)九月 湯(ユ)船 武州江戸にあり。舟に浴室を居(すゑ)、湯銭を取て浴せしむる風呂屋舟也(和漢船用集〔1766〕五・江湖川船之部) 行水船よりおもひつきて、居風呂船をこしらへ、居風呂船より今の湯船(ユブネ)といふものいできしなるべし(随筆・骨董集〔1813〕上・一五)
初出が1721年だが、『けいせい伝受紙子』の用例を見てもこの頃には既に浴槽を「湯船」と呼んでいたと考えられるので、浴槽を意味する「湯船」の語源が風呂を設けた船を意味する「湯船」だとは考えにくい。
なお、浴槽を指す「ゆぶね」に「船」の字を用いて「湯船」と書くのは、風呂を設けた船である「湯船」から由来していると考える向きもあるが、『けいせい伝受紙子』で既に「湯船」や「湯舟」という表記がされており、この考え方も支持できない。「湯船」の「ふね」は液体を入れる容器を意味する言葉で、「槽」とも書くが、「船・舩・舟」の字も使われたのである。そもそも、乗り物の「ふね」も容器の「ふね」も、元々同じ言葉である。どちらも内部を空洞にした形をして、液体の出入りがないようになっている。同じ漢字を用いても不思議ではないのである。実際、国語辞典では同じ言葉としてまとめられている。よって、風呂を設けた船から「湯船」と書くようになったと考える必要もないのである。
©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)
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