「マネキン」の語源説

平塚 徹京都産業大学 外国語学部

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 「マネキン」はもともとフランス語のmannequin[マヌカン](マネキン人形・ファッションモデル)に由来するが、英語を経由して日本語に入り「マネキン」となった。他方、フランス語からも直接「マヌカン」として借用されている。いずれも、当初、衣料品陳列用の等身大の人形だけでなく、衣料品を宣伝するために身につけて披露した女性モデルも指した。

 ところが、「マネキン」の語源については、「マヌカン」が「(客を)招かん」に通じることから、「(客を)招き」「招き猫」「招金」などにかけて「マネキン」を造語したとか、「マネキン」に発音を変えたとか言った説明が多く見られる。また、資生堂の白井虔三が「招金」にかけて「マネキン」と名づけたという逸話も散見される。しかし、「マネキン」は英語からの借用語であり、造語された訳ではない。

我が国のマネキン黎明期に、フランス語のマヌカンにするか、英語のマネキンにするが論争があったそうだ。ところが、資生堂の白川虔之氏が「マヌカン」(招かぬ)よりマネキン(招金)の方が縁起がいい」と主張したため、マネキンになって今日に至っているわけである。(日本マネキンディスプレイ商工組合編『マネキンのすべて』1996年)[「白川虔之」とあるのは誤りで「白川虔三」である]

同様の話は、以下にも見える。

[...]大正十一年(一九二二年)三月に東京で開かれた平和博覧会では、盛装した婦人が陳列所に立って、広告人形の代わりをしたが、[...]大評判になり、同十四年の電気博覧会では、マツダランプが特定の「モデル」を登場させている。この「モデル」を「マネキン」とするか「マヌカン」と呼ぶかで、議論百出したが、資生堂の白川虔三が、「マヌカンは〝招かぬ〟と聞こえる。それより、〝招ね金〟と呼んだほうが縁起がいい」と主張、結局、「マネキン」ということになったという話がある。(久世善男『外来語の散歩道』1975年)

また、このような記述もある。

大正十一(一九二二)年、当時資生堂の販売部に所属していた白川虔三(小林忍)が、アメリカで流行しているマネキン人形と、モデル女の両方を一つにして、「マネキンガール」ということばを発明した。(川井ゆう「服飾を支える肢体」『風俗』35(3) 1996年)

これらの記述から、1920年代前半に白川虔三が「マネキン」を採用すると言うことがあったようである。しかし、それで「マヌカン」が使われなくなり、「マネキン」に統一された訳ではない。1927年の秋に衣服を女優に着せて披露する催し物が百貨店で行われたが、この女性モデルを高島屋は「マネキン」と称し、松坂屋は「マヌカン」と称した(『事業と広告』第五卷十月號 1927年)。また、1928年に出た黒田鵬心著『都市の美装』には、以下のような記述もある。

飾窓の如きも、デパートメントストアを始め一流の商店は勿論、比較的小さな商店のものも中々面白い意匠を凝らしてゐる。マネキンとかマヌカンとか稱して實際の人物に流行衣裳を着せて立たせることまで行はれてゐる。(黒田鵬心『都市の美装』1928年)

つまり、1920年代後半でも、英語由来の「マネキン」とフランス語由来の「マヌカン」の両方の語が共存していたのだ。更に、1927年秋の高島屋の「マネキン」に関連して、別の命名者の名前を挙げる文献もある。

[...]翌昭和二年四月に行はれたる東京高島屋百選會招待の席上、熱心にファッションショウの時代の要求たる所以を述べたが、この案は高島屋小川支配人を動かし、秋の百選會には、日活女優酒井米子、築地浪子の二人をモデルとして、ファッションショウの形式を以て、始めてマネキンなる名稱によつて新廣告媒體としての婦人モデルが廣告界に紹介されることになつた。
 この種の婦人職業をば歐米では單にモデルと云ひ、マヌカンと云へば、廣告人形のことであるが、我國では神戶商科大敎授平井泰太郞氏の命名によつて、マネキンと名づけられ、廣く行はれるに至つた(東京小間物化粧品商報社編『小間物化粧品年鑑 昭和10年』1935年)

これも名付けたと言うよりは、英語由来の「マネキン」を選んだということであろう。当初はフランス語由来の「マヌカン」と英語由来の「マネキン」が共存する時代が続いたが、その間、「マヌカン」は「(客を)招かん」に通じるとか、「マネキン」は「(客を)招き」「招き猫」「招金」に通じるとかいうことを言う人がいて、更にはこれを理由に「マヌカン」を避けて「マネキン」を使うと言うことが時々あったのであろう。そして、1928年11月には丸菱呉服店が女優ではなく一般女性をマネキンとして用い、1929年にはマネキンを職業とするマネキンガールを派遣する東京マネキン倶楽部や日本マネキン倶楽部といった会社が設立され始め、マネキンが話題に上ることが急増した(NDL Ngram Viewer)。これにより両語の命運が分かれたようだ。その後、「マネキン」が主に人形の方を指すようになってから、主にファッションモデルの意味で「マヌカン」が再び使われるようになったと言うことであろう。


©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)

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