研究テーマ
研究概要 From Bioenergetics  to ATP system biology

生命の維持にはエネルギーが必要であり、生命がエネルギーを使いやすい形に変え、それを使う仕組みを研究するのが、生体エネルギー学 (Bioenergetics) です。なかでも生命のエネルギー通貨であるATPがどのように作られるのかについて精力的に研究されてきました。ミトコンドリアで作られたATPは, V-ATPase を初めとする ATP分解酵素によって様々な吸エネルゴン反応を進めることに使われます。細胞内のATPは一定のレベルに保たれていますが、アポトーシスなどの重大なイ ベントが細胞に起こると、ATPチャンネルが開き、このことで細胞内のATPレベルは急速に低下します。細胞外に放出されたATPおよびその代謝産物は、 ATP受容体に感知され、様々な生理現象が引き起こされます。私達は、細胞内でのATPの動態をシステムと捉え、これ に関わる分子レベル、個体レベルの事象の解明を目的とした学問領域を、 ATPシステム学と定義しました。
 一方で、生命がエネルギーを利用する過程は、老化や老化に伴う疾病と深い関係がある。寿命を変化させる遺伝子の中には、エネルギー代謝関係の酵素が沢山 あり、エネルギー摂取量そのものが寿命を決めることも報告されています。我々は、エネルギー通貨である ATP の細胞内濃度と寿命との関係を、分子イメージングという手法で解明する研究に着手し、加齢、麻酔効果、代謝制御と個体内の ATPレベルとの間に、密接な関係があることが明らになりました。
以上の視点から次の研究テーマ行っています。

1. ATP 動態を担う膜タンパク質の構造生物学
 ATP動態に関わる膜タンパク質の構造・機能を、クライオ電顕による構造生物学および1分子観察による分子機能解析 により明らかにしていきます。ATPを作ることに加え、使う、通す、感じる、膜タンパク質が研究対象になります。具体的な対象膜タンパク質として、V 型 ATP合成酵素、ヒト由来の V-ATPase, ATPチャネルタンパク質である Pannexin, ATP受容体である P2X が研究対象となります。




2. クライオ電子顕微鏡による構造生物学
 クライオ電子顕微鏡は、今や構造生物学の主流となり、分子の構造だけでなく、オルガネラや細胞全体の構造を、時には原子分解能近くの精度で見ることを可 能にします。我々は、この技術をいち早くとりいれ、世界に先駆けて V型 ATP合成酵素の回転に伴う構造変化を明らかにしました。酸性小胞をトモグラフィーという手法で見ることにより、小胞内に存在する V-ATPase の挙動を活写することも可能です。この手法をさらに発展させ、細胞内での分子の挙動を高分解能に明らかにし、細胞内で起こっている現象を原子レベルで記 述するのが目標です。

3. 個体および細胞での ATP レベルイメージングを突破口とした生命現象の解明
 ATP は、その重要性から細胞内では一定のレベルに保たれていると考えられていたが、直近の研究成果は、ATPレベルはダイナミックに変化し、ATPそのものが シグナル因子として働くことが示唆されています。ATPレベル変化が引き起こすV-ATPase活性の変化、リソゾームとミトコンドリア間のクロストー ク、 タンパク質のクリアランス活性と老化との関係、を線虫 Caenorhabditis elegans や培養細胞を材料にして明らかにします。

多くの研究室と共同研究を行っています。
共同研究を行っている研究室については、リンクのページを御覧ください。

補 足説明
1. ATPase の分類 
 真核生物の V-ATPase の直系の先祖 ATPase が古細菌(始原細菌)や一部の真正細菌の形質膜にも存在します (バクテリア型 V-ATPase)。このタイプの ATPase を A-ATPase や AoA1 と呼ぶこともありますが、構成サブユニットの種間の相同性は高く、全体構造も真核生物の V-ATPase とほとんど同じです。
 バクテリアFoF1 とミトコンドリア FoF1 の関係と同じであり、あえて別の ATPase の範疇を作る必要はないでしょう。従って、我々は当初よりバクテリア型 V-ATPase もしくは単に V-ATPase という用語を使用しています。