研究テーマ
Understanding life from organisms to membrane proteins
膜タンパク質のnative state 構造生物学で生命を分子レベルで理解します。

Native state 構造とは
 膜タンパク質の構造解析では、これまで 界面活性剤を用いて生体膜からタンパク質を可溶化・精製する方法が主流でした。この方法は高分解能構造決定に大きな成果をもたらしてきましたが、一方で重 要な制約も抱えています。可溶化の過程で、周囲の脂質環境や他の膜タンパク質との相互作用、弱く結合した調節因子が失われてしまうことが多 く、本来、生体膜上で機能している状態とは異なる構造が解析対象となる場合があります。これに対して native state 構造生物学では、膜タンパク質を生体膜から切り離すことなく、膜やオルガネラそのものを解析対象とします。クライオ電子顕微鏡を用いて、生体膜中で実際に タンパク質が集まり、相互作用しながら機能している状態を直接観察することで、構造と機能の関係をより自然な形で理解することが可能になりま す。両者の違いを簡単に言えば、

従来法は「取り出した部品の形を見る」構造生物学
native state 構造生物学は「その場で働く姿を見る」構造生物学

と言えます。 とくにミトコンドリア、シナプス小胞、リソソームのように、膜タンパク質が高密度に集まり、超分子構造を形成して機能するオルガネラでは、native state 解析の意義は大きいと考えられます。私たちの研究室では、この新しい構造生物学的アプローチを通じて、生命現象を支える膜構造の実体とその変化を明らかに することを目指しています。

1. ミトコンドリアが関わる生命現象を native state 構造生物学で解明する
ミトコンドリアは、細胞の代謝状態に応じて内膜構造を大きく変化させます。エネルギー産生が活発なときには発達したクリステ 構造が形成され、老化や代謝低下が進むと内膜構造は再編成され、クリステが減少します。こうした構造変化は、ミトコンドリア 機能の制御と密接に関係しています。また、ミトコンドリアはエネルギー産生器官であると同時に、細胞死(アポトーシス)の起 点としても働きます。強いストレス下では、内膜に透過性遷移孔(PTP)が形成され、ATP 合成酵素などの膜タンパク質複合体が関与すると考えられていますが、その構造実体は未解明です。私たちの研究室では、ATP 合成酵素や呼吸鎖複合体といった ミトコンドリア内膜の膜タンパク質超分子を、生体膜のまま(native state)クライオ電子顕微鏡で直接解析しています。これにより、代謝、老化、ストレス、細胞死に応答したミトコンドリア機能の変化を、構造の視点から 明らかにすることを目指しています。


2. native state 構造生物学によるオルガネラ機能の解明
私たちは現在、シナプス小胞やリソソームなどの細胞内オルガネラを対象に、膜タンパク質を生体膜のまま解析する native state 構造解析を行っています。これらのオルガネラは、神経伝達や物質分解といった細胞機能の中核を担っていますが、その分子機構の多くは未解明です。クライオ 電子顕微鏡を用いて、オルガネラ膜上で実際に機能している膜タンパク質やその集合体を直接観察することで、オルガネラ機能が どのように構造として成り立っているのかを明らかにすることを目指しています。
 

3. 創薬につながる膜タンパク質の構造解析
私たちは、ヒト由来の膜輸送体やチャネルタンパク質を創薬ターゲットとし、クライオ電子顕微鏡を用いた構造生物学研究を行っ ています。これらの膜タンパク質は、細胞内外の物質輸送やイオン制御を担い、多くの疾患に深く関与する重要な分子です。 本研究では、膜中で機能している状態を保ったままタンパク質の立体構造を明らかにすることで、薬剤結合部位や作用機構を分子レベルで理解することを目指し ています。得られた構造情報を基盤として、より選択性が高く副作用の少ない医薬品開発につながる知見を創出します。

4. 機能中の膜タンパク質の姿を捉える動的構造解析
膜タンパク質は、生体膜中で膜電位やプロトン駆動力のもとで機能しています。しかし、界面活性剤を 用いた従来の構造生物学では、実際に機能している状態の構造を捉えることはできません。 そこで私たちは、膜タンパク質を生体膜を模倣した脂質二重膜小胞(リポソーム)に再構成し、膜電位やプロトン駆動力を付 加した状態で構造解析を行っています。実際に、ATP 合成酵素をリポソームに組み込み、ATP 合成中の構造を捉えることに成功しました(Science Advances, 2025)。現在、この手法を他の膜タンパク質へと展開し、これまで見ることのできなかった**「機能中の膜タンパク質の姿」**を明らかにする研究を進 めています。