西洋人からみた日本文化 A

西洋人による日本の「発見」


 最初の出会い   南蛮人の日本観   逆さまの国   日本の政治体制 

南蛮貿易の時代

キリシタンの世紀


1543年  ポルトガル人を乗せた中国船は種子島に漂流
1549年  ザビエルが訪日 実際の交流開始  
1639年  ポルトガルとの貿易禁止令
     実質 90年間


日本とヨーロッパとの最初の出会い



特徴



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南蛮人の日本観



資料


宣教師たちの書簡と報告
フロイスの『日本史』
バルトリの『イエズス会通史』(『アジア編』・『日本編』)

日本の総合イメージ




日本人の特徴



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逆さまの国



 ヴァン・リンコーテンは、日本人の「習慣や、食事のこしらえ方や、美の観念は、よその国民の それらとまったく逆さまである」と述べた。これは日本を訪れた西洋人の 一般的な考え方であったそうである。
 イエズス会の宣教師のなかで、日本の最もよい理解者とされていたポルトガル人のルイス・フロイス(Luis Frois)に「日本覚書」 という著書があり、そこに600以上の事例を挙げて、日本人のやり方は西洋人のそれの全く逆であることを執拗に証明しようとした。日本でイエズス会の 最高の幹部だったイタリア人のアレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano)はこのように述べている。

 日本人は、他のすべての国民とははなはだしく異なった儀礼や風習を有しており、まるで、他のいずれの国民ともいかにすれば順応しないかを 故意に研究したかと思われるばかりである。( . . . )事実、日本はヨーロッパとは全く反対に走った世界である。


「日本逆さまの国」説は、その後、今まで続け、日本人の意識にも 定着してきた日本の「異質論」、「ユニーク論」の源泉である。 というのは、日本がヨーロッパに対してだけではなく、すべての国に対して異質で、ユニークな国である。 ただし、この時代はこの異質は「逆さまの国」という童話的な形をとってしまった。
 この「逆さま」のあり方のもっとも衝撃的な現象は腹を切ることを以って行われる 「強制的な自殺」であろう。日本人の切腹について1557年に初めて報告したガスパル・ヴィレーラ (Gaspar Villela)はこのように述べている。

 国王(実際は藩主)が自分に叛き、または反逆を謀った貴族 (武士)を罰する方法は、次の通りである。王は、死ななければならないと定まった人を 解放して、何日に死ななければならないことを伝えさせる。反逆者は殿下の命令があれば、自殺すると答える。 もし王がこれを許せば、大なる名誉とし、最もよい衣服を着て、短刀を手に執り、胸より刺して 腹の下に至り、十字型に転じて、一側から他側に腹を切って死ぬ。このように死ぬ者は反逆の謗り を受けないし、相続人とその家族は従前のような立場を維持する。
 これはすべて悪魔の陰謀である。


 これはすべて西洋にとって、常識に反する、逆さまの世界のことであった。悪魔の陰謀以外は納得できる 説明がなかったであろう。


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日本の政治体制



 鎖国令から半世紀、『イエズス会通史』(全28巻)を著したイタリアの文豪ダニエーロ・バルトリ(Daniello Bartoli 1608-1685) は、残忍きわまる迫害で終わってしまった「キリシタンの世紀」を顧みて、日本についてこのように述べる。

 日本人は大体たくましくて、我慢強く、戦争の苦労に慣れている。空腹、枯渇、寒さ、 猛暑、不眠その他の苦しみに対する忍耐力は信じられないほどである。あまりにも親切、行儀正しく、真剣、 敏感、好奇心があって、はっきりとものを理解する傾向があり、賢明にして話すより聴くことをましとする。 彼らの言語は重々しくて、品があり、豊かであり、単語の数や、表現の可能性と柔軟性の観点から、 紛れもなくラテン語とギリシャ語より水準が高い。
 彼らの最も強い感情は名誉であり、天下のどの国民よりも野心的で傲慢である。人間として名誉の意識を 以って立ち、それによって支配される。手柄を立てて地位を固め、出世する。主として武芸に長じる。 十二歳の時分から武器を使い、寝るときまで手から離さないで、寝るときも枕元に置く、寝ながらも武士で あることを示すように。
 特権がある人々の大きな過ちは、地位の低い人々をあまりにも蔑視することである。農民や商人は使われる ものとして軽視され、彼らに自由と権利を認めない。
 キリスト教の意味で、日本人は自分を戒めることは不可能に近いが、他方彼らは自分の感情を みごとに制止し、この観点からストア派の思想家に等しい。
 喧嘩したり、殴り合ったりすることもめずらしく、悪口もあまり言わない。悪運に対する勇ましい態度は 立派である。敗北のときにも言動で恐怖を表すことがない。

 『イエズス会通史』のなか、「日本編」の5巻は1660年に刊行されたが、主題は日本におけるイエズス会の 歴史である。以上の所見は1650年に刊行された「亜細亜編」(8巻)の第3巻の日本の総合紹介からの引用である。 イエズス会の豊富な文書に基づいたこの記述は当時のヨーロッパ人の日本観に大きな影響を与えた。大体に、 正当で、かなり好意的な叙述である。
ここでバルトリは日本の政治体制について詳しく論じていないが、地位の低い 人々に自由と権利が認められていない点を注意したい。アダムスは、逆に、幕府の政治体制を高く評価し、 それを世界でもっとも人道的な体制であるとたたえている。家康の政策の評価をさておき、バルトリの 見方は大体正しいと思われる。しかも、秀吉が暴君として非難され、キリシタンを迫害した将軍たちも悪者 扱いされている。その結果、日本は悪性の専制体制として思われるようになった。しかし、早くから日本の 政治体制をたたえる声もあったのも重視されるべきである。

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もっと知りたい学生のため



 この時代に関する著書が多い。ただし、軽く読もうとしたら、以下の著書をお勧めします。

松田毅一・E.ヨリッセン著 フロイスの日本覚書 − 日本とヨーロッパの風習の違い  中公新書
600以上の事例を挙げて、日本がヨーロッパの逆さまの国である証明しようとする、ルイス・フロイスの 著書の翻訳。日本のイエズス会の事情と人物についての詳しい説明もある。

井上ひさし わが友フロイス ネスコ/文藝春秋
小説気分のフロイス伝記。

なお、芥川龍之介にオルガンティノが登場する『神神の微笑』という短編小説がある。
奉教人の死・煙草と悪魔・他の11篇 岩波文庫

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