ヨーロッパ企業論B ・ 欧州連合諸国の産業構造と企業経営
2008年版
ドイツの企業
自動車のダイムラー
ビジネス・ソフトのSAP
ダイムラー
ダイムラー・グループはドイツを代表する企業グループである。ドイツの最大の企業であり、製造部門でEUの最大のグループでもある。
ダイムラーは高級自動車メーカーであり、世界第一位のトラック・メーカーでもあり、航空機・宇宙・防衛部門の世界第2位のグループである
EADS
(ヨーロッパ航空・防衛・宇宙株式会社)の大株主(22.41%)でもある。もともとダイムラー・ベンツと称されて、主にドイツ国内で活躍していたこのグループは、1998年に米国の第三位の自動車メーカーの
クライスラー
を買収したことで、グローバルなプレイヤーとなり、社名をダイムラー・クライスラーに変更したが、2007年にクライスラーを売却したことで社名はダイムラーとなった。
ダイムラーの歴史
歴史
現在のダイムラーグループは、ダイムラーとベンツの合併から発足したのである。
ダイムラー・ベンツの始まり、自動車の始まりでもある。
1886年1月29日、Karl Benz(カール・ベンツ)は世界で最初の「ガソリン・エンジンを動力とする車両」についての特許を登録した。これは現在のガソリン・エンジン自動車の始まりである。カール・ベンツはすでに1883年にガスを動力とする自動車の生産のため
「ベンツ社」
を創立していたが、その後三輪自動車の生産を開始し、1890年に四輪自動車へと移動した。
反面、ほぼ同じ時期にGottlieb Daimler(ゴットリープ・ダイムラー)もガソリン・エンジン自動車の開発に成功し、彼を社長とする
「ダイムラー・モトーレン社」
で生産した。
最初の段階にダイムラー社はリードーをとり、
「メルセデス」
のブランドでカー・レースで有名になったが、その後ベンツ社も成長し、両社は競争の関係になり、自動車開発で互いに刺激しあって成長した。ついに、1926年に両社は合併し、
「ダイムラー・ベンツ社」
となった。
1930年代に、自動車産業の発展を促進したナチス政権の後援を得て、大いに成長し、第二次世界大戦の間、軍事部門に参入し、トラック、戦車、戦闘機、潜水艦エンジンも生産した。
戦後はトラック、機械、防衛、電子・電気部門にも入り、ドイツ最大のグループになった。
1998年にアメリカ第三位の自動車メーカーの
クライスラー
を買収し、世界第7位の自動車メーカーになった。
その後、グローバリゼーションの政策を追求して、2000年に
三菱自動車
と資本提携を結び、一時同社の株式の37%を保有し、筆頭株主となり、社長も派遣した。同じ年に韓国の自動車メーカーの
現代自動車
も傘下においた。しかし、不振だった三菱と現代の経営が改善できず、2004年に現代の株式を売却し、2005年11月に三菱自動車の株式も完全に買収した。但し、トラック部門の
三菱ふそう
の株式の85%を保有し続けている。
しかし、クライスラーの再建の目途が立たず、ついに2007年5月にクライスラーも売却され、グローバル・プレイヤーの野心をあきらめ、高級車・トラック中心のもとの体制に戻った。但し、クライスラーの株式の19.9%を保有している。
特色
グループの中核事業は自動車であり、高収益性の自動車部門はグループの発展を支えてきた。
ベンツのイメージは質が高い高級車とドイツの技術であり、ダイムラー・ベンツは品質に力を入れて、 価格の意識がなかった。ベンツの車は値段ではなく、品質とイメージで売れると、グループの信念であった。 また、ドイツ国内生産にこだわった。
しかし、1990年代の世界経済の低迷の結果、高級車の販売は不振となり、価格の意識が強いライバルのBMWとの競争が激しくなったので、 創立以降100年間以上ずっと黒字だったダイムラー・ベンツも初めて赤字を記録するようになったが、その後回復した。
グローバル化の挑戦に直面したダイムラー・ベンツは、高級車の狭い市場で辛うじて生き残る選択肢もあったが、総合自動車メーカーになる道を選び、大衆車メーカーのクライスラーを買収し、製品レンジを拡大した。こうして、アメリカでの拠点を確保してから、日本にも上陸し、三菱自動車を傘下に置いた。特に、三菱自動車の軽自動車のノウ・ハウとトラック部門を重視した。
これは従来戦略の抜本的な変化だった。しかし、その後ダイムラーは苦戦し、グローバルな経営を発揮していない。クライスラーのリストラはうまく行かず、その赤字はグループ全体に大きな負担となっている。三菱自動車のリストラにも失敗し、最終的に提携を解消せざるを得なかった。ついに、クライスラーの売却で、ダイムラーのグローバル化の戦略はことごとく失敗した。。
また、メルセデス・グループも高級車とドイツ製という従来の戦略を部分的に見直して、フランスで小型車のスマートの生産を始めた。小さくてもベンツの高品質をアピールとするこの自動車は道が狭く、交通量が激しいヨーロッパの都市のために考えられた車であるが、売れ行きは思うように行かず、発売されてから数ヵ月後値段を下げざるを得なかった。
つまり、100年間の経験の結果形成された企業文化を見直すことは難しい。
従来、ダイムラー・ベンツはドイツの最大銀行、ドイツ銀行グループの参加企業だったが、1998年にクライスラーとの合併のとき、ドイツ銀行は大部分の株式を買収し、現在その保有率は4.4%にとどまっている。株主の四分の二ぐらいは機関投資家で、筆頭株主はクウェート投資庁(7.2%)で、ヨーロッパの投資家は株の73%を占めている。
ダイムラー・グループ
ダイムラー社のコアー・ビジネス(中核的な事業)は自動車である。2007年のグループは124万台の乗用車と79万台のトラック、バス、バンを販売し、売り上げは994億ユーロだった。利益は87億ユーロ。従業員は27万人で、17カ国に工場がある。
ダイムラー・グループは、乗用車部門の
メルセデス・ベンツ
とトラック部門の
ダイムラー・トラックス
とバン部門の
メルセデス・ベンツ・バンズ
とバス部門の
ダイムラー・バスズ
と金融部門の
ダイムラー金融サービス
という5部門に分けている。
総売り上げの構成は、メルセデス・ベンツが52%、ダイムラー・トラックスが26%、バスとバンは14%、金融サービスが8%
メルセデス・ベンツ
高級車に専門化し、高級車セグメント(部門)において世界の第一位を占めている。2007年の販売台数は129万台で、収入は524 億ユーロだった。主要な市場はドイツ(27%)、その他の西欧諸国(34%)、米国(19%)と日本(4%)だった。
生産はほとんどドイツ国内で行われ、コンパクト・カーの
smart
(スマート)はフランスで生産されている。また、米国、ブラジル、南アフリカと中国にも工場がある。
ダイムラートラック
世界トラック市場で最大のシェアを保有し、2007年に46万台を販売し、売り上げは264億ユーロだった。従業員は8万人以上である。メルセデス・ベンツ・トラックと三菱ふそうは中核となっている。
主要な市場は、アジア(31%)、NAFTA(米国・カナダ・メキシコ:24%)、ヨーロッパ(19%)である。
メルセデス・ベンツ・バンズ
2007年の生産は283.073台だった。
ダイムラー・バスズ
2007年の生産は39000台だった。売り上げは、バン部門とあわせて、191億ユーロ。
ダイムラー金融サービス
なお、カー・ローンのための金融部門もあり、販売される自動車の三分の一ぐらいに融資サービスを提供している。
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ビジネス・ソフトのSAP
ドイツ企業の得意は製造部門であり、想像力と柔軟性よりも高品質と 技術的能力のために評価されている。しかし、SAPはドイツ企業として珍しく、ソフトの企業で、ベンチャー・ ビジネスとして30年前、ゼロから出発して、現在、世界第三位のソフト・メーカーで、ビジネスソフトで世界市場をリードする多国籍企業となり、I T 業界でもっとも重要な企業の一つ として位置づけられるようになった
SAP社の奇跡的な発展
1972年にドイツIBMから独立した5人のシステム・エンジニアによってその前身は創立された。企業の 財務管理システムの開発は業務の内容。当初、事務所は創立者の一人の自宅、設備がなく顧客の コンピュータを利用してシステムを開発した
最初の営業年度で業務用アプリケーションソフト(R/1)の開発に成功し、9人の従業員を雇うようになった
1976年に有限会社となり、社名はSAP GmbH (Systeme, Anwendungen, Produkte in der Datenverarbeitung : データ処理のシステム・アプリケーション・製品)。執行責任者はホップとヴェレンロイター。ビル・ゲイツ がマイクロソフトを創立した翌年である。翌1977年、南ドイツのヴァールドルフに本社ビルを設ける
1979年にIBMとジーメンスのメインフレームを想定する総合的なビジネスアプリケーションソフト、R/2 を売り出し、大ヒットとなった
1980年に
設立期
が完成し、ドイツの主要なソフトウェアハウスの一つとなる。活動範囲は ドイツ語圏
1984年にスイスでSAPインターナショナルを設立し、ソフトを英語に訳し、EC諸国に市場を拡大
1988年にアメリカ、1989年にカナダ、シンガポール、オーストラリアへ進出
1979年から1987年までに、売り上げは24倍以上拡大
1980年代の終わりごろ、メインフレームの後退を予測して、マルチプラットフォームのソフト、R/3を開発し、 パソコンの普及の波に乗って大成功した
1990年代に、SAPは倍々ゲームで成長し、ソフトの世界的リーダーの一つとなる。1992年に100%出資の 日本子会社を設立。現在SAPジャパンの従業員は1300人
2008年にソフトの大手、ビジネスオブジェクト社を買収
現在、SAPはマイクロソフトとオラクルについで、世界の第三位のソフト・メーカーで、特にビジネスソフトの世界市場をリードしている。世界120ヶ国で顧客は46000社で、利用者は1200万人で ある。従業員は50ヶ国で43800人、その内、12.000人はシステム開発に携わっている。2007年の売り上げは102億ユーロ(約1兆6000億円)で、前年比に対して9%の増加を記録した。営業利益は27億ユーロで(前年比6%増)、利益率は27.7%だった、
主要な市場は米国(総売上の26%)、ドイツ(20%)。ドイツを含めて、ヨーロッパ・中近東・アフリカは売り上げの53%を占めて いる。日本も4%で重要な市場である
売り上げの構成は、メンテナンス37%、ソフト33%、コンサルティング22%、トレーニング4%(2007年)
SAP社経営の特徴
SAP社の成長を支えてきたのは研究開発投資である。毎年、売り上げの2割程度研究開発に投資されている
高技術家の集団で、人件費は高く、売り上げの3−4割である。IT産業は労働集約型産業である
従業員の8割近く技術系で、2割弱は営業である。メンテナンス部門の比重は増える傾向で、サポート部門は 拡張している
従業員の恒常的な教育は重視され、そのために1993年に企業内教育施設、SAP Akademieが設立され、 あらゆるコースを提供する
企業内の雰囲気は家族的で、気楽である。組織はフラットで、労働時間は自由で、協働的な執行スタイル、 情報の流れは円滑である。平均年齢は低く、離職率はわずか2%程度である
SAP社の技術はIBMから受け継いだものであるが、その経営にドイツ的な要素が多い。たとえば、 ストック・オプション制度は、役人の報酬のためではなく、社員の福祉のために利用されている
1988年から、大企業になったSAP社は専門雑誌に広告を出すようになったが、その前は専門家同士の口コミに頼っていた。最近、中小企業への市場拡大のため、派手な宣伝活動を展開するようになった
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参 考 書
教科書
EUの経営史
第3章 第4節