2004/3/29 ■■■■ 京都部落問題研究資料センター メールマガジン vol.048 ■■■■

□コラム□  棲み別れて安住すべからず

 『朝日新聞』の夕刊に「論壇時評」という連載がある。2年に一度くらい担 当者が交代し、先日、藤原帰一東大教授が2年間の担当を終えた。その最終回 を締めくくるにあたり、氏は次のような興味深い指摘を行なっている(「論壇 の正体―自由な思考生まぬ停滞」『朝日新聞』論壇時評 2004年3月22日夕刊)。 「何が書いてあるのか、読まなくてもわかった気になることも多い。『世界』 や『論座』が憲法を守ろうと呼びかけるとき、『諸君!』や『正論』はその憲 法が日本国民から自立を奪ったと訴える。…議論の中身にも顔ぶれにも新味が ない。…試みに4月号を見ると、『世界』には「私たちは『有事体制』を拒否 します」とか「『報国』の暴風が吹き荒れる」などと題する文章が、『正論』 には「待ったなし! 今こそ『日本国憲法』を無効とせよ」とか、「騙(だま) されるな! 『民主的』教育論が子供をダメにする」などの文章が並んでいる。 10年前の4月号だといっても通りそうな目次である。…読者も、自分の立場 を代弁する雑誌を選ぶのだろう(日本国憲法の支持者が『正論』を読むだろう か?)。雑誌も読者も棲(す)み分けているだけに、異なる意見を持つ人びと が互いに議論することはない。…自分の立場にとらわれた議論が続く限り、自 由な思考は生まれない。書き手も読者も論壇から離れてゆくのは当然だった、 と私は思う。」
 それぞれの雑誌が、ワン・パターンの論を繰り返し、読み手がどんどん離れ ていくというのは、総合雑誌に限ったことではない。むしろ、部落問題関係の 雑誌や新聞でも、そうしたマンネリ化はここ3、40年にわたって続いている といっても過言ではない。部落解放同盟系の人たちと共産党系の人たちが、別 々の組織体系をもち(研究機関もその組織体系の一部として組み込まれ)、そ れぞれの機関誌で自分たちの路線の枠内だけでものをいう。それぞれの書き手 は自分の属している組織の顔色をうかがって、その許容範囲内だけ文章を書く という知的怠慢が蔓延している。こうした議論の棲み別れは、自分にとって耳 障りのいい意見だけ聞きたいという読者の期待とも連動して、「膨大なゼロ」 を生み出し続けている。
 資料センター通信『Memento』12号(2003年4月25日)に拙稿「部落解放に 反天皇制は無用」を掲載し、また師岡佑行氏にお願いしてそれへの批判論文= 「反天皇制は部落解放の核心である」を掲載したのも、そうした部落解放理論 の沈滞を打破して、新しい議論を発展させようと意図したものであった。一つ の媒体で、これほど相反する主張がなされ、それなりに論点が噛み合ったこと について、議論自体まだ始まったばかりとはいいながら、仕掛け人としてはい ささか誇らしく思っている次第である。
 ところが、先日=2月23日、部落解放同盟京都府連合会より(その五役の意 思として)、私に対して「資料センター所長を辞任せよ」との要求があった。 辞任要求の理由は「部落解放同盟傘下の研究機関の所長でありながら、解放同 盟による反天皇制の方針を否定するような論文を機関誌上で発表した」ことの ようである(口頭なので正確を期しがたいが)。その要求をお断りし、話し合 いを要望したところ、3月17日に京都府連から再度辞任要求があり、状況によ っては資料センターを一旦閉鎖することも辞さない、との覚悟のようである。 私は、『Memento』論文に関して、批判が出ることは当然だし、必要なことだ と思っていたが、辞任要求を受けようとは全く夢にも思わず、驚き入っている。  しかし、多方面に意見を聞いたところ、解放運動に近い人ほど「解放同盟と はそういう組織だ。」「意見の違いを議論で解決できず、分裂して今日まで来 た。今さら驚くにはあたらない。」「議論したければ、運動の外でやったほう がわずらわしくなくていいのではないか」といった類の感想を異口同音に語ら れる。逆に、運動からは距離があり、部落解放運動を民主主義の代表選手の一 人と思っている人ほど、「解放運動がそんなことではいけない。灘本さん、が んばってください」と励ましてくださる。今さらながら、自分の世間知らず、 運動知らずに恥じ入るほかない。自分の部落解放運動像は買いかぶりに過ぎな かったということを、運動にかかわって32年目に知ったわけだ。  もっとも教育心理学には「ピグマリオン効果」という概念がある。「買いか ぶりにも効用」ということで、たとえば教師が生徒に対して、「この子には本 当は能力がある」というプラスの思い込みをもって接すると、期待を持たない 時より教育効果があがるという現象である。現実を見つめるべきか、買かぶり を続けるべきか…。
 ともかく、「気に入らない奴は追放せよ!」などという考え方は、幼稚園児 が砂場で喧嘩しているにも等しい話で、到底受け入れられるものではなく、ま た部落問題研究の全国的拠点としてある資料センターを軽々に消滅させるわけ にはいかないので、粘り強く問題解決にあたっていきたいと思う。願わくば読 者諸氏のご意見を乞う。
 なお、この一件の経過については、近日、ホームページや『Memento』でお伝 えするつもりです。(灘本昌久)

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