2004/1/15 ■■■■ 京都部落問題研究資料センター メールマガジン vol.043 ■■■■

□論文紹介□

谷元昭信「『人権のまちづくり』運動の全国展開にあたって
―部落解放運動における『人権のまちづくり』運動の位置に関する一考察」
                   (『部落解放』523号、2003年9月)

 『部落解放』2003年9月号は、「人権のまちづくり」特集である。京都では、 崇仁地区をはじめとして、「人権のまちづくり」が新しい部落解放運動として 実践されてきているので、特に目新しいスローガンではないのだが、この特集 号に掲載されている谷元昭信氏の論文は、思わず眠気が吹き飛んで、目を見開 いてしまうほどの強烈なインパクトを持っている。  部落解放同盟は、2003年5月に第60回大会を開催し、「新同和行政推進施策基 本方針」「人権の法制度確立基本方針」「『人権のまちづくり』運動推進基本 方針」の3つの重要文書を基本方針として決定している。そして、谷元論文は、 この3つの基本方針が、部落解放運動史上にどのような位置を占めているかを 考えるために、従来の部落解放理論を歴史的に総括したものであるが、その中 で、従来の問題点が、的確に総括され、驚くべき率直さで自己批判されている のである。
 たとえば、朝田善之助委員長が主導した「部落民にとって不利益な問題はい っさい差別である」という命題について、「しかし、この命題は、当初から議 論が起こっていたように、『正しく理解』されなければ、部落排外主義・部落 第一主義に陥る危険な側面を孕んでいるという弱点も有していたことは事実で ある」と指摘し、また「部落差別の本質」「部落差別の社会的存在意義」「社 会意識としての部落民に対する差別観念」という「3つの命題」についても、 「不幸な日本共産党との熾烈な論争が、組織の存亡をかけた激烈な対立になっ ていったために、『三つの命題』が内包する弱点に内部から言及することがは ばかられ、解放理論として十全に発展させることができなかったことは、今日 時点では率直に反省しなければならないであろう」としている。部落解放同盟 と日本共産党の対立の原因のかなりの部分が、大衆団体を党のコントロール下 に置き、体制内改良を認めない日本共産党のセクト主義・革命主義に責任があ ることは明らかであるが、部落解放同盟の側に問題があったことも事実だろう と思う。谷元論文は、その点をしっかり引き受けている点で、好感が持てる。  また、「同盟組織の『水脹れ』現象が指摘されはじめ、路線問題というより は利害対立や組織運営の稚拙さに起因する組織矛盾が頻繁に起こ」り、「この ような状況が、同和行政で見えはじめていた欠陥や限界への対応を後手に回ら せ、『部落の差別された実態』が大きく様変わりしていく状況のもとで、行政 闘争初期の理論を発展させることなく、旧態依然とした部落観(低位劣悪性論) や闘争スタイルに固執するという弊害をもたらす原因の一つにもなったといえ る。この部落解放運動の状態が、同和行政の欠陥や限界を打ち破れなかった反 省として深く胸に刻んでおく必要がある」という総括も、外へ責任をかぶせる のでなく、運動の側に責任を引き寄せる誠実な総括といえるだろう。  この他、従来にない明解な総括がなされているが、極めつけは「最深刻論」 批判である。谷元氏は次のようにいう。「『部落問題は、もっとも深刻にして 重大な社会問題』という、いわば最深刻論の論理である。これは、被差別部落 当事者にとってみれば、まさに『もっとも深刻にして重大な』問題であること は間違いない。しかし、同時にあらゆる被差別問題の当事者にとっても、それ ぞれの問題がもっとも深刻で重大な問題であることもまた事実である。人権問 題に軽重はないといわれるが、ある問題が他の問題と比べて『最も深刻にして 重大』ということはなく、すべての差別問題は深刻にして重大であるという同 質性をもっているという認識が大切である。問題は、差別実態の深刻度に応じ て政策展開の優先順位が決められていくということは現実的には避けられない というだけである。」まことに最もな議論と思う。  この他、「原点論」にたいしては、「『部落問題はあらゆる差別問題の原点』 という原点論も存在している。いずれにしても、他の問題の排除のために使う ようなことがあってはならないことを肝に銘じておく必要がある。」、「痛み 論」については、「自分の思いを押し通すために相手を押さえつける武器にし たり、反差別の取り組みから離脱する善意の手段として使われたりという、誤 った理解も存在している。」など、従来、部落解放運動を妨げてきた論理にも、 たいへん的確な批判がなされており、こうした議論が部落解放同盟中央本部書 記次長という重い肩書きで書かれたことに、深甚の敬意を表するものである。  しかし、この谷元氏の議論をかみしめてみると、部落差別の状況が大きく改 善される一方、様々な社会的境遇の中で不利益をこうむっている多くの社会的 弱者・被差別者の存在がクローズアップされてきている今日、部落民にのみ特 化した施策の継続・強化を求める部落解放基本法要求運動に妥当性があったか は、大いに疑問としなければならない。むしろ、「社会的公正確保法」のよう なセーフティーネットを幅広く保障する制度の確立を広く呼びかけて運動した ほうが、多くの賛同を得て実現した可能性があるし、また、その制度の中で、 誰の置かれている境遇がより多く救済されるべきかという順序づけの問題とし て政策を議論したほうが、ダイナミックに変化する社会状況に適応しやすいと 考える。来年になれば、部落解放基本法要求運動がはじまって20年になる。誤 った方針で失われた20年が「失われた30年」にならないうちに、谷元氏の問題 提起を受けて、議論をさらに発展させるよう努力していきたいものである。(灘本昌久)

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