2003/8/11 ■■■■ 京都部落問題研究資料センター メールマガジン vol.033 ■■■■

□本の紹介□
     小西聖子『トラウマの心理学―心の傷と向きあう方法』
                 (NHK出版、2001年、830円)

 最近、年間の自殺者が3万人の大台で推移している。長引く不況の中で、40、 50歳代の男性に自ら命を絶つ人が増えているためであろう。こうした人たちの 多くは、自殺の前段階として、うつ症状をきたしていることが多いそうである。 そして、そのうつ状態の人にたいする誤った対応の最たるものが、「励ます」 ということである。生真面目な人が精神的に無理を重ねてうつ状態にあるとこ ろに、さらに「がんばれ」というのは、伸びきったゴムを引っ張るようなもの で、さらなる精神的負担を強いることになっても、本当の意味で助けになるこ とは期待できない。うつ状態にある人には、もう充分がんばった、それ以上が んばらなくてもいいですよというメッセージこそが必要である。  うつと同じく、それなりの基本的知識をもっておかないと、逆に相手を傷つ けたり、苦しめたりすることにつながるものに「トラウマ」(心の傷)の問題 がある。
 本書の著者である小西聖子さんは、犯罪被害者のトラウマ研究と援助に関し て、理論・実践両面において日本を代表する人である。小西さんはトラウマに ついて「人間の対処能力を超えたできごとを経験して、それを経験したあとに いろいろな心身の不調が持続的にあらわれる状況」と説明する。そして、とり わけ深刻なトラウマをかかえる人たちとして、犯罪被害者やその遺族、性暴力、 ドメスティック・バイオレンス、児童虐待の被害者をあげ、それぞれが陥って いる精神的窮状につきその理解されがたさを丁寧に説明している。  たとえば、犯罪被害者の遺族の場合、しばしば自責感にさいなまれているこ とを指摘する。当事者でない人間から考えると、犯罪被害者の遺族になんの責 任もあろうはずがないと思えるのだが、たとえば部活で帰る途中に強姦殺人に あった娘にたいして、自分が「お姉ちゃんと一緒に駅から帰ってこい」といわ なかったから殺されたのだ。だから自分が殺したようなものだと思い込んでし まうなど。精神的に極限状況に追い込まれていない部外者には理解しがたいこ とだが、トラウマを抱えた当事者には、そうした思いから逃れられない場合が でてくる。そうした心情を理解できない周囲の人間は、早く忘れろとか、前向 きに生きろとか説教しがちで、そのことが当事者をさらに追い込んだり人間不 信に陥らせたりする。本書では、常識では理解しがたい当事者の心理的状況が 支援体験に基づいて説得力をもって描写されていく。  そして、こうした被害者を支援・援助しようとする人が直面する大変さにも 筆が及んでいく。支援者は、当事者の陥っている困難な心理的状況に共感し受 け入れることを最重要課題として取り組んでいくのだが、単に機械的に相づち を打っていては、当事者に簡単に見破られてしまう。かといって、無理やり理 解して心から共感しようとするとバーンアウト(燃え尽き)してしまう。また、 警官や消防士、救急隊員なども、悲惨な極限状況の中で救援活動をするため状 況に適応する手段として、「こんなことは私はいつも体験していることで、た いしたことじゃない」と自分に言い聞かせ、苦痛に耐えていくのだが、そのこ とが被害者には冷淡・シニカルとうつって、感情を害してしまうなどである。  最近になって、やっとこうした犯罪や家庭内暴力の被害者の人権が注目され るようになってきたが、本書は、格好の入門書として多くの人に読んでもらい たい。(灘本昌久)

※ 小西聖子『トラウマの心理学―心の傷と向きあう方法』
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