2002/07/24 京都部落問題研究資料センター メールマガジン vol.007

□テレビ番組レビュー その1□
にんげんゆうゆう「『性同一性障害』を考える」(1)(2)
             (NHK教育、7月15・16日午後7時30分〜8時)

 最近「性同一性障害」という言葉をよく耳にするようになった。「同性愛」というのは、ある人が同性に性欲をいだくか、異性に性欲をいだくかという二人以上の人間関係に存在する問題であるのにたいして、「性同一性障害」というのは、自分の体の性別と心の性別の一致・不一致という1人の中で起こってくる問題である。心が女に生まれているのに、体が男に発達してくる(声変わりしたり、性器が発達したり)、あるいは心が男に生まれているのに、体が女として発達してくる(乳房が膨らむなど)ことは、本人に強度の違和感・不快感をもたらす。以前は、人間の性別は体の性が基本で、心をそれにあわせる治療がなされており、つまりは、精神の病として治療がなされていたのだが、現在は、心が基本で体をそれにあわせる治療がなされるようになった。これを以前は性転換手術といったが、現在は、性別再適合手術という。
 「性同一性障害」については、NHKで「男と女の境界線」(1998.6.22放映)という番組が既に放映されている。山本一夫さんという人が、訓練によって女性化した声を唯一の心の支えに生きていく姿をみて、私ははじめて性同一性障害の何たるかを知った。非常に衝撃的なドキュメントだったと思う。今回の、にんげんゆうゆうは、そうした当事者のカミングアウトにより心でわからせるという手法ではなく、性同一性障害に関する資料と事実でわからせるという構成だった。
 この番組で、1964年に起こった「ブルーボーイ事件」を知った。ブルーボーイというのは、男性相手に売春する男性のことだそうだが、あるブルーボーイが日本で性転換手術を受け、それが警察の知るところとなり、執刀した医者は裁判で有罪判決を受ける。この事件で、性転換手術に対するタブー視が生まれ、1996年の埼玉医大での手術開始まで、長い冬の時代をくぐることになった。性転換が犯罪であった時代がこれほど長い時間であったということに、あらためて考えさせられた。
 今は、性別再適合手術が医療として認められるようになったのだが、新たな問題が生じてきている。特に、性を転換した人の戸籍変更が認められていないため、いろいろな不都合が生じてくるのである。たとえば、性転換した女性が投票に行き受付をしようとすると、戸籍が男性のままであるため、本人である
との確認をなかなかしてもらえず、否応なく性別再適合手術したことを公言しなければならないことなどである。
 前記の番組と、今回の番組を比べると、性同一性障害者のカミングアウト自体が大きなインパクトをもった時期からわずか4年で、次の展望を模索するあらたな段階を迎えたという気がする。
 なお、7月14日に放映された、ドキュメント’02「カミングアウト 男から女へ・安藤大将という生き方」も、アイドル競艇選手として生きてきた安藤千夏さんが、安藤大将として再スタートするまでを描いた秀作だった。性同一性障害の苦しさとは何かを知るために、必見の番組である。

※ NNN ドキュメント'02
 <http://www.ntv.co.jp/document/index.html>
※ 「金八先生」で扱われた性同一性障害
 <http://www.tbs.co.jp/kinpachi/world_top.html>
 <http://www.tbs.co.jp/kinpachi/sp4_top.html>
※ 「女性へ、初の性転換 性同一性障害の30代男性−−埼玉医大手術開始」
(毎日新聞)
 <http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Medical/199906/25.html>
※ 「オカマ」は差別語か!?(神名龍子)
 <http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/lrin/lrin84.html>
※ お父さんのための『性同一性障害』講座
 <http://gii.virtualave.net/library/kouza.html>
※ FTM日本(虎井まさ衛)
 <http://www.netlaputa.ne.jp/~mike/ntgc/t_ftmnippon.html>

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□テレビ番組レビュー その2□
にんげんドキュメント「津軽・故郷の光の中へ」
    (NHK総合、7月20日午前9時15分〜10時再放送←2002年2月14日)

 2001年5月11日、「ハンセン病国家賠償請求訴訟」熊本地裁判決があり、らい予防法の早期見直しを怠ったとして、国の責任が認定された。小泉首相が原告団と面会し、国として控訴しない方針を決定したことは記憶に新しい。ハンセン病対策をあつかったテレビ番組としては、すでに鹿児島テレビ制作の「封印された叫び 〜国策・ハンセン病隔離の罪〜」(FNSドキュメンタリー大賞の準大賞、2000年12月放映)があり、ハンセン病の国策を歴史的に追ったすぐれた作品だったと思う。
 今回の、NHKの番組は、桜井哲夫さん(本名=長峰利造、通称=てっちゃん)という1人の元ハンセン病患者が、熊本判決後、故郷を訪問して、自分の失われた過去を取り戻す過程を克明に追ったものである(第28回放送文化基金「テレビドキュメンタリー番組部門」本賞)。
 桜井さんは、1924年(大正13)青森県津軽の裕福なりんご農家に生まれた。しかし、13歳でハンセン病を発病、17歳で群馬県にある国立療養所栗生楽泉園
に入所(収容)。第2次大戦後輸入された特効薬により39歳で治癒したが、その時には病状が進行しており、声帯・片眼球を摘出し、指もない。
 故郷を出てから60年ぶりに津軽を訪れた桜井氏は、木村守男青森県知事に面会し、知事は長年の地方行政の差別性を謝罪、故郷鶴田町役場では、小さいときには日の暮れるまで遊び興じた幼なじみの中野ケン司町長と会う。「ケンジ、ありがとう…呼び捨てにして、悪いな」と謝るてっちゃんに「なんでな、けやぐ(友達)だもの」と応じる町長のセリフが泣かせる。
 てっちゃんを自宅に迎えたのは、現在の長峰家当主の妻で、義理の姪にあたるきねさんである。今回の里帰りは、きねさんの決断によるところが多い。てっちゃんは60年ぶりに家の敷居をまたいで、葬儀にも行けなかった両親の仏壇に手を合わせ、少年時代にかけまわったリンゴ園でリンゴを食べる。夜、長峰家の人たちと顔合わせ。まだまだ、ハンセン病への偏見のある現在、子どもたちの結婚の時に差し支えるかもしれないという危険を冒して、しかしそんなことは微塵も感じさせない家族の人たちの暖かい歓迎を受け、死んだら長峰家の墓に入ってほしいとの申し出を受ける。夜は、町主催の歓迎の宴がもたれ、小学校時代の親友たちと感激の再会を果たす。こうして、長い長い旅の果てに桜井哲夫さんは「長峰利造」に戻った。
 ところで、このドキュメンタリーのもう1人の主人公が、金正美(キム・チョンミ、在日朝鮮人3世)さんである。チョンミさんは、19歳の時、ハンセン病施設訪問ボランティアに応募したことがきっかけで、てっちゃんと知り合うことになり、それ以来、祖父と孫娘のような付き合いを7年間してきている。彼女自身、はじめは、「怖い」と思い、話しかけられても顔を見ることもできなかったそうだ。それはそうだろう。てっちゃんの風貌は、片目と鼻がなく、全体にケロイドのような皮膚に包まれている。人間というよりは、スピルバーグ監督の映画に出てくる「ET(イー・ティー)」が目をつぶっているような顔だ。しかし、話をするなかで、てっちゃんの心に触れて、違和感がとれていく。その過程が、てっちゃんの対極にあるような美形・美声のチョンミさんの口から語られると心にしみるものがある。そして、てっちゃんに寄り添うチョンミさんを見ていると、癩者の体を洗い膿を吸い出したという伝説を持つ光明皇后や、タタラ場の奥深くに癩者をかくまい包帯を巻いて看病した「もののけ姫」のエボシ御前など、「癩者」にまつわる神話の世界が頭を駆けめぐってしまった。
 それはともかく、最後の「癩者」ともいうべき桜井さんを見ていると、ハンセン病者の背負ってきた歴史のあまりの重さに言葉もない。と同時に、最後の最後、土壇場で自分を取り戻す「ハッピーエンド」を見せてもらって、少し救われたような気がした。涙なくしては絶対に見られない、ドラマのような実話である。

※ 小泉首相ハンセン病訴訟原告団との面会
 <http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiphoto/2001/05/23hansen.html>
※ ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けての内閣総理大臣談話
 <http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2001/0525danwa.html>
※ 「封印された叫び 〜国策・ハンセン病隔離の罪〜」
 <http://www.fujitv.co.jp/jp/sinya/pub/00-347.html>
※ にんげんドキュメントのHP
 <http://www.nhk.or.jp/ningen/>
※ 金正美『しがまっこ 溶けた 詩人桜井哲夫との歳月』
<http://www.nhk-book.co.jp/cgi-bin/store/detail_book.asp?webcode=00807042002>
※ 桜井哲夫・金正美情報=「TIME研究会」
 <http://www.time21c.org/>

※「人権関係テレビ番組情報」は、以下をご覧ください。
<http://www.asahi-net.or.jp/~qm8m-ndmt/tv/contents.htm>