2002/05/29 京都部落問題研究資料センター メールマガジン vol.003

□テレビ番組レビュー その1□
ETV2002「スターリン 死のカルテ」
             (NHK教育、5月13日午後10時00分〜45分)

 ソ連が崩壊した後、ロシア政府によってすすめられている情報公開には目を みはるものがある。特に、国立社会政治史アーカイブに所蔵されている旧ソ連 共産党関係の史料からは、今まで隠されていた事実が続々と発掘されている。NHKは、その映像化を熱心にすすめており、2000年6月4日に衛星第1で放 映された日曜スペシャル「スターリン 隠された家族の悲劇」は衝撃的だった。1932年からスターリンが強行した農業の集団化は大失敗に終わり、飢饉で死者 400万人の大惨事となった。そうした状況下で、妻ナージャはスターリンに民 衆の生活の窮状を訴えるが、彼には通じず、ついに精神を病んでピストル自殺 を遂げる。孤独の中でスターリンはさらに独裁を強め、「大粛清」に突入する。そのすさまじさは、第17回党大会(1934)の139人の中央委員・同候補者のうち 98人が銃殺、140万人の逮捕者のうち67万人が銃殺されたということでも知ら れているが、恐ろしいことには、スターリンの猜疑心は近親者にも及び、先妻 やナージャの家族8人もが粛清の対象となった。かわいがっていた孫まで逮捕 されている。
 そして、今回の「死のカルテ」は、その続編というべき作品である。1953年 3月5日にスターリンは死ぬが、その間の経過は今まで不明であった。今回公 開された記録により、その経過が明らかとなった。3月1日の夜、スターリン は脳出血で倒れるのだが、そばにいることを許されていたフルシチョフら4人 の側近は、わざと治療を遅らせ、スターリン後のための権力闘争を開始する。 そして、4人での権力分配の時間稼ぎのためにのみ延命治療がほどこされた (権力闘争に敗れた側近の1人ベリヤは、12月に国家反逆罪で銃殺)。
 死ぬ間際まで、スターリンは1日14時間の激務を続けていたという。いった い、彼は何のために働いていたのだろうか。「労働者人民」という名の架空の 神か。日本人はスターリンの行った日本人のシベリア抑留(50数万人を連行し、 数万人が死亡)を批判する。もちろん、とんでもない不法行為であり、許され ることではないが、スターリンが国内人民に行った圧政・虐殺行為の規模と比 較すると、よくあの程度で済んで、53万人ほどが帰国できたものだと、妙に感 心してしまう。身近なところに潜んでいる「人民の敵」の恐怖がいかに強かっ たかがわかる。

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□テレビ番組レビュー その2□ 「犯罪被害者を救え アメリカ 立ちあがる市民ボランティア」              (NHKBS1、5月12日午後10時00分〜50分)
 アメリカは犯罪大国である。毎年2万人以上が殺人の被害者となる。日本で は、殺人は1200〜1300件ほどなので、そのすさまじさが知れようというもので ある。しかし、さすがにアメリカは犯罪が多いだけ、その救援体制はそれなり に整っている。今回の番組が密着取材したペンシルベニア州の犯罪被害者セン ターでは、24時間体制をしいて、事件発生後40分以内で被害者のもとに駆けつ ける。そして、事件発生直後の警察の事情聴取にも立会い、また、その後の裁 判でのエスコートや、生活支援、精神的ケアまでをトータルに行う。
 日本では、日弁連や人権擁護団体などが加害者の人権一辺倒でやってきた結 果、被害者の置かれた状況は無惨というしかない状態である。犯罪者が逮捕さ れるときに抵抗して怪我をしたとき、その治療費は全額公費負担で時として高 度な治療も行われる。かたや、この犯人に殺された被害者は、司法解剖に付さ れ、その病院から自宅までの搬送費用は被害者の家族に請求書が来る始末であ る。この全く片手落ちの処遇を一刻も早く是正することが、日本における人権 問題の焦眉の課題であり、この番組は、日本の犯罪被害者救援体制確立の教科 書になるような出色のドキュメントである。今年の、いろいろな番組の賞を総 なめにしても不思議はないほどである。
 ただ、難をいえば、この番組放映は明確な「著作権法違反」である。本番組 は、当資料センターでアルバイトをしていた新恵里氏が全面的に協力してでき た。そして、番組が放送されてみたらびっくり、なんと新恵里著『犯罪被害者 支援 アメリカ最前線の支援システム』(径書房、2000年)の丸写しなのであ る。番組に対応する記述が著書の中に30ヶ所ほどもあり、部分的に利用したの ではなく、本に映像を貼り付けたというしかない内容である。もちろん、原作 に極めて忠実で、しかも原作では伝わらない緊迫感をもったドキュメントを作 るのは困難な作業で、それ自体独立した価値を持つものであるが、それは原作 を映像化することに関し著者と出版社から正式に許可を得ていたら、である。 大学院生が、自腹を切るどころか、借金までして1年間参与観察した結果著さ れ著作にたいし、書名も出さずに無断で番組化していいと思っていたら傲慢極 まりない。この著書の出版を勧め、構想段階からかかわったものとして、NH K及び制作会社に対し厳重に警告しておく。(灘本)

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□テレビ番組レビュー その3□ 「乙武洋匡 愛と孤独〜結婚、そして父の死」
             (読売テレビ、5月20日午後9時00分〜54分)
 乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)君。大ブレークした『五体不満足』の著者 である。あの手足のほとんどない体で、ひたすら前向きにすがすがしく生きる 彼の姿に、数百万人が拍手を送り、「徹子の部屋」やニュース番組などにテレ ビ出演するなどひっぱりだことなった。そうした彼の活躍を素直に喜べずに、 “乙武の活躍で障害者差別の現実が隠蔽される”などと、弱者のルサンチマン 丸出しですねてみせる人が現れたりしたのはご愛嬌というべきか。ともかく、 日本で一番有名な障害者となったのである。
 しかし、その後乙武君はシンドクなる。余りにも「清く、正しく、美しく」 「明るく、楽しく、元気よく」というイメージで見られるからである。障害者 にたいする固定観念を打ち破ろうとして、逆の固定観念で見られるジレンマ。 そのあたりの事情は、『五体不満足 完全版』(講談社文庫、2001年)の第4 部として加筆されている。障害者一般を語らされることへの違和感で、乙武君 は講演会活動から撤退した。
 その続きが、本番組である。乙武君は、スポーツ好きの少年だったので、今 はスポーツライターとして修行しようとしている。自分でアポイントを取って 現場で取材する。そして、書き上げた分析は、その中身を問われる。乙武君は、 自分をさらけ出せば「感動しました、勇気づけられました」という反応が否応 なく返ってくる境遇に別れを告げ、良くできれば誉められ、出来が悪ければ批 判される、そういうあたりまえの人間になりたいのだ。そうした乙武君の近況 を知ると、ますます「励まされて」しまう。やっぱり、乙武君はすばらしい青 年や。そんな感想を聞いて、かつてはゲンナリしていた乙武君も、今なら苦笑 いして許してくれるだろう。彼は、更にワンランク上のレベルに登ったようだ。 乙武君からの本当の贈り物は、『…完全版』とこのドキュメンタリーで完結し た。


※「人権関係テレビ番組情報」は、以下をご覧ください。
<http://www.asahi-net.or.jp/~qm8m-ndmt/tv/contents.htm>