デュシャンの「泉」は芸術作品なのか
京都産業大学文化学部 国際文化学科 中奥 久美
はじめに
ゼミでの発表を終えて、「デュシャンとの対話」ジョルジュ・シャルボニエ(北山研二 訳 みすず書房)という、対話集を読んで見てデュシャン自身の考えに触れる機会があった。本人の言葉を聞くことで、この理解しがたい芸術を理解する手助けに大いになるに違いない。マルセル・デュシャンと西洋の「美」の概念の元になっているプラトンの美の観念とを比較しつつ考えていこうと思う。
最も有名な水洗装置
マルセル・デュシャンはフランス出身の20世紀美術に大きな影響を残した芸術家である。「レディ・メイド」という既製の物体をそのまま、あるいは若干手を加えただけのものをオブジェとして提示した作品の中に「泉」という作品がある。この作品は1917年にデュシャンが匿名で展覧会に出展し、結局他の審査員の不興をかって展示はかなわなかった。そして、そうしたことが元でオリジナルの行方はわからないということになっている。
左の写真をご覧のとおり、ただの小便器にR.Muttという署名が書かれているだけの作品である。
デュシャン「泉」
ただの物質として考えるならば、トイレに置かれようと美術館に展示されようと同じである。しかし、象徴として考えるなら美術館に置かれると美的な意味を持ってくる。これがオブジェとして、芸術作品と認められることにはどういう意味があるのか。
汚された「美」
デュシャンがこの作品でもたらしたものはプラトンの観念論的な芸術の理解、美の世界をめぐるプラトンの概念を葬り去った。たしかにプラトンの考えからはどんどん洗練された考えに何世紀もかかって変わっていったけれども、根本的に「美」の重要な概念はプラトンから発している。デュシャン以降は芸術に接するときに「美の観念」を念頭には置かなくなった。というのは、その作品がどういう意味を持つか、ということに重要性を求めたからである。芸術作品はもはや「美」である必要はなくなり、そこに意味が求められた。
プラトンの「美」
「生物の内に、または地上や天上に、またはその他の物の―内に在るものとしてでもなく、むしろ全然独立自存しつつ永久に独特無二の姿を保てる美そのものとして彼の前に現れるでありましょう (中略)それはすなわち地上の個々の美しきものから出発して、かの最高美を目指して絶えずいよいよ高く昇りに行くこと、ちょうど梯子の階段を登るようにし、一つの美しき肉体から二つのへ、二つのからあらゆる美しき肉体へ、美しき肉体から美しき職業活動へ、次には美しき職業活動から美しき学問へと進み、さらにそれらの学問から出発してついには かの美そのものの学問に到達して、結局美の本質を認識するまでになることを意味する」(『饗宴』久保勉訳、岩波書店)より
プラトンの考えでは、美を含め真理そのもの、正義そのもの、善そのものの純粋な観念は現実世界の外にあり純粋な観念自体は触れることもできず、表すことも具体的に示すこともできないとされてきた。その観念を認識できるのは唯一、理性すなわち知的判断のみである。「美」においては美の観念に近ければ近いほどその物質は美しくなり、遠ざかれば遠ざかるほど美しくはなくなるのだ。つまり「美的なもの」は「美」という観念の贋作コピーなのである。
デュシャン自身が思うこと
『「芸術」という文脈においてデュシャンは語源的にはただ単に「つくる」を意味する』と答えている。芸術とは手で作られたもののすべてであると同時にデュシャンにとってはそこに趣味の導入を認めないということである。つくられたものはそれ自身で存在し、それが長く生き延びるものはもっと深遠なものを含んでいるからである。
デュシャンは「レディ・メイド」についてこう語っている。『美学的な過去、あるいは未来さえも呼び起こすようなものを避けるために、ですよ。それが重要な点でした。あなたを喜ばすものを選ぶのは容易ですから。この「喜ばす」というものは、あなたの趣味の伝統、あなたの趣味の才に根拠があります。趣味のない、無味な何かを選ばなければなりませんでした。』
つまり伝統的な「美」という観念に支配されている趣味から抜け出すものを選択しなければならないということである。また「表現する」ということにおいては「選択する」という点においては「レディ・メイド」もその他の芸術家も変わらないと考えている。絵画を描く人は絵の具の色や画材などを選択し、描くときも瞬間瞬間で自分の描きたいものを選択している。一方既製品の中から、趣味のないものを選択するのも同じである。
まとめ
デュシャンの「レディ・メイド」はプラトン的な「美」の観念を捨て、作品に意味作用を、レディ・メイドとその他のものを差異化した。デュシャンが生み出した芸術は造形的というより哲学的であるといってよい。今回、偶然本を読んでデュシャンに興味を持って調べてみたが、今後こういう方向性で研究していくかどうかというのは正直決めかねている状態である。しかし、今回参考文献にあげている本はどれも私が興味を持って楽しく読めた本には違いないのでこういう分野に興味がないということではないのだが。
参考文献
『美の歴史』(ウンベルト・エーコ 東洋書店)
『<反>哲学教科書』(ミシェル・オンフレ NTT出版)
『饗宴』(プラトン 岩波書店)
BBCホームページ http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4059997.stm
『デュシャンとの対話』(ジョルジュ・シャルボニエ みすず書房)
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