フィンランドの教育制度

京都産業大学文化学部 国際文化学科 今井 利佳

 

はじめに

2003年、経済協力開発機構(OECD)が世界41カ国の約276千人の15歳を対象に学習到達度調査(PISA)を実施し、2004年に結果が発表された。フィンランドの子供たちは、数学・科学の応用力・読解力・問題解決能力の4分野においてトップクラスの成績を収めた。フィンランド人は母国語の難しさからもともと知能は高いといわれているが、30年にもわたって行われた教育改革が功を奏したともいえる。

しかし、フィンランドの教育に、詰め込み、ゆとり、競争、放任といった言葉は当てはまらない。のびのびと自由に、筋の通った教育を生きるためにしているから世界一になれたのだとフィンランドの教育関係者たちは胸を張っている。実際、世界からフィンランドの授業を参観にやってきた研究者たちが目にするのは、生徒たちがソファーで休んだり、授業中に歩き回ったり、友達同士で教えあう授業風景であるという。この授業風景とトップクラスの教育に一体どのような関係があるのか、フィンランドの教育がトップになれた要因は何なのか解き明かして行きたいと思う。

1章ではまずフィンランドについての紹介、第2章では学校制度、第3章ではフィンランドの教育の特徴、第4章ではレベルが高いといわれるフィンランドの教師について、第5章ではフィンランドの教育を支えている背景、第6章ではフィンランド教育の今後の課題について調べていく。

 

1章 フィンランドについて

まず、フィンランドとはどのような国なのだろうか。

人口は約520万人で日本の約25分の1。面積は日本の約90%。国土の4分の1が北極圏内であり夏は「白夜」となる。国土の約7割が森林、1割が湖沼、湖の数は18万とも言われ、「森と湖」の国と呼ばれている。日本のように山岳地帯が無く、人口も少ないので、ほとんどの人が湖畔に別荘を所有しており、長い夏休みをそこで過ごす人が多い。さらに、フィンランドは、ムーミンやサンタクロース、シベリウスの『フィンランディア』、サウナ、キリシトールでも知られる国である。

世界からの評価に注目すると、フィンランドは国際競争力世界一、先端技術世界一、政治的清廉潔白度世界一、世界トップレベルの教育水準、高福祉社会と、日本からはもちろんのこと国際的にも信用され高く評価されていることが分かる。フィンランドは小国ながらも世界から高く評価されている。

 

2章 学校制度

この章では、フィンランドの子供たちはどのような教育過程を通っているのか教育制度を中心について見ていく。

フィンランドの教育制度は、1970年代以降の教育改革によって、初級(16年次)と中級(79年次)に分けられた9年制の基礎学校が義務教育とされた。日本で言う小学校と中学校と考えると分かりやすい。今日では、保育園を出た後は、基礎学校入学前に1年間の未就学児学校に通う。未就学児学校では、保育園とは違った役割を持つ。保育園は、簡単に言えば子育ての代わりであるが、未就学児学校は義務教育を受ける準備教育で、基礎学校の時間のリズムで文字・数字、生活のマナーを遊びを通して学んでいく。入学は自由とされているが、無料の上に子供の入学への不安を解消してくれるとあって、たいていの子供が通学している。

 

基礎学校

7歳の8月になると、子どもたちは基礎学校の初級へ入学する。地域に保育園が無い、発達が少し遅いなどの正当な理由があれば、6歳でも8歳でも入学は可能である。基礎学校の授業時間は13年次で半日、49年次で46時限である。週休は1970年ごろから二日である。初級では全児童が同じ教育を受ける。中級になると、必修科目と選択科目の履修ができるようになる。

外国語に関しては、フィンランドの子供たちの90%は3年次から必修言語として英語を学んでいる。中学1年にあたる7年次になると、フィンランドの公用語であるスウェーデン語を必修言語として学習する。さらに、高校ではもう一ヶ国語を選択して学ぶこともでき、フィンランドのほとんどの国民はトリリンガルだそうだ。

基礎学校最終学年の9年生になると学校ごとの教科担当教師によって教科に410点満点で評点がつけられる。生徒たちはその成績を見ながら、進学希望の高校を第5希望まで書いて志望校に提出して合否結果を待つ。ヨーロッパの主要国で採り入れられている義務教育修了段階での国家的な資格試験はフィンランドでは行われていない。

もし、出された評点の成績が不本意な場合や、どの高校にも入学が許可されなかった生徒は、本人の希望によりもう1年間、10年生として、無料で教育を受けることができる。授業には特別カリキュラムが組まれ、教科書も専用のものが用意される。その場合、「落ちこぼれ」といった考え方はされず、むしろ「一年多く勉強した」と見なされる。フィンランドでは、低学力の生徒への支援は徹底的に行っている。10年生の制度は彼らに修了資格と基礎学校の成績を上げるチャンスを与えている。10年生も卒業して、職業学校に入学した場合は、一年分飛び級もできる。

2002年の義務教育終了後の進路に関するデータによると、生徒の55%が普通高校に、37%が職業学校に、2%が10学年に進学し、残り6%は就職や徒弟制に入るなど何らかの社会経験を積みながら勉学を続けることを選択した。これは進学を捨てて働くという解釈ではなく、働きながらでも成人教育機関や高校・大学で開かれる成人教育を受けたり、資格を取得したりする「生涯学習」の発想からこのように分類される。

 

高等学校から大学へ

次に、生徒の半数が進む普通高校と大学受験を中心に見ていく。フィンランドでは高校間、あるいは職業学校間の格差はほとんどない。その代わり、学校内での個人間の格差は大きいという。今日の高校では学年制は廃止されており、大学で採用されているような単位制が導入されている。単位制は選択した教科の単位をとればいいので単位を落としても日本の高校のように留年して再度全教科を履修する必要はない。履修する教科は生徒たちが将来自分に必要だと判断した教科を学習する。4年制となっているが、ほとんどの生徒が3年で卒業する。卒業には得意科目6教科の試験に合格すればよく、さほど難しくはない。

難易度が高いのは大学や高等職業専門学校に進学を希望する生徒が受験しなければならない共通の大学入学資格試験である。春と秋に年2回行われ、連続した3回の試験で、指定された4教科に合格すると大学入学の基礎資格が得られる。しかし、設問には全て記述式で答えなければならないので、知識の応用力が問われるため難易度が高い。大学入学試験は就職の際にも条件とされることも多い。大学入学には大学入学資格試験の成績と大学個別の入学試験で決定される。大学には同年齢の約30%が、高等職業専門学校には約35%が進学している。日本と比べると大学進学率は低いが、国民の学力平均は日本より断然高い。高校卒業後は、すぐに大学に進学する者の他に職業専門学校に行ってから大学に編入してくる者、2,3年かけて社会経験をつんでから大学に入学する者もいる。教育のルートが何通りもあること、生涯学習機会が充実していること、兵役があることなどから大学に在籍している学生の年齢は17歳から30代と幅が広い。

 

さて、大学資格試験の結果は当然、数字で評価されるわけだが、そうなるとやはり成績のよい生徒を輩出する高校が明らかになり競争が生まれてくるのではないかと疑問が生じる。しかし、フィンランドでは皆が他人が出した成績には関心がないという。実際学ぶのは自分であり、自分が何を学びたいのかが重要なので競争は起こらないのだという。生徒たちも大学試験で点数の取れそうな得意な教科を受験するのではなく、将来の目標とする職業に必要な教科を選んでいる。フィンランドの生徒たちの目標はより高い点数を取ることではなく、将来のために実力をつけることなのだ。日本人にとっては理解し難いことが多いが、フィンランドではこの論理で社会が成立しているのである。

 

3章 フィンランド教育の特徴

フィンランドの学校は、普通は2学期制だが4学期制のところもあり、年間授業日は190日ほどである。なんと、このデータは日本より40日ほど少なく世界最低の日数なのである。塾といったものもなく、校外や家庭での勉強時間も最低レベルである。にもかかわらず、フィンランドの教育の質が高いのには、どのような秘密があるのか、この章で明らかにしていく。

 

【特徴@】一人ひとりに「平等」で機会均等な教育が与えられていること。

PISA調査によると、フィンランドでは、生徒間、学校間、家庭環境の違いによる学力の格差が他国と比較してみても断然少ない。ドイツやアメリカの成績を見てみると、成績の優秀な生徒は多数いるが、国での平均点は高くはない。成績の優秀な生徒と悪い生徒の格差が大きいことが原因である。フィンランドの教育を研究するには「平等」という言葉が最も重要とされる。学力格差の小ささは、まさに「教育機会」と「学習の結果」のどちらもが平等になるような教育を作り上げてきた結果である。

 フィンランドの学校では、成績や障害によって生徒を選別することは好ましくないことと考えられており、16歳までは他人と比較するためのテストはないし、長期的な能力別指導や順位付けも否定されている。といっても、かつてはフィンランドでも選別型の教育が行われていた。しかし、1985年に能力別編成が廃止されたことで義務教育の9年間は学力や進路、社会・経済的背景が異なる生徒が同じ教室で同じ教育を受けるようになった。その理由の一つに低学力クラスは良くない社会環境や経済状況にいる生徒で構成されており、低学力の生徒にとって能力別編成は何らよい影響を与えないと判断したためである。しかし、統合学級となれば、生徒の学力差が大きく、教師にとってはさまざまなレベルの生徒に個別に対応していかなければならないので負担が大きくなってしまう。本当にそれぞれの生徒に平等に教育が与えられているか疑問が持たれるが、PISAの結果がその成功を証明したといえる。統合学級への対策として、少人数編成のクラスの導入、低学力の生徒への徹底的な支援などを行い、一人たりとも落ちこぼれを作らないよう努力している。フィンランドの一クラス当たりの生徒数は約1625人。少人数クラスの採用により、能力の異なる生徒への対応も可能にしている。周りの勉強についていけない生徒がいれば、一時的に2〜5人のグループを作り、週13回程、学校に常駐している専門の特別支援教師が補習を行うようにしている。別の教室で授業と並行して行う場合や、朝や放課後に行なわれる。モーニング・アクティヴィティと呼ばれる1時限目は初級のうちは選択授業やサークル活動となっており、空き時間となることも多いので補習に充てられることが多い。補習を行なうときには保護者と相談をすることもあるそうだ。補習を受ける生徒は全体の2025%ほどである。補習を受けることに抵抗を感じることはないのかと思うが、本人や親たちは歓迎している様子である。こうした補習が極まったものが、第2章で触れた10年生の存在である。

 

 

【特徴A】生徒が自ら考えて学ぶことを基本に据えていること。

テストや順位付けなどという手法で勉強を強制するという動機形成はしない。授業形態はグループ学習、少人数学習、個別指導が多く、生徒の自主性や協調性が重視されている。グループ学習は41組で机をくっつけ、生徒たちは自分たちのペースで学習し、教師は支援に徹する。生徒たちが自ら教え合い、話し合うことで知識が確かなものになるのである。学習する内容も生徒だけで決めることもあるし、評価も授業が終わるごとに4段階で自己評価を行う。自分でつけた自己評価は通知表にも大きく反映される。また、授業中には立って歩くことも自由で、水を飲みに行ったり、一人で勉強したりといろいろである。フィンランドの学習の仕方だと、知識を自分のものとして吸収しやすい。明日のテストのために公式を何でもかんでも詰め込もうとする勉強の仕方ではないので、応用力もつくのである。生徒たちは学ぶことに対してこれは本当に必要なことなのかという疑問を常に持ち続けているという。日本のように受験や成績のために、やたら知識を詰め込もうという考えは理解できないだろう。フィンランドでは生徒の自主性が尊重されるように、学校では「自立の仕方」を教えているといわれる。

 

【特徴B】教育の管理権限が国から、地方自治体や学校それぞれの教師に任されているところが大きいところ。

1980年代以降、フィンランドは行政改革の中で、中央集権的だった教育制度を大転換させていった。1992年に教科書検定の廃止、1994年にはカリキュラムの大綱化が実施され、国家による教育規制を大きく緩和し、決定権を地方自治体や学校に与えた。それは、教師が専門家として信頼されており、教師が働きやすい環境で仕事することが教育の質を上げることができると考えられているからである。

改革により、国家は大まかな教育内容を学習指導要領にあたる「国家カリキュラム大綱」にまとめ、管理ではなく支援に徹する。それを参考に、地方自治体が地域の実情と学校に適したものに具体化し、学校がさらに指導計画などを決定する。

地方自治体の権限は義務教育については教育目標、教科課程、学年歴、クラスの人数などと細かいところまで決定を下すことができる。中等教育段階では、初等教育段階と比べると、学校の役割がさらに大きくなり、科目編成や年間の履修計画、休校期間などの決定を下すことができる。1994年にカリキュラムが大綱化されたことで、各学校の編成権がより拡大し、一層、教師の専門性が重視されるようになった。しかし、2006年にカリキュラムの改訂が行なわれ、1994年のものと比べると、国家の統制がやや厳しくなったようである。

 

【特徴C】授業料が小学校から大学まで無料であること。

高福祉国家であるフィンランドでは、医療・福祉・教育が無償で提供されている。学校で生徒は、学校看護婦、学校心理士、生徒カウンセラー、校医らのサービスをもちろん無償で受けることができる。授業料や入学金も無料、高校までは教科書、ノート、筆記用具、給食、通学費、遠足への支援などのあらゆる教育費が無料である。さらに、フィンランドの大学生は親が同じ地方自治体に住んでいても一人暮らしをするのが普通だそうだが、それにも生活費や勉学への手当が与えられる。フィンランドの国内総生産(GDP)に対する教育公財政教育支出の割合を見てみると、2001年度は5.8%であるのに対して、日本は3.5%だった。フィンランドの教育は学力向上が目的ではなく、子供が満足する学校生活が第一だと考えられているからである。とはいえ、教育を重要視している半面、教育予算は減少傾向にある。

 

【特徴D】教師の質が高いこと。

この特徴は次の第4章で詳しく取り上げることにする。

 

4章 教師

フィンランドの教師は質が高いことが評価されており、世界一の教育の秘訣というと、まずこの点が挙げられる。それは教育学修士号取得が義務付けられていることによる。修士号の取得は補習を担当する特別教育担当教師にも義務付けられている。しかし、フィンランドでは「大卒」=「修士号取得者」というのが一般的な認識であるが、日本との比較は単純にできない。

まず教師になるには、普通は教育系の大学に進学しなければならない。だが、フィンランドの教師は、社会的にも尊敬される社会的地位も高い職業とあって競争率が高い。12位を争う人気の職種で、普通科高校生の26%もの生徒が志望しているが、教育系の大学に進学できるのは、大学入学資格試験と大学が個別に行う書類選考、筆記試験(4時間)、個人面接、グループワークと一ヶ月にも及ぶ選考を通過した1割程度の志願者のみである。さらに、採用される者はそれ以上に絞られることになる。このためフィンランドでは、他の職と比べても、高い能力と意欲をもつ教師を確保することができている。教育大学では教職課程として、専攻外にも160単位の習得が必要でほぼ5年かそれ以上かけて取得する。教育実習は、講義と並行しながら行なう。4ヶ月から半年間の実習を行い、15単位を取得する。教師になるには長い在学期間をかけて習得する高い教育が要求される割に給料は安い。

現職になると、フィンランドの教師は一つの学校にとどまり、その地域の生徒たちの教育に責任を持つ。勤務時間は午後4時までの勤務である。午後4時になると学校には誰もいなくなるそうだ。クラブ活動の指導も専門家が行うため、帰宅時間も早く、家族と過ごす時間が長い。6月から8月中旬まであるという夏季休業中は、多くの教師が国外へ旅行し、セミナーに参加したり、家や部屋を借りて外国暮らしを体験したりする。中には、アルバイトをする教師もおり、教師の余暇期間や自己研修の自由度の高さによる精神的余裕が教育効果を上げているといえるかもしれない。それが人気の職業の理由の一つでもある。さらに、注目すべきことは「勤務時間に占める実際の授業時間の割合」である。日本の教師は授業をするほかに部活動の指導や進路指導など仕事が多いためか約25%しかない。フィンランドの方は勤務時間の60%が授業である。職員室とは教師たちが休憩し、情報交換をする場所と位置づけられている。教師が使用する教材などは教室内に置かれていることが多い。

しかし、フィンランドでは教師という職業は高い専門性を要求される。グループ学習を取り入れた授業では学習要領の範囲での知識では子供たちに対応できないので、より広い知識と常に勉強をし続ける意欲も必要であるし、勉強に集中できない生徒やついていけない生徒への個人的な指導も行なわなければならないので、教師は専門職性が必要である。

授業では生徒は自由な行為が許されてはいるが、生徒が他人の邪魔になるような行為をしたときだけ教師はまれに注意する程度で、行儀を悪くして勉強が遅れても「本人の責任」だという。しかし、教師は何もしなくてよいということではなく、「自らのやる気と動機が重要」だと考えているので、教師は生徒の勉強の様子を把握しながら適切なときに適切な支援を与え動機を形成させていくのである。フィンランドではテストで他人と競争させたり、順位を付けたりすることで動機を形成することはできないので、教師たちは生徒の様子を見ながら、個人別指導を取り入れた学習を与えなければならない。また、集中力のない生徒には、しっかりした生徒と同じグループで勉強をさせる、どうしても動き回ってしまうという子には、動きたくなったら叫ばない、動き回らない代わりに編み物など自分が集中してできる事をやるという約束をするなど教師は努めなければならない。日本と比べると、教師という職業が専門的な幅広い能力を要求されていることが分かる。

教師は社会から尊敬されている職業であるが、よい評価ばかりではない。PISAによって、生徒を中心にした授業が評価を得たが、一部では、「教師に活動的な行動は見られない」、「教育方法が保守的」などと囁かれている。とはいえ、フィンランドでは教師に対する子供の親や校長らからの信頼度や期待などが他国と比べても非常に高い。また、教師が生徒に寄せる期待度も高く、これもフィンランドの教育をトップレベルに導いた要因の一つだと考えられている。

 

5章 世界トップの教育の背景

 この章では、なぜ、フィンランドが特に教育熱心な国でないにもかかわらず、教育が世界トップを誇るのか、制度的な面のほかに何かフィンランド人という国民の根底に潜むものがあるのではないのかという疑問を明らかにしたい。

 まず最初に、フィンランド国民とは一体どのような性格なのだろうか。国民性に何らかの手がかりがないか探ってみようと思う。フィンランド人は、一般的に温厚で真面目、そして粘り強い国民だといわれている。初対面では遠慮がちにみえることから「沈黙の人種」とも呼ばれているそうである。だが、付き合うとすぐに打ち解けることができる。真面目で粘り強い性格は学習に向いていると考えられるが、日本人とも大差は無いように感じる。しかし、フィンランドの歴史に注目すると、常に隣国ロシアやスウェーデンによる支配に脅かされてきた。それでも自らのアイデンティティを守り、独立を達成したフィンランド人は芯の強い民族である。ヘルシンキ大学の教員養成学科長マッティ・メリ氏によると、「そのような歴史を持つフィンランドだからこそ、あらゆる物事に応用していくための教育や母語による教育の大切さを知っているのかもしれない」という。

 次に、読書量が学力に影響を与えていることを前提とするならば、フィンランド人の高学力は読書による影響もあると考えることができそうである。なぜなら、フィンランド人は読書好きで知られている国民だからである。フィンランドは「図書館利用率世界一」の国だそうだ。親が趣味として読書を好み、家庭に多くの本があるなら、生徒の学習意欲にもよい影響を与えるし、読書を好み、知識が豊富な親なら子供に対しての学習支援も行われると考えられる。PISAの調査によれば、受験などのためでなく、「趣味として読書をしない」と答えた生徒はフィンランドでは22%であるのに対し、日本では55%だった。日本のこの数字は他の先進国に比べてもずば抜けている。だが、フィンランドでも若者の読書時間が短くなっていると指摘されている。1995年に大学入学資格の結果などの分析から読解力が低下していると指摘されたことにより、1997年を「読解力年」とし、国民の読書離れを防ぐために図書館の充実化が進められた。その影響もあり、地域図書館と学校図書館や幼稚園との総合的なネットワークも充実している。図書館では司書や作家による読書指導や本の読み語りが行われている。読書指導は幼稚園からも行なわれている。例えば、話を中断してその後の展開を予想させたり、物語の背景を考えさせたりする。フィンランドでは、本を批判的に読むことが習慣のようで、論理力・創造力・読解力をつけることができる。家庭内においても本の読み聞かせは一般的で、子供たちが本に接する機会も多いようだ。読書が生徒の学力に少なからず影響を与えていることを明らかにしたデータもあるので、PISA調査によるフィンランドの読解力の高さは読書好きによるものだと考えることもできそうである。

ところで、PISA調査でトップの成績を収めたフィンランドであるが、TIMSS調査の方では決して高い成績であるとはいえない。TIMSS調査とは、IEA(国際教育到達度評価学会)が行っている国際数学・理科教育調査である。教科の学力や、教科書内容の基本的な知識の習得度を重視しており、日本はこちらではPISAより高い水準に位置している。一方、PISA調査とは、はじめに紹介したように科学、問題解決能力、数学、読解力を測定するものであり、これらの知識を実生活で直面する課題にどの程度応用して活用できるかをみるものである。こちらの調査ではフィンランドはトップクラスの成績、日本は読解力以外ではトップクラスに入る。このように両調査の測定しようとしている学力には違いがあり、PISA調査の傾向がフィンランドの教育と合っていた。どちらが大切だと言うことはできないが、PISAの測定しようとしている学力は変化が激しい国際社会において、今後必要とされる能力だと考えられる。

 

6章 フィンランドの抱える教育課題

ここまで、フィンランドの教育を調べてきて、私はフィンランドの生徒たちは学ぶことに対して日本よりも積極的だと思い込んでいた。しかし、フィンランド教育の現状では子供の学校嫌いが問題になっているようだ。2003年にPISAが行なった調査によると、「最近2週間のうちに、遅刻した回数」で「1回でも遅刻した」と答えた生徒は、フィンランドで45%で、平均の36%を上回っていた。ちなみに日本は17%だった。このような結果に対して、今後の課題は「子供の学校への満足感の向上」だと言われている。

 なぜ、怠学傾向にある生徒が多いのだろうか。私の意見だが、やはり、受験競争がないことにも関係があると思う。より高いレベルの学校を目指すには勉強に遅れないように毎日学校に行き、良い成績をとることが必要である。しかし、フィンランドのように学校間のレベルがさほど変わらないこと、教育のルートが何通りもあること、授業を休んだり、ついていけなくてもしっかり学習支援をしてくれること、など色々と怠ける理由があるのではないかと思う。

 

現在のフィンランドの教育でもう一つ取り上げられている課題は、学力の高い生徒が放置されがちであることだ。フィンランドでは、低学力の生徒の支援は徹底して行なっているが、学力の高い生徒に対しては、できるからと放置しがちで、そういった生徒の力を伸ばしてやることが一つの課題と考えられている。

 

さいごに

フィンランドは学力世界一の国として世界中の注目を集めていて、高学力の秘訣を聞かれてもフィンランドの人は当惑する。「当たり前のことをやっているだけだ」というのである。「普通の教育を普通にやる」。世界一は、生徒たちがテストの点数のためでも受験のためでもなく、ただ自分自身のために自分で考え学ぶ、生徒が社会で自立していける力をつけさせる、授業内容に遅れる生徒には援助をして学力を引き上げてやるなど、ただ生徒のことを第一に考えた教育を徹底していった結果だとわかった。

フィンランドの教育を調べていると、勉強に関しての考え方が日本とは大きく異なっており、戸惑うことが多かった。本当に順位付けやテストがなくても、意欲的に勉強ができるのだろうか、日本から受験競争が無くなったら子供たちは勉強するのだろうか。日本の教育の現状と今後について考えさせられた。

 

【参考文献】

福田誠治『競争やめたら学力世界一』(朝日新聞社)2006

目莞ゆみ『フィンランドという生き方』(フィルムアート社)2005

北川達夫『フィンランド・メソッド普及会、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界)

2005

庄井良信、中嶋博『フィンランドに学ぶ教育と学力』(明石書店)2005

鵜澤希伊子『素顔のフィンランド抄』(文芸社)2001

高野道雄『フィンランドは隣国だ』(株式会社研光新社)1988

湯浅赳男『ヨーロッパ人国記』(総合法令株式会社)1992

藤田英典『義務教育を問いなおす』(筑摩書房)2005

左巻健男『「理数力」崩壊』(日本実業出版社)2001