『未来白書2008』 ジェローム・C.・グレン、セオドール・J・ゴードン著

ミレニアム・プロジェクト 国連協力機関世界連盟 刊 2008

 

以下は、『未来白書』(2008)の「巻頭言」の日本語訳である。

                     水田和生 訳

 

『未来白書』(2008)巻頭言

 

1−1

未来は,世界の大部分にとって、引き続きよくなっていきそうだが、グローバルな見通しが劇的に変わりそうな大きな転換点もいくつかありそうだ。

 

1−2

 

世界の半分の地域で、社会的に不安定になり、暴動が起こる可能性がある要素がある。その要素とは、政治的・環境的・経済的理由による食料や燃料の高騰によるもの、政情が定まらない国家、気候変化、地下水面の低下、人一人に対する水、食料、エネルギー供給量の減少、砂漠化、移民の拡大等である。

 

1−3

そんな危機をはらむ国について、イギリスのシンクタンク、インターナシヨナル・アラート(International Alert) は102の国を公表している。アメリカ合衆国の海軍分析センター(The Center for Naval Analyses)は、46カ国(27億人)において、武力闘争の危険があると指摘し、さらに、56カ国(12億人)で政情不安定要素があるとしている。2008年の中頃までに、14の戦争(1000人以上の死者を出す紛争)があった。この数は2007年より一つだけ少ない。内訳はアフリカ5、アジア4、南北アメリカ2、中近東2、世界規模の反過激対策1、となっている。

 

1−4

国際連合食料農業機関(FAO)は、37カ国が、急激な発展を遂げる諸国で増大する需要、石油の価格高騰、バイオ燃料用の穀物使用、高騰する肥料の値段、世界株式市場のここ25年間で最低の値動き、投機などによって、食糧危機に直面するだろうと予測している。基本的食料の価格は世界中で二倍になっている。たとえば、小麦や米を含む穀物の価格は、2006年から129%高騰している。30億人近い人が一日あたり2ドル以下で暮らしているという現状から考えると、真剣な食料政策や有用な科学的ブレークスルーや食習慣の変化がなければ、長期的に見て、地球規模の社会紛争は避けられないだろう。

 

1−5

しかしながら、科学技術、教育、経済や管理の発展からして、世界は、今日よりずっとうまく機能出来るように思える。暴力、無関心、貧しい教育、汚職、その他の非人間的な事象によって、どれだけ人間の才能が無駄にされているか考えと見るといい。人間の最悪の行為に焦点を置く娯楽やメディアに費やされる巨額な無駄金のことを考えてみるといい。その製品はわれわれを不健康にし、グループとグループを対立させるものなのだ。その無駄金を削減することは、世界がより良く、より多くの人々のために作用するのに必要な資源や才能を取り出すことになろう。

 

1−6

世界がEUのリードによって、向こう10年間で温室効果ガスの排出を削減するというアポロ計画のようなゴールを掲げて、アメリカ合衆国や中国に、グローバル・エネルギー研究開発戦略を立ち上げるようプレッシャーをかけたら、どうなるだろう。諸政府が国の教育レベルのゴールをインテリジェンスの向上という風に位置付けたら、どうだろう。諸政治家が本書の第一章に出ている、15の地球的チャレンジにどう応えるかについてキャンペーンするのはどうだろう。些細なことに時間と能力を浪費しないとしたらどうだろう。

 

1−7

「ミレニアム・プロジェクト」における地球の未来に関する調査は、12年を経て、世界は、人類に共通する問題に対応出来る資源を持っていることが確実に明らかになってきている。整合性と方向性が欠けているだけだ。我々は、多数の人々が世界は一つということを認識出来る手段を手にし、地球規模で進歩するシステムを見つけ、そのようなシステムの進歩を望む、最初の世代である。また、我々は、世界中に散っている志を同じくした人が、インターネットを通して行動出来る初めての集団なのである。我々は正しい考え方を資産と人々に結びつけ、且つ,地球的或は地域的な問題を広く訴える機会を作ることが出来る。今は、歴史上特別な時である。携帯電話、インターネット、国際貿易、翻訳、ジェット機は、相互に依存する人類を生み出そうとしている。相互に依存する人類は自らの将来をよりよくするための地球的戦略の創出と実行が出来るのである。

 

2−1

気候変動は地球的戦略なくして太刀打ち出来ない。国際的組織的な犯罪は地球的戦略なくして阻止することは出来ない。遺伝子操作によって病気を発生させ大量死を計画している人達は、地球的戦略なくして阻止出来ない。今こそ、地球的戦略システムを向上させて、水を使う農業から塩水を使う農業へ、ガソリン車から電気自動車へ、畜産から動物を使わない肉生産へ、軍事費から環境・

健康費の増大へと重要な変容を成し遂げられるようにすることである。

 

2−2

各国政府の戦略対策部は、それに対応する国連機関と連携させることが出来るだろうし、また、地球的戦略を創出し、最新のものにし、連携させる地球的集合知能を作り出すために、多国籍企業、大学やNGOの対応する機関と手を組んで、拡大することが出来るだろう。そのようなシステムは、国家の主権を喪失させるかもしれないが、民主主義がなくなることに比べれば、重大ではない。民主主義によって、国際的組織犯罪、気候変動に伴う損失、生物兵器を操作しようとする個々人、地下水面の低下などの理由で起こる大量移民の問題に対応することができるのである。これは世界政府を意味するものではない。それは、世界的統治,即ち、諸文化が、ある種の共通ルールにのっとって協力することによって、より良く機能するということを意味する。第4章では、政府の未来戦略部門を検証し、政府内のその種の部門と国連のシステムを結びつけ、地球規模の問題に対応する、これまで以上に整合性のある政策を発展させるために情報を共有するように、両者を連携させる時期が来ていることを提唱する。

 

2−3

世界中の意思決定手続きの多くは、無駄が多く、遅々として、情報が適切に伝わっていない。複雑さが増し、地球的規模になり、変化が加速度的に起こる中で新しい要求が次々と出てくる状況では、特にそうである。透明なシステム、民主化、双方向的なメディアは、決定過程に今まで以上に一般の人々を巻き込んでいる。そして、その事実は事態をさらに複雑にしている。幸いなことに、世界は、決定に必要な情報をタイムリーに知らせる集合知能を備えたユビキタスコンピューティング(コンピュータがどこにでもあるという状況)に向かっている。おそらく、エネルギーや水、あるいは国全体、世界全体に関する集合知能を創るのは至難の技であろう。不可能といってもいいかもしれない。しかし、集合知能なくして、世界をよくすることはますます困難になっていくとも考えられる。世界的食糧危機、気候変動の問題によって、飢餓と地球温暖化に本気で取り組む長期的・短期的な地球規模の戦略を創ることに世界中が注意を集中するようになった。だから、地球全体の政策や意思決定システムをよりよいものにする時期がきているのかもしれない。

 

 

2−4

注意すべき要素

世界の人口は2008年7月の時点で、66億7700万人で、一年に1.16%の割合で増えている。経済成長は2007年には4.9%で、65兆ドル(PPP IMF計算 購買力平均)あるいは公式為替レートでは55兆ドルとなっている。従って、世界の一人当たりの収入は4%弱の増加となっている。

 

3−1

中国は今年並み外れて大きな伸びを残した。中国はインターネット・ユーザー数でアメリカ合衆国を抜き世界トップになったし、日本を追い抜いて世界第2の経済、自動車生産大国になり、さらにアメリカ合衆国を抜いて、ドイツに次ぐ世界第2位の貿易大国となった。そして、中国の携帯電話の利用者数は世界最大であり続ける。(注:中国ではインターネット・ユーザーの定義を週当たり平均一時間の割合で使用する人から、6ヶ月に一度使った人へと変えている。)しかし、中国の水の汚染、水不足、不適切なエネルギー供給、独立分離抗争、拡大する所得格差等の問題は、中国の将来的発展と安定に関して大きな障害があることを示している。

 

3−2

デジタル格差は世界的に狭まってきている。インターネットは受け身的情報の貯蔵庫(Web1.0)から、ユーザーから始まって参加型のシステムへと変貌しつつある(Web2.0)。そして、将来的には具体的な集合知能とタイムリーな情報(Web 3.0) を備えた、より知能的なパートナーへと、そしてさらに、既成の環境の大半と人類を結びつけるものへと進化している。約14億人(これは世界人口の21%)の人がインターネットで結ばれている。その内訳は、アジアで37.6%,ヨーロッパで27.1%、そして北アメリカで17.5%である。インターネットと携帯電話は世界の情報にアクセス出来ることが増えて、合体し始めている。2008年の時点で、世界で33億台の携帯電話が動いている。しかし、インターネット上のビデオソフトの氾濫がインターネット上の情報の流れの60%にもなり、それは増え続けている。そんなことで、インターネットが遅くなり、ゆくゆくは多くの人がインターネットそのものを飛び越して、コンピュータとコンピュータの間で、直接ビデオファイルを電送するかもしれない。あるいは又、この新しい情報の流れに合わせて、インターネットの構築そのものを見直す必要が出てくるかもしれない。

 

3−3

エイズの罹病率は、アフリカでは減少し始めている。世界的なデータでは、エイズの流行は頭打ちになっている(1990年代後半の罹病率が年300万人でピークであった)。新しく感染した人の数は減ってきている。(しかし、2007年の数字が低くなってきているのは、認定基準が変わっていることも影響している。)とはいうものの、東ヨーロッパとアジアにおける感染率については警戒を怠ってはいけない。

 

3−4

発展途上国の経済は過去5年間で平均年率7%の勢いで成長してきている。このまま成長が続くなら、世界の貧困は2000年から2015年の間に半分以上軽減されるだろう。それは、アフリカのサハラ砂漠以南の地域を除けば、21世紀の発展目標に達することになる。1日1ドル以下の生活をしている極貧者の数は、発展途上国で、1990年から2004年の間に2億7千8百万人減少した。過去5年間だけで、1億5千万人も減少している。同時に発展途上国の人口は10億人も増えている。そうはいうものの、そこでは約30億の人々が一日2ドルかそれ以下の生活を強いられており、その数は1900年の世界人口の2倍になる。豊かな人々とそうでない人の世界的パートナーシップに関する戦略的計画は、自由市場の強さと、経済的理由による人口移動を加速するかもしれない格差を減らす地球的倫理観にもとづいたルールを、尊重すべきだろう。

 

3−5

この一世代で約40の新しい病気が発生した。過去5年以上に亘って、1100にのぼる流行病の発生事実が世界保健機構によって証明されている。我々は今日、20の薬の効かない病気に直面している。そして古い病気、例えば、コレラや黄熱病が再発生している。子どもの死亡はその1/3以上が生後28日の間に起こっている。その大半は水質に関わる予防可能な要素に起因している。

 

4−1

今日、約7億人の人々が水不足に悩まされている。何らかの措置がとられなければ、2025年までに、この数字は30億になるだろう。地下水面の低下はすべての大陸で見られ、人類の40%は二つかそれ以上の国に支配されている分水界に依存している。世界は2013年までに現在の50%以上の食糧が必要になるだろうし、30年後にはその2倍が必要になるだろう。これは、水、農耕地、肥料がもっと必要であることを意味するが、ここ数年間というもの、生産されている物以上の物を消費してきており、食糧の値段を上げる要因が長期的に見られる。新しい農法が考えられなければならない。例えば、雨水を利用するもの、灌漑利用、遺伝子操作によって収穫量を増やせる作物、精密農業と水産養殖、干ばつに強い品種、海岸に近い所では塩水による農業によって人と動物のために食糧を生産する、植物由来の燃料、紙工業用のパルプ生産、水を使う農業と土地排水を削減させながらCO2 を吸収するやり方等が考えられる。農業用水と土地の大半は家畜を育てるために使われている。科学的に家畜を育てずに肉を生産することは可能であり、ある動物愛護団体は家畜を育てることなく商品価値のある肉を最初に作り出した人に100万ドルを提供すると宣言している。

 

4−2

そういっている間にも、二酸化炭素の排出量は減るどころか、どんどん増えている。そして世界はますます暖かくなっているのだが、それは2007年に気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change =IPCC)が発表している以上に速い。過去10年間に北極圏の氷が約10%減少している。そして、北極海の氷は2030年までになくなってしまうだろう。地球温暖化は海の酸化を増大させ、活力のない部分を広め、二酸化炭素を吸収する能力を低下させている。世界の指導者達は、経済発展を維持しつつ、温暖化ガスの排出を規制する地球的協定を創出する準備ができているように見える。

 

4−3

国連の低位予測によれば、現在世界人口は67億人で、2050年までに92億人になるだろうと考えられている。その後、98億人のピークを過ぎて、2100年までには、55億に減少するだろう。向こう50年の間に科学的に顕著な進歩があって、より長命でより生産的な暮らしを提供することが出来るようになれば、多くの人々が可能と考えている以上に、これらの予想を覆す可能性はある。にもかかわらず、世界人口は高い死亡率、高い出生率から低い死亡率,低い出生率へと変わってきている。結果として、退職や医療制度を見直さざるを得なくなってきている。裕福な地域においては、貧しい地域よりも高齢化が進んでいるが、貧しい地域においても高齢化は起こっている。今日、ヨーロッパの人口は去年より減少し、その地域の働ける年齢の人々の数が減ってきている。移民してくる人が増え、文化摩擦が絶えない。アフリカやアラブ諸国での人口増加率は2.1%と最も高い。中国の一人っ子政策は次世代の高齢化社会を出現させることになるだろう。中国の国立老齢工作委員会は、現在一人の退職者に対して、6人の働き手がいるけれど、2030年から2050年にかけて、それがわずか2人になるだろうと予測している。日本は人口減少と高齢化する人口に対してロボットを使う政策を立てている。

 

4−4

フリーダムハウス(Freedom House)の世界展望によると、過去2年間に世界の5分の1にあたる国々で民主主義と自由が後退している。2007年には、この点で進歩が見える国の4倍以上の国で、減退が見える。そして、6年間連続して、ジャーナリストに対する脅迫や少数のビジネスや政府の手によるメデイア・コントロールの増大の形で、報道の自由が脅かされている。

 

5−1

軍事費は年間総額で1.3兆億ドル(1ドル108円として換算すると、140兆4千億円)になっている。世界中で使用可能な核爆弾が2万発、濃縮ウランが約1700トン、核爆弾が製造出来るプルトニウムが約500トンある。テロリストと犯罪組織との繋がりは、厄介な問題で、特に核ないし放射性物質の不正な扱いについて、2004−2007には国際原子力機関(International Atomic Energy Agency、略称IAEA)に年平均で150件の報告が寄せられている。

 

5−2

一年間の違法貿易は1兆ドル(1ドルを108円として換算すると、108兆円。以下の数字も同じ為替レート)を超えると言われている。さらに、マカフィー社はインターネット犯罪で、1050億ドル(11兆3千4百億円)を加えている。これらの数字は、世界銀行が見積もっている収賄や犯罪組織の贈賄に使われる1兆ドル(108兆円)、年間のマネーロンダリングされる1兆5千億(162兆円)から6兆5千億ドル(702兆円)の支払いの一部を含んでいない。よって、総収入は2兆ドル(216兆円)を有に超えている。それは世界全体の軍事費の約2倍に当たる。政府を、決定過程の重要ポイントだと解釈出来るとすれば、その過程における人々は多大な贈賄を受け易いところにいるということになる。意思決定はヘロインのように売買され、民主主義は幻想になってしまう。組織的犯罪は総合的に連携がとれた地球規模の対策がないまま成長し続けている。国連の麻薬犯罪局は、「麻薬密売と国を超えた組織的犯罪は結びついており、それに対処するのにもっと総合的な方策が取られなければならない」と言っている。

 

5−3

これらの社会的・経済的な問題と平行して、科学技術は飛躍的な発展を遂げ続けている。自発的に生成するナノ組織によって作られたグリセロール核酸(GNA)やDNAの人工類似体、これは未来の生命創造に役立つ。ノースカロライナの猿の脳の動きによって、日本で踏み車に乗っているヒューマノイド・ロボットが歩いたり、脳とコンピュータの接続によって、人々が人工四肢やロボットの四肢を動かしたり、車いすを動かしたり、世界中の仮想空間で動くことが出来るようになっている。100万台以上の産業用ロボットが稼働している。皮膚細胞から人間の胚の複製が作られるようになった。ということはいつか自らの取り替え可能な身体部分を作れるようになるかもしれないということを示唆している。赤ん坊は、凍結した卵に凍結した精子で受精させてできた胚を凍結させておいて、それを母体に移して、生まれるようになった。空気から炭素を電気化学的に分離して燃料を作ることが試されている。

 

5−4

現在コンピュータは、一秒間に1144兆の浮動小数点操作が出来る。それによって、コンピュータ科学の新しいシミュレーションが可能になり、薬品や素材、気候予報の進歩に役立ち、その他の自然についてもよりよい洞察ができるようになる。電子顕微鏡のスキャニングは0.01ナノメーター(これは水素の核と電子との距離)まで見ることが出来る。また、光子を遅くして、そして加速して利用する光子コンピュータが研究されている。人工染色体が化学実験室で作られている。量子とその「もつれ」現象についての研究が進んでいる。個別的光子を念力移動する実験が行われている。暗黒エネルギーの重力への関係が調査されている。直径15ミリメートル、フェムト秒レーザー“マイクロメス”で、個別の細胞を一つ、近くの細胞を傷つけることなく、取り出すことが出来る。科学技術の発展の加速、科学者達のコミュニケーションの改善、将来的なナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報技術の融合、認知科学は文化の方向を根本的に変えるかもしれない。

 

6−1

世界のエネルギー需要は20年間で2倍になり得るだろう。画期的な技術改革がなければ、化石燃料は、2030年まで需要がある基本的なエネルギーの81%をまかなうだろう。そうだとすれば、巨大な規模の炭素捕獲、貯蔵、そして再利用が最重要項目になる。国際エネルギー機関(International Energy Agency, 略称IEA)は、石油需要は2006年から2030年までに40%位増えるだろうと考えている。石油生産はピークに達し、40〜70年以内に石油は枯渇するだろうと考えている人々もいる。石油、ガス、石炭の急激な価格高騰によって、再生産可能な資源の競争力が強まっている。

 

6−2

効率がよくなり、保全がしっかりしてきて、さまざまな通信手段が進歩してきていることは、確かに役立つだろうけれど、現在使われているエネルギーに替わるものが作りだされなければならないことは変わらないし、次の50年間で起こる経済的発展や人口増加にはもっとエネルギー供給が必要になるだろう。今の主なエネルギー源は将来なくなるかもしれず、将来の気候変動を起こしてしまうとすれば、風、地熱、地上での太陽光発電・宇宙での太陽光発電や塩水を使うバイオ燃料のような安全で持続可能なエネルギー源に対する巨額の投資が必要となる。使用済み核燃料の処理問題の解決なくして原子力発電所を増やすことは、原子力テロリズムを誘発し、環境破壊を引き起こしかねない。2012年までに、アメリカ、中国、インドで、炭素隔離なしに石炭を使う火力発電所の建設が850か所で予定されており、地球温暖化を加速させることになる。石炭火力発電所の建設に対する抵抗は増している。2007年度中に、アメリカでは151の内、60か所の建設申請が地方自治体や州政府によって却下されている。ここ数年で、石炭の値段は2倍になっているし、炭素税が付加されれば、さらに持続可能な資源に負けてしまうだろう。

 

6−3

2008年の12月には、国連の人権世界宣言の60周年記念を迎えることになる。それは個人の自由と尊厳を守るための60以上の条約に影響を与え、世界に広がる倫理と人権についての、数限りない議論を生み出してきた。その証左は目を見張るばかりである。政府が人権を尊重するようになって、経済が発展するようになることもあれば、倫理に背くビジネスのやり方をすることで、結局の所、株価の値下がり、生産性の低下、利益の減少につながることもある。倫理的でない決定の仕方や賄賂の横行はマスコミ、ブログ、携帯電話のカメラ、倫理委員会、NGO等によって、暴露されている。地球規模の、決定に関する倫理問題の集団責任はまだ始まったばかりとはいえ増大している。文化の基準を定める国際標準化機構(ISO)規範と国際条約の発展に伴って、グローバルな倫理問題が世界中で立ち上がってきている。

  

6−4

世界でどのように女性が男性によって取り扱われているかについての現実と理論の間のギャップを埋めることは、まだ優先順位で第一とはなっていない。性別に関する色々な規制は女性に対するあらゆる形の差別を撤回する会議と北京宣言によって公的な承認をもらっていながら、多数の国で未だ,二流の市民として扱われたり、女性を暴力にさらすような法律や文化が残されている。女性が政治やビジネスで、いい仕事を得ること、平等な賃金を得ることにおいての進歩は遅々としている。立法府における女性の数は、2000年の13.8%から2008年には18%に増えている。世界では労働力の40%を超えているが、地球全体の所得の25%しか手にしていない。

 

6−5

未来は果たして良くなるのだろうか,それとも、悪くなるのだろうか。そして、世界全体として,そのよりよい行き先を見る時に、もっと注意すべきなのはどの部分なのだろうか。投資なのか、賢明な意思決定なのだろうか。

 

7−1

未来指標は、過去20年間のデータを基にして、向こう10年間を展望する一方法である。それは、重要項目と予測によって構築されていて、全体として、未来は良くなるか悪くなるかについての描写である。調査は2006年から7年にかけて行われ、世界中のミレニアム・プロジェクトの連絡委員として選ばれた専門家の国際的パネルによって取り上げられた29の項目に基づいている。参加者はその項目を格付けするよう求められ、最善最悪のシナリオ評価を下し、「未来指標」に含まれるべき新しい項目を示し、それに関する少なくとも過去20年間のデータが提供出来る資料を提示するよう求められた。第二章では、項目のすべてをリストアップして、進歩についての説明を加え、本書の「未来指標」をどう使うべきかを説明している。

 

7−2

過去20年以上に亘って、世界の重要項目について評価し、それを今後の10年間に投影してみると、今われわれはどこでうまくやり、どこで失敗しているか、人類の未来についてのレポートの元になる物を提供出来る。

 

   うまくいっている部分     うまくいっていない部分

   ・平均寿命          ・炭酸ガス排出

   ・幼児死亡率         ・テロリズム

   ・文盲率           ・汚職

   ・一人当たりGDP国内総生産  ・地球温暖化

   ・内戦            ・投票人口

   ・インターネットの利用者   ・失業者

 

7−3

図1に示すグローバル未来指標は、向こう10年間は、過去20年間のように迅速でないにしても、まだ良くなることを示している。いくつかの予測は、第二章で説明している潮流を変えることができる出来事の起こる可能性を考えた上でのものである。

 

1. トレンドインパクト分析による予測を示す2007年未来指標

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8−1

未来指標は、また、ある問題,産業、町、国について、立ち上げることが出来る。デンバー大学と協力して、国際未来モデルを試みた実験によれば、未来指標は、殆どすべての国について、コンピュータ計算し、定期的に国と国を比較し、あるいは、ある国における実行と期待を計る手段として時間差による調査も出来ることが分かっている。未来指標をどう構築するか、自分で学ぼうとする人のために、次のホームページが用意してある。

online at www.mpcollab.org/learning/course/view.php?id=3.

 

リアルタイム・デルファイ

 

8−2

第三章は、リアルタイム・デルファイ(Real-Time Delphi) と呼ばれる方法で、専門家の意見を集め統合する新しくて効果的な方法を紹介している。もともとのデルファイ法では、アンケート調査を何回かにわたって行うが、毎回のアンケートは、専門家の間で合意されたことを確認し、前回のアンケート結果をもとにして作られている。何度か行われるアンケート調査の結果を出すのには長い時間がかかる。リアルタイム・デルファイはこの過程を迅速に処理するようデザインされている。無記名グループのフィードバックの原則を保ちつつ、そのグループのベストな考えを引き出すよう工夫されている。

 

8−3

参加者はオンラインで、アンケートに答える。アンケートは数字的なものと質に関するものの両者を含む。答えが記録されると更新される。参加者は、ある期間の間であれば、何度でもアンケート項目を見ることが出来るし、そうすることが望ましい。もし責任者がある問題について、最善の考え方を求めるのなら、その道の第一人者を呼んで評価してもらい、〆切までに他の人のコメントについて反応しながら、編集してもらうことも可能だし、リアルタイム・デルファイに署名するよう求めることも出来る。参加者の反応の分布や何故そう答えたかその理由は責任者に即座に分かるように出来ている。その過程は同時的か非同時的どちらにでも出来る。そして、もしインターネット上で実行されるなら、世界中からのパネルを巻き込むことが出来る。自分で実行してみたい人のために、リアルタイム・デルファイ・アンケートが用意され、オンラインでアクセスすることができる。

  www.mpcollab.org/learning/course/view.php?id=3.

 

政府レベルの将来戦略部会と協力可能なこと

 

9−1

国家レベルでよい決定を下そうとすれば、国家や政府の首脳達は自分たちで管理することが出来ない地球規模の変化を考慮しなくてならない。変化のスピードが速くなっているため、決定は益々難しくなっている。結果として、大統領や首相達は将来戦略や予測部会を立ち上げ、国の政策立案過程に貢献しようとしている。第四章は、そのような部会の内、10の部会を概観し、(第四章のCD版には30の政府の将来戦略組織の概略を載せている)。典型的に、将来戦略部会は首相の直近におかれ、政府内の他の将来研究所や民間研究所の未来研究を統合している。この種の部会は、しばしば、他の行政機関や各省庁の将来戦略部会のネットワークを管理し、国家戦略に貢献している。

 

9−2

この種の部会の効率を上げるために、リアルタイム・デルファイを使うといいかもしれない。それを使うと、最善の判断をすばやく集め、統合することができ、国家の未来指標を作り上げられ、政権が変わっても途切れない集合知能を発展させられるし、この種の部会の相互関係をよりうまく連結させ、さらに、それらに対応する国連の諸機関との関係をより良いものにし、国際的戦略の連携を改善することが出来る。

 

9−3

国家的、地球的かつ協同エネルギー戦略を新しくし、創造しようとする選択肢は、非常に複雑で、急激に変化しているので、決定権を持つ人々が、整合性のある政策を立案し実施して行くのに必要な情報を集め、理解するのはほぼ不可能である。同時に、つじつまの合わない政策に対する環境や社会に及ぼす影響は真に重大であるので、新しい地球的システム、それによって問題を発見し、分析し、起こりうる事象の評価やエネルギーの選択肢を統合し、決定が出来る、そういうシステムの構築は焦眉の問題である。

 

9−4

第五章は、グローバル・エネルギーに関する集合的知能に関する基本的な考え方とソフトウエアを提供する。それは、政治家、エネルギー専門家、それから一般市民がエネルギーの全体像を見ることが出来、よりよい質問と決定に導くことができる個別のものについてのタイムリーな情報を提供することができる。ここで提案するグローバル・エネルギーに関するネットワークの情報システム(GENIS) は二つの要素から成るであろう。

1)グローバル・エネルギー・ネットワーク

世界中の専門家やエネルギー問題に関心がある者、または、その関連の仕事をしている人々の世界的コミュニテイのためのコミュニケーション・共同作業の方法を提供する。

2)グローバル・エネルギー情報システム

情報保存場所(ナレッジベース)であり、世界中のエネルギーに関

する知識(実際の内容、その他のシステムへの提示、他のデータベースから色々取り混ぜて、一つの連携した情報に纏め上げる能力等)をできるだけたくさん集め、双方向にアクセスできる機能をもっている。

 

9−5

上の二つの要素は色々なニーズを支援することが出来るだろう。例えば、政治家のためには、エネルギーに関する聴聞会、政策担当者には自国、二国間、多国間のエネルギー戦略を立案するのに、また、研究開発を支援するビジネスや大学のために、メデイアには事実確認のために、そして一般の市民のために役立つだろう。

 

環境保全

 

10−1

気候変動への関心が世界的に急激に高まっている中で、世界の環境は国家的・地球的安全に関わることなのだと理解する人がますます増えている。世界の半分が、色々なプレッシャーによって、社会不安や暴動を誘発しかねない状態にある。国際的環境統治はよくなっている。そして、環境に関する脅威、犯罪を見つけ出す技術的能力は、新しいセンサーやコミュニケーション・システムによって投資効率の良いものになりつつある。過去において、組織や人々によってもたらされた環境破壊は、今後発見を逃れたり、罰を免れたりすることが難しくなってきている。

 

ミレニアム・プロジェクトは環境保全を環境による生命を支持し生育させる能力、と捉えて、次の三つの要素を提示する。

1)環境に対する軍事的損傷を防ぎまたは修復する

2)環境問題に絡む闘争の防止と対応

3)環境特有の倫理的価値観により、環境を保全する

 

10−2

第六章は、この定義に沿って整理され、これまでに認識された、200以上の事象や現れつつある環境保全関連の諸問題についての要約である。この仕事が2002年8月に始められて以来、1100以上の項目が取り出されている。これら諸項目の全貌とその資料はCD版の第九章1にある。

 

10−3

環境保全に関する分析は以下の諸点を含むべきだろう。即ち、新しい武器の影響力、不釣り合いな内戦、天然資源の増大する需要、都市化(それによってより多くの人々が危機をはらむ公共施設の犠牲に成る可能性がある)、環境劣化と気候変化の衝撃、環境法の更なる進歩と同時に進行拡大する環境法廷闘争、相互補完性が増大する国際化等々である。環境要因に起因する内戦の脅威は増大している。国際的国家間による同意が強化されるべきだし、規約の強化と尊重に向けてもっと努力がなされるべきだし、又、方向として地球的環境良心なるものを発展させるべき努力がなされなければならない。

 

10−4

全ての人々に健康と安全を保障しようとすることは全く馬鹿げていると考えられてきた。今日、同じように馬鹿げたことだとされているのが、一人で行動する人に、大量破壊兵器は作れないとか使えないとか、あるいは、都市に動物や人間を集中させても深刻な伝染病が世界的に流行するなんてありえないことだと考えることである。一方では、国境を越えて旅行することは簡単に出来るし、生物の多様性が消滅しつつあるというのに。一人の幸せを考えることが全体の幸せを考えることになるという理想主義は、テロリズムに対抗したり、空港を開けておいたり、破壊的な大量移民を防いだり、その他の人類の安全を脅かすことに対する、現実的かつ長期的なアプローチになるかもしれない。理想主義を揶揄するのは近視眼的であるが、厳正な悲観主義のない理想主義は誤っている。頑固な理想主義者で、人類の最悪・最善を見極めて、成功への道を創造し、実行して行く人が求められる。

 

11−1

問題の数だけ、答えはあるだろう。しかし、問題に本来関係のない情報が溢れ、そこから真に適切なものを見いだし,そこに集中することは困難である。健全な民主主義は適切な情報が必要であり、又、民主主義は以前に増して地球的に拡大しているので,人々はこの流れを維持するために地球規模で適切な情報を必要としている。この『未来白書』がそのような情報を提供出来ればと希望する。

 

11−2

今年の『未来白書』で報告されているように、12年間のミレニアム・プロジェクトを通して得られた洞察は、出口のない絶望や根拠のない自信、無知・無関心と闘う政策決定者や教育者に役立つであろう。このような態度こそが人類の未来を良くしようとする努力を阻んできたのだから。