研究内容

(1)翻訳途上の状態ではたらくタンパク質のナゾに迫る

 私たちは、合成が完了する前の状態(翻訳途上鎖の状態)で生理機能を発揮するとてもユニークなタンパク質(機能性新生鎖)を発見し、その機能と分子機構を研究しています。機能性新生鎖は、細胞内環境の変化をモニターする「センサー」として働き、細胞の機能を調節しています。合成が完了してから生理機能を発揮する一般的なタンパク質とは、働くしくみが全く異なるとても不思議なタンパク質の研究です。また、私たちの最新の研究では、このようなユニークなタンパク質が、様々な生物種から見つかりつつあります。現在、これらの因子がそれぞれどのようなしくみではたらき、どのような細胞機能を担うのかを明らかにすることを目指しています。

   

 機能性新生鎖は、リボソームに作用し、翻訳を一時停止(アレスト)させます。このことは、リボソームの翻訳装置としての万能性に疑問を投げかける知見でもあります。そのため、機能性新生鎖によるリボソーム制御の研究は、翻訳に関する未だ知られざる原理の発見に繋がる可能性があり、今後の研究の進展に期待しています。


(2)膜タンパク質ができるしくみを明らかにする

 私たちは、タンパク質が膜を超えて輸送されたり、膜に挿入され膜タンパク質として生合成されたりするしくみについても研究しています。最近、タンパク質局在化装置には、タンパク質を通す孔をもつチャネル型のほかに、孔の代わりに溝構造をもつ非チャネル型があることが分かってきました。この溝がどのようにしてタンパク質の膜挿入にはたらくのかという点については、まだあまりよく理解されていません。私たちは、いまだ謎の多い溝タイプのタンパク質膜挿入装置であるYidCに特に着目して研究しています。この研究を通じて、膜タンパク質の生合成に関する新たな原理が明らかになるかも知れません。

   


(3)囚われのリボソームをレスキューするしくみの解明

 リボソームは、細胞内でタンパク質を合成する重要な装置です。リボソームによるタンパク質の合成(翻訳)がスムーズに進行することは、細胞が生きていく上で不可欠です。ところが、何らかの理由で損傷した異常なmRNAが細胞内に生じると、リボソームがそのmRNA上で停滞し、結果的に、翻訳が破綻する恐れがあります。一方で、細胞には、この停滞を解消する巧妙なしくみがあります。私たちは、細胞が停滞したリボソームを解放し、翻訳を正しく進行させる因子を発見したり、そのしくみを研究したりています。翻訳は、あらゆる生命現象の根幹をなす重要な機能です。その翻訳を支える品質管理のしくみもまた、生物が生きていく上で欠かせないのです。

   

おわりに:バクテリアの持つ生命システムとしての優美さ

 私たちは、大腸菌や枯草菌といった、比較的シンプルな生物を実験材料にしています。 “無駄”をそぎ落とし、生きることの基本(生命のエッセンス)のみを凝集させたかのようなこれら真正細菌は、「生命とは何か?」という問いに取り組む上で非常に優れたモデル生物です。真正細菌の進化の歴史はヒトのそれに比べ遙かに長く、その分、洗練され、完成度の高いしくみを備えていると捉えることもできるのではないでしょうか。シンプルな中に内包されたエレガントな分子機構を明らかにする喜びは、微生物を用いた基礎研究の大きな魅力であり、私たちは、この醍醐味を一人でも多くの人に味わってほしいと考えています。