研究内容

 

ムチンは呼吸器、消化器、生殖器などの上皮組織表面を覆う主要成分であり、多数のO-グリカンを持つ高分子の糖タンパク質である。ムチンは分泌型と膜結合型ムチンに大別され、生体内に広く分布している。癌化に伴う細胞の変化については、先ず、上皮組織の崩壊が挙げられる。正常な上皮細胞では、細胞の極性が維持され、タイトジャンクションを境にして、細胞表面はアピカール側とバソラテラール側に仕切られている。癌化に伴いタイトジャンクションをはじめとした細胞接着機構が崩壊し、ムチンのような、本来アピカール側に輸送される糖タンパク質も細胞表層全体に輸送される。担癌状態において、分泌されたムチンは血流やリンパ液中及び癌組織微小環境に存在し、正常な上皮組織では、接触が不可能な分子との相互作用が可能となる。また、癌細胞膜上の膜結合型ムチンも癌組織微小環境中の因子あるいは間質に存在する細胞の細胞膜タンパク質との相互作用が可能となる。このように、癌組織微小環境では、ムチンを中心とした新たな分子間相互作用が生じ、癌細胞の進展や免疫細胞の抑制をもたらす分子的背景となっている。

血流中に多くのムチンが存在する患者の5年生存率は低いことが知られているが、ムチンの生物学的意義はほとんど明らかにされていない。免疫細胞上には多くのレクチン(糖鎖を認識するタンパク質)が発現していることから、我々はムチンがシグレックファミリ-のようなレクチンと結合するのではないかと考えた。多くのシグレックは免疫細胞上に発現していることに加えて、糖鎖上のシアル酸に結合することと免疫細胞を負に制御するモチーフをもっていることを特徴としている。ムチンとこれらのレクチンを介した相互作用は、免疫細胞と癌細胞に相互のシグナルとなり、前者には免疫制御作用、後者には癌の進展を促進する作用をもたらすことが予想される。私達はこのような研究を通じて、癌の悪性化を克服する方法を開発することを目的としている。

大半のがんは上皮細胞由来であることは良く知られている。正常な上皮組織では、細胞の極性が保持され、合成されたムチンは細胞のアピカール(頂端部)側に輸送されて、分泌されたり、あるいは膜タンパク質となる。癌化すると極性が無くなることにより、ムチンは細胞表面全体に輸送され、一部は癌組織全体に分泌され、血流中にも放出される。

上皮性癌細胞の産生するムチンの生物学的意義