化粧室はどうしてトイレになったか?

平塚 徹(京都産業大学)


 「トイレ」という言葉は英語の toilet の省略形ですが、この英単語は更にフランス語の toilette にさかのぼります。この単語は、「布」を意味する toile に、小さいことを示す接尾辞 -ette が付いたものなので、もともと「小さな布」を意味しました。

 さて、昔、化粧台の上に小さな布を敷いて、その上に化粧道具を並べたようです。そこで、この小さな布、つまり、「化粧台掛」のことを、toilette と言うようになったようです(1600頃)。そして、「化粧台掛」から、「化粧台」そのものを指すようになりました(17世紀)。

 このフランス語の toilette という単語は、英語に入って toilet となったのですが、フランス語と同じような意味で使われました。ところが、英語では、この単語が「化粧室」も指すようになりました。恐らく、 toilet-room の省略でしょう。そして、アメリカでは、特に「入浴設備のある化粧室」を指すようになりました。この単語が「トイレ」も意味するようになったのです。なぜ、「化粧室」が「トイレ」になったのでしょうか。

 勿論、もともと、便所のことを婉曲的に言おうとしたことには間違いないのですが、ここには、 日本と欧米の家屋の構造の違いが関わっています。

 日本の個人住宅では、便器は便所に、浴槽は浴室に、洗面台は洗面所にありますが、欧米の個人住宅では、便器・浴槽・洗面台がよく一つの部屋にまとめてあります。ホテルのユニットバスを思い浮かべればいいでしょう。この部屋をアメリカ英語では bathroom(浴室)と呼んでいます。そのため、アメリカ英語では、個人住宅のトイレのことを遠回しに、「浴室」と言うぐらいです。人の家でトイレを借りる場合、May I use your bathroom?「浴室お借りできますか」と言うと、英会話の本にも書いてあります。面白いことに、浴槽がなくて、洗面台と便器だけがある部屋も、アメリカ英語では「浴室」と言うのです。

 さて、アメリカでは toilet が、「入浴設備のある化粧室」を指すようになったと言いましたが、これは、もはや、洗面台と浴槽のある浴室と余り違いません。そこで、 toilet が「浴室」のことを指すようになりました。そして、ついには、「浴室」を指すこの toilet という単語を使って、遠回しに「便所」を指すようになったというわけです。現在では、toilet は「便所」を直接的に指す単語になってしまい、上述の通り、bathroom 等の単語を使うようになっています。そして、アメリカ英語の toilet は日本語に入ってきて、更には省略されて、「トイレ」となったというわけです。

 なお、フランス語でも、20世紀には、toilettes で、「トイレ」を指すようになりました。これは英語の影響かもしれませんが、詳しいことは分かりません。面白いのは、トイレを指す表現は W.-C. や cabinets や petits coins のように複数形で使われることが多いのですが、toilettes も複数形になっているところです。

 ところで、日本では、特にデパート等で「化粧室」という言葉がトイレを指すのに使われています。もともとは、お客さんに不快感を起こさせないために、使われるようになったのでしょう。 また、実際、デパート等のトイレは、洗面台と鏡があるし、しばしば、化粧を直すスペースになっているのも、事実でしょう。特に、昔は、人前で化粧をすることは憚られましたから、外出するとトイレで人目に付かないように化粧を直すことに、必然的になったでしょう。そんなこんなで、デパート等のトイレを、「化粧室」と言うようになったと思われます。しかしながら、個人住宅のトイレのことを「化粧室」という人は、ほとんどいないでしょう。個人住宅では、洗面所で化粧する人はいても、まさかトイレで化粧する人はいないでしょうから当然のことです。