京都産業大学外国語学部の日本語・コミュニケーション専攻では、日本語について学ぶことができます。
翻訳調の文体をパロディー化した「永遠のジャック&ベティ」(清水義範作)という短編があります。かつて中学校で使われていた英語の教科書の登場人物だったジャックとベティが偶然久しぶりに出会うのですが、なぜか、中学時代と同じ言葉遣いしかできなくなってしまうという設定です。二人は、おかしな言葉遣いのせいで上手く会話ができず、苦し紛れに色々なことをしゃべりますが、その中で以下のようなくだりがあります。
「私は今までにこんな暑い日を知りません」
「今日は今まででもっとも暑い日のひとつです」
「リンカーンは世界史上もっとも偉大な人のひとりです」
「あなたはアメリカ中でもっとも美しい女性のひとりです」
「それは私が聞いた中でもっとも見えすいたお世辞のひとつです」
○○の中でもっとも××なひとつです、も行き詰まってきた。
清水義範がパロディー化していることからも分かるとおり、「最も××なもののひとつです」は、もともと翻訳調の文体で見られた、よく考えるとおかしな日本語です。この言い回しがおかしく感じられるのは、「最も××な」という部分で一番だと言っておきながら、「その中のひとつ」と言うと、一番だということを否定しているように感じられるからです。勿論、一番のものが複数個あれば矛盾しないのですが、一位タイはそれほど頻繁に起こることではありません。
one of the most 〜 の意味しかし、英語では≪one of the most 〜≫のような言い方はごくありふれたもので、だからこそ英語の教科書にもよく出てくるわけです。おかしな言い方をすると思われる方もいるかもしれませんが、実はこの言い方は、複数ある一番のひとつということではなく、上位グループのひとつという意味なので、矛盾はないのです(これについては、「最上級の複数は何を意味するか?」で説明しています)。
誤訳だったそうすると、英語の≪one of the most 〜≫を「最も××なもののひとつ」と訳したのは、厳密には誤訳だったとも考えられます。とはいうものの、かつては翻訳調だったはずの「最も××なもののひとつ」も、現在では日本語にかなり定着してしまったように思われます。外国語由来の言い回しが新たな表現を生み出していった例と言えるでしょう。
©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)
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