フランス語のややこしい綴りは実は役に立っている!

平塚 徹京都産業大学 外国語学部

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 フランス語のsans(〜なしに)、cent(100)、sang(血)は、綴り字がみんな違いますが発音は全て[sɑ̃]という同音異義語です。しかし、フランス語の先祖にあたるラテン語にまでさかのぼると、これらの単語は同じ音ではありませんでした。ラテン語では、sine[シネ]、centum[ケントゥム]、sanguis[サングィス]というように、全く異なる発音の単語でした。ところが、発音が変化していって、フランス語では同じ発音になってしまったのです。しかし、もともと違う発音を表すために綴りも違っていたため、フランス語でも綴りの違いが残っているのです。

フランス語ラテン語
〜なしにsanssine
100centcentum
sangsanguis

フランス語と同様にラテン語からできた言語としては、スペイン語やイタリア語があります。これらの言語で上述の3つの単語がどうなったかを比較すると表のようになりますが、発音はそれぞれ異なっています。

フランス語スペイン語イタリア語
〜なしにsanssinsenza
100centcientocento
sangsangresangue

他にも、例えば、フランス語のsein(乳房)、sain(健康な)、saint(聖なる)は全て同じ[sɛ̃]という発音ですが、スペイン語やイタリア語では異なる発音になっています。

フランス語スペイン語イタリア語
乳房seinsenoseno
健康なsainsanosano
聖なるsaintsantosanto

このように、フランス語はスペイン語やイタリア語と比べて同義語が多い言語なのです。

 さて、フランス語の綴り字の読み方の規則は複雑ですが、仮にフランス語の綴りが発音と一対一対応だったらどうだろうかということを想像してみましょう。発音通りに綴れば、きっと綴りを覚えやすかっただろうというふうに思われるもしれません。しかし、フランス語は同音異義語が非常に多い言語です。もし単語の綴りと発音が一対一対応だったら同音異義語は綴りを見ただけでは区別できなくなります。もちろん、フランス語を知っている人なら、前後の文脈を見ればどの単語か分かります。しかし、フランス語を知らなかったり、前後の文脈がなければ、綴りを見ても同音異義語は区別できなくなります。フランス語の綴りの読み方の規則は複雑ですが、同じ発音に対して複数の綴り方が可能なおかげで、綴りで同音異義語が区別できるようになっているわけです。フランス語の綴りには、「表語機能」があるのだということです(その点で、フランス語で [sɑ̃] をsans、cent、sangと書き分けるのは、日本語で「はし」を「橋」「箸」「端」と書き分けるのと似ています)。覚えるのが面倒な綴り字の読み方の規則ですが、フランス語の書記体系の中でそれなりに役に立っているのです。

(フランス語が同音意義の多い言語であることについては、「Ton tonton tond ton thon(君のおじさんは君のマグロの毛を刈る)」も参照)



©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)

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