「機関紙」は「声」だった

平塚 徹京都産業大学 外国語学部

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 「機関紙」というと、政党などが発行する新聞や雑誌などですが、どうも不思議な言葉です。なぜ、「機関」なのでしょう。「政党」という「機関」が 出している定期刊行物ということでしょうか。

 実は、「機関紙」は、英語ではorgan、フランス語ではorgane、ドイツ語ではOrganというのですが、これらの訳語として「機関紙」という言葉ができたと考えると、「機関紙」という言い方にも納得がいきます。なぜなら、organ には「機関」という意味があるからです。

 しかし、なぜ、政党などが発行する定期刊行物をorganと言うのでしょうか。そもそもorganという言葉は、ギリシア語のοργανονにさかのぼるのですが、元々は「道具」という意味でした。そして、この言葉は、「楽器」も意味しました(そういえば、英語のinstrumentも、「道具」という意味と、「楽器」という意味があります)。οργανονが「楽器」を意味した名残は、現代英語でorganが「オルガン」という楽器を意味することにも残っています。そして、この言葉は、「楽器」といういう意味から「声」も意味するようになり、更には「代弁者」も意味するようになります。ここから、「機関紙」という意味が出てくるのです。つまり、「機関紙」をorganと呼ぶのは、政党などの団体が自分たちの主張などを伝えるため手段だからなのです。

 一方、organは「道具」という意味から、特定の目的のために設けられた組織も意味するようになりました。これが、「機関」という意味です。

 こう考えると、「機関紙」という訳語は、誤訳だと思われます。「機関紙」をorganと呼んだのは、それが「伝達手段」だったからで、「機関」とは直接の関係はないと考えられるからです。

 同じ言葉が関係している不思議な訳語としては、イギリスの思想家フランシス・ベーコンの著作「新機関」があります。この題名はラテン語のNovum Oraganumの訳ですが、organumの部分を「機関」と訳しています。しかし、この著作は学問研究のための新しい方法論を意図しているわけですから、organumの部分は、むしろ、「道具」を意味していると思われます。「新機関」という訳語は少々おかしいと思われます。といっても、「新道具」と訳したのでは様になりませんが...


©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)

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