『チ。』の登場人物の名前
京都産業大学外国語学部では、ポーランド語の授業も開講しています(「ポーランド語と言語文化Ⅰ」「ポーランド語と言語文化Ⅱ」)。
『チ。—地球の運動について—』の舞台である15世紀前期のP王国というのはポーランドがモデルであり、登場人物の名前も基本的にポーランド語の名前である。ポーランド人の名前にはドイツ系のものも見られるが、東方植民によるドイツ人のポーランドへの流入を反映している。しかし、オクジー、グラス、ドゥラカのようにポーランド人らしからぬ名前を持つ登場人物もおり、民族的マイノリティーであることを意図したネーミングであると考えられる。
ラファウポーランド語の男性名Rafał[ラファウ]。英語の男性名Raphael[ラファエル]に対応。英訳では、ポーランド語のłの字をlにして、Rafalとなっている。
コハンスキポーランド語の姓Kochański[コハンスキ]。
フベルトポーランド語の男性名Hubert[フベルト]。英語の男性名のHubert[ヒューバート]に対応。
ポトツキポーランド語の姓Potocki[ポトツキ]。
ノヴァクポーランド語の姓Nowak[ノヴァク]。ポーランドで最も多い姓。英訳ではNovak。これはチェコ語やスロヴァキア語の性Novákを英語化したもので、おそらく英語圏で馴染みがあり、「ノヴァク」と発音しやすいことから採用されたと想像される。ポーランド語のNowakもチェコ語・スロヴァキア語のNovákも、もともと「新しくやって来た者」の意。
【付記:初期の英訳においてはNovakと訳されていたが、英語版Wikipediaなどを見るとNowakと訳されている】
オクジーおそらく造語。同僚のグラスと同じく、民族的マイノリティーに属するという想定で、名前を造語したのではないだろうか。英訳ではOkgiとしているが、「オクジー」という名前の由来を特定できず、発音を写しただけであろう。
【付記:初期の英訳においてはOkgiと表記されていたが、英語版Wikipediaなどを見るとOczyと表記されている。これはポーランド語で「目」を意味する単語okoの複数形であり、オクジーに相応しい名前である。ただし、ポーランド語の発音は「オクジー」ではなく「オチ」である。また、普通名詞であり、人名ではない】
グラスおそらく造語。同僚のオクジーと同じく、民族的マイノリティーに属するという想定で、名前を造語したのではないだろうか。英訳ではGallusとしているが、これはラテン語の名前である(カタカナでは「ガッルス」と表記されている)。「グラス」という名前の由来を特定できず、発音の似た名前を探して当てたのであろう。
【付記:初期の英訳においてはGallusと訳されていたが、英語版Wikipediaなどを見るとGrasと訳されている】
バデーニポーランド語の姓Badeni[バデニ]。
ヨレンタ発音が少し違うがポーランド語の女性名Jolanta[ヨランタ]か。英訳もJolantaとしている。
【付記:初期の英訳においてはJolantaと訳されていたが、英語版Wikipediaなどを見るとJolentaと訳されている】
ピャストポーランドの王朝名Piast[ピャスト]。
コルベドイツ語の姓Kolbe[コルベ]。日本ではポーランド人のコルベ神父の名前で知られている。
アントニポーランド語の男性名Antoni[アントニ]。英語の男性名Anthony[アンソニー]に対応。
シュミットポーランド語の姓SzmidtあるいはSzmit[シュミット]。ドイツ語の姓Schmidt[シュミット]のポーランド語風の綴り。英訳ではSchmittとしているが、これはドイツ語の姓Schmidtの変異形。英語の読者に読みやすい綴りを採用したと思われる。
【付記:初期の英訳においてはSchmittと訳されていたが、英語版Wikipediaなどを見るとSchmidtと訳されている】
フライドイツ語の姓Frei/Freyなど[フライ]。
レヴァンドロフスキポーランド語の姓Lewandrowski[レヴァンドロフスキ]。rの無いLewandowski[レヴァンドフスキ]はポーランドでは非常に多い姓。
ドゥラカ造語、あるいは、ポーランド語draka[ドラカ](けんか)か。移動民族であり、ポーランド人らしい名前をつけなかったのであろう。
ドゥルーヴインド系の名前Dhruv。サンスクリットdhruva(不動の)に由来する。不動ということから「北極星」も意味する。ヨーロッパの移動型民族の多くがインド起源なので、その想定でインド系の名前を採用したか。
【付記:ドゥラカの叔父の名前はWikipediaに記載されている】
アッシュドイツ語の姓Asch[アッシュ]か。
©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)
京都産業大学外国語学部では、ポーランド語の授業も開講しています(「ポーランド語と言語文化Ⅰ」「ポーランド語と言語文化Ⅱ」)。