œの読み方

平塚 徹京都産業大学 外国語学部

京都産業大学外国語学部では、英語ドイツ語フランス語スペイン語イタリア語ロシア語中国語韓国語インドネシア語を専門的に学ぶことができます。


 綴りの読み方の問題です。次のフランス語の単語の œ の字は,どのように読むのでしょうか?

・Œdipe「エディプス」
・œcuménisme「世界教会運動」
・œnologie「ワイン醸造学」

基本単語の œil「目」,œuf「卵」,œuvre「作品」につられて,前舌円唇母音の[ø]や[œ]で発音すると思われた方がいらっしゃるかも知れませんが,正しくは,[e]です。œ を前舌円唇母音で発音するのは,œu や œil という綴りの時で,œ は単独では[e]と発音するのです。

 上に上げた Œdipe 等の単語は,ギリシア語に由来するのですが,問題の œ の部分は,ギリシア語のοιという綴りをラテン語風にœと綴ったものです。そして,この œ は,読むときには é と同じ扱いにするのです。実は,économie「経済」等の単語も,ギリシア語のοικονομιαに由来するのですが,この単語の場合には語頭の œ を é にしてしまっています。これなら,間違いなく[e]と読めます。

 英語では,もっと多くの単語で œ を e にしてしまっており,œcumenism は ecumenism と,œnology は enology と綴るようになっています。ただし,固有名詞のエディプスは,Œdipus のままです。ちなみに,ドイツ語では,ギリシア語のοιは,ö にしています(例:Ödipus「オイディプス」,Ökonomie「経済」)。

 さて,ここで,応用問題です。次の単語の最初のcの字は,どう読むのでしょうか。

・cœlacanthe「シーラカンス(生きている化石と言われている魚)」
・cœlentérés「腔腸動物(クラゲ・イソギンチャクの類)」

 規則では,cの字は,母音字 i,e,yの前では[s],それ以外では[k]と読むわけですから,これらの単語ではcの字は[k]と読むと思われるかもしれません。ところが,これらの単語のcの字は[s]と読むのです。なぜかというと,先ほど説明したとおり,ギリシア語に由来する合字 œ は,フランス語では é と同じ扱いだからです。つまり,これらのcの字は, é の字の前にあるのと同じことになるので,[s]と発音するのです。

 ところがです。本当にフランス人が œ を[e]と読んでいるかというと,実はそうではないのです。Martinet & Walter 著 Dictionnaire de la prononciation française dans son usage réel を見ると,Œdipe,œcuménisme,œnologie の œ を,インフォーマントの半数前後の人が前舌円唇母音で読んでいるのです。Jean Girodet 著 Pieèges et difficultés de la langue française でも、これらの語の œ を[ø]と読まないように注意しています。この間違った発音は,非常によく行われており、フランス2のニュースキャスターもしていますし,下手に正しく[e]と発音するとフランス人に直されたりもします。日本人学習者もつい œ を前舌円唇母音で読んでしまうと思われますが,フランス人も同じような間違いをしてしまっていると言うことです。



©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)

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