京都産業大学外国語学部では、英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・イタリア語・ロシア語・中国語・韓国語・インドネシア語を専門的に学ぶことができます。
ロシア語では、どこそこの国でという場合、原則的には「〇〇の中で」という前置詞v(в)が使われます。例えば、「ロシアで」という場合は、v Rosii(в России)となります。ところが、一部の国名については、「〇〇の上で」という前置詞na(на)を使うものがあります。例えば、「キューバで」は、na Kube(на Кубе)です。これは島の名前を国名にしているからですが、前置詞naの「〇〇の上で」という意味からも直感的に理解しやすいです。ところが、実は、「ウクライナで」もna Ukraine(на Украине)と言います。これは、ウクライナという国名が「辺境」を意味する言葉に由来すると捉えられているためと言われています(参照:「ウクライナ語とロシア語の違いについて」)。
しかし、ウクライナでは、独立後、前置詞naを使用することはウクライナをロシアの一部と見なす表現だということで、独立国家として前置詞vを使ってv Ukraine(в Украине)と言うようになりました。そして、ロシアにもvを使用するように求めましたが、依然としてnaが使わています。vの使用は、ウクライナ独立後に急増しましたが、その後は減少しています。
この前置詞の問題はロシア語だけにとどまりません。ポーランド語では国名には原則的には「〇〇の中で」という前置詞wを使います。例えば、「ポーランドで」はw Polsceです。しかし、島の名前を国名にしている場合は、「〇〇の上で」という前置詞naを使います。そして、「ウクライナで」という場合にも、na Ukrainieと言います。しかし、ウクライナへの連帯感から、w Ukrainieという言うことも増えています。
ポーランド語では、ウクライナだけでなく、近隣の他の国々にも「〇〇の上で」という前置詞naを使います。
国名 | 〇〇で |
ベラルーシ | na Białorusi |
リトアニア | na Litwie |
ラトヴィア | na Łotwie |
スロヴァキア | na Słowacji |
ウクライナ | na Ukrainie |
ハンガリー | na Węgrzech |
これらの国々の多くがかつてポーランドの一部であったことが、前置詞naの使用の起源のようです。前置詞naは地方に対して用いられるので、その国の主権を認めないものだという意見もあります。ところが、ハンガリーやスロヴァキアは過去においてポーランド領だったわけではないのに、やはり前置詞naが用いられています。前置詞のnaにはポーランドの一部であるという含意はなく、現代においては近隣の身近な国々にnaを使用しているだけだという意見もあります。
ウクライナにつける前置詞はチェコ語でも問題になっています。チェコ語も国名には原則として「〇〇の中で」という前置詞vを使うのに対して、島の名前を国名にしている場合に「〇〇の上で」という前置詞naを使います。そして、ウクライナとスロヴァキアについてもnaを用います。これも、これらの国名が地方名だったことに由来するようです。ウクライナ人は、やはり、naよりもvを使用して欲しいと感じるようです。
国名 | 〇〇で |
ウクライナ | na Ukrajině |
スロヴァキア | na Slovensku |
英語の場合は、ウクライナに定冠詞をつけるかどうかが問題でした。以前は、定冠詞をつけてthe Ukraineという言い方がありました。これは、やはり、「ウクライナ」という国名が「辺境」を意味する言葉だったという考え方が元になっています。もともと普通名詞だった単語を特定の地域を指示するために使用するので定冠詞を付けるというわけです。そのため、ウクライナ独立後は、Ukraineは無冠詞で使われるようになりました。
このように、前置詞や定冠詞は時に国際問題にも関わるほど重要なものなのです。
©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)
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