ドクロマークの交差している骨はどこの骨か?

平塚 徹京都産業大学 外国語学部

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 海賊旗や毒物の表示に用いられるドクロマークですが、髑髏の下の交差した骨は、どこの骨でしょうか。 ドクロマークは、英語では、skull and crossbonesと言いますが、 crossbonesをOED2で調べると、以下のようになっています。

A figure of two thigh-bones laid across each other in the form of the letter X, usually placed under the figure of a skull, as an emblem of death.

thigh-bonesとありますので、ももの骨、即ち人体で最大の骨である「大腿骨」であることが分かります。

 また、『研究社 新英和大辞典』でcrossbonesを引くと、「大腿骨[腕骨]2本を交差させた図形」とあります。 「腕骨」というのは、「腕の骨」ということですから、 解剖学的には、「上腕骨」か「橈骨」か「尺骨」ということになるかと思います。

 他方、仏仏辞典のPetit Robertでは、tibia(脛骨)の項に、 この骨を描いたものは死のシンボルとあり、以下のような用例がついています。

Tibias croiés et tête de mort du drapeau des pirates.

つまり、ドクロマークの交差した骨は向こうずねにある骨、即ち「脛骨」なのです。

 以上、「大腿骨」「腕骨」「脛骨」など、様々な骨が出てきました。

 しかし、「大腿骨」は、他の骨とは見た目に明らかな違いがあります。 例えば、「大腿骨」には、股関節を構成する「大腿骨頭」、また、 それにつながっていく「大腿骨頸」(高齢者がよく骨折する箇所です)があります。 このような出っ張りは、「脛骨」や「腕骨」にはありませんので、直ぐに見分けが付きます。

 実際に我々が持っているドクロマークのイメージでは、交差している骨は、 一見して、「大腿骨」のような形をしていません。 (例えば、マンガ「ワンピース」のドクロマークを見てください。) よって、これは、「脛骨」か「腕骨」であるように思われます。

 しかし、色々なドクロマークを見てみると、はっきりと「大腿骨」であるものもあります。 例えば、アメリカのイェール大学には スカル・アンド・ボーンズ(Skull and Bones) という秘密結社があって、 その名前の通り、ドクロマークをシンボルにしているのですが、これには明らかに「大腿骨」が描かれています。 解剖学的に正確なところが、インテリな感じです。

 ドクロマークの交差している骨は、「大腿骨」の場合と、「脛骨」や「腕骨」の場合があります。 その中で、「大腿骨」は人体で最大の骨ですから、そういう意味では最有力候補です。 しかし、「大腿骨」の形状が分かるためには、ある程度の解剖学的知識が必要です。 そのため、「長骨」の典型的な形状に基づいたイメージが広がっていると思われます。 そちらのイメージに合わせると、その骨は「脛骨」や「腕骨」だということになるのでしょう。 科学的知識と一般的なイメージのせめぎ合いが、どこの骨かを曖昧にしてしまっているということだと考えられます。


 その後、他の文献も調べてみました。アト・ド・フリース著『イメージ・シンボル事典』は、 「skull 頭蓋骨」の7bに次のように説明しています。

「頭蓋骨+2本の交差した大腿骨」は、危険、毒、腐朽、海賊、秘密結社、最低段階まで堕落した人類 (第二次世界大戦時のドイツの「どくろ部隊」)を表す。

どうも、アングロサクソン系では、「大腿骨」の方が優勢のようです。 それに対して、フランスでは、「脛骨」の方が優勢のようです。 これは、「長骨」の代表としては、大きさの点では「大腿骨」が最有力候補でありながら、 その形態上の特異性から避けられた結果、 人体において「大腿骨」に次いで2番目に大きな「脛骨」が選ばれたということかも知れません。

 仏仏事典のLOGOSは、tibiaを「脛骨」としながらも、ドクロマークのtibiaは次のように説明しています。

(figuré) Os de forme allongeé : les pirates avaient pour emblème un drapeau noir avec une tête de mort et des tibias croisés.

つまり、ドクロマークのtibiaは、単に長い形の骨であって、「脛骨」とは限定していないのです。 これは、ドクロマークの交差した骨はtibiaというのだということは知られていても、 それでは、その骨がどこの骨かというと、多くの人は必ずしもよく分かっていなくて、 単に長い形をした骨だという程度の理解してかしていないということを正直に告白しているものではないかと思われます。 これは、ドクロマークのtibiaがしばしば「長骨」として理解されているということだとも言えます。


 なお、ジャン・シュヴァリエ、アラン・ゲールブラン共著『世界シンボル大辞典』は、 ドクロマークをフリーメーソンにおけるシンボルとして説明しているのですが、 これとフリーメーソン以外でのドクロマークとの関係がどうなっているのか、分かりません。 また、何か分かったら、改めて考えてみたいと思います。


©平塚徹(京都産業大学 外国語学部)

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