物理学とは

'宇宙定数（＝宇宙項）について　'

－加速する宇宙－
　－真空エネルギー：ダークエネルギー：Quintessence（第5の元素）－
目次
１．はじめに
２．アインシュタインの一生の不覚？　　－宇宙項―
３．宇宙が加速している？　　―超新星の観測―
４．宇宙背景輻射
A) ビッグバン宇宙論　B)２．７K の宇宙背景輻射　C）COBE衛星　 D) 揺らぎの成長　D) WMAPの観測結果
５．宇宙項
６．ダーク・エネルギー
A)インフレーション宇宙　　B)　'第５の元素'（Quintessence）
C)ゼロ点振動　－カシミア効果―　D)　ダーク・エネルギー
７．宇宙の将来
８．最後に

1. はじめに
　　　宇宙が膨張していることは、１９２０年代から知られていたが、その膨張速度が加速していることは、ほとんど予想されていなかった。しかし、つい最近それが確かめられた（２００３年）。これは我々の宇宙のことであり、その結果は、いつかはこの宇宙に我々の銀河のみしか存在せず、他の銀河ははるか地平線のかなたへ消えてしまうという驚くべき内容を含んでいる。宇宙が加速膨張するというのは、何故か、それがどのような意味を持っているのかをしばし考えよう。
　　加速するというのは、自動車に乗ったときなど、まず初め停車していて、それから動き出すときに、車は加速される。つまり速度が、時間とともに速くなることを、加速という。エレベーターに乗ったとき、電車に乗ったときなど、すべて加速されて動き出す。反対に、速度が時間とともに、減少することを減速という。動いていたものが、停止に向かうとき、減速される。
　　宇宙が膨張しているということは、近くの銀河、大体数百万光年から遠いものでは、百億光年かなたの銀河もあるが、その間の距離が時間とともに大きくなる、つまり相対速度があり、我々から見ると、遠方の銀河は、速度を持って我々から遠ざかっている。ここで問題になるのは、実は今まで、この相対速度は、だんだん時間とともに、減少していると思われていた。つまり減速の状態だと考えられていた。ところが最近のより詳しい観測によると、この相対速度は時間とともに速くなっていることが分かってきた。
　　まず、最初に何故、今までは減速だと考えられていたかというと、遠方の銀河と我々の銀河は、重力で引き合っている。我々の銀河だけでなく、我々を含む多数の銀河と遠方の銀河は、重力で引き合っているので、遠ざかっていく銀河を、重力による引力で引き戻そうとしていると考えられていた。これはもっと身近な例で考えると、ボールを真上に放り投げると、最初は、勢いよくボールは上に向かって速度を持ち、我々から遠ざかっていく。しかし地球の重力による引力のためにその遠ざかる速度はだんだん減少する。これと同じ原理が、遠方の銀河にも働いて、重力によりその遠ざかる速さは減速していると考えられていた。
　　ところが、相対速度は時間とともに、速くなっているのだ。あたかも我々と、遠方の銀河の間には、引力ではなく斥力が働いているように、遠ざかっている。実際、現在では加速されているから、これは空間同士の間に斥力が働いていると考えられている。真空は何も無い、空っぽの空間ではなく、そこにはダーク・エネルギーというものがあり、それが斥力として働いて、空間同士を遠ざけていると考えられている。ではこのダーク・エネルギーとは何か？なぜ今まで見つからなかったのか？また、将来加速して膨張する宇宙はどうなるのかという疑問が次々にわいて来る。
　　詳しくは以下の中で述べるが、ひとつ、ふたつここで紹介すると、宇宙がビッグバンで始まってより、現在まで１３７（±２）億年経過しているが、例えばその１０倍の１３７０億年これから経過すると、この宇宙には、我々の銀河と、近くのアンドロメダ銀河（その頃は合体しているが）などの銀河しかなく、他の銀河は、どんどん加速されて遠ざかっており、ほとんど見えなくなってしまっている。つまり、宇宙には我々の銀河しかなくなっていることになる。現在あちらにも、こちらにも多数の銀河があり、およそこの１３７億光年の宇宙の中には、観測できる銀河はおよそ１０００億個あるとされているが、これも１３７０億年後には宇宙の見える境界のかなたへ遠ざかっていってしまい、我々の宇宙の中にはいなくなってしまう。
　また真空とは何かについては、　真空それ自身がある特性を持つという思想は古くからあり、古代ギリシャ時代のアリストテレスは、この自然界を構成するものとして、火、空気、水、大地、そして天界を構成するものとして第５番目の元素を想定した。時代はぐっと下がるが１９世紀には光の伝播を媒介するものとしてエーテルが、真空を埋めている物質とみなされたこともあったが、アインシュタインの特殊相対論により、その存在の必要性はなくなり否定された。
　　しかし、そのアインシュタインにより、重力の理論である一般相対論が提案され、それによると重力は時間空間のゆがみとして理解されるという。そしてこれを宇宙に適用して、当時は宇宙は膨張もせず時間的に一定と考えられたから、定常な宇宙の存在するために宇宙定数なるものが導入された。
　　結果的にこれは真空のエネルギーとみなされる。これは空間同士の斥力として働き、重力の引力に抗して宇宙が定常に保たれるわけであるが、実際上不安定の安定であり、摂動が加えられると、膨張か収縮に転じてしまう。
　　アインシュタインは、この宇宙定数の導入は生涯の大失策だと友人に話したこともあったそうだが、書かれたものにはそのようなことは述べていない。むしろ当時の膨張宇宙の年齢の推定より、この宇宙定数が必要ではないかと注意を喚起している。そして実際常に、宇宙論の関係者の間で、必ずしも正統的とはみなされてこなかったが、観測される天体(球状星団：１３０～１５０億年以上)の宇宙年齢と、宇宙膨張から推測される年齢（＜１３０億年以下）との矛盾から、宇宙定数が必要であるという指摘はなされてきた。
　　しかし真空のエネルギーという奇妙なものに対しては、現在の物理学では、全く手がつけられてこなかった。むしろゼロであろうとする希望的な推測（偏見）が主流であり、もしある値であるとすると、何故その値であるのかを説明する理論が、全く見通し立たないという問題があった。
　　ある面で同じであるが、膨張する宇宙の中で、通常の物質密度が減少する中、何故現在宇宙定数が優勢になってきたのかという問題もある。これらから宇宙定数はゼロであろうと今まで推測されてきた。しかし、この宇宙定数、つまり真空のエネルギー、いや流行の言葉で言うとダークエネルギーが存在し、そして発見された。これより、「何故、今、宇宙定数が現れるのか？」と言う問題が浮上してきた。これは、少なくとも、もっと昔であれば、宇宙は加速膨張してしまい、銀河なども出来なかったという解釈が成立する（人間原理）。それらのことを、以下さらに詳しく見ていくことにしよう。
２．アインシュタインの一生の不覚？
　　２０世紀初頭に物理の理論展開に２つの革命が起こった。一つは量子力学でありミクロな原子、分子の法則を記述する。もう一つは、重力の理論であるところの一般相対論である。これは物質の存在が時間空間の歪（ゆが）みを引き起こすことを述べている。太陽の回りで光の進路が曲げられることや、強い重力場は、時空を歪ませて、ブラックホールを作り出し、そこへ落下した粒子や宇宙飛行士は２度とこちらへ戻ってこれないという性質をもつことはよく話題になっている。
　　この重力と時間空間の歪みの理論を、宇宙論へ適用すると、宇宙は膨張するか、収縮するかしか解が無かった。しかしアインシュタインが１９１７年にこの一般相対論を宇宙へ適用したときには、宇宙は膨張しているなどとは全く考えられておらず、宇宙は無限の過去から、無限の未来まで一定とみなされていた。それでアインシュタインは、彼の創りあげた方程式を変更し、引力である重力に抗して、斥力を意味する宇宙項（Λ（ラムダ）項）を付け加えて、時間的に一定な宇宙モデルを提案し、彼の重力理論は宇宙をその理論的対象にすることを示した。これにより、現在我々が考察する相対論的な宇宙論が始まった。
　　問題は、１９２０年代に入ると、それまで天の川で知られる我々の銀河以外にも多数の銀河が存在し（１９２４年ハッブルは近くのアンドロメダ星雲の写真から、その星雲が個々の星からなっていることを示した（そこにCepheid変光星のあることを発見））、またその銀河は我々から遠ざかっており、その速度は銀河までの距離に比例していることが分かった（１９２９年ハッブル：v＝Ｈｒ、v：相対速度、ｒ：その銀河までの距離、H：ハッブル定数、注参照）。つまり宇宙は膨張していることが明らかになり、これによりアインシュタインは、ラムダ項を付け加えたことが、一生の不覚であったと、友人に話した（ガモフ）。実際この項を付け加えなければ、宇宙は膨張していると理論的に予言できたわけである。
　　事実、ラムダ項なしにロシアの理論物理学者フリードマンは、一般相対論における膨張宇宙モデルの解を見つけている（１９２２年）。しかしアインシュタインは論文、もしくは書かれた記事などで公にこのラムダ項を撤回してはいない。そして、実際このラムダ項に関しては、その後も宇宙論においてはしばしば登場しており、一般相対論の教科書などでは必ずそれについて言及されている。
　　なぜこのラムダ項が、その存在を疑われつつも、相対論の教科書に引き続き言及されてきたか一言述べよう。一般相対論の基本的な方程式に、アインシュタイン方程式なるものがある。それは通常、時空の幾何学的な構造を示す項を左側におき、右側に物質の存在を示す項を置く。それが等しいというのがアインシュタイン方程式であるが、これを等しいと置く根拠がある。それは左側も微分（正確には発散という各微分の添え字に関する和；また微分は共変微分）するとゼロ、右側も微分するとゼロとして、ある種類の保存則が成立している。
　　少し勉強すると、この微分してゼロという関係が美しい等式として意識される（と私には思えるのだが）。しかしここには自由度が存在し、それがラムダ項である。この項はあっても無くても良い。それ自身で微分するとゼロになる性質がある。少なくともこれ以外には、簡単に、あっても無くても良いという項、もしくは自由度は無い。このような場合、物理の方程式においては、一般にどう考えるのか？数学的な自由度があれば、当然自然界は、その自由度を使っていると考えるのが、まあ物理をかじった人なら、普通である。
　　ある面でアインシュタインは極めて自然な形で、ラムダ項を導入したと言える。ただその値を大きくとりすぎて、宇宙の重力とほぼ同じくらいにおいて、しかも宇宙が静止しているとした。しかしそれは当時の天文学の知識では止むを得ない面があった。まだその頃は、隣の銀河であるアンドロメダ星雲が、ガス状にしか望遠鏡で見ても見えず、やっと１９２４年になり、ハッブルが、１００インチのWilson天文台の望遠鏡を用いて、アンドロメダの星雲は、一つ一つの星からなっているということを、確認したほどである（１９２４年）。
　　（注釈：アンドロメダ星雲まで約２００万光年（０．６７Ｍｐｃ）　　ｐｃ（パーセック）：距離の単位、１ｐｃ＝３．２６光年、１Ｍｐｃ＝３．２６ｘ１０＊＊６光年（～３００万光年）　Ｈ：７０ｋｍ/(Mpc・s) とすると、ハッブルの法則　ｖ＝Ｈｒ　より、ｒ＝１０Ｍｐｃの距離にある銀河は我々から大体　Ｈｒ＝７００km/s の速さで遠ざかっている。
　　ついでに述べると、我々の銀河の直径は約１０万光年、１千億個の星からなっている。銀河と銀河の平均距離は約１千万光年、宇宙には約１千億の銀河がある）
３．宇宙は加速している？
　　１９９８年に超新星 Type Ia の観測により、宇宙は加速膨張していることが明らかになった。これは、Type Ia という超新星が、ほぼ光度が一定であるということがわかり、これを宇宙の距離の尺度に用いるということが前提になっている。
　　Type I はそのスペクトルに水素原子による輝線がない（つまり水素ガスがほとんど無い）超新星を示し、その中でもType Ia は、その前段階はほとんど炭素、窒素、酸素からなる白色矮星と考えられている。それが連星（Binary）をなしており相手の星からガスが落下してきてチャンドラセカール質量（太陽質量の約１．４倍）以上になると、自己重力に対して、それまでは電子の縮退圧力で支えられていたものが、支えられなくなり、電子は陽子に吸収されて中性子になる。これが引き続き起こり大部分の電子は中性子になるが、圧力が大幅に減少して中心へ落下する。ほとんど中心の圧力がなくなるために自由落下に近い形で収縮し、その中で重元素が形成されて、中心で圧縮され跳ね返り、爆発膨張過程へ転化する。爆発の結果、最終的には、中性子星等も残らず、すべて物質は放出され星間物質となる。
　（炭素爆縮反応（Carbon deflagration）: 縮退している炭素 Core に Binay の星からガスが落下してきて、圧縮され C+C の反応が起きるが、それが高温になっても縮退が解けず、圧力に跳ね返らないために、ますます核反応が進み、熱エネルギーがたまり、最後には縮退が解けて、爆発するというメカニズムも提案されていたが、形成される元素が観測と合わないことより、現在では Type I の爆発メカニズムとしては採用されていない。）
　　いずれにしても、超新星 Type Ia はほぼ同じ明るさになることが観測的に分かってきており、超新星までの距離の尺度として使える物差しと考えられてきた。超新星の赤方偏移から、どれだけの速さで遠ざかっているかが分かり、一方その見かけの明るさから、超新星までの距離が分かる。これにより赤方偏移と距離の関係が得られ、これと宇宙モデルと比較することにより、宇宙のパラメーターが得られることになる。この観測より、通常の平坦な宇宙項なしの宇宙モデルよりも、矢張り平坦ではあるが宇宙項（ラムダ項）のある宇宙のほうが合うことが明らかになった（１９９８年）。
　　しかし、この超新星の観測データだけでは、必ずしもすぐには加速宇宙が受け入れられたわけではなかった。観測された超新星の数は４０数個であり、またデータもある程度の広がりがあり、懐疑的な宇宙物理学者がすべて皆このデータから宇宙項のあるモデルを受け入れたわけではなかった。
４．宇宙背景輻射
　　２００１年６月３０日に打ち上げられたMAP人工衛星は、３ヶ月かかって、太陽と地球を結ぶ線の延長上１億キロメートル第２ラグランジュポイントへ到達した。その点は太陽への引力と地球への引力が等しく、かつ常に地球と同じ速さで回転している。その点は軌道としては不安定だが、適度に修正することによりそこに滞在することは可能である。この点の良い点は、人工衛星の後部に太陽発電のパネルをつけて太陽方向に向け、反対側を観測すれば、太陽や地球の影響を受けず、半年間でほぼ全天を観測できることである。この衛星は、宇宙の初期の温度揺らぎを観測する衛星である。
A)　ビッグバン宇宙論
　　宇宙はビッグバンという高温、高密度で発生し、爆発的な速さで膨張したことより始まったとされるモデルにより記述されることが、観測的に確かめられている。その根拠は、大きく分けて以下のものである。
(１) 宇宙は膨張している。
(２) 宇宙初期の膨張する中での元素形成が、観測と合う。
(３) 宇宙初期の高温のなごりであるある温度の輻射で満たされている（２．７K の輻射）。
　　１）は、遠方の銀河を観測すると、そのスペクトルが赤いほうに移動していることより、我々から、遠ざかっていることが分かる。これをドップラー効果という。これは日常気をつけていれば経験することである。救急車のサイレンが、近づいてくるときは、高音であるが、遠ざかっていくときは、低音になることとか、列車の出す音が近づいてくるときは、高音であるが、遠ざかるときは、低音になるという現象である。光でもこれが当てはまり、銀河の光のスペクトルを仔細に見ると、水素とかのスペクトルが赤くなっていることが観測される。その距離を測るには、銀河の大きさとか、また先にも触れたが、Cephaid型の変光星は明るさと、その変光の周期の間にある関係があり、それを用いて光度と変光が観測されると、その天体までの距離を推定できる。その他銀河の大きさとその見る角度の大きさ。銀河団であればいずれにしても、膨張速度は我々からの距離に比例して早く膨張している。この膨張速度が距離に比例する関係はハッブルの膨張則v＝Ｈｒとして広く観測的に確立している。
　　次に２）については、宇宙初期の高温高密度の時代、およそ宇宙初期の３分の間に、陽子や中性子が高密度であった時代にその衝突などで、重水素や、ヘリウム、リチウム、ベリリウムなどの軽元素が形成されると予想された。実際、膨張宇宙の初期に適当な温度や密度のもと膨張する中でその核反応を計算すると、観測される軽元素の存在量とが良く合う。特にヘリウムは、重さですべての物質の２３％程度を占め、これだけのヘリウムの量を他の原因で（星の進化などで）作ることは困難であり、ましてや同時に他の軽元素も説明することは不可能である。そしてこれらの軽元素を作るには、初期の膨張速度、そのときの温度が問題になるが、観測されている軽元素などの存在量を説明するには、物質の密度などへの制限がつき、それらがうまく観測と合っている。
　　そして３）についてであるが、それを説明するには少し前置きがいる。つまり温度があるものには、それに相当する電磁波が出ているということを理解しなければならない。例えば、太陽表面はおよそ６０００度であるが、それに相当する電磁波、つまり可視光線が出ている。最近では、夜間でも、人がいれば、その人の温度に相当する電磁波が出ており、その赤外の電波（可視光よりも波長の長い電磁波）を見ることにより、その存在を捉えることが出来る。これなどは軍事目的に多く用いられており、ニュースなどで目にする。そして、宇宙は昔高温であったから、それに相当する温度の電磁波が宇宙を満たしていた。それが膨張するにつれて、温度も下がり、それに相当する電磁波の波長も長くなるという現象が続いた。
　　より正確にいうと、温度Tに相当して、電磁波を出しているが、それはいろいろな波長で電磁波を出しており、その波長ごとの強度を含めて、輻射全体をその温度Tの黒体輻射という。
　　問題は、宇宙初期は高温で、すべての物質はイオン化しており、例えば水素は陽子と電子に分かれていたが、宇宙の温度が約４０００度以下になりだすと、電子は陽子と一緒になって、中性の水素となる。この結果として、光はそれまでは電子とよく衝突していたのが、もう衝突する電子がいなくなり、ほとんど物質とは衝突しなくなる。その結果光は、衝突することなく宇宙を伝播することになる。この時代を物質と光の相互作用がなくなるので De-coupling (分離) 時代などという。そして、この物質と相互作用していた面を最終散乱面（Last　Scattering　 Surface）といい、当時は４０００Kの黒体輻射の光の分布であった。この面に残された揺らぎが、宇宙初期の色々な物理現象をとどめており宇宙論にとってこの LSS が重要である。
B) ２.７ Kの宇宙背景輻射
　　その後宇宙は膨張し、それとともに電磁波の波長も長くなり、現在は絶対温度で２.７３K の黒体輻射の分布として観測されている。最も強度が強い波長は約数ミリメートルの電波であり、電波望遠鏡で宇宙を観測すると、どの方向からも一定の強度で。この波長の電波がやってきている。これを宇宙電波背景放射（Cosmic　Microwave　Background　Radiation）、略してＣＭＢ放射、もしくは宇宙背景放射などという。
　　この電波が最初に観測されたのが１９６５年で、当時 Bell 研究所にいた Penzias と Wilson であった。彼らは銀河から来る電波を調べており、（同時に、人工衛星との電波通信のために、宇宙からくるこの波長帯の電波雑音を調べていたが）、結果として銀河からではなく、この一様等方的な背景輻射の電波を突き止めた。彼等は発見当時のこの雑音としての電波の宇宙物理学における意味が十分理解していなかったが、当時 Princeton の Dicke 等が、矢張りこのビッグバン宇宙の名残りの電波を調べようとしており、またそのうわさを聞いた Penzias は、直接 Dicke に電話でその宇宙論的な意味を問いただした。Dicke は、その電話の後で '出し抜かれた！' と同僚たちに言ったという。
　　いずれにしても、この宇宙背景輻射は宇宙発生後４０万年後の姿を示しており、ビッグバン宇宙の化石として、この宇宙初期の状態の情報を担っていることが明らかになった。
　　つまり、宇宙初期の揺らぎが、温度揺らぎ、それが物質の揺らぎと結びついているはずで、その物質の揺らぎが成長して大きくなり、それから銀河、銀河団が形成され、宇宙の大規模構造などの原因が分かるという、いやそれ以外にも、宇宙のいろんな情報がこの揺らぎに押し込めてあるはずで、この宇宙の化石の様子を仔細に調べるということが、観測的宇宙論の大きなテーマになった。
C) COBE 衛星
　　しかし、２.７K の黒体輻射が発見された１９６５年から２７年後、１９９２年になってはじめて、この輻射に異方性が COBE（Cosmic Background Explorer）という人工衛星により発見された。ほぼ一様なこの電波にたいして１０万分の１の割合の非等方性が見つかった(△T/T～１０－５)。これは例えると、大きさ(深さ？）一キロメートルの池の表面に高さ１センチメートルの波があるのを上空から発見するのと同じくらい大変な精度の要る観測であり、この非等方性を発見するのが困難な観測であった。しかし、このときの波長は、池の大きさの５０分の１であるから約２０メートルほどであり、実際欲しい情報はもう少し波長の小さな１メートル以下の揺らぎであった。
　　これは池の大きさに対して例えたのであり、実際には天球上で角度の分解能で１０度以上の揺らぎが観測された。ただ COBE 衛星の観測により、それまでは背景輻射の温度揺らぎの上限しかえられていなかったものが、その絶対値が得られたのは注目に値する。実際、温度揺らぎがなかなか観測されないので、ビッグバン理論自体が間違っているのでは無いのかという説まで現れだした。
D) 揺らぎの成長
　　温度揺らぎ（△T/T）の3倍が密度揺らぎ（△ρ/ρ～３△T/T）に相当し、揺らぎの成長は宇宙半径(a)に対して線形に比例する（△ρ/ρ～a）。最終散乱面の時代の宇宙半径は現在の宇宙の大きさの約１０００分の１であり、現在までに密度揺らぎが大きくなって銀河などを形成するためには、少なくとも密度揺らぎは、最終散乱面の時代には、千分の１は無いと不味い。温度揺らぎに換算すると、最終散乱面の時代には、△T/T～１/３０００無ければならない。実際には銀河は現在の宇宙の大きさの１/3程度の時代に多数形成されているから、この温度揺らぎは△T/T～１/１０００でなければならないのに、観測では１０万分の１程度しかなかった。
　　この解決には、暗黒物質が必要であり、最終散乱面の時代には、光と物質の揺らぎよりも、暗黒物質の揺らぎのほうが大きく成長しており、その暗黒物質の揺らぎに通常の物質が集積したと考えられている。またより詳しい波長ごとの計算により、まさに温度揺らぎとして１０万分の１程度が、ビッグバン理論にとってはぎりぎり必要な揺らぎであり、その大きさの揺らぎが見つかりほっとした次第である。
　　より詳しく述べると、COBEの観測した１０度スケールの揺らぎに対して、銀河スケールの揺らぎ（約０．１度）は暗黒物質を考慮すると約３００倍ほど成長しており、実際はあと１/２倍ほど温度揺らぎが小さくても、暗黒物質のみの平坦な宇宙モデルにおいては、銀河形成の点からは問題が無かった。逆になぜ銀河形成の視点からみると２倍大きいのかという問題がおこり、それがあとで述べるダークエネルギー（ラムダ項）とも関係してくる。
E)　WMAPの観測
　　MAP衛星（Microwave Anisotropy Probe）は、その計画から深く関与した Willkinson氏（２００２年９月死去）の名前を取ってWMAPと呼ばれることになったが、２．７２５Kの黒体輻射の非等方性をCOBEに比べて、角度分解能の精度で３０倍以上、温度揺らぎの精度でも１０倍以上で、観測した。その結果は、実は、南極の上を気球を使って矢張り観測していたBoomerangのデータ、そのほか電波望遠鏡で出していた・・・のデータを結果的に信任する形となった。しかし精度は高く、今までのデータに対して強くそれを信頼するに値するとして、ハッブル定数は　７２ｋｍ/Mps・s
　　宇宙項は　　０．７２
　　暗黒物質　　　０．２３
　　通常の物質　　　０．０４
という結果が出ている。
　　これによると宇宙年齢は１３７±２億年であり、その精度はほぼ１～２％以内とされており　、今までの宇宙論は、宇宙パラメーターに対してよくて２０％程度の誤差があったものを、その精度を一桁以上精密にした。その意味でもこの WMAPの観測精度は、宇宙論に対して大きな影響を与えるものである。
　　そして、特筆すべき点は、この黒体輻射の光の偏光を測ったことである。これも気球ですでにデータが出ていたが、それを追認する形ではあれ、信頼性は高い。その結果によると、宇宙が誕生してから２億年後、大きさにして現在の１７分の１の大きさの頃に、再びイオン化されていることになる。
　　そして、最も大きな問題は、宇宙において宇宙定数（ラムダ項）があるということを確認したことだ。それがどうして分かったのか？
　　これはかなり微妙な問題である。宇宙初期に物質の密度揺らぎが存在するが、その起源は宇宙初期の量子揺らぎに起因する。場が、量子力学の記述する場として、存在しているとする。それが観測されずに量子的に揺らいでいるという状況を、想像するのも難しいが、考える。つまり、ある場が量子的に存在して、かつ揺らいでいるとする。
　　これは、形式的にはスカラー場をある Inflation を引き起こす Potential の下で仮定し、この場が従う Schorodinger 方程式を書き下し、この平均値からのずれの分散を、宇宙が Inflation として急激に膨張している状況で、すべての波長がその Horizon を越えるとして解くと、そしてその揺らぎががまた再び Inflation が終わった段階では、その分散は波長によらず一定であることが導ける。この初期の揺らぎは Gaussian であり、全く他の波長とは相関がない。
　　問題はこの揺らぎが宇宙初期から成長して、LSS（Last Scattering Surface:最終散乱面：宇宙誕生後40万年の時：このとき宇宙は温度が4千度くらいに冷却し、陽子と電子が中性化して光が散乱されずに我々までやってくる：それを２.７３Ｋの放射として観測）にいたるときに、各波長が独立に振動しているが、位相がランダムでも振幅がある一定の関係があるために、その振幅の最大のときに LSS に至る波は振幅が大きく、つまり宇宙が発生してから LSSにいたるまでにその波が一回振動したかしないか、何回目の振動かということが問題になる。LSS にいたったときちょうど整数回の振動の波であれば、振幅は大きく、そうでなければ小さいという結果になり、LSS のとき、LSS 面に対してある特有の構造を引き起こす。
　　それは天空上、ある面で球面であるが、その球面での揺らぎのパターンを識別するのをどうするかという問題になる。それは、球面状の揺らぎをある（球面）調和関数に分解して、その係数の大きさで、揺らぎを表現する。
　　揺らぎの大きさを縦軸として、横軸は、この調和関数の多重度を示すモーメントｌを取る。それは角度の分解能に関係している。ｌが大きいほど細かい揺らぎ、または波長の短い揺らぎに対応しており、その角度の分解能△θとｌは△θ～π/ｌという関係がある（πはラヂアン：または角度で表すと△θ～１８０/ｌ度）。このような図を描き、観測と理論値を比べる。
　　これより宇宙の化石である２.７K のこの黒体輻射の揺らぎの模様を調べることにより、宇宙のパラメーターが調べられる。その結果宇宙項（ラムダ項）がないと不味いということになり、それは超新星の結果で導かれていた値と一致した。
　　こうなるとさすがの懐疑論者も、この宇宙項を受け入れざるを得なくなる。これが現在２００３年以降の状況である。
５．宇宙項(＝宇宙定数、ラムダ項)
　　宇宙項は以前にも述べたように、アインシュタインが、重力場の方程式であるアインシュタイン方程式にたいして、宇宙を論ずるために導入した項である。彼は自分の創出した一般相対論を、宇宙に対して適用した。これが、現在我々が信じてやまない相対論的宇宙論の始まりである。彼は、宇宙の静止した解を求めようとしたとき、当時は宇宙の物質は、我々の周りの星のみしか知られていなく、この星が宇宙全体に分布していると考えていた。
　　星の集団である銀河が、宇宙に一様に分布しているという知識は当時なく、星の速度が光の速さに比べて十分遅いという観測より、定常な宇宙論を展開している。定常な、静止した解を求めようとしたところ、解が無く、彼は一般相対論の式を変更して、この宇宙項を導入した。その論文の導入部分で、ニュートンの重力理論を考察して、ニュートンの重力理論においても、定常な宇宙を論ずることは出来ず、もし一様に物質が分布している宇宙を、ニュートン理論で考察しようとすると、式の変更をしなければならないことを論じている。
　　その変更を、式に対して行い、その項が宇宙のような大規模な構造を論ずるために導入したことを明らかにし、それは太陽付近での重力場への影響は小さく、また式としての整合性や、保存式なども同様に成立していることを述べている。
　　最初は、彼はかなりマッハ原理的なことに執着していたことで、このような項を導入することにより、慣性質量の起源を論ずることが出来るかもしれないとして満足していた。しかし、その後、ド・シッターが物質のない真空でも、この宇宙項さえあれば、宇宙は膨張し続けるという解を見つけた。アインシュタインはマッハ原理の視点からも、この解には不満であったようで、ド・シッターにたいして最初は苦言を呈していたが、後にはむしろ余りマッハ原理的なことを述べなくなった。
　　この項がない場合、当時の膨張速度の推定によると宇宙の年齢は数十億年以下となってしまい、一方ウランなどの半減期からすでに地球などの年齢は５０億年程度と見積もられていたから、この項の存在の必要性をアインシュタインは指摘している。これは、宇宙項を入れた膨張宇宙を考慮すると、時として宇宙の年齢を限りなく伸ばすことが出来る。つまり、最初勢いよくビッグバンとして膨張して来た宇宙が、ほとんどその速度が重力により減速されて、静止に近くなったとき、この宇宙項が斥力として効きだし、また宇宙を膨張させ、その後はどんどんこの斥力の項が効き、最後はド・シッター解に近づくという解がある(ルメートル宇宙)。
　　この宇宙の停滞期は、初期条件と宇宙項の値により、長くも短かくも出来る。そしてこの年齢による矛盾から、宇宙項があるのではという主張は、主流ではないにせよ、その後も常に宇宙論においては指摘され続けてきた。
１９６０年代後半において、遠方の天体である QSO がｚ～１.７付近で多く観測されたことにより、これがルメートル宇宙の停滞期ではないのかと指摘された。その後もハッブル定数が大きな観測値から、年齢との矛盾が相変わらず指摘された。
　　しかしながら、宇宙定数は真空のエネルギーを意味しており、真空のエネルギーというものに対して、その物理的な根拠が不明であり、以下の説でも述べるが、むしろ量子力学的な計算から推定される値は、宇宙論から推測される値の１０の１２０乗ほど大きくなり、理論と観測の最も食い違いの大きな量として手がつけられていなかった。
　　１９７０年代の風潮としては、もし宇宙定数があるとしたならば、何故今なのかという問題が提起されていた。宇宙定数で表される真空のエネルギー密度は、一定であるのに対して、宇宙を構成している物質密度は、宇宙が膨張すればそのスケール a の三乗で減少する。物質密度が減少して、それが何故宇宙が誕生して百数十億年たった現在、宇宙定数が顔を出すのかが、不明であるという議論である。つまり宇宙定数の値が１０－２９g/cm3の値かという議論で、これは現在も問題として残っている。
Ａ）人間原理
　　宇宙定数が、宇宙が誕生して百数十億年たった現在、顔をだすということに対する理論には、これまであまり真面目に取り上げてこなかった「人間原理」もしくは「人間中心原理」という考え方がある。これは、この宇宙には宇宙を認識する存在があるというものである。平たく言えば、人類という知的生命を生み出すように、宇宙が仕組まれていたという考え方である。逆に言えば、いろんなパラメーターの宇宙が無数に存在しているが、その中でも我々の宇宙は、我々が存在するのに都合の良いパラメーターであったというものである。その他の宇宙は存在するかもしれないが、誰もその存在を知らない。
　　別の表現をすると、何故地球表面の温度は、水が液体で存在するような、限られた範囲の温度であるかといえば、生命の発生と進化には、液体の水が不可欠であるからである。低温で水が凍っていたり、高温で水蒸気であったりしては、生命の存在はあり得なかった。だから地球の表面温度は、現在のような温度であるというものである。他の惑星では、生命が発生しなかったか、少なくとも地球の上での様な進化は無かった。
　　同じ発想を、宇宙にも適用するのである。物理の定数もそのために決まっているとするのである。恐らく重力定数が今の値より１０％大きかったら、太陽の中心の圧力も大きくなり、それを支えるために核反応が大きくなければならず、とても安定して５０億年も続かない。
　　宇宙定数も今より大きければ、斥力が大きくなり、宇宙初期の揺らぎが成長せずに、銀河も星も出来ていないかもしれない。また負で大きければ、引力として大きすぎて宇宙は十分に膨張しなかった。つまり、宇宙で生命が誕生するためには、今の値、もしくはそれ以下である必要が有った。だから宇宙定数は小さく、今までは影響を与えてこなかった。
　　勿論もっと小さくても良いが、それでは宇宙定数はまだ見つからなかったろう。その意味では、まさに我々は幸運である。宇宙の物理を、ダークエネルギー（宇宙定数）を通じて、より深く探求できるからである。
　　この考え方はある面では正しいが、われわれはもっとより深い説明が欲しい。そして、それを探求している。
６. ダークエネルギー
　　現代的な宇宙項の解釈は、幾何学的な項というよりも、真空のエネルギーと解釈されている。宇宙全体に広がる一様なこのエネルギーを呼ぶ名前は変遷した。アインシュタインは'宇宙の構成部分'（Cosmological Member）と呼び、その後一般的に'宇宙定数'（Cosmological　Constant）もしくは’宇宙項’、そしてギリシャ文字ラムダ(Λ）で表されることが多く’ラムダ項’と言われて、現在に続いている。
　　しかし１９８０年代あたりから、インフレーション宇宙の概念の登場により、宇宙の相転移で真空のエネルギーがこの宇宙項と同じ働きをするため'真空エネルギー' （vacuum energy）という言葉が、普及しだした。そして定数ではなく時間変化し、状態方程式（密度と圧力の関係）も見直して考慮するということになり、かつ実際に観測的にも宇宙項、もしくは真空のエネルギーに相当する量が必要ではないのかという自覚の下に、'第５元素'（Quintessence）という言葉が普及しだして、１９９８－２００２年頃は、この言葉が非常な勢いを持って語られた。
　　しかし２０００年頃からは、'暗黒エネルギー'（Dark　Energy）と呼ぶ論文のほうが増加して、現在ではこの呼称が一般的である。ここで現在の解釈にもつながるインフレーション宇宙と、歴史的な Quintessence について少し述べる。
A　インフレーション宇宙
　　１９７０年代末から１９８０年代初めにかけて宇宙初期の考え方は大きく変わった。それは１９６０年代末から提唱されていた、素粒子の電気相互作用と、弱い相互作用が統一された電弱相互作用が、１９７０年代に実験的に正しいと分かってきたことによる。つまり宇宙初期、宇宙が高温の時代には、対称性の高い電弱相互作用であったものが、温度が下がるに従い、対称性が壊れて現在観測されている電気相互作用と弱い相互作用に分かれたという考え方である。
　　これにより、宇宙論に対して素粒子物理学者が急速に関心を払い出し、素粒子－天体物理学（Particle-Astrophysics）、もしくは天体素粒子物理学（Astro-particle physics）という分野が興隆しだした。
　　この考え方の行き着くところ、強い相互作用も含めた大統一相互作用（Grand Unified Theory(GUT))が存在し、それが矢張り相転移で対称性が壊れ、強い相互作用と、電弱相互作用に分かれたという考え方になった。その相転移を引き起こす場を考慮すると、これが宇宙初期では、真空のエネルギーに相当して、これが顔を出すとき、このエネルギーが宇宙を急速に膨張させることが分かった。この急速な膨張は宇宙論においても、なぜ宇宙が一様で等方であるのかが不明であった問題を解決するというので、宇宙初期にインフレーションがあるという考え方は、広く宇宙物理学者にも受け入れられてきている。以下このインフレーション宇宙により解決される問題を見てみる。
　　'宇宙因果性問題'；宇宙がなぜどの方向を向いても同じ温度の背景輻射がやってくるのか？通常の宇宙モデルでは、角度にして一度離れていると、因果関係はなく異なった温度の背景輻射であってもおかしくない。これもある時期まではお互いに等しい温度になっていた因果関係のある領域が、急速に膨張したために、その因果関係のある領域を現在我々が観測しているということで納得できる。
　　'宇宙平坦性問題'；宇宙がなぜ一様でほとんど宇宙の曲率（空間の曲がり具合）がほぼゼロで平坦なのかという問題。宇宙初期に急激に膨張したため曲がっていてもそこが引き伸ばされて、ほぼ平坦になった。
　　'宇宙揺らぎ問題'；宇宙の大規模構造や、銀河団、銀河などの天体が形成されるためにはある程度の揺らぎが存在しなければならない。それもその大きさ（波長）ごとにどの程度の揺らぎの大きさでなければならないかが観測から推測でき、これから宇宙初期には、各波長ごとの揺らぎの大きさとしてのスペクトルが推定できる。これが宇宙初期に非常に小さな領域で、量子的に場が揺らいでいたその量子スペクトルを考慮し、それが急速に膨張してそれがそのまま古典的な揺らぎのスペクトルになったと考えると、宇宙初期の揺らぎが説明できる。
　　もちろん問題はインフレーションモデルですべて解決したわけではないが、解決する方向性が出てきたとするほうが正しいであろう。ただこの予言する揺らぎスペクトルが WMAP での２.７Kの黒体輻射の揺らぎスペクトルの観測で確認されている。
B. 第５の元素'（Quintessence）
　　古代ギリシャ時代、アリストテレス（BC384~ 322）は、万物を構成しているものを'火、空気、水、大地'とそして'天界'すべてを構成している'第５の元素'と分類した。ことにより、この'宇宙項'もしくは'真空エネルギー'を、'第５の元素' （quintessence）と呼ぶことが、かなり流行したし、現在も真空のエネルギーとして、物理的にもかなり不可思議な性質を持つものとして、'quintessence'という用語は続いている。しかしダーク・エネルギーの用語のほうが、文学的なもしくは哲学的な意味を持ちすぎた'quintessence'の用語よりも、ダーク･マタ－（暗黒物質）との対で、むしろその特徴が全く分かってっていないという意味も込めてか、現在はより広く用いられている。　
C. ゼロ点振動　－カシミア効果－
　　真空のエネルギーとして、現在の物理学はなにを想定するのかというと、ゼロ点振動というものを考える。これは何を意味するかといえば、温度を下げていって温度T=0としたとき、例えば結晶など各原子がその運動エネルギーがゼロになりその平衡点で静止するはずであるが、たとえ温度 T=0 でもそうはならないと考える。これは位置が決まれば不確定性関係から運動量の不確定性が大きくなりエネルギーとしては大きくなってしまう。そのため、温度ゼロでもゼロ点振動として原子などは振動を続けると考えられている。
　　このゼロ点振動は、電磁波などの場に対しても適用され、各振動数ごとに振動子が対応しており、真空でもゼロ点振動に相当するエネルギーがあるとされる。そのエネルギーを振動数が大きなプランク波長まで計算すると、宇宙項もしくはダーク・エネルギーとして観測される真空のエネルギーの１０の123乗倍大きくなり、理論と観測の最大の食い違いとして、理論物理の重大な問題として指摘されている。
　　通常はこのゼロ点エネルギーは無視して、計算をするため余り問題にならないが、このゼロ点エネルギーを考慮してはじめて影響の出るカシミア効果が、観測されている。これは、２枚の金属片を平行に並べると、その間のゼロ点エネルギーの存在のために、この金属片が引き合うことが、カシミアにより５０年ほど以前に予測され、２０年ほど以前に、実際観測された。
　　ゼロ点振動は現在の物理学の理論において、理論構造の基礎となっており、ボーズ粒子（スピンが整数）とフェルミ粒子（スピンが半整数）が対称であればこのエネルギーがお互いに相殺する。そのため、この対称性（超対称性といわれる）のある理論構築がなされているが、カシミア効果があることにより、少なくともこの対称性は壊れており、また実際この対称性がある粒子は見つかってはいない。しかし、光子（フオトン：スピン１）のパートナーで光微子（フオティーノ：スピン1/2）等が、ダーク・マターの有力候補ではないかとされている。
D. ダーク・エネルギー
　　ダークエネルギーの見方はいくつかある。
１）ゼロ点エネルギー　
２）適当なスカラー場　
３）超弦モデル　
４）Ｂｒａｎｅ宇宙モデル
　　ゼロ点エネルギーの問題は、重力場の量子化が成功してからとして、ひとまず考慮からはずし、むしろ宇宙初期にインフレーションを引き起こした場(スカラー場）の一種が現在まで残っており、それが現在、物資場（バリオンやダークマター）の減少に対して相対的に大きくなり、それが宇宙を加速させていると見る見方が現在一般的である。
　　ある面では、ダーク・エネルギーそのものは良く分かっていないが、それに相当する場が存在したとして、宇宙の膨張はどうなるのか、それによる理論的な予想と観測はあうのかという、現象論的な形でこのダーク・エネルギーを考えようというのである。
　　もちろん、真空のエネルギーであり、これは物理学にとってももっとも基本的な問題であり、重力場の量子化、もしくは基本的な相互作用の見直しという点も含めて、いろいろな理論構成がある。精力的に調べられているものに、素粒子は点ではなく紐であり、フェルミオンとボーズ粒子の対称性を考慮した、超弦理論がある。
　　まず超対称性からはじめよう。素粒子には同一状態に一個しか粒子が入り込めないというフェルミオンといわれる粒子と、同一状態に何個でも入れるボゾンという粒子がある。しかしこの両者を関係つけようというのが、超対称性の理論である。実際これ以上踏み込むのは難しい。
　　弦理論は粒子は質点ではなく、紐であるという考え方である。質点を良く見たら輪になっていたと考えたら分かりやすい。この紐が空間中を通り過ぎると、４次元の世界から見ると、膜に見える。（質点の場合は４次元でみると直線であった。）この膜の上での量子化を考えるわけである。
　　いずれにしても、現在この超弦理論が物理の最も究極の理論として、精力的に調べられている。（この理論では不味いという見方もある。）そして宇宙定数がこの理論から解き明かされるのではないかと期待する人もいれば、矢張り駄目だろうという見方もある。基本的には、超弦理論では、時間空間の歪みなどという、一般相対論の基本的な概念、またブラックホールという概念についても疑念が残る。
　　最近流行の、Ｂｒａｎｅ宇宙とは、我々の宇宙は、高次元の中の超平面であるという見方である。この理論構成の中で、宇宙項に相当する項が生ずる。
７．宇宙の将来
　　現在のダークエネルギーが一定であれば、宇宙は加速膨張をこのまま続け、数値計算の予測に従うと、我々の銀河は今から１３５億年経過すると、隣のアンドロメダ銀河とほぼ合体して、現在５千万光年かなたにある乙女座銀河団（ほぼ１０００個近い銀河の集団）の方向へ近づくが、結果的にはそこへ合体することなく遠ざかる。大吸収源（グレート・アトラクター：１億光年かなたにあるケンタウルス銀河団：１００００個近い銀河の質量があるとみなされている）へも引かれるが、膨張が打ち勝ってその集団へ吸収されることはない。
　　現在から１０倍近く経過した１３５０億年後には、隣の乙女座との間の距離も約２万倍（e**10~22000倍）離れて、１０００億光年の彼方に乙女座は行ってしまう。実際は１６０億光年ほどの距離に我々を中心とした宇宙の地平線ができ、それより彼方へ行った宇宙とは交信できなくなってしまっており、乙女座の銀河団もこの宇宙の地平線を横切るときの残像が見えるが、それも急激に光度が減少していく。現在３Ｋの背景輻射の温度も、千分の１Ｋ近くに低くなっており、輻射強度で言えば現在の１万兆分の１以下にまで減少している。
　　我々の銀河は、隣のアンドロメダ銀河や、その他数個の局所銀河団が合体した大きな銀河となり、恐らく天の川のような平板な構造が再びその系に出来るかどうかは定かではないが、それに近い構造が形成されるであろう。この巨大銀河のなかではまだ星の形成などは続くと思われるが、もう１００倍の１兆３千５００億年後には、光り輝く星も少なくなり、だんだんと暗黒の宇宙になっていく。
８．最後に
　　２０世紀は物理学の世紀といわれ、我々の日常生活の科学・技術変化は目覚しいものがあった。それは深く、その基礎となる自然認識の新しい発見に起因しており、自然科学の中でも特にその基礎である物理の自然認識において、２０世紀は革命の世紀であった。また、その革命は２１世紀もこのダークエネルギー（宇宙項：宇宙定数）を軸に続こうとしている。

Last modified: Wed Jan 26 17:45:21 JST 2005