廣東語はまた粤語(エツゴ)とも呼ばれ、呉語やビン語(福建語)、湘語(湖南方言)、ガン語(江西方言)などと並び中国の大きな方言の一つである。主として廣東省西部の大部分と廣西省東南部の半分以上の地域で通行している。省都廣州で通行している廣東語がその代表と言える。使用人口は約 4000万人と言われている。また香港、澳門でも人々の主要言語は廣東語である。
特に香港では、1992年に香港政庁が行なった調査に依ると人口 560万人のうち88%までが広東語を母語としている。一方国内では、廣州を中心とする珠江三角州は中国の中でも対外的に開放された時期が比較的早く、また近年の香港を経済的な核心とする「廣東の香港化」に伴い廣東語の発達は確実に持続している。東南アジア諸国や南北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの海外華僑社会でも粤語を母語とする人々は多数にのぼり、その数は 500万〜600万人とも言われている。特にアメリカ在住の華僑及びその末裔の 90%は祖籍を廣東に持つと言われており、華僑社会と廣東語の間には深い関係のあることがわかっている。
粤語の音韻的特色は以下の4点にまとめられる。
- 1.入声韻尾(末尾が -p, -t, -k で終わる音節の型式) がある。例えば:七[tshat1]、北 [pak1]、十[sap6]、など。この類の音節は英語の音節に類似しているが、末尾の子音とその前の母音の結合は英語などよりもっと緊密である。廣東語には英語に由来する音訳語が多数見られるが、その中でもこの入声韻尾を利用したものが顕著である。例えば:「的士 dik1 si6 < taxi」、「吉他 git3 tha1 < guitar 」、「 恤衫或いは恤 seut1 saam1 < shirt 」、「沙律 saa1 leut6 < salad 」、「 貼士 tip1 si6< tips 」、「 班戟 baan1 gik4 < pancake 」、「 曲奇 kuk1 kei4 < cookie 」などが例として挙げられる。但し、英語の音節末尾子音は破裂する音であるのに対し、粤語の音節末尾子音は「内破音」と呼ばれ、音の停止と持続はあるが、それが解除される processは無い。
入声韻尾は日本の漢字音(特に漢音)に保存されているので、我々日本人はその知識を利用すると広東語音を学ぶことが容易である。中でも -k と -t 二種類の韻尾は簡単に使うことが出来る。
北海道 hok kai do → bak1 hoi5 do6 、食飯 shoku han → sek4 faan6、
結婚 ket kon → git4 faan1 、覚得 kaku toku → gok4 dak1、
閣下 kak ka → gok4 ha6 、蜜月 mitu getu → mat6 yuet6 、
拍馬屁 haku ba he → paak1 ma2 pei6、読書 doku sho → duk 4 syu 1、
-p 入声については日本漢字音の中で-p > -f > -u という変化しているので身近に探すことは少し難しいかも知れないが;
六合彩 loku gou( -p>-f >-u ) sai → luk6 hap4 choi6、
十個 jyut(p) ko → sap4 go1、
合同 go(gafu)do → hap4 tong4 、
超級 cho kyu(kifu>kipu) → chiu1 kap1
などの例を挙げることが出来るだろう。
- 2. 普通話(北京語)の / j-, q-, x- / に相当する音は無い。/ j- / 系声母は粤語では /g-, k- ,h- / になる。例えば:見 / gin6 /、君 / gwan1 /、興 / hing1 /等。普通話の/g-, k-, h- /声母は / -i- / 音とは組み合わないが、粤語では / -i- / と組み合う。この点でも粤語は英語と同様である。英語でも舌面音の / j- / 系が子音と組み合うことはなく、/ k- / 系は / -i- /と組み合うことが可能である。例えば king 、hindge 等。
- 3. そり舌子音及び舌端音 つまり pin yin で / zh- , ch-, sh-, r- / 及び / z-, c-, s- / で代表される語頭子音、及びそれに後続する母音 は、ともに廣東語では認められない。church , fish などの ch や sh で表わされる舌葉音は有るが、実際の音は舌葉音と舌端音 /z-, c-, s- / のあいだの音である。普通話の / zh- , ch-, sh-, r- / と / z-, c-, s- / は廣州では church の ch やdish の sh と同様に舌葉音で発音されている。
- 4. 韻母の主要母音には長短の違いがある。たとえば:「找 jaau2 」と「酒 jau2 」、「三saam1」と「心 sam1」 、「敗 baai6 」と 「 幣 bai6 」、 「 交 gaau1」 と 「溝gau1」、「 街 gaai1」と「鶏 gai1」などである。 但し実際に聞いたところでは音色「聴覚印象」が全く異なっている。英語でも たとえば peak と pick 、portとpot 、pool とpull などははっきり異な って聞こえており、母音の長短が音色に決定的な違いをもたらしていることがわかる。
以上の4点が広東語の音韻的特徴である。