100ミリシーベルトは安全か、危険か?

―東京電力福島第一原子力発電所事故後に

放射線量と健康被害リスクを大手新聞はどう報道したか―

 

To be safe or not to be safe ?

what Japanese newspapers reported on biological effects of radioactivity on human being after the severe accident at the TEPCO nuclear power plant

 

はじめに

以下の研究は、東電福一原発事故に際して大新聞が、放射線の健康リスクについて正確で誠実な報道をしたが検証する目的で書かれた。学術誌への投稿を予定していたために、文体は意図的に固くしてある。また、後半(第2節)の議論のために、前半(第1節)で予備的な言語学的な分析をした。この部分の議論が煩瑣だと感じられる方は、直接、第2節に進んでいただきたい。また、文末にまとめた用例と用例の分類表の項目に、頻繁に言及・参照しているが、逐一これに従わなくても、新聞報道の検証の大筋はつかんでいただけると思う。2.1.説は用例の分類を論じている。これを前提にして、2.2節から2.7節のどこを一部分でも読んでいただいても独立して理解していただけると思う。なお、今後、この話題に関する新しい情報を、随時「付記」として加筆してゆく予定である。

 

目次

はじめに.. 1

0.研究対象・目的・方法.. 2

1.  言語学的分析手段とその応用.. 3

1.1.  特定の結論への志向性.. 3

1.2.  語用論的スケールの概念.. 5

1.3.  文脈的含意.. 7

1.4.  文脈的含意の展開:命題内容の「限定」と言明の「留保」.. 11

1.4.1.  命題内容の限定と文脈的含意.. 11

1.4.2.  「留保」の種類と留保表現.. 12

1.4.3.  言明の「留保」と文脈的含意.. 14

1.4.4.  量の限定.. 15

1.5.  「引用」の諸相.. 15

2.新聞報道用例の分析.. 16

2.1.用例の分類.. 16

2.2.  報道内容の一貫性と新聞各紙の報道傾向・特徴.. 19

2.3.  日本政府および国際機関の見解と報道内容.. 23

2.4.  「直線しきい値なし仮説」に対する対応.. 28

2.5. 限定表現と放射線障害カテゴリーの混同.. 29

2.6.  がんによる健康影響の確率増加:「発がん率」か「がんによる死亡率」か?   33

2.7.  報告引用は情報ソースに忠実か?.. 36

3. 結論.. 38

用例一覧.. 40

毎日新聞.. 40

朝日新聞.. 42

読売新聞.. 44

産経新聞.. 46

表1:毎日新聞の用例分類.. 50

表2:朝日新聞の用例分類.. 51

表3:読売新聞の用例分類.. 52

表4:産経新聞の用例分類.. 53

表5:報告引用の用例.. 55

.. 56

 

 

0.研究対象・目的・方法

 2011311日の東日本大震災の地震直後から発生した東京電力福島第一原子力発電所(以下、「東電福一原発」)の過酷事故は、ヴェント措置や一連の爆発的事象等によって、周辺環境に膨大な量の放射性物質を放出した。言うまでもなく、事故直後から、東電福一原発由来の放射線の量(強さ)や分布状況、そして、放射線による健康への影響が、周辺住民のみならず、全国民の焦眉の急を告げる問題となり、新聞・テレビ等のマスコミ諸機関は、東電福一原発の危機的状況の報道とともに、この主題に関する多くの情報を発信した。

 この研究では、全国紙4紙(毎日・朝日・読売・産経)が掲載した放射線による健康影響に関する記事を取り上げ、メディアが重大災害時に、国民の主要な情報源としてどのような役割を果たしたか、検討する。その際、特に以下の点に関して諸紙の記事を精査した。

・一つの記事の内部、一つの新聞の複数の記事間で、提供された情報に一貫性があるか。

・健康影響の主題に関して、どのような側面が主に提示され、それが時間の経過とともにどのように変化したか。一つの新聞の記事を時系列的に検討した場合、また、全国紙4紙間を比較した場合、記事間の共通点と相違はどのようなものか。

・報道された内容が、日本政府や国際機関の見解、あるいは放射線医学の基礎的な知識に照らしてどのような特色をもっているか。

・引用として報告された内容が、情報源の内容に忠実か。

 このような観点から、各紙の記事を検討するにあたって、単に明示的に述べられていることだけではなく、書かれていなくても文脈から含意(暗示・示唆)される内容も考慮に入れた。文脈的含意の認定が恣意的にならないよう、第1節でこの点に関して我々が依拠する言語学的枠組みを提示した。また、同節では、発話の「結論志向性」という概念も導入し、記事テキストの解釈に役立てた。

 検討対象とした記事は、「放射線量100ミリシーベルトにおける健康影響」という主題に限った。周知のように、この放射線量は政府や国際機関のさまざまな基準において参照される値であり、メディアでの言及も多かったからである。記事は、各新聞のウェブ版(毎日JP、アサヒ・コム、YOMIUR ONLINEMSN産経ニュース)から、2011311日から820日の期間にわたって採集した。各サイトの検索機能を利用したほか、415日までの用例については独自に作成した記事データベースも使用した。採集した用例は、掲載紙をあらわす大文字アルファベット(M=毎日、A=朝日、Y=読売、S=産経)の後に日付をあらわす4桁の数字を付して、「用例一覧」として末尾にまとめた(同一紙の同日の記事については数字の後に、a, b等アルファベット小文字を付して区別した)。一つの記事内に、文ふたつ以上の隔たりをもって該当する用例が存在した時は、別項扱いした。

 第1節で論じた言語学的分析装置を生かして、第2節で、採集した用例をその内容にそって分類し、掲載紙ごとに表1−4にまとめた。報告引用の用例は別表(表5)にまとめた。ついで、表にまとめられた用例の特徴を参照しつつ、上記の各検討項目に関して分析・検討した。最後に、結論において、この主題に関する諸紙の報道から判明した東電福一原発事故に関するメディアの報道姿勢について批判的に検討した。

 

1.  言語学的分析手段とその応用

1.1.  特定の結論への志向性

 多くの発話行為は一定の結論への志向性をもっている。一見「中立的」にみえる、「事実の記述」にもこのことはあてはまる。例として、飲みかけのワインについて以下のように言った状況を考えてみよう。

 

(1a) ワインはまだ半分ある。

(1b) ワインはもう半分しかない。

 

同じビンに入った同じ量のワインについて(1a)(1b)のどちらを言うことも可能である。この二つの文は、「事実として」は、同じ現実の状況を記述しており、その観点からは同じ論理的意味を持つ。しかし、両者が志向している結論は反対の方向を向いている。(1a)は「ワインの存在」について言明し、この状況では、たとえばその積極的な消費をうながす姿勢を喚起する。(1b)は、反対に「ワインの非在」に向かう減少を言明し、その消費に対しても(1a)とは反対の姿勢を喚起する。これらの例が示すように、同じ現実の事実を記述していても、発話には特定の結論への志向性が付随しているのがふつうであり、これは以下でみるように、「報道」=メディアという、社会的に「客観的」とみなされている諸機関が生産する発話についても同じである。そして、メディアの言説を批判検討するためには、「事実の客観的な記述」に付随するこの結論志向性を正確にかつ網羅的にとらえる必要がある。とくに、我々の検討対象となる原発事故のように、問題がきわめて重大かつ複雑な場合、この志向性がわかりやすい明示的な形を取るとは限らず、何重もの言語的緩衝装置に埋め込まれてしまうのがメディア報道の常態であるから、表面的な言説の展開から、その言説の本来の意図=結論志向性を摘出するのには、技術的な困難が伴う。この作業の補助となるのが、言語学の領域で、発話が現実的な状況の中でどのような役割を果たし、どのような効果を生むか探究する「語用論」と呼ばれている分野での概念装置である。我々は以下の1.1-1.5の各節でそれらの分析手段を検討する。

 結論志向性の摘出に関して、まず次の点に注意しよう。a)特定の結論志向性は、同じ機能を持つ一群の語彙によって担われる。(1a)の「ある」のかわりに「残っている、入っている」等を用いても結論の志向性は変わらない。さらに、(1a)に現れた「まだ」は、「存在」方向の志向性としか共存しない。「まだ」を(1b)の方の文で用いることはできない。すなわち「ワインはまだ半分しかない」は、特殊な状況(ビンにワインを入れる等)を想定しない限り不適切である。同じことが、(1b)に出現する「もう」についても言える。この要素は「非在」方向の結論志向性を指示する。「ワインはもう半分ある」は、上で引いた対極の例と同じように不適切である。b)結論志向性は、状況・事実の客観的な状況に依存しない。(1a,b)では、客観的な状況は同一であった。しかし、たとえばワインがビンに4分の3残っていることが、自動的にワインの「存在」方向の結論志向性を生むとは限らない。以下の例文(2a)をみてみよう。

 

(2a) ワインはもうビンに4分の3しかない。

 

状況によっては、「ビンに4分の3」という客観的な量は、ワインの非在を志向する結論に貢献する可能性がある(たとえば、ビンに半分の量の使用があらかじめ決まっているとき)。反対に、ワインの量が僅少であることが、ただちにワインの「非在」を志向するとは限らない。(2b)のような発話は、日常生活でも十分考えられる。

 

(2b)ワインはまだほんのちょっと残っている。

 

結論志向性を決定づけるのは、客観的な状況・事実ではなく、それをどのような言語手段を用いて、どのように提示するかにかかっている。

 

1.2.  語用論的スケールの概念

 

 我々がこの研究で検討する用例は、数量が関係する。したがって、数量を取り扱う発話に特有の意味構造をおさえておくことは、用例の分析にとって不可欠である。

 いま、例として「毎時の空間放射線量」に関する言明を取り上げてみよう(第1節における例文は議論のための作例である)。

 

(3a)(毎時の空間放射線量は)100ミリシーベルトある。

 

(3a)は、以下の(3b-d)の諸例を含意する。(3a)が真である状況では、「少なくとも」(3b-d)の諸例も真となる(偽とは言えない)。100ミリシーベルト相当の量の存在は、それ以下の量の存在を含意するからである。

 

(3b)(毎時の空間放射線量は)20ミリシーベルトある。

(3c)(毎時の空間放射線量は)10ミリシーベルトある。

(3d)(毎時の空間放射線量は)1ミリシーベルトある。

 

さて、前節でみた、結論志向性とこの量的な尺度階梯(以下、「スケール」とよぶ)との間には、次のような関係がある。すなわち、a)同一のスケール上に位置づけられる命題(たとえば上記(3a-d))は、同一の結論志向性を持つ。b)スケール上でより上位に位置し、より下位の量に言及する命題を含意する命題は、志向された結論に対してより強い論拠となる。上の例では「放射線の存在」を結論として志向する命題のうち、(3a)が一番はっきりと「放射線の存在」を主張し、たとえば防護対策などを、(3b-d)よりもより強く正当化し動機づけることになる。

 反対方向の結論志向性を持つスケールを検討してみよう。

 

(4a)(毎時の空間放射線量は)1ミリシーベルトない。

 

(4a)が真である状況では、以下の(4b-d)の諸例も真となる(偽とは言えない)。1円も持っていない人が「10/20/100円もっている」ということはあり得ない。同様に、(4a)は、1ミリシーベルト以上の量が存在していないことを含意するのである。

 

(4b)(毎時の空間放射線量は)10ミリシーベルトない。

(4c)(毎時の空間放射線量は)20ミリシーベルトない。

(4d)(毎時の空間放射線量は)100ミリシーベルトない。

 

(3a-d)が関係したスケールを「放射線存在スケール」と呼ぶとすれば、(4a-d)が関係するスケールは「放射線非在スケール」ということができる。後者では、(4b-d)を含意する(4a)が一番「強い」志向性を持つ命題であると言える。さて、二つのスケールに関して次のことを確認しておこう。一般に、ある命題とそれの否定とは、逆方向を志向するスケールに位置づけられる。さらに、二つのスケールでは、同じ値に言及する命題の志向性の相対的強度が反転する。「放射線存在スケール」では、「1ミリシーベルト」に言及する(3d)はもっとも結論志向性の強度が低く、めざされた結論に対する説得力に欠ける。しかし、同じ量に言及した(4a)は、反転した「放射線非在スケール」上に位置づけられ、このスケールがむすびつく結論にもっとも強い志向性をもっている。

 我々の研究で扱う発話では、数量とその数量において成立する事態(健康影響)との関係が言及される。このような発話において援用されるスケールはどのようなものかより具体的に見てみよう。まず、これらの発話を解釈する際に我々が援用する一般的な背景知識がどのようなものか確認しておこう。この基本的な「常識」によれば、放射線の量(強さ)と健康影響の深刻さには比例関係がある。この常識は放射線医学の基礎知識によって支えられている。たとえば、放射線医学の国家的権威である『放射線医学総合研究所』が作成し、資源エネルギー庁のサイトに掲載された図中には次のような記述がある[1](単位ミリシーベルト)。

 

7,000-10,000 全身被ばく 死亡

1,000全身被ばく 悪心、嘔吐(10%のひと)

500全身被ばく 末梢血中のリンパ液の減少

200全身被ばく これより低い線量では臨床症状が確認されていません

 

 原発事故以来、このような情報を含んだ図表は新聞テレビ等で頻繁に提示され、放射線量と健康影響の比例的相関関係は、広く人々の常識として定着したと言ってよい。

 さて、このような背景知識・常識を前提にして、以下の(5)を検討してみよう。

 

(5) 200ミリシーベルトでは健康影響がない(安全である)。

 

(5)の言明は、放射線量と健康影響の比例関係に基づけば、“200ミリシーベルト以下では健康影響がない(安全である)”という含意をもたらす。この言明が依拠するスケールを「<安全>放射線量スケール」と名づけよう。このスケールに位置づけられる言明は、「(放射線があっても)安全である」という結論を志向し、「安全である」と言える放射線量が増加すればするほど、説得力のある強い結論志向性を持つ。これに対して、以下の(6)の言明の志向する結論は、逆の方向を向いている。

 

(6) 20ミリシーベルトでは健康影響がある(危険である)。

 

(6)の言明は、“20ミリシーベルト以上では健康影響がある(危険である)”という含意をもたらす。こうした意味関係が依拠するスケールを「<危険>放射線量スケール」と名づけよう。「<安全>放射線量スケール」では、基準となる数値が上がれば上がるほど安全性の結論が強化され、「安全領域」が拡大される。反対に「<危険>放射線量スケール」では、基準となる数値が下がれば下がるほど危険性の結論が強化され、「危険領域」が拡大される。§1.4.3.でみるように、結論志向性は留保表現等によっても、強化あるいは減衰される。それに伴って、「安全」または「危険」領域も拡大・縮小される。

 

 

1.3.  文脈的含意

数量スケール上の関係から導き出される含意とは別に、発話の文脈から生まれる含意がある(ここでの「文脈」とは、発話時の周辺状況や背景知識など、発話の周辺情報をすべて含む)。これは、言語学ジャーゴンでは「会話の含意」と呼ばれが、もちろん音声によるやり取り以外の場面でも有効性を持つ。

 情報の発信者である発話者と、そのメッセージの受容者である発話の受け手との間には、暗黙の前提的合意がある。発話者は、この合意(「協力の原則」と呼ばれる)にそって発話し、また受け手は、発話者が「協力の原則」に忠実に発話しているという前提で、発話内容を解釈する。対話者間にこうした合意がなければ、コミュニケーションは成立しない。ここでは、協力の原則や会話の含意の詳細に立ち入ることはしないが、我々の研究のためには以下の点が重要である。

 協力の原則に従えば、発話者は、発話の場で前提され、共有される情報(状況)や、受け手の知識状態・関心などを考慮して、受け手にとって無駄でない意味のある情報を提供するものと見込まれている。発話時の状況・受け手の関心に対して「関連のあることを言え」という「関連性の発話行動指針」が守られないと、対話はナンセンスなものとなる。たとえば、「英語の試験の平均点未満の生徒数」が話題にされ、それへの関心が第一義的であることが明白な状況で、「英語の試験の平均点は65点です」とか、「数学の試験の平均点未満の生徒数は約50人です」という発話がなされると、受け手はこの発話の「関連性」がつかめずに困惑する。この「関連性」の欠如が間違い・誤解に基づくものではないと受け手が判断した場合は、これほど誇示的で非協力的なコミュニケーション行動をとる相手の意図を計算しなければならなくなる[2]

 発話者と受け手がともによりどころとするコミュニケーションにおける「協力の原則」は、発話者に「必要にして十分な情報を与えよ」という発話行動指針をもあたえる。(この指針は、関連性の指針と融合させて「最大限に有意義な情報を与えよ」と定式化することができる)。もし、これに反して、発話者が、自分が手にしている情報よりも情報量の低い発話を意図的に発したとすると、この発話者は前提された「協力の原則」に従わない、不誠実な発話をしたことになる。例をあげよう。

 上記の例文(5)(6)で、放射線量と健康影響の関係を言明する文の例を取り上げたが、いうまでもなく、原発事故後の放射性物質排出・漏出・拡散状況では、人々の関心は、日々観測される放射線量の数値が健康に影響するのか、しないのか、また、影響するとしたら、どの程度か、という問いかけに集中している。この状況で、たとえば(6)は、スケール的数量関係に基づいて、以下の(7)を含意する。

 

(7) 100ミリシーベルトでは健康影響がある(危険である)。

 

今、(6)を知っている発話者が、意図的に(7)を発話したと仮定しよう。(7)は“100ミリシーベルト以下で健康影響がある”かどうか、論理的には何も言っていない。とりわけ、20~100ミリシーベルトの範囲で健康影響があるか、何も言っていないが、これは、(6)を知っている発話者の知識状況と背反する。すなわち、この発話者は、健康影響が起こる放射線レベルという、きわめて関連性の高い主題をまえにして、「協力の原則」を無視して自分に可能な「最大限に有意義な情報」を与えていない。たしかに、この発話者は虚偽の発言をしたわけではない。(6)が論理的に「真」なら(7)も「真」になるからである。しかし、たとえ「嘘をついた」わけではないにしても、この発話者は受け手に対して「不誠実に行動した」という非難をまぬかれないであろう。

 この例の発話者の不誠実は、以下のような文脈的含意を考慮に入れると、いっそう重大なものとなる。

 ここで、前段での仮定と異なり、 (7)の発話者が「協力の原則」に忠実な誠実な発話者であると仮定しよう。前段でみたように、(7)はスケール関係から“100ミリシーベルト以上で健康影響がある”という含意をもたらすが、“100ミリシーベルト以下”に関しては、論理的にはどのような情報もあたえていない。すなわち、(7)は論理的には以下の(8a-c)のいずれとも両立可能である。

 

(8a) 100ミリシーベルト以下では健康影響がない(危険でない=安全である)。

(8b) 100ミリシーベルト以下では健康影響が不明(危険であるかどうか不明)。

(8c) 100ミリシーベルト以下では健康影響がある(危険である)。

 

しかし、(7)の発話者の誠実さを仮定すれば、(8c)の可能性は排除される。 (8c)は、上でみた(6)と同様に、(7)を含意するから、もし誠実な発話者が(8c)を言明する根拠をもっているなら、彼は、「最大限に有意義な情報を与える」という原則に沿って、(7)ではなく、(8c)を発話するはずだからである。さらに、この仮定のもとでは、(7)は以下のようなメカニズムを通して(8a)を文脈的に含意する。(7)あるいは(8a-c)の解釈の基盤となる「<危険>放射線量スケール」に基づけば、一定の放射線量で健康影響があれば、それ以上の放射線量でも健康影響があることが含意される。したがって、「健康影響がある(危険である)」とされる放射線量は、危険領域の下限をなす。そして、原発事故時のように放射線の健康影響が恐れられている状況では、発話者はその下限を「最大限に有意義な情報」として受け手に与えていると想定されるのである。したがって、この提示された下限の放射線量数値を下回った領域は、もはや危険領域ではないという含意が生じる。すなわち(8a)が含意されるのである。

 「<安全>放射線量スケール」に基づいて解釈される発話についても文脈的含意のメカニズムは並行的である。以下に再録した(5)を再検討してみよう。

 

(5) 200ミリシーベルトでは健康影響がない(安全である)。

 

(5)は、スケール上の関係から“200ミリシーベルト以下では健康影響がない(安全である)”という含意をもたらし、また、発話者が「協力の原則」に忠実で誠実に発話しているなら、“200ミリシーベルト超では健康影響がある(危険である)”という内容を含意する。(5)が、「安全領域の上限」という最大限に関連性の高い主題に関して、発話者が与えることができる「最大限に有意義な情報」であるとみなされるからである。

 ここで上で仮定した「不誠実な発話者」の発話に立ち返ってみよう。スケール上の含意関係によってより有意義となる情報を意図的に隠した発話は、その隠された情報が文脈的に含意する情報、すなわち「協力の原則」にそった発話が、ふつうにもたらすと受け手が期待する文脈的含意をも隠蔽し、それとは異なった文脈的含意を与えることで、受け手をさらに欺くのである。


 

 

図1

放射線量

放射線量

10



安全領域

300



危険領域

 

 

100

例文(7): x =100

200

例文(5): x=200



200




危険領域




100


20





安全領域

<危険>放射線量スケール
(言明:「放射線量xで健康影響がある」)

<安全>放射線量スケール
 
(言明:「放射線量xで健康影響がない」)

 

 

1.4.  文脈的含意の展開:命題内容の「限定」と言明の「留保」

1.4.1.  命題内容の限定と文脈的含意

 採集した用例の中には、命題内容を限定辞などによって特殊化する例がある。用例Y0315b, dでは、存在するものに「明らかな」という限定が付加され、以下の(9) と等価な命題が言明されている。

 

(9)  100ミリシーベルト以上で、健康に明らかな影響が出る。

 

(9)は、上でみた(7)と同様に「<危険>放射線量スケール」に基づいて解釈されるが、 (7)に比べて命題内容が強化されている。「明らかな影響」は、下でみる言明の留保の余地を残さないからである。さて、上で見たメカニズムに従って、(9)は以下の(10)を文脈的に含意する。

 

(10) 100ミリシーベルトを超えないとき、健康に明らかな影響が出ない。

 

(10)は「明らかな」ものとは限らない何らかの「影響」の存在を排除しない。この含意は「明らかな」という語の意味から生まれる。結果として、(9)は前節の(7)とは異なって、(8c)と矛盾しない。さらに注意すべきは、(9)は、(8c)と両立可能となるだけでなく、それを文脈的に含意する。というのも、発話の受け手は、発話者が、なぜわざわざ特殊化された命題(9)を言明したのか、その意図を計算するからである。「最大限に有意義な情報を与える」という指針に従って言明しているはずである発話者が、あえて限定された命題を言明するというのは、その限定を外した命題(7)を言明する根拠を欠いているからだ。したがって、限定を受けない命題(7)が排除し、限定を受けた命題(9)が容認する命題、すなわち命題 (8c)こそ、ここで高い「関連性」を持っているに違いない、と判断されるからである。

すなわち、(9)のように命題の適用範囲を限定し、それを特殊化することは、限定=特殊化操作のない命題が文脈的に排除してしまう命題を救済するばかりか、限定=特殊化が行われた事実を通して、その操作が救済した命題を、文脈的含意として受け手に提示するのである。

 結論として、限定辞を付加された発話(Y0315b, d等)における「明らかな」(およびそれと同等の限定辞)の使用は、その命題内容(=(7))の「強化」として働くと同時に、命題(10)を通して、命題(8c)を文脈的に含意し、結果として「安全領域の縮小」方向に議論を導く効果をもたらす。

 

1.4.2.  「留保」の種類と留保表現

 言明に対して発話者の「留保」を表す方策がある。伝聞表現、モダリティー表現、言語的ヘッジなどによって、発話者は、自分の言明の真実性の保証を引き下げ、それに対する全面的な責任の引き受けを回避する。こうしたことが行われた時、数量スケールに基づく含意の形成にも影響が出る。

 まず、考慮に値する留保の種類とそれを引き出す言語表現を同定する必要がある。

1)弱い留保:曖昧な伝聞(「〜とされる」等)、例外に対するヘッジ(「一般に」等)及びその組み合わせは、留保の作用が弱く、言明とその含意への影響は無視できるとみなした。用例の分類においてもこの特徴は考慮していない。

2)強い留保(以下「強留保」とする)は、以下のような表現によって導入されるいくつかの種類のものがある。

a)明示的な伝聞、情報源の明示的な提示:「~と言われて」(M0802Y0315b,d)、「厚生労働省によると」(M0726a)。

b)「可能性」への言及:「可能性がある」(M0422A0428Y0407S0530他)、「恐れがある」(M0530)。

c)認識様態(epistemic)にかかわる不確実性。肯定的・否定的な文脈で表現が異なる。

・肯定的文脈における不確実性(単純に「〜がある」という言明に対する留保):「〜と考えられている」(M0525b)、「研究が進んでおらずグレーゾーンだ」(A0501)、「明確ではない」(A0618)、「〜との指摘もあり」(S0530)、「明確なデータはないものの〜」(Y0315d)、「〜が懸念される」(S0316c)、「現在分かっている〜」(S0713)。

・否定的文脈における不確実性(単純に「〜がない」という言明に対する留保):「〜ないと見てよいはずだ」(M0817)、「認められていない」(A0405a)、「〜の心配がない」(Y0327)、「気にする必要はない」(S0319b)、「報告されていない」(S0324)、「確認されたことはない」(S0326a

 留保の度合いがきわめて強くなると、「疑義」の表明となる。その場合、留保=疑義の対象となる命題の否定とほとんど等価となる。

3)留保の言明(明示的な留保):言明の留保を言明すること、すなわち、命題の不確実性を明示的に言明すること。「解明されておらず」(M0726a)、「〜という根拠は見いだせなかった」(M0726b)、「〜という明らかな証拠は認められていない」(A0405a)、「はっきりしない」(Y0609)、「言い切れるだけのデータが見当たらなかった」「あるともないとも言えない」(Y0730)、「統計的にエビデンス(証拠)がない」(S0701a)、「科学的なデータがなく、専門家の間でも意見が分かれている」(S0701b)、「専門家の意見は分かれた」(S0714)、「一致した見解はありません」(S0803)。

 明示的な留保は、言明を留保するのだから、一見、問題となる命題とその否定に関して、何も言明していないように見える。しかし、時にはその中立性が表面的なものに過ぎないことがある。命題pと命題〜p(pの否定)とのどちらに関しても「わからない」というのと、そのどちらか一方に対して「わからない」というのとでは、文脈的な含意は異なる。どちらか一方の言明にのみ関する場合、明示的な留保は中立的でなく、上でみた強い留保=疑義と同じ機能を果たす。すなわち、明示的に留保される命題の否定が志向され、暗黙に主張されることになる。

4)言明の強化(強断定):断定を強調すること、これは留保とは反対の作用を持つ言語行為とみなせる。「〜ことは分かっています」(M0320aY0315b)、「〜は明らか」「〜と強調する」(M0320b)、「〜が明確」(M0726b)、「〜の公式的な見解だ」(S0326b)、「〜ことを確認した」(S0726)などの例があるが、いずれの場合も命題内容を強く主張し、反論をあらかじめ封じようとする意図がある。

 

1.4.3.  言明の「留保」と文脈的含意

 言明の「留保」は、数量スケールを前提にする含意の形成にどのような影響を与えるか、検討しよう。1.3.節でみたように、数量スケールに依拠して解釈される命題は、その命題が言及する数値よりもスケール上で上位に位置する数値帯に関しては、その命題の否定を文脈的に含意する(図1参照)。たとえば、「<安全>放射線量スケール」にそって解釈される以下の(11a)は、(11b)を含意する。

 

(11a)  100ミリシーベルト以下では健康への影響はない。

(11b) 100ミリシーベルト超で健康への影響がある。

 

さて、(11a)が、形式的・慣用的な「弱留保」よりも大きな強度で留保されて(12)のような形式をとると、(11a)の確実性が下がる。

 

(12)  明確ではないが、100ミリシーベルト以下では健康への影響はない、と考えられている

 

(12)は「“100ミリシーベルト以下では健康への影響はない”は不確かである」と解釈される。この解釈は、論理的に以下の命題(13)を含意する。

 

(13) 100ミリシーベルト以下で健康への影響が存在する可能性がある。

 

(13)は<安全>放射線量スケールにおいて「健康影響」が存在する分岐点を、(11a)の言明による(11b)の含意に反して、100ミリシーベルトより下方に押し下げる。すなわち、留保による不確実性の導入は、この例の場合、いったん設定された安全領域を縮小させることに帰結する。

 同様のことが、「<危険>放射線量スケール」に依拠して解釈される言明についても、観察される。ただし言うまでもなく、文脈的に含意される分岐点の移動は反対方向になる。

 

(14a) 100ミリシーベルト超で健康への影響がある。

(14b)  明確ではないが、100ミリシーベルト超で健康への影響がある、と考えられている

 

(14a)が留保によって(14b)のように不確実とされると、“100ミリシーベルト超で健康への影響がない可能性がある”という命題が含意され、この命題は安全領域を拡大(危険領域を縮小)する。

 

1.4.4.  量の限定

 この研究で検討する用例が含む命題は、放射線量と健康影響との相関関係に関係する。したがって、これらの命題は基本的には、健康影響についての存在文(〜がある)かその否定(〜がない)という形をとることが多い。あるいは、健康影響の内実に踏み込んで、がん等の健康被害の事例・確率の増加あるいはその否定、という形をとる(M0318M0320a M0726bM0802A0405a等)。

 さて、増加に関して「リスクが少し高まる」(M0530S0530)「わずかながら健康に影響が出始める」(A0405b)と、その量を限定するケースがある。この存在(増加)するものの量に関する限定は、たんなる情報の付加ではない。本稿で取り上げられた発話は、放射線量と健康影響の相関を言明するものだが、すでに何度も見たように、命題の解釈は、「<安全/危険>放射線量スケール」に基づいて行われる。命題の中で言及される放射線量の数値は「安全/危険」の分岐点であり、その数値が分かつ領域のどちらかにおいて、「安全/危険」の存在を措定するのが言明の意図である。これらの言明が発話された現実状況では、言明の受け手もこの点にこそ、最大限の情報の「関連性」を求めているから、「危険」(=健康影響)の程度・量には第一次的な有用性はない。実際、採集した89例の発話のうち、こうした量限定を含む発話は3例に過ぎなかった。これらの量限定表現は、「危険(=健康影響)の存在」という一次的に有効な情報を提供した後、その言明の重要度を陳腐化(trivialization)し、結果として、上でみた言明の留保と同じ効果をもたらす、と考えられる。言明内容の曖昧化・婉曲化が言明行為の弱化・陳腐化と結びつくことはよくある現象である[3]

 

 

1.5.  「引用」の諸相

 採集された事例の多くが、発話者(筆者)が、第三者の発話を引用するという形をとっている。引用には二つの種類がある。まず、引用された発話を批判・検討の対象とし、それに対して、場合によっては、それと異なる筆者の意見を表明する場合。この種の引用を「報告」引用と呼ぶ。もう一つの種類は、引用された第三者の言明に筆者が依拠し、それを通して自分の言明行為を行っている場合。この種の引用は「参照」引用と呼ぶ。参照引用は、大学教授・研究機関所属研究員などの権威ある専門家の発話を対象とする。この戦略は、筆者(新聞社)にとって、二重の利点がある。まず、権威者の発話を引用することで、言明の内容を強化することができる。同時に、自分が「無垢な(無知な)伝達者」の装いをとることで、言明の責任があたかも発話者にあるかのような虚構を前面に出すことができる。すなわち、言明に対する強化と留保とを同時に行うことができるのである。しかし、言うまでもなく、参照引用における言明の責任は筆者=新聞社であり、このような観点から、参照引用は記事の「地の文」と区別する必要はないとみなした。また、参照引用では、被引用者の強化・留保などの操作に筆者の同様の操作が重畳することもある。

 引用が行われる場合、被引用者が複数あることがある。これを「多極」引用とよぶ。この種の引用は、報告引用のケースでも、参照引用のケースでも対立する言明を併記した体裁をとる。発話(記事)としての結論は、引用されたどちらの言明の議論行為とも異なり、どちらの結論にもコミットしないが、これは、上でみた留保の明示とは異なったものであるので注意を要する[4]

 

2.新聞報道用例の分析

2.1.用例の分類

 第1節で検討した言語学的な指標を考慮に入れつつ、採集した用例を分類し、表15にまとめた。用例に含まれる命題が言明している内容に関して、まず「100ミリシーベルト以下の場合」と「100ミリシーベルトを超えた場合」に大別し、前者には「@健康影響ない」・「A健康影響ある」・「Bわからない」の三区分を認め、後者には「C健康影響ない」・「D健康影響ある」のに二区分を認めた(後者のケースでは「わからない」に対応する用例はなかった)。さらに、「発がん性あり」の大項目をたて、これに二つの下位分類、「Eがんになる(確率)」・「Fがんで死ぬ(確率)」を認めた。「発がん性あり」の下位項EとFは、「健康影響ある」の項AおよびDと余剰的である。すなわち、EもしくはFの内容をもつ用例は、自動的に、AもしくはDに分類される(1例を除いてすべてDに分類された)。

 @〜Dの内容を持つ用例にはアステリスク*でマークをした。強留保が伴う場合はカッコつきのアステリスク(*)、強断定が伴う場合は、二連のアステリスク**でマークした。留保が明示され、「Bわからない」にマークされた用例で、この留保が文脈上中立的でなく、@またはAのどちらかを志向している場合は、志向された項目にシャープ記号#をマークした。また、上の§1.4.1.でみたように、「明らかな」等の限定表現が文脈的含意をもたらす場合は、含意される命題内容に対応するところに、シャープ#をマークした。(文脈的含意としては、特にこれら二つケースだけマークした。§1.3.でみたような数量スケールの基づく一般的な文脈的含意はマークしなかった)。言明もしくは志向された命題が特に「子ども」に関してなされた場合は、アステリスクもしくはシャープの下にchとマークした。また、「発がん性あり」の下位項E・Fには、用例中に確率増加の数値が明記されているときは、その数値を転記した。ほとんどが100ミリシーベルトにおける増加値に言及していたが、他の放射線量に対応する増加値が示されていた場合は、100ミリシーベルトにおける比例値に換算した。、増加量としてパーセントではなく、「1.06倍」「100人中12人」と記述されていた場合は、表中にもそのように転記した。

 命題内容のほかに、§1.4.でみた言語形式的諸特徴をマークするために、二つの項目を設けた。第一に「強留保/留保明示/強断定:限定表現」の有無を示す項目を設け、以下の特徴をそれぞれアルファベット一文字で代表させ、それらを持つ用例をマークした。強留保=H、留保明示=I、強断定=E。限定辞では、「少量」(またはそれと同等の表現)=L、「明らかな」(またはそれと同等の表現)=C、その他の限定辞=Oとした。これらの表現は、末尾の用例一覧において、下線強調(強留保/留保明示/強断定)または、網掛け(限定表現)で示されている。

 第二の項目は、「引用」のタイプ分けである。上述したように、引用は「報告引用」=Qまたは「参照引用」=Rとに分けられる。報告引用の事例は表5にまとめ、表14内には参照引用の用例だけ残した。参照引用の場合は、参照先をカッコ内に示した。すなわち、R(s)=専門性のある個人・機関、R(g)=政府諸機関、R(ICRP)=国際放射線防護委員会である。参照先が複数ありそれらの主張が異なる「多極参照」はMRとしてマークした(複数の参照先が対立した主張をしていないときは「多極参照」ではなく、通常の参照とみなした)。MR(s)のケースが3例だけ見いだされた。

  留保明示と限定表現による文脈的含意はシャープ#でマークしたが、これらの含意が生じるプロセスを具体的に確認しておこう[5]

まず、留保明示による含意は、M0405M0525bM0607M0726aA0405aY0403S0602S0628 S0701aS0701bで見いだされる。これらの用例において、「わからない」という、時には疑義の表明にもつながる言明の明示的留保が、どのような(潜在的な)命題について言われているか、留保明示に至る文脈を考慮に入れつつ検討してみよう。文脈的含意はむろんこうした(潜在的)命題の否定である。

 

M0405:「専門家の多くは「100ミリシーベルト以下であれば、健康への悪影響を示す明確な証拠はない」との立場だ。」→“健康への悪影響がある”を明示的に留保することで、“健康への悪影響がない”を含意。

M0525b:「リスクを高めるかどうかを検証することができない」→“リスクを高めない”を含意(「リスクを高める」に対する留保=疑義の表明)。

M0607:「大人(おとな)より体(からだ)が小(ちい)さい子(こ)どもへの影響(えいきょう)ははっきりしません」→“子どもへの影響がある”を含意(この含意には、注5で言及した「放射線弱者スケール」が援用されている)。

M0726a:「科学的には100ミリシーベルト以下の発がんリスクは解明されておらず、「規制値以下なら安全」と言い切れるものではありません。」→“100ミリシーベルト以下で安全とはいえない”を含意(留保明示とは独立して「安全とはいえない」(危険の存在を前提)が付属している)。

A0405a:「100ミリシーベルト以下では、リスクが高くなるという明らかな証拠は認められていない。」→“100ミリシーベルト以下では、リスクが高くなることはない”という含意に導く(「リスクが高くなる」に対する明示的留保=疑義の提出)。

Y0403:「放射線量が100ミリ・シーベルトより少ない場合、がんの危険性の差はわずかで、はっきりした影響はわからない。一般に「明らかな健康障害が出るのは100ミリ・シーベルトから」とされるのはこのためだ。」→“危険性がある”を含意。(留保明示とは独立して、「がんの危険性の差はわずか」(危険の存在を前提)という文が付属している。後続する限定辞「明らかな」による含意(§1.4.1.参照)とも整合性がある点にも注目)。

S0602:「100ミリシーベルト以下の放射線が体に影響を与えるのかどうか分からない・・・世界的にも見解が分かれている・・・100ミリシーベルト以下の放射線の場合、線量が低ければ低いほど体に害はないというデータはない。」→“100ミリシーベルト以下では、(100に近い相対的高線量でも、0に近い相対的低線量でも)健康影響はない”という含意を引き出す(この例については以下§2.4.で詳述する)。

S0628:「放射性物質が心配で野菜を食べないとすれば、野菜不足によって発がんリスクが高まることになり・・・少し基準値を超えたとしても健康に影響が出る値ではない・・・」100ミリシーベルト以下の影響はよく分かっていない。国民全体の発がんリスクを下げるには、禁煙を進めた方が効果は大きい」→“100ミリシーベルト以下の影響は(他の諸要因に比べたら)無視できる”という含意を引き出す(他の要因が放射線の要因を凌駕することを強調することで、安全領域拡大の志向性をうみだす)。

 S0701a:「低い放射線量を浴びた場合の発がんリスクについて考えたい。重要なのが被曝したときの年齢だ。・・・被曝年齢が10歳だと、成人に比べて2〜3倍のリスクがある。・・・低線量である100ミリシーベルト以下では、統計的に影響が出たというエビデンス(証拠)がないため、発がんリスクの判断は難しいというのが世界的な共通認識だ。」→“100ミリシーベルト以下では(健康影響は不明だが)、子どものリスクは高い”という含意を生みだす(子どもの健康被害リスクを別途に明示的に言及、この点で、M0607とは異なる)。

S0701b:「緊急講演会は・・・多くの国民の不安を解消するために開かれた。特に100ミリシーベルト以下の低線量被曝をめぐっては、発がんなどのリスクを示す科学的なデータがなく、専門家の間でも意見が分かれている。・・・放射線に対し・・・恐れすぎという風潮がかなりある」→“100ミリシーベルト以下で(科学的に恐れるべき)健康影響はない”という含意を生みだす(「恐れすぎという風潮に対する「安全領域拡大」という発話の意図が明示されている」。

 

   次に、「明らかに」等の限定表現が用いられているのは、M0525aM0726bY0315bY0315dY0403の用例である。毎日新聞の用例は、いずれも「100ミリシーベルト以下」の状況に言及している。M0525a は(強留保つきで)“100ミリシーベルト以下で明らかな健康影響はない”とする。これは “100ミリシーベルト以下で明らかでない健康影響がある”可能性を文脈的に含意する。M0726bは、 “100ミリシーベルト以下なら確実に安全である”という命題に対して明示的な留保=疑義を提出している。留保=疑義による文脈的含意が生じ、それは“100ミリシーベルト以下なら安全であるということは確実ではない”となる。毎日新聞におけるこの種の限定辞の使用は、いずれも「健康影響あり」の可能性を含意するために使われている。最終的な含意がこうした志向性を持つ点に関しては、読売新聞の用例も同じである。読売の用例はいずれも“100ミリシーベルト超で、明らかな健康影響がある”という命題と等価であり、§1.3.で論じたように“100ミリシーベルト以下で明らかでない健康影響がある”可能性を文脈的に含意する。

 

2.2.  報道内容の一貫性と新聞各紙の報道傾向・特徴

14 に分類された各用例の言明内容の特徴から、どのようなことが明らかになるだろうか。まず、各紙の記事を報道内容の一貫性の観点から検討しよう。すなわち、記事内容が、ひとつの記事の内部で一貫性を持っているかどうか、また、同一紙の異なった記事の間で一貫性が保たれているか、以下でみてゆく。

 いうまでもなく、ひとつの記事が表中の@とA、またはCとDに同時にマークされていれば、この記事は記事内部で撞着を抱えていることになる。そのさい、アステリスクでマークされる明示的な言明内容だけでなく、シャープでマークされる文脈的な含意内容も考慮に入れる必要がある。ただし、Aのマークにchが付加されて、言明の有効性が子どもに限られているとき(M0525aM0607)、および@にマークされた用例が「明らかな」等の限定辞を含み、Aの含意がその限定辞に由来するものであるとき(A0501)は、@のアステリスク記載と矛盾するとはみなさない。

 また、時系列にそって展開される同一紙の記事の間で、同様のマークの分布が観察されれば、これはその新聞の主張が時間的に一貫していないことを示す。以下具体的に検討する。

 

[同一記事の内部で一貫性の欠如]

M0405:記事の前半で「100ミリシーベルトを超えたからといって、急に危険になるわけでもない」として、100ミリシーベルト超におけるリスクを相対化している。同時に後半では、「100ミリシーベルトに短期間に被ばくした場合の発がんリスクはそうでない時の1・06倍」と同条件でのリスクを認定している。この明らかな矛盾は、前半の「急に…わけではない」という限定と、後半の「短時間に」という限定によって曖昧化されている。これらの限定は、急性障害と晩発生障害を混同することによって、受け手(読者)の期待する「関連性」を裏切るのことになるが、この点に関しては、§2.5.で詳しく論ずる。

A0405a:§1.4.2.と§2.1.でみたように、「リスクが高くなる」に対する明示的留保=疑義による “100ミリシーベルト以下では、リスクが高くなることはない”という含意に対して、後続の文で、強留保・限定表現つきながら“100ミリシーベルト以下では、放射線の影響が(小さいが)ある”という言明がなされる。この用例では、一方が明示的留保=疑義に由来する含意、他方が強留保・限定表現つき言明であるから、両者は実際には対立する結論を志向しているにもかかわらず、直接的な矛盾の印象をまぬかれている。

Y0315bY0315d:これら用例では、Dの項で、(**)という奇妙なマークが用いられている(これらの用例のみ使用)。これは、強留保と強断定につながる限定が同時に存在することを意味する(「はっきりしたデータはないが」と「健康に明らかな影響」が同一文に共存)。さらにY0315bでは、@の内容の強断定(「わかっている」)があり、これが、D項の限定表現(「明らかな」)がもたらす文脈的含意(Aの#マーク)と矛盾する。いくつもの矛盾を集約したこの用例は、後述するようにこの主題をめぐる読売新聞の報道歴の中で大変重要な役割を担っている。

 

[同一紙の記事間での一貫性の欠如](上でみた矛盾をはらむ用例など、用例内部で対立する論点の主張がなされているものは、ここではとりあげない。)

毎日新聞:@“100ミリシーベルト以下で健康影響はない”という言明(M0318M0320aM0320bM0525aM0607)または含意(M0405M0525b)に対して、M0728およびM0726a では“100ミリシーベルト以下で健康影響の可能性がある”という言明または含意がある。また、毎日新聞にはM0817で、「生涯累計なら数百ミリシーベルト程度でも影響がない」(=Cに*マーク)という言明があり、これは、同紙の一般的な言明、 すなわち“100ミリシーベルト以上で健康影響がある”(Dに*マークされるM0320aM0324M0405M0422M0525bM0530M0728M0802)という内容と両立しない。

朝日新聞:A0326A0420において@“100ミリシーベルト以下で健康影響はない”という内容が言明または含意されるのに対して、A0405bA0510では、その否定が言明または含意されている。

読売新聞:D“100ミリシーベルト以上で健康影響がある”という言明または含意は、Y0315cY0315eY0319Y0322Y0331Y0403Y0404Y0407aY0407bY0423と数多く見出されるが、これの否定がY0324にある。また、@“100ミリシーベルト以下で健康影響はない”という言明または含意がY0327Y0407aY0609にあるのに対して、その否定がY0315aY0403で言明または含意される。

 

次に、新聞各紙のこの主題に関する報道の展開・傾向を時系列に沿ってみてみよう。

この主題に関して一番早く報道したのは、読売新聞と産経新聞であった。ともに315日から報道を開始し、両紙とも同日中にこの主題に言及した多くの記事を掲載した(読売=5本(一日分の最高)、産経=4本)。これに対して、朝日新聞は、326日になるまで、この主題への言及がない。また、朝日新聞は、調査期間にこの主題に言及した記事が14本と、他紙に比べて数が少ない(毎日=21、読売=22、産経=32)。

 もっともはやくこの主題に関する情報を報道した読売・産経両紙には、初期報道で大きな違いがある。産経新聞は、最初からD“100ミリシーベルト以上で健康影響がある”という内容を一貫して報道して5月の末までまったくぶれることがない(産経新聞の5月以後の変化については§2.5でみる)。これに対して読売新聞は、最初期のY0315aでAの内容に対応する“100ミリシーベルト以下では、放射線の影響が(小さいが)ある”という言明を、同日のY0315bで真っ向から否定する。上述したように、この用例は内部矛盾を抱えたものだが、これと同内容のY0315dを除けば、読売は以後、産経と同様にDの内容と、それが文脈的に含意する@の内容の言明に終始する。読売は、Dの言明にさいして、(矛盾を抱えたY0315b Y0315dを除けば)Y0322ではじめて留保表現を登場させるが、これがY0407以後、常態となる。§1.4.3.でみたように、Dの内容の留保は「安全領域の拡大」方向に作用する。

 要するに読売新聞は、Y0315aで示唆した100ミリシーベルト以下での危険性を大急ぎで自己訂正した後、Dを言明し、さらにDを留保つきで言明することを通して、一貫して「安全領域の拡大」方向へ言明内容を移行させたと言える。この動きの転回点となったY0315bは、放射線の危険性に関して結論の志向性を反転させる役割を担っていたが、それが、この用例が矛盾を含んだディスコースとなってしまった理由であろう。以下、この用例をさらに詳しく検討してみよう。

Y0315bの前半は、「はっきりしたデータはないが」という留保で始まる。この留保表現がDの言明に伴われるのは、他紙も含めてここでしか観察されない。「データがない」「はっきりしない」等は@もしくはAの言明について言われることが普通であるが(たとえば同じ読売新聞でもY0403Y0609、他紙ではM0525bM0607A0501S0701aS0701b)、ともかくこの留保は、上で指摘したように「明らかな影響」という限定表現と齟齬をきたす。同じ事象について、同時に「はっきりしない」と「明らか」と言明しているからである。さらに、限定で強化されたDの言明(“100ミリシーベルト以上では明らかな影響がある”)は、 “100ミリシーベルト以下で(明らかでない)影響がある(可能性がある)”という命題を含意するが、用例の後半にある「これ(=100ミリシーベルト)より低い場合は妊娠中でも胎児への影響も出ないことがわかっている」という文は、この含意を否定する内容になっている。前半でわざわざ限定辞を用いることで特定の文脈的含意を生みだしておきながら、なぜ後半でそれと矛盾する言明を行うのだろう。最初から余計な限定辞を用いなければ、このような矛盾を避けることができたであろう(Y0315bの発話から、「明らかな」という限定辞を外してみると、ずっと一貫性のあるディスコースが形成されるのがわかる)。ゼロ仮説として考えられることは、発話者(筆者=記者)の不注意である。記者は「100ミリ・シーベルト」前後における健康影響について矛盾する情報にさらされ、それらの間の整合性に関して十全な理解に達していない可能性がある。「はっきりしたデータはないが」という留保を、正反対の領域に関する言明に用いてしまったこともこれを示唆する。いずれにしても、Y0315bは、奇妙な文体的効果を生む。「100ミリ・シーベルト」未満では、「胎児」という「被ばく弱者スケール」[6]の極点でさえも健康影響を受けることがないのに対して、「100ミリ・シーベルト」を超えるといきなり「明らかな」健康影響があらわれるという対立を強調することになり、一般的に前提されている「<安全/危険>放射線量­スケール」による背景的な想定に反して、「100ミリ・シーベルト」を離散的な限界点として強調する効果を生む。100ミリシーベルト以上では、危険の可能性があっても、それ以下ではない(Y0407a参照)という、読売新聞の報道方針を、以前の記事の内容にかかわらず確立するためにいささか強引な転換を図ったという印象をまぬかれえない。

産経・読売両紙に遅れること三日にして、毎日新聞も「100ミリシーベルトと健康影響」の主題を取り上げた。毎日の特徴は、産経(やや遅れて読売)がD“100ミリシーベルト以上で健康影響がある”という内容を言明し、@“100ミリシーベルト以下で健康影響はない”という内容を文脈的含意にゆだねていたのに対して、この@の内容を、ときに言明強化を付加させて、明示的に言明したことにある(M0318M0320aM0320b)。しかし、この路線は、まずM0324以後、読売と同じように留保つきのDの言明に場所を譲ると同時に、5月以降は@の内容に対しても、留保がついたり、子どものケースを持ちだすなどして、直接的な言明の形態が避けられている。

最後に朝日新聞は、上で指摘したように、この主題を扱い始める時期が産経・読売よりも10日以上遅く、かつ記事量が少ないが、記事内の言明にも留保がついていることが多い。この新聞は、「100ミリシーベルト以上・以下での健康影響」という主題に対して、これが国民の大きな関心事であるにもかかわらず、他紙よりも消極的で、かつ言明には慎重姿勢が目立つと言える。このことは、命題内容@“100ミリシーベルト以下で健康影響はない”もしくは同Aを言明または含意する用例の数が、@=5、A=4と拮抗していることからもうかがえる。すなわち、本来は矛盾する命題をどちらにも留保をつけることによって共存させていると言える。

 

2.3.  日本政府および国際機関の見解と報道内容

 

 新聞各紙の時に矛盾する報道内容を批判的に検討するために、放射線量と健康影響に関する日本政府および国際機関の見解をみておこう。日本政府の公式な見解は「原子力安全委員会」による「低線量放射線の健康影響について」という以下の声明[7]に代表される。我々の報道検証の拠りどころとなる重要な声明であるので、出典を除いて全文引用する(下線強調と注は引用者による)。

 

 

 「標記に関する原子力安全委員会の考え方について説明いたします。

 放射線の健康影響は、「確定的影響」と「確率的影響」に分類されます。

 「確定的影響」は、比較的高い線量を短時間に受けた場合に現れる身体影響で、ある線量(閾値)を超えると現れるとされています。比較的低い線量で現れる確定的影響として、男性の一時不妊(閾値は0.15Gy、ガンマ線で150mSv相当)や、リンパ球の減少(閾値は0.5Gy、ガンマ線で500mSv相当)があります。100mSv以下では確定的影響は現れないと考えられます。

 一方、「確率的影響」には、被ばくから一定の期間を経た後にある確率で、固形がん、白血病等を発症することが含まれます。がんのリスクの評価は、疫学的手法によるものが基礎となっています。広島や長崎で原子爆弾に起因する放射線を受けた方々の追跡調査の結果からは、100mSvを超える被ばく線量では被ばく量とその影響の発生率との間に比例性があると認められております。一方、100mSv以下の被ばく線量では、がんリスクが見込まれるものの、統計的な不確かさが大きく疫学的手法によってがん等の確率的影響のリスクを直接明らかに示すことはできない、とされております。このように、100mSv以下の被ばく線量による確率的影響の存在は見込まれるものの不確かさがあります[8]

 そこでICRPは、100mSv以下の被ばく線量域を含め、線量とその影響の発生率に比例関係があるというモデルに基づいて放射線防護を行うことを推奨しております。また、このモデルに基づく全世代を通じたがんのリスク係数を示しております。それは100mSvあたり0.

0055100mSvの被ばくは生涯のがん死亡リスクを0.55%上乗せする。)に相当します。

 なお、2009年の死亡データから予測された日本人の生涯がん死亡リスクは約20%(生涯がん罹患リスク〈2005年のデータで予測〉は約50%)です。また、その評価の基礎となった2009年度の全国のがん死亡率は10万人あたり約270人でしたが、都道府県別では10万人当たり190人〜370人程度でした。」

 

 この原子力安全委員会の「考え方」(以下、『考え方』とする)を我々の基準で分類すると、以下のような内容を持つことが明らかになる。

 

 

 

 

 

 

 

100ミリシーベルト以下の場合

100ミリシーベルトを超えた場合

発がん性

@
健康影響ない

A
健康影響ある

B
わからない

C
健康影響ない

D
健康影響ある

E
がんになる(確率)

F
がんで死ぬ(確率)

低線量放射線の健康影響について


0.55

 

 この見解は、国際放射線防護委員会(以下、ICRP)の2007年勧告(ICRP 2007)にそったものであり、放射線生物学の基本的な文献(福士2009)によっても確かめられる。以下では、各新聞の報道内容がこの公的・基本的見解と整合性を保っているかどうか検討する。

 上述したように、毎日新聞は最初期の報道(M0318M0320aM0320b)で、@“100ミリシーベルト以下で健康影響はない”という内容を明示的に言明し、M0320aM0320bでは、その上に強断定表現を付加させていた。@の内容は、『考え方』による論点、すなわち、100ミリシーベルト以下では、a)「がんリスクが見込まれる」b)そのリスクは「統計的な不確かさが大きく・・・直接明らかに示すことはできない」という論点と相いれないものである。毎日新聞は、当初、『考え方』に対立する主張を明示的に展開していたことになる。また、M0405は、前節でみたように、“健康への悪影響がある”という命題を明示的に留保することで、“健康への悪影響がない”を含意していた。この用例では、専門家を参照しつつ「100ミリシーベルトを超えたからといって、急に危険になるわけでもない」と言明し、100ミリ超におけるリスクの発生点を引き上げると同時に、<安全>放射線量スケールによる含意を利用して、100ミリ以下でのリスク可能性を最小化している。いずれも、100ミリシーベルト超・以下での「比例関係」を想定する『考え方』と相いれない。ここで参照された専門家が、政府も依拠するICRPの委員であることを毎日新聞は明示しているが、それだけに一層、こうした不整合が放置されたことに疑問が残る[9]。子どもの被曝をとりあげたM0607でも、毎日新聞の記述は『考え方』を反映していない。M0607は「政府(せいふ)」に依拠しつつ、「100ミリシーベルト未満(みまん)の被(ひ)ばくなら、がんになる確率(かくりつ)が高(たか)くなったりしない」と言明するが、「がんになる確率(かくりつ)が高(たか)くなったりしない」ということは、いうまでもなくがんのリスクが “見込まれるが、統計的に不確かである”ということと同じではない。子どもに言及することで大人のリスクは非焦点化され、それと同時に不正確な記述のずれが生じている。さらに、同一紙内部での一貫性の欠如の議論でもとりあげたM0817では、「生涯累計なら数百ミリシーベルト程度でも影響がないと見てよいはずだ」という言明が参照されている。これが「100mSvを超える被ばく線量では被ばく量とその影響の発生率との間に比例性がある」という『考え方』の論点と相いれないものであることは明らかである。

 朝日新聞は、総記事数に対する比率からみればもっとも頻繁に参照対象としてICRPを取り上げた新聞である。では、この新聞は、ICRPおよびそれに依拠する政府の『考え方』を忠実に伝えていただろうか。

 同一記事内部で矛盾を抱えた記事としてすでに言及したA0405aは、「国際放射線防護委員会(ICRP)によると」、と参照先を明示的にICRPとしている。さて、この記事は「100ミリシーベルトの被曝(ひばく)でがんになるリスクが5%増える」と、『考え方』でも明示された数値を(あやまって10倍にして)引用する一方、100ミリシーベルト以下での被ばくについて、「リスクが高くなるという明らかな証拠は認められていない」としている。この部分は、“<放射線によって(がんのリスクを高める)新たなリスクが生み出される>とは断定できない”と読み替えることができる。100ミリシーベルト以下では確定的なことは言えないという論旨の点では『考え方』と共通しているが、結論の志向性は逆である。すでにみたように『考え方』では、100ミリシーベルト以下でのリスクは「見込まれる」が、その「存在は見込まれるものの不確か」であるとしていた。これに対して、A0405では、リスクが存在することに対して強い留保=疑義が提出されているのである。また、朝日新聞は、他紙同様時間の経過とともに、100ミリシーベルト以上の健康影響についての言明に強い留保をつけるようになるが、A0428では、「可能性」という強留保表現とICRPの参照が共存している。

 

A0428:「国際放射線防護委員会(ICRP)は100ミリシーベルト以上で健康に影響が出る可能性があるとしている。」

 

がんのリスクが確率的影響であるという限りでは、「可能性」への言及は正当化される。しかし、「・・・以上で・・・可能性がある」という統語法は、確率的影響に関して「被ばく量とその影響の発生率との間に」ある「比例性」、すなわち、一方が増えれば他方も増えるという関係をみえなくする。さらにA0428の言明は、文脈的含意を通して、100ミリシーベルト以下での健康影響を強く否定することになる。というのも、この言明は、“100ミリシーベルト以下で健康影響がでる可能性はない”という文脈的含意を生みだすからである。結果として、「可能性」という強留保表現を用いたことで、A0428は、ICRP=『考え方』の見解を忠実に伝達したとはいえず、その見解よりも「安全領域」を拡大しようとする結論への志向性をのぞかせている(この志向性は、Y0423など「可能性」という語を使った強留保表現つきの用例に共通している)。

 読売新聞と産経新聞にもICRP=『考え方』と両立しない記述がある。Y0407aでは「(100ミリ・シーベルト)以下では、健康被害はないと見られている」としている。S0326bでは「100ミリシーベルト以下では、健康に影響はないというのがICRPの公式的な見解だ」という専門家の見解を参照引用している。また、S0602では「ICRP・・・は「体への影響が認められない被曝線量は年間100ミリシーベルト以下」としている」と記述している。いずれの言明も100ミリシーベルト以下で健康への「確率的影響の存在は見込まれるものの不確か」というICRP=『考え方』の見解に対して(特に後二者はICRP自身を参照しつつ)、この放射線量での影響をはっきりと否定することで、「安全領域の拡大」を志向している。

 Y0327は注意を要する興味深い事例である。やはりICRPを明示的に参照しつつ、この記事は以下のように言う。

 

Y0327:「ICRPは、2007年に勧告した緊急事態発生時の一時的な緩和基準が今回適用できると判断した。同勧告では、放射性物質の汚染地域に一般住民が居住する場合、20〜100ミリ・シーベルトの範囲ならば健康影響の心配がないとしており・・・」

 

この発話は、ICRP2007年勧告、6.2節「緊急時被ばく状況」(ICRP 2007, par.278,および Table 8,邦訳版p.69およびp.103参照)で示され、同委員会による321日の緊急声明(ICRP 2011)で確認された放射線防護の基準値と、上記の『考え方』が依拠している健康影響にかかわる放射線量とを混同している。「20〜100ミリ・シーベルトの範囲」はこの記事が自ら言うように、事故という緊急時に居住/避難の判断をするために依拠するべき値の範囲である。ICRPはこの範囲の値における健康影響には、この文脈ではまったく言及していない。この記事の筆者は、健康影響とは異なったカテゴリーに属するICRPの数値に(正しく)言及しながら、「100ミリシーベルト」という形式的な共通項を利用して、“100ミリシーベルト以下では健康影響はない”というICRP=『考え方』に反する記述をそれとなく導入し、健康影響に関してばかりではなく、「緊急時被ばく状況」の基準に関しても「安全領域の拡大」方向に結論を誘導している。

 同一紙内部での一貫性の欠如の議論でもふれたが、A0420Y0324はそれぞれの新聞内部での報道内容の一貫性を壊してしまう内容をもっている。のみならず、両記事ともICRP=『考え方』と矛盾する。A0420は@“100ミリシーベルト以下では健康影響はない”と言明し、Y0324は、さらにいっそう安全領域の拡大を意味するC“100ミリシーベルト以上では健康影響はない”という言明を含む。注目すべきは、この両記事ともに政府機関(の代表)を参照している点である。とくにY0324の参照先は、まさに『考え方』を声明した原子力安全委員会である。国家の原子力防護政策の責任所轄機関が、100ミリシーベルト以上の放射線量で、“健康影響はない”あるいは “健康影響はある”という矛盾した言明を並立させていることに関して、読売新聞は何の論評も加えていない。A0420の参照先は文部科学省であるが、朝日新聞もまた、政府内部での見解の整合性の欠如について、何の論評も加えていない。

 

付記20111004

 フリージャーナリスト日隅一雄氏のご指摘によれば、

http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/445d39a04037279099c019efe80eda81

原子力安全委員会は、そのHPに掲載された資料

http://www.nsc.go.jp/info/20110411_2.pdfが示すように、4月上旬の時点で、「100mSv/年以下では健康への影響はない」と、一切の留保表現なしで言明している。

 

2.4.  「直線しきい値なし仮説」に対する対応

 『考え方』は「100mSvを超える被ばく線量では被ばく量とその影響の発生率との間に比例性がある」とする一方、「ICRPは、100mSv以下の被ばく線量域を含め、線量とその影響の発生率に比例関係があるというモデルに基づいて放射線防護を行うことを推奨しております」と100ミリシーベルト以下での健康影響についても比例性を認める見解を示している。これは、「直線しきい値なし仮説」またはLNT(linear non threshold theory: 福士2009: 97, 菱田1998: 130)と呼ばれるものである[10]

 産経新聞は、この「直線しきい値なし仮説=LNTモデル」に言及した記事がある。まず、S0701aでは「わが国を含め国際的に多く利用されているのは科学的データに基づく直線型理論」と、不完全ながらこの仮説とそれに対する日本政府の姿勢を報道している。これに対して、同じ産経新聞でもS0602のほうでは「直線しきい値なし仮説=LNTモデル」を否認する主張が展開されている。この記事は、文部科学省が学校における放射線量の基準値を、平常時の年間1ミリシーベルトを大きく上回る年間20ミリシーベルトとしたことに、現地の親・保護者をはじめとして多くの国民の反発が起こったことを背景としている。記事の前半で、「体への影響が認められない被曝線量は年間100ミリシーベルト以下」という『考え方』に忠実とは言えない記述の後、専門家を参照しつつこの記事は以下のように言う。

 

S0602(後半):「100ミリシーベルト以下の放射線の場合、線量が低ければ低いほど体に害はないというデータはない。」

 

前半で、“100ミリシーベルト以下では健康影響はない”という言明があるから、この後半の言明は余剰的である。影響が存在しないところに、影響の比例関係が存在するはずがないからである。すなわち、後半の「線量が低ければ低いほど体に害はないというデータはない」という言明は “100ミリシーベルト以下では健康影響がある”という内容を前提し、前提することによって文脈的に含意するが、この含意は前半の言明と矛盾してしまう。

なぜわざわざディスコースの一貫性を破壊する言明を導入する必要があったのだろう。注目すべきは、このS0602(後半)の言明が比例関係の否定を通して、「直線しきい値なし仮説」を否認し、同時に、我々が日常的に依拠する「<安全/危険>放射線量スケール」を解体していることである。そしてその上で、この記事は、「これまでの放射線に関するさまざまな研究からは1ミリシーベルトが20ミリシーベルトに比べ、より安全かどうかは分かっていない」と主張し(あるいは小見出しで「『20→1ミリシーベルト』は妥当?」と疑問を投げかけ)、より低い放射線量を求める世論を根拠のないものと批判している。さらに、S0602(後半)の言明は“<放射線が低い方が安全である>は確実でない”と読み替えられ、これは、a)“放射線が高くても安全性は損なわれない”あるいはb)“放射線が低くても安全性は確保されない”という安全・危険領域どちらの拡大にもつながる内容と両立可能であるが、 “100ミリシーベルト以下では健康影響はない”という前半の言明がすでに安全領域を拡大しているから、それと矛盾しないa)の解釈がとられることになる。こうしてS0602は、安全領域内でさらに低線量を求めることの不合理性を、ICRP=『考え方』に二重に背反する形で主張している。

 

付記20111004

 日経メディカルOn lineは、2011329日付「100mSv未満の線量なら発がんリスクなし」という見出しの記事で、「100mSv以下の線量では発がんリスクとの比例関係は認められなくなる」としている。

 

2.5. 限定表現と放射線障害カテゴリーの混同

産経新聞の用例には、特定の限定辞が付加されていることが多い。たとえば、この新聞が100ミリシーベルトの放射線量と健康影響の関係について最初に言及したS0315aでは、

 

S0315a:「健康被害が出るのは一度に100ミリシーベルトの放射線を全身に浴びた場合。」

 

と、放射線被ばくの状況に関して、「一度に」と「全身に」という限定が付されている。さらに、この用例には「500ミリシーベルトで血中のリンパ球が減少し、7000ミリシーベルト以上で100%の人が死に至るとされる」という文が引き続く。これら二つの限定辞、および後続する文が関係する被ばくおよびそれによる健康影響は、「急性障害」と呼ばれているものである。急性障害は「確定的影響」をもたらす(福士2009: 9)。急性障害を生む放射線被ばくには、それ以下では症状が出ないという「しきい値」が存在し、被ばくの様態も「一回の短時間の被ばく」(ICRP 2007, A.3.1、邦訳版p.124)であり、また、主に死亡の事例に関しては、「全身被ばく」に言及されることが多い(ICRP 2007, par.A70、邦訳版p.123、福士200982、菱田1998: 111)。上で引用した『考え方』においても、「確定的影響」は「比較的高い線量を短時間に受けた場合に現れる身体影響」としているのもこうした事実の反映である。産経新聞の記事で、「一度に」かつ/または「全身に」という限定辞をこうした用法で使っている用例は、S0315aほか、S0316aS0319aS0321S0322S0323bS0504S0713と引き続き、この主題に関する産経新聞の特色をなしている。産経以外では、毎日(M0324M0802「瞬間的な」)と読売(Y0403)に同様の用例がある。

 さて、このこうした限定辞の使用は、100ミリシーベルトと放射線の関係という主題に関して、どのような効果をもっているだろうか。

 まず、『考え方』でも明示的に述べられているように、事故直後から一般国民にとって問題になっていたのは、低線量による確率的晩発障害である。実際問題として、急性障害を引き起こすレベルの放射線を「一度に」「全身に」浴びる可能性があるのは、東電福一原発で事故処理にあたっていた人々だけであろう。S0323bはこの事実を「現在100ミリシーベルトを一度に浴びる可能性があるのは、原発施設の敷地内など極めて近い場所に限られている」と明示的に表現している。したがって、もし、放射線による健康被害を急性障害に限ったなら、一般住民にはリスクは全く存在しないことになり、避難・退避、除染、食品の放射線測定・出荷規制等の被ばく対策は全く無用となるであろう。産経新聞が、この状況で、健康影響について確定的・急性障害のしきい値のみ提示し、確率的・晩発障害には言及しなかったという事実は、情報の関連性が決定的に欠如しており、注2で引いたようなかみ合わない回答と同様に、受け手を尊重しない著しく不適切な発話と解釈される。あるいは、もしも受け手が、確定的・急性障害と確率的・晩発障害に関して、『考え方』が提示したような区別を予備知識として持っていなかったら、受け手は、産経新聞が提供する情報が、100ミリシーベルにおける健康影響に関して現状において有意義な情報のすべてであると、解釈する。大手新聞社が誠実に発話していないと考える根拠を受け手(読者)はふつう持っていないから、発話者が「最大限に有意義な情報を与える」という原則に従って発話していると、当然、想定するからである。

 S0315aや他の同種の記事の筆者(記者)はどのような意図・志向性に基づいて、このような関連性が欠如した不適切な発話を生産したのだろう。まず、ゼロ仮説として、記者も、前段で仮定した受け手と同様、確定的・急性障害と確率的・晩発障害との区別を予備知識としてもっていなかった、ということが考えられる。反対に、記者がこの点に関して正確な知識を保持していながら、かつ、状況的・文脈的関連性に反して意図的に急性障害関連の情報のみを提示したなら、そこには(意識的かどうかは別にして)何らかの「誤解への誘導」の志向性が隠されていたとみなさざるを得ない。しかし、この志向性は、たとえ言説の分析から言語学的に推定されても、社会的に制裁されることはない。第一に、記者は、放射線による急性障害に関する「正しい」情報を提示することによって「虚偽を提示した」という告発をまぬかれる。第二に、この記事が提示した急性障害に関する情報が放射線障害のすべてである、という誤った理解・解釈が生まれるとしても、それは読者大衆の無知に依存しており、記者も産経新聞も読者大衆の無知に関してはどのような責任もないからである。

 S0315aで「一度に」という限定辞が最初に用いられてからも、産経新聞ではひきつづいてこの表現が登場するが、その扱い方には微妙な変化が生じた。S0317では、採集された100ミリシーベルトによる健康被害の言明から6個の文を隔てたところで初めて「一度に浴びた場合」という表現が登場し、それは「危険なのは一度に大量に浴びた場合。少量でも浴び続ければ累積されるが、放射性物質は時間とともに放射線が減るうえ、ヒトの体が本来持つ修復機能が働くため、影響は小さい」という一般論(線量率効果:福士2009: 126, 菱田1998: 131)を導入するためである。すなわち、この段階で、「一度に浴びる」という被ばく様態と100ミリシーベルトにおける健康影響の直接の関係が廃棄される(このような論述構造はS0504でも再登場する)。また、S0319aでは、「人体に影響があるのは一度に100ミリシーベルトを受けたときとされており・・・」と、100ミリシーベルトにおける健康影響と「一度に」という限定辞が結びついているが、この場合の人体影響の例として、S0315aで使われていたような急性障害の症例はもはや言及されない。こうして産経新聞は、5月からは、いくつかの散発的な原型回帰の例はあるものの、基本的には、『考え方』=ICRPの見解にそった報道に移行してゆく。そして6月以降、100ミリシーベルト以下での健康影響に関しては、B「わからない」という言明が主流となり、前節で引いたS0701aでは、ICRP委員である専門家を参照して、『考え方』=ICRP見解に適合する言明を採用するのである(この専門家はM0405ICRP見解に完全に忠実とは言えない情報を提供している専門家と同一人物である)。

 

付記20111004

 「一度に被ばく」という限定を、急性障害の発生ではなく、原爆被爆者の疫学調査と結びつけて言及する例もある。M0802では以下のように書かれている。

 

「広島・長崎の原爆データは、100ミリシーベルト以上で健康への影響が出ると言われてきたが、これは瞬間的な被ばくを影響評価したものだ。」

 

では、原爆被爆による100ミリシーベルトの健康被害と被ばくの様態とはどのような関係になっているのだろうか。原爆被爆者の疫学的研究を独占的に行ってきた『放射線影響研究所』のHPには、「一瞬の被曝」をうけた原爆被爆者データと、「100ミリシーベルトの慢性被曝による生涯リスクの増加分」との関係を以下のように明示的に記述している。(下線強調は引用者)

 

「原爆被爆者の疫学調査から明らかになった放射線の長期的な健康影響は・・・1 シーベルト・・・放射線に被曝した場合、・・・(白血病以外のがん)により死亡する頻度が約1.5 倍に増加するということです。・・・もしがんのリスクは被曝線量に比例的で「しきい値」(それ以上の被曝で影響があり、それ以下で影響がない境目の被曝線量)がないと考えるならば、・・・約100 ミリシーベルト被曝した場合、がんで死亡する生涯リスクは、放射線被曝がない場合の生涯リスク20%に対して、男女平均して21%になる(1%多くなる)と考えられます。なお、原爆は一瞬の被曝であったのに対して、環境汚染などにより被曝する場合は長期間の慢性被曝です。慢性被曝の場合には、放射線の総量は同じでも急性被曝の場合より影響が少ない(1/2 あるいは1/1.5)とする考えがあります。この考えに従うならば、100 ミリシーベルトの慢性被曝による生涯リスクの増加分は0.5%−0.7%ということになります。」(http://www.rerf.or.jp/rerfrad.pdf

 

すなわち、100ミリシーベルトによるがん死リスクの増加分0.5%−0.7%は、それが「慢性被曝」であることをすでに考慮に入れた数値なのである。「慢性被曝の場合には、放射線の総量は同じでも急性被曝の場合より影響が少ない(1/2 あるいは1/1.5)とする考え」は、一般に「線量率」と呼ばれているもので、ICRP2007年勧告ではそれを1/2としたうえで1シーベルトにおけるがん死リスクが「約5%」とすることが、明記されている(ICRP 2007: par.70, 87,邦訳p.18, 21)。また、首相官邸HP文書「放射線から人を守る国際基準〜国際放射線防護委員会(ICRP)の防護体系〜」においても、「がんのリスク:高い線量を受けた場合、1000ミリシーベルト当たり10%(短期間の被ばく)または5%(何年にもわたる被ばく)程度、がん発生率の増加がある。なお、100ミリシーベルト以下では、科学的には確認されていないが、これと同じ割合でがん発生率が増加(100 ミリシーベルトで1%または0.5)するリスクがある、と放射線防護上想定している」と明示的に「短期間の被ばく」と「何年にもわたる被ばく」を区別し、「100 ミリシーベルトで・・・0.5%」のリスクが後者のケースであることを明記している。

 原爆被爆者の健康被害の研究機関をはじめとして、公的なデータ源がすべてきわめて明確に記述し、かつ放射線医学・生物学の初歩的な文献でも必ず言及される事実を毎日新聞はなぜ正しく報道しなかったのだろうか。他紙の事例ですでに何度か示唆したが、これは記者たちの無知・不注意によるのか、あるいは事実を十分に知悉したうえでの作為によるのか、どちらにしたところで、社会的良識の公器を自認する新聞報道機関に許されることではない。

 

2.6.  がんによる健康影響の確率増加:「発がん率」か「がんによる死亡率」か?

 100ミリシーベルト以上の放射線による健康影響には、『考え方』が明示するようにがんのリスクの増加がある。各新聞の用例でも、これに言及しているものが、かなりあった。しかしながら、各用例が指摘するがんによる健康影響は、「がんになるリスク」等、発がんのリスクとするものと「がんで死ぬリスク」等、がん死のリスクとするものに分かれた。頻度からいうと、発がんリスクと記述するものが25例(毎日5、朝日4、読売・産経各8)に対して、がん死リスクとするもの4例(毎日・読売各1、産経2)と、発がんリスクをする記事が圧倒的に優勢であり、がん死リスクとする記事は、朝日では一つもなく、他紙でもそれぞれ一つであった。

この点に関して公式見解を確認してみよう。『考え方』およびICRP(2007: par.87、邦訳p.21)が提示しているのは、がん死のリスクである。すなわち、「100mSvの被ばくは生涯のがん死亡リスクを0.55%上乗せする」ということである。この事実をとらえて、“100ミリシーベルトの被ばくではがんのリスクがある”と記述することは間違えとは言えない。「がん死」は「発がん」を論理的に含意する。したがって、がん死の確率の増加は発がんの確率の増加を含意する。100ミリシーベルトの放射線による健康被害を「発がん確率の増加」とした25例の記事は論理的に正しい言明をしていることになる。しかしながら、これには二つの問題がある。第一に、「がん死」の確率増加が明らかになっているときに、これを「発がん」の確率増加として提示することが、関連性の観点から十分に誠実な発話であるかどうか、疑問が残る。健康被害のうちで最も重大なものが死であるから、死に関する情報こそ人が最も知りたがる最大限に関連性の高い情報である。したがって、死に関する情報を持ちながらそれを提示しないというには、「最大限に有意義な情報を与える」というコミュニケーションの協力の原則に反するからである。

第二の問題は、はっきりと「偽」とされる情報にかかわる。「発がん」確率の増加を言明した25例のうちに、確率の増加分の数値を明示したものがあった。M0320aM0405M0422M0525bA0405aA0405bS0316bS0317S0323bS0413S0604であり、この比率を100ミリシーベルトで0.5%(またはその比例値)とした(A0405aA0405bの「5%」は誤記とみなした。朝日新聞はこの10倍の誤記を以後、訂正していない)。上でみたように、『考え方』によれば、100ミリシーベルトで0.55%確率が高まるのは、「がん死亡リスク」である。この数値引用は、もはや関連性にかかわる発話者の誠実さの問題ではとどまらず、端的に誤報といわなければならない。

わずか4例しかなかった「がん死」リスクを取り上げた記事(M0525bY0403S0608S0807)ではすべて、100ミリシーベルトで0.5%(またはその比例値)上昇するのは、がん死の確率であるという正確な記述がなされていた。こうした記事が誤報記事に対して圧倒的に少数でしかなかったことは驚くべきことだが、二種類に記事の併存をめぐっては、さらに以下のような事実もある。

「がん死」リスクを取り上げた記事のうち、M0525bS0608は同じ専門家を参照したものである。毎日新聞はM0525bだけでなく、M0320aM0422においてもこの同一の専門家を参照しているが、後二者では「100ミリシーベルトを被ばくしても、がんの危険性は0・5%高くなるだけです」・「発がんリスクが最大0・5%高まる可能性がある」、と0.5%増という数値を「発がん」確率の増加と解釈される言明を収録している。M0525bで「放射線被ばくのリスクは、一言で言えば「がん死亡率」の上昇だ。200ミリシーベルトの被ばくで、がん死亡率は最大1%程度上昇する可能性がある」(比例関係で100ミリシーベルトなら0.5%上昇)という同一人物の発言を参照するときも、この人物の前言を収録した過去記事への言及や訂正はみられなかった。同一新聞内部での一貫性の欠如を生みだした「前言取り消し」が、それとは告知されず、過去の誤報が沈黙のうちに放置されたことになる[11]

 

20111004付記:

調査対象として新聞以外では、がん死の増加を発がんの増加とする同様の誤報が以下のところに見いだされた。

・東京新聞【被ばく こう防ぐ】(日付なし。316日直後と推定される)

http://www.tokyo-np.co.jp/feature/tohokujisin/hoshasen2.html

「Q 100ミリシーベルトを浴びることががん発症の分かれ道になるのか。

A がんになる危険性は0・5%高まるが、必ず発症するわけではない。」

NHK解説委員室ブログ、20110407

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/200/77634.html

がん罹患率は、100ミリシーベルト、0.5%増加。」

・スポニチWeb2011531

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/05/31/kiji/K20110531000927670.html

がんになるリスクは、これまで緊急時の限度だった100ミリシーベルトで0・5%、」

また、政府関係の文書・広報でも同様の間違えがあるが、これについては我々の知る限り、どのような報道もなされていない。

・首相官邸HP文書「放射線から人を守る国際基準〜国際放射線防護委員会(ICRP)の防護体系〜」(執筆者:佐々木 康人 (社)日本アイソトープ協会 常務理事)2011年4月27日

100ミリシーベルト以下では、科学的には確認されていないが、これと同じ割合でがん発生率が増加(100 ミリシーベルトで1%または0.5)するリスクがある」

・文部科学省広報「放射能を正しく理解するために 教育現場の皆様へ」2011819

「「がんのリスク」は、積算100ミリシーベルト(=100,000マイクロシーベル

ト)で約0.5%程度上昇すると見積もられています。」

(「がんのリスク」という表現には、がんの発症・がんによる死亡どちらとも取れる意図的な曖昧化がある。関連性がもっとも高い情報を意図的に曖昧化することはもちろん誠実な発話の原則から逸脱している。さらに、曖昧化された表現を引用符で囲むことで、この曖昧化操作自体に対して、言質を取られることを回避するヘッジをかけている。括弧にくくったのはそれが「単なる」がん発症リスクではなく、がん死亡リスクであることを示すためだ…というように。)

・日本学術会議会長談話「放射線防護の対策を正しく理解するために」(執筆者:金澤一郎)20116 17

「具体的には、積算被ばく線量が1000 ミリシーベルト(mSv)当り、がん発生の確率5%程度増加することが分かっています。すなわち、100 mSv では0.5%程度の増加と想定されます」

(この談話には、本文の注も終わった後、改ページした後に、「注記」として以下のような記述がある。「1ページ本文17 行目の「がん発生の確率」は、より正確には「がん罹患やがんによる死亡率のリスク(死亡率に換算した損害の割合)」の意味です。」言うまでもなく、「がん発生の確率」と「がん罹患やがんによる死亡率のリスク」とは異なったものであり、前者が後者の上位区分であるとか、総称であるとかいう関係はない。したがって、「より正確には」という限定表現は意味をなさない。なお、この「注記」がいつ書き加えられたかなは不明である。

・読売新聞「放射能と暮らす(8)被曝対策、市民参加が大切」2011818

「現在では、1000ミリ・シーベルトの被曝をした人は平均して、被曝していない人に比べ、がんの発症率が1・5倍高く、被曝量とがんの発症率はほぼ比例関係にある。・・・100ミリ・シーベルトを1度に被曝した時の生涯の発がん率の増加は1・05倍程度になる。」

(この言明は『放射線影響研究所』の研究データの基づいている。前節の付記で引用した『放射線影響研究所』のHPには「1000ミリシーベルト・・・1・5倍」「100ミリシーベルト・・・1・05倍」というのは、いずれも「がんにより死亡する頻度」となっている。)

 

(文科省と日本学術会議の例は、フリージャーナリスト日隅一雄氏のご指摘(http://the-news.jp/archives/6789)に基づいています。)

 

2.7.  報告引用は情報ソースに忠実か?

 表5には報告引用の用例をまとめた。このうちA0610 A06182例を除いて、他のすべての用例は、食品に含まれる放射性物質の影響について内閣府食品安全委員会の作業部会が出した答申案の報道に現れる。

 まずA0610 A0618であるが、前者はマスコミ人による原発事故報道に関する(自己)批判であり、今回検討した記事の中では異彩を放つものである。報告引用の対象となっているのはNHKであり、この用例のマークが特徴づけるのはNHKの見解である。A0610はこの見解にもあらわれたNHKの報道姿勢を批判するためにこの見解を引用している。A0618は取材された「事件」における一方の当事者の主張である。これに対立する他方の当事者の見解も同じ記事中に報告引用されており、参照引用とは異なっていることが明白である。

 さて、上記二つの記事を除いた他の記事は食品安全委員会の答申案に関係するが、この委員会は、放射能汚染された食品の規制等の基準値設定の基礎とするために、「低線量放射線の健康影響に関する検討を行い、その結果をとりまとめた」のである。その答申「評価書(案)」(以下、『評価』、食品安全委員会2011)は公開され、記者会見などともにこれらの記事の情報ソースとなったものだが、はたして各社の新聞記事は、この情報ソースの内容を正確・誠実に報道しているだろうか。報告引用の忠実さを検討することで、こうした疑問に答えてゆきたい。

 我々が取り上げている放射線量100ミリシーベルトと健康影響という主題に関して、『評価』は以下のように言う。

 

「放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯における累積の実効線量として、おおよそ100mSV以上と判断した」(p.9

「100mSV未満の線量における放射線の健康影響については、疫学研究で健康影響がみられたとの報告はあるが、信頼の置けるデータと判断することは困難であった。種々の要因により、低線量の放射線による健康影響を疫学調査で検証しえていない可能性を否定することもできず、100mSV未満の健康影響について言及することは現在得られている知見からは困難であった」(p.9およびp.222

 

 すなわち、『評価』は、a)おおよそ100mSV以上で放射線による影響が見いだされている、および、b)100mSV未満については、「わからない」、という結論を出したことになる。この結論は、上で引用したICRPに依拠する安全委員会の『考え方』とほぼ対応している。さて、この事実を背景にして、採集した新聞報道を検証してみると、a)とb)二つの論点を二つとも報道したのはM0726b Y0730だけであった。残りの記事、すなわちM0802M0817A0721A0722A0726S0726ではa)の内容しか伝達されていない。しかも、この伝達の方法が報告引用であるから、これらの記事の読者はよりいっそう、a)の内容が『評価』の全体を網羅的に代表しているとみなす。読者は報道機関が、誠実なコミュニケーションの原則通りに「関連性のある情報を必要かつ十分に提供する」だろうという想定で、記事に接するからである。

 b)の内容の遺漏あるいは排除は、関連性に関する情報発信者の誠実性にかかわるばかりでなく、この事例ではより深刻な情報の偏りとゆがみを生む。すなわち、文脈的含意を通してa)の内容は、“100ミリシーベルト以下では健康影響はない”という、『評価』が認めない内容を暗黙のうちに流通させる。これは放射能汚染食品の流通規制値の策定などにあたって、非可逆的な意味をもちかねない「誤解」である。『評価』がb)で述べていることが、結局は無知の表白であり、価値がないとみなすのは間違っている。健康影響の存在について「無知である」と言明することは、予防原則の発動などを正当化し、知的・現実的行動への決定的な動機づけたりうるからである。

 

3. 結論

 第2節では、「放射線量100ミリシーベルトにおける健康影響」という主題に関する各紙の報道内容を検討したが、ここでは、結論として、原子力発電所の爆発事象を含む過酷事故という未経験の大災害にさいして、新聞報道がどのように対処し、どのように情報を提供したかという観点から、災害時におけるメディア報道の問題点を検証したい。

 周知のように、東電福一原発の過酷事故発生当初から、新聞を含むメディアの報道に対して必ずしも肯定的な評価ばかりがあったわけではなかった。それを裏づけるように我々の用例分析からも、諸紙の報道に関していくつか批判をまぬかれない点が析出された。

 まず、報道内容の一貫性の欠如である。前節でみたように、同一の新聞による報道内容が異なった時点で整合性を欠くことが、各紙に観察された。また、同一記事内で矛盾する記述がある記事を掲載した新聞も複数あった。

 さらに、国際機関ICRPの見解やそれを採用する政府・原子力安全委員会の『考え方』に背反する内容を記述する記事も、特に原発事故の初期の報道において、各紙にみられた。全体の傾向として、事故初期、放射線の拡散がもっとも深刻だった頃には、ICRPの見解=政府『考え方』に反しても「安全」を強調する言説が目立ったのに対して、時間の経過とともに標準的公式見解に整合する記述が増え、5月以降はその傾向が定着したと言える。

 では、なぜ、事故の初期、放射線による健康被害に関する情報がもっとも喫緊の関連性を持っていた時期に、各新聞は、報道の一貫性の失うリスクを冒してまで、この問題に関する公式見解に反する情報を提供したのだろうか。前節で何度か示唆したとおり、記事の執筆者に、この問題に関する十分な理解が欠如していた可能性もある。記者自身が、しっかりした背景知識を持たず、錯綜する情報を十分に咀嚼しきれなかったことが、たとえば、一つの記事内部で矛盾した記述を抱える記事となって結果したのかもしれない。しかし、今一つ、新聞報道の役割に関する新聞(記者)自身の自覚的選択ということも考えられる。この点で、きわめて示唆的なのが、事故の初期に公式見解に反して安全性を強調したM0318である。この記事には、記者による原発報道の「方法論」が提示されており、きわめて興味深い。用例としてすでに採録した部分の前後を含めて以下に引用する。

 

『「ただちに健康に影響するレベルではない」。この表現は科学的には正しい。私は知人に問われた。「ただちに影響しないということは、後で影響するかもしれないということでしょう」。実際には、合計の被ばく量が100ミリシーベルト以下では、将来がんになる確率が高まることはないとされる。いま必要なのは「科学的に正確な情報」よりも「的確な情報」であり、現在の放射線量であれば、「健康に影響がない」と言い切ってよい。』

 

100ミリシーベルトの健康影響に関する部分が標準的な公式見解からみて疑わしいことは、すでに述べたが、この情報の提示や『「健康に影響がない」と言い切ってよい』という強化された断定を支えるが、『いま必要なのは「科学的に正確な情報」よりも「的確な情報」であ』るという報道姿勢にあることは論をまたない。ここにはおそらく、パニックなどの大衆の望ましくない反応・行動を抑えることにメディア報道の使命を見出し、それを「科学的に正確な情報」の提供よりも優先させる報道倫理がある。標準的公式見解からの逸脱やそれが原因となって生じた報道内容の一貫性の欠如は、そのための代償ということになろう。

 M0318で表白された報道姿勢の根幹は、単に一記者に帰せられるとは言えない。毎日新聞社の報道機関としての同調は、この記事を掲載した点からも認められるし、報道内容に関して毎日新聞と同様の逸脱と変遷を見せる他社についても、同じことが言える。こうした報道姿勢は、広瀬 (2006: 36-43)が説く「危険を意識させない正常性バイアス」の強化をもたらし、災害に対する重要な初期対策の遅れにつながった恐れがあるが、この点に関しては別の研究が必要であろう。

 第2節でみたように、同一主題に関して、時系列にそって報道内容が変わることがしばしば観察されたが、驚くべきことに、自紙の記事内容のこうした変遷について、訂正はもちろん、何らかの告知・言及をした新聞は一つもなかった。この点に関しては、大衆の望ましくない行動を抑制するという報道倫理が、何らかの正当化を与えるとは考えにくい。

 最後に、報道内容を検討し、報道姿勢を総合的にとらえるために、言語形式の分析が多大の貢献をすることを強調したい。メディアの社会的役割を批判的に検討するメディアリテラシーの向上も、単なる「印象批評」ではなく、言語学的言説分析の諸手段を用いて批判の基盤を具体的かつ強固にし、いわば「言質を取る」ことによっていっそう確実になると考えられる。

 

 

用例一覧[12]

毎日新聞

M0318/記者の目:福島第1原発の放射性物質漏出=斗ケ沢秀俊

           「合計の被ばく量が100ミリシーベルト以下では、将来がんになる確率が高まることはないとされる。」

M0320a           /Dr.中川のがんから死生をみつめる:/99 福島原発事故の放射線被害、現状は皆無

           「100ミリシーベルト以下では、人体への悪影響がないことは分かっています。100ミリシーベルト以上の被ばく量になると、発がんのリスクが上がり始めます。・・・100ミリシーベルトを被ばくしても、がんの危険性は0・5%高くなるだけです。2人に1人が、がんになります。つまり、もともとある50%の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50・5%になるということです。」

M0320b           /福島第1原発:農産物出荷停止 トマトなどは規制値以下

           「菊地透・医療放射線防護連絡協議会総務理事は「100ミリシーベルト以下であれば将来的にも健康への影響がないことは明らか」と強調する。」

M0324/福島第1原発:長靴はかず足ぬれ 安全管理に問題か

           一度に100ミリシーベルト以上被ばくすると、がんになる確率がやや高くなるとされている。」

M0405/東日本大震災:暮らしどうなる?/16 放射線リスク、現状は低く

           「専門家の多くは「100ミリシーベルト以下であれば、健康への悪影響を示す明確な証拠はない」との立場だ。ICRP委員を務める甲斐倫明・大分県立看護科学大教授は「100ミリシーベルトを超えたからといって、急に危険になるわけでもない」と話す。」国立がん研究センターがん対策情報センターの祖父江友孝がん情報・統計部長によると、100ミリシーベルトに短期間に被ばくした場合の発がんリスクはそうでない時の1・06倍。」

M0422/記者の目:全村避難迫られる福島県飯舘村=関雄輔(福島支局)

           「東京大付属病院の中川恵一准教授(放射線医学)によると、広島と長崎の原爆のデータから、年間100ミリシーベルトで発がんリスクが最大0・5%高まる可能性がある。20ミリシーベルトは相当余裕を持たせた基準だ。」

M0525a/社説:校庭の放射線量 できるだけリスク減を

           「100ミリシーベルト未満の被ばくだと目に見える発がんリスクの増加はないとの見方も政府は示しているが、大人より放射線の影響を多く受ける子どもには配慮が必要だ。被ばく量をできるだけ減らすのは健康を守る大原則である」。

M0525b/福島第1原発事故 崩壊した「ゼロリスク社会」神話=中川恵一

           「放射線被ばくのリスクは、一言で言えば「がん死亡率」の上昇だ。200ミリシーベルトの被ばくで、がん死亡率は最大1%程度上昇する可能性がある考えられている。」

同上/同上

           「特に、100ミリシーベルトより少ない放射線被ばくのリスクは、他の生活習慣の中に“埋もれて”しまい、リスクを高めるかどうかを検証することができないとされている。」

M0530/福島第1原発:東電社員2人、250ミリシーベルト超えか

           「100ミリシーベルトを超えるとがんを発症するリスクが少し高まる恐れがあるとされ、長期的な健康調査が求められそうだ。」

M0607/ニュースのことば:子どもの被ばく線量

           「政府(せいふ)は100ミリシーベルト未満(みまん)の被(ひ)ばくなら、がんになる確率(かくりつ)が高(たか)くなったりしないとの考(かんが)えですが、大人(おとな)より体(からだ)が小(ちい)さい子(こ)どもへの影響(えいきょう)ははっきりしません。」

M0726a/なるほドリ:放射性セシウム汚染牛肉、健康に影響はないの?/山口

           厚生労働省によると、科学的には100ミリシーベルト以下の発がんリスクは解明されておらず、「規制値以下なら安全」と言い切れるものではありません。このため同省は「分からない以上、被ばくを少しでも抑えるべきだ」としています。」

M0726b(表5)/生涯累積線量:100ミリシーベルト限度 食品安全委、規制値を再検討

           「成人については「100ミリシーベルトを超えるとがんのリスク増加など健康影響が明確」と判断した。また、「大人より感受性の強い子供にも留意する必要がある」とし、子供の健康に配慮した規制値の必要性も示した。

同上(表5)/同上

           「一方、食品安全委は100ミリシーベルト以下なら確実に安全という根拠は見いだせなかった

M0728/特集ワイド:今さらですが 測定も評価も難しい…内部被ばく

           「累積100ミリシーベルトを超えると体に障害が生じる可能性が出てきます。

同上/同上       100ミリシーベルト以下でも安全とはいえません

M0802/放射性物質:食品安全委と市民が意見交換 限度設定めぐり

           「100ミリシーベルト以上で健康への影響が出ると言われてきたが、これは瞬間的な被ばくを影響評価したものだ。」

同上(表5)/同上

           「チェルノブイリ原発事故では、(子供を含め)がんが増えたのは100ミリシーベルト以上。」

M0817(表5)/記者の目:内部被ばくだけの数値明示を=小島正美

           「「生涯の累積でおおよそ100ミリシーベルト(自然放射線や医療被ばくは除く)以上で健康影響がある」

同上/同上

         「放射線の影響に詳しい中村仁信・大阪大名誉教授は「細胞の修復能力を考えると、生涯累計なら数百ミリシーベルト程度でも影響がないと見てよいはずだ」と述べる。」

 

朝日新聞                     

A0326/被曝限度量の緩和提案 国際放射線防護委、移住回避促す

         「一般的に放射線の被曝量が100ミリシーベルト以下なら、健康への影響は心配ないとされている。」

A0405a/〈Q&A〉放射線 どれだけ浴びると悪い影響?

         「国際放射線防護委員会(ICRP)によると、100ミリシーベルトの被曝(ひばく)でがんになるリスクが5%増える、としている。100ミリシーベルト以下では、リスクが高くなるという明らかな証拠は認められていない。がんの発病は、喫煙や生活習慣といった条件も関係する。100ミリシーベルト以下では、こうした要因と分けて分析できないくらい放射線の影響度が小さいとされる。」

A0405b/〈Q&A〉農産物「直ちに影響ない」根拠は?

         わずかながら健康に影響が出始める被曝(ひばく)量は100ミリシーベルト(発がんリスクが5%増)とされる。」

A0412/避難区域拡大「現実的」の見方 被曝積算量の試算が根拠

         「放射線による長期的な影響では、がんが数年〜数十年後に増える危険が心配される。数十ミリシーベルトという低い放射線量による影響は不明点も多いが、20ミリシーベルトを浴びると、がんになるリスクは0.1%程度上昇するとみられる。」

A0420/年20ミリシーベルト未満は通常通り=福島の13校、屋外活動制限―学校の安全基準

         「記者会見で鈴木寛文科副大臣は「100ミリシーベルト未満では、がんなどのリスク増加は認められない」と述べた。」

A0428/浜岡原発でもし事故が起きたら

         「国際放射線防護委員会(ICRP)は100ミリシーベルト以上で健康に影響が出る可能性があるとしている。」

A0501/「放射線を正しく知ろう」原爆病院長らが講演

         「年間100ミリシーベルトを超えない範囲で放射線を浴びた場合の人体への影響については「研究が進んでおらずグレーゾーンだが、現状では明確な影響は認められていない」と語った。」

A0510/【新聞】原発事故報道で真価が問われる「被災者に寄り添う報道」

         「発がんに影響が出始めるとされる年間50ミリシーベルト」

A0610(表5)/【放送】原発とテレビの危険な関係を直視しなければならない

         「年間被ばく量を1ミリシーベルト以下に抑えるというICRP(国際放射線防護委員会)勧告の数値は、《「放射線は浴びないのに越したことはない」という極めて保守的な考えに基づいた値です》《放射線医療の国際的な考え方として、100ミリシーベルトまでは、ほとんど健康被害はみられないというのが一般的です》と断じていた。」

A0618(表5)/東大サイトの放射線情報 「端的」過ぎる説明文訂正

         「100ミリシーベルト(1回または年あたり)以下の被曝(ひばく)による人体へのリスクは明確ではない、との研究結果を紹介。」

A0721(表5)/上限は生涯100ミリシーベルト=食品の放射性基準―安全委案

         「案は、内部、外部被ばくも含め生涯100ミリシーベルトとした根拠について、広島・長崎原爆の被爆者が被ばく線量125ミリシーベルトでがんによる死亡率が通常より高くなった一方、100ミリシーベルトでは死亡率の上昇が見られなかったことを挙げた。」 

A0722(表5)/「生涯被曝100ミリ基準」 食品安全委の事務局案

         「「発がん影響が明らかになるのは、生涯の累積線量で100ミリシーベルト以上」とする事務局案が示された。」

A0723/「生涯被曝101ミリ基準」 食品安全委の事務局案

         図中100ミリシーベルのところの注記:「このレベル以上でがんのリスクが明らか

A0726(表5)/あいまい「生涯100ミリ」、放射線基準見通し立たず

         「「健康影響が見いだされるのは、生涯の累積で100ミリシーベルト以上。」」

           

読売新聞

Y0315a/原発周辺に放射線科医ら派遣…被曝の有無検査

         「100ミリ・シーベルトまでの被曝は、身体への影響は少なく、体を洗浄して放射線物質を取り除く「除染」ですむ。」

Y0315b/被ばく、どう予防し、どう対策すれば…

         はっきりしたデータはないが、一般的には、健康に明らかな影響が出る被曝(ひばく)量は、およそ100ミリ・シーベルトと言われている。これより低い場合は妊娠中でも胎児への影響も出ないことがわかっている。」

Y0315c/福島第一原発4号機、超高濃度放射能が拡散

         「400ミリ・シーベルトは、がんになる確率が高まる100ミリ・シーベルトの4倍で、」

同上/同上

         図中の「10万マイクロシーベルト」(100ミリ・シーベルト)への注記:「がんになる人が増加」

Y0315d/被ばく量100ミリ・シーベルトで健康への影響

         「放射線を浴びた時の人体への影響についての明確なデータはないものの、一般的に、健康に明らかな影響が出る被曝(ひばく)量は、およそ100ミリ・シーベルトと言われている。・・・これより低い場合は妊娠中でも胎児への影響も出ないとされる。」

Y0315e/福島第一放射線濃度は「身体に影響」…官房長官

         「100ミリ・シーベルトの放射線を浴びると、がんになる人が増加するといわれる。」

Y0319/時間との闘い、送電線敷設…現場作業員らの奮闘

         「原発敷地内で観測された最高放射線量の毎時400ミリ・シーベルトは、一般人が1年間に浴びていい放射線量(日常生活と医療目的を除く)の400倍、がんになる確率が高まる100ミリ・シーベルトの4倍にあたる。」

Y0322/キーワード…100ミリ・シーベルト超えると健康に影響

         一般的な目安として100ミリ・シーベルトを超えると、健康に影響が出る危険性が高まる。」

Y0324/放射性物質、初の拡散試算…原子力安全委

         「安全委は「100ミリ・シーベルトを超えても健康に影響はない。しかも、屋内にいれば被曝量は屋外の10分の1から4分の1になる」としている。」

Y0327/福島原発周辺住民の放射線量緩和を…ICRP

         「ICRPは、2007年に勧告した緊急事態発生時の一時的な緩和基準が今回適用できると判断した。同勧告では、放射性物質の汚染地域に一般住民が居住する場合、20〜100ミリ・シーベルトの範囲ならば健康影響の心配がないとしており、

Y0331/福島原発30〜45キロ3地点、年間許容量超す

         「一般に健康に影響が出るのは・・・、100ミリ・シーベルト以上とされる。」

Y0403/放射線 健康にどんな影響

         「世界の放射線の専門家で作る「国際放射線防護委員会(ICRP)」によると、放射線を全身に一度に浴びると、がんなどで死ぬ危険は1000ミリ・シーベルトあたり5%高まる。100ミリ・シーベルトなら10分の1の0・5%、200ミリ・シーベルトなら1%危険性が増えるわけだ。」

同上/同上

         「放射線量が100ミリ・シーベルトより少ない場合、がんの危険性の差はわずかで、はっきりした影響はわからない。一般に「明らかな健康障害が出るのは100ミリ・シーベルトから」とされるのはこのためだ。」

Y0404/第一30キロ地点で年間許容量10倍の放射線

         「一般に健康に影響が出るのは100ミリ・シーベルト以上とされる。」

Y0407a/(中)放射能と暮らし

         「被曝量が100ミリ・シーベルト以上になるとがん発症が増える可能性があるとのデータに基づき」

同上/同上

         「一方、100円玉(100ミリ・シーベルト)以下では、健康被害はないと見られている。」

Y0407b[放射能と暮らし]平時の放射線基準1ミリ・シーベルト以下…非常時は変更も

         「被曝量が100ミリ・シーベルト以上になるとがん発症が増える可能性があるとのデータに基づき、」

Y0423/福島第一原発周辺の放射線量、地域でまちまち

         「年間100ミリ・シーベルト以上を浴びると、将来、健康に影響が出る可能性が生じるとされる。」

Y0609/子ども 低い値でも注意

         「「100ミリ・シーベルトの放射線を浴びた場合、10歳未満の子どもが将来がんになる危険は大人の2〜3倍になる」(放射線医学総合研究所の島田義也さん)。低い放射線量でも念のため、子どもは用心した方が良いとされている。ただし、過去の調査では、100ミリ・シーベルト未満での影響は、大人でも子どもでも、はっきりしない。」

Y0730(表5)/「暫定規制値」見直しも…食品安全委、長期被曝に配慮

         「「生涯の累積線量100ミリ・シーベルト以上」で健康に悪影響が出る可能性が高まるとした評価書案をまとめた。」

同上(表5)/同上

         「おおよそ100ミリ・シーベルト以上追加で被曝すると、発がん率の増加など健康上の悪影響が見いだせるとした。」

同上(表5)/同上

         「100ミリ・シーベルト未満では、確実に放射線の影響と言い切れるだけのデータが見当たらなかった。現在の科学では影響があるともないとも言えない

 

産経新聞

S0315a/人体への影響は? 放射線100ミリシーベルトから健康被害

         「健康被害が出るのは一度に100ミリシーベルトの放射線を全身に浴びた場合。」

S0315b/年間被ばく線量限度の意味

         実際に人体に影響が出るとされる年間100ミリシーベルトよりも低めに設定されている。」

S0315c/東京で20倍の観測 さいたまは40倍

         実際に人体に影響が出るとされる年間100ミリシーベルトよりも低めに設定されている。」

S0316a/Q&A 都内などは「微量」正しい知識で冷静な対処を

         「Q 健康被害が出るのは? A 1度に100ミリシーベルト程度の放射線を全身に浴びた場合とされる。放射線影響研究所(広島市)によると、500ミリシーベルトで血中のリンパ球が減少し、7千ミリシーベルト以上で100%の人が死亡する。これ未満でも、生殖機能などに影響が出る」

S0316b/放射性物質から身を守るには「現状では花粉症と同じ対応」

         「また放医研によると、例えば100ミリシーベルト(10万マイクロシーベルト)を浴びた場合に、数年後から数十年後にがんになる可能性は約0・5%という。」

S0316c/東日本大震災 福島第1原発放射能漏れ 群馬、平常時の12倍

         「人体への影響が懸念される放射線量は年間100ミリシーベルト以上とされている。」

S0317/放射線を防ぐには?健康への影響は? 広がる不安

         「放射線医学総合研究所(千葉市)によると、個人差が大きいが、年間100ミリシーベルトを浴びると、影響が出始める。数年から数十年後にがんや白血病になる率が通常より高まるものの、確率は0.5%程度」

S0319a/放射能検出の生鮮品「影響ないレベル」 専門家、過剰反応戒める

         「人体に影響があるのは一度に100ミリシーベルトを受けたときとされており」

S0319b/放射線影響のQ&Aサイト開設 京大教授ら

         「放射線による発がんリスクについて・・・「100ミリシーベルトより低い被曝(ひばく)量では気にする必要はない」などと」

S0321/用語解説・ベクレル

         「一般に人体に影響する線量は一度に100ミリシーベルトを受けたときとされ、」

S0322/放射線を知る(中)農産物の暫定基準値は、体に影響する数値の0・00005%

       「一般に人体に影響する線量は、一度に約100ミリシーベルトとされている」

S0323a/放射線を知る(下)100ベクレルの空気で内部被曝は0・045ミリシーベルト

         「人体に影響が出るとされている100ミリシーベルト」

S0323b/ヨウ素は尿で排出 セシウムは筋肉蓄積も心配低い 長崎大・山下教授

         「一般にがんになる確率が増えるのは、一度に100ミリシーベルト以上の放射線を浴びたときとされる。ただ、現在100ミリシーベルトを一度に浴びる可能性があるのは、原発施設の敷地内など極めて近い場所に限られている。・・・放射線の影響でがんになる可能性が生じるのは、100人中1人か2人程度」としたうえで、「継続的にヨウ素を取り込んで蓄積することがない限り、健康に影響ない」としている。」

S0324           原発従事者被曝線量上限 100ミリシーベルト 超えても重大な影響なし「日本原子力研究開発機構の原子力緊急時支援・研修センターは、基準(注:100ミリシーベルト)を超えても「大丈夫とはいえないが、直ちに重大な影響があるわけではない」と説明する。・・・放射線影響協会によると、200ミリシーベルト以下では、人体への影響が臨床例でほとんど報告されていない。がんになる確率はほとんど増えないとされる。」

S0326a/「少量連続的被曝、影響少ない」東京工業大 松本義久准教授

         「100ミリシーベルト以下の被曝(ひばく)では、これまでに人体における影響が確認されたことはない。」

S0326b/「生活今まで通りに」

         「また現在、1ミリシーベルトとされている年間被曝限度量についても「100ミリシーベルト以下では、健康に影響はないというのがICRPの公式的な見解だ」として、見直しを議論すべきだという見解を示した。」

S0413           チェルノブイリより影響軽微、閉じ込め残存 安定までは長期化

         「がん発生率が0・5%上がるとされる100ミリシーベルトの被曝線量」

S0501           年間100ミリシーベルト被曝の発がんリスク 受動喫煙・野菜不足と同程度

         「放射線による発がんリスクが出始めるとされる年間100ミリシーベルト」

S0503           決定過程も数値も「?」 揺らぐ校庭利用基準「20ミリシーベルト」

         子供の方が放射線への感受性が高いとはいえ、がんになるリスクが高まるのは100ミリシーベルト。」

S0504           「被曝量、年単位で考慮を」長期化で重視される積算値 1度に浴びるより影響は小さいが…

       「発がんリスク増加の可能性が高まる100ミリシーベルト」

S0530           東電、社員2人が被曝250ミリシーベルト超の恐れと発表 甲状腺に放射性ヨウ素

         「100ミリシーベルトを超えるとがんを発症するリスクが少し高まる可能性があるとの指摘もあり

S0602           学校現場の被曝線量

         「ICRPや国連科学委員会(UNSCEAR)は「体への影響が認められない被曝線量は年間100ミリシーベルト以下」としている。・・・長崎大学の長瀧重信名誉教授は「影響が認められないというのは、100ミリシーベルト以下の放射線が体に影響を与えるのかどうか分からないということ。仏医学アカデミーは『影響がない』、米科学アカデミーは『影響がある可能性がある』としており、世界的にも見解が分かれている」と指摘する。」元東京大学アイソトープ総合センター長の唐木英明・東大名誉教授は「100ミリシーベルト以下の放射線の場合、線量が低ければ低いほど体に害はないというデータはない。・・・」」

S0604           被曝線量250ミリ超え、「ただちに影響なし」も将来的ながん発症リスク 作業員不足の懸念も

         「長期的に見れば、将来的ながんの発症率が上昇するリスクはある。放医研によると、年間100ミリシーベルト以上の被曝で、がんの発症率に変化が生じるという。100ミリシーベルトを被曝した場合、がんの発症率は約0.5%上昇するといわれており」

S0608           「人体への影響100ミリシーベルトが目安」「喫煙や飲酒のほうが心配」 東大放射線科・中川恵一准教授

         「「人体への影響100ミリシーベルトが目安」・・・100ミリシーベルトの放射線を浴びた場合、がんが原因で死亡するリスクは最大約0.5%上昇。・・・100ミリシーベルト以下で発がんが増えたというデータはない。」

S0628           【どうする?食の安全】(下)放射性物質の発がんリスク

         「「100〜200ミリシーベルトの被曝(ひばく)は、野菜不足や受動喫煙と同等の発がんリスクがあることが分かっているが、100ミリシーベルト以下の影響はよく分かっていない。国民全体の発がんリスクを下げるには、禁煙を進めた方が効果は大きいと思う」」

S0701a/甲斐倫明氏「できるだけ線量少なくすることが重要」

         「被曝年齢が10歳だと、成人に比べて2〜3倍のリスクがある。・・・100ミリシーベルト以下では、統計的に影響が出たというエビデンス(証拠)がないため、発がんリスクの判断は難しいというのが世界的な共通認識だ。・・・100ミリシーベルト以下ではデータがないため、生物学的実験データなどから科学的な推論をするしかなく、いろんな理論が作られている。・・・わが国を含め国際的に多く利用されているのは科学的データに基づく直線型理論。」

S0701b/「放射線を正しく恐れる」「正しい理解で冷静な行動を」

         「日本学術会議が緊急講演会    特に100ミリシーベルト以下の低線量被曝をめぐっては、発がんなどのリスクを示す科学的なデータがなく専門家の間でも意見が分かれている。・・・「放射線に対し、正しく恐れるのではなく、恐れすぎという風潮がかなりある。放射線のリスクはどの程度のものなのか、理解していただく必要がある」

S0713           【大震災を生きる】第2部 原発と子供たち(3)もっと遠くへ 自主避難、首都圏から沖縄まで

         「枝野長官の言葉通り、・・・・現在分かっている人体に影響が出るレベルは一度に100ミリシーベルト以上を被曝(ひばく)した場合。」

S0714           【大震災を生きる】第2部 原発と子供たち(4)

         「「年間100ミリシーベルト以下の被曝(ひばく)では健康影響はない」「通常時の許容限度は年間1ミリシーベルト。1ミリシーベルトを超えるべきではない」東京電力福島第1原子力発電所事故の後、100ミリシーベルト以下の低放射線量の長期的な影響について、専門家の意見は分かれた。」

S0726(表5)/生涯100ミリシーベルト目安に 食品安全委が見解 暫定基準値見直し検討へ

         「100ミリシーベルトを超えるとがんのリスクが高まることを確認した。」

S0803           被曝者医療の真実(中)国際被曝医療協会名誉会長・長瀧重信

         「科学的合意ない100ミリシーベルト以下の影響・・・疫学的には年間100ミリシーベルト以下の被曝は人体への影響は認められていません。認められていないというのは、受動喫煙や野菜不足、運動不足など他の発がんリスクから独立して、放射線の影響だけを疫学的に認めることはできないということです。生物学的研究では、100ミリシーベルト以下でも影響する可能性があるという論文はあります。しかし、同じように影響がないという論文もある。一致した見解はありません。」

S0807           なぜ放射線物質でがん治療? 病巣狙いダメージ最小に

         「100ミリシーベルトの放射線を浴びた場合、がんが原因で死亡するリスクは最大約0・5%上昇するとされる。」

 

用例数(記事数):毎日=21(19)、朝日=14(13)、読売=22(17)、産経=32(32)。合計=89(81)

 

表1:毎日新聞の用例分類

 

100ミリシーベルト以下の場合

100ミリシーベルトを超えた場合

発がん性

言語形式的特徴

 

@
健康影響ない

A
健康影響ある

B
わからない

C
健康影響ない

D
健康影響ある

E
がんになる(確率)

F
がんで死ぬ(確率)

強留保/強断定:限定表現

引用

M0318

 

 

 

 

 

 

 

 

M0320a

**

 

 

 


0.5%

 

E

R(s)

M0320b

**

 

 

 

 

 

 

E

R(s)

M0324

 

 

 

 

()

 

L,O

 

M0405

 

(*)


1・06倍

 

I,O

R(s)

M0422

 

 

 

 

(*)


0.5%

 

R(s)

M0525a

(*)


ch

 

 

 

 

 

H、C

R(g)

M0525b

 

 

 

 

(*)

 


0.5%

R(s)

同上

 

 

 

 

 

R(s)

M0530

 

 

 

 

(*)

 

H,L

 

M0607

#
ch


ch

 

 

 

 

 

R(g)

M0726a

 

()

 

 

 

 

H,

R(g)

M0728

 

 

 

 

(*)

 

 

MR

同上

 

 

 

 

 

 

 

M0802

 

 

 

 

(*)

 

 

H,

 

M0817

 

 

 

(*)

 

 

 

R(s)

 

表2:朝日新聞の用例分類

 

100ミリシーベルト以下の場合

100ミリシーベルトを超えた場合

発がん性

言語形式的特徴

 

@
健康影響ない

A
健康影響ある

B
わからない

C
健康影響ない

D
健康影響ある

E
がんになる(確率)

F
がんで死ぬ(確率)

強留保/強断定:限定表現

引用

A0326

(*)

 

 

 

 

 

 

 

 A0405a

#

(*)

 


5%

 

I,L

R(ICRP)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A0405b

 

 

 

 

(*)


5%

 

 

A0412

 

(*)

 

 

 


0.5%

 

 

A0420

 

 

 

 

 

 

 

R(g)

A0428

 

 

 

 

(*)

 

 

R(ICRP)

A0501

(*)

#

 

 

 

 

 

H,C

R(s)

A0510

 

 

 

 

 

 

 

 

A0723

 

 

 

 

 

 

 

表3:読売新聞の用例分類

 

100ミリシーベルト以下の場合

100ミリシーベルトを超えた場合

発がん性

言語形式的特徴

 

@
健康影響ない

A
健康影響ある

B
わからない

C
健康影響ない

D
健康影響ある

E
がんになる(確率)

F
がんで死ぬ(確率)

強留保/強断定:限定表現

引用

Y0315a

 

(*)

 

 

 

 

 

 

Y0315b

**

#

 

 

(**)

 

 

H,E,C

 

Y0315c

 

 

 

 

 

 

 

同上

 

 

 

 

 

 

 

Y0315d

#

 

 

(**)

 

 

H,C

 

Y0315e

 

 

 

 

 

 

 

Y0319

 

 

 

 

 

 

 

Y0322

 

 

 

 

(*)

 

 

 

Y0324

 

 

 

 

 

 

 

 

Y0327

(*)

 

 

 

 

 

 

R(ICRP)

Y0331

 

 

 

 

 

 

 

 

Y0403

 

 

 

 

 


0.5%

O

R(ICRP)

同上

 

 

**

 

I,C

R(ICRP)

Y0404

 

 

 

 

 

 

 

 

Y0407a

 

 

 

 

(*)

 

R(ICRP)

同上

(*)

 

 

 

 

 

 

R(s)

Y0407b

 

 

 

 

(*)

 

R(ICRP)

Y0423

 

 

 

 

(*)

 

 

 

Y0609

 

 


ch


ch

 

R(s)

 

表4:産経新聞の用例分類

 

100ミリシーベルト以下の場合

100ミリシーベルトを超えた場合

発がん性

言語形式的特徴

 

@
健康影響ない

A
健康影響ある

B
わからない

C
健康影響ない

D
健康影響ある

E
がんになる(確率)

F
がんで死ぬ(確率)

強留保/強断定:限定表現

引用

S0315a

 

 

 

 

(*)

 

 

 

S0315b

 

 

 

 

 

 

 

S0315c

 

 

 

 

 

 

 

S0316a

 

 

 

 

(*)

 

 

 

S0316b

 

 

 

 

(*)


0.5%

 

R(s)

S0316c

 

 

 

 

(*)

 

 

 

S0317

 

 

 

 

(*)


0.5%

 

R(s)

S0319a

 

 

 

 

(*)

 

 

 

S0319b

(*)

 

 

 

 

 

 

R(s)

S0321

 

 

 

 

(*)

 

 

O 

 

S0322

 

 

 

 

(*)

 

 

R(s)

S0323a

 

 

 

 

 

 

 

 

S0323b

 

 

 

 

(*)


100
人中1-2

 

R(s)

S0324

 

 

 

(*)

#

 

 

H,C

R(s)

S0326a

 

 

 

 

 

I,C,O

R(s)

S0326b

**

 

 

 

 

 

 

E

R(s)
R(ICRP)

S0413

 

 

 

 


0.5%

 

 

 

S0501

 

 

 

 

 

 

 

R(s)

S0503

 

 

 

 

(*)

 

 

 

S0504

 

 

 

 

(*)

 

H,O

 

S0530

 

 

 

 

(*)

 

H,L

 

S0602

 

 

 

 

 

R(s)
R(ICRP)

S0604

 

 

 

 


0.5%

 

 

 

S0608

(*)

 

 

 

 


0.5%

 

R(s)

S0628

 

 

 

R(s)

S0701a

 


ch

 

 

 

 

R(s)

S0701b

 

 

 

 

 

R(s)

S0713

 

 

 

 

(*)

 

 

H、O

S0714

 

 

 

 

 

 

MR(s)

S0803

(*)

 

 

 

 

 

 

R(s)

S0807

 

 

 

 

 


0.5%

 

 

 

 

表5:報告引用の用例

 

100ミリシーベルト以下の場合

100ミリシーベルトを超えた場合

発がん性

言語形式的特徴

 

@
健康影響ない

A
健康影響ある

B
わからない

C
健康影響ない

D
健康影響ある

E
がんになる(確率)

F
がんで死ぬ(確率)

強留保/強断定:限定表現

引用

M0726b

 

 

 

 

**

 

 

E

同上

E,I,

M0802

 

 

 

 

 

 

M0817

 

 

 

 

 

 

 

A0610

(*)

 

 

 

 

 

 

A0618

 

 

 

 

 

 

A0721

(*)

 

 

 

(*)

 

(*)

 

A0722

 

 

 

A0726

 

 

 

 

 

 

 

Y0730

 

 

 

 

(*)

 

 

同上

 

 

 

 

 

 

同上

 

 

 

 

 

 

S0726

 

 

 

 

 

**

 

 

 



[1] これらの健康影響がすべて急性の確定的障害に言及していることには注意を要する。我々が検討する発話ではこれとは異なって、急性の「臨床症状が確認されてい」ない「低線量」のおける晩発性の確率的障害が問題になる。これら二つの障害の区別については、§2.3を、また、報道における二つの種類の障害の混同については、§2.5を参照のこと。

[2] こうした例は単に言語学的な空想ではない。フリージャーナリストの上杉隆氏は、東京電力における記者会見で、氏が勝俣恒久東京電力会長にした質問とその回答を報告している(上杉・烏賀陽2011: 101)。上杉氏の質問は、原発事故後の電力不足の懸念から東京電力が実行した計画停電の必要性に関連して、「なぜ、大量の電気を消費している民間放送に節電をお願いしないのか?」というもので、これに対する勝俣会長の回答は、「いや、明日、新聞とテレビにコマーシャルを打ちます」というものだ。上杉氏は自分の質問が理解されなかったと考え、再度同じ質問を繰り返し、「明日、広告を出します」という同じ回答を勝俣会長から得る。上杉氏が、この関連性の欠如した不条理な回答の意味について最終的行きついた興味深い推測は、以下のようなものである。「つまり、東電もそれまで経済部とかの提灯記者しか付き合ったことないから、「お前、変な質問すると広告下げるぞ」という脅しで自然に言っちゃったのかな」(上掲書pp.101-2)。

[3] 以下の例文を検討してみよう。

 

i) 徹夜をして少し疲れたから、ちょっと寝るよ。

 

この文に使われた下線部の量表現は必ずしも「疲れ」や「睡眠」の量に関係しているとは限らない。日常的な場面では、これらの表現が断定的な言明の緩和として婉曲な発話を導くために使用されることもしばしばあると考えられる。

[4] 第1節で論じた言語学的分析手段に関しては、以下の文献を参照のこと。結論志向性と数量スケールについては、Ducrot (1973)、およびFauconnier (1975)。この研究で文脈的含意と呼んだ「会話の含意」については、Grice (1975)の古典(Grice (1989)に他の関連論文とともに再録)のほか、太田 (1980: 180-198)に的確な紹介がある。「会話の含意」を援用した研究として坂原(1985)も大変示唆に富む。Grice理論の発展として、Sperber and Wilson (1986)も重要である。

[5] 明示的な留保表現を伴いながら、以下の諸例とは言明の構造が異なっているものがある。すなわち、S0803では、Bにアステリスクのマークがあると同時に、@にも括弧つきのアステリスクのマークがある。@のマークは、Bの内容の言明によって引き起こされた文脈的含意ではない。この用例では二つの異なったことが主張されている。「疫学的には年間100ミリシーベルト以下の被曝は人体への影響は認められていない」、すなわち@に分類される主張と、「生物学的研究では100ミリシーベルト以下は一致した見解はない」、すなわちBに分類される主張である。同一記事中で示されたこの二重性は、研究方法=観点の二重性であり、「多極参照」による二重性に比せられる。

[6] 「被ばく弱者スケール」は、放射線の影響を年齢と関連づけ、年齢が低いほど影響が大きいとするスケールである。これは、細胞分裂の盛んな胎児・乳児・幼児を極点とする若年者ほど放射線の影響を受けやすく、年齢が高くなるほど影響が少ないと考えられるという放射線医学の知識、そして、一定年齢以上の老人では晩発生の影響が発生する前に死が訪れる可能性があり、実質的な影響がさらに低く見積もられる、という「現実的な知恵」に裏打ちされ、2011年3月下旬の時点で、広く人口に膾炙していた。この語用論的スケールに従えば、“100ミリ・シーベルト未満の放射線では、妊娠中でも胎児への健康の影響は出ない”という命題は、“乳児・幼児・児童・子ども・青少年・大人・中年・壮年・老人等への健康の影響は出ない”という命題を文脈的に含意する。

[7]  http://www.nsc.go.jp/info/20110526.html

[8]  国際放射線防護委員会(以下、ICRP)の2007年勧告では、この内容に相当する点は、以下のように表現されている。

「がんの場合、約100mSV以下の線量において不確実性が存在するにしても、疫学研究および実験的研究が放射線リスクの証拠と提供している。」ICRP(2007), par.(62).邦訳版p.16

[9]  この専門家は、東電福一原発のもっとも危機的な状況が去った時点で、S0701aでも参照されている。こちらの記事では、参照された内容は、ICRPの見解に忠実であり、この専門家も「100mSv以下の被ばく線量域を含め、線量とその影響の発生率に比例関係」(『考え方』)があるとする「直線型理論」が「わが国を含め国際的に多く利用されている」としている。

[10] 国際放射線防護委員会の2007年勧告では、この内容に相当する点は、以下のように表現されている。「約100mSVを下回る線量においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確立の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととする。この線量反応モデルは一般に“直線しきい値なし”仮説またはLNTモデルとして知られている。」ICRP(2007), par.(65).邦訳版p.17

[11] 毎日新聞がM0320a / M0422M0525bの間で同一人物の発言を“発がんリスクが最大0・5%高まる”から“200ミリシーベルトの被ばくで、がん死亡率は最大1%程度上昇する”に修正したのは、以下のような事情が関係していたかもしれない。慶応大学医学部講師・近藤誠氏は、M0320aが刊行された後、サイエンス・メディア・センターHPにこの記事に対する批判を書いた(http://smc-japan.org/?p=1627)。そのポイントは、我々が指摘した発がん率とがん死亡率の混同のほか、M0320aで「もともとある50%の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50・5%になるということです」という点に関しても、50%はがん発症率であり(がん死亡率は『考え方』では「約20%」、近藤氏は30%とする)、それに死亡率増加の0.5%を加えてしまうのは、「乱暴な議論」であり「科学的な根拠の誤用」であるとした。『文藝春秋』は、近藤氏の同様の内容をもつ論文「放射線被曝どの数値なら逃げるか」を、同誌の20116月号(510日発売)に掲載した。M0525による前言の非明示的な「訂正」は、近藤氏の批判に対する対応だったのかもしれない。

[12] 用例数(記事数)は以下の通り。毎日=21(19)、朝日=14(13)、読売=22(17)、産経=32(32)。合計=89(81)

 

 

参考文献

Bourdieu, P. (1996), Sur la télévision, Liber.邦訳(2000),『メディア批判』、藤原書店

Chomsky, N.(2004), Letters from Lexington: Reflections on Propaganda, Paradigm Pub. (邦訳(2008),『メディアとプロパガンダ』、青土社)

Ducrot, O. (1973), La preuve et le dire, Mame.

Fauconnier, G. (1975), “Polarity and the Scale Principle”, Papers from the Regional Meeting, No.11, Chicago Linguistic Society.

福士政弘(2009)、『放射線生物学』、メジカルビュー社。

Grice, H.P. (1975), “Logic and conversation”, in Cole and Morgan (eds), Syntax and semantics, vol.3. Speech acts, Academic Press.

Grice, H.P. (1989), Studies in the Ways of Words, Harvard University Press.

広瀬弘忠(2006)、『無防備な日本人』、筑摩書房。

菱田豊彦(1998)、『放射線生物学』、丸善プラネット。

ICRP (2007), The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection, ICRP Publication 103, (邦訳(2009)『国際放射線防護委員会の2007年勧告』、日本アイソトープ協会)

ICRP (2009), “Fukushima Nuclear Power Plant Accident” (ref: 4847-5603-4313), March 21, 2011, www.icrp.orgにて参照可能。

太田朗(1980)、『否定の意味』、大修館書店。

Said, E.W.(1996), Covering Islam: How the Media and the Experts Determine How We See the Rest of the World, Vintage Books. (邦訳(2003)『イスラム報道』、みすず書房)

坂原茂(1985)、『日常言語の推論』、東京大学出版会。

Sperber, D. and D. Wilson (1986), Relevance: Communication and Cognition, Basil Blackwell.

食品安全委員会(2011)、『評価書(案)食品中に含まれる放射性物質』、食品安全委員会サイト:http://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/pc1_risk_radio_230729.pdfにて入手可能。

上杉隆・烏賀陽弘道(2011)、『報道災害[原発編]』、幻冬舎。

 

 

To be safe or not to be safe ?

what Japanese newspapers reported on biological effects of radioactivity on human being after the severe accident at the TEPCO nuclear power plant

 

Fumio Arai

Abstract

 

 The severe accident which took place at the TEPCO nuclear power plant “Fukushima Daiichi”, after the disastrous earthquake on the 11th of March gave rise to a serious radioactive contamination of the environment. Biological effects of radioactivity on human being became one of the keenest concerns of the population. Examining the articles published in four of the major national newspapers on the subject, we try to show how the media controlled and regulated the crucial information.

 

Keyword:Nuclear power plant accident, Biological effects of radioactivity, Newspaper reports, Discourse analysis, Media literacy

 
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