日本語における起因他動詞の習得段階

−起因他動詞をめぐる誤用のもつ意味−*

 

 

 

荒井 文雄

 

一人の子どもの1;9から6;6にわたる言語発達を記録したデータに基づいて、子どもがどのように日本語の語彙的な起因他動詞(transitive causative verb)を習得してゆくかを研究した。起因他動詞の習得の過程で、子どもはいくつかの「誤用」をおかしたが、我々はこれらの誤用のもつ意味を検討し、起因他動詞の習得にはいくつかの段階があることを示した。それらの段階は、聞き取った語彙をそのとおりに使用する「保守的な」段階から、規則の習得とその「過剰な一般化(overregularization)」、そしてそれからの脱却という、英語等における語形変化の習得や、英語の起因他動詞の習得に関してMelissa Bowermanが観察した習得段階と並行的なものであった。特に、Bowerman も報告している、自動詞を形態的変化を加えずに起因他動詞として使う誤用を日本語の習得に関して確認することができ、言語を超えた習得過程の並行性を示すことができた。また、日本語におけるこの誤用を語彙の取り出しに関する運用的要因に帰する考え方に対して、反論を提出した。

 

キーワード:言語習得、日本語、発達段階、過剰な一般化、起因動詞の誤用。

 

Developmental sequence in the acquisition of lexical causative verbs

implications of causative errors in Japanese—

 

Fumio Arai

 

Based on the longitudinal data collected from spontaneous speech of a child between 1;9-6;6, we studied the acquisition process of lexical causative verbs in Japanese. In this process, the child made several kinds of errors or deviations from adult norms. Examining the implications of these errors, we found different stages in the acquisition process: a period when the child directly used observed forms, the acquisition of a rule and its overregularization, and finally, the decline of the overregularization. This developmental sequence is parallel to the well-known acquisition process of inflections in English. It is also closely parallel to the stages in the acquisition of English causative verbs reported by Melissa Bowerman: In the acquisition of Japanese causative verbs, there were errors in the direct use of intransitive forms, without morphological modification, in a causative sense. We also argue against the position of several linguists who consider these causative errors to be induced by performance factors, such as difficulties in retrieval of correct lexical items.

 Key words: language acquisition, Japanese language, developmental sequence, overregularization, causative errors,

 

0. 導入

この論文で、我々は、一人の子どもの言語発達を記録したデータに基づいて、子どもがどのように日本語の語彙的な起因他動詞(transitive causative verb)を習得してゆくか研究した。起因他動詞の習得に際して、子どもは異なった成長段階で、大人の慣用に反する「誤用」をおかした。これらの誤用の性格を詳細に分析することを通して、我々はそれを生み出すメカニズムを解明し、それが起因他動詞をめぐる言語発達の中でもつ意味について考察した。その結果、起因他動詞の習得にはいくつかの段階が見いだされた。それらの段階は、聞いたとおりに記憶した事例のみを使用する「保守的な」段階から始まり、ついで規則の習得を前提とした「過剰な一般化(overregularization)」とそれからの脱却が続くという、英語等における語形変化の習得や、英語の起因他動詞の習得(Bowerman 1982a)において観察された習得段階と並行的なものであった。

 規則を過剰に一般化して適用する段階において、自動詞をそのままの形で(ゼロ派生させて)起因他動詞として使う誤用が観察され、これに関してはBowerman (1982a)が英語の習得に関して観察したプロセスを日本語の習得に関して確認することができ、個々の言語を超えた習得過程の並行性を非常に興味深い形で示すことができた。一方、この誤用に関してNomura and Shirai (1997)が提出した、運用上の要因に基づくとする説明に対して、彼らの論点のひとつひとつに関して明解な反論を提示することができた。

 自動詞をゼロ派生させて起因他動詞として使う誤用が短期間で終息した後、使役化の接尾辞-saseを用いて起因動詞を形成する時期が観察された。この接尾辞付加規則は大人の文法にも存在するが、子どもはそれを過剰に一般化して適用し、結果として、この段階に特有ないくつかの誤用を生み出したが、やがてそうした誤用から回復して、より慣用に近い形態や用法を用いるようになった。こうした誤用とそれからの回復を分析することで、我々は、子どもがひとつの規則を別の規則で置き換える過程、そして規則の過剰な一般化を脱して、語彙的な特異性を取り込んだより分節化した規則の適用を学び、しだいに慣用に近づいていく過程を明らかにすることができた。

以下、まず§§1.1-1.3において先行研究を概観する。§2以降は、先行研究を批判・評価しつつ、我々が採集したデータに基づいて起因他動詞をめぐる諸問題を検討する。§2.1では、動詞習得の最初期には動詞の自他をめぐる体系的な誤用が存在しないことを確認した後、自動詞をそのまま起因他動詞として用いるという誤用を検討し、この誤用が規則の過剰適用から生じることを示す。ついで、§2.2では子どもが接尾辞-saseを用いて起因動詞を派生させる際におかした誤用を検討し、この種の誤用も規則の過剰適用によることを示す。さらに、その誤用を脱して次第に慣用に近づくことを示すデータの検討を通して、起因他動詞習得の最終段階を示し、その背後にある言語習得に関する基本的な戦略について考察する。

 

1.先行研究

起因他動詞の習得に関して、規則の過剰な適用という現象を見いだしたBowerman (1982a)をまず概観する。次いで、日本語における起因他動詞をめぐる誤用に関して、規則の「過剰な一般化」という説明を排したNomura and Shirai (1997)を検討する。さらに、日本語の起因他動詞に関して、いくつかの習得段階を認めた伊藤(1990)を検討する。

 

1.1. 「過剰な一般化」に基づく起因他動詞の誤用−Bowerman (1982a) [1]

 子どもが言語習得過程で行う「過剰な一般化」(overregularization)、すなわち、ある規則を、大人の文法における適用範囲を越えて適用して新規な形態等を過剰に生成することは、語形変化(inflection)の領域ではよく知られた現象である。Bowerman (1982a)−以下Bとする−は子どもが自然な発話においておかす誤りのうち、大人の言語には存在しない新規の他動詞を創造するという誤りに注目する。すなわち、子どもは、主に2-3才の間に、ふつうは自動詞である動詞を、形態的な変化を加えることなく、起因作用を表す他動詞として使うという誤りをおかす。この誤りは、大人の言語に存在する同一形態の自・他動詞の対(例えば自動詞openと他動詞 openの対)に基づいて子どもが起因他動詞派生の「規則」を形成し、その規則を過剰に一般化して適用した結果であると考えられる。というのも、誤りが生じる前に、問題となる動詞を「正しく」(大人の文法にそった形で)使用していた時期があり、その「正しい」形態を子どもは誤った創造的な形態で置き換えているからである。これは、英語の名詞や動詞の語形変化に関する「過剰な一般化」とまったく同様な習得順序である。すなわち、語形変化の領域でも、子どもはまず正しい形を、聞いたとおりに習得するが、やがて語形変化の「規則」を見いだすと、正しい形を捨て、その規則が生み出す誤った形を用いるようになるのである[2]

 Bは彼女の二人の娘、ChristyEvaの発話を中心としてこうした起因他動詞に関する誤用を150例以上採集した[3]。 実例を見てみよう。

Christy は大人が他動詞bringを使うと思われるコンテクストで、自動詞comeを用いている。

 

C, 2;9          I come it closer so it won't fall

(= bring, Pulling bowl closer to her as she sits on counter).

 

 Bはこのような誤用を、以下のように解釈する。すなわち、子どもは自動詞から起因作用を表す他動詞を派生させる語形成規則を習得し、それを用いて新しい他動詞を派生させて使用するが、その規則の適用に対する例外や制限を未だ習得しておらず、結果として大人の文法におさまらない誤用を生み出してしまう。ここで問題となる語形成規則は形態の変化をともなわない「ゼロ派生」によるもので、派生された他動詞は、意味的には「派生もとの自動詞が表す事態を引き起こす事態」を表し、統語的には起因者に対応する項を、自動詞から引き継いだ項に加えて、新たに一つ取ることになる。

 このような解釈を支持する事実がいくつかある。一つは、すでに述べたように、この起因動詞に関する誤用が、語形変化に関する誤用と同様に、「正しい形」のみが使用された時期の後に現れる、ということである。語形変化における過剰な一般化は、子どもがそれまでひとつのまとまりとして捉えていたものを分析し、その内部構造、すなわち語形変化の規則を把握したことを前提にする。たとえば、動詞の過去形"walked"を例に取ると、子供はそれを、内部構造を考慮せずに使用した時期のあと、"walk+ed"というように動詞および過去形を形成する形態素とに分析し、動詞の過去形の語形変化規則を習得するのである。子どもが生み出す誤用は見いだされた規則を過剰に適用することに原因がある。正しい形のみを保守的に使用していた子どもが過剰な一般化による誤用を生み出すためには、規則の習得が前提となるのである。

 起因他動詞に関する誤用に関しても、語形変化の誤用の場合と同様の過程を想定できる。すなわち、子どもは、起因他動詞の意味構造を「起因作用+(自動詞が表す)事態」と分析し、そういう意味構造(およびそれに対応する統語構造)を持つ起因他動詞を派生させる「ゼロ派生規則」を、大人の言語に存在するopen(自動詞)-open (他動詞)、break(自動詞)- break(他動詞)などの対をモデルにして習得し、それを過剰に一般化して適用することで、問題となる誤用を生み出したと考えられるのである。

 起因他動詞をめぐる誤用が、自動詞から起因他動詞を派生させる規則の習得とそれの過剰な適用に基づくという考えは、この種の誤用には明らかな「方向性」がある、という事実からも支持される。すなわち、(慣用的な)自動詞形態を(慣用にはない)他動詞として使う、という誤用は数多く観察されるのに対して、反対方向の誤用、すなわち、(慣用的な)他動詞形態を(慣用にない)自動詞として使う、という誤用は非常に少ない、という事実である。さらに、この反対方向の誤用は、頻繁な誤用、すなわち自動詞から他動詞への誤用が多く観察された時期の後になって初めて出現する。もし、問題となる誤用が、子どもが単語の品詞の区別を十分に習得していないこととか、あるいは、何らかの運用上の要因に基づくとしたら、この方向性に関する量的、時間的な非対称性を説明することはむずかしいだろう[4]

 起因他動詞をめぐる誤用が、規則の習得を前提にするということを支持する事実がもう一つある。それは、この種の誤用が、子どもがmake, get等の使役動詞を用いた使役構文(periphrastic causative)を使いだすのと時を同じくして出現するという事実である。この事実は、子どもが事態を分析して「起因作用」という意味要素を抽出し、それを一方では語形成(自動詞から起因他動詞のゼロ派生)で、また一方では、統語的な使役構文で用いていると解釈できる。使役構文の存在は、語形成規則の意味的な側面が子どもの言語知識の中にすでに存在していることを独立に示している、と言うことができる。

 自動詞から新規の起因他動詞が作られるのがとまるのは、まず、自動詞と形態的な関係がなく、かつ非常に使用頻度が高い起因他動詞が存在するケースである。つまり、go, come, stay, die, fall等を起因他動詞として使う代わりに、子どもはtake(send, put), bring, keep, kill, drop等の現存する起因他動詞を使うようになる。しかし、こうした動詞が存在しない場合(例:disappear)、あるいは存在してもなじみのうすいもの(例:remind, raise)の場合は、子どもは相変わらず非慣用的な起因他動詞を新規に生産して使用し続ける。

 この時期に、子どもは何が可能か(「正しいか」)何がそうでないか、ということに関してメタ言語的な判断を示したり、自分がおかした間違えを訂正したりする。子どもはこの時期に起因他動詞の派生に関係する「意味的な制約」を習得していくようだ[5]。また、形容詞や動詞から起因他動詞を派生させる-en付加による語形成規則もこの時期に習得される。すなわち、子供はこの時期にゼロ派生によらない起因動詞化の語形成規則を習得するのである。時には、この接辞-enが「余計に」(必要以上に)付加されることもある。(例:Will you straightenen this out, please ?) この接辞付加の余剰性に関しても、語形変化の習得と新たな並行性が見いだされる。すなわち、語形変化の習得においても、子どもはある段階で、たとえば、feets, toastses, camed, walkeded,というような余剰的にマークされた形を使うということが観察される。我々が採集した資料でも、接尾辞の余剰的な付加が観察された(§2.2参照)。

 

1.2. 運用上の間違えとしての誤用−Nomura and Shirai(1997)

 日本語における自・他動詞の習得を研究したNomura and Shirai(1997)は、Bowerman(1982a)に反して、自動詞を他動詞のかわりに使うという日本語の習得過程でも見られる誤用を、起因動詞化の語形成規則を子どもが独自に創造し、それを過剰に適用した結果であるとは考えず、語彙項目の取り出しの失敗(retrieval error)による誤用だと考えている。すなわち、子どもは自動詞・他動詞の区別を習得してはいるが、自・他動詞の形態が類似しているために目標としているものとは異なった語彙項目を取り出す、という運用上の誤りを犯す、とされる[6]

このような結論に至るNomura and Shirai(1997)の議論は次の三点に要約される。

まず、第一点として、Nomura and Shirai(1997:236)は対象となった資料の分析を通して、自動詞がそのまま他動詞へ転用される誤用がそれほど頻繁でない、と主張している。誤用が頻繁でないことが、それが規則の過剰な一般化によるものでなく、運用上の要因によるものであることの根拠となるという考えであろう。しかし、この種の誤用が「頻繁ではない」という判断には問題がないわけではない。この判断は、彼らが分析した資料におけるこの種の誤用が、「正しい」他動詞の用法に対して持つ比率(7.3%)を根拠としているが、それは資料を提供した子どもの1;4-2;4の時期を通した平均である。確かに、この平均値はあまり高くはない。しかし、一方では、この誤用の比率が一時期非常に高いという事実が見逃されている。我々は以下、§2.1でこの誤用の時期的な集中について、我々のデータの分析とあわせて再び論ずる。

ついで、第二に、Nomura and Shirai(1997:236-7)は、自動詞が他動詞に転用される誤用と並行して、他動詞がそのままの形で自動詞として使われるという誤用が存在する事実をあげている。誤用の「方向」が一定でない、ということはこの誤用が規則に基づいておらず、むしろ、自・他動詞の語形の類似が引き起こす運用上の困難に由来すると考える根拠を与える、という議論であろう。しかし、自動詞から他動詞という方向の誤用と、他動詞から自動詞という逆方向の誤用とを全く対称的であると見なすことには問題がある。上で指摘したように、Bowerman(1982a)もこの逆方向の誤用の存在に気づいており、その上で自動詞を他動詞とする誤用の方向性の優位を認め、それがこの誤用の「規則的」な性格の根拠となると考えたのであった。我々も以下、§2.1で独自の資料を分析しながら、二つの方向の誤用は非対称的であり、Nomura and Shirai(1997)が分析した資料からも同様の非対称性が引き出せることを指摘する。

Nomura and Shirai(1997:237)は、第三の議論として、自動詞の他動詞への転用という誤用に先立って、転用された自動詞に対応する「正しい」他動詞形を、子どもがすでにそれ以前の時期に使っている、という事実をあげている。しかし、この事実が、彼らが提出する結論−自動詞の他動詞への転用は、規則の誤った適用にではなく、運用的要因に基づく−を支える議論になるだろうか。むしろ、誤用に先立って「正しい」形が使われる保守的な時期があるということは、その誤用が規則の存在を前提にし、その規則を過剰に適用することによって生じたと考える根拠を与えるのではなかったか。上で見たように、Bowerman(1982a)も無論こうした事実・論理を把握しており、その上で、起因他動詞をめぐる誤用と、名詞の複数形等の語形変化をめぐる誤用との並行性を強調していた。我々も以下の§2.1で、我々の資料に関して同様の事実を確認し、それが、起因他動詞をめぐる誤用の「規則的」な性格を示唆することをあらためて論ずる。

ここまで見てきたように、Nomura and Shirai(1997)の議論は、「自動詞が起因他動詞として使われる誤用は子どもが独自に形成した規則の適用に基づく」というBowerman(1982a)の仮説に対する決定的な反証にはなっていない。それどころか、彼らが示した資料の数量的な分析はこの仮説を補強する事実をも示している。§2.1において、我々が採集した資料の分析とあわせて、これらの点をより具体的に展開してゆく。

 

1.3. 日本語における起因他動詞の習得段階−伊藤(1990)

伊藤(1990: 68-77)は、子どもが日本語の他動詞を習得するには、以下の四つの段階を経る、としている。

まず、第一段階では、「幼児は自動詞的表現で他動詞の意味を表す」とされ、以下の例が記録されている(pp.69-70[7]

 

(ブランコ)トマッテ(トメテ)(3;11)

トマッテ(トメチャ)ダメ(2;6)

モウ オリル(オロシテ)(2;4)

アツイカラ サメルンダ(サマスンダ)(3;0)

コレ ドク(ドケテ)(3;2)

(人形)サガッテ(サゲテ)(3;9)

イス ドイテ(ドケテ)(3;9)

カケナイカラ ドイタノ(ドケタノ)(3;9)

ノビチャ(ノバシチャ)ダメ(6;3)

 

大人の文法では上の例でカッコ内で補足された他動詞形を使うべきところで、子どもは自動詞を使っている。これはBowerman(1982a)が英語における起因他動詞習得過程で見いだした現象と並行的である。この事実は、起因他動詞の習得に際して、子どもが言語の違いを越えて類似した発達段階をたどることを示唆している。

さて、自動詞をそのままの形で他動詞として使う段階の後、「使役化辞「サセ(シ)」が付く」第二段階が観察される。

 

トマサシテ(トメテ)(3;6)

クツヲ ハケサセテ(ハカセテ)(4;0)

オリサセテ(オロシテ)(4;0)

ノミサシテ(ノマセテ)(4;0)

 

Bowerman(1982a)の概念を応用すれば、この段階の特徴は、他動詞を派生させる接尾辞として-sase(あるいはその変種である-sas)を過剰に一般化して付加すること、ということになるだろう。この段階の後、伊藤(1990)は、「使役化辞「サセ」の「サ」が脱落する」という第三段階を想定している。

 

マゲシテ(マゲテ)(3;11)

(ビンのふたを)アカセテ(アケテ)(5;4)

アケシテ(アケテ)アゲル(7;2)

ボクノリンゴ タベシテ(タベサセテ)アゲル(3;10)

(扇風機を)トマシトケバ(トメトケバ)(3;4)

 

第二段階から第三段階への変化は、付加される接尾辞の変化に帰される。すなわち、第二段階では-sase(-sas)が一般化されていたのに対して、この段階では付加される接尾辞が-ase(-as)あるいは-siに変化している。

伊藤(1990)によれば、子どもはこうした三つの段階を経て最終的な第四段階として「正しい形を習得する」ことになる。この習得段階に関する仮説は、すでに指摘したように英語における習得段階との並行的な段階を含んでいる点で、極めて興味深いばかりでなく、その段階に後続する段階として、接尾辞-saseを過剰に一般化して付加する時期、さらに接尾辞の種類が増え、個別化していく時期を指摘している点でも注目に値する。しかし、伊藤(1990)では、発達のしかたに当然個人差が存在すると思われる複数の子どものデータが混在しており、特定の子どもの発達段階を跡づけることができない。さらに、採集例も多いとはいえず、提出された発達段階説を説得的に展開するまでには至っていない。我々は§§2.1-2.2で、独自に採集した資料に基づいて、伊藤(1990)が提示した諸段階が確かに存在することを示すとともに、それぞれの段階の性格とそれが起因他動詞の習得過程で占める位置についてより明示的に論ずる。

 

2. 起因他動詞の習得段階と「誤用」のもつ意味

本節では、独自に採集した子どもの発話資料に基づいて、子どもがどのように起因他動詞を習得してゆくか、また、その際におかす「誤用」が言語習得のメカニズムについて何を含意しているかという問題を検討する。

観察の対象となった子どもは筆者の息子T(第一子)で、資料には、1;10-6;6の期間における自然な発話から以下の方針で採集した動詞の発話事例を集めた。すなわち、1) 最初の動詞の発話が観察された1;10から2;1に至るまでは、できる限り発話中の動詞をすべて記録するように意図し、2)2;2からは動詞の非慣用形(誤用)あるいは不適切な使用をすべて記録するようにし、時にターゲットを絞って慣用形も拾い上げるようにつとめた。

データの検討の結果、起因他動詞の習得に関して注目すべき事実が明らかになった。すなわち、動詞習得の最初期では、子どもは慣用形(大人が用いる形態)を保守的に使用するが、ある年齢に達すると非慣用的な形態を創造しはじめる。それらの創造的形態は、ある特定の規則に従って形成され、一つの規則に基づく創造は一定期間に集中する傾向が見られた。さらに、こうした非慣用形の創造は複数の段階を含んでいた。すなわち、最初の規則に従った非慣用形が衰えると、次に別の規則に従った新たな非慣用形を創造することも観察された。異なった規則に従ったタイプの異なる非慣用形がランダムに混在することはなく、子供が独自の規則自体を、あるものを次のもので置き換えるというやり方で、段階的に創造していく様子が見て取れた。このプロセスは、子供が独自の規則を修正しつつ慣用的な動詞語彙を獲得していく習得段階の諸相を示していると考えられる[8]

まず、起因他動詞習得の第一段階として、自動詞をそのままの形で(ゼロ派生させて)他動詞として用いるという、Bowerman(1982a)が英語に関して、また伊藤(1990)が日本語に関して指摘した起因他動詞習得に関する最初期の選択が確認された。§1.2で見たように、Nomura and Shirai (1997)は、この現象が規則の習得に基づくものであるという考え方に異論を唱えている。しかし、我々が採集した資料には、Bowerman(1982a)が指摘した規則の存在を示唆する事実が、英語のケースとほとんど並行的に見いだされるばかりでなく、新たに観察された日本語に特有の事実も、この現象が規則の創造とその適用から生まれたとみなす根拠を与える。すなわち、子どもは聞いたとおりに覚える保守的な段階から、この「ゼロ派生」の規則を「発見」し、それに基づいて語彙を創造するという発達段階に移行したと考えられる。

自動詞をゼロ派生させて起因他動詞として使用する、という時期の後、使役化の接尾辞-sase付加を過剰に一般化して適用し、非慣用的な形態を創造して使用する段階が観察された。さらにその時期の後、付加される接尾辞が-as(e)となる段階も観察された。こうした習得段階の展開は、伊藤(1990)の習得段階説をおおむね裏付けている。

以下、それぞれの発達段階とそれに特有な誤用を、具体的なデータを提示しながら検討していく。

 

2.1. 自動詞の起因他動詞への転用および非慣用的な形態をもつ自動詞の創造 (2;4-2;8)

 Tの発話データでは、1;10から2;3までは自動詞・他動詞ともに、いくつかの例外を除けば慣用的な「正しい」形態・用法しか現れない。すなわち、子どもが独自に創造した動詞形態も見られないし、また、自他の区別に関する形態と用法との対応も慣用を守っている。すなわち、自動詞形態は自動詞として、他動詞形態は他動詞として用いられている。以下に、「表1A.初期自動詞」として、1;10-2;3 の期間においてTが用いた自動詞を、また「表1B.初期他動詞」として1;10-2;3 の期間においてTが用いた他動詞を掲げる。表では左から、通し番号、発話時期、発話の動詞部分のローマ字表記を掲げ、最後に発話自体を、コンテキスト等の注をカッコに入れて示しつつ表記した。

 

表1A.初期自動詞

1

1;10

at-ta

あった。(=あった、いた)

2

1;11

mat-e

外の廊下で、こちらを先に行かせておいてから「まて」と言って追いかける。

3

2;0

at-ta

しゃ(=おもちゃのミキサー車 )、あった、あった。

4

2;0

naot-ta

なおった。

5

2;0

non-no

のんの(=乗るの)

6

2;0

no-u

のう(=乗る)

7

2;0

ik-u

あっち、いく。

8

2;0

hai-n/tta

はいんないねえ、はいった。(木のブロックを箱から出したり入れたりして遊びながら。)

9

2;0

ak-a-na-i

あかない。

10

2;0

Nenne-si-te

ねんねして。

11

2;0

de-na-i

(シャボン玉が出ないとき)でない。

12

2;0

na-si-te

たーくんもおっちんなして。(=すわらせて)

13

2;1

ku-u

ぶーぶ、くう。(=車が来る)あぶない。(道に出るときに言う)

14

2;1

ko-na-i

さーしゃ(=おもちゃのミキサー車)、こない。

15

2;1

kobore-tya-tta

こぼ(れ)ちゃった。

16

2;1

koware-tya-tta

こわれちゃった。

17

2;1

deki-na-i

できない。

18

2;1

ottinn-si-te

おっちんして。

19

2;1

Nenne-si-yoo

ねんねしよー。

20

2;1

ik-u

あっちいくの。

21

2;1

de-te-ki-ta

でてきた。

22

2;1

deki-ta

できた。

23

2;1

ik-oo

おさんぽいこー。

24

2;1

(mot-te-)ki-ta

ベルト、もってきた。

25

2;1

deki-ta

こーき(=紙飛行機)、できた。

26

2;1

de-ta

おおきいのでた。

27

2;1

de-te-ki-ta

おすもう、でてきた。

28

2;1

not-te

バス、のって。

29

2;1

not-te

電車にのって。

30

2;1

oti-u

(自分が椅子から落ちそうになったとき)おちう。

31

2;1

nenes-un-no

ぱーぱ、きて、ねんねすんの。

32

2;1

deki-ta-yo

おちゃけ(=お酒)、できたよー。

33

2;1

de-te-ki-ta-yoo

ライオン、でてきたよー。

34

2;2

oti-ta

(立ててあった小型掃除機が「倒れた」とき)おちた。

 

表1B.初期他動詞

1

1;10

aat-te/arat-te

あーって。(=洗って)

2

1;11

das()-u

(ほしいものを引き出しのタンスから出したい。母は「出さない」。「出す」「出さない」で押し問答になる。)だしゅ。

3

2;0

nainai-si-te

ないないして。

4

2;0

mot-(y)u

もちゅ(=持つ)

5

2;0

kai-te

かきかき、かいて(絵を描いてほしい)

6

2;0

kat-te

かって、かって(=買って)

7

2;0

mot-(y)u

かっくんも、もちゅ(=自分も持つ)

8

2;0

mi-u

みう(=見る)

9

2;0

das-i-te

だして。

10

2;0

ko(g)-u

こう。(=ブランコをこぐ)

11

2;0

hak-u/-a-nai

はく。はかない。

12

2;0

naos-

なおして。

13

2;0

tore-na-i

とれない。とって。とってって。(=取ってきて)

14

2;0

tot-te

(パンツをはきたがらず、「ちんちん取っちゃうぞ」と言われて)ちんちんとって。

15

2;0

mawas-i-te

(コマを回してほしい)まわして。

16

2;0

akko-si-te

あっこして。

17

2;0

nui-de

パンツぬいで。靴ぬいで。

18

2;0

nui-de

(大人:「おばちゃんと、あーちゃんと、くつぬいで。」と言ったのををまねして)おばちゃんと、あーちゃんと、ぬいで。

19

2;0

ake-te

あけて。

20

2;1

kobos-i-ta

こぼした。

21

2;1

otos-i-tya-tta

おとしちゃった。

22

2;1

tuke-te/ta

つけて。つけた。

23

2;1

sime-te

しめて。

24

2;1

oi-te/ta

おいて。おいた。

25

2;1

jaa-si-te

ジャーして。

26

2;1

si-yoo

たーくんもしよー。

27

2;1

kin-no

こいで、((=これで)と言いながらスプーンと取る。父:「どうすんの?」)きんの。(といってオムレツを切る)

28

2;1

misi-te

みして。

29

2;1

mi-te

とーさん、みて。

30

2;1

si-te

あこっこ、してよ。

31

2;1

si-te

(胸をたたいて、布団を掛けてほしいと要求)たーくんも、ここして。

32

2;1

kaw-oo

ぶどゅかおー。(=ブドウ、買おう)

33

2;1

si-tai

たーくんもしたい。

34

2;1

otosi-ta

おとした。

35

2;1

hui-te

かあさん、ふいて。

36

2;1

tuku-n-no

こーき(=紙飛行機)、つくんの。

37

2;1

si-ta-i

かあさんも、したい。

38

2;1

kake-te

シャワー、かけて。

39

2;1

si-te-n-no

(「電話をかけようか」と父が誘ったら、自分はすでに受話器を持っていたので)たーくん、してんの。

40

2;1

kit-te

たーくんの、切って。

41

2;1

syu-ru

(抱っこを要求するとき。)だっこちゃん、しゅる。

42

2;1

hui-ta

(「お顔、拭きなさい」と言われて)ふいた。

43

2;1

tuku-n-no

(ブロックの説明書の絵を見て、それを目指して作る)はな、つくんの。

44

2;1

hak-i-ta-i

たーくんも、たーた、はきたい。(=セーターを着たい)

45

2;1

ki-te

ぱーぱ、きて(=パジャマを着て)、ねんねすんの。

46

2;1

os-u-na

おすな。

47

2;1

mot-te-

ベルト、もってきた。

48

2;1

im-oo

とうさん、いもー。(=(本・写真などを)「読もう」あるいは「見よう」)

49

2;1

mo-oo

ぎゅううー、もー。(=牛乳、飲もう。)

50

2;2

tukut-te-morat-ta

とうさんが作ってもらった。(=とうさんが作ってくれた)

51

2;2

ouzisi-te-morat-ta

(エレベーターの中の状況を見て)おばちゃんがおうじしてもらった。(お掃除のおばちゃんがエレベータの中をおそうじしてくれた。)

52

2;3

ake-

(皮をむいた後のみかんの一体になった袋を示して、母に)これ、あける。(一つの袋を開けることではなく、くっついている袋を分けること)

 

この時期の動詞で慣用的な形態・用法からはずれているものは、不完全な調音によるもの(例:表1B/42,43)を除けば4例にすぎなかった[9]。大人の文法で自・他動詞が対をなすものも、この時期には形態の混同なく使い分けられている。すなわち、開く(1)・開ける(3)、出る(5)・出す(2)、こぼれる(1)・こぼす(1)、直る(1)・直す(1)、落ちる(2)・落とす(2)の自・他動詞の対(カッコ内は事例数)が正しく使われている。

2;4から、最初の系統的な誤用が観察された。自動詞をそのままの形で(ゼロ派生させて)起因他動詞として使うという誤用であり、事例は表2にまとめた[10]

 

表2. 形態変化を伴わない起因動詞化による誤用

1

2;0

ak-u

あく。(「あける」の意味で使う)

2

2;1

hait-te

(積み木を入れてほしいとき)かーさん、はいって。

3

2;4

oki-te-

(寝ている自分を起こしてほしいとき)おきてくれ。

4

2;6

kakure-te

(布団を手の上に掛けてほしいとき。自分でも掛けようとしている)かくれて。

5

2;6

ki-ru

(パジャマを着るとき。大人:「たーくん着る?」)かあさん、着る。(=母が自分にパジャマを着せる)

6

2;6

ugok-

(おもちゃの電車を動かしてほしいとき)かあさん、うごいてくれ。かあさん、でんしゃ、うごいてくれ。

7

2;6

not-te

(おもちゃの電車に蛙の人形をのせてほしいとき)かあさん、のって。

8

2;6

it-te

(ガーガー(=アヒルの人形)の乗ったおもちゃの電車を移動させてほしい)かあさん、ガーガーいって。かあさん、いって。

9

2;6

ik-oo

(おもちゃの電車を移動させてほしい)いこうか。

10

2;6

hasit-te

(おもちゃの電車を走らせてほしい)かあさん、はしって。

11

2;6

tat-te

(倒れた椅子をさして)たって。

12

2;6

nui-de

(ズボンをくるぶしまで自分で脱いだあと)おとうさん、ぬいで。

13

2;7

doi-te-kure

(おもちゃをどかしてほしいとき)どいてくれ。これ、どいてくれ。(その直後、父:「たーくん、これどかすよ」)どかさないよ。

14

2;7

suwat-te

(父の椅子に座らせてほしいとき)とうさん、すわって。とうさん、自分ですわって。(=自分でわたしをすわらせてくれ。父はすでに座っている。すぐ続いて)のせてもらって。のせて。のせてくれ。(父:「すわるの」と言うと、うなずきながら)すわるの。のせるの。

15

2;7

ik-u

(父がナイフで太陽光を反射させて、反射光を移動させてみせたあと、今度は自分で反射光を天井のある場所へ移動させようとして)たーくん、自分でいく。

16

2;7

doi-te

(箱をどかしてほしいとき)箱をどいてくれないか。

17

2;7

hair-u

(ティッシュペーパーを自分のズボンのポケットにいれながら)たーくん、ポッケはいるの。

18

2;7

tat-te-yo

(洗濯ばさみを三つピラミッド形につなげたものを立てて遊んでいるとき。そのひとつを父に立ててほしい)これ、ちょっと、たってよ。

19

2;8

kabut-te

(帽子つきのスヌーピー人形を見せながら。帽子をスヌーピーにかぶらせたいが、それを父にやってもらいたい)ぼうし、かぶって。(すぐ続いて)ぼうし、かぶしてあげて。

20

2;9

orosat-te

(公園の小川の中の踏み石の上からおろしてほしいとき)おろさって。

21

3;0

hasamat-te-

(紙を二つ穴パンチにはさんでほしい。両親にやってもらいたい)はさまってくれ。

22

3;4

doi-te

こい(これ=茶碗)、どいて...どけて。

23

3;7

ai-te

(ツクシのはいった袋を示しながら、あけてほしい)つくし、あいて。

24

3;10

ak-at-te-mi-i

(人にものを開けてほしいとき)あかってみい。(直後)あけてみい。

25

5;5

su-ru

(カードゲームUnoをしていて)おれにわざとそんする気か?(=損させるつもりか)ドローツーをだされて。(=山札から二枚取らなければならないカードを人が自分に対して出した)

 

表2に掲げた事例において[11]、形態上の自動詞が起因他動詞として使われているという判断は、多くの場合、発話の状況に依存している。しかし、それ以外にも、他動詞として使われていることを示す事実が二つある。一つは、形態上の自動詞が「目的語」と共起している例(事例6,8,13,16(ヲでマークされた名詞句を含む),18,19,22,23)があることであり、もう一つは、連続した発話内で、他動詞として使われた自動詞を「正しい」他動詞で置きかえる訂正(事例13,14,19,22,24)が見られることである。これら二つの事実は、形態上の自動詞が他動詞を意図した状況で使用されていたことをはっきりと示している。

これらの誤用は子どもによる起因他動詞習得のプロセスにおいてどのような意味を持っているだろうか。Bowerman(1982a)が英語における同様の現象について論じたように、この種の誤用は、子どもが自動詞から起因他動詞を派生させる語形成規則を習得し、それを過剰に適用することで生まれたのであろうか。それとも、Nomura and Shirai(1997)が主張したように、むしろ子どもが語彙項目の取り出しに際して直面する運用上の困難に帰されるのだろうか。

我々が採集したデータは、Bowerman(1982a)で明らかにされた規則の「過剰な一般化」による誤用の特徴を、英語のケースとほとんど並行する形で示している。まず、上で見たように、表2にまとめた誤用に先立つ期間には、子どもは自・他動詞とも、わずかな例外を除けば「正しく」使用している。こうした発達順序は、Bowerman(1982a)も指摘するとおり、誤用がランダムなものでなく、規則の習得とその適用から由来するものであることを示している。すなわち、子どもは、この誤用を頻発させた時期に、「自動詞をゼロ派生させて起因他動詞とする」という規則を習得し[12]、それを適用して生産的に自動詞をそのままの形で起因他動詞として使ったと考えられる。

誤用が規則の適用に基づくとする考え方を支持する事実はこればかりではない。

まず、第一に、表2にまとめた誤用は、特定の期間に集中して現れ、その期間内では一定の生産性を保っている。すなわち、全25事例のうち、15例(表2/4-18)が2;6-2;7に集中している[13]。誤った用法のこうした極端な集中は、Nomura and Shirai(1997)が主張するように、誤りが語彙項目の取り出しに伴う困難に由来するとしたら、説明するのが難しいであろう。なぜ、この特定の時期に限って子どもはこの種の「運用上の困難」に直面するか、という問いにNomura and Shirai(1997)は答えることができない。

ところで、§1.2で見たように、Nomura and Shirai(1997:236-7)は、野地(1973-1977)の資料(以下、「野地資料」とする)に採集された一人の子どもの自・他動詞に関する誤用を数量的に分析し、自動詞をそのままの形で起因他動詞として使う誤用は頻繁ではないとし、それを根拠として、この誤用の生産性、ひいては「規則性」を否定している。

ここで、彼らの数量的分析をまとめた表(”Table 3. Nomura and Shirai 1997:237)を見直しながら、彼らの主張を再検討してみよう。

 

 

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1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

 

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(type)

token

(type)

total

(A%)

 

 

 

(B%)

1;4

0

(0)

0

(0)

0

0%

2

2

0

0%

1;5

0

(0)

0

(0)

0

0%

12

0

12

0%

1;6

0

(0)

0

(0)

0

0%

14

0

14

0%

1;7

0

(0)

0

(0)

0

0%

18

0

18

0%

1;8

1

(1)

0

(0)

1

5.0%

20

8

12

12.5%

1;9

0

(0)

0

(0)

0

0%

14

4

10

0%

1;10

0

(0)

0

(0)

0

0%

25

7

18

0%

1;11

1

(1)

0

(0)

1

1.4%

72

8

64

12.5%

2;0

4

(3)

0

(0)

4

5.3%

75

12

63

33.3%

2;1

8

(3)

6

(3)

14

6.0%

232

57

175

14.0%

2;2

6

(4)

0

(0)

6

1.1%

533

111

422

5.4%

2;3

1

(1)

0

(0)

1

0.4%

273

48

225

2.1%

2;4

2

(2)

0

(0)

2

0.7%

275

58

217

3.4%

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Total

23

(15)

6

(3)

29

1.9%

1565

315

1250

7.3%

A%=Overextension rate (i.e. overextension as percentage of correct use)

B%=Intransitive overextension rate (i.e. use of intransitive verb in transitive context as percentage of correct use of transitive verb)

 

Table 3. Substitutions and correct uses of the verbs constituting transitive-intransitive pairs

 

自動詞を他動詞として使用する誤用が頻繁ではない、とするNomura and Shirai(1997)の主張は、「正しい」他動詞の使用数に対する誤用数の比率(7.3%)に根拠をおいているが、この比率は分析対象になった全期間(1;4-2;4)事例の総数に基づく比率である(”Total”行・”B%”列参照)。確かにこの比率(7.3%)は高いとはいえない。しかし、注目すべきは、同じ比率(B%)が一時期非常に高いことである。すなわち、2;033.3%をピークとして、その直前の1;1112.5%、また直後の2;114.0%となっている。また、誤用が見られた動詞のトークン数、タイプ数に目を転ずると、トークンでは全23例のうち18例が、タイプでは15例のうち10例が2;0-2;2の期間に観察がされている。この事実は、野地資料が誤用の集中に関して、我々の資料と全く並行的であり、したがって、我々の上記の議論をかえって補強するものであることを示している[14]

2に掲げた誤用が運用的な要因にではなく、規則の適用に基づくとする考え方を支持する第二の議論として、以下の事実がある。表2の誤用には、形態的に対応する他動詞をもたない自動詞が使われているケースも含まれている。すなわち、「行く」(事例8,9,15)、「走る」(事例10)、「座る」(事例14)には形態的に対応する起因他動詞が存在しない。それでもこれらの動詞はこのままの形態で起因他動詞として使われている。注6で見たように、語彙項目の取り出しに伴う困難は、語彙項目の同定が語頭から行われると想定し、対をなす自・他動詞のように語頭から同一の音韻要素を分けもつ語彙項目の間には混乱が生じやすい、と考えることで動機づけられていた(Nomura and Shirai 1997:239)。したがって、この考え方では「行く」等の、対応する他動詞をもたない自動詞からも同じような誤用が生じる、ということを説明できない[15],[16] 

2に掲げた誤用の「規則」的な性格を示す第三の事実は、誤用の「方向性」である。§1.1で見たように、Bowerman(1982a)は、英語における起因他動詞をめぐる誤用が規則の適用の結果だとする議論として、誤用の「方向性」をあげていた。この方向性は頻度と時期という二つの次元に関係していた。すなわち、自動詞を他動詞として使用する誤用は、他動詞を自動詞として使用するという反対方向の誤用よりもずっと頻度が高く、時期的に先行する、という事実であった。非常に興味深いことに、我々の資料からも全く同様の事実が観察された。以下、表3として、他動詞が自動詞として使われた誤用を掲げる。

 

3 他動詞を自動詞として使う誤用

1

2;1

nosi-tai

のしたい。(=乗りたい)

2

2;7

ire-te

おとうさん、おふろ、いれて。(父にお風呂に入ってほしいとき)

3

2;7

das-u

(父がベランダに出ていて、そのベランダを指さして。自分もベランダに出るつもり)たーくんも、ここにだす。

4

2;7

otos-u

(熊の絵のある子供椅子用座布団がずれて、椅子から落ちそうになったとき)熊ちゃんがおとすよう。

5

2;8

ire-te

(朝起きたとき、自分の布団に父を呼んで)とうさん、いれて。(=とうさんも入ってくれ)(すぐ続いて)とうさんはいって。

6

2;8

nose-te

とうさんものせて。(父に椅子に座ってほしいとき)

7

2;10

tate-na-i-yo

(レゴで作った階段を)たてさせて。たてないよ。(すぐ続いて)たたないよ。

 

まず、この種の誤用は、表2に掲げた誤用に比べて明らかに少数であることを確認しておこう。さらに、ほとんどの事例が2;7-2;8に集中している。この時期は、表2の誤用の頻発期間の後半と重なりつつその一月後まで続く時期である。表2/3にまとめられた誤用は、Bowerman(1982a)が英語のデータについて観察したことと完全に並行的であり、自動詞を他動詞として使う誤用とその反対方向の誤用との間には、はっきりとした非対称性があることを示している。いうまでもなく、この非対称性は、この二種類の誤用を、取り出し(検索)の際の自・他動詞語形の混同という運用的要因に帰するNomura and Shirai(1997)の立場からは説明できない。

そればかりでなく、Nomura and Shirai(1997:237)自身による野地資料の数量的分析からも、ここで論じている二種類の誤用の非対称性が見て取れる。さきに引用したNomura and Shirai (1997: 237) Table 3.”を見ると、他動詞の自動詞への転用は2;16例あるのみで、上で見た自動詞を他動詞として使う誤用(2;0-2;2の頻発期間で18例)に比べて、数が少なくより短期間に集中している。しかも、この集中期は、自動詞から他動詞への転用の頻発期間の始まりに後続する時期であり、子どもが自動詞のゼロ派生による他動詞転用の規則をすでに習得している時期と考えられる。我々の資料と同様、Nomura and Shirai(1997)による野地資料の分析からも、自動詞を他動詞として使う誤用とその反対方向の誤用との非対称性は確認され、前者の規則に依存した性格が浮き彫りにされる。

自動詞をそのままの形で他動詞として使う誤用がかなりの頻度で出現し始めた2;4から、もう一つ別の、極めて興味深い誤用が観察された。それは、非慣用的な形態を持つ自動詞の使用で、表4にその事例をまとめた。

 

4. 非慣用的な形態を持つ自動詞

1

2;4

akat-ta

(「押入れすのこ」を包装したビニール袋を開けようとして)あけう、あけう(=開ける)(父がセロテープを取ってすのこを取り出すと)あかったね。

2

2;6

akat-ta

(広告チラシのヨーグルトやジュースを切り抜いて)これ、あけるよ。(あける動作)ほら、あかったよ。

3

2;6

akat-ta

(CDのケースを両手で引きあけたとき、すぐに)おー、あかった。

4

2;6

nukat-ta

(はめこみおもちゃを引き抜いたとき)ぬかった。

5

2;7

akat-ta

(ジュースの空き缶を持って、リングプルのことさして)ぽてんとあかった。(すぐ続けて)ぽてんとあいた。

6

2;7

nobat-ta

(たくし上げている袖などをおろすことを「のばす」という習慣がある。かつ、反対の意味の単語を使うことがある。さて、おもちゃ箱を引っかけてズボンの裾が上がってしまったとき)のび...(といって、考える。つづいて)のばった。

7

2;9

awa-u/awat-te

(サイズの違う写真をぴっちり重ね合わせようとして)あわうんだよ。あわうよ。あわって。あわってね。

8

2;9

orosat-te

(公園の小川の中の踏み石の上からおろしてほしいとき)おろさって。

9

2;9

yu(w)are-ru

(自分の乗った石がぐらぐら動く)ゆあれるよ。

10

2;9

nobat-ta

(靴下を膝まで引き上げて)のばった、のばった。

11

2;10

awaw-u-yo

(母が「クッキーモンスターの目」を紙に穴をあけて作る。その穴からのぞきたいが穴の位置が子どもの目と合わないようなので、母:「たーくんの目にあわないね」)あわうよ。

12

2;11

susumar-u-yo

(なかなかパジャマを着ないとき。母:「ちっとも進まないよ」)すすまるよ。

13

2;11

nobar-u-yoo-ni

のばるように。

14

2;11

noban-na-i

のばんない。

15

3;4

akar-a-na-i

(サンタのプレゼントの包装を開けようとして)これ、あからない。(少し後で)あかない。

16

3;7

akat-ta

(押入の戸を自分であけたとき、財布のボタンを自分であけたとき)あかった。

17

3;7

akat-te-ru-yo

(電池のパッケージがすでに空いているとき。4個パックなのだが、そのパックには1個しか残っていない。)あかってるよ。

18

3;10

ak-at-te-mi-i

(人にものを開けてほしいとき)あかってみい。(直後)
あけてみい。

19

4;5

wakar-as-i-ta

(パン屋のクーポンカードを色別に分ける)たーくん、わかしてんねん。(すぐ後で)みんなわからしたほうがいいで。

20

4;6

akar-ase-te

(一つのレゴブロックをもう一つのピースにつけるときに、突起を一列分開けてつける)
いっこ、あからして。

21

6;4

akar-u-yo

(ハーモニカのケースを開けながら、開けかたを父と話し合う。父はケースの中央を持って開ける。Tは両端を持って開けた方がいいと主張)これのほうが、はやくあかるよ。

 

この誤用は、自動詞の他動詞への転用と同じく2;6-2;7の期間に頻度の最初のピーク(5例)を迎えるが、その後2;9-2;11の期間にも多くの事例(8例)が見られた。ただし、新しい形態の創造は8種類の動詞に限られ、そのうちいくつかは繰り返し現れた(特にakar-10例、見られた)。

4の誤用において、子どもは明らかに独自の規則にしたがって新しい形態を創造しており、この誤用の説明になんらかの運用的要因を引き合いに出すことは不可能である。

これらの誤用の背後に語形成の「規則」が存在することは、これらの自動詞の形態が「でたらめ」ではなく、ほとんどすべて(22例中19例)自動詞化の接尾辞-arを付加して作られていることから見て取れる[17]。これは慣用的な自動詞形態の形成規則を過剰に一般化して適用した結果であり、規則に依存した「誤用」であることは明らかである。起因他動詞をめぐる誤用と同様、ここでも子どもは、誤用に先立って慣用形を習得し、「正しく」使用していた。たとえば、慣用形ak-(=開く)は2;0で観察されている(表1A/9参照)。すなわち、過剰に一般化した自動詞形成規則の適用結果を保守的な形に優先させたのである。その後、2;7-2;8では慣用形も復活し、二つの形が競合しながら、やがて慣用形が優位に立つようになる。(表4/5,15,では、非慣用形を慣用形で訂正する様子も見て取れる。「付録」参照)このプロセスは、Bowerman(1982a)が繰り返し指摘したように、英語の語形変化(名詞の複数形等)に関するよく知られた習得順序を思い起こさせる。

自動詞を他動詞として使う誤用(表2)と新規の自動詞形態を創造する誤用(表4)とが、ともに動詞の自他に関係する規則に由来し、そして同時期に出現しはじめるという事実は注目に値する。おそらく子供はこの時期に、動詞の自他の領域において、習得に関するそれまでの保守的な姿勢−聞き取った形態を聞いたとおりの用法で使う−を脱して、この領域における形態・統語・意味に関する規則を「自分自身で」創造して試している、と考えられる。規則の創造とその適用に依存した「誤用」の存在は子供が新しい習得の段階に入ったことを示している。

 

2.2. 使役化接尾辞-saseの付加 (2;9-2;11)と接尾辞の多様化

自動詞をそのままの形で他動詞として使用する誤用の頻発期がすぎた後、起因他動詞の新たな習得段階を示唆する非常に興味深い誤用が観察された。

それは、自動詞に使役化の接尾辞-saseを付加して起因他動詞として用いる用法だが、子どもはこの「使役化」の規則を過剰に一般化し、意味的・形態的に対応する起因他動詞が存在する場合にも、自動詞にこの接尾辞を付加した非慣用的な動詞を用いた。この誤用は2;9-2;11の期間に集中し、その後、後述する変化を経ながら、6;6に至るまで散発的に観察された。

使役化の接尾辞付加に関してまず注目されることは、それが自動詞・他動詞どちらに対しても同時期に始まったことである。以下、表5に自動詞に-saseが付加した事例を、そして表6に他動詞に-saseが付加した事例を掲げる。さらに、慣用的な自・他動詞の共通語根へ-saseが付加した事例を表7に掲げる。-saseに類似した-sas等の接尾辞が付加した事例も収めた[18]

 

表5.自動詞への接尾辞-saseの付加

1

2;3

yar-as-i-ta-i

たーくんも、やらしたい。(「やりたい」と言いたいとき)

2

2;9

tat-te-si-te

(折り畳み椅子を立ててほしいとき)たてさせてくれ。(続いて)たってしてくれ。(さらに続いて)たてて。

3

2;9

oki-r-ase-te

おきらせて。

4

2;9

oki-sase-te

おきさせて。

5

2;9

tat-i-sase-te

たちさせて。

6

2;9

nobi-sase-te

 (4/6の発話のメモを取ろうとすると)おとうさん、なに?のびさせて?(「のびさせて」と書くのか、という意図)

7

2;11

hair-i-sase-te

(お風呂に入れてほしい)たーくん、はいりさせてね。

8

2;11

todok-ase-te

とどいてくれないか。(すぐ続いて)とどかせてくれないか。

9

2;11

tuk-i-sase

(表6/17のメモを取っていると)おとうさんなにしてるの?(と迫ってきて、-sase付加のメモを取っていることに気づき)つきさせて、なきさせて、しめさせて、いきさせて、しまいさせて、電話させて、だしさせて、すてさせて、ねさせて。(等連続的にいう。言葉遊びのようにどんどん言う。全部は書き取れていない。)

10

2;11

nak-i-sase-te

同上

11

2;11

ik-i-sase-te

同上

12

2;11

denwa-sase-te

同上

13

2;11

ne-sase-te

同上

14

3;3

no-i-sase-yoo

(自分の布団を大人のマットレスの上にのせようとして、父に手伝ってもらいたい)いっしょにのいさせよう。(長い間考えてから)のせさろ。

15

3;4

no-i-sase-te

(ゴリラのぬいぐるみ(=ごい)をソファにのせてほしい)ごいも、のいさせて。

16

3;7

ak-as-oo

(漫画の人物アシル・タロンがドアを開けようとしている場面を説明して)タロンがあかそうと思ったけど。

17

4;5

make-sase-ru

(横綱、曙が負けた日。父と相撲を取るときに、父は曙になり、自分は曙を負かす人になりたい)たーくん、曙、まけさせるのがいい。

18

4;5

wakar-as-i-ta

(パン屋のクーポンカードを色別に分ける)たーくん、わかしてんねん。(すぐ後で)みんなわからしたほうがいいで。

19

4;5

make-sase-ru

(ジャックが来たら、チェスでジャックを負かす。自分が勝つ。)ジャック、まけさせる。

20

4;6

ak-ase-te

(ポットのふたを開けてほしい。自分でやってもなかなかあかないので、母に)あかせて。(自分でやって開いたので)あいた。あいた。

21

4;6

akar-as-i-te

(一つのレゴブロックをもう一つのピースにつけるときに、突起を一列分開けてつける)いっこ、あからして。

22

4;6

dekir-ase-ru-

(フランスのテレビニュースで、地下鉄駅でストリートミュージシャンたちが演奏しているのを見て)駅で、そんなのできらせるのかねー。

23

4;6

tat-as-a-hen

音、たたさへんねんで。(=音を立てない)

24

4;8

ak-ase-toi-te

(お弁当に「すき間」(ご飯をいれないところ)を作っておいてほしい)あかせといて。

25

4;9

ak-as-i-te

(車の天窓のカヴァーを開けてほしい。)あかして。

26

4;9

tat-as-i-te-age-yoo

(父がレゴの人形をうまくたてられないのを見て、手伝いに乗り出す)たたしてあげよう。

27

6;5

totonow-ase-te

(百人一首のカードをそろえながら、父に手伝ってもらえないので不満)ひとに、ととのわせて。

28

6;6

wak-ase-te

(テレビアニメで見た、日本の昔話を再話する。山姥が入った木の「からど」のふたに石を置き、そこに湯を入れる。山姥はクモだった)(お湯を)いっぱい、わかせて。

 

6 他動詞への接尾辞-saseの付加

1

2;8

tabe-si-te-

たべしてもらした。(=食べさせてもらいたい)

2

2;9

nom-i-sase-te

おくすりのみさせて。(=飲ませて)

3

2;9

ire-sase-te

(広告紙を布のポシェットに入れてほしい)とうさんいれさせて。(続いて)いれて。

4

2;9

nom-i-sase-te

牛乳のみさせて。

5

2;9

tate-sase-te-kure

(折り畳み椅子を立ててほしいとき)たてさせてくれ。(続いて)たってしてくれ。(さらに続いて)たてて。

6

2;9

mot-i-sase-te

(動物園の地図を自分で持ちたい)もちさせて。

7

2;9

syow-i-sase-te

かあさんのリュックしょいさせて。

8

2;9

hak-i-sase-te

(靴を)はきさせて。

9

2;9

ki-sase-te

(パジャマを)きさせて。

10

2;9

mot-i-sase-te

もちさせて。

11

2;9

tate-sase-te

たてさせて。

12

2;9

ire-sase-ta

(スヌーピーの人形を円筒の缶に入れて)たーくん、スヌーピーいれさせたの。(続いて)スヌーピーいれた。ここまでいれた。

13

2;10

hak-e-sase-ta

(靴下を脱がそうとすると、こちらの手を止めて)これ、たーくんがはけさせたんだから。

14

2;9

kabu-sase-te

(ミッキーの帽子を自分の頭にかぶらせてほしい)かぶさせて、ミッキー。

15

2;10

nage-sase-ta

(犬の飾りのある靴べらを使って、スリッパを投げた(飛ばした))いぬでスリッパなげさせたの。

16

2;10

nom-i-sase-te-

おとうさんにものみさせてあげる。

17

2;10

tate-sase-te

(レゴで作った階段を)たてさせて。たてないよ。(すぐ続いて)たたないよ。

18

2;11

araw-i-sase-te-

(風呂でマスコットの象を洗ってあげる)洗いさせてあげるの。

19

2;11

sime-sase-te

17のメモを取っていると)おとうさんなにしてるの?(と迫ってきて、-sase付加のメモを取っていることに気づき)つきさせて、なきさせて、しめさせて、いきさせて、しまいさせて、電話させて、だしさせて、すてさせて、ねさせて。(等連続的にいう。言葉遊びのようにどんどん言う。全部は書き取れていない。)

20

2;11

simaw-i-sase-te

同上

21

2;11

das-i-sase-te

同上

22

2;11

sute-sase-te

同上

23

3;3

nose-saro

(自分の布団を大人のマットレスの上にのせようとして、父に手伝ってもらいたい)いっしょにのいさせよう。(長い間考えてから)のせさろ。

24

3;4

onbus-ase-ta-i

(ぬいぐるみのゴリラを自分でおんぶしたい)たーくん、おんぶさせたい。

25

3;4

kak-i-sase-te

(メモを取っていると)たーくん、かきさせて。

26

3;4

mi-sase-te

(壁に止まった蝿を見るために父に抱き上げてもらいたい。自分の位置からも蝿はすでにみえている。抱かれなくても知覚している。)じゃ、もいっかい、みさせて。

27

3;4

kigae-sase-te

(広告紙で作った魚(鯛)を腕に通している。それを取ってほしいとき)たい、きがえさせて。

28

3;4

nuk-as-are

かあさん、はいしゃさんいって、ぬかされたの?(=歯を抜かれたのか。)たーくん、ここぬかされたの。

29

3;10

toos-i-sase-ru

(おもちゃの車を走らせるために新しい道を作って)くるまをとおしさせる。

30

3;10

araw-i-sase-te-

(お風呂で)あらいさせてあげたよ。

31

3;10

nom-i-sase-te

ちょっぴり、のみさせて。

32

3;11

nom-i-sase-te

ジュースのみさせてー。(少し後で)ジュースのましてー。

33

3;11

nom-as-i-te

同上

34

4;4

war-as-a-hen

(父:「これ(=グラス)、わっちゃだめだよ」)わらさへん。

35

4;6

mi-sase-te

(農家のおじさんから買ったばかりの野菜を見たくて、父の背中側から近づく。父は野菜がみえるようにするには体を少し動かさなければならない。)みさせて。(父:「ほら」)
ほんとだ。

36

4;6

mi-ses-i-te

レゴいっぱいつくったの。こんど、みせしてあげるからね。
(=レゴでいろいろなものを作った。今度、(おかあさんに)見せてあげる)
(父:何を見せてあげるの?)
それ、みせるの。

37

4;8

mi-sase-te

(「柿の種」の袋を自分で手にとって)ちょっと、みさせて。

38

4;10

mi-sase-te

(本をもう一度読みたい)もう一度、みさせて。

39

5;3

ture-sas-i-te

たーくんはみえないから、つれさして。(=連れていって)

40

6;3

sime-r-ase-ru

最初からあいてたのに、どうしてたーくんにしめらせるの。(=どうして自分にやらせるのか)

 

7. 自・他動詞共通語根への接尾辞-saseの付加

1

3;7

kak-as-i-ta-i

お電話、かかしたいの。(=電話をかけたい)

2

4;5

wak-as-i-te-n-nen

(パン屋クーポンカードを色別に分ける)たーくん、わかしてんねん。(すぐ後で)みんなわからしたほうがいいで。

3

4;8

hirog-as-i-te

この新聞、ひろがして。(=拡げて)

 

この接尾辞が、最初から自・他動詞どちらにも付加された形で見いだされたということは、子供がこの時点までに、-sase付加の「規則」を慣用に対応する一般的な形で習得したからだと考えられる。すなわち、子供は、この接尾辞の機能を自動詞から他動詞を派生させるものと捉えるのではなく、自・他動詞のどちらもインプットとし、統語的には項を一つ増やし、また意味的には「もとの動詞が表す事態を引き起こす新たな事態を表す」という形で把握していると考えられる。

しかし、子どもはこの接尾辞付加の規則を過剰に一般化して適用することで、この習得段階に特有の誤用を生み出している。まず、表5からあきらかなように、子どもは意味的・形態的に対応する起因他動詞形が慣用に存在するケースでも、自動詞に-saseを付加した形を用いた。表5に掲げた27例のうち20例がそれにあたる。(例えば、表5/4, oki-sase-te (慣用: okos-i-te「起こして」); 5, tet-i-sase-te (慣用: tete-te「立てて」); 9, tuk-i-sase-te,(慣用: tuke-te「付けて」)、他に、事例2,3,7,14,15,16,17,18,19,20,21,23,24,25,26,27,28も慣用的ではない。)これらの創造的な動詞に対応する慣用的な形態の他動詞を、子供がこの時期以前に正しく用いていることは注目に値する。「ものを立てる」という意味の動詞では、非慣用形(tet-i-sase-te)の少し前に、慣用形tate-te(2;9)を用い(表6/5参照)、「接触させる」という意味のtuke-te/ta(2;1)-sase付加による非慣用形の出現よりもかなり以前に出現している(表1B/22参照)。同様に慣用的な「開ける」は、表5に現れた複数の非慣用形(ak-as(e), akar-ase)が現れるずっと以前、2;0および2;3において正しい形態で用いられている(表1B/19,52参照)

この事実は、すでに見た自動詞の起因他動詞へのゼロ派生による転用のケースと並行的であり、あらためて英語の語形変化の習得段階を想起させるが、ここで注目すべき点は、子供が、2;6-2;7に支配的であった「ゼロ派生」に代わって、接尾辞-saseの付加を「起因動詞化(causativization)」の規則として新たに一般化した点である。いったん保守的な姿勢を捨てたあと、子どもはまずあるひとつの規則を試し、ついでそれを他の規則で置き換えている。ゼロ派生から接尾辞-saseの付加へと規則を転換したことは、起因他動詞に関して大きく慣用に近づいたことになる。しかし、子どもはこの段階でもまだ「過剰な一般化」を以前の段階と同じように続けている。その結果、やはり以前の段階と同じように、すでに習得した慣用的な他動詞形を排除してまでも、規則が生み出す非慣用的な他動詞形を使用するに至った、と考えられる。

「起因動詞化」規則の過剰な一般化は、接尾辞-saseが自動詞に付加したときに非慣用的な動詞を生み出すだけでなく、それが他動詞に付加したときにも特有の「誤用」を引き起こした。すなわち、この接尾辞が他動詞に付加されているのに、項の数が増加せず、もとの他動詞と同じ項を取っている例が14例観察された。例えば、表6/5: tate-sase-teは、他動詞「立てる」に-saseが付加されており、慣用ではもとの他動詞が取る二項(ガ-名詞句=起因者(「立てる人」)、およびヲ-名詞句=変化をこうむるもの(「立てれられるもの」))に加えて、この動詞が表す事態を引き起こす上位の起因者にあたる第三の項を取らなければならない。しかし、子どもはこの-sase付きの他動詞を、もとの他動詞と同じ二項を取る動詞として使っている。(すぐ後の訂正が、そのことをはっきりと示している。)他の13例は、表6/3,11,12,13,15,17,18,23,24,28,29,30,34,39であり、表6の全事例の3分の1を超えている。

言うまでもなく、慣用から見れば、これらの事例における-saseは完全に余剰である。しかし、この余剰は偶然の間違えではなく、子どもによる起因動詞化規則の過剰な一般化から帰結したと考えることができる。「起因他動詞が-sase付加によって形成される」という規則の一般化を押し進めれば、「起因他動詞は形態的には-saseで終わる」とする新たな一般化への道を開く。この段階の一般化に従って、子どもは、聞いたとおりに覚えるという保守的なやりかたですでに習得していた他動詞形にも-saseを付加し、形態面での調整をはかったと考えられる[19]

接尾辞-saseの付加によるこの時期の起因動詞形成には、慣用に反する特徴がもう一つある。それは接尾辞付加に際する形態規則に関するものである。大人の文法では、接尾辞-saseは母音語幹の動詞にはそのまま付加するが(例:食べさせるtabe-sase-ru)、子音語幹の動詞に付加するときは、先頭の子音が脱落した-aseという形で結合する(例:飲ませるnom-ase-ru)。これに対して、観察の対象となった子どもは、母音語幹の動詞には、慣用と同様に-saseをそのまま付加したが、子音語幹には、慣用の形態調整の規則を適用せず、直前に母音を挿入して、それに続けて-saseをそのままの形で付加した。このときの挿入母音は、ひとつの例外を除けば、[i]に限られた。たとえば、表5/5tat-i-sase-teは慣用ではtat-ase-te(立たせて)に、また同表/7hair-i-saseは慣用ではhair-ase-te(入らせて)にならねばならない。表6の方でも、同様に、事例2nom-i-sase-tenom-ase-te(飲ませて)、事例6mot-i-sase-temot-ase-te(持たせて)にならなければならない。これら以外の事例は、表5/9,10,11,14,15および表6/4,7,8,10,13,16,18,20,21,25,29,31,32である。

接尾辞付加規則の形態的側面に関わるこの誤用は、起因他動詞の習得に関する発達段階の中でどのような意味を持っているだろうか。子どもはこの段階で、日常の言語経験が示唆するのとは反対に、この接尾辞に別形態(variant)がないかのようにふるまっている。言いかえれば、接尾辞に別形態があるかどうかということをとりあえず捨象して規則を組み立てているように見える。ここに見られるのは「最小限の要素を最大限に使う」という戦略で、これこそ規則を過剰に一般化して適用することの背後にある戦略であると考えられる。接尾辞に別形態を想定しないことも、接尾辞付加の対象となるインプットを選別しないことも、例外を嫌い規則の単一性と経済性を追求するこの戦略のそれぞれの側面での現れだといえる[20]

子音語幹動詞に挿入母音[i]を介して-saseをそのまま付加するという誤用は、表5・表6の事例が示すように、この接尾辞を過剰に一般化して動詞に付加したピークの時期(2;9-2;11)には支配的だが、その後、3;4から子音語幹動詞の後では、接尾辞の先頭子音がおちて-aseとなって付加されるケースが出現し(3;11には-i-saseから-aseへの自発的な修正も見られる(6/32-33参照))、4;4以後、頻繁に観察された。一方、母音[i]の挿入は3;11以後、観察されない。自発的な修正を見せた表6/32-33の事例が母音挿入の最後のケースである。

子どもが接尾辞に別形態を認めるようになったことは、起因他動詞習得の発達段階の観点から見ると、単にひとつの接尾辞に関する形態規則を習得したこと以上の意味がある。子どもはこの段階で、起因動詞を形成するときに、インプットの性格に応じて、異なるふたつ以上の形態から適切なものを選択することを覚えた。ここから、インプットの性格づけを細分化し、それに対応して選択すべき形態の数を増やしていくことは原理的には地続きである。周知のように、起因他動詞を対応する自動詞から区別する形態的特徴にはいくつものタイプがあり(注17の文献参照)、おのおののタイプと個々の動詞との結びつきには、一般的な法則はない。起因他動詞を、対応する自動詞との関係とともに習得するということは、単純な規則の過剰な一般化を脱して、意味的・統語的には一律の変化(関係)が形態的には様々な変化(関係)で実現されるのを学ぶことである。起因動詞化接尾辞の別形態の出現は、規則性と同時に様々な語彙的な特異性を含んだ慣用の習得への第一歩だといえる。

子音語幹動詞に別形態の-aseの付加が始まった後、自動詞に関しては3;7から、また、他動詞に関しては3;4から、もう一つの別形態-asの付加も見られた(それぞれ表5/16,18,21,25,26、表6/28,33,34参照)。使役化接尾辞の最終母音は不安定で-saseはしばしば-sasとして実現することはよく知られており、したがって子音語幹動詞の場合、-aseとともに-asが可能となる[21]。一方、使役文を形成する-sase(およびその別形態-sas,-ase,-as)とは異なった、起因他動詞を形態的にマークする要素としてもう一つ別の-asもあることも確認されている(井上 1976:72-3参照)。子どもがこの時期後者の-asをも使用していることは、表7にあげた事例から見て取れる。すなわち、子どもは、この接尾辞を自・他動詞の共通語根に付加することで、特有の誤用をおかしている。たとえば、表7/1の起因他動詞形態kak-as-は、慣用にある自・他動詞の対kak-ar/kak-e(かかる・かける)から自・他動詞に共通な語根を見つけだし、そこに-asを付加しており、それまで-sase/-as(e)を自動詞ないしは他動詞の語幹に付加していたのとは明らかに異なっている。この段階で、子どもは接尾辞を付加する相手の形態に関して、さらに一段階「深く」分析している。使役化の接尾辞とは別の起因他動詞化の形態を見いだしたこと、そして、それを付加する相手の形態に特別な注意を払っている点で、子どもは確かに慣用に近づいたが、いくつかある起因動詞化形態と特定語根との組み合わせの知識が十分ではなく、-asを過剰に一般化したことから表7に掲げた誤用が生じた、と考えられる。これらの誤用からは、子どもによる起因動詞化の操作が次第に分節化していく様子と、規則の過剰な一般化がいまだに残存している様子とを同時に見て取ることができ、興味深い。

§1.2で見たように伊藤(1990)-sase付加が一般化された後の段階として、-si, -ase,-as, 等が付加する習得段階を想定している。こうした段階が存在することは、我々の観察からも確認されるが、これらの別形態の登場は、上で論じたように、ひとつの規則の一般化を他の規則の一般化で置きかえていたそれまでの段階とは質的に異なるが、伊藤(1990)には、そうした認識はない。

 

3. 結論

起因他動詞をめぐる子どもの発話、特に誤用を検討することを通して、我々は起因他動詞の習得がいくつかの段階をなすことを見た。まず、第一の段階では、子どもは、自動詞をそのままの形で起因他動詞として使い、この時期に特有な誤用を生み出した。この種の誤用は、Bowerman(1982a)が研究した英語の起因他動詞習得に際してみられる同様の現象とほぼ完全な並行性をもっており、それは子どもがそれまでの「保守的な」言語習得の方法を脱し、規則を用いて動詞語彙を生産する創造的な方法を取り入れたことを示していた。「誤用」は子どもが規則を過剰に一般化して適用するところから生じたと考えられ、これを語彙の取り出しに際する困難、という運用的要因に帰したNomura and Shirai(1997)の立場に対して明解な反論を提出することができた。

自動詞のゼロ派生による起因他動詞化、という誤用のピークが過ぎた後、子どもは自動詞に接尾辞-saseを付加して、起因他動詞を形成することを学んだ。しかし、子どもは、ここでもこの接尾辞付加規則を過剰に一般化して適用し、この段階に特有な誤用を生み出した。それでも、子どもはやがてこの接尾辞の別形態の適用範囲を見つけたり、規則のインプットに関する制限を学んだりしながら、この過剰な一般化から徐々に脱却し、慣用に近い動詞語彙を獲得していった。

こうした習得段階は伊藤(1990)が仮定したものとほぼ同一だが、我々は、それを確認しただけではなく、こうした段階的発達の背後にあるメカニズムを説明することができた。それは、規則の獲得とその過剰な一般化、そして規則適用の制限および語彙的特異性の習得という英語等の語形変化の領域ではよく知られたプロセスであり、Bowerman(1982a)が英語の起因他動詞の習得において再確認したプロセスであった。起因他動詞の習得に関して、英語と日本語という系統的に異なる言語間にこのような並行性が見いだされるのは、非常に意味深いことだと思われる。日本語は英語のような語形変化を欠き、その点で両言語を比較することができないので、起因他動詞の習得に関する並行性はいっそう貴重である。この並行性は、言語の違いを超えた、起因他動詞の習得に共通した戦略が存在する可能性を示唆する。特に、自動詞のゼロ派生による起因他動詞化は、注20で指摘したように、子どもによる個別の言語の経験に依存しない可能性がある。

 

付録

 

以下、「付録」として、特定の語彙項目に限って、起因他動詞の習得過程を跡づけてみたい。一対の動詞としては比較的多くの事例を採集することができたtat-/tate-(立つ・立てる)、ak-/ake-(開く・開ける)、hair-/ire-(入る・入れる)そしてnor-/nose-(乗る・乗せる)のそれぞれについて、成長過程にそって事例を見直してみよう。取り上げる事例は、ほとんどが本文ですでに言及した誤用だが、正しい慣用的な形態の事例も若干加えた。

まず、tat-/tate-(立つ・立てる)をめぐっては、以下の付表1のような事例がある。

 

付表1.

1

2;6

tat-te

(倒れた椅子をさして)
たって。

2

2;7

tat-te-yo

(洗濯ばさみを三つピラミッド形にして立てて遊んでいるとき。そのひとつを父に立ててほしい。)これ、ちょっと、たってよ。

3

2;9

tate-sase-te-kure

(折り畳み椅子を立ててほしいとき)
たてさせてくれ。
(続いて) たってしてくれ。
(さらに続いて)たてて。

4

2;9

tat-te-si-te

同上

5

2;9

tate-te

同上

6

2;9

tat-i-sase-te

たちさせて。

7

2;9

tate-sase-te

たてさせて。

8

2;10

tate-sase-te

(レゴで作った階段を)
たてさせて。たてないよ。
(すぐ続いて)たたないよ。

9

2;10

tate-na-i-yo

同上

10

2;10

tat-a-na-i-yo

同上

11

3;6

tat-te-at-ta-no

(鳥の絵をさして)きのうね、これが四本、木にたってあったの。(=絵のような鳥が四羽木にとまっていた。)

12

4;6

tat-as-a-hen

音、たたさへんねんで。

13

4;9

tat-as-i-te-age

-yoo

(父がレゴの人形をうまくたてられないのを見て、手伝いに乗り出す。)
たたしてあげよう。

 

2;6-2;7の事例1,2では、自動詞をそのままで起因他動詞として使う誤用が現れるが、2;9(事例3)になると接尾辞-saseの付加が始まる。事例3-5は一連の発話で、最初、他動詞に余剰的に-saseを付加したものの、それで満足せず、訂正を試みている。まず、自動詞に例外的な形態-siを付加してみるが、さらに訂正して慣用形に落ち着いている。しかし、この段階で慣用形は定着せず、-sase付加の時期が続く。事例6,7も連続した発話で、子どもはまるで練習でもするように、「たちさせて、たてさせて」と何度も繰り返して言った。事例8-10も連続しており、ここではまず、他動詞に余剰的に-sase付加をした後、そこから-saseを取ったものを自動詞として使い、そこで誤りに気づいて、慣用的な自動詞形態に訂正している。事例11でも正しい自動詞形態が使われている。4;6以後、事例12,13にあるように、自動詞語幹に他動詞化の-asを付加している(他動詞の慣用形tate-2;9(事例5)で現れていることに注意)。

続いて、ak-/ake-(開く・開ける)の事例を見てみよう。この対の動詞は33例観察され、我々の資料の中で最多のものである。以下、付表2に掲げる。

 

付表2.

1

2;0

ak-u

あく。

2

2;0

ak-a-nai

あかない。

3

2;0

ake-te

あけて。

4

2;3

ake-ru

(みかんの一体になった袋を示して、母に)
これ、あける。

5

2;4

ake-(r)u

(押し入れすのこの入ったビニール袋を開けようとして)
あけう、あけう。

6

2;4

ak-ar

5の発話の後、父がセロテープを取って取り出すと、)
あかったね

7

2;5

ake-rare-na-i

(父:たーくん、戸あけて)
これ、あけられないよ。

8

2;6

ake-ru

(広告チラシのヨーグルトやジュースを切り抜いて)
これ、あけるよ。(あける動作)ほら、あかったよ。

9

2;6

akar-u

同上

10

2;6

akat-ta

(CDのケースを両手で引きあけたとき、すぐに)
おー、あかった。

11

2;7

akat-ta

(ジュースの空き缶を持って、リングプルのことさして)
ぽてんとあかった。
(すぐ続けて) ぽてんとあいた。

12

2;7

ai-ta

同上

13

2;7

ai-ta-yo

(おにぎりの側面にへこみがあるのを見つけて)
あな、あいたよ。

14

2;8

ai-tara

(室内のドアを開けて。そのドアのところにある廊下と居間の間の段差の上から下にジャンプする。何回もしながら。)
ドアがあいたら、ぴょんするんだよ

15

3;4

ake-te

(バナナの皮をむくとき) あけて。

16

3;4

akar-a-na-i

(サンタのプレゼントの包装を開けようとして)
これ、あからない。
(少し後で) あかない。

17

3;4

ak-a-na-i

同上

18

3;7

ai-te

(ツクシのはいった袋をあけてほしい)
つくし、あいて。

19

3;7

ak-as-oo

(漫画の人物アシル・タロンがドアを開けようとしている場面を説明して) タロンがあかそうと思ったけど。

20

3;7

akat-ta

(押入の戸を自分であけたとき、財布のボタンを自分であけたとき) あかった。

21

3;7

akat-te-ru-yo

(電池のパッケージがすでに空いているとき。4個パックなのだが、そのパックには1個しか残っていない。)
あかってるよ。

22

3;10

ak-at-te-mi-i

(人にものを開けてほしいとき) あかってみい。
(直後) あけてみい。

23

3;10

ake-te-mi-i

同上

24

4;6

ak-ase-te

(ポットのふたを開けてほしい。自分でやってもなかなかあかないので、母に) あかせて。
(自分でやって開いたので) あいた。あいた。

25

4;6

ai-ta

同上

26

4;6

akar-as-i-te

(一つのレゴブロックをもう一つのピースにつけるときに、突起を一列分開けてつける) いっこ、あからして。

27

4;8

ak-ase-toi-te

(お弁当に「すき間」(ご飯をいれないところ)を作っておいてほしい) あかせといて。

28

4;9

ak-as-i-te

(車の天窓のカヴァーを開けてほしい。)あかして。

29

5;9

ak-an-nen-de

まわしたら、あかんねんで。

30

6;1

ai-te-ru

(積み木で「カテドラル」(お城のようなもの)を作っているとき。)ここ、嘘であいてること。(=実際にはない開口部がここにあるとして)

31

6;3

ai-te-ta

最初からあいてたのに、どうしてたーくんにしめらせるの。

32

6;4

akar-u-yo

(ハーモニカのケースを開けながら、開けかたを父と話し合う。父はケースの中央を持って開ける。Tは両端を持って開けた方がいいと主張。)これのほうが、はやくあかるよ。

33

11;7

akat-te-ki-ta

(新しいジャムのビンのふたをはじめて開けるとき、力を入れて回しながら)あかってきた。

 

2;0-2;3間での時期に、自・他動詞ともに慣用的な形態が出現している。その後、2;4になって、新規の自動詞形態akar-が登場する。2;4-2;8の時期には、慣用形の自動詞ak-も観察され、自動詞として、ak-/akar-が共存している。一方、この時期の他動詞は慣用形のake-であり、非慣用形は見られない。

3;4ではakar-ak-で訂正する例(事例16,17)も見られるが、非慣用形akar-は生き延び続ける。3;7から、接尾辞-as,-aseが付加した起因他動詞形が見られようになる(事例19,24,27,28)。3;4までは、他動詞は慣用的なake-のみだったことを思い起こそう。起因動詞化に関して、この時期に興味深い現象がある。それは新規に創造した自動詞akar-をまずそのままの形で他動詞として使い(事例22)、ついでこの形態に-asを付加している(事例26)ことである。(新規の自動詞形態をそのままで他動詞とした例はこのほかにorosar-(→降ろす:表2/20参照)があり、また、新規の自動詞形に-asが付加する例はこのほかにwakar-as(→分ける:表5/18参照)がある。)非慣用的な自動詞形態akar-は散発的にではあるが、 5-6才になっても見られ、最後は観察期間を大幅に過ぎた11;7にも観察された。

次に、hair-/ire-(入る・入れる)を見てみよう。付表3に掲げる。

 

付表3.

1

2;0

hain-na-i/hait-ta

(もじ遊びが気に入って出したり入れたりしてよく遊ぶ。字をさして読ませることもある。)
はいんないねえ、はいった。

2

2;1

hait-te

(積み木を入れてほしいとき。)
かーさん、はいって。

3

2;6

ire-yoo

はいうよ。いれよう。はいんない。はいった。

4

2;6

hair-/hait-ta/hain-na-i

同上

5

2;7

ire-te

おとうさん、おふろ、いれて。(父に「お風呂に入ってくれ」と要求)

6

2;7

hair-u

(ティッシュペーパーを自分のズボンのポケットにいれながら。)たーくん、ポッケはいるの。

7

2;8

ire-te

(朝起きたとき、自分の布団に父を呼んで)
とうさん、いれて。(=とうさんも入ってくれ)
(すぐ続いて)とうさんはいって。

8

2;8

hait-te

同上

9

2;8

ire-te-age-te

たーくんにも、いれてあげて。おいてあげて。
(入れてほしい。)

10

2;9

ire-sase-te

(広告紙を布のポシェットに入れてほしい)
とうさんいれさせて。
(続いて)いれて。

11

2;9

ire-te

同上

12

2;9

ire-sase-ta

(スヌーピーの人形を円筒の缶に入れて)
たーくん、スヌーピーいれさせたの。
(続いて)スヌーピーいれた。ここまでいれた。

13

2;9

ire-ta

同上

14

2;11

hair-i-sase-te

(お風呂に入れてほしい)たーくん、はいりさせてね。

15

3;4

hair-a-na-i-yo

(紙で作った鯛をボール箱に入れようとして)
でも、はいらないよ。
半分しか、はいらないよ。

16

4;0

hair-e-tya-u

(電車の中で、扉に手が挟まると父に警告する)手がはいれちゃうよ。
(すぐ後)はいっちゃうよ。

17

4;0

hait-tya-u

同上

18

4;6

hait-te-ar-u

(レゴでロボットを作って)
おれの頭にはこんなのがはいってある。
(不明)のものが手についてある。しゃべろ。

19

4;6

ire-rare-ta

(レゴのゴム製のタイヤをホイールにはめることができた)かあさん、いれられた。

20

4;8

ire-tara

こんなところにおいといたら、くさるで、かぼちゃ。
(父:「うん、冷蔵庫に入れるよ」)
冷蔵庫にいれたら、さびへん?

21

4;10

ire-te

(口の中の空気を出して、唇をブルルといわせる)まず、こうして、(唇を閉じる)
それから、中から空気を入れて。

22

5;0

ire-te-

(ビニールプールに水を入れているときに、父:プールがはいってから行こう。(=プールが水でいっぱいになってから浸かりに行こう))
えー、いれてからでしょう。どうして反対いうの。はいってからっていったから、はいってから...まちがいまちがい。
(=父が「はいってから」と言うから、「自分が入ってから(水を入れる)」。じょうだん、じょうだん。)

23

5;0

hait-te-

同上

24

5;1

ire-ta-

これいれたのに、はいらへん。

25

5;1

hair-a-hen

同上

 

2;6までは、自・他動詞ともに慣用を守っているが、2;7-2;8にかけて自動詞を他動詞として、あるいは反対に他動詞を自動詞として使う誤用が生じている(事例5,6,7)。ついで2;9から-sase付加が始まるが、自動詞の子音語幹には挿入母音を介して付加し、また、他動詞への付加は余剰的である(事例10,12,14)。この最後の事例14は、2;11に観察されたが、それ以後は自・他の区別に関しては慣用形hair-/ire-を間違えなく使い分けている。

最後に、nor-/nose-(乗る・乗せる)を見てみよう。付表4に掲げる。

 

付表4.

1

2;0

non-no

のんの(=乗るの)。

2

2;0

no-u

のう(=乗る)。

3

2;1

nosi-tai

のしたい(=乗りたい)。

4

2;1

not-te

バス、のって。

5

2;1

not-te

電車にのって。

6

2;6

not-te

(おもちゃの電車に「ケロちゃん」(蛙の人形)をのせてほしいとき)
かあさん、のって。

7

2;6

nose-ta-i

6の数分後。おもちゃの電車をお菓子の缶の上にのせようとして)
のせたい。

8

2;7

nose-te/ru

(父の椅子に座らせてほしいとき)とうさん、すわって。とうさん、自分ですわって。(=自分でわたしをすわらせてくれ。父はすでに座っている。すぐ続いて)のせてもらって。のせて。のせてくれ。(父:「すわるの」と言うと、うなずきながら)すわるの。のせるの。

9

2;8

nose-te

とうさんものせて。(父に椅子に座ってほしい)

10

3;3

no-i-sase-yoo

(自分の布団を大人のマットレスの上にのせようとして、父に手伝ってもらいたい)

いっしょにのいさせよう。
(長い間考えてから) のせさろ。

11

3;3

nose-saro

同上

12

3;4

no-i-sase-te

(ゴリラのぬいぐるみ(=ごい)をソファにのせてほしい) ごいも、のいさせて。

13

3;8

nose-te

(積み木の不安定なところではなく、安定したところに別の積み木をのせるように指示する)
やわらかいよ。かたいところにのせて。

14

3;9

nose-n-no

(レゴのブロックを一つとって、別のブロックの下に持っていってはめる) とって、この下にのせんの。

15

3;11

nos-i-te

(東京に行くときに、のぞみに乗ることになったと聞いて) ほんまにのしてくれんの。

16

4;3

not-te

早く車をのって。

 

2;6より前の時期で自・他動詞ともに慣用形を用いているのは他の動詞の場合と同様である。ただ1例、他動詞を自動詞の代わりに用いた例が2;1にあり、この種の誤用の時期的な例外となっている。2;6-2;8で自動詞を他動詞として、また、他動詞を自動詞として用いる誤用があるのも上で見た動詞のケースと同様である。事例6,7は、数分の間に発話されたもので、自動詞を他動詞として使ったすぐ後に、慣用的な他動詞を使っている。3;3-3;4にかけて、-sase等の付加による誤用が見られるが、3;8からは自・他動詞とも慣用的な形態に落ち着いている。

 

 



*この論文の草稿に対して、石井丈夫氏から数々の適切なご助言をいただいた。また、『京都産業大学論集人文科学系列』の匿名の査読者の方々からも有益なご指摘をいただいた。記して感謝したい。

[1]  Bowerman (1974)もこの誤用に関するデータを提示し、語彙の意味・統語構造という言語的な知識と認知上の一般知識との関係を論じて非常に興味深いが、Bowerman(1982a)のほうがより広範囲なデータを提示し、包括的な議論を展開している。

[2]  名詞の語形変化を例に取ると、たとえば、footの複数形として、最初は正しい不規則形feetを使用するが、その後、複数形の語形変化の規則を習うと、それを過剰に一般化して適用してfootsのような誤用を生じさせ、やがてもとのfeetに戻る。動詞の過去形の習得にも同様の段階が見られる。たとえば、goの過去形は、wentgoedwentのように変化する。語形変化の習得に関しては、膨大な文献があるが、我々はBybee and Slobin (1982), Marcus et al.(1992), De Villier, P. A. and J. De Villier (1992), Flavell, J.H., P.H.Miller and S.A.Miller(1993), Pinker(1999)を参照した。

[3] 形容詞をそのままの形で起因他動詞として使う誤用、その他の関連する誤用も含まれる。自動詞を他動詞として使うというタイプの採集例はPinker (1989: 23-25)にまとめられている。

[4]  Bowerman(1982a:25)は他動詞を自動詞として使うという反対方向の誤用を、自動詞から他動詞の派生という規則に基づく「逆成(back-formation)」と解釈することで、それが希であることおよび時間的に遅れて出現することを説明している。さらに、このプロセスが英語の複数形などの語形変化(inflection)の習得における諸段階と並行的であると指摘している。例えば、名詞の複数形の形成に際して、-s付加の過剰な一般化による誤用(sheepsheepsは、逆成による誤用(scissors(a) scissor)よりも早期に出現して頻度も高い。

[5]  Pinker(1989)は、子どもがどのように起因動詞の派生に関する諸制約を学び、過剰な一般化による誤用から脱してゆくかを研究し、非常に興味深い説明を提供している。我々が採集したデータがPinker(1989)の理論とどのように関わるかという問題は、今後の課題としたい。

[6]   Nomura and Shirai(1997)は、語彙項目の取り出し(検索)が語の先頭から行われると想定し、その場合、対を成す自・他動詞が語頭から少なくとも二つの音韻要素を共有している事実(例:nuku/nukeru; aku/akeruを指摘し、この事実も子供による運用上の誤りを助長すると示唆している。しかし、本文§2.1で見るように、自動詞を起因他動詞として使う誤りは自・他の対をなす動詞に限定されない。形態の類似が全くないとこでもこの種の誤用が起こることは、それが運用上の要因によるとする主張に疑問を投げかける。

[7]  伊藤(1990)は以下の事例を「数名の幼児」から採集したと思われる。それが事例の時期的なばらつきを生じさせているかもしれない。しかし、(2)にあげた事例では、2;4から3;11の間のものが9例中8例をしめ、この現象が、個人差は当然存在するにしても、ある一定期間に集中する傾向を示している。

[8]  規則の移行期にタイプの異なる非慣用形が混在したり、二つの非慣用的な形態が混淆したりすることも観察された。また、同一の発話内で、異な形態を試行錯誤したり、訂正する様子も観察された。「付録」参照。

[9]  まず、2;0および 2;1にそれぞれ1例づつ、自動詞のゼロ派生による起因他動詞用法がある(表2参照)。次いで、他動詞形を自動詞として使う誤用が1例(表4参照)、さらに使役形を用いながら用法的には自動詞である例(表6参照)が、2;3に1例あった。

[10]  表2にまとめられた誤用は、ほとんどが項を一つだけ取る自動詞をそのままの形で起因他動詞として使うものだが、数例、本来二項を取る他動詞が新たな上位の起因者を加えた三項動詞として使われた誤用も含まれる。これらの例については注16参照。

[11]   Tによる発話のほかに、他の子どもによる同様の誤用も採集した。以下に掲げる。

E(2;8)       ori-te-        「おりてください。」(抱かれていて降ろしてほしいとき)

M(3+)        hai-ru         「でも、これ、はいる。」(レゴで自動車を作り終わったところで、レゴ人形を示して「これを車の中に入れたい」という意図)

[12]  日本語の自・他動詞の対応関係は、自・他動詞のどちらか、もしくは両方に特有の形態的なマークがあるケースの方が多く、対応する自・他動詞が同一形態である、というケースはむしろ少ない。この点で、英語における自・他動詞の対応とは大きく異なる。日本語を習得していく子どもは、自動詞から起因他動詞のゼロ派生という規則のモチベーションを与える言語事実には、英語の場合ほどさらされていない。それにもかかわらず、子どもがまずゼロ派生に基づく規則を試すのはなぜなのだろう。§2.2および注20でこの極めて興味深い問題を再び論ずる。

[13]   さらに、このうち5例(事例6-10)が特定の一日のうちに観察された。一方、動詞の発話が初めて確認された1;10から2;5までの8ヶ月間では、この種の誤用は3例しか観察されなかった。また、2;8以後は、5;5にかけて散発的に7例観察されたが、1ヶ月に2例以上現れることはない。さらに、この7例中3例には、正しい他動詞による訂正が後続する発話内に見られ、誤用から立ち直っていく過程が示唆されている。

[14]   Bowerman(1982a)で提示されたChristyEvaによる誤用の事例は、我々が採集した事例あるいは野地資料に基づく事例ほど一定期間に集中していない。この違いは英語と日本語の起因動詞語彙の性格に関係している可能性があるが、ここでは論ぜず、今後の課題としたい。

[15]  上述した野地資料の数量的な分析においても、Nomura and Shirai(1997:235)は問題となる誤用の数を、対応する他動詞をもつ自動詞に限って数えている。

[16]   表2の誤用には、もともと項を二つ取る他動詞が三項を取る動詞として使われている例も含まれている。すなわち、「着る」(事例5)、「脱ぐ」(事例12)、「かぶる」(事例19)、「する」(事例25)であり、時期的に大きくはずれた事例25をのぞけば、すべて着衣に関する動詞である。二項を取る動詞を形態的な変化を加えずに三項の動詞として使う、という誤用の存在は、表2の誤用が起因動詞化という意味変化を伴う語形成規則の産物であることをあらためて示している。

[17]  自動詞を、対応する他動詞と形態的に対立させる特徴にはいくつかのものがあり、そのうちひとつが-arである(例。husagar-/husag-, mazar-/maze-, mawar-/mawas-、寺村(1982: 306-17)、井上(1976:69-72)Jacobsen(1992:258-69)参照)。表4の事例の中で-arを付加されていないものは7, 9, 113例だが、このうち、二つは「合う」(aw-)の音節が重複したもの、もう一つは-rareが付加されたと考えられるものである。

[18]  起因化(使役化)するために付加された接尾辞は-sase/-sasのほかに、r-ase, -ses, -sar,-si標準的でないものも少数含まれていた。

5/事例9-13および表6/事例19-22は特殊な状況で採集された。表5/事例9と表6/事例19の発話記述欄に示したように、これらの発話は子どもがあたかも動詞派生形態の「練習」をするかのように、動詞への-sase付加を「やってみせてくれた」状況に由来する。したがって、現実の場面に直接の結びつきをもたないが、自発的な発話であることに変わりはない。

自動詞に-saseが付加した最初の例は2;3に見いだされるが(表5/1)、これは単発的なもので終わっている。しかも、この事例では-saseが付加した形態が依然として自動詞として使われており、接尾辞付加は統語的・意味的に効果を発揮せずに終わっている。子どもはこの時期にまだこの接尾辞の機能を十分把握していないと思われる。

[19]   §1.1で見たように、Bowerman(1982a:53)は英語の起因他動詞の習得過程において、接尾辞付加を介した語形成規則を用い始めた子どもがしばしば接尾辞を余剰的に付加することを指摘している。また、同様に語形変化の領域でも保守的に習得した不規則形に規則的な語尾を付加する余剰が観察されることも指摘している(feets, camed)が、我々が本文で指摘した余剰的な接尾辞付加はこの後者の例と特に類似している。

[20]  §1.1で見たように、Bowerman(1982a)は自動詞のゼロ派生による起因他動詞化という誤用を、大人の文法にある「正しい」ゼロ派生規則を誤って過剰に適用した結果だと解釈している。英語の場合、確かにこの「自・他動詞のゼロ派生関係=同一形態の自・他動詞」は多くの自・他動詞ペアで確認される。しかし、日本語では、ほとんどの自・他動詞の対は、どちらかあるいは両方に形態的なマークをもち、同一形態による対は極めて少数である。日本語を習得する子どもの言語経験では「ゼロ派生規則」を動機づける与件は極めて少ないと予想される。にもかかわらず、英語を習得する子どもと同じように、最初の規則として「ゼロ派生」規則を使用するのはどうしてだろう。ここにも、本文で言及した「最小の要素を最大に使う」という基本的な戦略が反映しているかもしれない。日本語を習得する子どもは、環境にある言語的な与件に依存せずに、「ゼロ派生」という負担のいちばん少ない方法をとりあえず試しているように見える。

[21]  最終母音が落ちた別形態が-aseの出現の後でのみ見られたのは注目に値する。-aseの出現以前には、子どもが用いた-saseの最終母音は慣用とは異なって安定しており、-sasという別形態は見られなかった。このことも、子どもが「過剰な一般化」の時期にはひとつの形態に固執していたことを示している。

 

 

参考文献

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