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教育実験

学生による実験

経済実験は経済学を体験的に学ぶよい方法で, 既存の様々な教室実験に 加えて新しい工夫をこらした開発ツールや教材がどんどん作られている. じっさい 2003 年度に招聘した Fischbacher と Cox は, それぞれ汎用 実験アプリケーション z-Tree の開発と実験教材のアーカイブ Econ-Port の製作・改良に従事している. 確かに学生たちに実験 (ゲーム) をさせる と, 学生たちは熱心に取りくみ「面白くて勉強になった」と感想を述べる. しかし, プロジェクトの経験では, 学生たちの勉強はしばしばゲームの内 での必勝法 (たとえば取引の駆けひき) に留まり, ゲームの背景にある 経済現象と経済理論 (たとえば需要と供給による価格と数量の決定) を 理解しない.

プロジェクトは, 学生に実験される動物の立場からではなく実験をする 科学者の視点から学習させるために, 教員の用意したゲームを学生に させるのではなく, 演習クラスで学生数人ずつに順番に実験を作らせ それを残りの演習参加者に実験させる教育を実践している. この教育法はゲームの内でではなくゲームについて考えさせる効果があり, 経済学を確実に習得させるだけでなくレポート作成能力など一般的能力を 向上させる.

学生による実験の例 (中古車市場の実験): 売手は商品の品質を知っているが買手は知らないという情報の非対称性が あるときの取引を知るのが目的である. 4名の学生がこの実験を準備し実施したが, 思ったような結果が得られ なかった.

これは, 実験グループは「取引を10回も繰りかえせば, 買手役の学生たち は自分の取引の経験だけから中古車ディーラーの扱う車のうちどのくらい が良い状態の中古車か分るだろう」と考えて個別取引の結果を公開しな かったが, 実験ではディーラー役の学生たちの価格づけに問題があり, 取引の成立数が少なすぎて各人が良い中古車の割合を十分に推定できな かったためであった. 実験グループは, これに気づき授業時間を延長して情報をもっと公開する 形で再実験を行い所望の結果をえた. このような臨機応変の対応ができたのは実験グループが実験準備の過程で 深く実験を理解していたためであり, 実験の翌週の授業でも最初の実験と 再実験の結果の差と原因をよく説明できた. このような経済学への熱意と理解は, 教員の一方的説明や教員の作った ゲームをさせるだけではなかなか期待できないことであり, 学生に実験を 作らせる教育法の効果が確認された.


経済学教育に関する実験研究

経済学教育が学生にあたえる影響, あるいは経済学専攻を選択する学生が とりやすい意思決定については海外で 1990 年代から研究されている. その多くが公共財供給ゲームや最後通牒ゲームなど個人の利己的意思決定が グループ全体の利益につながらなかったり公平性の信念によって選択が異なる ゲームなどを利用した基礎的な構造の実験を用いた研究である. これらの実験の結果は, 研究ごとに異なり, 経済学教育の効果については 断言できないのが現状である. プロジェクトは, 様々な学部・学年の学生に対し同一のグループの利益と個人の 利益が相反する社会状況を簡略化したゲームの実験を実施している. 2003 年度末までに 222 名のデータを蓄積しており, その結果はいくつかの 海外の研究で指摘されている学生の意思決定の傾向と異なっている. 本研究は継続中であり, 参加する可能性のある学生たちに実験の目的や結果を 知らせたくないので, 実験の詳細と分析についての具体的な記述を避けるが, 年齢などの専攻以外の要因が与える影響についても海外の先行研究とは一致 しないものが多い. これが何を意味するか結論づけるのは早計であるが, プロジェクト終了まで調査を継続してデータを蓄積すれば, 日本の若者の傾向と 大学教育の影響についての基礎的な資料になるであろう.
プロジェクトではアンケートを用いた調査も同時に行っている. その内容は上記 の実験の状況と同様の社会の利益と個人の利益の間での選択や, 公平性に対する 信念などを, 具体的な実例を用いながら質問するものである. このアンケートでの結果も日本と海外とで差が見られる. こちらについても データの蓄積とともに日本の大学生の経済的意思決定の特徴を明らかにすること が期待できる. また, 実質的な利益を誘因として与えられた上で意思決定を行う 実験での行動と, 仮想的な状況の中で自らがとるであろう行動を尋ねられるだけ アンケートとで, 学生の選択にどの程度一貫性があるかを調べることで実験研究 の特徴を明らかにする成果も期待できる.

中学生に対する公開教育活動

プロジェクトは, 日本とオーストラリアでのべ273人の中学生を対象に, 経済実験と講義の催しを行っている.

具体的には, 一般に公募したり一つの中学校を訪問あるいは招待して 参加者を募り, 実験 (まったく無報酬の教育用実験, または現金ではなく 文房具や菓子を得点に応じて選択させる研究実験) とその背後にある 経済現象や経済学の解説を一組として, 1回 (半日) から 4回 (2日) を している.

中学生に対する公開教育活動は, 実験経済学の研究, 経済学教育法の開発, 経済学教育の効果の評価のすべてに関連する. 研究としては, たとえば公共財供給ゲームにおいて, 同一中学校の同一 クラブに所属する中学生たちは通常の大学生たちより協力的で互いに 異なる中学校に所属する初対面の中学生たちは通常の大学生たちより 非協力的という結果を得ている. いっぽう中学生への教育的効果を客観的に述べることは難しいが, 経済学 への興味や文科系の暗記科目と思っていた社会科で「実験」が行われ 計算機や数学が用いられていることに驚きの感想を述べる参加者もいる ので, 中学生たちが勉強や自分の将来について考える材料のひとつに なったのではと期待している.

2001年度実施実験
実験日 実験場所在籍中学校 実験内容参加人数
2001年 7月13日 京都成安中学校 京都成安中学校 公共財供給 73人
2001年 8月10日 UWS HAHS 公共財供給 40人
2001年11月 3日 10号館会議室 京都市立加茂川中学校
京都市立下鴨中学校
長岡市立第3中学校
京都市立西賀茂中学校
東山中学校
守口市立守口第2中学校
洛南高等学校付属中学校
公共財供給など 25人
2001年11月 4日 同上 同上 同上 29人
2002年 2月 9日 西賀茂中学校 西賀茂中学校 公共財供給 23人
2002年 3月 4日 1号館情報処理教室 華頂中学校 公共財供給など 12人

2002年度実施実験
実験日 実験場所在籍中学校 実験内容参加人数
2002年 8月 1日 KEEL 京都市立西賀茂中学校
洛南高等学校付属中学校
京都市立加茂川中学校
京都市立洛南中学校
公共財供給など 22人
2002年 8月 2日 KEEL 京都市立西賀茂中学校
洛南高等学校付属中学校
京都市立洛南中学校
京都市立下鴨中学校
公共財供給など 15人
2002年11月 2日 KEEL 京都市立西賀茂中学校
東山中学校
公共財供給 12人

2003年度実施実験
実験日 実験場所在籍中学校 実験内容参加人数
2003年 6月10日 KEEL 京都市立西賀茂中学校 公共財供給 10人
2003年 6月11日 KEEL 京都市立西賀茂中学校 公共財供給 5人
2003年 6月12日 KEEL 京都市立西賀茂中学校 公共財供給 7人